どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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ダイの大冒険 第九話

 大魔王討伐に赴いた勇者達の敗北。その事実に各国の指導者は衝撃を受けた。快進撃により瞬く間に魔王軍を蹴散らした彼らならば、大魔王にも勝てると信じていたのだ。

 この結果を各国の指導者達は重く受け止めるが、それでも希望は残されていた。勇者達は敗北したが、誰1人として欠ける事なく帰って来たからだ。そう、誰1人欠ける事なく、だ。

 

 アバン達は死の大地から最も近い国であるカール王国にルーラで逃亡していた。ここならば空に浮かぶバーンパレスが肉眼で確認出来るため、敵の動きを察知しやすいのだ。

 アバンはカール王国に到着した後、すぐに女王であるフローラに取り次ぎ、事情を説明した後に敗北した自身達を休ませようとする。

 だが、それと同時にダイが目を覚ました。意識を失っていたダイは、良く分からない現状を周囲の仲間に確認する。そして知ったのだ。バランが自分達を逃がす為に命懸けでバーンに立ち向かった事を。

 

「離してよ兄さん! 父さんを助けに行かなくちゃ!」

 

 当然ダイは父親であるバランを助けに行こうとした。だが、それをラーハルトが食い止める。

 ダイには分からなかった。何故ラーハルトが自分達の父であるバランを助けに行かないのか。何故自分を止めるのか。

 そんなダイに対し、ラーハルトは辛そうに歯を食い縛りながら言った。

 

「お前が助けに行って何になる!? 私達を助ける為に1人残った父上の想いを無駄にする気か!!」

「う……!」

 

 その言葉に、ダイは自分の攻撃が意味をなさず、一撃で意識を失わされた事を思い出す。そして、右手で柄を握ったままだった為に持ち帰れていた折れて半分となったメタルキングの剣を見つめた。

 ラーハルトの言う通りだ。この剣で全力で攻撃して敵を倒せなかった事などなかった。いや、全力を出さずとも敵を倒す事が出来ていた。自分の竜闘気(ドラゴニックオーラ)にも耐えられる凄まじい剣なのだ。

 それが全く通用しないばかりか、あっさりと折られてしまった。聞けばラーハルトの槍も折られ、真魔剛竜剣すら効かなかったらしい。そんな敵を相手に自分が行った所で死者が増えるだけだ。

 理屈は分かる。納得するしかない。だけど、納得出来ない。父を救いたい。そんな想いが心中を駆け巡る中ダイは見た。ラーハルトが握り込んでいる拳から血が流れている所を。

 

「兄さん……」

 

 ラーハルトだって辛いのだ。悔しいのだ。バランを誰よりも尊敬しているのはラーハルトだ。ダイはラーハルトが血の繋がっていない兄だと聞いた事がある。親を失い、人間に迫害されていた所をバランに保護されたのだと。

 それでもラーハルトは自分達の家族だった。血の繋がりなど関係ない、そんな愛を与えてくれたバランとソアラに、ラーハルトもまた血の繋がりなど関係ない愛情を抱いていた。それは当然ダイにも向けられていた。

 ラーハルトも、最愛の家族にして尊敬する父を犠牲にした事が悔しいのだ。そして、己の無力さが……。それが理解出来たダイは悔しさに顔を顰めつつも、それ以上我侭を言う事はなかった。

 

 沈痛な表情を浮かべる二人に対し、どう声を掛けていいか分からないポップ達。だが、いつまでもこのままではいけない。ポップがそう思い、強くなって親父さんの仇を討とうとダイ達に声を掛けようとした時だ。

 

「やはりカールにいたか。今戻ったぞ」

 

 バランがひょっこり帰って来た。

 

「……父上?」

「……父さん?」

 

 これには誰もが呆気に取られていた。強大な敵を前にして仲間を逃がす為に命懸けで殿(しんがり)を務め、その上必ず帰ると宣言する。これだけのフラグを立てておきながら、普通にひょっこり帰って来るとは誰1人思っていなかったのだ。

 だが、フラグなど知った事ではない。真の竜の騎士の前ではフラグすら意味をなさないのだ。

 

「心配掛けたな。ダイ、傷は大丈夫か? む? ラーハルト。手から血が出ているぞ? 2人とも回復してやるからこっちに来なさい」

 

 呆けている皆を他所に、バランは2人に回復呪文を掛ける。そんなバランに対し、ようやく思考が追いついたダイが抱きついた。

 

「父さん!!」

「おっと、いつまで経っても子どもだなお前は」

 

 そんなダイを抱き返しつつ、バランはラーハルトに目を向ける。

 

