どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第四話

 クアルソと十刃との対面から一週間の時が流れた。その間、クアルソは寝食を削って藍染から届けられた様々な資料を読みあさっていた。

 クアルソの破面化は叶わなかった。だが、それは崩玉を用いた破面化の話だ。それ以外で破面化する方法はないのか。それを知る為に、クアルソは己の種族である虚、相反する存在である死神、二つの境界線を崩した破面(アランカル)について詳しく知らなければならなかった。その為に、藍染から多くの資料を借りたのだ。

 必ず破面化する。そしてマイサンを取り戻す。それが、童貞卒業の第一歩なのだ。そう胸に誓い、クアルソはひたすらに資料を読み続けた。

 クアルソはまず虚と死神の基本的な情報を資料にて調べた。自分の種族である虚は当然熟知する必要があるし、虚と死神の境界線を取り除いた存在である破面(アランカル)に至るには、当然死神に関しても熟知する必要がある。

 虚の基本的な能力、種類、体組織、進化など、死神の基本的な能力、体組織、霊術、斬魄刀、社会構成に至るまで調べた。

 両者の基本的な情報を熟知した後、破面(アランカル)に関しての情報を漁る。虚と破面の違い、進化した事で得た斬魄刀。霊圧の変化及び増大など……そしてクアルソはある情報に目を付けた。それは自力での破面化を成功させた一人の破面(アランカル)の情報だ。第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。彼こそが、十刃(エスパーダ)で唯一自力で破面に至った存在であった。その情報に行き着いたクアルソは早速その足でスタークのいる宮へと向かった。

 

 

 

 道中何事もなく、クアルソはスタークの自室へと辿り着く。そしてノックを数回。中から話し声が聞こえ、それが怒鳴り声となり、そして誰かがドタドタと足音を立てながらドアを勢い良く開けた。

 

「はいはい! 何の御用ですか!」

 

 若干苛立ちを見せながら現れたのは一人の少女だ。見た目の年齢は十代手前から、多く見積もっても十代前半。顔立ちは良く、苛立った顔すら可愛いと言える少女であった。

 だが残念。クアルソの守備範囲には入ってはいなかった故に、クアルソの食指は動かなかった。いや、残念ではなく良かったと言うべきだろうか。

 

 ――もう十年くらい成長すればいい感じなんだけどなぁ――

 

 少女からすれば果てしなく失礼な事を思うクアルソ。まあ、破面(アランカル)の容姿や精神がどれ程成長するか分かったものではないのだが。

 

「あー、コヨーテ・スタークさんはいますか?」

「スタークね。いるよ。ほらみろスターク! やっぱりお前の客だったじゃないか!」

 

 どうやら先程の怒鳴り声は少女がスタークを怒鳴った声のようだ。恐らくスタークがノック音がしても動かなかった為に、少女が苛立ちながらも客であろうクアルソを迎えたのだろう。

 

「あー、めんどくせぇな……。眠ぃんだよ俺は……。あー、お前さんは……確かクアルソだったか? ……本当に面倒事じゃねーだろうな」

 

 気だるげな風に現れたのは一人の破面(アランカル)。その表情に覇気はなく、とても十刃最強とは思えない言動をしていた。

 だが、何気ない動きの中には無駄はなく、極々自然体で動き、何かあれば即座に行動できる気構えを内に秘めている。少なくともクアルソにはそう感じ取れた。

 

「それで、一体何の用だ? 厄介事はごめんだぜ?」

 

 自室で従属官(フラシオン)――十刃直属の配下――のリリネット・ジンジャーバックとのんびり寛いでいた所にまさかの珍客だ。

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の渦中の人物であるクアルソが自身の下へ訪ねてくるとは思ってもいなかったスタークは、面倒な事にならなきゃいいなぁと思いつつもクアルソを一応招き入れた。

 

「訊きたい事があるのですが。まず、あなたは藍染様の力ではなく、自力で破面化した。それに間違いはないですか?」

 

 クアルソの言葉にスタークは僅かに眦を動かし、そしてやや憂鬱そうにその問いに答えた。

 

「……間違いねぇよ。それがどうかしたのか?」

 

