どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ
<< 前の話 次の話 >>

68 / 76
BLEACH 第七話

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の天蓋の下で、ヤミーは怒り暴れ狂っていた。

 第10十刃(エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ。数字から見て分かる通り、通常状態(・・・・)のヤミーの実力は十刃(エスパーダ)の中でも低い。

 だが、ヤミーは他の破面(アランカル)と違うある性質を有していた。その一つが睡眠と暴食による力の蓄えだ。今のヤミーはたっぷりの睡眠と暴食により、かなりの力を蓄えていた。それに比例するように肉体も巨大化している。

 そしてもう一つの性質。それは、帰刃(レスレクシオン)する事により数字が変わるという、十刃(エスパーダ)で唯一の存在だという事だ。数字の変化は10から0。つまり、帰刃(レスレクシオン)したヤミーこそが十刃(エスパーダ)最強の存在なのである。

 

 解放状態となったヤミーは凄まじい巨体へと変化していた。そしてその変化は今もなお続いている。

 ヤミーの力の根源は怒りだ。怒りこそがヤミーの力。ダメージを食らえば食らうほど憤怒は高まり、ヤミーの肉体は大きく変化し力も増加していくのだ。

 

 もはや化け物同然となったヤミーと戦っているのは二人の死神だ。

 一人は朽木白哉。護廷十三隊六番隊隊長であり、瀞霊廷四代貴族である朽木家の現当主であり、一護達を助けるべく虚圏(ウェコムンド)にやって来た朽木ルキアの義理の兄だ。

 その戦闘能力は隊長だけに総じて高く、死神の基本戦術である斬拳走鬼の全てがバランス良く鍛えられており、隊長格の中でも総合力の高い実力者だ。

 規律や掟を遵守する事を第一としており、他人にも自分にも厳しい男、それが朽木白哉だ。尤も、一護との戦いや尸魂界(ソウル・ソサエティ)で起こった事件を通じて、少しずつ変化しているが。

 

 もう一人は十一番隊隊長の更木剣八。卍解を覚えている事が護廷十三隊の隊長の条件であるというのに、唯一卍解はおろか斬魄刀の名前すら知らない隊長。それが更木剣八だ。

 卍解を覚えてなくとも、始解すら出来なくとも、それでも隊長として成り立てる程に強いのだ。それだけ護廷十三隊は剣八の強さを評価していた。そして同時に恐れてもいた。

 剣八は戦闘狂なのだ。何よりも戦いを好み、斬り合いを好み、死闘を好んでいる。強い者がいたら誰であろうと戦いを挑みたいと常々思っているだろう。瀞霊廷で誰彼構わず暴れる事はないくらいの理性はあるが、それでも上層部は手綱が付けられているかどうか不安に思っているのだ。

 

 この二人がヤミーと戦い、ヤミーと戦っていた仲間を助けに行った一護がここにいない理由。それは一護が藍染を止める為に現世の偽空座(からくら)町に赴いたからだ。

 黒腔(ガルガンダ)がなければ現世に移動出来ないが、虚夜宮(ラス・ノーチェス)には尸魂界(ソウル・ソサエティ)が誇る――人格的には誇れないが――天才科学者がいた。十二番隊隊長涅マユリである。

 彼の技術力と解析により、限定的にだが黒腔(ガルガンダ)を開く事が出来るようになったのだ。それにより、一護ともう一人の隊長――四番隊隊長卯ノ花烈――は現世に移動していた。

 

 そうして一護が現世を守るべく移動し、残った二人の隊長――マユリ除く――がヤミーと戦っている訳だ。

 だが、水と油と言っても過言ではない二人がヤミーを相手に共闘する訳もなかった。二人とも互いを想いやる事もなく、連携を取る事もなく、自分がヤミーを倒すと勝手に戦っているだけなのである。むしろ戦闘中に言い争い、ヤミーではなく死神同士で戦おうとすらしていた。

 それでも十刃(エスパーダ)でも最強の戦闘力を誇るヤミーを相手に渡りあえているのだから、ヤミーとしては腹立たしい事この上ないだろう。

 

「イイぜえお前ら……最高にイラつくぜ……!」

 