「まだまだだなラーハルト。私も逃げると言ったはずだぞ?」

「はい……! 父上の言葉を疑うなど、未熟に過ぎます……!」

 

 ラーハルトの掌の傷の経緯を察したバランが笑みを浮かべながら言う。それに対し、ラーハルトは涙を堪えながら己の未熟を口にする。だが、その涙はけして悔し涙ではなかった。

 

 

 

 バランの生還はこの状況で喜ばしいニュースとなった。

 戦力は何一つ欠けていない。ならば、後は大魔王達を倒す算段をつけるだけだ。

 そうしてアバン一行と各国の指導者による作戦会議が行われた。

 

 一番の問題は不死身のミストバーンをどう対処するかだ。竜魔人という規格外の攻撃すら受け付けない不死身性など普通は有りえない。あのメタルンですら竜魔人バランの攻撃が命中すれば無傷では済まないのだ。命中すれば。

 剣も魔法も無駄。かといって魔法剣も無駄。こんな化け物を相手にどうすればいいか。誰もが途方に暮れる中、一人だけこの不死身性に心当たりがある人物がいた。そう、我らがチートアバン先生である。

 

 あらゆる攻撃が効かないばかりか、マァムの閃華裂光拳が意味をなさなかった事からアバンはある推測を立てた。

 ミストバーンは生物でありながら生命活動を行っていない、特殊な状況にある。それがアバンの推測だ。閃華裂光拳は生物であるならば必ず効果を発揮する。それが無効化されるという事は、つまりそういう事なのだ。

 そして、そんな状況を作りうる手段もアバンは知っていた。それこそが、かつてアバンが魔王ハドラーを封じる為に会得した伝説の大呪法、“凍れる時間(とき)の秘法”である。

 

 凍れる時間(とき)の秘法。それは、数百年に一度と言われる皆既日食の日にのみ使用する事が出来る伝説の大呪法だ。その効果は対象の時間(とき)を凍らせる事で、永続的に動けなくするというもの。

 凍らされた相手は肉体の時間(とき)が凍りついている為に、あらゆる衝撃も受け付けなくなる。どんな破壊力のある攻撃だろうと無効化するわけだ。当然、生命活動すら凍りつくことになり、動く事など出来はしないのだが。

 

 凍れる時間(とき)の秘法がミストバーンの不死身の正体だというのならば、ミストバーンが自在に動いているのは可笑しいのではないか? 当然そのような疑問は周囲から上がる。

 それに対し、アバンは憶測ですがと前置きを入れつつ説明する。ミストバーンは時間の凍った肉体を自在に動かす事が出来る特殊な存在なのではないか? それがアバンのミストバーンに対する推測の全てだった。

 

 アバンの推測を聞き、誰もが言葉を失う。もし、もしアバンの推測が正しければ、それはまさに無敵の化け物を相手にするという事だと理解したからだ。

 そして少ししてバラン・ラーハルト・ダイの3人は思った。あ、似たような奴と戦ったことは何度もあるな、と。ダメージ自体は通るはずだが、ダメージを与えた例がほとんどないので似たようなものだろう。

 まあバグの事は今はいい。問題は無敵のミストバーンを相手にどう戦うかだ。誰もが悩む中、ミストバーン攻略の手段に心当たりがある人物がいた。そう、やっぱり我らがチートアバン先生である。

 

 その手段とは、何を隠そうアバンのかつての仲間にしてポップの師匠でもある大魔導士マトリフにあった。

 かつて、マトリフは凍れる時間(とき)の秘法に対抗すべくある呪文を開発した。何故マトリフがそんな呪文を開発したか。それはアバンを犠牲にする事となった己の無力さに嘆いた為である。

 アバンは魔王ハドラーを封じるべく、凍れる時間(とき)の秘法を使用した。だが、凍れる時間(とき)の秘法は恐ろしく難易度の高い大呪法だ。当時のアバンの力量ではそんな大呪法を制御する事が出来なかった。

 その結果、凍れる時間(とき)の秘法はハドラーだけでなく術者であるアバンにまで牙を剥き、アバンとハドラーは共々に時間を凍りつかせる事となった。

 

 アバンの犠牲で平和は訪れた。だが、その結果にマトリフは納得出来なかった。だからこそ、マトリフはどの様な相手だろうと通用する最強にして最恐の極大呪文を開発したのだ。

 なお、アバンの力量が未熟だったためか、凍れる時間(とき)の秘法は一年ほどで解けている。そうでなかったらこの場にアバンはいないだろう。デルムリン島で地獄を見ているハドラーも……。

 

