どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH編
BLEACH 第一話


 輪廻転生。それは、死んであの世に行った魂が、この世に何度も生まれ変わるという思想である。この思想は仏教やヒンドゥー教の教えを主としているが、それ以外にもエジプトを含めて世界各地に存在する。

 だが、宗教観の思想故に、実際に死んだ生物が輪廻転生を果たしているのか、そもそも生物に魂が存在するのか。それは明らかになってはいない。なってはいないのだが、ここは輪廻転生という概念が存在するという話で物語を進めていこう。

 

 

 

 ある場所に、一つの魂が存在していた。その場所とは、人の言葉で言えばあの世なのだろうか、それとも黄泉の国へと通ずる黄泉比良坂なのか。ともかく、その魂はこの世あらざる場所にて漂っていた。

 その場所には無数の魂が存在していたが、その魂だけは他の魂と比べて大きな違いがあった。それは魂を見る事が出来るならば、一目見て誰もが理解出来る違いだ。そう、その魂は普通の魂と比べて圧倒的に巨大なのだ。質・量ともに、その魂は他と比べて次元が違っていた。

 その理由は、その魂が数多の人生を歩んできたからだ。いや、輪廻転生という概念がある以上、全ての魂が解脱に向けて数多の人生を歩んでいるのは確かだ。

 だが、その魂だけは他と違い、記憶と経験を失わずに輪廻転生を繰り返していたのだ。

 

 本来輪廻転生した魂は、前世の記憶や経験などの全てを失い、まっさらな魂となって新たな生を送る。

 だが、この魂はある特殊な能力により、記憶や経験、更には多くの力を引き継いで転生を繰り返した。それ故に、本来なら有り得ない程に魂が強大化したのだ。

 これを神や仏といった超常の存在が知れば、きっと何らかのアクションを起こしただろうが、幸か不幸か超常の存在はこの魂に気付く事はなかった。もしくはそもそもそういった超常の存在は存在してはいなかったのか……それは誰にも分からない事だ。

 

 ともかく。その魂は転生を繰り返す度に強大化していた。だが、だからと言って特に何か異変が起こる訳はなく、いつもの様に新たな転生を繰り返そうとしていた。……そのはずだった。

 今回に限り、その転生にある異変が起きた。転生しようとするその魂から、小さな、だがどす黒く凝縮された魂が零れ落ちたのだ。

 何事もなかったかの様に、強大な魂は転生の輪へ入って行った。そして、零れ落ちたどす黒い魂は、転生の輪から外れて彼方へと消えて行く……。

 

 

 

 

 

 

 二つに別れた魂の一つ、どす黒い魂はあの世ともこの世とも異なる世界に外れ堕ちていく。

 そこは虚圏(ウェコムンド)と呼ばれる空間。()()()()において、(ホロウ)と呼ばれる存在が潜む場所だ。

 (ホロウ)とは、何らかの理由により堕ちた人の魂である。()()()()では、人は死ぬと霊となり、尸魂界(ソウル・ソサエティ)と呼ばれる、いわゆる霊界へと誘われる。

 だが、時には尸魂界(ソウル・ソサエティ)へ赴く事が出来ず、現世にて迷う霊もいる。そういった霊は尸魂界(ソウル・ソサエティ)にて勤める死神と呼ばれる存在が尸魂界(ソウル・ソサエティ)へと案内するのだが、それが間に合わず霊が堕ちて(ホロウ)に転じたり、はたまた生前の業ゆえか、霊となって間もなく(ホロウ)と化す事もある。

 とにかく、尸魂界(ソウル・ソサエティ)が想像する以上に現世にて人は多く死に、そして多くの(ホロウ)が生まれていた。

 

 死神の仕事の一つに現世で暴れる(ホロウ)の退治も存在する。その為に、大半の(ホロウ)は現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)の狭間にある虚圏(ウェコムンド)に身を潜める。

 死神が虚圏(ウェコムンド)に来る事は基本的になく、そして大気中の霊子濃度が現世や尸魂界(ソウル・ソサエティ)と比べて非常に濃い為、小さな(ホロウ)ならば魂魄を食べずとも呼吸をするだけで十分な栄養を取れる。まさに(ホロウ)にとっては天国の様な空間だろう。

