どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第五話

 (きた)る計画成就の為の新たな一手を打つタイミングを計っていた藍染は、部下から妙な報告を受け取っていた。

 

「何だって?」

「は……その……あの虚が……クアルソ・ソーンブラが、虚夜宮(ラス・ノーチェス)門前にて衣服を用意してほしいと訴えているそうです」

 

 部下からの報告は以上だ。衣服程度の要求など、藍染にわざわざ告げる必要があるとは思えない。だが、クアルソに関する出来事は全て報告するように藍染は部下に命じていた。故に、この部下はそれを忠実に守っただけだ。

 報告は、確かに普通に考えると妙だ。虚が衣服を欲しがる事はないだろう。だが、藍染は虚が破面(アランカル)化した際に、見た目が人間――死神――に近付く為に衣服を必要とするようになる事を理解していた。

 そこまで考えて、藍染は部下の報告におかしな点がある事に気付いた。

 

「虚? 彼は破面(アランカル)化に失敗したのか?」

 

 そう、部下はクアルソを虚と言ったのだ。破面(アランカル)化したならば、破面(アランカル)と言うだろう。そうでないという事は、クアルソは破面(アランカル)になる事は出来なかったのだろうか。

 藍染のその疑問は、次の部下の言葉によって今この時は謎のままに終わった。

 

「いえ、その……クアルソ・ソーンブラの姿は目視出来ない状況にありまして……こう、霊圧の膜、いえ、渦のような物で覆われているみたいでして……」

「ふむ……興味深いな。いいだろう、私が行くとしよう」

「は!? いえ、御自らが出向かれる程の事では!」

 

 藍染自らが出向くという話に部下はうろたえる。だが、藍染の冷酷な瞳に見つめられ、すぐにその発言を撤回した。

 

「も、申し訳ありません! 出過ぎた事を……!」

「下がって構わないよ」

 

 平伏する部下に一言だけ呟き、藍染はその場から離れる。どうでもいい存在などよりも、クアルソの変化を確認する方が先決だからだ。

 藍染は破面(アランカル)達に与えている、死神のそれと相反する白い死覇装(しはくしょう)――死神が身に纏っている黒い袴――を用意し、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の門前へと移動する。

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)は広大で、藍染の居る現在地から門前まで移動するとなると、徒歩だと一日以上を必要とする。だが、藍染は虚夜宮(ラス・ノーチェス)の仕掛けを起動させ、門前に繋がる孔を作り出し、その孔を(くぐ)った。

 そして藍染が辿り着いた場所は、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の門前手前の通路であった。このような様々な仕掛けは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の何処かしこに仕掛けられている。なお、今回藍染が使用した仕掛けを利用出来るのは藍染のみである。

 

 藍染はゆっくりとした足取りで、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の巨大な門へと近付いていく。そして、門前にて球状の霊圧に覆われた何かを視認した。

 

 ――成程。全身から霊圧を放出し、それを高速回転させて球状の膜を作り出しているのか。器用な事だ――

 

 藍染はクアルソを覆う球状の膜の正体を一目で見抜いた。藍染の観察眼の高さは類を見ないだろう。果たして彼に短所というものはあるのだろうか。

 この膜から感じられる霊圧は虚と破面との差があるが、クアルソのそれに近しい。この中にクアルソが居る事はまず間違いないだろう。そして同時に破面(アランカル)には成れたようだと藍染は頷く。

 クアルソの存在を確信した藍染は、クアルソに向けて声を掛ける。

 

「やあ、久しぶりだねクアルソ。どうやら妙な事になっているようだが、無事破面(アランカル)にはなれたようだね」

「藍染様! いきなりですがお願いが――」

「――ああ、安心し給え。衣服は用意してあるよ」

 

 そこから先の言葉を遮り、藍染はクアルソの傍にあった石英の木に死覇装を掛ける。

 

「私が居ては気も(そぞ)ろになるだろう。少し離れているから、そこの陰で着用するといい」

「ありがとうございます藍染様!!」

 

 何て気が利く上司だろうか。クアルソはそう感謝しつつ、藍染が離れた気配を感じた瞬間に霊圧の渦を解除し、そして響転(ソニード)を使用して誰の目にも止まらぬ速さで死覇装を引っ掴み、門の陰へと移動した。

 しばらくして、死覇装を着込んだクアルソが門を通って虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中へと入ってくる。

 

「いやー、助かったよ藍染様。破面(アランカル)化したのはいいけど、裸になる事をすっかり忘れてまして。手間掛けさせて申し訳ないです」

 

 そう言いつつ、クアルソは頭を掻きながら面目なさそうに謝罪する。藍染から受け取った資料には、しっかりと破面(アランカル)化した際の変化は記載されていたし、それはクアルソも読んでいた。

 だが、破面(アランカル)化する事ばかりに注意が向いていた為に、その事が頭からすっかり抜け落ちていたのだ。

 ハリベルを求めて爆走していたクアルソが、虚夜宮(ラス・ノーチェス)に突入する前にその事に気付いたのは不幸中の幸いだと言えよう。もしそのまま突入していたら全裸で虚夜宮(ラス・ノーチェス)を爆走した変態という、不名誉極まりない称号を会得していただろうし、もちろんハリベルの好感度はマッハで下がっていた事だろう。

 

 霊圧の渦は視界を塞ぎ、裸体を隠す為に使用していたのは言うまでもない。高等な技術をしょうもない事に使う所は成長しないのかもしれない。

 

「構わないよ。部下の為に動くのも上司の務めさ。それよりも、見事な破面(アランカル)に成ったものだ」

 

 藍染は心にも思っていない事を言いつつ、破面(アランカル)化したクアルソを一目見て気になっていた感想を口にする。

 藍染の言う見事な破面(アランカル)。その意味は、クアルソの仮面にあった。

 

 通常破面(アランカル)には、虚であった証か大なり小なり仮面の名残がある。

 破面(アランカル)として完成された者ほど仮面の名残は少なく、その逆は当然多くの仮面が残されている。つまり、仮面が多く残っている者は、破面という名に相応しくない出来そこないという訳だ。藍染の見解だが。

 十刃(エスパーダ)ともなると大半の者は仮面の名残が少なく、より人間に、死神に近しい外見に近付いている。

 そして、クアルソの仮面は――

 

「仮面の名残がここまで少ないとは……」

 

 そう、クアルソには仮面の名残が殆どなかったのだ。今のクアルソを外見だけで破面(アランカル)と判断するには、胸元の孔を見なければまず無理だろう。それほどまでにクアルソに仮面の名残は残されていなかった。注視して初めて気付ける程だ。流石に虚の証である孔までは消えなかったようだが。

