どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第十一話

 護廷十三隊も仮面の軍勢(ヴァイザード)も、藍染の前に屈しようとしていた。

 藍染は彼らのあらゆる攻撃を打ち砕いた。あらゆる手段を、あらゆる反撃を、あらゆる抵抗を、鏡花水月という強大な催眠能力を使わず、圧倒的な力の差で打ち砕いたのだ。

 それは死神達に絶望を植え付けるには十分過ぎる力だった。

 

「化け物め……!」

 

 二番隊隊長の砕蜂(ソイフォン)が焦燥し切った表情で悪態を吐く。何も通用しなかった。隠密機動が誇る分身も、同じ場所を二度攻撃すれば相手を死に至らしめる己の斬魄刀も、鬼道と体術を混ぜ合わせた技術である瞬閧(しゅんこう)もだ。

 他の死神達のあらゆる攻撃も含め、藍染はその全てを捻じ伏せた。その実力差を見せつけるように。護廷十三隊がたった一人の存在に圧倒される。そんな様を見せ付けられた砕蜂が悪態を吐くのも仕方なかった。

 

「もう終わりか? まあ、少しは今の私の性能確認の役には立ったか。礼を言おう護廷十三隊の諸君。そして破面(アランカル)もどき達よ」

 

 誰もが死力を尽くした。自分の為、現世の為、復讐の為、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の為、矜持の為……理由は様々だが、誰もが死力を振り絞って藍染を止めようとした。

 だが、藍染は死神達の死力を嘲笑うかのように、自分の役に立ったと言い放ったのだ。

 

「藍染ッッ!!」

 

 冬獅郎が藍染の言葉に激昂し、怒りのままに特攻する。当然その程度の特攻が藍染に通用する筈もなく、冬獅郎の卍解である大紅蓮氷輪丸の一撃は、容易く藍染によって砕かれた。

 大紅蓮氷輪丸の大半は氷で形作られている。故に氷部分が砕かれたくらいでは水分を利用すれば元に戻す事が可能だ。だが、冬獅郎は砕けた氷を元の形に戻す事が出来なかった。

 

「クソッ……!」

「限界のようだな。君は己の卍解を維持するのも困難な程に消耗したんだ。早く卍解を解かなければ霊力を消耗し過ぎて気を失ってしまうぞ?」

 

 藍染の言う通り、冬獅郎は藍染との戦いで霊力を消費し過ぎてしまい、卍解を維持する事が難しくなっていた。

 日番谷冬獅郎は天才だ。死神として最年少で隊長の座に就いた記録を持ち、当然卍解を会得するのに要した時間も少ない。才能という点では死神でもトップクラスだろう。

 だが、日番谷は死神としてまだ経験不足と言えた。卍解は会得するのが困難な事は言うまでもなく、極める事が更に困難な代物だ。まだ卍解を会得して然程の年月が経っていない――死神としてはだが――日番谷の卍解はまだ発展途上なのだ。それで死神としての力を極めた藍染に勝てる筈もなかった。

 

「うる……せぇ!」

 

 藍染の忠告は日番谷にとって挑発にしかならなかった。まあ、藍染もそれを理解した上でそう言ったのだが。

 

「逸るな日番谷隊長!」

 

 自暴とも言える攻撃を繰り返す日番谷を京楽が制止しようとするも、頭に血が上った日番谷にその声が届く事はなく――

 

「な……!」

 

 ――目にも留まらぬ速さにて、藍染に斬り裂かれた。

 

『!?』

 

 致命傷を負い、大地に落ちて行く日番谷を見て、誰もが驚愕する。

 圧倒的に強い敵と戦い致命傷を負う。当然と言えば当然の結果だ。だが、それでも死神達はその結果に驚いていた。

 今の今まで藍染は死神の誰にも致命傷を与えなかった。殺さないよう、戦闘力を奪わないよう、それでいて力の差を見せつけるよう、丁寧に戦っていたのだ。

 何の目的があってそうしていたのかは分からないが、それがここに来て突然の方針転換だ。とうとう藍染が本気になったのかと、戦場の空気が更に緊迫したものになる。

 

「君はもう必要ない。消耗し切った君では戦力(・・)になりえない」

「戦力……だと?」

 

