BLEACH 第一話
輪廻転生。それは、死んであの世に行った魂が、この世に何度も生まれ変わるという思想である。この思想は仏教やヒンドゥー教の教えを主としているが、それ以外にもエジプトを含めて世界各地に存在する。
だが、宗教観の思想故に、実際に死んだ生物が輪廻転生を果たしているのか、そもそも生物に魂が存在するのか。それは明らかになってはいない。なってはいないのだが、ここは輪廻転生という概念が存在するという話で物語を進めていこう。
ある場所に、一つの魂が存在していた。その場所とは、人の言葉で言えばあの世なのだろうか、それとも黄泉の国へと通ずる黄泉比良坂なのか。ともかく、その魂はこの世あらざる場所にて漂っていた。
その場所には無数の魂が存在していたが、その魂だけは他の魂と比べて大きな違いがあった。それは魂を見る事が出来るならば、一目見て誰もが理解出来る違いだ。そう、その魂は普通の魂と比べて圧倒的に巨大なのだ。質・量ともに、その魂は他と比べて次元が違っていた。
その理由は、その魂が数多の人生を歩んできたからだ。いや、輪廻転生という概念がある以上、全ての魂が解脱に向けて数多の人生を歩んでいるのは確かだ。
だが、その魂だけは他と違い、記憶と経験を失わずに輪廻転生を繰り返していたのだ。
本来輪廻転生した魂は、前世の記憶や経験などの全てを失い、まっさらな魂となって新たな生を送る。
だが、この魂はある特殊な能力により、記憶や経験、更には多くの力を引き継いで転生を繰り返した。それ故に、本来なら有り得ない程に魂が強大化したのだ。
これを神や仏といった超常の存在が知れば、きっと何らかのアクションを起こしただろうが、幸か不幸か超常の存在はこの魂に気付く事はなかった。もしくはそもそもそういった超常の存在は存在してはいなかったのか……それは誰にも分からない事だ。
ともかく。その魂は転生を繰り返す度に強大化していた。だが、だからと言って特に何か異変が起こる訳はなく、いつもの様に新たな転生を繰り返そうとしていた。……そのはずだった。
今回に限り、その転生にある異変が起きた。転生しようとするその魂から、小さな、だがどす黒く凝縮された魂が零れ落ちたのだ。
何事もなかったかの様に、強大な魂は転生の輪へ入って行った。そして、零れ落ちたどす黒い魂は、転生の輪から外れて彼方へと消えて行く……。
◆
二つに別れた魂の一つ、どす黒い魂はあの世ともこの世とも異なる世界に外れ堕ちていく。
そこは
だが、時には
とにかく、
死神の仕事の一つに現世で暴れる
死神が
もっとも、
そんな空間に、どす黒い魂は堕ちた。
――■■■■■■■――
その魂から呻き声の様な何かが漏れ出した時、やがて魂は姿を変え、一体の
――■■■■■■い――
それは絶望の叫びだ。それは渇望の叫びだ。それは欲望の叫びだ。
その
――■■を■■■い――
この
強大な魂の転生者は、一言で言って清廉潔白な意思の持ち主だった。どの様な転生を経ても、誰もが認める人格者となっていた。……一部困った性格も持ち合わせていたが、完璧な人間は存在しないので致し方ないだろう。
とにかく、その転生者は一般的に善と呼ばれる存在であり、そして幾度となく転生を繰り返す事で、やがて記憶を持ったまま転生する事になった切っ掛けを忘れていった。
いや、正確にはそうではない。忘れた、のではなく、隔離した、が正解だった。
――■■を■■たい――
転生者は、本人も気付かぬ内に、転生人生を歩み出す切っ掛けとなった願望を魂の奥底に隔離、封じ込めたのだ。それは転生を繰り返してもその願望を叶えられなかった為に、新たな転生に希望を抱かない様にした魂の防衛本能と言えよう。
希望を抱いたままに転生を繰り返していれば今頃はその希望によって魂が擦り切れてしまう程に、転生者は無数の転生を繰り返していたのだ。
そうして願望を封じ込めた転生者は、何事もなかった様に新たな転生を繰り返していた。だが、封じられた願望は転生を繰り返す度に徐々に徐々に、転生者も気付かぬ内に更なる願望を溜め込み、凝縮されつつあった。
