藍染と護廷十三隊隊長達の戦いは一方的だった。隊長格は強い。その誰もが一騎当千の実力の持ち主だ。虚化を自在に操る
だが、藍染はそんな彼らを一人で圧倒する程の実力者だった。それは黒崎一護が加勢しても変わらなかった。
「藍染!!」
憎しみを籠めた叫びを藍染に叩き付け、十番隊隊長の日番谷冬獅郎が藍染に斬り掛かる。
冬獅郎は藍染に誰よりも大事にしていた女性を心身共に傷つけられた恨みがあった。責任だけを刃に乗せて刀を振るのが隊長、それが冬獅郎の言葉だ。
そして冬獅郎は隊長である事を捨ててもいい覚悟で藍染に挑んでいた。今の冬獅郎の刀に乗っているのは憎しみだけだ。その憎しみが籠もった刀を冬獅郎は全力で藍染にぶつける。
「力の差も理解出来ない者が隊長とは……君が隊長の座に就いた時、護廷十三隊の質も落ちたと思ったものだ」
藍染は冬獅郎の攻撃を軽くあしらいながら呟く。その挑発めいた言葉の通り、藍染と冬獅郎の間には隔絶した差があった。それは鏡花水月の能力を加味せずともだ。
今、護廷十三隊と
そして藍染に一瞬の隙を作り出す事で、唯一鏡花水月の能力の範囲外にある黒崎一護にその隙を衝かせて勝利を得ようとしているのだ。それほどに彼らは鏡花水月を警戒していた。完全催眠とはそれほど恐るべき力なのだ。百年以上の長きに渡って瀞霊廷中の死神を欺き続けたのは伊達ではない。
だが、その考えが履き違えたものであると、この戦いを観戦していた市丸ギンが思う。
藍染の恐ろしさは鏡花水月ではない。それを操る藍染自身の強さなのだ。斬拳走鬼の全てを極め、死神として限界にまで高めた強さ。そして鏡花水月があったとはいえ、瀞霊廷を欺き続けた知能。
全てにおいて規格外の藍染だからこそ、
例え死神達がどれだけ藍染を用心しようとも不用心。それがギンの両者の実力差への見解であった。
そして、ギンの見解の通りに戦況は動いて行く。
「嘘だろ……」
数多の隊長格達が、藍染一人に翻弄されていく。それを遠目から見ていた一護が信じられないように呟く。
これだけの隊長と
だがどうだ。一護から見ても藍染は鏡花水月の能力を使用していない。一護の視界に映る映像と、隊長達の動きに違和感はない。彼らが鏡花水月の術中に嵌っていれば、鏡花水月の能力外にある一護には不自然な動きが見て取れている筈だ。それがないという事は、藍染は鏡花水月の能力を使っていないという事である。
だというのにだ。藍染はただの一人で隊長格も
その行為にどのような意図があるかは一護には解らない。だが、一つだけ解る事があった。藍染の圧倒的な実力である。
こんな化け物に勝てるのか? 一護がそう思い始めた時だった。
「もらった!」
「明王!!」
冬獅郎の卍解、大紅蓮氷輪丸の氷撃が藍染に直撃する。狛村の卍解、黒縄天譴明王の巨大な質量を有した斬撃もだ。
「!?」
突如として藍染の動きが鈍くなった事に一護は気づいた。その隙を衝いた冬獅郎と狛村の攻撃が直撃したのだ。
何があったのかは分からない。鏡花水月の能力ではない事は確かだ。万が一、自分も鏡花水月の術中に嵌っていたらと思うと恐ろしいが、それを言い出したらキリがないのが鏡花水月だ。
今見える情報を信じる他はない。これが唯一無二の好機なのかもしれない。ここを逃す訳にはいかない。
そう思い立ったら即断即決だ。一護は虚化し、全力の月牙天衝――霊圧を斬撃の形で飛ばす技――を己の斬魄刀である天鎖斬月に纏わせ、藍染に向けて斬り掛かる。
「月牙天衝!!」
「ぐっ!」
その一撃は確実に藍染に命中した。その証拠とばかりに藍染の左肩から胸に向かって一直線に斬り傷が走り、そこから血が溢れ出る。
「今だ!」
「一斉にやれ!!」
一護の攻撃を見て、藍染と戦っていた全ての死神が好機と悟る。そして全員が己に出来る最大の攻撃を一気に放った。
数多の鬼道が、数多の
勝った。誰もがそう思った。躱せている筈がない。耐えられる筈がない。生きている筈がない。そう思える程の攻撃だったのだ。
「……やったか?」
「手応えはあったで」
一護の声に
「しかし、藍染の動きに違和感があったのはなんでや……」