 白哉と剣八の攻撃を同時に喰らい、傷つき倒れたヤミー。だが、それで終わりではなかった。

 その攻撃によりヤミーは更なる怒りを募らせ、巨大な肉体が更に巨大化した。もちろん霊圧も増大している。今や隊長格をも上回る霊圧を有しているだろう。

 

「さァ、もっともっともっとイラつかせろよ……!」

 

 そうすればもっと自分は強くなる。そうなればそうなるだけ死神達の死に様は無様なものになる。ヤミーはそう告げて白哉達に攻撃しようとして――

 

『!?』

 

 ――巨大な霊圧にその巨体を跪かせる事となった。

 

「なんだあいつ……!?」

「新手か?」

 

 いつの間にか、ヤミーの眼前の空中に一人の破面(アランカル)が立っていた。霊子を足場にして空中で立つ男は、在り得ない程の霊圧をヤミーに叩き付けていた。

 その霊圧は帰刃(レスレクシオン)化し、怒りによって更にパワーアップしたはずのヤミーすら上回り、数十メートルの巨体となったヤミーを霊圧だけで平伏させていた。

 

「これは……」

 

 これには白哉達の戦いを見学していただけのマユリも驚愕していた。ここまで虚夜宮(ラス・ノーチェス)で数多の研究対象を発見し、その全てに興味を惹かれていたが、これ程の規格外はなかった。

 並の隊長格を凌駕する霊圧を放つヤミーを更に凌駕する霊圧。まるで護廷十三隊総隊長である山本元柳斎重國を見ているかのような錯覚すらマユリは感じた。

 

 新たな破面(アランカル)の登場に場が緊張する。一体この破面(アランカル)は何者なのか。これだけの霊圧を有していながら、今まで登場しなかった理由は。何故味方であるはずのヤミーに向けて霊圧をぶつけているのか。

 死神達が数多の疑問に駆られる中、突如として現れた破面(アランカル)はヤミーに向けて頭を下げた。

 

「悪いな第10十刃(エスパーダ)さん。口で言っても止まってくれそうにない雰囲気だったんで、ちょっと無理矢理止めさせてもらった」

「て、テメェ……! 何をしやがるクアルソ……!」

 

 ヤミーの言葉から新たな破面(アランカル)の名がクアルソであると死神達は理解する。だが、その目的までは理解出来ない。何の為にヤミーを止めると言うのか。ヤミーの加勢に来たならば、そのような事をする必要はないはずだ。

 未だにクアルソの霊圧に抑えつけられているヤミーに向けて、クアルソは落ち着かせるように言葉を掛ける。

 

「出来るなら一旦戦いを止めてもらいたいんだ。今回の戦いは藍染様に非があり過ぎる。同胞には申し訳ないけど、今回オレは死神側に付かせてもらう」

『!?』

 

 クアルソの言葉にヤミーだけでなく、死神達も驚愕する。とてもではないがその言葉を信じる事は出来なかった。

 

「何を考えてやがる!? オレ達を裏切ろうってのか!!」

 

 ヤミーはクアルソの突然の発言に怒りを顕わにする。そしてそれを力に変え、クアルソの霊圧を跳ね除けてその巨体を立ち上がらせた。

 

「悪いが、十万人もの人間を犠牲にする藍染様の味方をする事は出来ない。出来れば同胞を傷つけたくはないから、大人しくしてくれると嬉しいんだけど……」

 

 クアルソのそれは本心だ。同胞(童貞)を傷つけたくはない。破面(アランカル)はその殆どがクアルソの同胞だ。人間にはある三大欲求の内、性欲が少ない者が破面(アランカル)には多いのだろう。その代わりか食欲旺盛な者が多いのだが。

 そんなクアルソの言葉は、ヤミーを更に怒らせるだけに終わった。当然だ。今の言葉は、自分には勝てないから傷つく前に大人しくしろ、と言っているようなものだからだ。

 

「へ、へへへ……思えば初めて見た時から気に食わなかったんだ……裏切ったってんならぶち殺しても問題ネェよなァ!!」

 

 ヤミーが霊圧を籠めた叫びを放つ。ヤミーが初めてクアルソと出会った時、クアルソが藍染によって十刃(エスパーダ)に紹介された時だ。あの時、破面(アランカル)になれなかった事を揶揄されたクアルソが、その不機嫌さをそのままに霊圧にして放った時、ヤミーは恐怖した。藍染を思わせる程の霊圧に恐怖したのだ。