 藍染の零した言葉に誰もが反応する。戦力になりえない。それはどういう意味なのか。

 敵対している死神達が藍染の戦力になる筈もない。そんな事は藍染が誰よりも理解している筈だ。

 誰も藍染の言葉の意味を理解出来ない中、藍染が日番谷に対して最後の言葉を告げた。

 

「その程度の傷では死にはしないだろう。意識を失う事もないだろう。為す術もなく地に伏して、この戦いの行く末を見ているがいい」

「……」

 

 藍染の言葉に何かを返す力もなく、かといって意識を失う事も出来ず、屈辱に塗れながら日番谷は大地に倒れ伏した。

 

「さて……私がわざと君達を生かしていたのは解っていたと思うが……どうやらそれも無駄に終わりそうだ」

「どういう意味じゃ……!?」

 

 理解していたが、藍染の口から手加減していたという言葉が出た事に屈辱を感じつつも、その行動が無駄だったという意味に疑問を持った山本が藍染に問う。

 それに対し、藍染は不思議そうに山本に訊き返した。

 

「異な事を訊くな山本元柳斎。私の言葉を信じる者はいないと言ったのは君だった筈だが?」

「……」

 

 そう、今まで尸魂界(ソウル・ソサエティ)全てを騙してきた藍染の言葉を信じる者は死神にはいない。そういう意味の言葉を確かに山本は藍染に対して言い放った。

 そんな信用出来ない者に対して疑問をぶつける事を不思議だと、揚げ足を取るように愉しげに指摘しつつ、藍染は自身の言葉の真意の一部のみを教える事にした。どうせ直に理解出来るからだ。

 

「蛹籃の時は終わった。君達を生かしておく意味は最早ない」

『!?』

 

 藍染の言葉と共に、藍染の頭部を覆っていた白い仮面が全て剥がれ落ちる。そして、仮面の下から藍染の素顔が姿を現した。その目は虚化した死神と同じように黒く染まっていたが、粉う事なき藍染惣右介の顔だ。

 蛹籃という言葉の通り、あの仮面は孵化する前の蛹のようなものだったのだ。それが終わったという事は、藍染は更なる力を得たという事である。

 

「理を超越した私に君達は用済みだ」

 

 藍染のその言葉に死神達が身構える。今までと違い、確実に屠る為に攻撃してくるのだと理解したのだ。

 だが、身構えた所で意味があるのだろうかと多くの死神が思った。藍染から霊圧は感じられない。代わりに感じるのは圧倒的なまでの圧力だ。今すぐ膝を折り屈したくなる程の、想像だにした事のない圧力だ。

 最早勝ち目がない。そう思わざるを得ない力の差を見せ付けられ、死神達の多くが心折れようとしていた時――

 

「……これは」

 

 藍染が、あらぬ方角を見て僅かに目を見開いていた。

 その反応にほぼ全ての死神が藍染の視線の先を確認する。今更下手な小細工をする必要は藍染にはない。つまり、この反応は藍染にとって予想外な出来事があったという事だ。

 いや、藍染の予想の範疇にある出来事ではあった。それでも藍染はそれ(・・)に反応する他なかった。それだけ彼を警戒していたのだから。

 

「やあ、遅い到着だったねクアルソ」

「あんたが言う事かよ藍染様……」

 

 藍染惣右介が誰よりも興味を持ち、唯一警戒した破面(アランカル)。クアルソ・ソーンブラが結界の外から参戦した。

 

 

 

「新手の破面(アランカル)か……!」

「くそっ……まだ敵が増えるのかよ……!」

 

 クアルソの登場に死神達から絶望の声が上がる。藍染一人で圧倒されている上に、藍染側の戦力は市丸ギン、コヨーテ・スターク、ティア・ハリベルの三人が残っている。そこに更に破面(アランカル)が追加されたのだ。クアルソが現れた時の死神達の絶望は如何に、である。

 

「それで、どうしたんだいクアルソ。私は君に現世に来るように命じた憶えはないんだが?」

「それでも何も、あんたを止めに来たんだよ藍染様」

「……ほう」

 

