どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ
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BLEACH 第三話

 色々と紆余曲折あったが、結局藍染の最初の提案通りにクアルソは藍染の下に付き、破面化による進化を受ける事となった。

 破面化の為には藍染の配下となる必要があったが、そんな事は童貞卒業の前では些細な事だ。今までの人生でも自分よりも立場の上の者に仕えた経験など山ほどあるのだから、特に問題はないと言えた。

 強いて言えば悪事に手を貸すつもりはない事だろうか。こればかりはクアルソの性格上、やれと言われて出来るものではない。目的である童貞卒業の為に、相手に無理矢理を強いるつもりがないのと同じである。

 よってクアルソはもし悪事をしろと藍染に命令されれば、あっけらかんと無視するつもりでいた。例え破面(アランカル)にしてもらう恩があったとしても、それはそれ、これはこれなのだ。悪事に関係ない事柄ならば幾らでも協力する所存ではあったが。

 

「さて、これから君を我らが居城・虚夜宮へと案内するが、その前にまだ互いの名を知らなかったね。私の名は藍染惣右介だ。よろしく」

「ああ、そう言えば自己紹介はまだでしたね。オレの名前はクアルソ・ソーンブラです。よろしく藍染様。よろしくお願いしますハリベルさん!」

「……」

 

 戦いの後に互いに名を交わす藍染とクアルソ。尤も、クアルソは藍染よりもハリベルに覚えを良くしてもらいたいようだが。

 まあ、下乳を覗き見し、戦士である自身をお嬢さん呼ばわりし、下心満載で近付こうとしているクアルソに対するハリベルの好感度は完全にマイナスの領域に達していたが。今も完全に豚を見るような目でクアルソを見下していた。果たしてこの状態から巻き返す事は出来るのだろうか。

 

「は、ハリベルさん?」

「……気安く話し掛けるな下衆」

 

 巻き返す事は出来るのだろうか……?

 

 

 

 クアルソがハリベルの好感度を上げようと悪戦苦闘しつつも、藍染率いる一行は虚夜宮へと到着した。

 瞬歩や響転にて移動した為に徒歩などよりも遥かに速く到着したが、それでもかなりの時間を移動していた。それほど虚圏は広大だということだ。これでもほんの一角に過ぎないのだから相当な広さだろう。

 藍染と破面の拠点である虚夜宮。それはただただ巨大と言う他ない建造物であった。クアルソが虚夜宮を視認してから響転でどれ程の時間を移動したか。一瞬にてkm単位を移動する瞬歩や響転――使用者の力量で移動距離は変わるが――でも、視界に入ってから辿り着くのに少々の時間を必要とする。それこそが虚夜宮が巨大である何よりの証だろう。

 

「ここが私の居城だ。そして、これからの君の住処となる場所でもある」

「この簡素な空間にこれ程の建設物を作り出すなんて……凄いですね藍染様」

 

 クアルソは素直に感嘆する。砂と石だけの闇の世界と思っていたら、まさかの巨大な建造物の出現だ。

 距離感すら狂わせるほどに巨大なこの城の中には破面が住み着いている。その全てが藍染の配下であり、強大な力を持つ者から、彼らに仕える力の弱い小間使いも含めてその数は膨大だ。それだけ藍染が多くの虚を用いて実験を行ったという証だろう。

 ちなみに、元々虚夜宮とは藍染の配下である一体の破面が虚であった時の居城だったのだが、それを藍染が力ずくで従えた時に、そのまま名称と場所を貰いうけ、そして大幅に改修した物が現在の虚夜宮となっている。

 かつての虚夜宮の持ち主であった破面は藍染の配下に付きつつも、直属の部下と共に力を蓄えて下克上を狙っている。もっとも、藍染に取ってはそれすら掌の上の行動であり、彼がどのようにして自分に抗うのか楽しみにしている節もあるのだが。

 

「ああ、私に対してそこまで畏まる必要はないよ。弁えるべき事を理解してくれればね」

「そう? それならお言葉に甘えようかな。話が分かる上司で嬉しいよ」

 

 藍染の嬉しい申し出にクアルソはあっさりと乗った。敬語が嫌という訳ではないが、砕けて話す事が出来るならそっちの方がいいに決まっている。

 藍染としても心の籠もってない敬語を訊かされてもどうとも思わない。自分に仕えている破面達にも全うな敬語など望んでなどいないし、実際に藍染を様という呼称は付けて呼んでいても、敬語がまともに出来ていない破面は少なからず存在している。まあ、だからと言って逆らいでもすれば容赦なく罰するのだが。