 もっとも、虚圏(ウェコムンド)は常に夜のみの世界であり、大地には白い砂が砂漠の様に広がり、石英の様な物質で出来た枯れ木が所々にあるという、人間から見れば簡素極まりない地獄もかくやという空間なのだが。

 

 そんな空間に、どす黒い魂は堕ちた。

 

 ――■■■■■■■――

 

 その魂から呻き声の様な何かが漏れ出した時、やがて魂は姿を変え、一体の(ホロウ)へと変化した。

 

 ――■■■■■■い――

 

 それは絶望の叫びだ。それは渇望の叫びだ。それは欲望の叫びだ。

 その(ホロウ)はあらゆる負を抱えたかの様な霊圧を放ちながら、己の願望を叫ぶ。

 

 ――■■を■■■い――

 

 この(ホロウ)の正体。いや、どす黒い魂の正体。それは、転生を繰り返した強大な魂が、その内に潜めていたある願望の塊だった。

 強大な魂の転生者は、一言で言って清廉潔白な意思の持ち主だった。どの様な転生を経ても、誰もが認める人格者となっていた。……一部困った性格も持ち合わせていたが、完璧な人間は存在しないので致し方ないだろう。

 とにかく、その転生者は一般的に善と呼ばれる存在であり、そして幾度となく転生を繰り返す事で、やがて記憶を持ったまま転生する事になった切っ掛けを忘れていった。

 いや、正確にはそうではない。忘れた、のではなく、隔離した、が正解だった。

 

 ――■■を■■たい――

 

 転生者は、本人も気付かぬ内に、転生人生を歩み出す切っ掛けとなった願望を魂の奥底に隔離、封じ込めたのだ。それは転生を繰り返してもその願望を叶えられなかった為に、新たな転生に希望を抱かない様にした魂の防衛本能と言えよう。

 希望を抱いたままに転生を繰り返していれば今頃はその希望によって魂が擦り切れてしまう程に、転生者は無数の転生を繰り返していたのだ。

 そうして願望を封じ込めた転生者は、何事もなかった様に新たな転生を繰り返していた。だが、封じられた願望は転生を繰り返す度に徐々に徐々に、転生者も気付かぬ内に更なる願望を溜め込み、凝縮されつつあった。

 やがて願望は転生者の魂の中に収められない程に強大化していた。だが、転生者はその願望の存在を無意識下で認めていない。それ故に、魂と願望は相容れず、願望を分離した魂に封じ込め、二つに分けてしまったのだ。

 そうして別れた願望と魂が形となったのが、この(ホロウ)である。

 

 ――■■を■てたい――

 

 (ホロウ)は声にならない叫びを上げる。それは怨嗟の叫びであり、ありとあらゆる怨念が籠められた叫びでもあった。

 怨念と執念とが綯い交ぜになった様な凶悪な霊圧が、叫びと共に放たれる。それだけで、周囲に存在した小さな(ホロウ)が消し飛んだ。あまりの霊圧に耐えられなかったのだ。幾度となく転生を繰り返した魂は、その怨念と相まって膨大な霊圧を蓄えていたのだ。

 

 新たに生まれたこの(ホロウ)は、やがて自己の意識をはっきりと持ち出した。

 そして、無意識に放っていた願望の発露を、己の意思で言葉にして放つ。

 

「童貞を……捨てたい……!!」

 

 まさに魂の叫びである。

 童貞を捨てたいが為に転生人生を歩み出した一人の男がその願望を叶えるべく、魂の縛りから抜け出して己の肉体を手に入れた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「……さて」

 

 新たに生まれた(ホロウ)は、一通り己の願望を慟哭してから冷静さを取り戻した。

 そして疑問に思う。ここってどこじゃい? と。それから更に自身について考える。はて、オレの名前ってなんだったっけ? と。他の事は覚えているのに、何故か名前だけが思い出せない。不思議である。

 そうして考える事数分。彼は己の名前らしき物を思い出した。いや、浮かび上がったという方がしっくり来るだろうか。

 