 ともかく、マトリフが開発した呪文。メラ系とヒャド系のエネルギーを融合させる事で物質を消滅させる最強の魔法力を生み出す極大消滅呪文(メドローア)こそが、ミストバーンを倒す唯一の手段なのだ。

 だが、マトリフは百に近い高齢だ。数多の戦いで禁呪紛いの呪文を多用した事が祟ってか、年齢以上に身体は衰えている。僅かな時間だけならば今でも最強の大魔導士だが、流石に大魔王戦に連れて行く訳にもいかない。

 そこで白羽の矢が当たったのがマトリフの弟子であるポップだ。ポップならば必ずメドローアを会得し、ミストバーンを倒してくれるだろうとアバンは言う。ポップとしては責任重大すぎて気が気ではなかったが。

 

 

 

 ミストバーンへの対抗手段が確立しつつある中、作戦会議は次の問題に移った。

 ダイ達の武器の問題である。真魔剛竜剣は傷が出来ても自動で修復する力がある。伝説の武器には往々にしてそういった力が宿っているのだ。

 だが、メタルキング製の武器に自動修復機能はない。このままではダイとラーハルトの武器は素手になってしまうだろう。素手でもそこらの強者をフルボッコするくらいの実力はある2人だが、大魔王相手にそれは無茶というものだ。

 ならばメタルンに再び作ってもらうかという案も出たが、そこで更に我らがチートアバン先生の知識が披露された。

 

 アバンが世界各地を旅して有望な若者を育てていた時の話だ。アバンはポップの故郷であるランカークスに赴いた時、奇妙な魔族の話を聞いた。

 何でもその魔族はランカークスに程近い森の中に居を構え、そこでずっと武具を作り続けているらしい。

 そんな話を耳にしたアバンはその魔族が気になって訪ねてみた。魔族だからという偏見はアバンにはない。人間に善悪があるよう魔族も同様だ。争いを好まない魔族も少数だが存在する。だから、本当に気になっただけなのだ。

 そこでアバンは出会った。魔界最高と名高い伝説の名工、ロン・ベルクに。

 

 他の人間とは違う風変わりなアバンを偏屈なロン・ベルクも受け入れた。だが、武器作りへの情熱を失っていたロン・ベルクは気合を入れて武器を作る事は少なく、アバンに対しても何か武器を作る事はなかった。

 ロン・ベルクはアバンの人となりを気に入りはしたが、最強の武器を作って授けるには値しないと見たのだ。それも仕方ない。ロン・ベルクは名工として名が馳せる以前は魔界で剣士として名を馳せていた。その実力はラーハルトやヒュンケルと同等と言える。当時のアバンではロン・ベルクの心を動かすには実力が足りなかったのだ。

 そしてアバンとロン・ベルクの初邂逅は、アバンがロン・ベルクが手慰みに作った武器を幾つか貰うだけに終わった。なお、その武器の一つはヒュンケルが使っていたものだが、それはラーハルトに貶された上にメタルンからメタルキングの剣を貰ったので、今ではでろりんの武器となっている。まあ、使われないよりはよほどマシだろう。

 

 アバンが言うには、ロン・ベルクは究極の武器を求めていた。そして、それを振るうに値する者も。武器と武器を装備する者は対等でなければならない。それがロン・ベルクの持論だった。

 そんなロン・ベルクだが、ダイやラーハルトにならば武器を作ってくれるだろう。メタルキングという最高の素材を持ち込めばなおさらだ。

 アバンの話が終わり、ダイ達は物は試しとロン・ベルクに話を持ち掛ける事にした。武器を作ってくれるならよし。駄目ならば再びメタルンに武器を作ってもらえばいいだけだ。

 

 

 

 そうして武器にも一応の算段がついたところで、次の議題が挙がる。それはバーンパレスへの侵入と脱出に関してだ。

 バーンパレスはバーンの結界が張られており、呪文による入出は不可能となっている。脱出に関しては前回のように落下からのルーラというコンボがあるかもしれないが、バーンがそれを警戒しないとは言い難い。何らかの措置を施していても不思議ではないだろう。

 特に問題なのが侵入に関してだ。前回はバーンがアバン達をおびき寄せる為に結界を解除していたが、次もそうだとは限らない。その場合、気球などでバーンパレスに乗り込まなければならなくなる。そうなるとやはり迎撃される恐れが大きいだろう。

 どうすればいいのか。誰もが悩んでいる所で、四度目となる我らがチートアバン先生の知識が披露された。もう知識関係ならお前だけでいいんじゃないかなという活躍ぶりである。

 

 アバンの口から出たのは大破邪呪文(ミナカトール)という、伝説の破邪呪文だった。その力はデルムリン島を魔王の邪悪な意思から守ったマホカトールを遥かに上回り、如何なる敵の活動も停止させるという。