 

「私も君という同胞が出来て嬉しいよ。さて、早速君を破面化したい所だが、その為には準備が必要でね。しばらくはこの城の一室にて休んでいてもらえるかい?」

「そうか……オレも早く破面とやらになりたいけど、準備があるなら仕方ないですね」

 

 一刻も早くに破面となり、まともな姿を得て女性を口説き、童貞を捨てる。それがクアルソの望みだ。だが、破面になる為の手段を手中に収めている藍染がそう言うならば待つ他にはない。

 逆らいでもして破面化はなしとか言われたら、クアルソは絶望に沈むだろう。そのまま絶望のあまりに虚夜宮を破壊する事すら有り得た。そうなっては利する者がいないばかりか損するだけだと、クアルソはしばし我慢する事にする。

 なお、クアルソが暴れて虚夜宮(ラス・ノーチェス)に被害を与える事で利を得る死神達がいる事を、クアルソが知る由もなかった。

 

 藍染が言う準備も嘘という訳ではない。虚を破面へと至らせる為には崩玉と呼ばれる物質を利用する必要がある。その際、藍染は破面化する虚に合わせて崩玉の設定をある程度変える事が出来る。それにより何かに特化した破面を生み出す事も可能としていた。その崩玉をクアルソ用に調整する為には多少の時間が必要なのだ。

 

「では、君の部屋までは彼女に案内してもらってくれ」

 

 藍染がそう言うと、クアルソの傍まで一人の女性が近付いてきた。虚夜宮にて小間使いとして扱われている女性型破面である。

 

「彼を空いている部屋に案内しろ」

「かしこまりました」

「お名前と住所と電話番号を是非!」

『……』

 

 藍染が命令し、それを女性型破面が承諾した所で、クアルソがその女性に向かって口説き始めた。これには誰もが絶句であった。特にハリベルなど虫を見るような目でクアルソを見下している。

 

「はっ!? 違うんだハリベルさん!」

「藍染様。私はこれで失礼します」

「ああ」

「ハリベルさぁん!!」

 

 クアルソの叫びも空しく、ハリベルは藍染に挨拶をしてからその場から立ち去った。もう挽回は不可能かもしれない。

 まあそれも当然だ。口説いた女性が傍にいるというのに、別の女性を口説けば好感度も下がるというものだ。

 だが、仕方ないのだ。クアルソは男性として女性と接するのは数千年ぶりなのだ。ようやく手に入れたチャンスに興奮してしまうのも無理はなかった。それでチャンスを逃しているのだから笑い話にしかならないが。

 

「う、うう……何故だ……」

「いや、そらそうやろ……」

 

 ハリベルに嫌われて悲しむクアルソに、当たり前だと市丸も声を漏らす。こいつは本気で女性を口説く気があるのだろうかと呆れる市丸であった。

 そんな市丸の呆れも知らず、クアルソは落ち込みながらも小間使いの女性に連れられて移動する。なお、その際に再び口説き出したのは言うまでもない。

 そんなクアルソを見て、クアルソに宛がえる使用人は全員女性、それも美女にしようと決めた藍染はそのまま自身の研究室へと移動する。

 

 

 

 そうして藍染が研究室にて崩玉の調整をしている最中に、傷を治療し終えた東仙がやって来た。

 

「何の用だい要?」

 

 藍染は東仙に向けて用件を訊き出す。尤も、藍染には東仙の用件などお見通しだったが。

 

「藍染様……あの虚、破面にするには危険すぎるのでは……? ここで始末した方が……」

 

 それは藍染の忠実な部下として当然の疑問であり、当然の諫言でもあった。

 クアルソは強い。強すぎると言っても過言ではない程にだ。油断はあったとはいえ、東仙と市丸の二人掛りを一蹴し、護廷十三隊全てを欺いていた鏡花水月を無効化し、隊長格を圧倒する実力の持ち主である藍染と互角に戦う。

 そんなクアルソが破面となれば、その力は更に上昇する事になる。どんなに弱い虚であっても、破面化すればその実力は向上していた。少なくとも減少する事や変化なしというのはありえない。

 藍染と互角の実力を持つ虚が更に強くなる。それに危機感を覚えない東仙ではなかった。藍染に心の底から忠誠を誓っている破面は少ない。それでも破面達が藍染に従っているのは、藍染がどの破面よりも圧倒的に強いからだ。だが、クアルソが破面化すれば藍染以上の実力を得る可能性は非常に高い。そうなった時、クアルソが藍染に反旗を翻さない保証はどこにもなかった。そうなれば、他の破面がクアルソに便乗する恐れすらあるだろう。

