どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ
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 少し状況説明で原作での話の説明があります。その分文章量を増やしたから許して。


BLEACH 第十二話

 一護と一心が穿界門に入った直後の事だった。藍染の黒棺による破壊の跡から、一人の男が這い出てきた。そう、永遠の童貞ことクアルソ・ソーンブラである。

 

 その全身には傷一つない。あの威力の爆発を抑え込んだ上に、かつてよりも強くなっている藍染の完全詠唱された黒棺を受けたのにだ。

 流石のクアルソもあれだけの攻撃を受ければダメージは免れない。いや、普通ならダメージはおろか生きているのがおかしい威力だったのだが。

 クアルソはあの攻撃で確かにダメージを受けていた。だが、瓦礫の下で追撃を警戒しつつ、実験がてらにとある力で自身の治療を行っていたのだ。結果は成功だった。初めての試み故に時間は掛かったが、次はもっと早く回復出来るだろうとクアルソは思う。

 

 そうしてクアルソは回復を終えてから瓦礫の下から抜け出してきた。そして思わず呟く。

 

「なんだあれ?」

 

 それが一護を見たクアルソの感想だった。瓦礫の下で治療しつつ、一護と一心の会話を盗み聞きしていたのだ。

 藍染の強さに対する挫折。藍染の強さを感じ取る才能。その後の一心との会話。そして誰かを護る為に立ち上がり、絶望に立ち向かう意思。漫画かアニメなら主人公で間違いないだろう逸材である。

 

「あの霊圧……なんだ? 何か混ざっている?」

 

 クアルソの霊圧感知には、一護の霊圧から幾つかの種類が感じられた。死神の霊圧、(ホロウ)の霊圧、そしてもう一つ、別の何かだ。それらが複雑に絡み合って一護という存在が形作られていた。

 生まれた後からの外付けではない自然な絡み方だ。恐らくその生まれが関係しているのだろう。そしてそのせいかは解らないが、まだその真価は発展途上と見た。才能の高さや成長の余地は剣八に匹敵、あるいは凌駕するかもしれないとクアルソは予想する。

 

「何なんだこの世界? これがスタンダードなのか?」

 

 この世界に転生して出会った強者の数々。その極め付けがあの黒崎一護だ。こんなとんでもない逸材がゴロゴロしているのかと、クアルソはこの世界に僅かな脅威と大きな期待を抱く。

 もっとも、大半の連中が藍染や剣八、一護をスタンダードと聞けばふざけるなと文句を言うだろうが。

 

 藍染が一護に興味を持っているのは知っていたが、その理由も何となくだが理解出来た。

 そうして黒崎一護の存在を疑問に思いつつ、いやそれよりもどうやって藍染を追うかと考えながら、クアルソはある重要な事を思い出して憤慨する。

 

「はっ! 黒崎一護といえば織姫さんの想い人……! 結構なイケメンであの才能とか天はイケメンに何物与えてんだおい!?」

 

 どうでもいい事を思い出して憤慨していた。

 

「くそう……! いや、オレにはハリベルさんが居るから大丈夫だ。……そうだ、ハリベルさん!!」

「黙れ下衆」

「ハリベルさぁん!?」

 

 ハリベルの存在を思い出したクアルソは、彼女の霊圧を感じ取ってその方角に向き直る。だが、ハリベルから返って来た言葉は残酷だった。

 まあ、あれだけ付き合ってと宣っておきながら、他の女に惚れられている男に嫉妬した姿を見られたのだ。残念でもなく当然の結果であった。藍染に毅然とした態度で立ち向かっていた時は、藍染に逆らう行為に憤りつつも多少は見直していたのだが、それも無意味と化したようだ。

 

「う、うう……何故だ……」

「いや、そりゃそうだろ……」

 