 だが、強すぎる力の持ち主には効果がないとアバンは言う。バランやダイが氷炎結界呪法の効果を受けなかったのと同じだ。つまり、バーン達の弱体化には繋がらないという事だ。

 それでもアバンが大破邪呪文(ミナカトール)の説明をした理由、それはバーンパレスの結界を封じる為だった。破邪の力によりバーンパレスの結界を相殺すれば、侵入も脱出も容易になる。戦いの幅も増えるというものだ。

 

 そして、肝心要の大破邪呪文(ミナカトール)は破邪の洞窟にて契約する事が出来るのだが、当然破邪の洞窟の奥深くまで進んでいるアバンは契約して会得している。もうこいつだけで……いや、力とは1人だけでは意味がないのだ。それを証明するかのように、大破邪呪文(ミナカトール)には5人の協力と破邪の効力を高める輝聖石が必要だった。

 勇気・慈愛・闘志・正義・純粋。それらを心の根源に持った5人が輝聖石を持ち、その輝聖石が五芒星を描いた時に5人の力は最高に高まる。その時こそ、ミナカトールは最大限の効力を発揮するのだ。

 なお、アバンは自身と4人の弟子にそれぞれの先の魂の力を見出している。アバンは正義を、ダイは純粋を、ヒュンケルは闘志を、マァムは慈愛を、そしてポップは勇気を。その上で、彼らに卒業の証であるアバンの印(輝聖石)を渡していた。どこまで見通しているのだろうか。全てはアバンの手の平の上なのかもしれない。いや、正義の味方なのだが。

 

 そこまで説明されて、一番慌てたのがポップだ。自分が勇気を司る? なるほど。面白いギャグだ。流石はアバン先生である。

 アバンの使徒の中で誰よりも臆病で、誰よりも力が劣り、そして……誰よりも背景で劣る。

 ヒュンケルには魔王軍に育てられた経歴と、幼い頃からアバンに師事した背景が。マァムは勇者アバンの仲間であった両親を持っている。ダイは伝説の竜の騎士の息子。アバンに至ってはかつて世界を救った勇者その人だ。

 だが、ポップにはない。ただの小さな村の鍛冶屋の親父と普通の村娘の間に生まれた一般人だ。生まれも育ちも何の変哲もない、どこにでもいる村人そのものだ。だからこそ、勇者アバンという存在に憧れて村を飛び出したのだ。

 アバンにおしかけ無理矢理弟子になり、ヒュンケルへの対抗心とマァムへの恋心から厳しい修行を乗り越え強くなりはした。魔王軍とも必死で戦った。だが、そんな自分でも勇気を司ると言われては疑問を生じるしかなかった。

 

 そんなポップに対し、アバンは優しく声を掛ける。

 

「ただの村人だった。そんなあなただからこそ、私はあなたの魂に勇気が宿っていると認めたのですよ」

 

 そう、村人だった。だからこそだ。ただの村人という、何の背景もないポップが、必死に努力して天才達に喰らいつき、ここまで戦って来た。そんなポップだからこそ、アバンはポップの魂の奥底に輝く勇気を認めていた。

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 まあ、流石に今の今でポップが自分を認めるなど出来なかった。それはアバンも理解していたので、取り合えずポップにはマトリフの元でメドローアの習得に励むように言ってこの場を締める。

 一先ず、大魔王再戦への流れは決まった。ポップはメドローア習得に動き出し、ダイ達は新たな武器を手に入れる為にロン・ベルクを訪ねる。そして、他の者達も残りの期間で出来る事を出来るだけ行った。それは修行だったり、再戦に向けての様々な準備だったり、色々だ。そして、バランも……。

 

 

 

 

 

 

 ポップのメドローアの習得。結果として、それは成功した。そしてそれは、メドローアを習得した事以上にポップを成長させる切っ掛けとなった。

 メドローアは全てを消滅させる魔法エネルギーだ。その魔法エネルギーを生み出すにはメラ系とヒャド系の魔法力を同時に発動した上で、それを同じ比率で合わせなければならない。

 それはセンスのない者には一生掛けても覚えられない技術だ。だからこそ、メドローアを覚える方法は単純明快だった。

 