「思い……出した!」

 

 どうやら下らないネタも思い出した様だ。魂に刻まれているのかもしれない。

 それはともかく、彼の名前はクアルソ・ソーンブラという様だ。いや、かつては違う名前だったのだが、何故かクアルソという名前が思い浮かんだのだ。特に違和感も感じなかったので、彼は今後クアルソと名乗る事にした。

 

 名前を手に入れたクアルソは、次にこの空間に想いを馳せる。だが、いくら思考を繰り返しても、この空間に関する記憶はない。ないのだが、何故かここが自分の住処だと理解出来る。(ホロウ)の本能の様な物だろうか。

 まあそれはいい。虚圏(ウェコムンド)の大気に大量に含まれる霊子のおかげで、クアルソは特に人間の魂を食べずとも己を保つ事が出来る。ならば、生きていく上で問題はない。そう、問題は一つだけだ。

 

「どうやって童貞を捨てればいい……」

 

 他の問題などどうでも良いくらいに、クアルソにとって童貞という呪われた称号を捨てる事は重要であった。

 これを情けないと罵る者は多いだろう。そもそも、童貞を捨てる為に転生する能力を手に入れようとした彼を、馬鹿にする者もいるだろう。

 だが、待ってほしい。百年を超えて生き続けても童貞だった彼が、童貞を捨てたいと嘆いて何が悪いのだろうか。輪廻転生を繰り返し、その度に女性として生まれ、例外は男ではなく雄という有様だ。そんな彼が、童貞を捨てたいと嘆いて何が悪いのだろうか。

 世の男性の大半が、童貞を捨てたいと一度は思った事があるはずだ。ならば、彼の気持ちが一片たりとも理解出来ないということはないだろう。……まあ、理解出来たとしても、やっぱり童貞卒業の為に輪廻転生の術を編み出したのは愚かだとは思うだろうが。

 

 まあ倫理観や常識はこの際どうでもいいだろう。クアルソにとって重要なのは童貞を捨てる事。それ以外はどうでもいいのだ。

 だが、ここに二つほど問題がある。童貞を捨てる為には当然だが相手が必要だ。一人でいたした所でそれはただの自家発電に過ぎない。そんな事は腐るほど……おっと、それすらクアルソにとっては数千年ぶりだったか。

 ともかく、童貞を捨てるには相手が、そう、女性が必要だ。クアルソは周囲の空間を見渡す。

 

「……」

 

 だが、そこにあるのは砂、砂、砂。砂だけの真っ白い空間だった。何となく出来た霊圧探知――探査回路(ペスキス)と呼ばれる霊力の強さや所在を測る能力――でも、周囲にはクアルソ以外の存在は遠く離れた小さな(ホロウ)しか感知出来なかった。

 とてもではないが、この簡素な空間に魅惑的な女性がいるとは思えなかった。いたとしても、それは雌と呼ばれる様な見た目だろう。何せ(ホロウ)は怪物の外見をしているのだから。一般的な人間の持つ性癖から外れていないクアルソの感性では、(ホロウ)を相手に欲情する事は不可能だった。

 

 そして、もう一つの問題。これが一番の問題だろう。(ホロウ)は外見が化け物である。いや、実際に化け物なのだから当然の話だが。そして、クアルソは(ホロウ)である。

 そう、クアルソの見た目を言葉で表せば、人型をした何かであった。頭があり、胴体があり、手と足があって二足歩行をしている。間違いなく人型ではある。だが、それだけだ。

 全身が白く、体表は硬質的な何かで覆われており、顔面は仮面の様な物で覆われ、胸にはぽっかりと大きな孔が空いている。これを人間だと言い切れる者はまずいないだろう。

 

 ともかくだ、クアルソは完全に化け物の容姿である。これで人間の女性と性交をする事が出来るだろうか? まず不可能だ。そもそも交友を持つ事すら出来ないだろう。

 無理矢理性交するという方法もあるだろうが、クアルソは一般的な人間とさして変わらない感性を持っている。つまり無理矢理は倫理的に受け付けない。というか、許せない行為だ。クアルソは恋愛の果てに童貞を捨てたいのだ。数千年も童貞を拗らせると純粋さも濃くなるのかもしれない。