明らかに動きが鈍っていたが、その前兆はなかった。誰かの攻撃を受けた訳でもなく、ただただその強さで全てを圧倒していた。それがどうして。
死神の誰もが思ったその疑問に答えたのは他でもない。藍染自身だった。
「限界が訪れたのだよ。死神としての私にね」
『!?』
それは確かに藍染の声だった。まだ生きていたのかと誰もが驚く。そして、攻撃による土煙が晴れ、藍染の姿を見た時……更に驚愕した。
「な、なんだそれは……!」
藍染の胸に埋め込まれていた崩玉。それが藍染を覆うように力を放出していた。それだけではない。先程の攻撃で藍染が受けたダメージも全てが癒えていく。
「超速再生!?」
「超速再生じゃあない。私が虚化などすると思うか。これは主に対する防衛本能だ」
そう、藍染の胸に埋め込まれた崩玉は藍染を主と認めていた。故に、藍染の傷を瞬時に癒したのだ。
それだけではない。崩玉は遂に藍染の心を理解し始めたのだ。崩玉には意思がある。崩玉を知る死神の誰もが誤解している事だが、崩玉の能力とは死神と
その真の能力とは、自らの周囲に在る者の心を取り込み、具現化する能力だ。その能力で藍染の心を理解した崩玉は、藍染の肉体を造り変えようとしているのだ。死神も
今はその過程だ。まだ進化は終わっていない。ここを逃せば勝ち目は完全になくなるだろう。それを理解しているのか、死神側に更なる援軍が現れた。
「お、親父……!?」
「おう」
その援軍を見た時、一護に計り知れない程の衝撃が走った。それは援軍の一人が実の父親である黒崎一心だったからだ。
ただの一般人だと思っていた父親が、死神の恰好をして目の前に立っている。しかもその身から感じる霊圧は隊長格のそれだ。一心の事情を知らない一護が動揺するのは仕方ないだろう。
「訊きたい事は解るが、今は置いておけ。それどころじゃないからな」
「……ねえよ。訊きたい事なんかな。言いたくない事情があったんだろ。だったら言いたくなるまで待つさ」
「一端の口利くようになったじゃねぇか……」
気にならないと言えば嘘になる。だが、一心が話さなかったのはそれなりの理由があるというのも一護には理解出来た。だから、その意を汲んで話したくなるまで待つ。それが一護の結論だった。
「悠長に話している暇はないぞ」
「夜一さんの言う通りっす。もうすぐ藍染さんは崩玉と完全に融合してしまいます。その前に――」
援軍は一心だけではなかった。元二番隊隊長である四楓院夜一。元十二番隊隊長である浦原喜助。この二人もまた一心と共に藍染を止めるべくこの戦いに参戦した。
特に浦原喜助の参戦は大きいだろう。彼は隊長でありながら技術開発局という、
それだけでなく、藍染の策略により虚化した平子含む元隊長達を治療・保護したのも彼だ。完全な治療は叶わなかったが、浦原がいなければ彼らは
浦原の存在は戦場においてジョーカーのような物だ。ありとあらゆる知識と手段を用意し、ありとあらゆる状況に合わせて使用する。どんな場面でも一定以上の効果を持つ切り札となれば、敵からすれば脅威そのものだろう。
だからこそ、藍染は浦原を真っ先に攻撃した。
「――その前に、どうすると言うのだ?」
「ぐ……!」
藍染の刀が浦原を貫く。だがその瞬間、浦原の身体が一瞬にして爆ぜ、いつの間にか藍染の背後に姿を現していた。
「六杖光牢」
そして詠唱破棄した縛道にて藍染の動きを封じ込める。
「この程度の縛道で私を縛ってどうするつもりだ?」
六杖光牢は縛道でも六十番台の術だ。その効力は相応に高い。だが、今の藍染にとっては容易く破る事が出来る程度だったが。
そんな余裕の藍染に対し、浦原は更なる縛道の追撃にて応えた。
「縛道の六十三・鎖条鎖縛! 縛道の七十九・九曜縛!」
「く……!」
六杖光牢の上から更に二つの上級縛道を重ね掛ける。浦原の実力の高さも相まって、流石の藍染も動く事が出来ないでいた。少なくとも、全員がそう判断出来た。
「千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな 我が指を見よ」