 その方法とは、自身に向けて放たれたメドローアを、同じ呪文をぶつける事で相殺するという、単純にして恐ろしいものだった。

 自身に向けられるメドローアを見て、ポップは逃げ出そうとした。とてもではないが防げるとは思えない。当たれば確実に死ぬ呪文を前に、ポップは恐怖に負けようとしていた。

 だが、逃げ出す一歩手前でポップは踏み留まった。メドローアを放とうとしているマトリフの口から血が流れているのを見てしまったからだ。

 マトリフはアバン達を助ける為に無茶な呪文を使い続けて身体を悪くしていた。その無茶と高齢により余命幾ばくもないだろう。それでも、ポップの為にこうして身体を張ってメドローアを伝授しようとしているのだ。

 ここで逃げれば二度とマトリフを師匠とは呼べない。そんな想いが、ポップの臆病な心を追いやっていた。そして、ポップは気付いていなかった。この時、ポップの胸にあったアバンの印が緑色に輝いていた事に。

 

 こうして、ポップはマトリフからメドローアを伝授された。ポップはメラ系が得意だったがマトリフからヒャド系の修行を徹底して叩き込まれており、その上呪文の両手同時発動も学んでいた。

 全てはいつかメドローアを伝授する為の下準備だったわけだ。おかげでポップはマトリフのメドローアを完全に相殺する事が出来た。

 改めてマトリフに感謝の気持ちと同時に身体を労わるよう告げてポップはマトリフの元を去っていった。

 

 そうしてポップが去った後、ポップの死角だった位置からアバンが姿を現し、マトリフの元へと近付いていく。

 

「お疲れさまでしたマトリフ。身体は大丈夫ですか?」

「けっ。これくらいどうってことねーよ。それより覗き見とは趣味が悪ぃじゃねぇか」

「いやー。ああ言った手前、ポップの成果は確認しておきたかったので。おかげでポップの輝きを見る事が出来ました。ありがとうございますマトリフ」

 

 アバンの目に狂いはなかった。誰よりも臆病なポップだからこそ、その勇気を振り絞った時に誰より輝くのだ。

 

「お前に礼を言われることじゃねーよ。あんなヘタレでもオレの弟子だからな。最後まで面倒見るのが筋ってもんだろうよ」

「そんな事言って。本当はポップの才能を認めているんでしょ?」

 

 そう、その根底では自分に自信がないポップだったが、実際は才能の塊だった。アバンとマトリフの指導を受けた数年で、ポップの魔法使いとしての実力はマトリフを除いて右に出る者がいない程に上がっている。もちろんバーンなどの例外は除くが。

 ポップに必要なのは自信だった。己を理解し己を信じる事が出来れば、ポップは更に伸びるだろう。少なくとも、アバンとマトリフはそう信じていた。

 

「ふん……後はお前に任せるぜ。全く、オレとお前の二人掛りで面倒見なきゃならないなんて、本当に情けない弟子だぜ……」

 

 そう不貞腐れたように言いつつ、マトリフは自分の住処へと帰っていく。そして、素直じゃない仲間を微笑で見送りつつ、アバンはリリルーラで仲間の元に移動した。

 

 

 

 ポップがメドローアを習得していた頃、ダイ達はロン・ベルクの元に訪れていた。

 気難しい性格と噂のロン・ベルク。上手く交渉出来るかと心構えをしていたダイ達だったが、その心配は無用だった。

 

 アバンの案内の下、ダイ達はロン・ベルクの工房へと訪れる。そして、いざ扉を叩こうとした瞬間、ダイが扉を叩く前に扉が開いた。

 そして中から1人の魔族の男性が現れる。顔に十文字の古傷を持つ彼こそが、伝説の名工ロン・ベルクだった。

 ロン・ベルクは自身を訪れた者達をざっと見渡し、そしてアバンを見かけて声を掛ける。

 

「来たか。どうやら大魔王に敗れはしたが、死にはしなかったようだな」

『!?』

 

 その言葉にダイとラーハルトは驚愕する。何故、自分達が大魔王と戦ったばかりか敗北した事すら知っているのだろうかと。

 確かにダイ達は大魔王達に敗れたが、それは多くの人々には浸透していない話だ。各国の指導者が知っており、再戦に向けての準備を行っている上に、緘口令を敷いてないのでどこからか情報が洩れても可笑しくはないのだが、こんな田舎の更に外れにいる人付き合いがなさそうな男が知っているとはダイ達には思えなかった。

 

 そんなダイ達の疑問と驚愕の視線に気付き、ロン・ベルクは口を開いた。

 

「どうして分かったかって? 当然だ。大魔王バーンが持っている光魔の杖はオレが作った武器。奴がそれを振るえばその力の波動はここまで届く。ならば、それに気付かんオレではない」

「なっ!?」

「あの光魔の杖を作ったのが貴様だと言うのか!?」

 

 そんな2人の言葉に、ロン・ベルクは首肯する事で答える。

 その答えを見たラーハルトが戦闘態勢に入ろうとするが、それをアバンが止めた。

 