 ハリベルに嫌われて悲しむクアルソに、当たり前だとスタークも声を漏らす。こいつは本気で女性を口説く気があるのだろうかと呆れる程であった。

 似たようなやり取りをクアルソが藍染の配下になった頃に市丸としていたが、戦闘面ではともかく恋愛面での成長は欠片もしていないようだ。

 

「と、ともかく無事で良かったよ二人とも」

『……』

 

 誤魔化すかのように話題を変えるクアルソを二人が白い目で見る。そこから感じる圧力をどうにか跳ね除けて、クアルソは二人にある事を願い出る。

 

「二人とも、直に虚圏(ウェコムンド)に帰るんだ」

「それは……」

 

 ハリベルはクアルソの言葉を直に拒否する事が出来なかった。藍染に対して高い忠誠心を持っているハリベルなら、クアルソを裏切り者として扱いその言葉を聞き入れなかっただろう。

 だが、変わり果てた藍染を見て、自分達を戦いに用いなかった藍染の対応に戦士としての矜持を傷付けられて、ハリベルの忠誠心は揺らいでいた。

 

「解った。それじゃあ俺達は帰るとするぜ」

「スターク!?」

 

 逡巡するハリベルと違い、スタークはクアルソの言葉にあっさりと賛同した。元々面倒くさがりな気質を持つスタークだ。これ以上面倒事に巻き込まれる前に、虚圏(ウェコムンド)に帰ってゴロゴロしたいというのが本音だった。

 忠誠心は揺らげども未だに悩んでいたハリベルは、その掌を返すようなスタークの言動に声を荒げる。

 

「落ち着けよ。もう、藍染様は俺達を必要としてないのさ。お前も本当は解ってんだろ……?」

「……」

 

 スタークの言葉にハリベルは沈黙で返す。そして、それが何よりの答えであった。

 今の藍染は全てを超越している。その力は死神も破面(アランカル)も足許にも及ばない程だ。そんな藍染にとってハリベル達はもう必要ないのだ。

 その証拠に、藍染はハリベル達に付いて来いと言わなかった。市丸だけを引き連れて、ハリベル達には何の声も掛けずに尸魂界(ソウル・ソサエティ)に行ったのだ。

 

「それに、まだお前さんの従属官(フラシオン)は生きているんだ。早く連れて帰って治療させてやった方がいいだろ?」

「……そうだな」

 

 従属官(フラシオン)の存在がハリベルの最後の後押しになった。ハリベルと彼女達は(ホロウ)の時代からの長い付き合いだ。そこにある信頼関係は他の十刃(エスパーダ)従属官(フラシオン)の誰よりも高い。従属官(フラシオン)と同一人物であるスタークは流石に例外だが。

 そんな信頼する彼女達を見殺しにする事はハリベルには出来なかった。山本総隊長に敗れた彼女達だったが、手加減はされていたらしく生き延びている。ならば、死神を倒すでも藍染を追うでもなく、彼女達を助けて退くのが現状すべき最善の行動だろう。

 

「……クアルソ、お前はどうするつもりだ」

「ハリベルさんが名前を呼んでくれる……いつの間にか心の距離が近くなったのか、こんなに嬉しい事はない……」

「黙れ下衆ルソ」

「近付いたのか離れたのかこれもうわかんねーな」

 

 周囲に死神達がいる中で破面(アランカル)のコントが繰り広げられる。だが、それを止める力は死神達にはない。誰しもそんな力は残っていないからだ。だが、コントを耳に入れて脳で処理する程度の意識は残っている。故に彼らは思った。

 

 ――こいつら……!――

 

 と。まあ、そんな彼らの怒りと無念はさておき、クアルソはハリベルの問いに真面目に答えを返した。

 

「オレは藍染様を止めて来ますよ」

「……そうか」

 

 クアルソの答えは変わっていなかった。あの化物然とした藍染を見ても、その力をその身で直接受けても、クアルソは臆す事無く立ち向かうと言うのだ。

 今のクアルソに何を言っても答えは変わらないとハリベルは理解した。ハリベルの立場からすると藍染に逆らうクアルソを止めるべきなのだが、今のハリベルは藍染に従う意義を見失いかけていた。