 だが、そんな東仙の心配に対し、藍染は悠然と返した。

 

「心配いらないよ要。彼は、クアルソは例え破面となり私以上の力を得たとしても、私に反旗を翻す事はないだろう。まあ、私が彼の逆鱗に触れてしまえば話は別だろうが」

「……? 何故そう思えるのですか?」

 

 藍染のその言葉に、藍染の忠実な部下である東仙をして疑問を抱いた。知り合って僅かのクアルソに対し、どうして藍染がそう思えるのか理解出来ないのだ。

 そんな東仙の疑問に対し、藍染は悠々と説明する。

 

「彼の人となりはある程度把握出来た。彼の言葉からして、死神の存在を知らなかったのは事実だろう。出会ったばかりの私達に敵愾心を剥き出しにしたのは、虚の本能が死神である私達を敵と看做したのだろう」

 

 童貞が非童貞を羨んで敵愾心を剥き出しにしただけである。

 

「だと言うのに、敵である要とギンに手心を加え、生かす。虚の本能を抑える自我と、そして虚となる以前、生前から有していた善性を残している証だ」

 

 半分くらいは当たっているが、大まかな理由は童貞に対して優しくしただけである。

 

「戦いの最中でも、正々堂々を好む人物である事が窺える。その上で、相手にそれを求めていない。武人気質とでも言うべきかな。そういった人物は恩を仇で返すような真似はしないだろう」

「ですが……」

 

 藍染の言う事は当たっているかもしれない。だが、それでも絶対であるとは言えない。

 そんな東仙の不安は藍染には手に取るように理解出来た。

 

「私とて、彼が私に絶対服従するなどと思ってはいない。何事もなければ敵対しないだろうが、逆に言えば何かあれば敵対する可能性は高いと言える」

 

 東仙に説明した事は藍染の本心だ。藍染はクアルソに対し、短い時間しか接触せずとも一定の信頼を置いている。逆鱗に触れさえしなければ、敵対する事はないだろうと。

 だがそれでもクアルソが絶対服従する等とは欠片も考えていない。そして、今後藍染が成そうとする事が、クアルソの逆鱗に触れない保証はない。故に、念を入れて崩玉を調()()しているのだ。

 

「ならば、私に命じてください。必ずや彼奴めを討ちとって見せます」

 

 いや、例え藍染が命じずとも、いざとなればクアルソを討つ。それ程の覚悟を秘めて、東仙は藍染に申し出る。

 

「その必要はないよ」

「しかし――!?」

 

 主の身を案じる東仙の言葉は、しかしその主である藍染の霊圧によって遮られた。

 

「ぅ……ぁ……」

「いいかい要。クアルソには手を出すな。これは命令だ」

「はっ……! 浅薄な言葉、も、申し訳ございませんでした……」

 

 気力を振り絞り、東仙は謝罪の言葉を紡ぎ出す。そして藍染が霊圧を抑えた瞬間に、東仙は全身から汗を吹き出してその場で膝をつく。圧倒的な霊圧からの急な解放に脱力してしまったようだ。

 

「はっ……ぁっ……」

「下がって休んでいて構わないよ。傷も完治していないだろう?」

「……はっ。失礼いたします……」

 

 そうして東仙が研究室から退室してしばらく、藍染はぽつりと声を漏らす。

 

「困ったものだ。藪を突いて龍を刺激する必要もないだろうに」

 

 その言葉の意味。それは東仙では何をどうしようとクアルソには勝てない事を意味していた。

 東仙の持つ全ての戦力を十全に発揮し、ありとあらゆる手段を使用した所で、東仙ではクアルソに勝てない。藍染はそう確信していた。 

 東仙程度の死神が万全を期した程度で勝てるならば、自分は苦戦などしていない。それが藍染の偽らざる本音だ。それ程に藍染は自身と東仙の間にある隔絶な差を理解している。

 

 ここで東仙がクアルソに対して下手な事をすれば、東仙という駒が無くなる可能性がある。そればかりか、東仙がクアルソの力を侮らず、無数の破面(アランカル)を従えてクアルソを襲撃した場合、その破面達すら消耗していただろう。

 いや、それらはまだどうとでもなる損害だ。東仙一人と複数の破面程度ならば計画に然したる支障はない。それくらいの戦力が減った所で、護廷十三隊程度ならばどうとでもなる算段はあった。

 問題は、クアルソが東仙達を蹴散らした後に、そのまま藍染と完全に敵対する可能性だ。これまでのプロファイリングからクアルソの人格は大まかに把握した。そこから考えれば、東仙の暴走だと説明すれば自分とまで敵対する事はないだろうと藍染は予想する。