 クアルソは藍染にそう言いつつ、偽空座(からくら)町の惨状を確認する。

 偽だから良いものの、町は半壊状態だ。そして多くの死神達が傷つき倒れている。死神の中で死人はいないが、上半身と下半身が斬り裂かれた死神もいた。治療に当たっている死神がいるが、助かるかどうかは半々だろう。

 クアルソはその治療を見つつ、更に探査回路(ペスキス)で町全体を確認する。死神は大体把握した。後は破面(アランカル)達だ。生き残っている破面(アランカル)はハリベルとスターク、そして重傷だがハリベルの従属官(フラシオン)であるあの三人も無事な事を確認する。

 

 ――良かった。彼女達もどうにか生きているか――

 

 今すぐに助けたいが、まずやるべき事は藍染を止める事だ。治療鬼道――回道――を施している女性死神や、傷つき倒れているおっぱいが零れそうな程の巨乳女性死神や、褐色猫風味おっぱい女性死神や、帰刃(レスレクシオン)して更に露出が上がった上に顔の下半分にあった仮面の名残が消えて素顔も見えるようになった素敵ハリベルが非常に気になるが、やるべき事は藍染を止める事だ。

 他にも美人だが貧乳や虚乳の女性達も気になるが、優先順位としては巨乳に劣る。いや、それよりもまずは藍染を止める事が先決だ。先決なんだ、とクアルソは自身に言い聞かせる。

 そうして自身をどうにか律したクアルソは、藍染に近付いて行く。全てを超越する程に進化した藍染に、何の畏れも抱かずにだ。そして互いの距離が僅かになった時、クアルソが藍染に対して言葉を放った。

 

「藍染様。あなたには恩も義理もある。だけど、十万人もの無関係な人間を犠牲にするやり方は看過出来ない。ここは退いてもらえないか?」

「クアルソ貴様……! 何を言っている!? 藍染様に逆らう気か!!」

 

 藍染に逆らうような物言いに、藍染に対して忠誠心が高いハリベルがクアルソに向かって怒気を放つ。

 

「構わないよハリベル。彼は私に意見するだけの資格がある」

「……はっ」

 

 だが、藍染が一瞥しそう言い放つ事で、ハリベルはその怒気を抑えこんだ。それだけの圧力が藍染の一瞥には籠められていたのだ。

 

「ところでクアルソ。どうやら傷ついているようだが、何かあったのかい?」

「ん、まあ。良い戦いがあったものでして」

「ほう……」

 

 クアルソの右腕にある傷は恐らく更木剣八によるものだろうと藍染は予測する。クアルソが戦う可能性のあり傷を付けられる者となれば藍染の脳内には更木剣八が真っ先に思い浮かぶ。脇腹の傷は少し焼け焦げているので恐らく雀部長次郎の雷によるものだろうと予測した。クアルソが結界の外から入って来たという事は、結界の外を守護していた雀部長次郎と戦った可能性が高い事から、当然の予測といえた。

 

「なるほど……」

 

 クアルソの傷と、その傷を付けた者達を思い浮かべ、藍染は落胆する。期待外れだったか、と。

 いや、藍染もあの二人が強者だと言うことは理解している。藍染は剣八の底知れない潜在能力を警戒し、崩玉と完全に融合するまでは手を出すべきではないと判断した程だ。雀部に関しても二千年間も卍解を鍛え続けた猛者であり、山本総隊長が信を置く腹心であると警戒していた。もちろん剣八に対する程ではないが。

 

 それでも、今の藍染ならばその二人を相手にして傷一つ付けられずに圧倒する自信があった。それがクアルソには出来ていないとなると……。

 

「少し試す必要があるか」

「試す?」

 

 藍染のその呟きはクアルソも理解出来ない。いったい何を試そうというのか。

 

「おい……仲間割れか?」

「解らん……だが……」

 

 死神達も藍染と新たに出現した破面(アランカル)の様子が可笑しい事に気付く。話を聞くに、あのクアルソという破面(アランカル)は藍染を止めに来たと言うのだ。

 藍染の部下の筈の破面(アランカル)が藍染を止めようと意見する。それは確実に藍染の意思に背く行動だろう。どうして破面(アランカル)がそんな事をするのか理解出来ないが、この状況を上手く利用出来ればこの絶望を打破する切っ掛けになるのではないかと、死神達が思い始める。