 その答えを聞いた瞬間、クアルソは地につける勢いで頭を下げ、そしてスタークに頼み込んだ。

 

「どうやって破面化したのか。是非とも教えてください……!」

 

 先駆者がいるならば、自力での破面化は不可能ではない。それが解っただけでも希望は潰えない。そして、その方法も知る事が出来ればより破面化に近付く事が出来る。

 その為ならば、頭の一つや二つ下げた所で痛くはない。スタークが望むならば土下座しても良いとさえクアルソは考えていた。

 

「……スターク」

「いい、リリネット」

 

 リリネットは不安げに、そして不満げにスタークの名を呼ぶ。だが、その不満はスタークに向けられたものではない。クアルソに向けられたものだ。

 それはクアルソも感じ取っていた。恐らく、スタークの破面化はスタークだけでなく、リリネットにとってもあまり話したい事ではないのだろう。

 だが、ここまで来て引き下がる事はクアルソには出来ず、ただ頭を下げる事で誠意を示すしかなかった。

 

「……はあ、頭を上げてくれ。そんなんじゃ話す事も出来ねぇよ。あと、畏まった話し方も止めてくれ。体が痒くなりそうだ」

「っ! ありがとう……!」

 

 スタークの言葉から話をしてくれるのだと理解して、クアルソは感謝の言葉を送り頭を上げる。そしてクアルソが頭を上げたのを見計らって、スタークは己の破面化について静かに語り出した。

 

 かつて(彼女)が虚であった頃、(彼女)最上級大虚(ヴァストローデ)として虚圏(ウェコムンド)を徘徊していた。

 その旅路は、孤独そのものであった。最上級大虚(ヴァストローデ)という最強の存在を旗印にしようと、(彼女)の下に集まってくる虚は多くいた。

 だが、誰も(彼女)の旅路に付いて来る事は出来なかった。その理由は、(彼女)が強すぎたからだ。

 

 (彼女)は強かった。最上級大虚(ヴァストローデ)故に強いのは当然だが、それを考慮に入れても強すぎた。

 身体から自然に放たれる霊圧は、ただそれだけで周囲の虚の魂を削り、そして死に追いやった。

 (彼女)がそうしたかった訳ではない。むしろ(彼女)は仲間を求めていた。孤独を恐れていた。だが、強すぎる力が、それを許さなかったのだ。

 だから、(彼女)は願った。独りは嫌だと、仲間が欲しいと。そして(彼女)は、己の魂を二つに分けた。そうして生まれたのが、コヨーテ・スタークとリリネット・ジンジャーバックである。

 

 そう、スタークとリリネットは二人で一人という、他に類を見ない破面(アランカル)なのである。

 強さを基準として今はスタークが十刃となり、リリネットがその従属官(フラシオン)を担っているが、元々はどちらが主体であったかは当人達にも不明らしい。

 

 そうしてスタークから全てを聞き終えたクアルソは静かに頭を下げた。

 

「話してくれてありがとう。そして、済まなかった。言い難い事を言わせたようだ……」

「気にすんな。今は仲間もいるしな。もう終わった過去さ。気にするなら俺の寛ぐ時間を減らした事を気にしてくれ」

 

 そう、どこかちゃらけるように言うスタークに、クアルソは好感を持つ。同時に、少女を従属官に選ぶロリコンと少しでも思ってしまった事を胸中で謝罪した。けして口には出さなかったが。

 

「それは悪かった。今度何か茶菓子でも持ってくるよ……ここって菓子とかあるのか?」

「ははっ! まあ外は砂と石英の木くらいしかない世界だからな。でも、一応現世の食い物とかもあるぜ。嗜好品に近いし、そこまで充実してないけどな」

 

 クアルソの疑問にスタークは当然だとばかりに笑う。そして虚夜宮(ラス・ノーチェス)での食事事情も説明してくれた。

 破面(アランカル)は虚と同じく主食は人間の魂魄なのだが、霊子濃度が濃い虚圏(ウェコムンド)では現世程に食事を必要とせず、現世の果実や食用霊蟲と呼ばれる物を食べる事で人間の魂魄を食べずとも生き繋ぐ事は可能らしい。

 