「!」
浦原の詠唱を聞き、藍染も僅かに動揺する。今、浦原が詠唱している破道は九十番台のものだ。完全詠唱で放たれる九十番台の破道の威力は計り知れない。
まともに受ければ今の藍染でもダメージを負うだろう。そう、誰もが今の藍染を見て察した。
「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ」
「そんな鬼道を使わせると思うか? こんなもの……」
藍染は浦原の破道が発動する前に己を縛る縛道を砕こうとする。だが、全ては遅かった。
「遅い。破道の九十一・
「今だ!」
浦原から凄まじい威力の破道が放たれた。そしてその機を逃さず他の死神達も藍染に再び一斉攻撃を仕掛けた。
先程よりも更に巨大な爆発が藍染を中心として起こる。これで駄目なら打つ手はないかもしれない。そんな恐怖を力に変え、死神達も死力を尽くした攻撃を放ったのだ。
「はぁ、はぁ……!」
既に大半の死神は霊力の多くを消耗し、万全とは言えない状態まで弱っていた。どうか終わってくれ。弱気にもそう願う死神も少なくない。
だが、死神達の絶望は終わってはいなかった。
「無駄だ。もはや君達如きの攻撃など避けるまでもない」
「うそ……だろ……」
「化物か……!」
爆炎から現れたのは無傷の藍染だった。最初の全体攻撃ではまだダメージを受けていたというのに、今は完全に無傷。
それだけではない。藍染の外見は更に変化していた。蛹を思わせるような仮面が頭部から全体を覆っている。完全に死神とは異なる異形へと変化したのだ。
変化したのは見た目だけではない。その戦闘力も格段に上がっていた。先程までダメージを受けていた攻撃を無傷で防いだのがその証拠だろう。
「さあ、次はどうする? 術が駄目なら力か? 何でもいい。私は君達の全てを打ち砕いていこう。最後の一つが潰えるまでね」
死神達の絶望は終わらない。始まったばかりであった。
◆
南米ブラジルに出現した童貞、もといクアルソは、念の為もう一度
「トンネルを抜けるとそこはブラジルでしたってか。畜生め」
クアルソが
「……」
こうなったらブラジルから直接日本まで行くかと考えるクアルソだが、流石に遠すぎる。行けなくはないが、到着した時には全て終わってました、となるかもしれない。もっと早く到着する方法はないものか。
そう悩んでいたクアルソは、悩みすぎても時間の無駄と悟り、またも
藍染が
クアルソのその考えは正しい。
つまり、何らかの方法でクアルソの霊圧を感知出来ないようにすればいいのだ。そして、その為の最適な能力をクアルソは有していた。そう、【天使のヴェール】で――
「――」
突如として、
「……どうだ?」
クアルソの解決策は力ずくだった。座標設定が間違っていないならば、
そしてクアルソの狙った通り、
解放した力を元に戻してから、クアルソは穴から外に出る。そして遥か真下に広がる大地を目にした。というか、あまりに高い為に日本全体が視界に映っていた。
「良し!」
良し、ではない。もう少しスマートなやり方はなかったのかと、ここに他の誰かがいれば言っていただろう。
だが、クアルソは藍染の仕掛けがどのようなものか知らないので、まずは力ずくで上手く行くか試してみたのだ。それで上手く行けば一番手っ取り早かったからだ。無理ならば別の方法を考えていただろう。そうすれば何らかの方法で自身の霊圧を感知しているのでは? 【天使のヴェール】を使えば万事解決なのでは? という発想に至った可能性は高い。
そもそも、藍染の仕掛けはクアルソの霊圧により消し飛んでいたので、そのまま普通に
ともかく、日本に来さえすれば後は
だが、一向にそれらしい霊圧を感じ取る事が出来ないでいた。藍染が護廷十三隊と戦闘しているとなれば、それなりの霊圧を感じ取れる筈だ。クアルソの霊圧感知でそれを逃す事はまずない。
つまり、自身の霊圧感知でも感じ取れない何らかの方法で藍染達の霊圧が隠されているという事だと、クアルソは判断した。恐らく現世に影響を与えないよう、偽
もちろん、戦いが終わっていない事が前提の予測だが……。そこは間に合っていると信じるしかなかった。