 だが、人格の把握は大まかであって完全ではない。高い確率でならばともかく、他人の行動を完璧に予測する事は藍染をして不可能だ。不確定要素は確実に存在する。ならば、敵対の可能性は出来るだけ無くしておくに越した事はない。

 

「フフフ……」

 

 崩玉の調整は終了した。後はクアルソを呼び出し、クアルソの紹介も兼ねて十刃(エスパーダ)達の前で破面化を行うだけだ。

 破面化したクアルソはどれ程までに進化するのか。それを想像すると藍染ですら笑みが零れ落ちる程だった。

 

 

 

 

 

 

 虚夜宮のある一室。そこに全ての十刃(エスパーダ)が揃っていた。

 第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。

 第2十刃(セグンダ・エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーン。

 第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル。

 第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。

 第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ。

 第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック。

 第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルー。

 第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロ・グランツ。

 第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリ。

 第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ。

 

 以上の10名が、破面において最強の名を欲しいままにしている十刃である。

 そんな彼らが一同に介している理由。それは彼らの主である藍染の命令に他ならない。そうでなければ個性も癖も強い彼らが集まる訳がなかった。彼らは同じ組織の一員であり、全員が同じ称号を冠する者達だが、けして仲良しこよしの集団ではないのだ。

 

「おいハリベル。お前新しく来る奴を知ってんだろ? ちったぁ強いのかよ」

 

 ハリベルに問いただしたのはヤミー・リヤルゴ。十刃随一の巨躯の持ち主であり、粗暴な言動の目立つ巨漢である。

 この場に集まった者達は藍染から集合の理由も聞いている。これから行われるのは虚を新たな破面とする儀式であり、破面化する虚の紹介なのだと誰もが理解している。

 そこらの破面が増えたくらいで今更十刃全員が呼び出されることはない。つまり、これから紹介される虚は何かしら重要な立ち位置になる事は、総身に知恵が回りかねているヤミーですら理解出来た。ヤミーが好奇心を刺激させてハリベルに問うのも無理はないだろう。

 

 そんなヤミーの質問に対し、殆どの十刃がハリベルに注目する。やはり皆新入りが気になるようだ。もっとも、気にする方向性はそれぞれ違うのだが。

 無関心なのはウルキオラくらいだ。彼には感情の変化というものが少なく、新たな仲間が増えたとしてもそこに意味を見出す事はなく、藍染の命令を忠実にこなすだけだと冷静に判断していた。

 ウルキオラはさておき、他の8人に注目されているハリベルはため息を吐きつつ、自身の心に忠実にクアルソについて簡潔に説明した。

 

「下衆だ」

『……』

 

 それじゃわからねーよ。大半の十刃の内心が一致した。

 彼らが求めている情報は、強いか弱いか、である。もちろん中には強さよりも興味を惹く何かを秘めてないかと期待している者もいるが、大半の十刃――破面全体に言えるが――は強さに拘っており、やはり新人の強さというものは一番気になる点なのだ。

 そんな彼らに対し、追及される前にハリベルは更に言葉を紡いだ。

 

「強さに関して私が説明した所でお前達は納得しないだろう。気になるなら藍染様に訊け」

「ちっ。いけすかねー女だぜ」

 

 悪態を吐くヤミーだが、それ以上ハリベルを追及する事はなかった。ハリベルが藍染の名を出したならば、それ以上は何があったとしても答えるつもりはないという事を理解しているのだ。

 

 どうせもうすぐ藍染が新人を連れてやって来る。その時に確認すればいいだけの話だ。

 

 ヤミーや多くの者達がそう納得している所で、ハリベルは僅かに安堵していた。クアルソの実力に関してどう説明すればいいのか判らなかったからだ。

 藍染とクアルソの戦いによる霊圧の奔流。それを感じ取れたのはこの中でハリベルだけだ。それはハリベルの霊圧探知が他の十刃より優れていたから、ではない。単純にハリベルが藍染とクアルソの霊圧を探知出来る距離に居ただけの話だ。

 ハリベルは任務で虚夜宮から離れており、その時偶然に藍染達の霊圧を感じ取れる位置にいたのだ。逆に言えば、藍染とクアルソの圧倒的な霊圧でさえ、虚夜宮には届かない程遠い距離にクアルソが居たという事になる。

 