「……それって人間の魂を食べる必要ないんじゃないか?」

「まあ、そうだな。だが、虚の本能として人間の魂を食べたいって奴はそれなりにいるぜ」

 

 虚に関して調べたクアルソは、虚が人間の魂魄を主食としている事はもちろん理解している。自分がそんな存在になった事にはかなりの衝撃を受けたものだ。

 だがスタークの話を聞く限り、絶対に人間の魂魄を食べなければならないという訳でもないようだ。それに安堵し、他の虚や破面(アランカル)もそうすればいいのにとクアルソは思ったが、そう上手くは行かないようだ。

 破面(アランカル)となって理性を強く取り戻した者は多い。だが、それでも虚としての本能に引き摺られている者もまた多いのだ。破面(アランカル)に好戦的な者が多いのも同様の理由だ。

 クアルソやスタークのような、理性の方が本能よりも強い者は極一部であった。もっとも、クアルソは虚ではなく男としての本能に引き摺られているのだが。

 

「ここで他の虚や破面(アランカル)に関して話してもしょうがないな。色々と教えてもらって助かったよ。今度藍染様に頼んで食べ物貰ってくるよ」

「ま、期待しないで待ってるよ」

「あたしの分も忘れるなよ!」

「ああ、分かってるよ……えーと」

 

 リリネットの要求に当然だと答えるクアルソだったが、リリネットの名前をまだ知らない事を思い出して口淀む。

 それを理解したリリネットは自らの名をクアルソへと告げた。

 

「リリネット。リリネット・ジンジャーバック」

「オレはクアルソだ。よろしくリリネット」

 

 なお、流石のクアルソもリリネットの将来性を考慮してコツコツと好感度を上げる、という思考は持たなかった。スタークとリリネットの誕生秘話を聞いてそうしようと思うほど、クアルソも堕ちてはいなかった。リリネットがハリベル並の見た目だったならばその保証はなかったが。

 

 そうして互いに紹介を終えた後、クアルソはスタークに向けて言葉を放つ。

 

「そうそうスターク。オレは強いぞ。相当なものだと自負している。ま、最低でも十刃並にはあると思ってくれて構わないな」

 

 いきなりの言葉に、スタークもリリネットも呆気に取られる。そして、その言葉の遠まわしな意味に気付いた時、スタークは笑みを浮かべた。

 

「そっちの方は期待させてもらうさ」

「? どういう意味だよスターク?」

 

 クアルソの言葉の意味が理解出来なかったリリネットは不思議そうにスタークに問うが、スタークはクアルソと不敵に笑いあい、リリネットの問いに答える事はなかった。

 

「おいスターク!」

「その内解るさ。それじゃあなクアルソ」

「ああ。また来るよスターク。リリネットもまたな」

「うー! 何なんだよいったい!」

 

 見た目相応な態度で怒るリリネットを他所に、クアルソはそのまま二人の部屋から退室していった。

 

 

 

 クアルソが退室してしばらくして、ソファで横になったスタークがぽつりと言葉を零した。

 

「あの霊圧で十刃並、ね」

「ん?」

 

 その言葉を聞いたリリネットはしばし考え、そしてそれがクアルソが最後にスタークに告げた言葉の事だと思い出す。

 

「ああ、クアルソか。あいつやっぱ弱いんだなぁ」

「え? ……ああ、そういう事か」

 

 リリネットが何を言っているのか一瞬理解出来なかったスタークだが、すぐにリリネットの勘違いに気付く。

 そう、リリネットはスタークの言葉から、クアルソが弱いと勘違いしたのだ。クアルソは自身を十刃並と言い、それに対してスタークは“あの霊圧で十刃並、ね”と言った。リリネットはそこから、あの程度の霊圧で十刃並のつもりか、とスタークが零したと勘違いしたのだ。実際はその逆、十刃並で済ませられる霊圧か、とスタークはクアルソの底知れなさに呆れていたのだ。

 これはリリネットが勘違いするのも無理も無かった。クアルソが見た目強そうに見えないというのもあるが、そもそも十刃並に強い虚はいない。いればそいつが十刃に選ばれているだろう。故に、あれはクアルソのこちらに対する気遣いか、ただの強がりだと勘違いしてしまったのだ。