 それに、クアルソならば藍染に抗う事が出来るのではないかという想いと、その結果を見てみたいという想いもあった。だからハリベルはクアルソを見送る事にした。

 

「……精々無事に戻って来い。まだ決闘の約束を果たしていないのだからな」

「大丈夫。絶対帰ってきます」

 

 童貞を捨てずして死ぬのは一度だけで十分なのである。あの無念、あの苦汁、あの絶望を二度も味わうつもりはない。

 絶対に藍染を止めて虚圏(ウェコムンド)に戻り、ハリベルと事を為す。そう心に誓い、クアルソはハリベルに帰還の約束を交わす。なお、決闘は為せても事は為せないだろうが、期待するのはタダなので問題はない。

 

「それじゃあなクアルソ。俺達は行くぜ」

「ああ。帰ったらゆっくり休めよ。何をしたのかは解らないけど、魂魄そのものが疲弊しているぞ」

「お見通しか……」

 

 スタークは現在帰刃(レスレクシオン)化している状態だ。スタークは従属官(フラシオン)にして同一存在であるリリネットと融合する事で帰刃(レスレクシオン)する。

 その力はまさに第1十刃(エスパーダ)に相応しいものだが、ある欠点があった。それが魂の消耗である。スタークは己の魂を分かち放つ事が出来る。意思を持った力の塊が敵を追いダメージを与える事が出来るのだが、魂を分かつだけに使用すれば使用する程、魂が消耗するのだ。

 まだ存在に関わる程の影響は出てないが、あまりに消耗し過ぎればどうなるかは言うまでもない。強力な力だが、代償が大きい諸刃の剣と言える能力である。

 

「おいクアルソ。帰って来たらまたお茶を淹れろよ!」

「ああ、美味しいお茶を用意してやるよ」

「お茶菓子もだからな! だから絶対帰って来いよ! 待ってるからな!?」

「フラグをたてるなよ! わざとかリリネット!?」

 

 まるで帰って来るなと言わんばかりにフラグを立てようとするリリネットに、クアルソが思わず突っ込む。リリネットが自身を心配してくれているのは解るのだが、これはネタなのかと思わず疑ってしまうのも仕方ない流れであった。

 ちなみに今のリリネットはスタークが持っている銃の姿になっている。どうやら両者が帰刃(レスレクシオン)して融合すると、スタークが本体となりリリネットが武器になるようだ。

 

「それではなクアルソ。そして死神達。このような戦いの結末は……いや、無駄な感傷か」

 

 ハリベルはクアルソと、偽空座(からくら)町で死闘を繰り広げた死神達に最後の挨拶をする。戦士であるハリベルはこの死闘が望む形に終わらなかった事を不満に思っていた。勝利でも敗北でもないこの決着を、戦士であるハリベルが満足するわけもない。だが、今更何を言っても詮無き事かと口を噤む。

 そうしてハリベルは己の従属官(フラシオン)を大切に抱きかかえる。治療(・・)は施されたが、まだ気絶から覚めてはいないようだ。流石に三人を同時に抱える事は出来ず、一人はスタークに任せ、生き残った破面(アランカル)達は黒腔(ガルガンダ)を通って虚圏(ウェコムンド)に帰還した。

 

 

 

「行ったか……さて」

 

 さてどうするか。クアルソは悩んでいた。藍染を止めに行く。格好良くハリベルにそう言ったのはいいが、問題は一切解決していない。そう、どうやって藍染を止めに行くかだ。

 藍染達は穿界門を通って尸魂界(ソウル・ソサエティ)へと移動した。クアルソも同じ事をすればいいのだが、問題は穿界門を開く事が出来るのは死神のみという事である。もちろん破面(アランカル)だろうと穿界門の仕組みを理解すれば開く事が可能かもしれないが、今のクアルソでは不可能だ。