 その時から、ヤミーはクアルソの事を憎たらしく思っていた。クアルソが藍染のお気に入りでなければ捻り潰したいと思うくらいにだ。その思いを、憎しみを、怒りを、ようやく叩き付けられるのだ。クアルソの裏切り行為はヤミーにとっては好都合と言えた。

 両者にある力の差を考慮に入れなければ、だが。

 

「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!!」

 

 ヤミーがクアルソに向けて虚弾(バラ)を連射する。虚弾(バラ)は威力は虚閃(セロ)に及ばないが、その攻撃速度は虚閃(セロ)の二十倍という技だ。敵に命中させる為の牽制用の技と言えよう。

 だがそれは一般的な虚弾(バラ)の話だ。帰刃(レスレクシオン)したヤミーが放つ虚弾(バラ)は最早牽制用とは言い難い威力となっている。その攻撃範囲もヤミーの巨体から放たれているだけに相応に大きい。

 クアルソの全身を包んで余りある攻撃範囲の虚弾(バラ)が、凄まじい速度と威力で放たれる。並の死神や破面(アランカル)ならば既に死に体となっているだろう。

 だが残念。相手は童貞を捨てたいが為に転生能力を作った男。数多の転生でその願いを叶える事が出来ず、執念と怨念と共にようやく本願を叶えられそうな世界に生まれ、破面(アランカル)の肉体を手に入れた伝説の規格外(童貞)、クアルソ・ソーンブラなのである。この程度の攻撃でどうにかなるようなら、藍染は初めから警戒すらしていなかっただろう。

 

「どうだぁぁ! 粉微塵になっただろぉぉ!?」

 

 それはヤミーの心の底にある不安を隠すかのような叫びだった。そう、ヤミーは自分でも認めていないが不安に思っていた。これでクアルソに勝てるのかと。あの時感じた底知れない霊圧。その持ち主に勝てるのかと。藍染という化け物に屈した自分が、それに比するかのような霊圧の持ち主に勝てるのかと。心のどこかで不安に思っているのだ。そしてその不安はすぐに現実の物となった。

 

「これがっ!! 最強の十刃(エスパーダ)ッ!! ヤミー・リヤルゴ様の力だッッ!!」

 

 ヤミーが両拳を振るい虚弾(バラ)を放ち続けながら、同時に口から巨大な虚閃(セロ)を放つ。それもただの虚閃(セロ)ではない。解放状態の十刃(エスパーダ)が放つ事が出来る黒い虚閃(セロ)黒虚閃(セロ・オスキュラス)だ。その威力は虚閃(セロ)の比ではない。

 極大の虚弾(バラ)を連発し、同時に極大の黒虚閃(セロ・オスキュラス)を放つ。正しく最強の十刃(エスパーダ)に相応しい力だろう。戦闘技術や速度ではウルキオラが上だろうが、破壊力や殲滅能力はヤミーが上と言えた。

 

「はぁ、はぁ、どうだ!!」

 

 ヤミーから放たれた黒虚閃(セロ・オスキュラス)はクアルソを包み込みそのまま直進し、虚夜宮(ラス・ノーチェス)を突き破って虚圏(ウェコムンド)の彼方に消えて行った。余談だが、虚夜宮(ラス・ノーチェス)に向けて移動していた元第6十刃(エスパーダ)――当人は元とは知らされていない――に黒虚閃(セロ・オスキュラス)が当たりそうになったが、無事だったのでまあいいだろう。

 あまりの威力に砂煙が起こり、ヤミーの視界は塞がれた。クアルソの姿を確認する事は出来ない。だが、確実に命中した手応えがヤミーにはあった。虚弾(バラ)で動きを止めた処に黒虚閃(セロ・オスキュラス)を叩きこんだのだ。あれで避ける事が出来る訳がないだろう。

 そうして少しの時間が経ち、砂煙が晴れる。そしてそこには――

 

「なん……だと……!?」

 

 傷一つ負っていないクアルソの姿があった。

 それだけではない。クアルソは僅かにも動いていなかった。つまり、あれだけの虚弾(バラ)やあの威力の黒虚閃(セロ・オスキュラス)を受けて、微動だにせずに防いだという事だ。

 

「しばらく眠っててもらう」

「ガッ!?」

 