 

「まあ、弱くてももうあたし達の仲間なんだからな。お前がしっかり護れよ一番(プリメーラ)!」

 

 新たな仲間が、それも珍しく理知的な仲間が増えた事が嬉しいのか、リリネットは喜色満面でスタークにそう告げる。

 

「めんどくせぇ。むしろ俺が護ってほしいくらいだよ。いやマジで」

 

 が、返ってきた答えはリリネットには意味不明なものだった。その後、スタークの部屋からしばらくの間怒声が響いたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 スタークから話を聞いたクアルソは寄り道することなく、そのまま自室への帰路につく。早く帰って資料に目を通し、十分な知識を得て破面(アランカル)化の実験を行いたいのだ。

 満足の行く情報も得られ、欲望を叶える為に嬉々として自室に戻るクアルソの前に、一人の破面が姿を現した。

 

「あー、何の御用です? 出来れば手短に願いたいんだけど」

「どうやら忙しいようだね。だが、良ければ僕の為に僅かばかりの時間を割いて欲しいな。それが君の為にもなるよ、きっとね」

 

 早く破面化したいと急いているクアルソは、その破面に素っ気無い態度を取る。

 だが、彼――第8十刃ザエルアポロ・グランツ――は、そんなクアルソの態度を意にも介さず、クアルソの注意を惹く甘い言葉を紡ぎ出す。

 

破面(アランカル)化の研究は進んでいるかい? 良ければ僕が手伝ってあげようか? 僕も藍染様程じゃないが、それなりの研究者だと自負している。虚の破面化は研究議題の一つさ。いつまでも藍染様の手を煩わせる訳にはいかないしね」

 

 そう、クアルソの目的――正確には目的の為の手段――である破面化。その手伝いをすると申し出たのだ。

 クアルソが破面への進化に執着しているのは、あの顔合わせの時に起こった出来事を思えば明白だろう。

 それを利用しないザエルアポロではなかった。必要な餌が解れば後は餌を投げ入れるタイミングだ。今のクアルソは藍染から借りた資料によりある程度の知識を得ている。だが、ザエルアポロからすれば半端な知識を得た者程、騙す事は容易いものだ。

 

「崩玉を使わなくても破面化する事は不可能じゃあない。君ももう知っているかもしれないが、第1十刃のコヨーテ・スタークも独力での破面化を成し遂げたそうだ。他にも少ないがそう言った事例は存在する。まあ、大半は半端な破面モドキに終わったけどね。スタークは珍しい例さ」

 

 この言葉一つ一つがザエルアポロの罠だ。ザエルアポロはクアルソがスタークの宮から現れた事から、独力での破面化という情報を得た事を予測している。

 そして会話の中に他の事例もある、大半は破面モドキに終わった、スタークは珍しい例という、クアルソの興味を惹きつつも、不安を煽る言葉を連ねる。

 他にも事例があるならば、やはり自分も破面になれるかもしれない。でも、その大半は破面モドキで終わっている。どうしたらいい? このまま独力で破面化を進めていいんだろうか?

 そんな風に不安を煽っておき、ザエルアポロは次に甘言を吐く。

 

「まあ、僕の研究成果と藍染様の研究資料。この二つを合わせれば崩玉を用いない破面化の成功率も大幅に上昇するだろう。出来れば君の部屋にある研究資料を僕の宮に移し、君と共に破面化の研究を進めたいのだが……どうかな?」

「なるほど……そっちの旨みは藍染様の研究資料かな?」

「……ばれたか。ご明察。君は破面化が捗り、僕は資料が充実する。Win-Winって奴さ」

 

 クアルソの言葉にそう返しつつ、ザエルアポロは内心で哂いを堪えていた。

 そう、ザエルアポロは自身の狙いが藍染の研究資料にあると思わせるよう、言葉を選んでいた。

 クアルソに破面化の希望と不安をぶつけ、その上で破面化を手伝う旨を伝え、その理由が藍染の資料だと思えるような言葉を吐く。重要なのは、自分から研究資料が目的と言うのではなく、相手にそれを言わせる事だ。その方が真実味が増し、相手も自分から言い出した事なので疑い難くなるからだ。