 その孔も死覇装により隠されている。つまり、今のクアルソは外見だけで言えば破面(アランカル)よりも死神に近いと言えた。

 虚が死神の力を手に入れた存在が破面(アランカル)だ。そして、外見が死神に近付けば近付く程、破面(アランカル)として完成されていると言える。

 つまり、今のクアルソは破面(アランカル)として今までの誰よりも完全に近しい存在だという事になる。そう思い至った時、藍染は歓喜した。表面にその態度を出してはいなかったが。

 

 クアルソを研究すればどれだけの情報が手に入るか。調べたい。だが、そう簡単にはいかないと藍染も理解している。

 恐らく、今のクアルソは自身以上の力を身に付けただろうと藍染は予測している。虚であった時に既に互角だったのだ。完全な破面(アランカル)に進化したとなれば、その力はどれ程上がったか。

 藍染がそれを想像するだけで愉悦する程の力だ。今の藍染はクアルソを調べ尽くしたい好奇心と、それを抑える氷の精神力がせめぎあっていた。もちろん、氷の精神力の圧勝ではあったが。

 

 ――あー、なんか実験したそうな感じだわ。勘弁――

 

 もっとも、経験豊富なクアルソは藍染の心の反応を見抜いていたが。多くの経験の中、こういった視線を向けられた事は一度や二度どころか、全身の指の数では足らない程であった。

 まあ、藍染も普段はクアルソにすら読ませにくい程に心情を顔や霊圧には出さないのだが、今回ばかりは好奇心が僅かに漏れてしまったようだ。

 

 藍染の好奇心が漏れるのも無理はない。虚は、無数の虚が喰らいあって生まれる最下級大虚(ギリアン)、無数の最下級大虚(ギリアン)が喰らいあって進化する中級大虚(アジューカス)中級大虚(アジューカス)が無数の中級大虚(アジューカス)を喰らう果てに進化する最上級大虚(ヴァストローデ)と、進化する事で強くなる。

 だが、そんな進化を嘲笑うかのように、ただの虚が完全な破面(アランカル)へと進化した。最上級大虚(ヴァストローデ)ですら成し遂げられない事をやってのけたのだ。

 これに関して藍染は思考を巡らせる。大虚(メノス)の進化は進化ではなく、ただの変化なのではないのだろうか、と。虚と相反する存在である死神が、進化ではなく成長にて最上級大虚(ヴァストローデ)と渡り合える隊長格に至れるように、虚もまた成長するだけで最上級大虚(ヴァストローデ)を上回れるのではないか?

 もちろん個体差はあるだろう。死神にも隊長格に至れる才能の持ち主と、何百年努力してもそこに至れない才能の持ち主がいる。それと同様に、虚も大虚(メノス)から更なる変化をせずとも、才能さえあればより強く成長出来るのでは。

 

 これらの研究や調査をするには実例や研究資料が足りないし、今はクアルソに集中すべきかと、藍染は思考を切り替えてクアルソに意識を向ける。なお、ここまでの思考に要した時間は0.2秒である。

 

「ふむ。斬魄刀は平均的なサイズだね」

 

 クアルソの腰に差してある斬魄刀を見て藍染が言う。

 他の破面(アランカル)と比べて、斬魄刀に関しては特に差はないようだ。もちろん外見上の話であり、中身はどうか解らないが。

 

「マジでか。平均よりは大きいと思ってたのに……てーか、服着てるとこ見たんですか?」

「何を言っているんだい君は? あと、何も見ていないから安心し給え」

 

 藍染の言葉に、クアルソは己の股間を見ながら悲しそうに反応する。

 一体何を斬魄刀だと思っているのだろうか。ナニを斬魄刀とほざくとは流石の藍染も予想の範疇になかったようだ。

 

「そっか……ところで通常時約9cmは小さくないよね?」

「さて? 私にはよく解らない事だ。ただ、とあるリサーチでは護廷十三隊平均サイズは通常時8.6cm、最大時14.5cmらしいよ。全隊士での平均ではないし、私には何の事だがよく解らないがね」

 

 藍染の呟きを聞き、クアルソは平均より少しだけ大きい事を喜ぶべきか、平均サイズとさして変わらない事を悲しむべきか悩む。

 そんな悲しいくらい矮小な葛藤をするクアルソに対し、藍染はその心を圧し折る言葉を放った。

 

「それと私にはよく解らないのだが、私はその平均サイズの四割り増しだ。いや、何の事だかよく解らないのだが、ね」

「なん……だと……!?」

 

 ――四割増し? い、1,4倍? つまり、最大時は20センチを超える……?――

 

 クアルソは震えた。産まれたての小鹿の如く、プルプルと震えた。膝はがくがくと笑い、立つ事もやっとの様子だ。

 

「こ、これが……高みなのか……!?」

「そうだ。私の立つ場所こそが、天だ」

「て、天……!」

 

 何という高み、何という重み。この男には……勝てない。

 クアルソは藍染に強い敗北感を覚え、そしていつか必ず自分も……と、更なる飛躍を誓った。

 

 

 

 

 

「さて、三文芝居も終わった所で、改めて君を十刃(エスパーダ)に紹介するとしよう」

「ういっす。ようやくハリベルさんと……!」

 

 悪乗りした藍染も乗せたクアルソも満足したのか、藍染は本来の話を切り出し、クアルソもまた破面(アランカル)化した状態でハリベルと会える事を喜んだ。

 

「ふむ。些細な疑問だが、君はハリベルのような女性が好みなのか? それとも、ハリベルが好みなのかな?」

 

 些細な疑問と言うが、藍染にとっては実は重要な疑問だった。この答え如何によっては計画が若干変更する可能性もあった。

 

「もちろん、美女なら誰でも……と言いたい所だけど、真面目な話をするなら、趣味や話が合う女性がいいな。ハリベルさんとはまだそういった話すら出来ない状況だったし、これから色々話してみて、互いに解りあって行きたい所ですね。付き合う、付き合わないに関わらずね。もちろん付き合いたいけど。付き合いたいけど!」

「そうか。上手く行くように祈っておくよ」

 

 欲望だけで動くタイプともまた違う。動かしやすいのか、動かしにくいのか判断に困るが、これならば一先ずの時間は稼げるだろうと藍染は思案する。

 

 

 

 

 

 

 

 クアルソの破面化。その情報は僅かな時間で虚夜宮(ラス・ノーチェス)内に浸透した。十刃の誰もがクアルソに何らかの興味を抱いていた故に、クアルソに関する情報は浸透しやすかったのだ。