 破面(アランカル)の行動に期待するというのは業腹だが、それ程までに困窮している状況なのだ。そうして死神達は呼吸を整えつつ、藍染とクアルソの会話と行動に意識を集中する。

 

 

 

 

 

 

「残念だよクアルソ。君ならば私の理想を理解してくれると思っていたのだが」

「恩を仇で返して悪いな藍染様」

 

 クアルソの言葉が言い終わる時、それが両者の戦いの合図だった。そして、その戦いは一瞬で終わった。

 進化した藍染の斬撃がクアルソを斬り裂く。やはり全てを超越した藍染に、藍染が生み出した破面(アランカル)が敵う筈もないのだ。

 だが、そこで死神達は信じ難いものを見た。クアルソを斬り捨てた藍染の胸に、クアルソの斬魄刀が突き刺さっていたのだ。

 

「ぐ……! さ、流石はクアルソか……今の私にここまで迫るとは……!」

 

 藍染のクアルソに対する対応からして、クアルソという破面(アランカル)が特別な存在だというのは死神達も薄々と感じていた。だが、護廷十三隊と仮面の軍勢(ヴァイザード)が束になって敵わなかった藍染に、致命の一撃を与える程だとは予想だにしていなかった。

 

「く……」

 

 藍染が胸に突き刺さった斬魄刀を抜こうとする。抜いて崩玉の力でまた再生するつもりなのだろう。

 

「させん!!」

「!?」

 

 その前に、山本総隊長が藍染に攻撃を加えようとする。当然それを躱す藍染だったが、その表情は苦々しいものになっていた。

 

「おのれ……半死半生の貴様が今になって息を吹き返すか……! この程度を勝機と見たか山本元柳斎!!」

「山爺だけじゃないさ!」

「京楽……!」

 

 山本の攻撃を躱した藍染の背後から京楽が斬り掛かる。それも藍染は躱すが、やはり先程までの余裕は見られなかった。

 それも当然だろう。クアルソの斬魄刀が突き刺さった場所には魂魄にとっての急所が存在していた。鎖結(さけつ)と呼ばれるそれは霊力を発生させる器官の一つで、ここを損傷すると霊力を生み出す事が困難になってしまうのだ。

 もう一つの霊力を発生させる急所である魄睡(はくすい)が残っている為に完全に霊力がなくなる訳ではないが、弱体化は免れないだろう。

 だが、それも藍染の胸に斬魄刀が突き刺さっているまでの間だ。藍染が斬魄刀を抜き取り、傷を再生させてしまえば……完全に勝機を失ってしまうだろう。今が絶好の好機なのである。

 それは全ての死神が理解していた。ただ一人、黒崎一護以外は。

 

 

 

 

 

 

「な、なにを――」

 

 何をやっているんだ!? 一護のその疑問は、最後まで言い切る前に晴らされた。

 

「完全催眠だ」

「な……!」

 

 一護の疑問に答えたのは藍染だった。死神達と戦っている筈の藍染が、涼しい顔で一護の前に立っている。そしてその胸に斬魄刀は突き刺さっておらず、当然傷一つ付いていなかった。

 

「完全催眠の術中にある彼らに君の声は届かない。そうなるように、私が彼らの五感を支配したからだ」

「なん……だと……!」

 

 死神達は今も藍染を倒そうと奮闘している。消耗した肉体を意思の力で動かし、霊力を振り絞って藍染を追い詰めている。鎖結(さけつ)を貫かれ力が落ちた藍染は、死神達の猛攻を避けるのが精一杯だ。

 という風に、黒崎一護を除く全ての死神は思い込んでいた。いや、何人かは怪しんでいるが、確信には至っていないようだ。

 

「鏡花水月を遣う暇を与えない……そう言ったのは日番谷冬獅郎だったか。愚かな事だ。完全催眠の発動など、私の意思一つで自由自在だというのに」

 

 そう、藍染が鏡花水月を発動させるのに必要な手間は一瞬だ。完全催眠に陥らす条件である始解を目にする事、それを満たしてさえいれば、誰であろうと一瞬で五感を支配する事が出来る。

 遣う暇を与えない等と、思い上がり所か勘違いも甚だしい事だと藍染は思う。そうしたければ、せめて呼吸する暇すら与えずに攻め立てるくらいはするべきだと、藍染は死神達を嘲り嗤う。