やがて願望は転生者の魂の中に収められない程に強大化していた。だが、転生者はその願望の存在を無意識下で認めていない。それ故に、魂と願望は相容れず、願望を分離した魂に封じ込め、二つに分けてしまったのだ。
そうして別れた願望と魂が形となったのが、この
――■■を■てたい――
怨念と執念とが綯い交ぜになった様な凶悪な霊圧が、叫びと共に放たれる。それだけで、周囲に存在した小さな
新たに生まれたこの
そして、無意識に放っていた願望の発露を、己の意思で言葉にして放つ。
「童貞を……捨てたい……!!」
まさに魂の叫びである。
童貞を捨てたいが為に転生人生を歩み出した一人の男がその願望を叶えるべく、魂の縛りから抜け出して己の肉体を手に入れた瞬間であった。
◆
「……さて」
新たに生まれた
そして疑問に思う。ここってどこじゃい? と。それから更に自身について考える。はて、オレの名前ってなんだったっけ? と。他の事は覚えているのに、何故か名前だけが思い出せない。不思議である。
そうして考える事数分。彼は己の名前らしき物を思い出した。いや、浮かび上がったという方がしっくり来るだろうか。
「思い……出した!」
どうやら下らないネタも思い出した様だ。魂に刻まれているのかもしれない。
それはともかく、彼の名前はクアルソ・ソーンブラという様だ。いや、かつては違う名前だったのだが、何故かクアルソという名前が思い浮かんだのだ。特に違和感も感じなかったので、彼は今後クアルソと名乗る事にした。
名前を手に入れたクアルソは、次にこの空間に想いを馳せる。だが、いくら思考を繰り返しても、この空間に関する記憶はない。ないのだが、何故かここが自分の住処だと理解出来る。
まあそれはいい。
「どうやって童貞を捨てればいい……」
他の問題などどうでも良いくらいに、クアルソにとって童貞という呪われた称号を捨てる事は重要であった。
これを情けないと罵る者は多いだろう。そもそも、童貞を捨てる為に転生する能力を手に入れようとした彼を、馬鹿にする者もいるだろう。
だが、待ってほしい。百年を超えて生き続けても童貞だった彼が、童貞を捨てたいと嘆いて何が悪いのだろうか。輪廻転生を繰り返し、その度に女性として生まれ、例外は男ではなく雄という有様だ。そんな彼が、童貞を捨てたいと嘆いて何が悪いのだろうか。
世の男性の大半が、童貞を捨てたいと一度は思った事があるはずだ。ならば、彼の気持ちが一片たりとも理解出来ないということはないだろう。……まあ、理解出来たとしても、やっぱり童貞卒業の為に輪廻転生の術を編み出したのは愚かだとは思うだろうが。
まあ倫理観や常識はこの際どうでもいいだろう。クアルソにとって重要なのは童貞を捨てる事。それ以外はどうでもいいのだ。
だが、ここに二つほど問題がある。童貞を捨てる為には当然だが相手が必要だ。一人でいたした所でそれはただの自家発電に過ぎない。そんな事は腐るほど……おっと、それすらクアルソにとっては数千年ぶりだったか。
ともかく、童貞を捨てるには相手が、そう、女性が必要だ。クアルソは周囲の空間を見渡す。
「……」
だが、そこにあるのは砂、砂、砂。砂だけの真っ白い空間だった。何となく出来た霊圧探知――
とてもではないが、この簡素な空間に魅惑的な女性がいるとは思えなかった。いたとしても、それは雌と呼ばれる様な見た目だろう。何せ
そして、もう一つの問題。これが一番の問題だろう。
そう、クアルソの見た目を言葉で表せば、人型をした何かであった。頭があり、胴体があり、手と足があって二足歩行をしている。間違いなく人型ではある。だが、それだけだ。
全身が白く、体表は硬質的な何かで覆われており、顔面は仮面の様な物で覆われ、胸にはぽっかりと大きな孔が空いている。これを人間だと言い切れる者はまずいないだろう。
ともかくだ、クアルソは完全に化け物の容姿である。これで人間の女性と性交をする事が出来るだろうか? まず不可能だ。そもそも交友を持つ事すら出来ないだろう。