 そして再び十刃達が集められる。目的はもちろん破面(アランカル)化したクアルソの面通しだ。全ての十刃が一室に集まるその様は、虚であったクアルソの面通しの焼き回しのようであった。

 いや、一部だけ前回とは違う点があった。それは人数だ。今回は十刃の10人だけでなく、もう一人追加された11人が集まっていたのだ。

 新たに加わった者。それもまた十刃の一人であった。ならば十刃が11人居るという事になるのだが、そうではない。

 

「もうすぐ噂の彼が見られるのか。楽しみだねー。ね、“元”6番さん?」

 

 明らかな厭味を含めたその言葉を放った少年の名はルピ・アンテノール。その言葉はグリムジョー・ジャガージャックという破面に対して向けられていた。

 元6番。その言葉の通り、グリムジョーは少し前までは第6十刃の座についていた。以前のクアルソと十刃の顔合わせの時には彼が第6十刃として紹介されていた。

 だが、クアルソが破面(アランカル)になる為に悪戦苦闘している間にある独断行動を行った為、その罪を東仙に罰せられ片腕を失い、十刃として相応しくないと看做されてその称号を剥奪されたのだ。

 そしてグリムジョーの後釜となったのがルピだ。それ故か、彼は事あるごとにグリムジョーに対して挑発めいた態度を取っていた。格下と見た相手に対しては強く出る性格のようだ。

 余談だが、グリムジョーのような元十刃は十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)と呼称――十刃落ちにとっては蔑称に等しい――され、3桁の数字を与えられる。グリムジョーはまだ新たな数字を与えられていないが。

 

「……」

 

 ルピの挑発に対し、グリムジョーは不機嫌そうな表情を変化させずに無視を決め込んだ。

 反応した所で相手を喜ばせるだけだと理解しているからだ。そして、怒りに任せて暴れてしまえば更に罰せられる事もだ。

 腕と力を取り戻しさえすれば、それが十刃に返り咲くに足る理由となり堂々とルピを殺すのだが、そうでない現状でルピを殺しでもすれば、藍染の怒りを買う恐れは高いだろう。

 まあ、藍染は破面同士での諍いを対面上咎めてはいるが、実際は影で行われている諍いに関して何も口出ししていなかったりする。

 破面同士で諍いを起こした者達は、果たして藍染がそれに気付いていないと本気で思っているかどうか。それは当人達と藍染にしか判らない事だった。

 

 ともかく、グリムジョーはこれ以上藍染の不興を買う訳には行かなかった。

 現世にて自身を傷つけた因縁の死神。その死神を殺すまではこれ以上の罰を受ける訳には行かないのだ。

 己をナメた眼で見る者は一人残らず叩き潰す。そう、人間だろうが、死神だろうが、破面だろうが、だ。そう心に誓い、グリムジョーは今は雌伏するのであった。

 

 グリムジョーとルピが剣呑な空気を作り出している中、スタークはクアルソの破面化を素直に喜んでいた。

 

 ――あいつ、破面化出来たのか――

 

 奇妙な虚だったが、他の破面や虚と比べると人間味に溢れるクアルソはスタークにとって非常に好ましい仲間であった。

 他の破面は誰も彼も第1の番号を与えられたスタークを畏怖し敬い、十刃達は好戦的で面倒な奴が多い。それに対してクアルソは面倒なく接する事が出来る気の置けない存在と言えた。そんなクアルソが念願の破面化を成し遂げたのだ。スタークも祝いの言葉の一つくらいやろうかという気にはなっていた。

 

 ――てーか、あいつまだ約束の食いもん持って来てねぇな――

 

 スタークは短い時間しか接していないクアルソに対してそう思う事に苦笑しつつ、クアルソが約束の食べ物を持って来ていない事を思い出す。

 クアルソがスタークの宮を訪れてからかなりの日数が経っている。リリネットも憤慨していた事を思い出して苦笑しつつ、スタークはやっぱり不満をぶつけてやろうと思い直した。

 

 一方、男のスタークよりもクアルソに対する好感度が圧倒的に低いハリベルだが、彼女は彼女でクアルソの事を多少見直していた。

 

 ――ただ強いだけの下衆ではないな――

 

 どのような要因があったかは解らないが、崩玉による破面化がならずとも絶望せず、独力で破面化に至るその努力は、戦士として努力を惜しまないハリベルにとって好ましいと言えた。

 まさかのハリベルの好感度上昇である。それでもスタークの好感度の方が高いのだが。数値にすると数十倍は違う。スタークが高いと見るか、ハリベルが低いと見るか。それは誰にも解らないが、少なくともマイナスからは脱したようだ。何せマイナスを数倍した所で、負の数値が増えるだけなので。

 なお、破面化に至る努力の要因を知れば好感度は再びマイナスの領域に突入する模様。

 

 

 

 とまあ、十刃達が様々な思いを抱えて待っていると、ようやく藍染が待ち人であるクアルソを引き連れてやって来た。当然、東仙と市丸も一緒にだ。

 

「やあ、待たせたね諸君。早速だが、皆も気になっているだろう新たな同胞を紹介しよう」

 

 藍染のその言葉と共に、破面となったクアルソが一歩前に踏み出し、そして改めて十刃達に自己紹介を果たす。

 

「改めて、クアルソ・ソーンブラです。よろしく。特にハリベルさん!」

 

 ――ああ、やっぱり下衆か――

 

 ほぼ全ての十刃の意見が一致した。ハリベルの好感度は下がった。努力の要因がどうとか以前に、またもマイナスの領域だ。

 

 それはさておき。十刃達は改めてクアルソを見やる。まず大半の十刃が思った事が、普通、という言葉だった。

 クアルソの容姿に特筆すべき箇所はない。身長は約170cm程、引き締まっている身体だが、それは大半の破面も同様だ。そして、その容貌もまた形容しがたかった。

 けして二枚目ではなく、かと言って不細工でもなく、ワイルドと言える容貌でもなく、爬虫類のようだとか、豚のようだとか形容に値する容貌でもない。まさに普通と言える容貌であった。

 

 だが、クアルソはそれで良かった。普通でいいのだ。普通、素晴らしい言葉じゃないか。その普通を手に入れるのに、どれだけの人が苦労しているか。

 普通の男性の身体――普通とは言ってない――をようやく手に入れたクアルソには、その苦労がよく理解出来た。

 今のクアルソの容姿は原初にして唯一だった男性の時の容姿と瓜二つな事も、クアルソが違和感無く新たな身体を受け入れた要因となっていた。

 

「ん? あれ、十刃の皆様が11人いらっしゃるんだけど……?」

 

 十刃を軽く見渡したクアルソがその変化に気付いたようだ。見知らぬ少年が増え、そして一度しか会っていないが見知った男性が隻腕となっている。

 クアルソがそれらに疑問を抱いていると、その答えをルピが口にした。

 