 

 鏡花水月の完全催眠の術中にある死神達は、五感の全てを支配されてある幻覚を見せられていた。

 クアルソ・ソーンブラを藍染惣右介と誤認してしまうという幻覚。それが今の死神達の現状を作り出していた。つまり、死神達が藍染と思って攻撃しているのはクアルソなのである。

 

 完全催眠に掛かっていなかった一護から見たら、藍染とクアルソの会話は死神達とは違うものだった。

 

 

 

「クアルソ。君が私の行動を否定する可能性は常に考慮していた」

「でしょうねぇ……おかげで海外旅行が楽しめましたよ……」

 

 黒腔(ガルガンダ)にあんな細工をしているのが警戒している何よりの証拠である。それをクアルソが皮肉げに伝えた。

 

「それでも敢えて問おう。私の真の部下になれクアルソ。君こそ進化した私の下に就くに相応しい」

「オレは今でも藍染様の部下のつもりですよ。そして部下だからこそ上司に諫言するんです」

 

 そう、クアルソは今でも藍染の部下であるつもりだ。少なくともそれなりに敬意は払っているし、その強さは認めているし、その深い知識は尊敬もしている。

 だが、それとこれは話が別だ。上司と言えども悪逆非道な行いをしているならば止めるべきだとクアルソは思う。もちろん止める力があるからこそ出来る事ではあるが。

 

「そうか。残念だ。なら、しばらく彼らと遊んでいたまえ」

「え――」

 

 藍染がそう言い終わった瞬間、クアルソに向かって山本総隊長が攻撃を仕掛けた。

 

「させん!!」

「!?」

 

 この時、この場にあって鏡花水月の影響下にある死神達はクアルソを藍染と誤認していた。そして己の目に映る傷ついた藍染をそのまま信じて、藍染(クアルソ)に猛攻を仕掛けたのだ。

 

「おのれ……半死半生の貴様が今になって息を吹き返すか……! この程度を勝機と見たか山本元柳斎!!(ちょっと待ってください! オレはあなた達と敵対するつもりは!)」

「山爺だけじゃないさ!」

「京楽……!(会話が繋がってねぇよ!? やってくれたな藍染様ぁぁぁぁ!)」

 

 とまあ、このようになっている訳だ。クアルソの姿は藍染として映り、クアルソの言葉は上記のように藍染の言葉として聴こえるのだ。視覚も、聴覚も、そして霊圧感知すらも誤魔化される。恐るべき鏡花水月の完全催眠である。

 ちなみに、流石の鏡花水月もクアルソの声質を藍染のものとして誤認させるよう設定する事は出来るが、言葉の内容を都合の良いように自動的に誤認させる事は出来ない。クアルソが紡いだ言葉は藍染の声だが、その内容はクアルソが放った言葉と同じものになるのだ。

 かつて藍染はある死神を自身の身代わりとして利用し、完全催眠にて身代わりの男を藍染だと平子真二に誤認させていた。その時、身代わりの男は藍染の行動パターンを記憶させられていた。その通りに動く事で、平子を完全に騙したのだ。

 逆に言えば、身代わりの男に行動パターンを憶えさせないと平子を騙す事は出来なかったという事だ。如何に完全催眠と言えど、全てを完全に誤認させる事は出来ないという事だろう。それが出来るならば身代わりに行動パターンを仕込む必要などない。身代わりがどのような行動を取ろうとも、その全てが藍染の普段の行動に見えるように誤認させればいいだけの話だ。

 

 つまり、藍染は鏡花水月の術中にある者全ての聴覚を支配し、リアルタイムでクアルソの言葉を上手く藍染が言いそうな内容に誤認させているのだ。自動ではなく手動入力による完全催眠というべきか。実際に手を使っている訳ではないが。手間や労力は増えるが、この方が完全催眠の完成度も高まる。追い詰められ、最後の好機だと思い込み躍起になっている死神達が気付くのは難しいだろう。

 

 全てを操った後、藍染は最後の仕上げを行う。この状況まで生かしておいた様々な仕掛け(・・・)は意味がなかったと思ったが、最後には役に立ちそうで何よりだと藍染は笑みを浮かべる。

