どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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ダイの大冒険 第六話

 新生魔王軍の拠点である鬼岩城。巨大な人型をしたその拠点の一室にて、魔王軍の幹部が揃っていた。

 新たな魔軍司令であるガルヴァス。氷炎将軍フレイザード。妖魔司教ザボエラ。魔影参謀ミストバーン。それが、現在の魔王軍に残された表立った幹部の全てであった。

 六大軍団が座る席にある三つの空席を見て、ガルヴァスが激昂し怒鳴り声を上げた。

 

「どうなっているんだ!?」

 

 ガルヴァスが激昂している理由。それは魔王軍の醜態にあった。

 大魔王バーンが新生魔王軍を設立してから約十五年。その間はずっと魔王軍の力を高める為、名のあるモンスターや魔族の勧誘や、モンスターの補充に努めていた。

 そうして全ての準備が整った魔王軍が人間達を滅ぼすべく動き出したのが3日前の事だ。魔王軍の誇る六大軍団が世界各国の国々を侵略し、15年もの平和の時に慣れ親しんだ人間達を一気に攻め滅ぼす……予定だった。

 当然滅ぼされまいとする人間達の必死の抵抗もあり、一日二日で侵略し終わるなどないだろうと思っていたガルヴァスだが、まさか侵略一日目で六大軍団が半壊するとは夢にも思っていなかった。

 

「不死騎団はデスカールもろとも壊滅! 超竜軍団はベグロムを失い、ドラゴン達は野に消え去った! 百獣魔団に至ってはクロコダインが人間共に降ったという報告まであるではないか!!」

 

 六大軍団の内の半分が崩壊。まさに文字通りの半壊状態だ。そればかりか獣王クロコダインが人間側についた事で、魔王軍の戦力が下がり人間側の戦力が上がる結果となってしまっている。

 目の上のたんこぶだったハドラーが失脚し、念願の魔軍司令の座に就けたのはいい。だが、魔軍司令着任から僅か数日でこの有様だ。これでは大魔王様にどのようなお叱りを受けるか。

 そう考えるガルヴァスは戦々恐々としながらも、残る無事な三軍の軍団長を呼び戻し、こうして緊急会議を開いたのだった。

 

「予想以上に人間共の動きがはえー。オレ達は宣戦布告なんぞせずに攻め込んだのに、あいつら既に防衛体制を整えていやがった。どっかで情報が漏れてるぜこれはよ」

 

 炎の様な暴力性と氷の様な冷徹さが同居する男と評されるフレイザードがそう語る。それに対し、ガルヴァスは唸りながら漏れただろう情報の原因を口にした。

 

「恐らく……前魔軍司令の仕業だろうな」

『!?』

 

 前魔軍司令ハドラー。彼は勇者アバンを仕留めにデルムリン島に出向き、そしてそのまま帰ってこなかったという。

 旧魔王軍の地上征服を阻止した中心人物勇者アバン。魔王だったハドラーを倒した存在であり、今回の勇者討伐は自分自身の仇討ちでもあった。

 だが、その討伐から帰ってこない事から、ハドラーは敗北したものと魔王軍では思われている。これはハドラーの真実をバーンが隠している為だ。この真実を知る者は魔軍司令含む六大団長の中ではミストバーンのみである。

 

 ハドラーが勇者に敗れた事は明白。だが、ハドラーが死亡していない事もまた明白だった。フレイザードが未だに生きている事が動かぬ理由だ。

 フレイザードはハドラーが禁呪法によって生み出した呪法生命体だ。呪法生命体は生み出した者が死ねばその命を失ってしまうという欠点がある。逆に言えば、フレイザードが生きているという事はハドラーも生きているという事になるのだ。

 

「勇者に敗北するばかりか、偉大なる大魔王バーン様を裏切るような真似をするとは……魔王軍の恥晒しめが!」

「おいおい。ハドラー様が裏切ったってのか?」

 

 生みの親を悪し様に言われた為か、フレイザードがガルヴァスにそう言う。

 

「だが、状況から見てそうなるのぅ。ハドラー様……いや、ハドラーから話を聞いた勇者アバンが人間の国に情報を伝え、我らの侵攻に対する準備を整えた……。そうでなければ、此度の人間達の動きに説明がつかんわ」

「ぐぅ……」

 

 その魔力と頭脳、そして狡猾さに定評のあるザボエラの言葉に、激情と共に冷静さも併せ持つフレイザードも納得せざるを得ない。

 そんなフレイザードに対し、ガルヴァスは念の為の確認をする。

 

「フレイザードよ。まさかとは思うが、貴様もハドラーのように裏切るつもりではないだろうな?」

 

 フレイザードにとってハドラーはまさに親だ。親の言う事を子が聞くのは当然と言え、ガルヴァスがフレイザードを疑うのは仕方ないと言えた。

 だが、そんなガルヴァスに対し、フレイザードは鼻で笑って答えた。

 

「はっ! オレが魔王軍を裏切るだって? 馬鹿な事を言うなよ魔軍司令様よぉ! 生みの親であるハドラー様には感謝してるし、恩も義理も感じてるぜ! だがな! オレが忠誠を誓っているのはあくまで大魔王バーン様だ! それにオレはオレの栄光にしか興味はないんでね! 親が裏切り者だからって子まで疑われちゃたまんねーよ!」

 

 その叫びにはガルヴァスも納得する程の気迫が籠められていた。親よりも自分の栄光という功名心に、むしろ裏切りの心配はないとガルヴァスも安堵した。

 

「そうか。ならば話を戻すとしよう。六大軍団は半壊したというのに、対して人間共に与えたダメージは然したるものではない。このままではオレ達はバーン様に合わせる顔がない!」

 

 この緊急会議の本題。それは当然魔王軍を半壊させた人間達にどう対抗するか、というものだ。

 その為にガルヴァスは無事だった残る三軍がダメージを受ける前に、軍もろとも軍団長を鬼岩城へと引き戻したのだ。

 代わりに三軍が攻め込んでいたオーザム・ベンガーナ・カールの三ヶ国に大した被害を与える事は出来なかったが、背に腹は変えられなかった。

 

「ワシら残る三軍が攻め込んだ国では人間共の抵抗は整ってはいたが、それでも拮抗、いや、ワシらの方が優勢じゃった」

 

 悪魔の目玉という情報を司るモンスターを一手に扱う妖魔師団の長であるザボエラが更に続けて言う。

 

「そして壊滅した三軍が攻め込んでいた国の軍事力は、超竜軍団が攻めていたリンガイア王国以外はそれ程突出したものではない。軍事国家であるベンガーナの方が平和ボケしたロモス・パプニカよりも遥かに軍事力は上じゃろうな」