「はは。10人だから十刃なんだよ? ここにいるのは元6番さんさ。そしてボクが新しい第6十刃(セスタ・エスパーダ)ルピ・アンテノールだよ。よろしくね新入りさん」

 

 グリムジョーへの厭味を忘れずに、ルピはクアルソに向けて自己紹介をする。

 

「あー、交代したんだ。まあ、こちらこそよろしく」

 

 自身が留守をしていた間に起こった十刃の交代劇に納得し、そしてルピとグリムジョーを交互に見やる。そしてルピを見て思った。

 

 ――何だか近い内に死にそうな気がする……――

 

 果てしなく不吉極まりない予想である。失礼にも程があるだろう。だが、長年の勘と言うべきか、ルピの言動やグリムジョーの苛立ちを見るに、当たりそうな気がしてならないクアルソだった。

 

 ――まあ、勘は勘だ。藍染様の下に統制は取れているんだろうし、大丈夫だろ、うん――

 

 余談だが、この先クアルソが知らぬ間に再びグリムジョーが第6十刃の座に返り咲く事になる。その際前任者がどうなるのか、今はまだ誰も解らない事だ。

 

 

 

「さて、これで顔見せも終わりでいいですか藍染様?」

 

 一通り十刃に破面となった事実と姿を見せたクアルソは、自由行動に出てもいいですかと言外に藍染に質問する。

 藍染としては別に構わなかったが、その前に余興として訊きたい事があった為に、藍染はそれをクアルソに確認した。

 

「そうだね。別に自由に動いてもらっても構わないが、その前に訊きたい事があるんだ。……クアルソ、君は十刃(エスパーダ)に興味はないのかい?」

『!!』

 

 藍染のその言葉に、大半の十刃が反応する。十刃の任命権は藍染にある。藍染が任命すればその者は十刃となり、座を奪われた者は十刃落ちに身を落とす。

 十刃は実力主義だが、藍染がそう言うならばそれは新たに任命された者が前任者よりも十刃に相応しい実力を有しているという事だ。

 そして、この場で藍染がクアルソに対してそう言うという事は、クアルソの返事如何によっては十刃の交代が行われる可能性が高いという事だ。

 

 十刃という、破面の中で最高の席に名を連ねる事に意義を抱いている者は多い。

 堪らなく居心地の良いこの場所を明け渡したくない。そう考える十刃の多くは、クアルソの返事に自然と集中する。

 

「いえ、特には。オレが興味あるのはハリベルさんだけなんで!」

 

 クアルソはにこやかな笑顔をハリベルに向ける。ハリベルは養豚場の豚を見るような目で返した。クアルソの精神に200のダメージ。

 

「ぐぅっ……! いや、だが、これはこれで……?」

 

 同時にクアルソの中に眠る何かが刺激され、クアルソの精神が200回復した。

 それを見て、クアルソの存在に脅威や不満を抱いていた十刃さえも、クアルソが帰って来られない地平に行かない事を祈ってあげた。今この瞬間だけ、伏魔殿たる虚夜宮(ラス・ノーチェス)は優しい世界となっていた。

 

「まあ、十刃の座が要らないと言うのならば、私もこれ以上は言うまい」

「あ、その代わりと言ったら何ですけど。現世の食べ物を都合してくれませんか?」

 

 藍染の言葉で現実に戻って来たクアルソは、前々から考えていたスタークとリリネットへの貢物を藍染に用意して貰おうと願い出る。

 スタークが、思い出したか、という反応をしたが、クアルソは決して忘れていた訳ではない。ちょっと意識から無くなっていただけである。

 

「それくらいなら構わないよ。しかし、欲のない事だ」

「欲ならあるよ! でもその欲は他人に叶えてもらう事じゃないってだけでね!」

 

 堂々と口にする事ではない。ある意味男らしいが。

 

「それで、どんな食べ物がいいんだい?」

「団子とかの和菓子系。あと、緑茶もあればなお良しです」

「出来るだけ高級品を用意しよう」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 

 

 

 早速藍染から様々な現世の甘味を頂いたクアルソは、その足でスタークとリリネットを訪ねていた。

 

「しかしお前さん、ちょっとがっつきすぎじゃない?」

「そう? まだ十個目だけどな……」

 

 団子や甘納豆などを頬張りつつ、適温の煎茶や玉露を楽しんでいたスタークとクアルソは、それと同時に何気ない会話も楽しんでいた。

 

「食いもんの話じゃねーよ。いや、そっちも十分がっつき過ぎだと思うが……。そうじゃなくて、ハリベルに対してだ。あれだけがっついてちゃ靡く女も靡かないだろ……。もっと落ち着いてねぇとな」

 

 スタークは明け透けなクアルソの性根を嫌ってはいないが、その欲情を向けられる女性はそうではないだろうと察していた。

 

「ばっかお前あれか? 草食系男子って奴か? 待ってればそれで女が振り向いてもらえるって思ってる口か?」

「狼に草食って……ぷぷ!」

 

 クアルソの言い返しに、スタークの隣で煎餅を食べていたリリネットが思わず笑ってしまう。己の魂を無数に別ち、狼の形に変化させて戦う術を持つスタークに対し、草食系という称号はかなりツボに嵌ったようだ。

 

「オレはなぁ! 数千年もの悲願をようやく目の前にしてんだぞ!? それなのにあっちが振り向いてくれるのを待ってるなんて出来るわけないだろうが!!」

「そんな力説されてもなぁ……。てーか、数千年って何よ? まあ良く解らんが、どっちにしろ今のお前さんはハリベルには相手にされてないようだが?」

「うぐっ!」

 

 痛い所を衝かれたクアルソ。草食は駄目で、もっとがっつけというのも男としては解るが、それでもがっつき過ぎだとスタークはクアルソを諌めた。

 

「お前、第3十刃に懸想とか……。破面になっても平凡なのに、恐れ多い奴だなー」

「うぐぅっ!!」

 

 リリネットの直球に更なるダメージを受けるクアルソ。

 平凡が、普通が良いとは思ったが、だからと言って他人に平凡と言われて傷つかない訳ではないようだ。

 

「おーい大丈夫かー? まあいいや。それよりクアルソー、お茶御代わり。今度は玉露って奴でお願いね」

「あ、俺も俺も。いやー、まさかお前さんにこんな特技があるなんてな」

 

 そう言って二人はショックを受けて倒れているクアルソにお茶の御代わりを催促する。クアルソも渋々そうだが、内心嫌でもなく新たなお茶を準備し出した。

 

「ま、自分の好きなもんだし、長く生きてりゃな。誰だって美味く淹れる事くらい出来るさ」

「ふーん。そんなもんかね」

「そんなもんさ。そんな事よりも、現世の茶を魂魄の世界であるはずの虚圏(ウェコムンド)に持って来て、湯を沸かして淹れる事が出来るのが不思議でならん。どうなってんのこれ? 教えて偉い人」

 

 そう、魂の存在が現世の食べ物を食べる。一体どんな原理なのか。魂でありながら現世の存在に干渉出来る死神や虚なら特に不思議ではないのだろうか? それとも何らかの術理が作用しているのだろうか?