そうしてクアルソは
クアルソのその判断は正しかった。クアルソの
そこが
「……結界か」
クアルソの予想通り、偽
クアルソならばこの結界を砕いて侵入するのは容易い。だがそれには問題があった。そうした場合、結界を元に戻す事が出来ない可能性が高いのだ。
無理矢理侵入しても砕けた結界が修復されるなら良いのだが、修復されずに壊れた場合、隊長クラスが渦巻く戦場の霊圧が周囲に放たれ、現世に多大な影響を与える事だろう。それはクアルソも望む所ではなかった。
どうしたものかと逡巡するクアルソだったが、その問題を解決出来そうな存在がやって来てくれそうなので少し待つ事にした。そして、一人の死神がクアルソの前に姿を現す。
今のクアルソは【天使のヴェール】を使用していないので
クアルソの前に現れた死神の名は
「そこまでだ
明確な敵対意思を持ったその言葉は、クアルソが
クアルソに出来るのは穏便に事が進むように話し合いを申し出るくらいだ。この世界に男性として転生出来たのは非常に嬉しい事だったが、敵対したくもない相手と種族上の問題で初めから敵対しているのは難儀な事だとクアルソは思う。
「落ち着いて話を聞いてください。私の名前はクアルソ・ソーンブラ。藍染さ……藍染を止めに来ました。出来れば結界の中に入りたいのですが……」
一応は止める側として藍染への敬称は省いておく。が、まあ意味のない配慮だった。
「それを信じると思っているのか?」
ですよねー。クアルソは内心でそう呟く。藍染の部下である
白哉やマユリがクアルソを僅かでも信じたのは、クアルソがヤミーを止めた事と、圧倒的実力がありながら死神達――剣八は除く――に攻撃をしなかったからだ。そういった信じるに値する何かがない限り、雀部がクアルソを信じる筈もないだろう。
「……時間がない。すまないが実力行使させてもらう」
こうしている今も藍染は目的を達しようとしているかもしれない。悠長に言葉で説得している暇はないと言えた。
出来ればしたくなかったが、今回ばかりは――今回も――クアルソも実力行使に出る事にした。そうしてクアルソは天高く昇っていく。
「逃がすか!」
雀部はクアルソの後を追う。元々地上では現世への影響を考えると戦い辛いと思っていた処だ。敵が戦場を移動してくれるなら雀部としても好都合と言えた。もちろんクアルソも現世への影響を考えて移動したのだが。
そうして両者は
「さて、一応最後に確認する。出来ればあの結界を通してほしい。俺は藍染様を止めたいだけだ。死神達にも現世の人々にも危害を加えるつもりはない」
「……二度も言わせるな。それを信じると思ったのか?」
クアルソの堂々とした態度に嘘は感じられない。少なくとも雀部はそう思った。だが、だからといって
今の戦場の局面は非常に悪い。藍染の圧倒的な力に死神達は窮地に陥っていた。結界の外を守る役目がなかったら、直に救援に向かいたいと雀部が思うほどにだ。
そんな状況にクアルソを加えたらどうなるか。クアルソが藍染の味方をするつもりだった場合、戦力差は更に広がるだろう。それは絶対に防がなければならない。
「話は終わりだ! 穿て厳霊丸!」
雀部の解号と共に斬魄刀がレイピア状に変化する。
始解したとなれば最早問答無用だろう。ここから先は力で対抗する他ないとクアルソも覚悟を決めた。
「はぁっ!」
雀部が厳霊丸をクアルソに向けて突く。その形状に見合った攻撃方法だろう。
だが、互いの距離は厳霊丸が届く距離にはなかった。明らかに射程距離が足りないが、そんな間抜けな攻撃をする者が一番隊副隊長のはずもない。
突かれた厳霊丸から紫電が放たれる。これが厳霊丸の能力。雷を発する力である。
「雷か……」
だが、その程度の雷撃ではクアルソに毛ほどの痛痒も与える事は出来なかった。雷故にその攻撃速度はかなりのものだが、攻撃範囲が狭すぎた。人一人も飲み込めない程度の雷では、いくら速くともクアルソに命中する筈もない。
「ぬぅ!」
「悪いな。雷系の攻撃には慣れている」