「お待ちなさい。武器を作るのは鍛冶屋の仕事。それを振るう者の行為に対してまで鍛冶屋に責任を求めるのは筋違いというものでしょう」

「む……」

 

 アバンの言葉にラーハルトは一応の納得を見せる。だが、ロン・ベルクが大魔王の味方という可能性が無くなった訳ではないので、警戒は解いていなかったが。

 

「ふん。大魔王に武器を献上したのは遥か昔の話だ……今のオレはただの野良に過ぎん」

 

 そう、ロン・ベルクがバーンに武器を献上したのは90年も前の話だ。当時のロン・ベルクはバーンが最強の武器として光魔の杖を選んだ事に失望した。確かにバーンが光魔の杖を装備すれば最強の武器になる。だが、バーン以外の者が装備すれば、光魔の杖は少し便利な杖程度に落ちるだろう。

 その程度の武器を最高の武器などと言われれば、武器職人としての自分は腐ってしまう。そう考えて、ロン・ベルクはバーンの下を去って行った。

 そんな経歴があるロン・ベルクがバーンの味方をする事は今更ない。それを理解してかしないでか、ダイはロン・ベルクに願い出た。

 

「お願いしますロン・ベルクさん! オレとラーハルト兄さんに武器を作ってください! 大魔王と戦うには、どうしても必要なんだ……!」

「……」

 

 武器を作る情熱を失っていたロン・ベルクだったが、それは武器とその使い手の質が下がり続けていたからだ。

 だが、目の前の少年は大魔王と戦い、敗北したとは言え生き延びるだけの力がある。それならば、そこらの有象無象に作るよりは遥かにマシだろうと考えた。

 

「まあ、いいだろう。だが、それなりの素材がなければ話にならんぞ。もっとも、バーンが装備した光魔の杖を相手にするにはオリハルコンでも事足りんやも――」

「あ、メタルキング素材ならたんまりとあるんだけど、駄目かな?」

「メタルキング素材だとォッ!?」

 

 ダイの言葉にロン・ベルクが大声を上げる。その反応はダイ達が驚愕する程だ。

 メタルキング素材。それは文字通りメタルキングの肉体の一部を指している。だが、メタルキングは魔界の極一部にのみ生息し、その上ものすごく臆病な性格をしている。

 その為に相手がどんな格下であろうとも同属以外と出会えば即座に逃げ出してしまい、更に運良く逃げなかった場合もそのあまりの硬さに倒す事も困難だ。そもそも、メタルキング自体の生息数が極僅かと限られている。倒すどころか出会う事すら困難なモンスター。それがメタルキングなのだ。

 そういった理由により、メタルキング素材が出回る事などまず有りえない。地上でなら尚更だ。そんな素材を大量に持っているとは一体どういう事なのだろうかと、ロン・ベルクはダイ達に詰め寄った。

 

「え、えっと、ここにあるんだけど……」

 

 ロン・ベルクの剣幕に圧倒されつつも、ダイとラーハルトは折れた武器をその場に出した。

 メタルキングの剣と槍。その二つを食い入るように見つめたロン・ベルクにダイが恐る恐ると声を掛ける。

 

「出来ればこれを修理して鍛え直してほしいんだ。この剣以外の武器じゃ、オレの力に耐えられなくて……」

「なに? どういう事だボウズ?」

 

 ロン・ベルクの確認に対し、ダイが説明する。

 竜の騎士であるダイは、竜闘気(ドラゴニックオーラ)によって凄まじい力を発揮する事が出来る。だが、その力にも欠点があった。

 それが、あまりに竜闘気(ドラゴニックオーラ)が強い為に、並大抵の武器では振るう事もままならない、という欠点だった。

 武器を振るうとなれば当然武器に闘気を纏わせる。それが闘気を修めた戦士系の戦い方だ。だが、竜闘気(ドラゴニックオーラ)でそれをやると武器が破壊されてしまう。これでは武器を振るう戦士としての力は半減以下というものだ。

 竜の騎士に代々受け継がれている真魔剛竜剣を除き、メタルキング製の武器はそれを防いでくれる唯一――ただしいっぱいある――の武器なのだ。

 

 その説明を聞いて、ロン・ベルクは高笑いをし始めた。

 

「フ、フハハハハハハ!!」

「ど、どうしたんですかロン?」

 

 急に高笑いし出したロン・ベルクを心配するアバン。そんなアバンに対し、ロン・ベルクは答えた。

 