 その辺りの疑問を第1十刃(偉い人)に訊くが、その答えはもっと偉い人に訊け、であった。

 

「藍染様に訊いてくれ」

「把握」

 

 ちなみに答えだが、死神の技術を用いれば現世の物質を霊子に変換させ、霊界に移動させる事が出来る。そうして現世から尸魂界(ソウル・ソサエティ)に持ち込まれた物もある。同じように藍染から貰った食べ物や飲み物も、現世から霊子に変換されて持ち込まれた物だ。

 

「おーい、まだかクアルソー」

 

 話している間にも玉露の準備は進んでいるが、それでも一向に新たなお茶が出てこない事に苛立ちを見せるリリネット。

 だが、玉露を美味しく淹れる為には多少の時間は必要なのだ。

 

「まあもうちょっと待ちなさい。熱湯だと玉露の美味しさ台無しだから。少し冷ましたお湯、この玉露の質的に40℃から50℃がいい感じかな。素晴らしい上玉露だ、流石は藍染様。とまあ、それくらいの温度のお湯を注いでから二分から二分半ほどじっくり置いて抽出し、そして均等に――」

「へー。結構手間掛かるんだな。お茶なんて茶葉にお湯入れればいいだけと思ってた。意外とマメだし、女みたいだなクアルソって」

「その台詞は許されざるよ」

 

 玉露の淹れ方を解説している所にリリネットから聞き逃せない台詞が飛び出た。

 過去の苦々しい思い出がクアルソの脳裏に浮かぶ。女になり、友と語らい、好敵手と戦い、幸せな人生の数々を歩む。あれ? かなり良い思い出ばかりだった。

 ともかく。クアルソの真の目的からすれば、女みたいという言葉は不吉極まりないのだ。

 

「大体だな。マメなら女みたいだって言うのはマメな男に対する差別だぞリリネット。女ってのは誰も見てないと意外とズボラだったり適当だったりするんだ。全員がそうとは言わないけどな」

「それを女のあたしに対して言うか普通?」

「え?」

「え?」

「ぶっ殺すぞお前ら」

 

 そんなコントを繰り広げている間に、玉露は完成してリリネットの前に差し出される。出た物は頂くとばかりに湯飲みを引ったくり、それを飲んで幸せそうに蕩けるリリネット。

 

「あーうめぇ……くそ、これを提供している内は勘弁してやる」

「おい、そう言いながら俺の分まで奪ってんじゃねー返せ!」

「うるせー! あたしを女扱いしなかった罰だ! それにあたしとスタークは二人で一人なんだから、あたしが飲んだ分はスタークの腹にも溜まるだろ!」

「溜まるか! どんな理屈だこら! あ! 飲み干しやがったなこのクソ餓鬼!!」

「一人で漫才出来るなんてお前ら便利だなぁ」

 

 そう呟きつつ、クアルソは二人のどたばたを茶菓子代わりにして玉露を飲む。

 どうやら順調にスタークとリリネットの好感度を稼いでいるようだ。だが、本当に好感度を稼ぐべき相手を間違っている事にクアルソは気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

「今日は絶好の修行日和だな、ルピ!」

「うるさい! 日和も何も虚圏(ウェコムンド)に天気とかある訳ないだろ馬鹿にしてるのか!?」

 

 機嫌の良さそうなクアルソに不機嫌極まりないルピ。そんな二人が居る場所は虚夜宮(ラス・ノーチェス)から遥か彼方の虚圏(ウェコムンド)の外れの外れ。

 さて、何故そのような場所に二人が居るのか。何故クアルソは機嫌よく、ルピは不機嫌なのか。それを説明するにはしばし時を遡らなければならなかった。

 

 

 

 スタークとリリネットとのお茶会から数日。クアルソは日々ハリベルにアタックし続けた。当然玉砕したが、それでもめげずにアタックし続けた。

 

「ハリベルさん! 一緒にお茶飲みませんか!?」

「独りで飲んでろ下衆」

 

「ハリベルさん! 夜景を見に行きませんか!?」

「独りで虚圏(ウェコムンド)の外に行くといい下衆」

 

「ハリベルさん! 良ければこのお弁当食べてください!」

「男の癖に弁当作りか。女々しいぞ下衆」

 

 ……めげずにアタックし続けた。

 ハリベルには三人の女性従属官が居て、彼女たちも最初はクアルソを毛嫌いしていたが、流石にここまで来るとある種の尊敬をクアルソに抱くようになっていた。

 ここまでへこたれない馬鹿は初めてだ、と。

 

 ともかく、クアルソはハリベルに近付きたくアタックし続け、ハリベルはそれをにべもなく断り続けてきた。

 そんな風に、クアルソがアタックしてそれをハリベルが断る事が日常になり掛けたある日、そこに変化が生じた。

 

「ハリベルさん! 今度一緒に食事に行きませんか!」

「いいだろう」

「……」

「……」

「……」

「……」

『……え?』

 

 瞬間、空気が固まった。クアルソも、ハリベルの従属官である三人も、ハリベルから出たとは思えない言葉に固まったのだ。

 

「ば、馬鹿な……こ、これは夢? 夢なのか? ちょ、ちょっとミラ・ローズさん、一発殴ってくれません?」

「ふん!」

「痛い!?」

 

 ハリベルの言葉にあまりの衝撃を受けた為か、これは自分が生み出した都合の良い妄想や夢なのではないかと思い始めたクアルソは、ハリベルの従属官の一人であるフランチェスカ・ミラ・ローズに自分を殴って貰うように要請する。

 結果、願いは一瞬で叶えられた。遠慮なく力いっぱいに叩き付けられた一撃は、ミラ・ローズの筋肉質な見た目にまごう事なき威力を発揮し、クアルソを彼方へ吹き飛ばす。

 だが、おかげでこれは夢ではないとクアルソは理解する事が出来たようだ。

 

「馬鹿な……クアルソの阿呆が痛がってるって事は、これは夢じゃねーって事か!?」

 