 だが、今の見た目で人間との恋愛が叶う事はまずないだろう。どこの世界に化け物と性交したいという女性がいるというのか。……いや、どこの世界でも探せば一人くらいはいるかもしれないが。だが、見つけ出せる難易度は広大な砂漠に落ちた一粒の砂金を見つけだすくらいだろうか。ぶっちゃけ無理である。そんな幸運があったならばクアルソは転生人生においてとっくに童貞を卒業していただろう。

 

 どうすればいいのか。思考に思考を重ね、どうにかして童貞を捨てる方法を模索している中、クアルソはもう一つの問題を思い出した。

 そう、まだ問題はあったのだ。これが解決されなければ、童貞を捨てるどころの話ではない。童貞を捨てる為にもっとも重要な要素。……男の象徴の存在である。

 クアルソは恐る恐る己の股間を確認し……そして、絶望の叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

「面白い(ホロウ)がいるとの報告が上がっているようだね」

 

 藍染惣右介は虚圏(ウェコムンド)にある己が居城・虚夜宮(ラス・ノーチェス)にて部下の報告を聞いていた。

 藍染惣右介。彼は死神でありながら、虚圏(ウェコムンド)(ホロウ)を従えるという異端の存在であった。

 その事実は既に尸魂界(ソウル・ソサエティ)に知れ渡っている。藍染はかつて完全催眠という恐るべき力を持った斬魄刀――死神の持つ刀の総称――にて死神達に誤認情報を与え、虚圏(ウェコムンド)に赴く時は尸魂界(ソウル・ソサエティ)にて働いている様に見せかけていた。

 だが、それもある目的を達成するまでの事。目的を達成した藍染は部下である二人の死神と共に尸魂界(ソウル・ソサエティ)を裏切り、こうして堂々と虚圏(ウェコムンド)にて活動していた。

 

 藍染が(ホロウ)を従えた理由は、(ホロウ)に死神の力を与える事――破面化――で相反する二つの存在を超えた存在を作り出す事を狙っていたからだ。

 同時に藍染は、死神に(ホロウ)の力を与える事――虚化――という実験も秘密裏に行っていた。その実験による被害者は多数に存在しているが、それはここでは省こう。

 

 ともかく、死神の力を取り入れた事により、(ホロウ)はその仮面を砕き、新たな力を手に入れた。そういった存在は破面(アランカル)と呼ばれ、藍染に忠誠を誓った。……中には虎視眈々と下克上を狙う者もいるが。

 破面(アランカル)は相反する死神の力により、(ホロウ)の魂の限界を超えた戦闘能力を体得した。だが、それでも藍染に逆らう事は出来ない。それ程に藍染の力は逸脱していた。

 

 そうして数多の(ホロウ)を広大な虚圏(ウェコムンド)から探し出し、有望な(ホロウ)破面(アランカル)と化して己の軍勢に加えていた藍染だが、今回はある珍しい報告を受け取った。それが一体の(ホロウ)の情報である。

 新たな(ホロウ)が見つかった。それが最強の大虚(メノス)である最上級大虚(ヴァストローデ)ならば言う事はないのだが、どうも普通の大虚(メノス)とは違うらしい。

 いや、正確には普通の(ホロウ)なのだそうだ。だが、普通の(ホロウ)では有り得ない霊圧を放っている。まるで最上級大虚(ヴァストローデ)の様に。ならばそれは最上級大虚(ヴァストローデ)ではないのかと思うが、やはり違うらしい。

 

 ここで、ヴァストローデを含む大虚(メノス)に関して説明しよう。

 大虚(メノス)とは、幾百の(ホロウ)が互いを喰らい続け生まれた、強大な力を持つ(ホロウ)の事を指す。つまり、それだけで普通の(ホロウ)とは隔絶した力を持っている事になる。

 大虚(メノス)は無数の(ホロウ)が喰らいあって生まれた存在故に、自我がない。無数の自我に飲まれて一個の自我が存在出来ないのだ。こういった自我のない大虚(メノス)最下級大虚(ギリアン)と呼称されている。