「これが笑わずにいられるか! メタルキング製の武器で無ければ揮えない程の力の持ち主! そして、目の前にある大量のメタルキング素材! この二つを同時に見て喜ばん鍛冶屋がいるものか!」

 

 それはメタルキング素材を扱えると言外に言っているあなたくらいのものです。そういう思いをアバンは飲み込んだ。

 

「面白い。出来るぞボウズ……地上最強の剣、そして槍がな!」

「えっ!? ほ、本当に……!?」

「当然だ。この剣は確かに凄い剣だ。ただ剣の形に整えているだけではなく、闘気を混ぜ込んで精錬する事で切れ味を増している。なるほど、中々の職人が作ったんだろうな」

 

 メタルキングが作りましたとは口が裂けても言えないダイ達であった。そんなダイ達を他所にロン・ベルクは熱弁する。

 

「だが、これは量産の武器に過ぎん! 魂が籠められていないんだよこの武器達にはな!」

 

 ロン・ベルク曰く、武器には魂が宿るという。担い手の魂と呼応し、担い手を主人として認めた時こそ、魂を持った武器は真価を発揮する。

 担い手と武器。二つの魂が揃って、初めて武器も武器を振るう者も完成するのだ。

 

「オレにこの素材で武器を打たせろ……! お前達の為に最高の武器を拵えてやる!」

「お、お願いします!」

「ここまで来たんだ。任せるとしよう」

 

 いつの間にか、武器を作ってくれと頼む立場から作らせてくれと頼まれる立場にいた。何が何だか分からなかったが、ダイ達はロン・ベルクにメタルキングの武器を預けるのであった。

 それからしばらく、ダイとラーハルトはロン・ベルクの下で過ごす事となった。担い手の為だけの武器だ。作られる工程を担い手が見届けなければならないのだ。

 

「私は他の様子を見てきますね。頑張ってください!」

 

 そう言って、アバンはルーラで移動した。行き先はポップ達の下、こっそりポップを見守るつもりなのだ。

 こうして、ダイ達の武器の問題は解決しようとしていた。

 

 

 

 そして時は流れる。と言ってもたったの1週間程度だったが。

 その間に、ポップはメドローアを完全に習得し、ダイとラーハルトの武器は完成した。他の者達も各々修行なり何なりと過ごし終えた。

 後はミナカトールにてバーンパレスの結界を封じ込め、再び大魔王と戦いに行くだけだ。

 

 問題は、そのミナカトールの発動条件である輝聖石を光らせる事が出来るかどうかだった。ダイ・ヒュンケル・マァム・アバンは問題なかった。あるとすればポップだった。

 

 メドローアを習得してから、ポップはずっと己の印を光らせようとしていた。自分の魂の力が勇気と言われても、やはり簡単に信じる事は出来ない。そういうのは勇者とかに言われるべきだろうとポップは悩みながら考える。

 そんな時、アバンがポップに声を掛けた。悩む生徒を導くのも先生の務めなのだ。

 

「ポップ。勇気とは何か分かりますか?」

「そんなの……自分よりも強い敵を相手にしても、誰かの為に戦える行為とかだろ……オレにはそんなのねぇよ先生」

 

 力なく項垂れるポップ。だが、そんなポップをアバンは優しく諭した。

 

「ポップ。誰かの為だけじゃありません。自分の為に恐怖を打ち払うのも、勇気なのですよ」

「え?」

 

 アバンの言葉に戸惑うポップに、アバンが言葉を続ける。

 

「あなたはマァムへの恋心とヒュンケルへの対抗心で私やマトリフの厳しい修行を乗り越えてきました」

「ちょっ!? まっ!?」

 

 アバンの言葉に慌てるポップに、アバンは言葉を続ける。

 

「修行をした事の無い一般人だったあなたが、根性無しだったあなたが、私たちの修行についてくる……どれ程の勇気が必要になるか、私には分かりません」

「根性無しはないでしょう!? 根性無しですけどもね!」

 

 アバンの言葉に憤慨するポップに、アバンは言葉を続ける。

 

「そして、魔王軍との血みどろの戦いに身を投じる……。本当は怖かったでしょう?」

「……」

 

 アバンの言葉にポップが無言になる。そう、怖かった。怖くない訳が無かった。

 いくら強くなっても、ただの村人だったポップが大量のモンスターを見て怖がらない訳が無かった。

 それでもポップが戦えたのは、隣に仲間がいたからだ。アバン先生に情けない姿を見せたくない。ヒュンケルに笑われたくない。マァムに相応しい男でいたい。

 そんな想いが、恐怖に震えるポップの心を後押ししていた。戦うに連れて慣れもあったのか恐怖の感情は少なくなったが、百獣魔団との戦いは心底怖かった事をポップは思い出す。