雀部の能力を見てクアルソは遥か過去を思い起こす。今までの人生でも雷系の能力の持ち主と戦った経験は数多くあったが、一番印象に残っているのはある一人の少年だった。
初撃にて攻撃を見切られた雀部は、それで戦意を喪失する事はなく更に攻撃を繰り返していく。
「濡らせ!」
力ある言霊と共に厳霊丸から雨雲が呼び出される。天候の一部を操る事が出来る斬魄刀は数少ない。単純に斬魄刀の能力が多岐に渡るという理由もあるが、同系統の斬魄刀でもここまでの力を持つものは少ない事から、雀部の力の高さが推し量れるだろう。
そうして再び厳霊丸から雷が放たれる。その威力は先程よりも更に高い。雨雲を呼び出した事で威力が増幅されたのだ。だが――
「甘い」
威力が増幅された筈の一撃を、クアルソは腕の一振りで掻き消した。鬼道系の斬魄刀の中でも炎や氷、雷のように自然現象を操るタイプは攻撃に追加効果が乗っていないものが多い。それは藍染から渡された死神の資料で確認済みだ。故に、直接攻撃に触れても特に問題ないとクアルソは判断した。
もちろんその情報が絶対だとは思っていないが、クアルソの経験上でもこういった攻撃に特殊な効果が籠められている可能性は低い。電撃による麻痺はまた別の話だが。
「くっ!」
「……今のが本気か?」
クアルソは挑発めいた言葉を放つ。事実それは挑発だった。目の前の死神がまだ力を隠している事をクアルソは見抜いていた。
今の力を隠している状態の敵を倒すのは容易だ。だが、そうしてしまえば結界の問題が解決しない可能性が高い。力を残したままに敗れると、まだ戦える、こうすれば倒せていた、と意固地になる者も多い。それを少しでも防ぐため相手の全力を叩き潰し、その上で交渉して結界を通してもらう。それがクアルソの心算だった。
「それじゃあ通らせてもらうぞ」
「……ここは絶対に通さん!!」
雀部は遠距離攻撃では埒があかないと理解し、接近戦にてクアルソを仕留めようとする。瞬歩にてクアルソに接近し、厳霊丸に雷を帯びさせて正確無比な刺突にてクアルソの眼球を狙う。
確かに普通なら眼球を鍛えられる者はいない。クアルソもその例には漏れないだろう。雀部の狙いは悪いものではなかった。命中すればの話だが。
元々眼球を狙うのは困難だ。的は小さく、眼球がある頭部は戦闘中に忙しなく動く。それを狙って命中させるのは至難の業だ。もちろん雀部の技量からすれば容易いが、それは相手が並の実力者ならばの話だ。
「な……!?」
雀部の刺突はクアルソの指一つで抑えられていた。如何に
そうして驚愕している雀部に、クアルソは厳霊丸を押さえている指からそのまま手加減した
「ぐはぁっ!!」
手加減されているとはいえクアルソの
「くっ……これ程までに……!」
これ程までに力の差があるとは。
このままではこの
転柱結界は
だが、もしこの
死神達の戦場は多くの人々が眠る
ここで必ずやこの
「……絶対に通さん! ……卍解!!」
「!!」
卍解。雀部がその言葉を発した瞬間、今までとは比にならない霊圧が雀部とその斬魄刀から溢れ出た。
「
天空に巨大な雨雲が発生する。その大きさは厳霊丸が呼び出したそれとは桁違いだ。そして、その雨雲から一本の雷の帯が楕円型の霊子の塊に、その霊子から更に十一本の雷の帯が雀部の後方へと放たれる。
これこそが雀部長次郎の卍解。二千年もの長きに渡って敵に使われた事のない、天候と雷を支配する
雀部長次郎は元々隊長の座に相応しい実力を有していた。それが副隊長の座に甘んじていたのは
山本総隊長に生涯忠誠を誓い、山本総隊長ある限り生涯一副隊長であると誓った男、それが雀部長次郎だった。故に、雀部はその力を戦いにてまともに揮った事がない。それで戦わない副隊長と揶揄され、侮辱されようとも、雀部は己の生き方を変えようとはしなかった。
だが雀部がその真価を発揮しなかったのは、己の力を揮う必要がある戦いがなかったからというのもあった。
その真価を、卍解を使わずとも、始解のみの力か自分以外の誰かの力で乗り越えられる局面にしか当たらなかったのだ。だから、卍解を使わなかった。使う必要がなかったからだ。