 有り得ない事実に驚愕するヤミーに対し、クアルソはそう呟いた。そして、ヤミーの頭部にノーモーションで虚弾(バラ)を放ち、その意識を奪い取る。

 ヤミーが驚愕している隙を衝いたとはいえ、虚弾(バラ)で巨大なヤミーの意識を奪い取る。その実力の高さに死神達は脅威を感じる。……ただ一人を除いて。

 

 クアルソがヤミーを挑発する言葉を放ったり、ヤミーの攻撃を敢えて受けたのは、ヤミーに自分との実力差を解り易く理解させる為だ。

 (ホロウ)破面(アランカル)には強さこそ全てという風潮がある。他の何に優れていようとも弱ければ意味はない。そう思っている者は非常に多い。ヤミーも典型的なそのタイプだ。それはヤミーと僅かにしか接していないクアルソも瞬時に理解出来た。

 だからこそ、敢えてヤミーを挑発し、その攻撃をわざと受け、全てを弾いてその強さを見せ付けたのだ。話して理解してくれれば苦労はしない者が多い破面(アランカル)に対しては有効な方法だろう。

 なお、ヤミーの黒虚閃(セロ・オスキュラス)を弾いたのは虚閃(セロ)を高速回転させた特殊な防御法によるものだ。流石のクアルソもあの黒虚閃(セロ・オスキュラス)をまともに受ければダメージは負う。

 そうしてヤミーを気絶させたクアルソは、こちらを見つめている死神達の元に降り立つ。こちらに敵意がない事と、藍染を止める意思がある事を説明する為だ。

 

「初めまして。オレの名前はクアルソ・ソーンブラです。出来れば話し合いが――」

 

 クアルソは努めて丁寧に挨拶しようとした。相手は死神、本来なら破面(アランカル)と敵対している存在だ。そんな相手に敵意がない事を説明する為に、出来るだけ丁寧に挨拶しようと思ったのだ。

 イケメンで童貞ではない――クアルソが直感的に感じ取った――白哉に対しては実は敵意を持っていたが、それはおくびにも出さずに必死に丁寧に挨拶しようとしたのだ。だが、その挨拶は最後まで言葉にする事は出来なかった。

 その理由は、死神の中で唯一クアルソの強さに脅威ではなく愉悦を感じた死神一の戦闘狂である更木剣八が、挨拶途中のクアルソに突如として斬りかかったからである。

 

「うおっ! ちょ、待って! オレに敵対する意思はないって――」

「敵対する意思がない? そんなつまらない事言うなよ!! これだけ強いんだ!! もっと戦いを愉しめばいいだろ!!」

 

 剣八の鋭い一撃を咄嗟に避けたクアルソは敵対する意思がないと主張するが、そんな言葉が戦闘狂に通じる訳がなかった。

 これが死神からの言葉なら万に一つは聞いてくれたかもしれないが、相手は破面(アランカル)という死神の敵だ。剣八にとってクアルソは倒しても問題ない凄まじく強い敵だ。そんなご馳走を前にして、剣八の理性は一瞬で蒸発した。

 

 ――あ、これ駄目だわ――

 

 クアルソは理解した。目の前にいるのは完全な戦闘狂だ。それも刹那の斬り合いを愉しめればいいという、筋金入りの戦闘狂だと。

 この手のタイプは話をまともに聞いてはくれない。少なくとも、この興奮状態をどうにかしない限りは。それをクアルソは長年の経験から理解していた。たまにいるのだ、こういう手合いが。

 強い相手と戦いたい気持ちはクアルソにも理解出来るが、時と場所と状況と相手を選んでからにしろとこの手合いの連中には常々言いたい処だ。

 

「仕方ないな。少しばかりお相手しよう」

「そう言うな! 出来るだけ長く斬り合おうぜ!!」

 

 クアルソは剣八を無力化して話を出来る状況に持って行こうとする。クアルソは剣八を一見し、その霊圧を感じ取り、その動きを僅かに見て、その強さを理解した。

 間違いなく強い。十刃(エスパーダ)でも剣八に勝てる者は上位の数人くらいだろう。だがそれだけだ。霊圧は強いが自身には遥かに及ばない。動きは鋭いが荒々しく技術は低い。本能や野生で戦うタイプの戦士だ。狂戦士と言った方がいいか。