 

 ザエルアポロの真の目的はもちろんクアルソそのものだ。完全覚醒状態の崩玉の力でも破面化出来ず、虚の身で藍染と見間違うばかりの霊圧を放つ。そんなクアルソを研究したいと思うのは一科学者として当然だろうと、少なくともザエルアポロはそう思っている。

 破面化を手伝うと言うのもまるっきり嘘という訳ではない。クアルソが破面となった時どうなるのか、興味がないと言えば嘘になる。それに、破面化の研究中に様々な仕掛けを埋め込む事が出来れば、クアルソが予想以上の化け物に進化したとしても、自らの手駒として利用出来るかもしれないという計算もあった。

 

「まあ、急に言われても戸惑うだろう。協力すると決めた時に僕の宮に来てくれればいいさ。それじゃあ、良い返事が来ると期待しているよ」

 

 そこまで言って、ザエルアポロはクアルソを横切って自分の宮へと帰ろうとし――クアルソの霊圧によって、膝を折った。

 

「な……あ……!?」

 

 急に膨れ上がったその圧力にザエルアポロが戸惑う中、クアルソはザエルアポロの周囲に目を向ける。

 

「ふむ。目に見えない程のなにか(・・・)……。小さな虫か、それとも微生物か。それをオレの中に潜り込ませようとしたか」

「――!?」

 

 言葉にはなってないが、その反応だけでザエルアポロが何かをしたというのは誰にでも理解出来るだろう。

 そう、ザエルアポロの真の目的はクアルソだったが、それと今回の勧誘の成功はイコールではない。この勧誘はあくまで切っ掛けだ。今回の勧誘自体が疑われても、それはそれで問題なかった。

 ザエルアポロはクアルソに自らが研究して造り出した小さな霊蟲を寄生させ、そこからクアルソの情報を収集しようと試みていたのだ。勧誘が疑われる事さえザエルアポロの予想の範疇だ。予想外だったのは、クアルソの感知能力の高さだった。

 

 ――ま、まさか……ミクロサイズの上、極少量の蟲だぞ……! それに気付いたというのか!!――

 

 ザエルアポロは驚愕しながら、クアルソについてまだ甘く見ていたと己の判断を恥じた。

 クアルソが藍染に匹敵する霊圧を持っている事は理解していた。だが、心のどこかで所詮は虚だと見下していたのだ。

 ザエルアポロにとって虚とは本能に支配された下賎な存在だ。かつてのザエルアポロはその本能を嫌い、自身を二つに割って戦闘能力や闘争本能を大幅に捨ててまで、理性と理知を手に入れた。

 そんなザエルアポロが、僅かな霊圧すら発さないミクロサイズの霊蟲を察知する恐るべき感知能力を虚が有していると、どうして予想出来ようか。

 

 クアルソから放たれた霊圧はザエルアポロの膝を屈するだけでなく、ミクロサイズの霊蟲の全てを圧し潰した。

 そして霊圧を抑え、圧力から解放されたザエルアポロに向かってクアルソは言った。

 

「オレを騙すなり担ぐなりしたいなら、せめて藍染様と同等レベルのカリスマを身に付けてからにした方がいいよ。今のお前じゃあ胡散臭すぎて騙されてもやれん」

「ッ!!」

 

 それはザエルアポロへの挑発として非常に効果的な言葉だった。だが、それに対してザエルアポロが出来た事は自らの宮へと逃げ帰るだけだ。

 戦った所で勝ち目はない。情報を得ようにも、その手段は潰されたばかりだ。今は手の出しようがなく、ザエルアポロはすごすごと引き下がることしか出来なかった。

 

 そうしてザエルアポロが去った後、クアルソはポツリと言葉を漏らす。

 

「……破面モドキって何だよ……もっと資料読みあさらなくちゃ……」

 

 どうやらザエルアポロの言葉はクアルソの不安をしっかり煽れていたようだ。不完全な破面に進化してしまい、人間とは思えない外見になる訳にはいかないクアルソとしては、破面モドキの情報は十分なプレッシャーになったようである。

 

 

 

 

 

 