だが今は違う。眼前の
「……すごいな」
クアルソは雀部の卍解を見て素直にそう思った。雀部から感じられる圧力は今までの比ではない。同じ死神の始解と卍解の間には五倍から十倍もの戦力差があると言われているが、これは十倍処ではないだろうとクアルソは思う。
そう、雀部長次郎の真価は卍解にある。かつて、雀部は卍解にて最強の死神である山本に傷を付けた事すらあった。それが切っ掛けとなり雀部は山本に認められたのだ。
それが二千年前の話。そして二千年間、雀部は己の卍解を鍛え続けてきた。いつか必ずや尊敬する山本元柳斎重國の役に立てるようにと願って、二千年間誰にも卍解を見せる事無く、誰にも卍解を使う事無く、侮辱も蔑みも全て飲み込み、鍛え続けてきたのだ。そして今、その力が初めて全力で揮われようとしていた。
「改めて名乗ろう。クアルソ・ソーンブラだ」
「一番隊副隊長、雀部長次郎忠息!」
互いに名乗りを上げた時、真の戦いが始まった。
雀部が己の意思一つで十一の内の四本の雷柱を操り、クアルソに向けて放つ。雷を操るのに一々動作を加える必要はない。既にそのような未熟な時期は通り過ぎていた。
雷を操るその攻撃速度は当然雷速であり、そしてその太さは始解時のそれとは比較にならないものだ。
クアルソはその攻撃を
そしてクアルソは雀部の背後に周り込み、背面に向けて掌底を放つ。だが、その攻撃は残る七本の雷柱によって防がれた。雀部は背後に残しておいた雷柱を自身の周囲に高速回転させる事でクアルソの攻撃をガードしたのだ。
クアルソは掌底を手刀に変えて雷の壁を突き破ろうとするも、次の瞬間に別の雷柱から雷撃が放たれる。クアルソは雷を
雀部の始解と卍解に能力的な変化は然してない。あるのは圧倒的な質量の差だ。そしてそれこそが最大の変化でもあった。いくらクアルソが雀部から攻撃の気配を読み取り、先読みして攻撃を回避しようとも、雷速の攻撃をこれ程までに矢継ぎ早に放たれては全てを躱し切るのは不可能であり、敢え無く一本の雷柱に飲み込まれて行く。
「まだだ!」
クアルソが雷柱に飲み込まれた瞬間、雀部は休まず連撃を放つ。残る十本の内の四本を防御用に残し、六本を束ねて巨大な雷柱にしてクアルソに向けて放った。
現世の上空にて巨大な雷が横走る。霊子の雷故に普通の人間には見えないが、それでも異常な何かが起こっていると感じ取る事が出来るほどの霊圧が現世を覆っていた。
巨大な雷柱にクアルソが飲み込まれる。普通なら灰になる程の電撃だ。これを受けて無事でいる訳がないだろう。……等と雀部は思わない。
「ッ!」
油断せず構えていた雀部に向かって
「無傷とは……!」
雀部はあれだけの攻撃を受けて無傷であったクアルソに驚愕する。生きているとは思っていたが、まさか無傷で切り抜けられるとは思ってもいなかったのだ。
「素晴らしい力だ。威力速度共に高い上に攻防一体、その制御も非常に高い……長年の鍛錬の成果が窺える」
クアルソもまたこれ程までに洗練された力を得ている雀部に感嘆していた。どれほどの歳月を掛ければここまで高めれられるのか。
速度は当然として、一撃一撃の威力も申し分ない。自分の霊圧と
卍解との戦闘経験はこれで二度だが、それでも雀部が尋常ならざる鍛錬を経てここまでの力を得た事は確かだろうと確信出来た。
「
「本心だ。あなたの卍解から感じられる修練の積み重ねには尊敬の念すら憶えるよ」
久しぶりにこれ程の武人に出会えたとクアルソは心の底から感動していた。今までにも強者はいたが、ただただ己の強さを高め続ける武人とは滅多に出会えなかった。
ただ強いだけでなく、己を律し信念を持ってその強さを高める努力を惜しまぬ者。それはクアルソが非常に尊敬し好むタイプの存在である。雀部から感じられるものはまさにそれであった。
「……」
変わった
だが、それが真実だとしても
「ゆくぞクアルソ・ソーンブラ!」
「来い雀部長次郎!」
両者の戦いは雷に負けじと加速して行く。
長次郎は卍解したらこれくらい出来るんや! 二千年間も鍛えあげてたからもっともっと強いんや! わい、そう信じてる。