 クアルソの痛がるそぶりで現実を理解するという、理不尽な方法で現状を認識したエミルー・アパッチ。彼女もまたハリベルの従属官の一人だ。

 

「ミラ・ローズ。念の為あと五、六発殴っておきなさい。この程度では馬鹿は死なないわ」

 

 そして、敬愛する上官であるハリベルを狙う不届き者をここぞとばかりに殺そうとしている彼女はシィアン・スンスン。当然ハリベルの従属官の一人だ。

 自分ではなく他人の手を使って邪魔者の排除を狙う辺り、中々の腹黒さである。

 

「勘違いしているようだが、私はお前と付き合うつもりはこれっぽっちも、一欠片もない」

「やっぱり夢じゃなかったか……現実はいつだって残酷だ!」

 

 馬鹿ばかりしている四人に対して残酷な現実――残酷なのは一人だけに対してだが――を突き付けたハリベルは、先の発言の意図をそのまま説明した。

 

「私と戦えクアルソ。私は戦士だ。お前は下衆だが、それでも強き者だという事は知っている。お前がその強さで私を屈服させたならば、私もまたお前を認め無下に扱わない事を誓おう」

「……」

 

 ハリベルの放つ雰囲気に、クアルソはちゃらけていい状況ではないなと理解する。

 そして、ハリベルの申し出を快く受けた。

 

「解った。それなら、今からしばらくの時間を貰うとするよ。戦いはしばし先って事で」

「ほう、喜び勇んですぐに戦おうとでも言うのかと思っていたがな」

「まさか。破面化した自分の力を完全に把握していないのに戦うなんて、怖くて出来るわけがない」

 

 クアルソのその返しに、ハリベルはにやりと笑みを浮かべた。

 自身の力を把握し操れない者は、例えどれだけの実力を秘めていようとも未熟者に変わりはない。クアルソがそう言っているように、ハリベルは聞こえたからだ。

 

 ――普段の態度は下衆そのものだが、外道ではない。そして、戦士としての振る舞いも身に付けている――

 

 少なくとも、ここ数日のクアルソの言動から、ハリベルはそう判断していた。何気に好感度が上がっているようだ。恋愛対象としてではないが。

 だが、それでハリベルがクアルソと戦って、勝てば多少は認める心象になったのかと言えばそうではない。

 実はこれは藍染の仕込みだったのだ。と言っても、藍染がハリベルに対してクアルソを認めるよう強制した訳ではない。ハリベルの戦士としての矜持を刺激し、クアルソが勝てばハリベルに多少はクアルソを認めるように言葉巧みに誘導したのだ。

 これはクアルソを思いやっての事ではない。寧ろ逆だ。藍染がクアルソを一時的に虚夜宮(ラス・ノーチェス)から離れさせる為に仕向けた罠だった。

 

 ハリベルと戦うように仕向けた事が、どうしてクアルソを虚夜宮(ラス・ノーチェス)から引き離す罠になるのか。

 それはクアルソの性格や矜持を藍染が良く理解していた事に繋がる。そう、クアルソがハリベルと戦うとなると、クアルソならば破面化した自身の力を詳しく把握してからにすると読んでいたのだ。

 自身の力の程も知らずに戦い、それで相手が思いがけぬ負傷を負う事も、自身が思いがけぬ負傷を負う事も、クアルソは許せない。それは己の未熟さが生み出した結果になるからだ。

 そうならないようにする為にも、クアルソはしばらくの間は虚夜宮(ラス・ノーチェス)から遠く離れる事になる。そして、その予想が当たらなかったとしても、藍染には問題なかった。

 そうなった場合は、藍染からクアルソに対して一言呟けばいいだけだ。「破面としての自分の力も把握せず、ハリベルを無駄に傷つける事になってもいいのかい?」と。そうすれば、クアルソはやはり外に出てしばらく修行した事だろう。

 

 そうなるように仕向けるつもりだったし、そうなるように藍染はクアルソを誘導して来た。

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の天蓋の下では全力での解放を禁じる。これにより、クアルソが外に出て実験した事も計算に入れての仕掛けだ。

 同じような状況になれば同じように虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外へと行くだろうし、それに対して疑問も抱きにくいだろう。抱いたところでそれは疑問の域を出ない。

 そして、クアルソが居ない間に残りの計画を進めておく。鬼の居ぬ間の洗濯とはこの事か。

 

 まあ、藍染にとって予想外だった事は、クアルソがルピ・アンテノールを修行相手として借りた事だろうか。

 

 

 

「ほう、ルピをかい?」

「ええ。修行するにしても、相手が居た方が捗りますからね」

 

 クアルソはハリベルと戦うと決めたその日の内に、藍染にとある申し立てをした。

 そう、修行相手として第6十刃であるルピ・アンテノールを借りたいという申し立てだ。

 ただの破面が、破面のトップである十刃の一人を修行相手とする。かなり不遜だと言える態度だ。だが、クアルソの実力からすればむしろ物足りないくらいだと藍染は思っていた。

 

「ルピでいいのかい? こう言っては何だが、彼では役者が足りないだろう」

「いえいえ。一人では出来ない修行もありますしね。誰か居てくれるだけで十分ですよ」

 

 かなり失礼な藍染の物言いに対し、クアルソもまた聞きようによってはかなり失礼な返しをする。ここにルピが居れば憤慨は免れなかっただろう。

 なお、クアルソは内心で“これで死相から逃げられるかな?”等と、もっと失礼な事を考えていたりする。

 

「まあ、構わないよ。ルピには私から言っておこう」

「ありがとうございます藍染様!」

 

 こうして、ルピ当人も知らぬ間に、ルピはクアルソの修行相手として貸し出される事が決定した。

 同時に、十刃による現世襲撃任務からも、ルピの参加は見送られたのであった。哀れ。

 

「ところで、修行期間はどれくらいを予定しているんだい?」

「そうですね……移動時間も含めて二週間程ですかね」

 

 本当ならもっと時間を掛けて自分に出来ることを確かめたいのだが、人を待たせているとなるとそれは諦めた。

 

「そうか。頑張り給え」

「うっす!」

 

 そうして藍染は重要な情報を入手し、クアルソを笑顔で送り出す。

 

 そういった紆余曲折を経て、クアルソは不満たらたらなルピを連れて虚圏(ウェコムンド)の外れまでやってきた訳だ。

 なお、道中は急ぐ為にクアルソがルピを掴んで恐ろしい速度の響転(ソニード)で移動した事も、ルピが不機嫌になった理由の一つである。

 

「さて、それでは早速修行を開始します」

「いいよ。じゃあ、まずは互いに実力を知る為に()りあうってのはどう?」

「お? 何だかんだ言ってやる気満々じゃないか」

 