 

 残っている三軍が攻めていた国よりも、壊滅した三軍が攻めていた国の方が弱い。(ひとえ)にそう言うザボエラは、続きの言葉を待っているだろう3人に答える。

 

「それでも魔王軍が誇る六大軍団が半壊したのは、残ったワシらの軍が優秀じゃったから……では、残念ながらないのぅ。特色は違えど、壊滅した軍もまた優秀じゃった事に変わりはないわい」

「原因は分かっているんだろう! もったいぶらずにさっさと言えザボエラよ!」

 

 怒鳴るガルヴァスに余裕の無さを見て取り、ザボエラは魔王軍半壊の原因を口にする。

 

「勇者アバンとその仲間達。それが三軍壊滅の原因じゃよ。悪魔の目玉が見とったわい。恐るべき力で魔王軍の兵を蹴散らし、軍団長達を打ち倒す奴らの姿を、のぅ……」

 

 ザボエラの言葉に室内の声が一時消える。ザボエラが嘘を言う必要はない。狡猾な男だが、魔王軍が壊滅して得をする事はない。

 このまま人間が魔王軍を壊滅させていけば自分も窮地に陥る。そんな現状で魔王軍に対して嘘を吐く理由がないのだ。

 つまり、この話は真実だという事だ。勇者アバン率いる少数精鋭のせいで、魔王軍が半壊状態に陥っているという悪夢の様な話は……。

 

「オレ達が攻めていた国にはアバンやその仲間がいなかった。だからオレ達が負ける事もなかった。つまりそういう事かザボエラのじじい?」

「そういう事じゃよフレイザード。少なくとも、ワシはあんな連中の前に単独で立つ気はないな。敵にダメージを与える事こそ出来なかったが、クロコダインなぞ善戦した方じゃ。デスカールやベグロムなぞたったの一撃で倒されおったわい」

『!?』

 

 その言葉は全員に衝撃を与えていた。今まで沈黙を保っていたミストバーンでさえもだ。ベグロムはともかく、デスカールは六団長の技を複数操る事が出来るという、ガルヴァスの右腕の様な男だ。その実力は相当な物だと誰もが認めていた。ベグロムはともかく。

 それがたったの一撃で倒されたというのだ。それで驚愕しない者はこの場にはいなかった。ベグロムはともかくとしてだ。

 

「ベグロムはともかく、あのデスカールがか……何かの間違いだと疑いたくなるぜ」

「ああ。ベグロムはともかく、まさかデスカールが一撃とは、な……」

「(ベグロムはともかくあのデスカールまでもが容易く。恐るべきは勇者アバンとその使徒達か)」

 

 ミストバーンすら驚愕する敵の戦力に、当然誰もが唸るしかなかった。

 勇者アバン一行を倒さない限り地上征服はない。誰もがそう思い、策を考える。真っ向からぶつかった所で敗北は必至。ならばどうする。

 

「……残る六大軍団が協力してアバン一行を打ち倒す。それ以外にないだろうな」

「そう言うということは、何か策があるのだろうなフレイザード?」

 

 フレイザードの言葉にガルヴァスが反応する。フレイザードの言う様に、現状は功名を競い合っている場合ではなく、魔王軍の全力を挙げてアバン一行を打倒しなければならない。

 だが、それは魔王軍が半壊している現状では当然の帰結であり、必要なのはそこに+αされる策なのだ。どのようにして残る三軍を使い、アバン一行を打倒するのか。その方法や手段がないのならば、先の発言に意味はない。

 そんな意味を籠めたガルヴァスの言葉に対し、フレイザードは笑みを浮かべて答えた。

 

「当然だぜ。如何に奴らが強かろうと、オレの呪法を使えばその力は半減以下よ」

「おお!」

 

 フレイザードの言葉にガルヴァスは希望の光を見た。フレイザードが修めた呪法の一つに氷炎結界呪法というものがある。それは範囲内を挟むように炎と氷の塔を建て、その二つの塔がフレイザードのコアに作用する事で結界陣を作り出す呪法だ。

 その結界陣の中ではフレイザード以外の存在は全てその戦闘力が五分の一まで落ちてしまう。相手が強ければ、その強さを自分以下まで落としてしまえばいい。それがフレイザードの策であった。

 

「ふむ。確かにいい手かもしれんが、それでは結界の中ではワシらまで力が落ちてしまうぞ?」

 

 そう、フレイザード以外の存在という事は、結界の効果はアバン一行だけでなく他の魔王軍にも及ぶという事だ。

 例えアバン一行を弱くしたとしても、こちらも弱くなれば相対的に差はほとんどない。そう指摘するザボエラに対してフレイザードはにやりと笑い、そして言った。

 

「あんたらは炎魔塔と氷魔塔が壊されない様に軍団を挙げて守ってくれればいい。後はオレが片をつけてやるさ」

『……』

 

 フレイザードのその言葉で全員が理解した。フレイザードは勇者討伐の功績を独り占めするつもりだ、と。

 協力した他の軍団長にも功績はあると認められるだろうが、フレイザードの功績は遥か上となるだろう。

 口には出していないが隠す気のないその態度にガルヴァスとザボエラも呆気に取られる。だが、2人ともフレイザードの言葉を通す以外に道はないとも思っていた。

 

 フレイザードの策以外に今の所期待出来そうな策はない。その上、早くに結果を出さなければ大魔王による粛清が待っているかもしれない。

 ならばフレイザードの策を採用する他ないのだ。これで勝てばそれで良し。負ければ窮地から脱する事は出来ないが、フレイザードに責任を押し付ければいい。そういう判断だ。

 

「分かった。フレイザードの言う通りにしよう。それで、どの様にして奴らを結界内に嵌める気だ?」

「奴らは正義の味方だろ? だったら攻められている国を助けにやってくるだろうさ。魔王軍が全力を挙げてどこかの一国を攻めりゃあ、そこに全員向かってくるぜ。何せ正義の味方様だからなぁ」

「なるほどな。そこを一網打尽というわけか。ならばどの国を攻めるかだな」

「ならばベンガーナが良かろう。あそこは他の国と違い兵器開発が盛んじゃからのぅ。これを機に一気に攻め滅ぼせば今後の面倒が少なくなるじゃろうて」

 

 ザボエラがベンガーナを推した理由は、現在自軍である妖魔師団が攻めている国がベンガーナだからだ。

 ベンガーナは戦車と呼ばれる兵器を開発しており、人間の国の中でも厄介な国だとザボエラは思っていた。その国を今回の作戦を機に攻め滅ぼす事が出来れば良し。作戦が失敗したとしてもベンガーナは弱体化していると予想され、そこを再び自軍で攻め滅ぼせば良しという、自分に利のある提案だった。