 

 そして、最下級大虚(ギリアン)が生まれる過程の共食いの中で巨大な力を持った(ホロウ)がいた場合、その最下級大虚(ギリアン)は通常とは異なる仮面を持つ様になる。

 そんな特殊な最下級大虚(ギリアン)は他の最下級大虚(ギリアン)を更に共食いし、やがて進化する。そうして進化した存在は中級大虚(アジューカス)と呼称され、最下級大虚(ギリアン)と違い確固たる自我を持つ様になる。

 中級大虚(アジューカス)最下級大虚(ギリアン)よりもやや小さく、数も少ない。だがその知能は高く、戦闘能力も最下級大虚(ギリアン)の数倍にもなる。

 しかし、その霊力と自我を維持する為には同じ中級大虚(アジューカス)を喰らい続けなければならず、それを怠ると最下級大虚(ギリアン)に退化してしまい、やがて自我を失いただの(ホロウ)へと戻ってしまう。

 それだけではない。体の一部を喰われただけで進化は止まり、どれだけ中級大虚(アジューカス)を喰らっても現状維持をするのが精一杯となる。

 さらに一部の中級大虚(アジューカス)以外はどれだけ中級大虚(アジューカス)を捕食しても、魂の限界故か途中で進化が止まってしまう。

 中級大虚(アジューカス)の中のごく一部のみが、最後の進化へと至れるのである。

 

 その最後の進化に至った大虚(メノス)こそが、最上級大虚(ヴァストローデ)である。

 大きさは人間程度に収まり、身体的特徴も人間に近くなっている。そして極めて数が少なく、広大な虚圏(ウェコムンド)に僅か数体しか存在しないと言われ、その戦闘能力は護廷十三隊の隊長格に匹敵、下手すればそれ以上だとも言われている。

 

 さて、大虚(メノス)の大まかな説明は終わりだが、ここで藍染に報告された奇妙な(ホロウ)について説明しよう。

 その霊圧は最上級大虚(ヴァストローデ)もかくやと言わんばかりに高く、近付いた(ホロウ)はその(ホロウ)の放たれた霊圧によって消滅しているほどだ。

 これだけならばその奇妙な(ホロウ)最上級大虚(ヴァストローデ)なのではないかと言われて終わりだろう。だが、その奇妙な(ホロウ)の霊圧を調査した結果、驚く事実が判明したのだ。

 

「進化の痕跡が見られない……か」

 

 藍染が(ホロウ)を研究する内に発見した進化の痕跡。

 通常の(ホロウ)最下級大虚(ギリアン)に、最下級大虚(ギリアン)中級大虚(アジューカス)に、中級大虚(アジューカス)最上級大虚(ヴァストローデ)に進化する。その過程で見られる進化の痕跡が、霊圧の中に見つけられないのだ。

 つまり、その奇妙な(ホロウ)はただの(ホロウ)という事になる。それが最上級大虚(ヴァストローデ)級の霊圧を放っているというのだ。

 部下の渡した情報結果を見て、藍染は興味深く笑みを浮かべる。こんな存在は初めてだ。この(ホロウ)を研究すれば、いや、破面化すれば一体どんな変化が起こるのか。

 一介の研究者として強い好奇心を持つ藍染は、この奇妙な(ホロウ)に興味を惹かれた。そして、自ら部下を引き連れて、その(ホロウ)の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 時間は遡り、クアルソが己の息子の不在を嘆き悲しんでいた頃。少々の時間をかけてクアルソは一通り暴れた上で絶望を通り越して冷静になり、現在の自身の状況を確認するに至っていた。

 

 男の象徴が存在しないからといって、この肉体が女――雌?――という訳でもない事が判明した。そもそも生殖器自体が存在しないのだ。つまり、性別がない存在という事だろう。だが、人格自体は男性のそれだ。つまり、自分は男性寄りだと自覚できる。それが現状唯一の救いか。

 今は自身を知る事が先決だ。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、という言葉がある。つまり、己を知らずして童貞は捨てられないということだ。もしかしたら詳しく自身に関して調べる事で、息子を復活させる方法が分かるかもしれない。クアルソは今出来る限りに自身の肉体や、自身に出来る事を調べた。