 スタークとザエルアポロとの対面から更に一週間。クアルソは藍染から頂いた資料全てに目を通し、そして虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外に出た。

 クアルソが破面(アランカル)に進化するには、独力での進化以外は現状難しいと言える。霊力枯渇の危険性を無視して藍染の手で破面(アランカル)化するのは最終手段とクアルソは決めていた。

 スタークから得た情報により自力での破面(アランカル)化が可能と知ったクアルソは、進化の前にまず自身について深く知る事が大事だと判断した。今の自分を知らずに、新たな自分に進化することなど出来る訳がない。そう思ったのだ。決して失敗が怖かったわけではない。決して。

 

 知識としてならば、虚も、死神も、破面(アランカル)も、破面(アランカル)化についても調べ尽くした。藍染が渡した資料に抜かりがなければだが。ともかく、後は実践にて自身に出来る事、出来ない事を確認するだけだ。

 

 そう思い至ったクアルソは、早速虚夜宮(ラス・ノーチェス)の天蓋の下で実践を行おうと藍染に許可を得ようとした。だが、返ってきた答えは――

 

「残念だが、許可を出す事は出来ない」

 

 という、否定の言葉だった。だが、これは難癖なのではなく、至極真っ当な理由があっての事だ。

 十刃(エスパーダ)の中でも、第4以上の十刃は天蓋の下での帰刃(レスレクシオン)――破面の真の力の解放――を禁止されている。同様に、王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)と呼ばれる、十刃が放つ最強の虚閃(セロ)の使用もだ。

 どちらも強すぎる故に、虚夜宮(ラス・ノーチェス)そのものを破壊しかねない恐れがある為に禁止されているのだ。そして、それと同じ事がクアルソにも言えた。

 

 クアルソが己を知る為には、どうしても全力で力を解放する必要がある。自身の限界も知らず、己を知ったとどうして言えようか。

 だが、クアルソの力は第4十刃(エスパーダ)以上どころか、破面を統べる王である藍染にすら匹敵するのだ。それが全力解放して、虚夜宮(ラス・ノーチェス)が破壊されない訳がない。

 そういった理由で、クアルソの虚夜宮(ラス・ノーチェス)内での全力解放は禁じられた。理由が理由だけに断る事も出来ず、クアルソは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外へと赴いた訳だ。

 

 

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)から遠く離れた地にて、クアルソは様々な実験をしていた。

 知識として得た情報の一つ一つを確かめ、虚として基本的な能力は自分も有しているのか、破面に出来る事は自分にも出来るのか、全力で霊圧を放てばどうなるのか等と、考え付く限りの事を調べていた。

 

虚閃(セロ)

 

 クアルソが言葉と共に掌から虚閃(セロ)を放つ。霊圧を収束させて放たれる破壊の閃光は、虚圏(ウェコムンド)の砂漠を吹き飛ばしながら直進する。

 そして次に、クアルソは無言にて虚閃(セロ)を放つ。二発目の虚閃(セロ)もまた、一発目同様に一筋の閃光となって遥か彼方に直進していった。だが、その二つには大きな違いがあった。

 

「……弱いな」

 

 そう、一発目よりも、二発目の方が威力が弱いのだ。籠めた霊圧を弱めたつもりはクアルソにはない。だが、結果として威力は変わっている。

 二つの虚閃(セロ)の違い。それは虚閃(セロ)を放つ時にその名を発したか発しなかったか、だ。

 言葉には、あらゆる存在・事象の名前には力が宿っていると言われている。技の名を発するか発しないか、それだけで威力に差が出るのはその為だろう。

 死神が扱う鬼道がいい例だろうか。正式な詠唱を唱えた時と、詠唱を破棄した時ではその威力に大きな差が出る。これも同様の理由だろう。

 

 二つの虚閃(セロ)の違いを確認したクアルソは、次の実験を開始する。

 

虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)虚閃(セロ)――」

 

 虚閃(セロ)の連続使用だ。これは何発連続で虚閃(セロ)を放てるか、という実験ではない。

 何十発かの虚閃(セロ)を名称付きで放った後、クアルソは次に名称無しで虚閃(セロ)を連続使用した。

 そして、同じく数十発の虚閃(セロ)を放ち、そこで実験結果を確認し終える。

 