 

「まあ良かろう。ならばベンガーナに攻め込み、勇者共を呼び寄せる。その際勇者共が来る前に氷炎軍団が結界を張る準備を終えるよう、他の軍団が前に出て攻めるぞ。いいな!」

「魔軍司令殿の采配に感謝するぜ」

 

 そうしてアバン一行を葬る為の作戦が決定されたその時、沈黙を保っていたミストバーンがその口を開いた。

 

「……大魔王様より、勇者達を確実に滅ぼすようにとのお言葉があった」

『!?』

 

 ミストバーンが口を開いた事に誰もが驚愕する。一度口を閉ざしたら数十年は開かぬと言われている影の男が口を開いたのだ。その言葉には他の誰よりも重たい意味が籠められていた。

 

「勇者討伐の作戦に至って、この鬼岩城の使用の許可が降った」

「き、鬼岩城の……!」

「使用の、許可じゃと!?」

「い、一体どういう意味だミストバーン!?」

「……」

 

 ミストバーンの言葉の意味が理解出来ない3人。そんな3人の疑問に対しミストバーンは何も答えずに黙り続け、そしてバーンの言葉を思い返すのであった。

 

 

 

 

 

「き、鬼岩城を……!?」

「そうだ。ガルヴァスの次の作戦に鬼岩城を用いる事を許す」

 

 バーンの言葉にミストバーンは驚愕しつつも納得する。鬼岩城はバーンの叶わぬ夢を形にした巨大な玩具であり、そして兵器でもある。

 それを投入してでも現在の戦況をひっくり返さなければならない。そう納得せざるを得ない程に、魔王軍は追い詰められていたのだ。

 

「此度の魔王軍半壊の非はガルヴァスにはない。地上の戦力を侮っていた余の誤算よ。よもや人間共がここまでの抵抗を見せるとは、な」

 

 魔界の神と謳われ、並ぶ者がいない魔力と叡智を有するバーンをして、今回の結果は予想の範疇を超えていた。

 

「勇者アバンと竜の騎士バラン。この2人を黒の核晶にて葬れなかった事が残念だったのは確かだ。余の軍団を阻む障害になる事は確実だった。だが、その結果がこうも早く現れるとは思ってもいなかったわ」

 

 然しものバーンも、六大軍団が侵攻を開始して僅か一日で半壊するとは予想の範疇になかったようだ。

 だが、それでもバーンの計画に揺らぎはない。例え六大軍団が壊滅しようとも、所詮は泡沫の夢が崩れたに過ぎないのだ。

 バーンが六大団長を作り出したのは最強の軍団を欲しての事だ。ただ地上を殲滅するだけならば、バーンに数千年もの長きに渡って仕え続けるミストバーン1人で十分なのだ。

 そうはせず、地上を破壊する事を使命とした軍団を編成し、競い合わせる事で後々の世にまで通用する最強の軍団を手に入れる。それがバーンの狙いだった。

 それも魔王軍が半壊した状況では叶う事はない。だが、問題はなかった。最強の軍団になる前の、替えの利くモンスターや替えの利く軍団長が消えた所で、バーンには何ら支障はないのだから。

 

「彼奴らを放置すれば被害はこれだけに留まるまい。特に竜の騎士であるバラン。神々の生み出した究極の戦士である奴は大きな障害となろう。そのバランと地上の実力者が組すれば、その厄介さは計りしれん」

 

 バーンは戦力的に最も厄介だろうバランと、頭脳的に最も厄介だろうアバンが組する事による結果を危惧していた。

 アバンの力は正直に言ってバーンからすれば脅威には成り得ない。例えアバンが百人いた所で、その百人が同時に掛かって来たとしても、バーンの勝利は揺るがないだろう。

 だがそれは戦闘力に限っての話だ。バーンが恐れているのはアバンの頭脳だ。何をしでかすか分からない地上一の切れ者。それがバーンのアバンに対する評価だった。

 そのアバンと、神々が作り出した究極の戦闘生命体である竜の騎士バラン。この2人が手を組んだ現状は非常に厄介と言えた。そればかりかアバンの使徒とも言える弟子達もまた、厄介な力を有している。

 バランと戦っても負ける事はないだろうと思っているバーンだが、それでも地上の実力者達と手を組まれれば万が一が起こりうると考えていた。

 

「鬼岩城やガルヴァス達ではバランを討ち取る事は不可能だろう。鬼岩城を用いてアバンやその使徒達を討ち取る事が出来れば良し。万が一バランを討ち取る事が出来れば……そうだな。残る軍団長にはそれ相応の褒美をくれてやるとしよう」

 

 そう、バーンは鬼岩城を用いた所でガルヴァス達ではバランを打倒する事は不可能だと理解していた。その上で、アバン達勇者一行の戦力を減らす事が出来ればそれで良しと考えているのだ。言うなればガルヴァス達は捨て駒に等しかった。

 もちろんアバン一行の戦力を削ったならば、例え鬼岩城を失ったとしてもガルヴァス達を咎めるつもりはバーンにはなかったが。

 

「お前も気兼ねなく鬼岩城を扱うがよい。例え失ったとしても構わん。所詮は玩具よ……」

「はっ……」

 

 そう言われつつも、ミストバーンは鬼岩城を失わせるつもりはなかった。鬼岩城はバーンの玩具なれど、そこには叶わなかった夢が籠められている。そんな鬼岩城を失うつもりも、そしてバーンの野望の障害となる者達を見逃すつもりも毛頭なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 魔王軍の第1陣を撃退したアバン一行は、残る魔王軍を撃退すべく人数の関係で守る事が出来なかった三ヶ国――オーザム・カール・ベンガーナ――へと救援しに移動した。

 休む間も、守った国から称えられる間も惜しんでの行動だったが、いざ三ヶ国に到着すると、そこに魔王軍の姿はなかった。

 一体どういう事なのか。魔王軍の真意をアバンがいくつか予想するが、時間を置いて策を練り、総攻撃を仕掛けてくるという可能性が一番高いとアバンは見た。各国を侵略していた軍が各個撃破されたならば、次は当然何らかの策を用い、全軍を率いて一国を攻めてくるだろうという予想だ。

 

 それに対してアバン達人間側がどうすればいいか。答えは当然こちらも各国で協力関係を結び、一丸となって魔王軍と戦う事だ。

 バラバラでは勝ち目がないのは魔王軍が実証したのだから当然の答えだろう。もちろん侵略されている国々へ軍を救援に向かわせるのは容易ではないし、そもそも自国の守りが薄くなるのでやるべき手ではない。