 

 結果、この体はかなり強いと判明した。転生能力により様々な人生を歩んだが、その中でも肉体としては最大級のスペックを有しているだろう。

 転生人生の積み重ねにより積もりに積もった力は魂の力に直結し、尋常ではない霊圧を有するに至っていた。小さな(ホロウ)が近付くだけで消滅する事から、恐らくかなり強いのだろうと予想が出来た。

 もっとも、この力ですら雑魚という世界観であったならば話は別だが。世界によって強さの基準は変わるので、一概に自分が強者であるという確信は抱けないクアルソであった。

 

 そうして自身の力を確認しつつ、息子復活を目指してクアルソが四苦八苦する事、約一ヶ月。クアルソの元に来客が訪れた。

 

「……素晴らしい霊圧だ」

「こら怖いわぁ……」

「藍染様。御下がりください」

 

 クアルソから放たれていた怨念すら感じられる膨大な霊圧に、藍染は自然と笑みを浮かべる。これ程の逸材が、ただの(ホロウ)として存在しているなど想像だにしていなかったのだ。

 放たれる霊圧は凄まじく、藍染の肌に勢い良く叩き付けられる。その霊圧は藍染の知る限り、自らの配下の破面(アランカル)の中でも比べる事が難しい程だ。

 しかもこの霊圧の質だ。この世の全てを憎むかのような負の塊。一体どの様な経緯を経れば、この様な恐ろしい霊圧になるのか。

 この(ホロウ)破面(アランカル)になる事でどの様な変化を遂げるのか見てみたい。藍染のその好奇心は実物を見る事で更に高まっていた。

 

 藍染の好奇心が高まる一方で、部下として連れて来ていた二人の死神――市丸ギンと東仙要――は警戒心を顕わにしていた。

 市丸は警戒心と同時に好奇心もまた疼いていたが、藍染を至上の主としている東仙は異常なまでの霊圧を放つクアルソに警戒心しか抱けてはいなかった。

 東仙は藍染の前に立ち、油断なくクアルソを見据える。だが、藍染はそんな東仙に対して腕を僅かに動かす事で制止の合図を掛け、そしてクアルソがどう動くかをじっと見つめた。

 

 対するクアルソもじっと藍染達を見つめていた。

 クアルソはこの場に近付いてくる存在に当然の如く気付いていたが、別段何かする訳でもなく無視していた。

 ここまで近付けるという事は、この霊圧にも耐えられるという事であり、そうなれば会話が可能な可能性も高い。

 クアルソは霊圧を弱める事で周囲の(ホロウ)を消滅させない様にする事が出来たが、敢えてそれをせずに常に一定以上の霊圧を放っていた。

 霊圧が小さな(ホロウ)は知性も少ないと、虚圏(ウェコムンド)で過ごした経験で理解していたのだ。つまり、この霊圧に耐えられる存在ならば、高い知性を持っているだろうと予測したのだ。

 同時に高い霊圧を放ち続ける事で、その存在が興味を抱く事も期待していた。つまり、藍染の登場はクアルソの期待と予想通りだったという訳だ。

 

 会話が可能であれば、様々な情報を得る事も可能であろう。虚圏(ウェコムンド)で生まれて然程の時間が経っていないクアルソには分からない事だらけだ。知識を集める事は目的を達成させる為には必要不可欠。

 息子の復活。人間としての外見の入手。人間の女性との接触。これらが成し得なければ、童貞卒業など到底不可能である。

 

 目標達成に向けて目の前の存在とコミュニケーションを取り、情報を得る。それがクアルソの現状成さなければならない課題だ。だが、何故かクアルソは敵愾心を持って藍染を見つめて、いや睨んでいた。

 

「お前は……オレの敵か」

 

 そうして藍染を睨んでいたクアルソの口から紡がれたのはそんな言葉だった。

 それに対し、藍染は不敵な微笑を浮かべたままに返答する。

 