 ハリベルが感じ取ったクアルソの霊圧。それは藍染と比べても遜色ない程のものだ。正直、信じがたいと言っても過言ではなかった。

 一体藍染はどのような化け物と戦っていたのか。そう思っていたハリベルが急ぎ駆けつけた場所で見たのは、下衆だった。ハリベルの胸を見ながら口説き、舌の根も乾かぬ内に別の女を口説く下衆であった。

 本当にこの下衆が先程の霊圧を放っていたのか? ハリベルが疑問に思うのは当然である。とてもではないが、鼻の下を伸ばして自身を口説く馬鹿をそこまで高く見る事は出来なかったのだ。

 強い、とは思う。強い……はずだ。だからこそ、藍染はクアルソを勧誘したのだから。だが、その強さをどう説明していいのか判らない。説明した所で、他の十刃が納得するとは思えない。ハリベル自身が納得出来ないのだから尚更だ。

 

 そうしてハリベルが口を噤んだ所で、全員の待ち人である藍染が市丸・東仙・クアルソの三人を引き連れてやって来た。

 

「やあ、待たせたね諸君」

 

 柔らかな言葉と共に藍染が入室した瞬間、場の空気が一変した。無駄口を開く者は誰一人おらず、殆どの十刃(エスパーダ)が藍染の放つプレッシャーに気圧されていた。

 だが、それも僅かな時間だ。一度そのプレッシャーに慣れれば、多少の緊張感を含みつつも、誰もが見覚えのない新人に対して好奇心を動かしていた。

 

「そいつが新入りですか藍染様」

「そうだよ。クアルソ、彼らが先程説明した十刃だ」

 

 藍染はここに来る途中でクアルソに十刃について説明していた。クアルソはその説明を思い出しながら、十刃全員をちらりと見やる。

 

 ――なるほど。そこらの破面とは一線を画すな――

 

 この城で見た幾体かの破面。それらとは次元の異なる存在。それが十刃だ。

 だが、十刃の中にも力の差は大きく存在する事にクアルソは気付く。上位と思われる十刃と、下位と思われる十刃の間には大きな隔たりがあった。

 クアルソが思うに、下位の十刃が束になって掛かったとしても、上位の十刃一人に敵わないだろう。もちろん、有する能力によっては話は変わってくるかもしれないが。

 

「クアルソ・ソーンブラです。よろしく。特にハリベルさん!」

 

 ――下衆って、ああ――

 

 クアルソは十刃を一通り見回し、その上でハリベルのみに向けて熱い視線を送っていた。そして、その行動を見てほぼ全ての十刃が先程のハリベルの言葉の意味を察した。

 

「はっ! どんな奴が来るのかと思えば! ただの色狂いかよ! 雌の尻を追っかけるだけの奴が使いもんになるのかよ! なあ藍染様よ!?」

 

 十刃に紹介する程の虚ならばどれ程の物かと思っていれば、蓋を開ければ女に媚びるカスだった。戦場に女が立つ事が我慢しがたいノイトラにとって、クアルソの第一印象は最悪と言ってもいいだろう。

 だが、他の十刃(エスパーダ)の大半はノイトラとは違う反応だった。もっとも、それはクアルソの言動に対しての反応ではなく、クアルソの見た目に関しての反応だったが。

 

 ――こいつ、最上級大虚(ヴァストローデ)か――

 

 そう、それが多くの十刃達のクアルソを見た反応だ。クアルソは見た目だけならば最上級大虚と同じ特徴を有している。

 人間と同程度の大きさで、その見た目も人型から外れていない。顔を覆う仮面と全身を覆う硬質感のある表皮がなければ人間と見間違うだろう。もちろん、仮面の下が人の顔をしていたらの話だが。

 藍染が連れてきたという情報も相まって、十刃達はクアルソが最上級大虚(ヴァストローデ)だと認識してしまっていた。そして、そこから来る感情の多くには――嫉妬・憤怒・恐怖など負の感情が含まれていた。

 理由は簡単だ。クアルソが十刃としての自身の立場を奪う可能性が増えたからだ。十刃と言っても、全員が元最上級大虚(ヴァストローデ)という訳ではない。中には元中級大虚(アジューカス)どころか、元最下級大虚(ギリアン)という者もいる。まあ、元最下級大虚(ギリアン)が十刃に選ばれているのには相応の理由があるのだが。

 

 ともかく、下位の十刃からすればクアルソの存在は脅威と言えた。それ故に、何人かは負の感情をクアルソに向けて叩きつけていたのだが……それも、次の藍染の言葉を聞いた瞬間に霧散した。

 

「ああ、勘違いしているかも知れないから教えておこう。彼は最上級大虚(ヴァストローデ)ではない……ただの虚だ」

『……』

 