 黒腔(ガルガンダ)を応用する事で尸魂界(ソウル・ソサエティ)に移動する事が出来るかもしれないが、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の場所を知らないのでそれも難しい。

 

 ならばどうするかと悩んだクアルソが選んだ方法は、死神に連れて行ってもらえばいいじゃない、であった。

 死神のみが穿界門を開けるなら、死神に開いてもらい尸魂界(ソウル・ソサエティ)に連れて行ってもらえばいいのだ。だが、当然死神が破面(アランカル)尸魂界(ソウル・ソサエティ)に連れて行く訳がない。いくらクアルソが藍染を止める為だと説明しても、納得してくれる可能性は低いだろう。

 だったらどうすればいいのか。答えは簡単だ。勝手に穿界門に入れば何の問題もないのだ。

 

 丁度クアルソからかなり離れた場所でだが、穿界門が開こうとしていた。ある一人の死神が藍染を止める為に尸魂界(ソウル・ソサエティ)に移動しようとしているのだろう。それに紛れ込ませてもらおうとクアルソは移動する。

 

 

 

 新たに穿界門を開いている死神は浦原喜助。一心と同じく死神の中でも比較的ダメージが少なかった為、まともに動く事が出来るようだ。そして一護と藍染の最後の戦いを見届ける為に、尸魂界(ソウル・ソサエティ)へ赴こうとしていたのだ。

 見届ける。そう、浦原は藍染を止めにではなく、一護と藍染の戦いとその結果を確認する為に尸魂界(ソウル・ソサエティ)に移動するつもりだった。これ以上己が何かをする必要はないと、後は一護の奮闘に掛かっていると浦原は思っていた。

 

 浦原は諦めた訳ではない。あらゆる状況を想定し、あらゆる備えを用意し、今回の現状に最善の備えを用いた。浦原がするべき事は終わっているのだ。後は結果が出るのを待つだけだ。その結果を最善のものにするには、一護の力が必要だったが。

 その力も一心の協力の下、強化されている筈だ。その結果が一護に与える影響は大きい。だが、それでも藍染を倒す為には必要な事だった。

 

「すみません……」

 

 戦いが終わった後の一護を思い、浦原の口から謝罪の言葉が零れ出る。

 もちろん誰かに聞いてほしくて零した訳ではない。そもそもこの断界(だんがい)――尸魂界(ソウル・ソサエティ)と現世の狭間――には自分以外の誰もいない……と、浦原は思っていた。断界のどこかにまだ一心と一護がいるのだが、流石に声が届く距離にはいない。

 

「いやあ、こちらこそすみません。勝手に入ったりして」

「……え?」

「……え?」

 

 だというのに、浦原は自分以外の声を耳にする。そしてその声が聞こえた方角、自身の真後ろに振り返る。

 そこには、先程まで鏡花水月によって藍染だと誤認させられ、多くの死神達から命を狙われていた破面(アランカル)、クアルソ・ソーンブラの姿があった。

 

「な……!?」

 

 これには浦原も驚愕した。あの威力の攻撃をまともに受けても生き延びていたのは知っていたが、まさか穿界門が閉じる前に忍び込んで来るとは想定していなかったようだ。

 いや、正確には想定していた。藍染を止めるという言葉が真実だと仮定するならば、尸魂界(ソウル・ソサエティ)への移動手段として他の死神の穿界門を利用するという可能性は浦原の想定の中に確かにあった。

 だがその可能性は非常に低いと思っていた。そもそも破面(アランカル)(ホロウ)黒腔(ガルガンダ)を利用する事で尸魂界(ソウル・ソサエティ)に移動する事が出来る。わざわざ死神の穿界門を使う必要はない。まさかクアルソが尸魂界(ソウル・ソサエティ)の場所を知らない為に、黒腔(ガルガンダ)での移動が出来ない等とは下方向で想定外だった。

 