 

 

 

「くそっ……!」

 

 一護が天鎖斬月を構え、藍染に向ける。仲間は誰もいない。全員が鏡花水月の術中に嵌っている。つまり一護はたった一人で藍染と戦わなければならないという事だ。

 勝てる訳がない。それが一護の偽りない思いだった。こんな()()()()()()()()()()藍染を相手に一人で勝てるなんてとてもではないが思えなかった。

 藍染の強さを理解出来るだけの強さを持っていた事が、一護の不幸だった。そうでなければまだ恐怖を抑えて戦う事が出来ただろう。

 そんな一護に対し、藍染は攻撃する訳でもなく語りかける。

 

「少し面白いものを見せよう」

「なに……?」

 

 藍染の言葉の意味が理解出来ない一護だが、藍染が視線を移した事に釣られて同じ方角を見やる。

 その視線の先には幾重もの縛道で動きを封じられていたワンダーワイスがいた。そして、藍染が一瞥しただけで、ワンダーワイスを縛っていた縛道が砕かれる。

 

「アアア~~~~!」

 

 解放されたワンダーワイスは声を荒げる。それは歓喜の声なのだろうか。いや、感情を削られた彼に喜びがあるのかは分からないが。

 ワンダーワイスを解放して何をしようと言うのか。ただ戦力を増やしただけなのか。それならば藍染が面白いという程とは思えない。一体何をしようというのか。

 そして次の瞬間、一護の疑問は更に膨れ上がった。解放されたワンダーワイスがその本能のままに山本総隊長に近付いて行く。だが、その動きを誰も把握出来ていない。このままでは山本はワンダーワイスの攻撃を無防備に受けてしまうだろう。

 

「ジイさん!」

 

 一護が山本に声を掛けるが、その声も届かない。ワンダーワイスの姿も、一護の声も、完全催眠の力で山本には届かないのだ。

 そしてワンダーワイスの攻撃が山本に命中する直前、クアルソがそれを防ごうとして……その前に、藍染がワンダーワイスを斬り殺した。

 

「ア……ゥ……」

「な……!? 何してんだ!?」

 

 何故部下である筈のワンダーワイスを藍染が殺すのか。殺した理由も、ワンダーワイスを縛道から解放した理由も、一護には理解出来ない。

 そして理解出来ないままに思い出す。ワンダーワイスがその身に流刃若火の炎を封印していた事を。その炎がどれだけの破壊をもたらすのかは一護には解らないが、少なくとも山本や京楽が危惧するような威力がある事は確かだ。

 

 ――まずい!――

 

 膨れ上がっていくワンダーワイスの死体。内に封じられていた流刃若火の炎が暴発しようとしているのだ。どうにかして止めなければならないと一護が思った時――

 

「ちぃっ!」

 

 ――クアルソがワンダーワイスの死体を抑えこんだ。そして、大爆発が起こった。

 

「さて、これに耐えられるかな?」

 

 流刃若火の炎が大爆発を起こしたと同時に藍染が鬼道を放つ。爆発する前から完全詠唱していた、藍染が得意とする破道の九十番・黒棺をだ。

 死神も(ホロウ)も超越した今の藍染の完全詠唱した黒棺の威力は、以前のそれとは比べ物にならない。それがクアルソに向けて放たれた。

 

「こ、これは!?」

 

 流刃若火の爆発と黒棺の破壊は完全催眠の術中にあった者達にも驚愕を与えていた。彼らからすれば、藍染が山本を庇うような不可思議な動きをしたと思えば、突如として大爆発した上に、強大な時空の奔流に飲み込まれたように見えたからだ。

 

「砕けろ、鏡花水月」

『!?』

 

 そして、藍染の言葉と共に全員の完全催眠が解かれる。そこで見たものは、傷一つなく余裕の表情を携えている藍染と、爆発と重力の奔流によって作り出された破壊の跡だった。

 

「まさか――」

「隙だらけだ、全て」

 

 気付いた時にはもう遅かった。死神達が態勢を整えようとするも、そこに至るまでの僅かな時間は藍染からすれば致命の隙だった。

 そして、一瞬にして全ての死神が藍染によって斬り裂かれる。だが、誰も死んではいない。生かさず、されど殺さず、絶妙なダメージを与えられたのだ。

 