 だが、各国にいる強者が協力すればそれだけで突破力は格段に上がり、侵略されている国も持ち堪える事は可能だろう。彼らが持ち堪えている間に、アバン達世界最強クラスの戦士や魔法使いが敵のリーダー格を討ち倒せば、そこから敵を崩していく事も可能だ。

 他にも各国独自の戦術や武具、兵器などを互いに提供し、提携する事で更に質を高め合う。そうする事で各国の軍事力は上昇し、魔王軍に対抗する為の一手となるだろう。国を守る最高機密を提供し合うなど本来なら有りえない話だが、魔王軍という共通の敵に攻められ、人類全体が危機に瀕している今ならば可能……なはずだった。

 

 

 

「協力関係? 他国と軍事力を提携する? 冗談も休み休みに言いたまえよアバン殿」

「ベンガーナ王……!」

 

 アバンは今ベンガーナ王国を訪れ、そしてその王であるクルテマッカⅣ世と謁見していた。謁見の理由はもちろん各国の協力体制の構築だ。

 アバン達と共に戦ったロモス・パプニカ・リンガイアの三ヶ国はアバンの言葉に当然の如く頷き、そしてオーザムとカールもまた賛成の意を示していた。軍事力は然程ないテランも同意している。

 だが、最後の一国であるベンガーナだけはアバンの言葉に耳を貸さなかった。

 

「アバン殿。世界を救った勇者である貴殿の事は信頼している。それ故に我らベンガーナは貴殿の言葉を信じて軍備を整え、魔王軍の侵略もいち早く退ける事が出来た。民や兵の犠牲も本来より少なかっただろうな。感謝しているよ」

 

 そこまで言って、ベンガーナ王は「だがな」と続けた。

 

「魔王軍など他国と協力せずとも問題なく撃退可能だ。世界一と謳われた我が軍の戦力。保有している兵器の力……見識高いアバン殿ならばご存知だと思っていたのだがね?」

 

 多分に厭味と自国の軍事力に対する誇らしさが籠められた言葉だったが、アバンには魔王軍を侮った者の言葉にしか聞こえなかった。

 だが、これはある意味アバン達の行動の弊害でもあった。魔王軍は恐ろしい侵略者だが、その侵略による被害は現在ほとんどないのだ。アバン達の早期行動が実を結んだ結果だが、そのおかげで魔王軍の恐ろしさを知らぬ者が多くなっているのが現状だ。

 それが顕著なのがベンガーナ王だ。ベンガーナ王国は世界一と言っても過言ではない戦力を有している。ベンガーナ王の自慢も入っているがこれは事実だ。

 ベンガーナ王国は他の国にはない兵器と呼ばれる軍事力を有している。戦車という兵器は並の武器など弾く装甲に、城壁を撃ち砕く威力と長い射程を誇る砲を有している。並の軍では相手にならないだろう。ベンガーナ王が世界最強だと自負するのも当然の戦力だ。

 

 だが、それは人間の国を相手にした場合の話だ。相手は魔王軍。常識で計る事が出来ない未知の戦力だ。それを相手にして、自国だけで十分だから協力はしないというのは甘い考えだと思わざるを得ないだろう。

 そもそもだ。確かに戦車は恐るべき兵器だが、倒そうと思えばアバン達ならば倒せる代物だ。軍などの面を相手にすると効果を最大限に発揮するが、一定以上の戦闘力を持つ個人相手だと効果が低い。それがアバンの戦車に対する評価だ。

 

 ともかく、魔王軍を容易く退けた事と、戦車を中心とする強力な軍事力の保有。それがベンガーナ王の自信の源であった。

 その二つがなければ、ベンガーナ王もアバンの言葉を受け入れ、各国と協力体制を敷いただろう。頑なな点はあるが、一指導者として認められるだけの力はあるのだ。

 

「我が軍の戦力をどの様に使って魔王軍を滅ぼすか……そういう話し合いならば是非とも参加させていただくがね」

 

 ベンガーナ王の物言いに、アバンは胸中で溜め息を吐く。

 

 ――ベリーまずいですね。魔王軍が本腰を入れる前に協力体制をと思っていましたが――

 

 流石に全てが上手く行く事はないようだ。むしろ今まで上手く行き過ぎたからこその弊害なのだから、仕方ないと言えば仕方ない事だった。

 アバンが口八丁に魔王軍の脅威を説明するも、その実例を見ていないベンガーナ王は納得しない。どうやってベンガーナ王を説得するか。悩むアバンだったが、話は平行線のまましばしの時が流れた。

 

 

 

 ベンガーナ王を説得する事が出来ないまま、1週間の時が流れた。アバンや各国の代表はベンガーナ王の頑固さに頭を抱えるも、ダイにとってこの1週間は程良い休息となっていた。

 特に疲れが溜まるほどの死闘を繰り広げたわけではないが、デルムリン島しか知らないダイにとって世界を見て回る事は非常に良い刺激となったのだ。

 特にベンガーナは世界的に見ても発展が著しい国だ。デパートと呼ばれる城と見間違わんばかりに大きい百貨店を、レオナと共に巡る様子はまさにデートと言っても過言ではなかっただろう。影から見守っていたラーハルトもソアラに良い報告が出来ると喜んでいたものだ。

 

 ポップはポップで武道家として修行しているマァムに近況報告と言う名の逢引をしてたりする。

 マァムはアバンに修行をつけてもらう最中、アバンから武道家としての素質を見出された事で、アバンの古くからの仲間であり世界一の武道家と呼ばれたブロキーナ老師の下で修行を積み重ねていた。

 僧侶からの転職故に一から修行のし直しだったが、アバンの才能を見る目は伊達ではなく、マァムはブロキーナの教えの下にメキメキと実力を上げていた。既に一線級の実力は有しているだろう。

 ブロキーナから彼の流派である武神流の全てを伝授されてマァムはポップの報告を聞き、アバン一行に合流する事となった。

 

 マァムが合流するとなってポップは喜んだ。惚れた女が傍にいるとなれば男として当然の反応だ。もっとも、ダイ達にマァムを紹介する時には若干不機嫌になっていたが。

 その理由はヒュンケルと再会したマァムが非常に喜んでいたようにポップには見えたからだ。実際喜んではいたのだが、その喜びはポップと再会した時と然したる差はないのだが、恋する男の嫉妬フィルターが混じった視界にはそう映らなかったようだ。

 その後、修行名目でヒュンケルに勝負を挑んだポップだったが、まあ一対一で魔法使いが戦士に勝てるわけもなく、対戦士技量を多少上げただけに終わったのは当然の結果だろう。レベルアップは出来たので結果としては良かったのかもしれない。

 