「発動速度は無言の方が早いか」

 

 そう、先程のは虚閃(セロ)の発動速度の実験だ。技の名を発するという事は、それだけで発動までに大きなロスを発生させるという事だ。当然、名を発しない方が発動速度は上がる事になる。

 威力は名称付きが、発生速度は名称無しが上。ならば状況に応じて使い分けるしかないのか――と、考えるのは修行不足の言い訳である。

 

「技名無しでも有りと同じくらいの威力を出せばいいじゃない」

 

 つまり、そういう事である。言葉に力があるというのは、言うなれば力を使うのに言葉の力――言霊とでも言うべきだろうか――を借りているという事だ。それはクアルソからすれば自転車に乗る為に補助輪を使用しているに等しかった。

 補助輪がなくても、慣れれば人は自転車に乗れるようになる。つまり、慣れれば無音声でも音声付きと同様の力を発揮する事が出来るはずだ。

 そう結論付けたクアルソは、無音声での虚閃(セロ)の鍛錬は一先ず置いておき、次の実験に移る事にした。

 

 先程クアルソは掌に霊圧を集中させて虚閃(セロ)を放った。多くの虚や破面(アランカル)も、手や口から虚閃(セロ)を放っている。

 だが、それはそれ以外の場所から虚閃(セロ)を放つ事は出来ないという訳ではない。手から放てるならば、口から放てるならば、足だろうが胴体だろうが目からだろうが放てても何らおかしくは無いだろう。実際に手や口以外から虚閃(セロ)を放つ破面(アランカル)も存在している。

 前世の経験から力の操作や技術には自信があるクアルソは、練習すれば問題なく身体のどこからでも虚閃(セロ)を放てるだろうと確信していた。

 

 そうしてクアルソは、全身の至る箇所から虚閃(セロ)を放ってみた。

 結果は成功。霊力や霊圧も、今までの人生で培ってきた技術で問題なく扱えるようだ。これで戦術の幅も増えるとクアルソは笑みを浮かべる。

 

 ――待て待て。今は戦闘力の増加を喜ぶよりも破面化してマイサンを取り戻すのが先決だろ――

 

 いつもの修行脳に毒されていた事に気付いたクアルソは、これは自身の限界を知る為の実験だと修行脳を振り払う。まあ、己の限界を知る事は結果として修行の一助となっているのだが。

 

 

 

 クアルソはその後も様々な実験を行った。限界を超える勢いで行われたその実験により、クアルソは自身の能力を把握する事が出来た。

 そして今、クアルソは瞑想にて己の中に没頭していた。破面化とは、虚と死神の境界線を破壊する事で、虚が死神の力を手にする事を指す。その境界線をクアルソは探しているのだ。

 自力での破面化が少ない例とはいえ実証されているならば、境界線は己の内にあるはず。そして、己を知り、強い願い――欲望だが――を持つ今の自分ならば、必ずや破面化する事が出来るとクアルソは信じていた。信じる者は救われるのだ。ただし効果には個人差があるが。

 

 そうしてクアルソが自身の内に没頭してどれだけの時間が過ぎたか。

 己の内にある力の源。それが塞き止められているのをクアルソは感じた。そして、それこそが虚と死神の境界線だと悟る。その境界線の向こう側からは凄まじい圧迫感が伝わっていた。

 これを破壊すれば。そう思ったクアルソは、境界線に触れた。その瞬間、今まで力を塞き止めていた境界線は硝子のように砕け散った。

 

 虚と死神の力。その二つの融合。それは、死神として強さの限界に達した藍染が、更なる領域に至る為に研究したもの。

 死神が虚化することで魂魄の限界強度を引き上げる。それは、虚の死神化でも同じ事が言える。逆に言えば、虚にも死神と同じく、魂魄の限界強度があったのだ。

 そしてクアルソの力は、その限界強度に到達してなお、さらに多くの力が潜在されていた。虚としてのクアルソでは真の力の一端しか発揮出来ないのだ。

 

 虚と死神の境界線を圧迫していたのは、クアルソが多くの前世から溜め込んできた力の塊だったのだ。

 そして、クアルソが破面化を意識して境界線に触れた事で、内と外から攻められた境界線は一瞬で砕け散った。

 すなわち、クアルソの破面化が成ったのである。

 