 そういう猪はクアルソの身に付けた武術のカモだ。力の限り突っ込んで来た所を合気で受け流し、力の流れを変えてやれば簡単に手玉に取れるだろう。

 

 クアルソのその予想は間違ってはいなかった。剣八が右手に持った斬魄刀を上段から振り下ろす。そこに手加減というものは()()()()()にはない。全力の一撃だ。剣八はクアルソを斬り殺すつもりで全力の攻撃を放っていた。これで死ねばそこまで。死ななければもっと戦いを愉しめる。剣八にあるのはそんな考えだ。

 その一撃をクアルソは半身を僅かにずらすだけで躱す。そして剣八の斬魄刀がクアルソに命中せず地面に向けて振り下ろされる最中に、剣八の手首と斬魄刀の柄に手を添えて力の流れを加速させる。それにより、剣八は自身の手首を支点にして攻撃の勢いのままに上下が反転した。

 

「うおっ!?」

 

 自身の身体の意図しない動きに剣八が戸惑う。そこにクアルソが弧を描くように蹴りを放った。

 

「ぐぅっ!」

 

 上下が反転した状態で剣八の腹部に蹴りが突き刺さる。その勢いを殺さず、クアルソは剣八を大地に叩きつけた。

 

「ぐはぁっ!!」

 

 大地に勢い良く叩き付けられた衝撃により、剣八の肺から酸素が吐き出される。それだけではない。クアルソの蹴りの威力と大地に叩き付けられた衝撃により、剣八の内臓は幾つか損傷した。それにより、酸素と共に血反吐も吐き出された。

 手応えはあった。普通ならこれで終わりだろう。意識があろうとも、戦う意欲があろうとも、肺から酸素が吐き出される程の衝撃と、内臓が損傷する程のダメージを負えば、普通なら立つ事も出来ない。苦痛に悶え、酸素を求めて荒い呼吸を繰り返すだけに終わるだろう。

 普通ならば、だが。

 

 ――これは!――

 

 剣八に多大なダメージを与えたクアルソは、しかしそれで終わりではないと直に察した。確実な手応えはあったが、それでも何かが違うと感じたのだ。

 クアルソのその直感は正しかった。普通なら悶え苦しむダメージを負った剣八が、大地に叩き付けられた直後に立ち上がったのだ。

 有り得ない反応速度だ。ダメージを受けているのは確実だ。酸素を求めるように荒い呼吸を繰り返しているのも確かだ。だが、まるで痛みを意に介していないかのように剣八は立ち上がり、笑みを深めてクアルソを睨み付けた。

 

「べっ! ぜぇっ! ひゅぅっ!」

 

 血反吐を吐き出し、大きく二回呼吸を行う。それだけで、剣八は再びクアルソに斬り掛かった。

 凄まじい回復力だ。戦闘狂にはどんなダメージも意に介さずに向かってくる者は多いが、ここまでの回復力を持つ者は少なかった。再生能力や回復能力を有していない、自然治癒のみでこれだ。恐ろしいと言わざるを得ないだろう。

 だが、クアルソが真に驚愕したのはそこではなかった。

 

 ――迅い!――

 

 先程よりも確実に攻撃が鋭くなっている。そればかりか霊圧も上がっている。先程は手加減していたのか、それともこの一瞬で強くなったのか。クアルソはその疑問を解消すべく、剣八の攻撃を避けながら剣八の全身を観察する。

 手加減しているにしては全力で攻撃しているように視える。少なくとも剣八が意識的に手加減せずにクアルソを斬ろうとしているのは確かだ。だが、クアルソは剣八の動きにどこか違和感を感じた。全力で攻撃しているのに、どこかで手加減しているような気がするのだ。全力で攻撃しているのに手加減しているように感じる。矛盾しているが、クアルソはそう感じた。

 今の剣八の動きと最初に斬り掛かった時の動きを比べると、最初の一撃はどこかぎこちなさが見られた。凄まじく小さな、今の動きと比べても差があるか分からない程の小さな差だが、クアルソの観察眼だとその差が見て取れた。

 

 ――まるで徐々に力を取り戻しているかのようだな――

 

 クアルソは剣八から感じる違和感に対しそう思った。強くなっているのではなく、本来の強さに戻っている過程。そう考えると身体の動きのぎこちなさがどんどんなくなっていくのも理解出来る。