 

 

 色々とあった1週間だったが、魔王軍が襲ってくる事もなく平和なままに終わった。

 ベンガーナ王は、「魔王軍が襲ってこないのは我が国の力を恐れているからだ」などと言っていたが、アバンやバランには嵐の前の静けさとしか思えなかった。

 嵐が来る前に何とかしなければ。そう考えるアバンは再びベンガーナ王の説得を講じるが、王の意見は変わる事はなかった。

 

「くどいぞアバン殿。その件なら断ったはずだが? かつて世界を救ってくれた貴殿の頼みだからこそ、こうして幾度となく謁見の許可を与えているが、こうも同じ事を繰り返されると腹に据えかねるぞ」

「……」

 

 やはり駄目か。ベンガーナ王の言葉にそう項垂れるアバン。このままでは人類はまとまる事なく魔王軍と事を構え続けなければならない。

 それで負けてしまえば全てが終わりとなり、もし勝てたとしても終戦後に各国間でいざこざが起こる可能性が高いとアバンは予想する。そうなれば敵が魔王軍から人間の国家に変わっただけの新たな戦争が始まるやもしれない。

 そうさせる訳にはいかない。どうにかしてベンガーナ王を説得せねば。そう悩むアバンだが、彼の助けは思わぬ方向からやって来た。

 

「陛下!!」

「どうした!? 今は勇者殿の謁見中だ、騒々しいぞ!」

 

 アバンの謁見中に突如として兵士が闖入する。兵士の行動は非常に無礼だが、それは非常時ゆえの行動として許されるものだろう。何故なら――

 

「魔王軍が! 魔王軍が我が国に攻め込んで来ました!! 敵は東方面から、数は無数としか!」

「何だとぉっ!?」

「魔王軍が!?」

 

 兵士の報告に驚愕するベンガーナ王とアバン。1週間という沈黙を破り、とうとう魔王軍が動き出したのだ。

 だが、ベンガーナ王は直に冷静さを取り戻した。魔王軍襲来は驚いたが、ここで魔王軍を叩き潰せばアバンも何も言えなくなるだろうと思ったからだ。魔王軍の襲来は世界最強の軍の格好の宣伝になるとベンガーナ王はほくそ笑んだ。

 

「ふん! 魔王軍なんぞ戦車部隊で蹴散らせばいいだけだろう! アキーム!!」

「はっ!」

「ただちに東門に戦車部隊を集めろ! 我が軍の力で魔王軍を叩き潰してこい!」

「かしこまりました!」

 

 ベンガーナ王の命令に即座に応えて動き出す戦車隊長のアキーム。そうしてアキームが謁見の間から居なくなった一方、アバンは城下町を一望出来る窓から報告にあった東方を見ていた。

 

「これは……」

 

 確かに東側から無数の軍勢が近付いているのが分かる。その数はアバンがロモスで見た百獣魔団よりも多いと予測出来た。

 だからこそ腑に落ちなかった。魔王軍もベンガーナ王国の軍事力と城壁の堅牢さは理解しているはずだ。その対処法がただの力押しなのだろうか。モンスターの軍勢の後方に広がる霧も気になるところだ。これも敵の策の何かなのではとアバンは考える。

 陽動。だが、それにしては数が多すぎる。恐らくだが六大軍団の内二つの戦力が攻め込んでいるだろう。それ程の戦力を陽動に使うだろうか?

 いや、使うだろう。逆に考えればいい。あれは魔王軍にとって陽動でしかない戦力なのだと。あの霧が自然発生か、それとも敵の何らかの能力かまでは分からないが、この軍勢が陽動と思い至ったアバンはベンガーナ王に進言する。

 

「ベンガーナ王! あれは陽動の可能性があります! 別働隊に備えて軍の全てではなく一部は他の門にも配備するべきかと」

「むん? あれが陽動だと……?」

 

 ベンガーナ王はあれだけの大軍が陽動なのだろうかと、アバンの言葉を訝しむ。

 確かにあれが陽動だとしたら恐ろしい事だ。全軍を東門に集結させた結果、別方面から攻め立てられれば一巻の終わりだろう。

 だが、あれだけの大軍相手に戦力を分散してしまえば、ベンガーナが誇る戦車部隊も危ういかもしれない。自信過剰なベンガーナ王だが、流石にそれくらいの予測を立てる事は出来た。

 どうするべきか。逡巡するベンガーナ王に対し、アバンが提案をした。

 

「ここは機動力に長けた私たちが東門の援護をします。それならば戦車部隊を割いたとしても問題ないでしょう。もし別働隊が現れ、攻め込まれた場所が危機に瀕したとしても、ルーラが使える私たちならば直に駆けつけられます」

「むぅ……」

 

 アバンの言葉に一理あると見たベンガーナ王は僅かに唸る。あの大軍が陽動とは思えないが、万が一を考えると捨て置けない事だ。その万が一で自国が滅びてしまうやもしれないからだ。

 アバンの策ならば今攻め込んでいる軍にも別働隊にも対応する事が出来る。勇者の協力あっての撃退では些かインパクトに欠けるが、自国の安全には替えられないとベンガーナ王も渋々納得した。

 

「分かった。アバン殿の言葉を聞き入れよう。万が一があれば狼煙を上げるよう兵士には伝えておく。赤の狼煙が上がればそこに駆けつけてもらいたい」

「かしこまりました!」

 

 ベンガーナ王の了承を得て、アバンはベンガーナを守る為にルーラで東門へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 ベンガーナ王国と魔王軍がぶつかり合う中、アバン達もまたその力を振るって魔王軍を蹴散らしていた。

 

「イオラ! イオラ! もいっちょイオラ!」

 

 数で攻め立てる魔王軍に対し、ポップは広範囲に呪文をばらまく。マトリフの下で修行して、魔王軍との実戦も経て更に高まった魔力から放たれる呪文は確実に魔王軍の数を減らしていた。

 

「飛ばしすぎるなよポップ!」

 

 魔法力切れを心配してポップに注意を促すヒュンケル。呪文も無限に使用出来る訳ではない。呪文の源と言える魔法力(MP)が尽きればポップに出来る事はなくなるだろう。こういった殲滅戦だと強いが持久戦には弱いのが魔法使いの常識だ。

 もっとも、注意した当の本人はアバンから習い自己流に昇華した闘気放出の大技を放とうとしていたが。

 

「グランドクルス!!」

 

 剣を十字に見立てて闘気を集中させ、十字状の闘気を放出する技だ。剣でなくとも十字状であれば代用は可能だ。

 これは遠距離戦が不得意な戦士に対して切り札としてアバンがヒュンケルに教えたものだ。生命エネルギーである闘気の放出はそれだけで命を脅かす危険な行為だ。故に、アバンはヒュンケルに出来るだけ少ない闘気しか放出しないように教えていた。