 

 ここから先は巻いてお送りいたします。

 

 恐怖を和らげていたのはあなたの勇気なのですよ――

 でも、オレはただ情けない姿を見られたくない一心で――

 切っ掛けは関係ありません。恐怖を乗り越える姿勢、それこそが勇気なのです――

 ピギィピギィ――

 先生……メタルン――

 強さや生まれは関係ない。誰よりも人らしいあなただからこそ、私はあなたの魂に勇気の力を感じたのです――

 ……――

 マトリフの思いを汲み取り、メドローアの恐怖に打ち勝ったのもまた、勇気なのですよ?――

 あ……――

 自分の為にも他人の為にも勇気を出せる。そんなあなたならきっと出来ますよ――

 オレ……オレ……先生の弟子になって良かったって……心の底から思えます――

 ポップ――

 先生――

 ピギィ――

 

 己の生まれなど勇気には関係ない。己を理解し、己を偽らず、己を信じる事が大事なのだ。

 そういうことになった。

 

「おい、ちょっと待て」

「ピギィ?」

 

 感動的な話になった所でポップが正気に戻る。何でこのバグメタルキングがここにいるんだよ、と。

 

「ピギィピギィピギギィ!!」

 

 ――いやね。バランに呼ばれて助っ人に来たんだけど、そしたら面白そうな雰囲気がこっちから流れて来たから見に来たら、何やら感動的な成長物語を目の当たりにしたのでつい首を突っ込んでしまいまして。いや申し訳ない――

 

 何を言っているのか分からない。それがアバンとポップの偽らぬ思いだ。

 そんな2人はさておき、バグメタルキング改めバグルン……もといメタルンがここにいる理由。それはメタルンが説明した通り、バランに助っ人として呼ばれた為だ。

 バランは自由行動の時間にデルムリン島に戻っていたのだ。もちろんソアラと顔を合わせたかったのもあるが、本題はそれだけではない。

 大魔王の力はバランをして恐ろしいと言わざるを得なかった。特にバーンとミストバーンを同時に相手にしては勝ち目は薄いだろう。それはポップがメドローアを覚えたとしてもだ。バーンならば呪文を跳ね返すマホカンタを使えたとしても可笑しくはないのだ。

 そんな大魔王と再戦するに当たって、戦力を増強するのは当然の方針だ。そして、その最大の候補がメタルンだった。

 

「というわけだ。大魔王討伐の手助けをしてほしい」

「なるほど。それほどの強さか……大魔王の力の波動はここまで伝わっていたが、それでもお前なら何とかなると思っていたのだがな。不死身の化け物までいるとなると流石のお前も厳しかったか」

「うむ……。それで、ついて来てくれるなメタルンよ?」

「当然だろ? 私たちは親友じゃないか。頼まれなくたって助けに行くさ。それに、大魔王には私も借りがあるしね」

「そうか……」

 

 なお、上の会話で喋っているのはメタルン専用通訳のソアラである。

 

 硬い、速い、うざい上に強いという、三拍子どころか四拍子揃えた最凶のモンスター。メタルンが加われば大魔王との戦いにも光明が見えるだろうとバランは思っていた。

 問題はソアラの護衛だったが、元々アバンの結界があるので邪悪な存在は侵入困難であり、そして強くなったでろりん達が残る事で一応はバランも安心した。つまり、バランがソアラの身を預けても安心できるくらいにでろりん達が強くなっていたという事だ。ベグなんたらとかいう六大団長よりもよっぽど強いだろう。

 もっとも、肝心要の精神性に関してはバランは渋っていたが、ソアラとメタルンの説得により一応の納得を見せた。

 だが、バランの心配は無用だった。今のでろりん達はかつてのでろりん達とは比べ物にならないレベルに達していた。それは強さだけでなく精神性に至ってもだ。

 人となりが極端に変わったわけではないが、それでも小悪党だった頃の彼らはもういない。厳しい修行の中にあって天使の様な存在だったソアラに悪感情を抱くはずもなく、むしろソアラを崇める勢いで信奉していたほどだ。これにはバランも吃驚である。

 

 こうして、メタルンの参戦が決定した。そして、メタルンが参戦するという事は、彼らの参戦も意味していたのである。

 

 戦力を増した勇者一行と、バーンパレスの警護を高める大魔王一行。決戦の時は近い……。

 

 




 帰って来た! ああ、黄泉の国からギャグ達が帰って来た!!

 メルル(アバン様のせいで私の出番が……)
 レオナ(正義は私の立ち位置だったのに……)

 大正義アバン先生。大体アバン先生がいればおけ。

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