「それは君次第だ。私の(もと)に来るのならば、君は更なる力と叡智を得る事が出来るだろう。だが、敵対するならば――」

 

 死。それが自分に敵対した時の結末だと、藍染は言葉に出さずに霊圧にて答えた。

 並の死神や(ホロウ)ならばその霊圧だけで気を失っただろう。弱い霊ならば消滅しただろう。護廷十三隊の隊長格を遥かに上回るその霊圧を、クアルソは微動だにせず受け止めていた。

 

「ほう……」

 

 予想以上という意味を籠めて嘆息し、藍染はクアルソへの興味を、そして警戒心を若干引き上げる。流石にこの霊圧を受けて微動だにしないとは思っていなかった様だ。

 藍染の配下である破面(アランカル)、その中でも十刃(エスパーダ)と呼ばれる最強の十体でも、藍染の霊圧を受けてまともに動ける者はどれだけいるか。

 つまり、目の前の(ホロウ)はただの(ホロウ)でありながら、十刃と同等かそれ以上の力を持っているという事になる。

 

「私の下に来るならば、だと? 愚かだな。オレとお前が相容れる事はない。お前はオレとは違う存在(非童貞)なのだからな」

 

 そう、クアルソが藍染を敵愾心向き出しで睨み付けていた理由。それは、数千年間も童貞だった経験により、藍染が非童貞だと見抜いた為である。

 童貞と非童貞。この二つが交じり合う事などあってはならない。いや、そんな事は別にないし、クアルソもそんなつもりはないのだが、ようやく出会えた存在が自分の目的を既に叶えていた事が癇に障ったようだ。

 

「確かに、(死神)()は違う存在だ。だが、相容れない事は決してない。その証拠に、私の配下には多くの君の同胞()が、いや、そこから進化した破面(アランカル)が存在するよ」

 

 多くの同胞(童貞)を従えるという藍染の言葉にクアルソは興味を示す。そして、その次の進化したという言葉にも。

 破面(アランカル)という言葉の意味は分からないが、童貞が進化した存在だとすれば、それは非童貞の称号なのだろうか。

 つまり、目の前の男に付いて行けば脱童貞という目標が達成出来る? そう考えたクアルソだったが、すぐにその考えを放棄した。

 良く考えてみれば、童貞が進化すれば非童貞という式はおかしい気がしたのだ。童貞を失えば非童貞だが、進化しても童貞は童貞だろう。

 つまり、この男は童貞を傘下に入れ、その上で童貞を更なる何かにしているという事になる。

 

 どうしてそういう結論に至ったか。それはクアルソが現状童貞卒業しか考えていない思考の猪突猛進となっているからである。言うなれば冷静さを失っているという事だ。

 まあ、数千年間溜め込んだ欲望をようやく発露出来る様になった為に、少々暴走しているのだろう。

 もし、藍染がこの場に破面(アランカル)を一体でも連れて来ていれば、こうはならなかっただろう。破面(アランカル)の存在を知れば、クアルソは即座に藍染の申し出に飛び付いたはずだ。

 だが、藍染は今回の調査に信頼出来る者のみを引き連れてやって来た。それだけで十分だろうという藍染の余裕が、クアルソの勘違いを加速させたのである。

 

「オレがお前の下に行く事などありえんな。お前を倒し、同胞達を解放するとしよう!」

「そうか。仕方ないな……一度力の差を知っておくのも良いだろう」

 

 クアルソと藍染。虚と死神。童貞と非童貞。相反する二つの存在が衝突した。

 

 




 今さら主人公を男に戻す暴挙。
 この作品に伏線なんかはありません。ただ只管に男オリ主が脱童貞に向けて邁進する地雷作品です。それでも良ければ今後も読んでね!

 (ホロウ)の進化の痕跡に関しては独自設定です。でも、あの世界ならそれくらいの痕跡を簡単に解析出来そう。
 藍染が非童貞なのも勝手な設定。でも多分非童貞だと思う。
 クアルソはスペイン語で水晶、ソーンブラは影という意味。晶の影、という安直なネーミング。センス? 私に求めてはいけない。
 あと、勘違いは今後そんなにない。ギャグ要素も少なめです。

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