 ルピの提案をクアルソは快く肯定する。そう、ルピはやる気満々であった。字は殺る気と書くが。

 

 ――訓練中に殺してしまっても事故だよねぇ――

 

 ここまで連れて来られた以上、ただで帰るなんてルピ的にありえなかった。藍染様お気に入りのクアルソを叩き潰す。そういう気概もあり、ルピは全力全開にてクアルソと闘う気になっていた。

 

 ――多少響転(ソニード)が得意のようだけど、所詮はただの破面(アランカル)だ。十刃のボクに敵う訳がないだろ馬鹿が――

 

 ルピの不幸。それは、クアルソの霊圧を感じた事がない、それに尽きる。クアルソは普段その霊圧を抑えている。解放したままでいれば周囲の虚や破面に余計な圧迫感を与えてしまうためだ。下手すれば消滅する可能性すらあった。クアルソの霊圧――虚時代――を感じた事があるのは藍染達死神三人組と、そして十刃のみ。だが、その十刃とはルピが十刃に成る前の話なのだ。

 ルピがクアルソの霊圧を一度でも感じていたならば、ルピはこんな行動には出なかっただろう……。まあ、だからと言って修行をする事自体に変わりはないので、不幸の度合いで言えば然して変わり無いのかもしれない。

 

「それじゃあ――」

(くび)れ! 蔦嬢(トレパドーラ)!」

 

 始めるか、の合図をしようとしたクアルソの機先を取り、ルピが刀剣解放を行った。

 

 刀剣解放。帰刃(レスレクシオン)とも言われるそれは、破面(アランカル)が斬魄刀に封じ込めた己の虚としての力と姿を解放する事を指す。

 解放状態の破面(アランカル)の戦闘能力は未解放状態の数倍――個人差はあるが――に膨れ上がる。それは、十刃であるルピもまた同様である。

 

「それが――」

「そう、ボクの解放状態さ」

 

 ルピの上半身を鎧のような物が覆い、そして背中には8本の触手を生やした円盤のような物が形成されていた。これがルピの帰刃形態である。

 8本の触手はルピによって自在に操られる、まるで伸縮自在の腕が増えたかのようにだ。その上、この触手が攻撃された所でルピは痛痒も感じない。攻撃にも防御にも利用出来る便利な触手だった。

 

「成程。手数が増えるという単純だけど解りやすい強化だな。素手や刀よりも射程も長いし、遠距離攻撃を持たない相手には中距離から一方的に攻撃出来るな」

「……余裕じゃないかクアルソ」

 

 十刃の帰刃形態を目の当たりにして、それでもなお相手の戦力を冷静に把握しているクアルソに対し、ルピの苛立ちは更に募る。

 そんなルピに対し、クアルソは更なる挑発を以って返した。

 

「所で、機先を制して解放したんなら、余裕ぶってないで攻撃した方がいいんじゃないか? それじゃあ隙も衝けないぞ」

「――!! 殺す!!」

 

 クアルソの挑発めいた言葉に、ルピの怒りは頂点に達した。そして8本全ての触手を振るい、クアルソに攻撃を仕掛ける。

 前後上下左右から迫り来る触手。それらの触手を、クアルソは紙一重で回避する。

 

「どうした! 防戦一方か!!」

 

 回避に専念するクアルソに対し、ルピは猛攻を仕掛け続ける。

 全方位から放たれる攻撃をいつまでも避け続ける事など出来る訳がない。いずれ限界に至り、そして触手に捕らえられるだろう。

 そうなった時に相手がどんな顔をするか。それを想像するとルピは堪らなく興奮する。今までの怒りもその興奮を盛り上げる為のスパイスになるというものだ。

 

「これだよこれ。やっぱ回避訓練は相手がいないとな」

 

 だが、クアルソは一向にして触手に捕らえられる気配がなかった。むしろルピの攻撃を嬉々として捌いていたくらいだ。

 

「こ、こいつ!!」

「もっと速く出来ない? あと、数を増やすとかさ」

「――!! 死ね死ね死ねよこのぉッ!」

 

 言外に、今の攻撃じゃ物足りないと告げられたルピは、頂点に達したと思っていた怒りを更に高めてクアルソに殺意溢れる攻撃を放つ。

 だが、全ての攻撃はクアルソに避けられ、そればかりか駄目出しすらされていた。

 

「殺気籠め過ぎじゃない? おかげで攻撃の出が読み易くて目を瞑っても避けられるんだけど」

「誰のせいで殺気が出てると思ってるんだぁぁ!!」

 

 全くである。

 

「くた、ばれ……!」

 

 そうして紙一重で回避し続けるクアルソに対し、ルピは奇襲とも言える攻撃を放った。触手の先端から無数の棘を生やしたのである。

 紙一重で避けるという事は、ギリギリ当たっていないという事だ。そこを狙い、クアルソが避けた瞬間に触手の先端から棘を生やすという奇襲攻撃を放つ。

 

「おっと」

 

 ルピが必殺を確信したその一撃は、しかしいとも容易く避けられてしまった。

 

「う、嘘だろ……。ボクの能力は知らない筈なのに……」

 

 紙一重の回避からの、攻撃射程を急速に伸ばすという奇襲。それを初見で避けられる訳がない。そう高を括っていたルピの驚愕は計り知れなかった。

 驚愕し慄くあまり攻撃の手が止まってしまったルピに対し、クアルソは仕方ないかと思いながら口を開く。

 

「別に初見だろうが、あると想像していれば奇襲にも対応出来るもんだよ?」

「は? ど、どういう事だよ!?」

「紙一重で攻撃を避けている相手に対して射程を変化させてくるなんて当然の対応だろ。プログラムのように同じ攻撃をするゲームじゃないんだからさ。後はどういう風に射程を変化させてくるか想像して気を張っていれば、まあ大抵の奇襲には対応出来るよ」

 

 そう簡単に言ってのけるクアルソに対し、ルピは戦慄する。それはつまり、どういう奇襲が来ようとも対応出来るだけの地力の差がある、という事だからだ。

 能力の詳細がばれていたならば、まだ解る。だが、何が来るか把握していない攻撃の全てに対応出来るとなれば、それはもう勝ち目はないに等しかった。相手が帰刃せずともこの力量差ならば尚更だ。

 

 ――何だよこいつ……! 何でこんな奴がただの破面なんだよ!――

 

 そう憤るルピだったが、そこで彼は藍染の言葉を思い出した。そう、十刃に興味はないかとクアルソに言った藍染の言葉を。つまりそれは、クアルソが十刃に相応しい実力の持ち主である証拠でもあった。