 だが、それをヒュンケルは独自に改良した。限界ギリギリまで闘気を放出し、その上で命を落とさないように調節する。神技とも言えるヒュンケル独自の奥義だ。

 ヒュンケルがグランドクルスを開発したのは来る魔王軍に備える為だと周知されている。だが、実は闘気で空を飛ぶメタルンが羨ましく、自分も空を飛べる程に闘気を放出すればいいと思いついたのが完成の要因なのはヒュンケルだけの秘密だった。

 

「グランドクルス撃っといて何言ってんだよお前はよぉ!」

「一発程度どうということはない」

 

 明らかに強がりなのだが、ヒュンケルが言うと強がりに見えないのがまた憎らしいとポップは思う。

 そうして頭を抱えたポップは気になる声を聞いてそちらに視線を向けた。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 最初に出会った時は僧侶だった少女が、武道家となって帰って来た。そして可愛い女性の身で無数のアークデーモンを殴って蹴って吹き飛ばしていく。その様を見てポップは思わず呟いた。

 

「……次からかったら死ぬかも……」

「フ……逞しくなったではないか」

 

 魔王軍の軍勢は凄まじかったが、マァムが合流して戦力を増したアバン一行と、ベンガーナが誇る戦車部隊が協力すれば勝てない相手ではなかった。

 バランにダイ、ラーハルト達も確実に魔王軍の戦力を減少させていく中、アバンは先の考えは杞憂だったかと悩む。

 

 ――ここまで追い込まれても別働隊が現れない……。陽動ではなかったか、それとも――

 

 それとも、別働隊ではなく別の何かを裏で画策している。アバンがそう考えた時、遠くから地響きのような音が聞こえるのに気付いた。

 その音は徐々に徐々に大きくなっていた。それも一定の間隔で聞こえてくる。そう、まるで巨大な何かが近付いているような――

 

「こ、これは!?」

 

 そしてアバンは、いや、戦場に立つ全ての者は見た。いつの間にかベンガーナ周辺まで近付いていた霧を掻き分けて、巨大な人型の建造物が現れるのを。

 

「な、何だありゃあ!?」

「何と巨大な……!」

「ちょっとベリーハードな敵ですねぇ……!」

 

 然しものアバン達もここまで巨大な敵は予想外だったようだ。この巨人こそ、魔王軍の移動要塞鬼岩城であった。

 天に届かんばかりの巨体がここまで接近しても気付かなかったのは、鬼岩城を動かしているミストバーンがその力で周辺に霧を発生させていた為だ。

 そうして人間たちが鬼岩城に慄く中、ミストバーンは鬼岩城を前進させていく。この巨体だ。ただ動いただけで敵に大打撃を与え、そして街に入ればそのまま破壊する事も可能だろう。

 それに気付いたアキームはすぐに戦車部隊を指揮し出した。この場に集めている全ての戦車で鬼岩城に集中攻撃を開始し始めたのだ。

 

「おお! 大砲で岩が削れてるぜ! もしかして倒せんじゃねぇか?」

「……そうだといいがな」

 

 ベンガーナ軍の戦車の威力にポップが期待するが、ヒュンケルは浮かない顔で爆煙に包まれる鬼眼城を見やる。アバンも今の所はベンガーナ軍に口出しするつもりなく見守っていた。

 そんな中、アバンは北と南から向かってくる戦車部隊を発見した。ベンガーナ王の指示により東門の救援に来たのだ。鬼岩城を確認した事で戦車を待機させている場合ではないと考えたのだろう。

 アバンは何もせずにただ戦車の砲撃を受け続ける鬼岩城を見てもしやと思った。だが、時は既に遅かった。

 

 爆煙に包まれる鬼岩城から無数の砲弾が放たれた。それらは周辺の戦車部隊を一瞬で殲滅させた。そして爆煙が晴れた時、そこに鬼岩城の真の姿があった。

 岩の塊だった巨人は精巧に組み立てられた要塞へと変化していた。全身には無数の砲台が設置されており、そしてその装甲は戦車部隊の砲撃では微塵も傷ついてはいなかった。

 そして鬼岩城から放たれた砲弾が合図となったのか、砲弾から僅かしてまたも大地が震えた。その瞬間、ベンガーナ王国の北と南に二つの巨大な塔が出現した。

 炎の塔と氷の塔。その二つに挟まれた空間に、フレイザード以外の者の力を五分の一まで落とす結界が発生する。これこそ氷炎魔団必勝の戦法、氷炎結界呪法である。

 

「やはり陽動でしたか……! 違ったのは、この巨人すら陽動だったということ……!」

 

 モンスターの大軍に天を貫く巨人。この二つに攻め込まれてはそちらに戦力を集中せざるを得ない。その隙を突いて、手薄となった北と南に結界の基盤となる塔を作り出す。そういう作戦だったのだ。

 

 ――まずい! このままでは――

 

 結界の効果が何なのかアバンにはまだ理解出来ない。だが、こちらが不利になり敵が有利になる仕組みなのは間違いないだろう。

 まずは結界の効果を見極めなければならない。そう考えたアバンは周囲に注意を向ける。そして、立つ事もままならない兵士達の姿を見つけた。

 どうやら全身の鎧が重くて動く事が出来なくなったようだ。だが、今までは問題なく動けていたはず。怪我をしているわけでもないようだ。ならば理由は一つ。先程の結界の効果、恐らく力の減少だろうとアバンは予測した。

 そして同時に不思議に思った。何故自分は何も感じていないのかと。気になったアバンはヒュンケル達に確認を取る。

 

「皆さん! 身体に異変はありませんか!?」

「え? いや、特にはないですけど?」

「オレも異常はありません」

「それが、少し体が重い感じがします……。いつもの力が出ないと言うか……」

 

 ポップ・ヒュンケルに異常はないようだ。ポップなどトベルーラで宙に浮いていた状態からアバンの下にやって来ていた。その事からアバンが推測した力の減少は起こっていないようだ。

 だが、マァムだけは結界の効果を受けているようだった。その動きには先程までアークデーモンをフルボッコしていた精彩が欠けていた。

 自分達とマァム、その差は一体何なのか。アバンの疑問に答えたのはアバンに合流したバランだった。

 

「無事だったようだなアバン」

「バラン! あなたもこの結界の効果を受けていないのですね?」

 

 いつもと変わらぬ力強さをその身から感じ取り、アバンはバランも結界の効果を受けていないのだと察する。

 それに対してバランは頷き、そしてアバンの疑問の答えを口にした。

 