 藍染の言葉を聞いて、誰もがその意味を理解するのに時間が掛かっていた。最上級大虚(ヴァストローデ)どころか、そもそも大虚(メノス)ですらない、ただの虚。そんな存在を藍染が紹介するとどうして思えるのか。

 そして誰もがクアルソがただの虚だと理解した瞬間――複数の嘲笑の声があがった。

 

『はははははは!』

「虚? ただの虚なんてな! 本当に雌の尻を追っかけてここまで来たってのか!?」

「おいおい何だよ雑魚じゃねーか」

「笑ッチャ失礼ダヨ」「藍染様が連れて来たんだ。弱くても役に立つかもしれないよ?」

「そうであるなら嬉しいね。虚でありながら僕らに紹介される。ソソられる何かを持っているのかな?」

「くだらん……ボスよ。無駄な話ならば儂はこれで失礼するぞ?」

 

 嘲笑を発したのは十刃の半分にも満たないが、それでも室内を嘲笑で埋め尽くすのには十分だったようだ。

 中にはクアルソが最上級大虚でなかったからこそ、余計に興味を惹かれた者もいたが。まあ残りは嘲りか、興味を失ったか、元々興味がなかったか、下衆めが、という感想しかなかった。良好な初対面にはならなかったようだ。

 ほぼ全ての十刃から侮蔑されたクアルソだが、彼の興味は女性とどうすれば仲良くなれるか、早く破面になりたい、この二つで占められている。故に、別にこれくらいの侮蔑で怒りが湧く事もなかった。

 まあ、目的が果たせた後ならば数人ほど手合わせを願いたい者がいるな、とは感じていたが。

 

「バラガン。どうせなら彼が破面となる所を見ていかないかい? きっと面白い物が見られるよ」

「……ふん」

 

 いち早くクアルソから興味を失い、その場から退室しようとしたバラガンに向けて、藍染が言葉を放つ。

 それを素直に聞いてバラガンはその場に留まった。命令口調ではなかったが、藍染の言葉を無碍に扱えばどうなるか、バラガンは良く理解していた。藍染に下克上を企てている破面の筆頭として、まだ出る杭となる訳にはいかないのだ。

 

「さて、それでは始めるとしよう」

「よろしくお願いします藍染様!」

 

 ようやく、ようやく人間――に近しい見た目――の身体を手に入れる事が出来る。クアルソは逸る気持ちを抑えつつ、期待に溢れた声で藍染に破面化を頼み込む。

 そうして藍染はどこからか小さな黒い塊を取り出した。これこそ、破面化のキーとなっている崩玉である。

 崩玉は虚と死神の境界を操る――正確には違うのだが――という能力を持っている。それを利用し、虚の中にある境界を破壊し、虚に死神の力を手に入れさせるのだ。

 

 だが、崩玉は完全には覚醒していない状態にある。つまり現状のままでは崩玉は真の力を発揮出来ず、虚の破面化も完全とは言えない物になってしまう。

 当然そんな事は藍染も理解している。現状の崩玉の覚醒度は五割程度だ。完全覚醒状態の半分にしか満たない。だが、その崩玉と護廷十三隊隊長格に倍する霊圧を持つ者が一時的に融合すると、ほんの一瞬だが完全覚醒状態と同等の能力を発揮するようになる。

 そして、藍染惣右介は隊長格の倍以上の霊圧を持っている。つまり、崩玉は藍染の元でならば一瞬だが完全な力を発揮する事が出来るという訳だ。

 一瞬しか発揮出来なくとも、その一瞬で破面化は完了する。つまり何の問題もなくクアルソの破面化は終了する――はずだった。

 

「な、に――」

 

 藍染が崩玉と融合し、クアルソにその力を向けた瞬間、クアルソを覆った崩玉の力が消し飛んだ。

 破面化が終了した訳ではない。崩玉の力が消し飛んだ後に残されているのは、何の変化もないクアルソの姿だ。

 崩玉の力がクアルソに影響を与えようとした瞬間、その力が拒絶された。それは藍染をして予想だにしなかった結果でもある。

 

 ――これは……まさか、鏡花水月が意味をなさなかったのも――

 

 この結果から、藍染はクアルソの能力の一端を予測する。

 鏡花水月、閻魔蟋蟀、そして崩玉での破面化。その全てを無効化するなどまず不可能。だが、現実にそれは起こっている。ならば何かしらの原因があるはずだ。

 閻魔蟋蟀程度ならば藍染も無効化する事は可能だ。死神の戦いは霊圧の戦い。互いの霊圧に圧倒的な差があれば、相手の能力を無理矢理抑え込む事が出来る。そして、藍染ならば東仙に対してそれが可能だった。