 初めから全力ならばそんなぎこちなさは生まれない。攻撃に躊躇いがあったようにも見えない。つまり、これは剣八も理解していない無意識での手加減なのだ。その手加減が、クアルソを相手にしている最中少しずつ無くなっている。つまり、本来の強さに近付いているという事だ。

 

「どうした! 避けるだけかよ!? 腰の刀は飾りか!? もっと斬り合いを愉しもうぜ!!」

 

 剣八が声に霊圧を乗せてクアルソに叩き付ける。身体の動きだけでなく、霊圧も更に上がっている。最初に感じ取った霊圧は何だったのかとクアルソは思う。

 そうしてクアルソが剣八の霊圧を探査回路(ペスキス)にて深く調べようとする。表面だけではない、深層レベルの霊圧までだ。そこでクアルソの探査回路(ペスキス)が感じ取ったのを言葉で表すなら、巨大な蓋であった。

 

「なんだこれ……?」

「何を呆けてやがる!!」

 

 剣八のその言葉はクアルソに届かなかった。耳に聞こえていたが、頭に入ってこなかったのだ。それほどクアルソは剣八の霊圧に衝撃を受けていた。

 その巨大な蓋は、剣八の霊圧の奥深くにあった。そして、その蓋の底には更なる霊圧が眠っていた。まるで全力を出さないようにする為の枷だ。いや、実際にそうなのだろう。

 

 剣八の今の実力は本来のそれと比べると遥かに低かった。その理由は剣八の戦闘狂にある。剣八は戦いを、死闘をより長く愉しみたいが為に、無意識の内に自らに枷を課したのだ。

 更木剣八は強かった。敵となる者が見当たらない程に強かった。斬りあう敵を見つけるのに苦労している時、剣八は最高の好敵手に出会った。苦戦という言葉を初めて理解する程の強敵に。

 その戦いで剣八は初めての悦びを得た。ギリギリの死闘を繰り広げる悦びだ。初めて出会った敵に、初めて味わう死闘に歓喜した。それが、剣八を弱くした。

 剣八はギリギリの死闘に悦びを見出しすぎたのだ。尸魂界(ソウル・ソサエティ)で敵を探すのが困難な程の実力者が、ギリギリの死闘を味わうのにどれだけ苦労するか。それを知ってか知らずか、剣八は自身も気付かぬ内に自らの力を封じてしまった。自らの力を極限まで削る事で、強敵とも言えない程よい実力者を相手にしても死闘を興じられるようにしていたのだ。

 

 その封が今外れようとしていた。いや、その傾向は既にあった。尸魂界(ソウル・ソサエティ)で起こったある事件を切っ掛けに、剣八は幾度か死線を潜り抜けた。この虚夜宮(ラス・ノーチェス)でも第5十刃(エスパーダ)と戦い、傷つきながらも勝利した。それらの戦いにより、剣八は以前の強さに少しずつ近付いていた。

 そして今、全力の攻撃が掠りもしない敵と戦っている。力の流れを変えられ、たったの一撃で内臓をやられる程の強敵と戦っているのだ。全力を出しても出しても出しても、それでも死なないかもしれない強敵と。ならば、剣八の封が解けないはずがなかった。

 

「ははははは!! こんだけ攻撃が当たらない敵は初めてだ!! いい加減斬られろ!!」

 

 最早戦闘開始時とは比べ物にならない速度の剣戟がクアルソを襲う。だが足りない。それでもまだクアルソには届かない。クアルソがそれだけ強く、そして剣八がまだその力を取り戻していないからだ。

 クアルソは剣八の底に眠る力を見た。それが徐々に解放されているのも見た。これが全て解放されたらどうなる? 一体どこまで強くなれる? そう考えた時――

 

「ハッ! 何だ。斬り合いには興味ねーのかと思ったら……そんな顔も出来るんじゃねぇか」

 

 クアルソは笑っていた。剣八の底知れない強さに笑みを浮かべたのだ。

 強者を求めているのは何も剣八だけではない。強い敵と戦いたい。強さを比べ合いたい。思う存分力を揮える相手がほしい。それは、クアルソが数多の転生人生で幾度となく思っていた事だ。