「この結界。恐らく結界内にいる者の力を減少させるものだろう。だが、お前たちはメタルンの防具のおかげでその効果を打ち消しているようだな。私はそんなものなくとも問題ないがな」

 

 そう。アバン達が結界の効果を受け付けない理由はメタルン製の防具にあった。メタルンが防具を作る際に自らの闘気を流し込みながら作っていたおかげか、メタルン製の防具を装備した者は多少の結界や呪法の効果を防げるようになっていたのだ。

 マァムはメタルン製の防具を未だ貰っていない為に、結界の効果を受けたという訳だ。なお、バランはメタルン製の防具がなくとも問題ないと言っているが、実際問題ない。竜の騎士は伊達ではないのだ。

 

「なるほど、そういう事でしたか」

「序盤で貰った防具が伝説すぎる……」

「言うなポップ。割り切れ……」

 

 アバンが納得する中、ポップとヒュンケルはメタルン製の武具の性能に再び打ちひしがれていた。

 そして、バランとアバンが合流したところで、魔王軍にも動きがあった。

 

「クックック。手柄首がゴロゴロしてやがるぜぇ!」

 

 氷炎将軍フレイザードが満を持して登場したのだ。人間達は全てがその力を減少させている。達人もその力を五分の一まで落とせばそこらの兵士以下の存在だ。数で相手が勝ろうとも負ける訳がない。

 六大軍団の三軍と鬼岩城という規格外の巨人を囮に使ってまでの作戦は成功した。この状況を覆す事は誰であろうと不可能だとフレイザードは確信する。

 後は弱まった勇者達を蹴散らせば、それだけで魔王軍最高の栄光を手にする事が出来るだろう。フレイザードはそう想像するだけで涎が止まらない思いだった。

 

「炎の身体と氷の身体がくっついてやがる!?」

 

 フレイザードの見た目にポップが驚きの声を上げる。相反する属性で構成された肉体に驚愕したようだ。

 

「オレは魔王軍六大軍団長の1人、氷炎将軍フレイザード! 貴様らの首を貰いに来てやったぜ!」

「ほう……。たった一人で私たちに挑むとはな。大した自信だな」

 

 堂々と名乗り出るフレイザードに、バランは僅かに感心した。たった一人でこれだけの実力者を相手にしようとしているのだ。中々出来る事ではないだろう。

 もっとも、バランはフレイザードが敵の力が減少していると思い込んでいるからこそ、こうして1人でやって来た事に気付いているが。先程の感心の言葉は皮肉みたいなものだ。

 

「ギャーハッハッハ! 今のてめぇ達の力が落ちている事に気付かないのか!? てめぇらの様な雑魚を相手にオレ様が負ける訳がねぇだろうが! 見ろ!」

 

 そう叫び、指を二つの塔に向けてフレイザードは説明する。

 

「あの二つの塔が貴様らの力を減少させているのさ! だが、壊そうと思っても無駄だぜ。二つの塔はそれぞれガルヴァスの旦那とザボエラのじじいが部下を揃えて守っているからなぁ!!」

 

 実力者のほとんどがこの場にいる状況で、他の雑魚では塔の破壊など不可能だろうとフレイザードは思っていた。

 ガルヴァスが率いる魔族の親衛隊は総合力ではトップクラスの実力を誇り、ザボエラが率いる妖魔士団はその魔法力で人間たちをなぎ倒すだろう。

 そして説明はしなかったが、これに加えて氷炎魔団と魔影軍団の兵がそれぞれの塔の護衛についている。これを突破出来る訳がない。そう、フレイザードは思っていた。

 

 

 

 ダイは竜の紋章を発動させた!

 ダイのこうげき! 

 ガルヴァスに301のダメージ!

 

 ダイの二回行動!

 ダイのこうげき!

 ガルヴァスに299のダメージ!

 

「ぐわあああぁぁっ!?」

 

 ガルヴァスをたおした!

 ダイは20000ポイントのけいけんちをかくとく!

 

「よし、後はこの氷の塔を壊せば!」

 

 

 

 ラーハルトはハーケンディストールをはなった!

 しんそくのいちげきがザボエラをおそう! ザボエラに324のダメージ!

 

「ぎゃああぁぁぁっ!?」

 

 ザボエラをたおした!

 ラーハルトは5000ポイントのけいけんちをかくとく!

 

「他愛ない。本当に六団長だったのか? まあいい。さっさと炎の塔を破壊するか」

 

 

 

 フレイザードの想像を遥かに越えて、ダイとラーハルトはあっさりとガルヴァスとザボエラを撃破していた。

 2人はバランに頼まれて既に二つの塔を破壊しに行っていたのだ。自分達には影響はなかったが、他の人間は苦労するだろうと考えて先んじて動いていたのだ。

 ガルヴァスもザボエラも並の人間には相手にならない敵であったが、竜の紋章を発動させたダイと、バランと鍛錬を積んだラーハルトを相手にしては勝ち目がなかったようだ。

 

 そうとは知らずにフレイザードは余裕綽々でバラン達に接していた。バラン達が氷炎結界呪法の効果を受けていないと知らずに。もうすぐ二つの塔が崩れるとも知らずに。

 

「さあ、勇者の快進撃もここまでだぜ! さっさとくたばってオレの手柄に――」

「ふん!」

 

 バランのこうげき!

 フレイザードに329のダメージ!

 

「ぐわあああぁぁっ!?」

 

 フレイザードをたおし……てはいないようだ。

 フレイザードは傷ついた肉体を再生させた。

 

「む? この一撃で死なぬとは……少々見誤ったか?」

「はぁ、はぁ……! な、何なんだてめぇ! 結界の力が効いてねぇのかよ!?」

 

 とても力が減少したとは思えない一撃に、フレイザードが慄きながらバランに聞く。それに対し、バランは高圧的な態度で答えた。

 

「当然だ。あの程度の呪法がこの私に通用すると思っていたのか。だとしたら嘗められたものだな」

「う、うう……!」

 

 バランのその気迫にフレイザードは気圧される。ハドラーに生み出されて僅か一年。それがフレイザードの経験の全てだ。その短い経験の中に、バランの様な圧倒的な強者と敵対した経験はなかった。そんなフレイザードがバランの威圧に耐えられる訳がなかった。

 

 ――や、やべぇ。勝ち目がねぇ!――

 

 どう足掻いても勝ち目がない。実力で圧倒されている相手に、氷炎呪法結界の効果もなくしてどうやって勝てと言うのか。

 このままでは死んでしまう。死ぬ思いで勝てるならいくらでもするが、本当に死んでしまえば意味がない。犬死ににすらならない死に方はフレイザードも御免であった。

 逃げの一手。それしかない。核が砕けない限り死ぬ事はないフレイザードだったが、ここまでの実力差がある相手にその程度のアドバンテージで勝てるとは思えなかった。

 

 そうしてフレイザードが逃げ腰になった瞬間を、アバンが見逃すはずもなかった。

 

「逃がしません! そこ!」

 

 アバンは空裂斬をフレイザードに向けて放った。空裂斬は心の眼で敵の弱点や本体を捉え、光の闘気を込めて切り裂く技だ。

 心の眼にてフレイザードの本体である核を見抜いたアバンは、そこに向けて空裂斬を放ったのだ。

 

 アバンはくうれつざんをはなった!