無理矢理性交するという方法もあるだろうが、クアルソは一般的な人間とさして変わらない感性を持っている。つまり無理矢理は倫理的に受け付けない。というか、許せない行為だ。クアルソは恋愛の果てに童貞を捨てたいのだ。数千年も童貞を拗らせると純粋さも濃くなるのかもしれない。
だが、今の見た目で人間との恋愛が叶う事はまずないだろう。どこの世界に化け物と性交したいという女性がいるというのか。……いや、どこの世界でも探せば一人くらいはいるかもしれないが。だが、見つけ出せる難易度は広大な砂漠に落ちた一粒の砂金を見つけだすくらいだろうか。ぶっちゃけ無理である。そんな幸運があったならばクアルソは転生人生においてとっくに童貞を卒業していただろう。
どうすればいいのか。思考に思考を重ね、どうにかして童貞を捨てる方法を模索している中、クアルソはもう一つの問題を思い出した。
そう、まだ問題はあったのだ。これが解決されなければ、童貞を捨てるどころの話ではない。童貞を捨てる為にもっとも重要な要素。……男の象徴の存在である。
クアルソは恐る恐る己の股間を確認し……そして、絶望の叫びを上げた。
◆
「面白い
藍染惣右介は
藍染惣右介。彼は死神でありながら、
その事実は既に
だが、それもある目的を達成するまでの事。目的を達成した藍染は部下である二人の死神と共に
藍染が
同時に藍染は、死神に
ともかく、死神の力を取り入れた事により、
そうして数多の
新たな
いや、正確には普通の
ここで、ヴァストローデを含む
そして、
そんな特殊な
しかし、その霊力と自我を維持する為には同じ
それだけではない。体の一部を喰われただけで進化は止まり、どれだけ
さらに一部の
その最後の進化に至った
大きさは人間程度に収まり、身体的特徴も人間に近くなっている。そして極めて数が少なく、広大な
さて、
その霊圧は
これだけならばその奇妙な
「進化の痕跡が見られない……か」
藍染が
通常の
つまり、その奇妙な
部下の渡した情報結果を見て、藍染は興味深く笑みを浮かべる。こんな存在は初めてだ。この
一介の研究者として強い好奇心を持つ藍染は、この奇妙な
◆
時間は遡り、クアルソが己の息子の不在を嘆き悲しんでいた頃。少々の時間をかけてクアルソは一通り暴れた上で絶望を通り越して冷静になり、現在の自身の状況を確認するに至っていた。
男の象徴が存在しないからといって、この肉体が女――雌?――という訳でもない事が判明した。そもそも生殖器自体が存在しないのだ。つまり、性別がない存在という事だろう。だが、人格自体は男性のそれだ。つまり、自分は男性寄りだと自覚できる。それが現状唯一の救いか。
今は自身を知る事が先決だ。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、という言葉がある。つまり、己を知らずして童貞は捨てられないということだ。もしかしたら詳しく自身に関して調べる事で、息子を復活させる方法が分かるかもしれない。クアルソは今出来る限りに自身の肉体や、自身に出来る事を調べた。
結果、この体はかなり強いと判明した。転生能力により様々な人生を歩んだが、その中でも肉体としては最大級のスペックを有しているだろう。
転生人生の積み重ねにより積もりに積もった力は魂の力に直結し、尋常ではない霊圧を有するに至っていた。小さな
もっとも、この力ですら雑魚という世界観であったならば話は別だが。世界によって強さの基準は変わるので、一概に自分が強者であるという確信は抱けないクアルソであった。
そうして自身の力を確認しつつ、息子復活を目指してクアルソが四苦八苦する事、約一ヶ月。クアルソの元に来客が訪れた。
「……素晴らしい霊圧だ」
「こら怖いわぁ……」
「藍染様。御下がりください」
クアルソから放たれていた怨念すら感じられる膨大な霊圧に、藍染は自然と笑みを浮かべる。これ程の逸材が、ただの
放たれる霊圧は凄まじく、藍染の肌に勢い良く叩き付けられる。その霊圧は藍染の知る限り、自らの配下の
しかもこの霊圧の質だ。この世の全てを憎むかのような負の塊。一体どの様な経緯を経れば、この様な恐ろしい霊圧になるのか。
この