 だが、それならばクアルソが鏡花水月はおろか、崩玉の力すら無効化した事は無理がある。クアルソの霊圧は藍染とほぼ互角。互角の霊圧同士でその能力を抑える事は不可能だ。ましてや崩玉の力を抑えるなど出来る訳がない。

 つまり、クアルソは自身に干渉する能力――ダメージを与える事は出来た事から、直接攻撃は除く――を無効化する能力を持っている、という推測を藍染は立てた。

 

 藍染がクアルソに対して更に興味を高めている中、当のクアルソ自身は絶望に苛まれていた。

 破面化し、人間に近しい肉体を手に入れ、そして童貞卒業の道を進む。破面化は童貞卒業の為の第一歩にして最重要課題、避けては通れない道なのだ。それを達成出来ると思った瞬間、まさかの霊力大消費である。

 全身を覆う倦怠感と共に、クアルソはその倦怠感の理由を理解した。そう、藍染の予測はほぼ正鵠を射ていた。クアルソは【ボス属性】と呼ばれる特殊な能力により、自身に干渉する直接攻撃系以外の能力を無効化してしまうのだ。それも自動でだ。

 代償として無効化した能力の効果に相応する霊力を消費するが。先程の倦怠感はその為である。流石は崩玉というべきか。その力を無効化した瞬間、クアルソの霊力は大量に消費されていた。

 

 だが、そんな倦怠感などどうでもいいと思えるくらいの絶望がクアルソを襲っていた。童貞卒業の為の第一歩を端から踏み外したのだ。絶望しない訳がなかった。

 クアルソは思考を巡らせる。どうすれば破面化出来るのか、と。ボス属性は能力を無効化する為に必要な霊力がなければ発動しない。ならば、何度も崩玉による破面化を藍染に行ってもらえば、いずれ霊力がなくなり破面化出来るのでは。

 だがこれには問題があった。この方法で霊力が枯渇した場合、一ヶ月間は霊力を使用出来ない状態に陥るという、ボス属性特有の大きなデメリットがあるのだ。

 恩はあるがまだ信頼出来ない藍染。寝首を掻く可能性が高い東仙。何を考えているのか解らない市丸。力こそ全てだと言わんばかりの多くの破面達。そんな中、大半の力が封じられた状態で一ヶ月間も生き延びられるだろうか? 厳しいと言わざるを得ないだろう。

 童貞を捨てたくとも、その為に命を捨ててしまっては意味がない。永劫の時の中、ようやく掴んだこの機会を無駄にする訳にはいかないのだ。

 

 何か他に方法があるはずだ。希望を繋ぐ為に藍染から情報を得ようとクアルソが口を開こうとした瞬間、先の嘲笑を上回る程の嘲笑が、室内に響き渡った。

 

「ははははは!! 所詮はただの虚か! 破面にすらなれないなんてな!」

「犬ころですらなれるってのにな! ゴミ以下だなおい!!」

「崩玉の力でも破面化しない……藍染様、そいつがいらなくなったら僕に頂けませんかね?」

「哀れ過ぎて声も掛けられないな」「本当ダネ」

「本当にくだらん。こんなものを見せたかったのかボス?」

 

 藍染の一押し――多くの者はそう思っている――の虚が、破面にすらなれなかった。それは十刃の多くを哂わせるには十分な出来事だった。

 何人かはその結果を訝しむ者もいるが、そこまでの知性派は少数だ。ちなみにハリベルは訝しみつつも若干クアルソを哀れんでいた。予期せぬ好感度回復である。まだマイナスの領域だが。

 

 未だに室内には嘲笑が響き渡っている。だが――それもすぐに収まった。

 

『ッ!?』

 

 突如として室内に莫大な霊圧が発生したのだ。質量を持っているかのようなその霊圧は、暴風のように吹き荒れて十刃――特に嘲笑していた者達――に叩き付けられた。

 全てを屈服させんばかりに放たれたその霊圧を感じ取った瞬間、十刃達の思った事は同じであった。

 

 ――こ、これは――

 ――ま、まるで――

 ――藍染様……!――

 

 そう、全ての破面を統べる王、藍染が放つものと同等クラスの霊圧。それを、ただの虚が放っていた。

 それを知った時の彼らの衝撃はどれ程のものか。破面どころか、大虚ですらない虚が自身を上回る霊圧を放っているのだ。これに衝撃を覚えない十刃はいなかった。

 