 フレイザードの核に120のダメージ!

 フレイザードの核はくだけちった!

 

「グワアァァァーーッ!!」

 

 フレイザードは核の魔力によって灼熱の身体と極寒の身体を繋ぎ止めていた。それを失ったという事は、フレイザードは己の左右の肉体同士でダメージを与え合う事になるわけだ。そのまま身体を維持すれば、すぐに両方とも消滅してしまうだろう。

 そうなる前にフレイザードがする事は唯一つ。左右の身体を分離させることだ。そうすることでフレイザードは一命を取り止めた。

 だが、その状況で手を出さないアバン達ではなかった。

 

「そらよ! メラゾーマ! マヒャド!」

 

 ポップが右手からメラゾーマを、左手からマヒャドを同時に放つ。二つの呪文を同時に繰り出す器用さを持つ魔法使いは殆どいない。ポップもまた非凡な才能を持つ者なのだ。

 

『ぐわあああぁぁっ!?』

 

 灼熱の身体に極寒の呪文が、極寒の身体に灼熱の呪文が命中する。そして、そのままフレイザードは崩れ去っていった。

 それと同時に、炎の塔と氷の塔も崩れ落ちる。ダイ達がフレイザード消滅と同時に塔を倒したようだ。

 

「身体の調子が戻ったわ!」

 

 塔も消え去り、結界の効果がなくなったおかげでマァムの力も元に戻ったようだ。他の兵士達も同様だろう。

 

「さて、あとはあのデカブツだけだな」

 

 そう呟くポップ。そして、鬼岩城の中にいたミストバーンはこれまでの一連を見て戦慄していた。

 

「まさか、この状況を容易く覆すとは……!」

 

 三つの軍団と魔軍司令の親衛隊を用い、その長が協力し、鬼岩城まで動かした戦場で、ミストバーンを除く全ての長が敗れ去った。しかも、何一つ敵に打撃を与えないままにだ。

 ベンガーナ王国だけで言えばそれなりのダメージを与えている。戦車部隊は壊滅し、その乗り手や歩兵にも犠牲者は出ただろう。だが、それだけだ。所詮は再編可能なレベルのダメージであり、そして肝心要のアバン一行は誰1人として欠けていない。これでは三軍を投入した意味がない。

 アバン一行の実力をその眼で見極める為に鬼岩城を沈黙させ、フレイザードの戦いを見守っていたが、こうまで圧倒されては実力の全てを見る事が出来たとはとても言えないだろう。

 

 このままおめおめと帰る訳にはいかない。ミストバーンは鬼岩城を操作し、せめてアバン一行の1人でもと攻撃を開始し出した。

 

「う、動き出したぜ!」

 

 今までの沈黙を破り動き出した鬼岩城を見てポップは身構える。この巨人をどうすればいいか。それはアバンも正直悩んでいた。これ程の巨体をどうにかする攻撃力は流石に持ち合わせていないのだ。

 ヒュンケルのグランドクルスならあるいは、とも考えるが、それが駄目だった場合は……。最悪を考え、アバンはヒュンケルと同時に自らも全力のグランドクルスを放つ決意をする。万に一つしか生き延びる事は出来ないが、この状況ではそれが最善の方法だと考えたのだ。

 だが、そんなアバンの覚悟に気付いたバランが、アバンの肩を掴んでその動きを止めた。

 

「私に任せておけ」

「バラン……」

 

 アバンの様な素晴らしい人間を死なせるのは惜しい。バランは素直にそう思っていた。人間を憎んでいた時もあった。だが、人間も全てが愚かな者ではないとソアラやメタルンのおかげで気付く事が出来た。

 未だに人間に対する蟠りはあるが、それでもアバンという人物が掛け替えのない存在であり、そして肩を並べるに相応しい人間だとバランは認めていたのだ。

 

「はあぁ!」

 

 バランが竜の紋章の力を発動させる。そして、背から神が作り上げた最強の剣・真魔剛竜剣を抜き放つ。

 そして刀身にライデインより上位の電撃呪文であるギガデインを宿らせた。

 

「喰らえ我が秘剣!! ギガブレイク!!」

 

 バランが鬼岩城に向けてギガブレイクを放つ。巨人に向かうその様は、象に立ち向かう蟻だろうか。

 だが、それは単純な大きさで比較した場合の話だ。その身に秘めた戦闘力で比較した場合、全く異なる映像になるだろう。

 

 そして、バランの一撃はベンガーナの砲弾を防いだ鬼岩城の装甲を容易く切り裂いていき、最後にはその全身を砕くのであった。

 

「す、すっげぇ!」

「流石と言いますか。頼もしいですねぇ」

「全くですね」

 

 その威力に慄きつつも、同時に頼もしさを感じるアバン達。そして、遠くの王城から巨人が崩れさる様を見ていたベンガーナ王も、その光景に興奮していた。

 

「お、おお! あ、あれが勇者達の力なのか……!」

 

 自国の戦車を物ともしなかった巨人を打ち砕くその力を目の当たりにし、興奮止まないベンガーナ王。

 そこには未知の力を持つバランに対する恐怖はなかった。あれ程の脅威を払拭してくれた存在に恐怖を抱くほど、ベンガーナ王も狭量ではなかったのだ。むしろ英雄譚をその目にした事で子どもの様に喜んでいたくらいだ。

 この後、ベンガーナ王は心を入れ替えたかのようにアバンの言葉に賛成し、各国と協力関係を結んで魔王軍との戦いに備えるようになった。

 こうして魔王軍の作戦は、ベンガーナに然したるダメージを与える事がなかったばかりか、世界中の国々が手を結ぶ切っ掛けを作るだけに終わったのであった。

 

 




 原作で鬼岩城を切り裂いたダイの一撃は魔法剣ではない、つまりバランのギガブレイク以下の威力だと予測出来る。
 つまり! バランのギガブレイクに耐え抜いたクロコダインは鬼岩城以上のタフネスを有するということになる! さすがクロコダインである。

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