藍染の好奇心が高まる一方で、部下として連れて来ていた二人の死神――市丸ギンと東仙要――は警戒心を顕わにしていた。
市丸は警戒心と同時に好奇心もまた疼いていたが、藍染を至上の主としている東仙は異常なまでの霊圧を放つクアルソに警戒心しか抱けてはいなかった。
東仙は藍染の前に立ち、油断なくクアルソを見据える。だが、藍染はそんな東仙に対して腕を僅かに動かす事で制止の合図を掛け、そしてクアルソがどう動くかをじっと見つめた。
対するクアルソもじっと藍染達を見つめていた。
クアルソはこの場に近付いてくる存在に当然の如く気付いていたが、別段何かする訳でもなく無視していた。
ここまで近付けるという事は、この霊圧にも耐えられるという事であり、そうなれば会話が可能な可能性も高い。
クアルソは霊圧を弱める事で周囲の
霊圧が小さな
同時に高い霊圧を放ち続ける事で、その存在が興味を抱く事も期待していた。つまり、藍染の登場はクアルソの期待と予想通りだったという訳だ。
会話が可能であれば、様々な情報を得る事も可能であろう。
息子の復活。人間としての外見の入手。人間の女性との接触。これらが成し得なければ、童貞卒業など到底不可能である。
目標達成に向けて目の前の存在とコミュニケーションを取り、情報を得る。それがクアルソの現状成さなければならない課題だ。だが、何故かクアルソは敵愾心を持って藍染を見つめて、いや睨んでいた。
「お前は……オレの敵か」
そうして藍染を睨んでいたクアルソの口から紡がれたのはそんな言葉だった。
それに対し、藍染は不敵な微笑を浮かべたままに返答する。
「それは君次第だ。私の
死。それが自分に敵対した時の結末だと、藍染は言葉に出さずに霊圧にて答えた。
並の死神や
「ほう……」
予想以上という意味を籠めて嘆息し、藍染はクアルソへの興味を、そして警戒心を若干引き上げる。流石にこの霊圧を受けて微動だにしないとは思っていなかった様だ。
藍染の配下である
つまり、目の前の
「私の下に来るならば、だと? 愚かだな。オレとお前が相容れる事はない。お前はオレとは違う
そう、クアルソが藍染を敵愾心向き出しで睨み付けていた理由。それは、数千年間も童貞だった経験により、藍染が非童貞だと見抜いた為である。
童貞と非童貞。この二つが交じり合う事などあってはならない。いや、そんな事は別にないし、クアルソもそんなつもりはないのだが、ようやく出会えた存在が自分の目的を既に叶えていた事が癇に障ったようだ。
「確かに、
多くの
つまり、目の前の男に付いて行けば脱童貞という目標が達成出来る? そう考えたクアルソだったが、すぐにその考えを放棄した。
良く考えてみれば、童貞が進化すれば非童貞という式はおかしい気がしたのだ。童貞を失えば非童貞だが、進化しても童貞は童貞だろう。
つまり、この男は童貞を傘下に入れ、その上で童貞を更なる何かにしているという事になる。
どうしてそういう結論に至ったか。それはクアルソが現状童貞卒業しか考えていない思考の猪突猛進となっているからである。言うなれば冷静さを失っているという事だ。
まあ、数千年間溜め込んだ欲望をようやく発露出来る様になった為に、少々暴走しているのだろう。
もし、藍染がこの場に
だが、藍染は今回の調査に信頼出来る者のみを引き連れてやって来た。それだけで十分だろうという藍染の余裕が、クアルソの勘違いを加速させたのである。
「オレがお前の下に行く事などありえんな。お前を倒し、同胞達を解放するとしよう!」
「そうか。仕方ないな……一度力の差を知っておくのも良いだろう」
クアルソと藍染。虚と死神。童貞と非童貞。相反する二つの存在が衝突した。
今さら主人公を男に戻す暴挙。
この作品に伏線なんかはありません。ただ只管に男オリ主が脱童貞に向けて邁進する地雷作品です。それでも良ければ今後も読んでね!
藍染が非童貞なのも勝手な設定。でも多分非童貞だと思う。
クアルソはスペイン語で水晶、ソーンブラは影という意味。晶の影、という安直なネーミング。センス? 私に求めてはいけない。
あと、勘違いは今後そんなにない。ギャグ要素も少なめです。