 だが、それでもルピは納得しなかった。確かに勝ち目はないかもしれない。だが、相手がまだ攻撃もしていないのに敗北を認める程に、ルピの精神は達観していなかった。

 

「修行だったら、そっちも攻撃しなきゃ話にならないんじゃないか?」

「……そうだな。じゃあ、ちょっと相手になってもらおうか」

 

 ――来い!――

 

 目に物見せてやる。そう意気込むルピに対し、クアルソはその霊圧を僅か――ルピでも知覚出来る次元――に解放した。

 

「すみませんでしたぁ!」

 

 瞬間、ルピは土下座した。そのあまりの速さと想像していなかった行動に、クアルソも思わず目が点になった程だ。ある意味でクアルソに目に物見せる事が成功したと言えよう。

 ルピは納得した。納得するしかなかった。なるほど、これなら藍染様が十刃に推すだろうな、と。というか、これで十刃じゃない方が卑怯だと思った程だ。

 

 ――何だよこれ藍染様ばりの霊圧じゃないか勝てるわけないだろ何でボクを修行相手に選んだんだよ馬鹿じゃないのかこいつ絶対馬鹿だよ!――

 

 ルピは内心であらん限りの罵倒を吐き出す。無理もないだろう。生意気な新人だと思っていたら、中身は藍染様ばりだったと知ればこうもなろう。

 

「あー、なんだ、闘ってくれないと修行にならないんだけど……」

「ふざけんなよ殺す気か!?」

 

 さっきまで殺す気満々だった男の台詞である。

 

「大丈夫だって手加減するから。それに、ルピだってこの修行で強くなれるよ? 上手く行けば十刃(エスパーダ)での階級も上になるんじゃない?」

「ッ!?」

 

 クアルソの一言にルピは固まる。それは魅力的な言葉だった。十刃(エスパーダ)内で階級による立場の差はないが、実力の差は歴然として存在している。数字が低い方が強い、僅かな例外はあるが、ほぼ絶対の法則だ。

 今のルピがその僅かな例外に入っている訳もなく、彼の実力は順当に数字通りだ。いや、正直ルピより下の十刃(エスパーダ)、つまりは第7以下の十刃とルピの戦闘能力差は限りなく小さい。能力や相性如何ではルピの方が負ける可能性が高いだろう。

 だが、ルピ以上の十刃。つまりは第5以上の十刃相手だと、ルピには勝ちの目が殆どない。それが、ルピの現在の実力だ。そして、その勝ち目のない相手の中には、かつてのグリムジョーも存在していた。

 今でこそルピがグリムジョーの後釜として十刃の座に就いているが、それはルピが実力で勝ち取った物ではなく、グリムジョーが片腕を失った事で十刃の座を剥奪されたからだ。

 もちろんルピが選ばれた理由は、ルピが十刃に選ばれる程に破面内で強かったからではある。だが、グリムジョーと比べると見劣りすると言わざるをえなかった。

 それらの事実はルピも理解している。上位の十刃にはまず勝てないだろうと。だからこそ、それで終わるつもりがないルピにとってクアルソの言葉は魅力的だった。

 

「……お前がボクを強くしてくれるのか?」

「うむ。オレも修行相手が強い方が嬉しいしな! ここまで来た以上、嫌でも強くなってもらう!」

 

 勝手に修行相手に選んで勝手に連れて来た癖に凄まじい言い草である。

 だが、藍染クラスの実力を持っているだろうと予測されるクアルソが言う言葉に対し、ルピも自然と期待を籠めるのであった。

 

「いいよ……修行なんてボクの柄じゃないけど、こうなったらとことん付き合ってやろうじゃないか!」

「その意気だ! この修行が完遂すればお前も第5十刃とそこそこに渡り合える実力になるだろう!」

 

 クアルソの力強いその言葉にルピは思わずずっこけた。そしてツッコンだ。

 

「おい。何だそのみみっちいパワーアップは! 一つしか階級上がってない上に勝ってないじゃないか!? せめて二つくらいは上げろよ!」

 

 ルピのツッコミも微妙に前向きなようで後ろ向きなツッコミであった。そこは十刃最強とか言えないのだろうか。

 

「え? 無理無理。第5のノイトラ、だっけ? あいつはまだともかく、その一つ上のウルキオラとかあいつ絶対階級詐欺だよ? 潜在能力まで解放したらスタークでも厳しいんじゃないか?」

 

 一度は戦ってみたいものだとしみじみ語るクアルソを他所に、ルピは驚愕する。

 

「な、何だよそれ……! ウルキオラってそんなに強いのか……!?」

 

 表向きは最強となっている第1に対し、そこまで言われるウルキオラの強さとは一体……。新たな事実に驚愕するしかないルピであった。

 

「まあ感じ取れた力だとね。ウルキオラ、スターク、バラガンって並びになるだろう。個々の能力とか知らないから、実際の戦闘能力順って訳じゃないと思うけどね」

 

 ただ一人、妙に力があるのかないのか判断し難い奴がいるなとクアルソは思い出すが、ここでは意味がない事なので置いておいた。

 

「ま、ルピが十刃最強になるには今回の修行では絶対的に時間が足りないな。今回はオレが自分の実力を把握して、出来る事と出来ない事を理解したら一旦切り上げるつもりだし」

 

 そう、修行して強くなるには時間が必要だ。ちょっとした切っ掛けで超絶パワーアップ出来るのは物語の主人公くらいなのである。

 そうでない存在は地道に強くなるしかないのだ。数百年や数千年の歴史を数日や数ヶ月で超える主人公になんてなれるわけないのだから……。

 それはともかくとして、ルピは十刃最強という単語に惹かれていた。

 

「待てよ……ボクが十刃最強になれるのか……?」

「まあ、修行について来て強くなれば、いずれは?」

 

 時間を掛ければ掛ける程、他の連中も強くなる可能性が上がるだろうけど、それは言わずにおいた。主にルピのモチベーション維持の為に。

 

「そっか……よし! だったらさっさと修行するよ! 藍染様の命令だし、ここまで来たんだ! 何だってしてやるさ!」

「おう! 共に高みを目指そうじゃないか!」

 

 後日、何だってしてやるとか言った過去の自分を呪うルピの姿があったが、それはかつてのクアルソの修行に付き合った多くの存在が通って来た道なのであった。

 

 




 ヨン様のご子息様のサイズは勝手な妄想です。ヨン様だけに平均のヨン割り増し。なんて……あ、すいません石投げないで下さい。もちろん護廷十三隊平均サイズも適当。
 ルピ君の現世行きがなくなりました。代わりにヤミー君がまとめて素人君や下駄帽子君にぼこられてきます。頑張れ第0エスパーダ!

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