 数千年という膨大な人生の殆どを武に費やした。魂に染み付いた習慣の如く、強くなる努力を惜しまなかった。その結果、敵と言える存在とは数えるほどしか出会えなかった。

 それがどうだ。藍染惣右介。市丸ギン。東仙要。十刃(エスパーダ)。そして更木剣八。この世界に転生して僅か数ヶ月。それだけの月日でこれだけの強者と出会えた。その中でも剣八は藍染に次いで飛び抜けている。このまま強くなれば純粋な戦闘力ならば藍染を超える可能性すらあった。

 これに悦びを感じない程、クアルソは武人として枯れてはいなかった。結局はクアルソも剣八と方向性が違う戦闘狂なのだ。

 

「まだだ……」

「ああ?」

 

 クアルソの突然の言葉の意味が理解出来ず、剣八が一瞬だけ呆ける。

 

「がっ!?」

 

 その隙を衝いてクアルソが剣八の顎を蹴り上げた。その威力により宙に浮いた剣八に更に虚弾(バラ)による追撃を放つ。

 剣八の全身に鋭い衝撃が走る。今の今まで攻撃を避けていただけのクアルソの突然の反撃に、剣八は反応し切る事が出来ずまともに攻撃を受けてしまった。

 だがそれで怯む剣八ではない。むしろ攻撃を受けた事でようやく戦いが始まったのだと嬉々として反撃に出たくらいだ。

 

「やっとやる気になったか!! さあ、愉しもうぜ!!」

「いいやまだだ……! まだ足りない!」

 

 戦いを愉しもうと斬り込んでくる剣八に対し、攻撃を最小限の動きで躱して的確な反撃を与えつつ、クアルソはまだ足りないと叫ぶ。

 そうだ。まだ足りない。この程度の力ではまだ届かない。だからもっと、もっともっと強くなってくれ。その底にある蓋を開け、さらなる底を見せてくれ。

 

「がふっ!?」

 

 神速の響転(ソニード)で剣八の背後に回ったクアルソが、内臓に響く打撃を叩き込む。だが剣八は血反吐を吐きながら即座に反撃を繰り出す。

 クアルソは剣八の振り向き様の横薙ぎを身体を沈みこませながら躱し、通り過ぎる右腕に飛びついてそのまま捻り折るように高速で回転する。それに対し剣八は腕が折られないように回転に合わせて自身も回転した。今までの剣八では不可能な反応速度だ。今この瞬間にもその力を高めている証拠だ。

 剣八が力の流れに逆らわないよう回転した瞬間、クアルソは剣八の腕から離れ、大地に手を突いて無理矢理回転を抑えてそのまま空中で回転する剣八の顔面に蹴りを放った。

 

「ちぃっ!」

 

 剣八はそれを左手で防ぐ。衝撃の全ては防ぎ切れず吹き飛ばされるが、恐るべき反射速度でクアルソの攻撃をガードしたのだ。

 吹き飛んで行く剣八にクアルソが虚閃(セロ)を放つ。ノーモーションの、その上無音の虚閃(セロ)をだ。無音の虚閃(セロ)は言霊の力が籠もっていない為威力が低いが、追撃としては十分な威力だろう。何よりその発動速度の早さは得がたい物がある。

 

「ぐぅおおぉ!!」

 

 崩れた体勢でそんな攻撃を回避する事は出来ず、剣八は虚閃(セロ)に飲み込まれて更に吹き飛ばされていく。

 

「あぁぁ!」

 

 虚閃(セロ)に吹き飛ばされながらも、剣八は剣圧によって虚閃(セロ)を斬り裂きその奔流から脱した。

 間違いなく強くなっている。戦えば戦うほど、傷を負えば負うほど、追い詰められれば追い詰められるほど、死線を越えれば越えるほど、剣八は強くなる。力を取り戻している。

 ならば徹底的に追い詰めよう。殺さないよう、致命傷を与えないよう、壊さないよう、丁寧に追い詰めていく。全力を出さないと勝てない相手だと、全力を出しても壊れない相手だと、遠慮する必要はないのだと教える為に。

 

 

 

 

 

 

 クアルソと剣八が死闘を愉しんでいる時間から少し遡る。

 現世では偽空座(からくら)町にて藍染一味と護廷十三隊の隊長格が死闘を繰り広げていた。

 現在の戦況は護廷十三隊の有利に進んでいた。第2十刃(エスパーダ)であるバラガン・ルイゼンバーンが引き連れていた従属官(フラシオン)は全て敗れ、そしてバラガン自身もまた滅びた。己の力を利用されるという皮肉な敗北でだ。藍染に恨みを持つ元死神達、仮面の軍勢(ヴァイザード)が加勢したとは言え、死神達が確かに押していた。