 そして浦原が驚愕した最大の理由。それは、クアルソの接近に一切気付けなかったからだ。それはクアルソの響転(ソニード)の速さだけの問題ではない。

 クアルソの霊圧を一切感じない事も、浦原がクアルソに気付けなかった理由の一つだった。

 

 ――まさかこの(破面)は――

 

 藍染と同じ領域にいるのか。そう浦原は考えた。そして、考えれば考える程、それが正しいのではないかと思えた。

 藍染が死神との戦いの最中、何かに警戒している事は浦原も見抜いていた。そしてその何かがクアルソである事も理解出来た。死神達をわざと生かしていたのはクアルソにぶつける為の戦力として残していたのだろう。

 その事実を死神達が知れば憤慨するだろうが、浦原は別にどうとも思わない。使えるものは何でも使う。どんな些細なものでも念の為に備えておく。それで戦いに勝利出来るなら安いものだ。

 そう、何でもだ。例えそれが破面(アランカル)だとしてもだ。

 

「クアルソさん……でしたね」

「あ、はい。ちょっとお邪魔しています。尸魂界(ソウル・ソサエティ)へ行く手段がないものでして……申し訳ないです」

 

 丁寧に言葉を返してくる破面(アランカル)に内心で苦笑しつつ、浦原は人の良さそうな笑顔を見せる。

 

「いえいえ。全然構わないっス。藍染サンを止める戦力は多い方がいいですしね」

 

 ――へぇ……――

 

 クアルソは浦原の態度を見て感嘆する。強かな男だ、と。

 今まで出会った死神達の誰もが破面(アランカル)であるクアルソを敵視し、攻撃を仕掛けてきた。クアルソが戦いを回避しようと説得しても、それを最初から信じる者はいなかった。

 だが、浦原はクアルソを藍染を止める為に利用しようとしていた。敵視でもなく、信じるでもなく、戦力として利用しようとしてきたのだ。それも瞬時にだ。その柔軟かつ状況に合わせた判断力を見て、クアルソは浦原が誰よりも油断出来ない存在だと判断する。

 強さでは藍染が圧倒しているだろうが、こういうタイプは何をするか解らない恐ろしさがある。そういう意味では藍染と同等、あるいはそれ以上に厄介な存在である可能性があった。

 

 だが、それと同時にこちらから何かをしない限り敵対する事もないだろうという思いもあった。浦原の口ぶりからこちらを戦力として利用しようという思いは見えたが、そこに(よこしま)な意思はなかった。

 恐らく人の怒りの許容範囲を理解しているのだろう。ただ利用するだけなら利用される側も思うところがあるだろうが、今回はクアルソが自ら藍染を倒すと口にしている。そして穿界門を勝手に利用しているという負い目もクアルソにはある。

 それらを加味して、これくらいならば例え利用しようとしていると気付かれても問題ないだろうと判断しているのだ。人によっては嫌われるだろうが、クアルソは嫌いではないタイプの人間――死神――だった。まあ、クアルソが嫌いなタイプはそう多くはないのだが。

 

「それじゃ呉越同舟という事で、よろしくお願いします。名前は知っているみたいですけど一応自己紹介を。クアルソ・ソーンブラっす」

「浦原喜助っス。こちらこそよろしくお願いしますねクアルソさん」

 

 こうして胡散臭い死神と童貞臭い破面(アランカル)が共闘する事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

「――進化には恐怖が必要だ。今のままではすぐにでも、滅び消え失せてしまうという恐怖が」

 

 そう呟く藍染の眼前には、藍染の斬魄刀に貫かれる市丸ギンがあった。

 

「ありがとう、ギン。君のお蔭で私は、遂に死神も(ホロウ)も超越した存在となったのだ」

 

 藍染の言葉の通り、今の藍染は更なる進化を遂げていた。今までの進化を上回る、真の超越者へと至ったのだ。

 この状況を説明するには、市丸ギンの存在と目的について詳しく説明する必要がある。

 