 だが、その霊圧もすぐに収まった。クアルソが霊圧を放った直後に冷静になり、元の霊圧に戻したのだ。

 プレッシャーから解放された十刃達は息を荒げ、信じ難いものを見る目でクアルソを凝視する。対するクアルソは若干自己嫌悪していた。あの程度の嘲笑で冷静さを失い、怒りを顕わにした事を恥じているのだ。

 数千年もの間転生を繰り返し、長きに渡り経験と研鑽を積んでいるというのに、あの程度で怒りに呑まれる等と言語道断だと落ち込むクアルソ。まあ、数千年ぶりの悲願が叶うかどうかの瀬戸際なのだ。周囲の野次に乗せられても情状酌量の余地はあるだろう。

 なお、色香には耐える事も出来ずに簡単に呑まれる模様。数千年越しの悲願が目の前まで来ているのだから、これにも情状酌量の余地はあるだろう……恐らく。

 

「……すまない。少し感情的になってしまった。藍染様も申し訳ありませんでした」

 

 クアルソは十刃と藍染に謝罪の言葉を放つ。それに対して藍染は愉しそうな笑みを浮かべながら返事をした。

 

「気にする事はないよ。彼らにもいい薬になっただろう。相手の力を知りもせずに侮るなどと、愚か極まる行為だ」

『……』

 

 藍染の言葉に十刃達は口を噤む。クアルソを嘲笑していた者達は歯噛みすらしていた。だが、そんな事は他所にクアルソは藍染に頼み事をする。

 

「藍染様。あなたはオレを誘った時、叡智を授けてくれると言いましたね。それを果たして頂きたい」

「もちろんだ。それで、どんな知識を望むのかな?」

「虚と死神、そして破面(アランカル)破面(アランカル)化の情報。これらを出来うる限りお願いします」

「ああ。今回の失態を詫びる意味も籠めて、迅速に関連する資料を君の部屋に送るとしよう」

 

 クアルソの願いである破面化を叶える事が出来なかった今、クアルソに恩を売る事も出来なくなった。

 しかも、崩玉を利用した破面化の際に、クアルソに埋め込む予定だった楔すら無効化されてしまった。これではクアルソに首輪を付ける事は不可能だ。

 故に、誠意ある対応を取る事でクアルソが暴走する可能性を少しでも減らす。それが藍染の判断だった。

 自身に匹敵する存在の暴走。計画が完了する間近のこの時期にそんな事が起こっては面倒なのだ。

 

 ――少し早めに崩玉を御さなければならないかもしれないな――

 

 藍染は内心で僅かな焦りを見せつつも、それをおくびにも出さずに笑顔でクアルソに応えていた。

 

 

 

 藍染の了承を聞いたクアルソは、礼を言いつつ自室へと帰って行った。藍染もまたクアルソに提供する情報を選定する為に研究室へと移動し、市丸と東仙もそれに倣い退室した。

 残されたのは十刃のみ。しばしの静寂の後、十刃の一人、グリムジョーが怒鳴り声を上げた。

 

「ふざけんな!!」

 

 グリムジョーは怒号と共に床を殴りつける。十刃に相応しい力で床は大きく陥没したが、誰もそれに気を止める事はなかった。誰もがそんな事を気にする余裕がなかったからだ。

 

「あれが、虚だと? そんな訳あるか! ただの虚が、あんな……!!」

 

 ただの虚があんな力を持っている訳がない。それはグリムジョーだけでなく、十刃全員の代弁でもあった。

 感情を持たないと言われているウルキオラですら、クアルソの力を信じ難く思っていた程だ。

 

「だが、あれ程の力があって何故破面化出来なかった……?」

 

 ハリベルが零した疑問は誰もが思っていた事だ。破面化が失敗した当初は哂っていた者達も、実際にそんな事が起こるとは思ってもいなかった。

 破面化を研究している初期段階ならば多くの失敗もあっただろうが、今の藍染が崩玉を用いてまで失敗する事など考えられない。

 つまり、何らかの要因が働き、その結果破面化は成らなかった。そしてその要因はクアルソにある。破面一の研究者であるザエルアポロはそう結論付ける。

 

「……ソソられるね」

 

 そう、研究対象として、クアルソはザエルアポロの好奇心を大きく刺激していた。

 虚にしては異常すぎる霊圧。崩玉の力すら無効化する何か。これで興味を覚えないザエルアポロではなかった。

 

 この二人以外にも、クアルソの存在は十刃達に多くの波紋を生み出し、各々は様々な思いを抱えて過ごすのであった。

 

 








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