「さて、もうここに用はない。ギン、穿界門を開け」

「!!」

 

 穿界門とは現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)を繋げる門だ。つまり、藍染は尸魂界(ソウル・ソサエティ)に攻め込もうとしているのだ。

 藍染が偽空座(からくら)町ですべき事は最早ない。蛹籃の時は終わり、崩玉の力は完全に馴染んだ。最後の進化には至っていないが、十分な力を得る事は出来た。

 その最後の進化に至る方法も幾つか目処は立てている。だが、それはここである必要はない。死神達も用済みなので全員始末した。生かしているのは何も出来ずに尸魂界(ソウル・ソサエティ)の終焉を迎えるという無力さを与える為に過ぎない。藍染にとって最早死神は生かす価値も殺す価値もない存在でしかなかった。

 

「ま、待て……!!」

 

 一護が藍染を止めようとする。藍染が尸魂界(ソウル・ソサエティ)に行ってしまえば、空座(からくら)町とそこに住む人々は壊滅してしまう。その中には一護が護りたいと願う友人達もいた。

 それを許す訳にはいかない。だが、言葉は出ても身体は藍染を止めようと動かない。どうしようもない力の差に肉体が反応しないのだ。

 

「君は此処に置いていく。君を喰らうのは、全てが終わった後でいい」

 

 一護は未だに藍染が望む進化を遂げていない。一護が進化を遂げるまでは、まだ一護を喰らうつもりは藍染になかった。

 そうして市丸が開いた穿界門を通り、藍染は一度だけ黒棺による破壊跡に目を向けて、尸魂界(ソウル・ソサエティ)へと歩を進める。それを、一護は止める事が出来なかった。

 

「一護ォ!! 何をボサッとしてんだよ……!」

 

 呆然とする一護に声を荒げたのは父親である一心だ。藍染にやられはしたが、他の死神よりも参戦したのが遅かったせいもあり、余力が残っていた一心は致命傷には至っていなかったのだ。

 

「親父……!」

「行くぜ。俺達が空座(からくら)町を護るんだ」

 

 意気消沈している一護に一心が発破を掛ける。だが、今の一護に一心の言葉は届かなかった。あんな霊圧をした化物に勝てる訳がないと、藍染の力に心が折れてしまったのだ。

 だが、一心からすれば一護が藍染の霊圧を理解出来た事が光明だった。一心でも感じ取れない藍染の霊圧を、一護は感じ取れている。それは、一護が足元程度だろうが藍染と同じ領域に立っている証でもあるからだ。つまり、一護ならばまだ藍染に届く可能性があるという事である。

 

「行くぞ」

 

 だが、一護は動かない。

 

「来ねえのか」

 

 一護は動けない。

 

「来ねえでどうすんだ」

 

 一心の質問に一護は応えない。応える余裕がない。

 

「泣くのか」

 

 その言葉に、一護が反応する。かつて、大切な人を護れなかった事を想い出す。 

 

「また護れなかったって、そこで座って泣くのかよ!?」

 

 大切な人を護れなかった過去があるからこそ、二度と誰かを失いたくないという想いを想い出す。

 

「藍染が空座(からくら)町に向かった意味をよく考えろ。オメーが行かなきゃ、オメーが護りたい奴もそれ以外も、空座(からくら)町に居た奴はみんな藍染の手に掛かって死ぬって事なんだ」

 

 その言葉に、護りたい人々を想い出す。護るという強い意思を取り戻す。 

 誰かを倒す為に強くなった事は一度もない。一護は誰かを護る為に強くなったのだ。ならば、ここで震えて何もせずにいるなど出来る筈もなかった。

 

「……親父。穿界門を開けてくれ」

 

 そこに居たのは強者に怯える弱者ではない。誰かを護る為に戦える強者であった。

 そして、闘志を取り戻した一護は一心と共に尸魂界(ソウル・ソサエティ)にある空座(からくら)町へと赴く。藍染を止める為に。

 

 

 

「なんだあれ?」

 

 一護と一心が通った穿界門が閉じた瞬間、そんな声が黒棺の破壊跡から漏れ出ていた。

 

 




 完全催眠の手動、自動は独自解釈に基づく独自設定です。

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