 クアルソが破面化した瞬間、今まで塞き止められてきた力が歓喜したかの如く周囲に吹き荒れた。

 放出された霊圧はそれだけで破壊を生み、周囲の砂や石木を消し飛ばしていく。そして、それだけの霊圧であるというのに、クアルソの霊圧を感じ取れた者は誰もいなかった。

 クアルソの霊圧を感じ取る力の持ち主が遠すぎた、という理由もある。だが、クアルソの霊圧が届く範囲に居た虚すら、それに気付く事はなかった。

 その理由は、両者の霊圧に大きな隔たりが有ったからだ。有り過ぎたとも言うべきだろう。二次元が三次元に干渉出来ないように、次元が違い過ぎる為に霊圧を感知する事が出来ないのだ。クアルソの霊圧を感じ取れる距離に居る者は、霊圧の代わりに正体の解らない魂を圧迫するような恐ろしいプレッシャーを感じた事だろう。

 

 それほどの霊圧を放ったクアルソは、しかしそんな事は一切頭に入っていなかった。霊圧が爆発的に上昇した事など、気にも留まらなかったのだ。

 クアルソの外見は破面(アランカル)化により変化していた。硬質な外皮は外見だけは人間の皮膚に近付き、仮面は破面の名の如く砕け、クアルソ自身はまだ見る事は出来ないが人の顔が現れていた。

 そして、破面(アランカル)の虚としての力の本質が変化し斬魄刀として形を成す。そういった変化さえも、クアルソの気には留まらなかった。

 クアルソの心を占めていたモノはたった一つ。己の股間に生えている、男の象徴。そう――

 

「Oh……My Son……」

 

 もう1本の斬魄刀――比喩表現――であった。

 

 

 

「…………………………」

 

 クアルソは、じっと己の斬魄刀(息子)を眺める。眺め続けた。無言で、ずっと、ずっとだ。

 どれだけの時間が過ぎたか。もしかしたら、数日も眺めていたかもしれない。それほどに、ずっとクアルソは斬魄刀(息子)を眺めていた。そして――

 

「ううっ……!」

 

 泣いた。

 

「うおおあぁ……ふぐぅっ……うぅ、うおあぁ、ひっぐ、うぐぁぁ……!」

 

 誰に憚られる事無く、クアルソは泣いた。大の男が、いや、男だからこそ、クアルソは泣いた。

 泣いて、泣いて、斬魄刀(息子)を見て、また泣いて、泣きじゃくった。

 クアルソが息子を失い、どれだけの年月が流れたか。転生道中、男ではなく雄としての象徴を得た事はあるが、あれは息子とは呼べない別のナニカだ。使う事もなかったし。

 苦節数千年。クアルソは、遂に己の息子を取り戻したのだ。これで嗚咽を我慢する事はクアルソには出来なかった。

 

「うう……これで……これで……」

 

 乾いた砂が湿る程に涙を流し、クアルソは希望を持って叫ぶ。

 

「これでハリベルさんと……!」

 

 だが残念。それには好感度が足らないようだ。出会ってからまともに会話もしていない女性と付き合える訳がない。だが、そんな当たり前の事にも気付けない程、クアルソは歓喜していた。

 ようやく、ようやくスタート地点に立てたのだ。参加すら出来なかった今までとは雲泥の差だろう。今のクアルソの喜びは如何程か。

 

「ハリベルさん、待ってて下さい! 今あなたのクアルソが行きます!!」

 

 勝手な妄想を押し付けて、クアルソは虚夜宮(ラス・ノーチェス)に向けて爆走する。……全裸で。

 

 




 技の名を発すると威力が高まるというのは独自解釈です。実際にそうなのかは不明です。ブリーチで良く攻撃時に技名を叫ぶオサレさに理由を付けてみました。
 月牙天衝も名前を知ると知らないでは威力が変わるとか言ってたし、和尚も名には力があるとか言ってたし、あながち間違いではないのかなぁと思っています。

 クアルソ「ねんがんの むすこを とりもどしたぞ!」


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