 死神や仮面の軍勢(ヴァイザード)にも負傷者は出たが、幸い死者はいない。数の上では圧倒的に死神達が有利だろう。数の上では、だが。

 

「スターク、ハリベル。下がり給え」

『!?』

 

 バラガンが敗れた時、藍染が動き出した。今まで配下の十刃(エスパーダ)に戦わせていたというのに、ここに来て十刃(エスパーダ)を下がらせて自らが前に出る理由。それが誰にも理解出来ず、スタークとハリベル含めて誰もが藍染の真意を訝しんだ。

 

「君達の力では彼らの相手をするには不足しているようだ。後は私達が終わらせよう」

「……了解、藍染様」

「了解……しました」

 

 それはスタークとハリベルを侮辱する言葉だ。ここまで二人は複数の隊長や仮面の軍勢(ヴァイザード)を相手に一進一退の攻防を繰り広げていた。押している場面もあったくらいだ。多対一でそれならば、何も責められる云われはないだろう。

 だが、藍染が十刃(エスパーダ)に求める水準は遥かに高かった。最上級大虚(ヴァストローデ)は隊長格を上回る実力を持つと言われている。そして、現世に連れて来た上位三人の十刃(エスパーダ)は全員最上級大虚(ヴァストローデ)だった。

 破面(アランカル)となって力を増しているというのに、それがこの体たらくだ。隊長や破面(アランカル)もどき――藍染の仮面の軍勢(ヴァイザード)への総評――如き、容易く打ち倒せなくては苦労して最上級大虚(ヴァストローデ)を集めた甲斐がないというものだ。

 本来なら彼らが敗北するまで高みの見物に徹しているつもりだった。それで彼らが勝てば良し、負けてもどうでも良し、戦いが無駄に長引くようなら自ら斬って捨てるつもりですらいた。

 

 その予定を変更した理由。その理由はクアルソにあった。クアルソはハリベルに懸想している。そしてスタークとは気軽に話し合う仲だ。

 この二人を切り捨てた場合、クアルソは藍染に反感を抱くだろう。例えそれが死神の手によるものだとしても、見捨てたと見做す可能性はある。

 藍染は対クアルソを想定し、その身体に崩玉を埋め込み馴染ませている。いずれはクアルソと戦う事は藍染の計画の内にあった。あれ程の強さならば、必ずや崩玉を御した自身の敵となってくれるだろうと予測していた。

 

 だが、それは崩玉を御した後の話だ。今の藍染の肉体に崩玉は完全に馴染んではいない。崩玉の凄まじい力は藍染をして容易く御す事は出来ないのだ。

 藍染の予想の一つではクアルソが現世にやってくる可能性もあった。その時にまだ崩玉が馴染んでおらず、そしてスタークやハリベルが死んでいたら……。クアルソの力が藍染に牙を剥く可能性は高いだろう。そうなった場合、崩玉の制御が間に合わない状況でクアルソが敵になった場合、藍染が負ける可能性は非常に高いと言えた。

 それを防ぐ為に、藍染はスタークとハリベルを生かしているのだ。もちろんクアルソが牙を剥いた場合の対抗策は他にも用意してある。まあ、その内の一つを用意してくれたのはある意味では護廷十三隊なのだが。

 

 藍染自身が前線に立つ理由は他にもある。少しでも崩玉を身体に馴染ませる為、多少は運動しておこうと思ったからだ。

 護廷十三隊と破面(アランカル)もどき達。これくらいの戦力ならば多少の準備運動にはなるだろう。……汗もかかない程度の運動だが。

 そう、ここまでは護廷十三隊が押していた。だが、藍染が戦闘に参加した瞬間。死闘は蹂躙へと変化していった。

 

「さあ始めようか護廷十三隊。そして、不出来な破面(アランカル)もどき達」

 

 そうして、藍染含む元隊長三人と、仮面の軍勢(ヴァイザード)含む護廷十三隊の戦いが始まった。

 

 




 はい、こういう理由でスタークを生き残らせました。だってスターク好きなんだもん……。







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。