 

 

 市丸ギンは流魂街――尸魂界(ソウル・ソサエティ)内にある多くの魂魄達が住む貧民街――の出身だ。流魂街は計八十の地区からなっており、その治安は数字が小さいほど良く、大きいほど低く悪い。

 地上で迷う魂魄の殆どがこの流魂街で暮らしているのだが、中には魂魄同士の間に子どもが出来る事で流魂街で生まれ落ちた魂魄も存在する。市丸ギンがそうかは不明だが。

 

 ともかく、市丸ギンは幼い頃から流魂街で暮らしていた。魂魄は大別すると二種類に分かれる。霊力を持っている魂魄と、霊力を持たない魂魄だ。基本的に後者の魂魄が殆どなのだが、そういった魂魄は霊である故に飢える事はない。

 だが、霊力を持った魂魄は違う。常に霊力を発生させている為か、何か物を食べないと空腹で飢えてしまうのだ。そして元護廷十三隊の隊長であった市丸も、当然霊力を有していた。

 流魂街で飢えを凌ぎながら暮らす日々、特に変わらない日常の中で、市丸は一人の少女と出会った。それが十番隊副隊長の松本乱菊である。当然当時はただの少女だったが。

 

 乱菊も市丸と同様霊力を有していた。そして、その為に空腹に倒れた。上述したが流魂街にあって霊力を持つ者は少ない。故に、あまり食べ物は必要とされず、その入手も現世と比べると困難だ。数字の小さい地区ならばまだしも、治安の悪い地区ならば尚更だ。

 市丸は空腹に倒れる乱菊に干し柿を与え助けた。そして、そこから二人の共同生活が始まった。風や寒さを凌ぐのが精一杯のあばら家で、まともな食事を探すのも困窮する日々。だが、幼い二人が力を合わせて生きるその日々は掛け替えのないものだった。

 

 ある日、市丸が家に帰っている最中の事だった。市丸は帰り際に数人の死神と思わしき存在を見かけた。

 特に話し掛ける事などなかった。距離は少し離れていたし、死神達は会話に夢中になっている為かこちらに気付いていない。そもそも、流魂街の住人である自分が雲の上の存在である死神と関わっても面倒しかないだろう。そう、思っていた。

 だが、この時市丸はその死神達が気になった。死神の中の一人が、その手に何か(・・)を持っていたのが気になったのだ。その何か(・・)は霊力らしき光を放っていた。それが、市丸は何故か気になった。

 

 気になりつつも、市丸は家に帰り着く。だが、市丸が帰るべき家はなかった。あばら家とはいえ、子ども二人が雨風を凌ぐには十分な家だった。それが、ほぼ形を残さず崩壊していたのだ。

 明らかに何者かによる破壊だ。自然現象でここまで完膚なきまでに壊れたりはしないだろう。乱菊が火の不始末をした可能性はあったが、それもないと市丸は確信出来た。

 何故なら、その乱菊が何者かに暴行を受け、崩壊した家の前で傷付き倒れていたからだ。

 

 幸いと言っていいのか、乱菊の命に別状はなかった。家は壊されたが、また建てる事は出来る。命さえあれば安いものだ。だが、あの暴行を境に乱菊はどこか不調気味だった。

 怪我は完治しているのだが、どこか苦しそうだったり、痛そうにする素振りがあったのだ。何故そうなっているのか、魂魄に関する知識がない市丸には解らない。だが、あの時見かけた男達が原因なのではないかと、市丸は直感的に感じていた。

 

 乱菊を傷付け、悲しませた者がいる。それは市丸にとって赦し難い事だった。

 それでも、復讐相手が見つからなければどうしようもない。だから表面上は今までと変わりない生活を続けていた。乱菊と協力して暮らしたり、たまに何も言わずにどこかに行ったり、それを乱菊に咎められたりと、変わらぬ生活をだ。

 だが、その日々は長く続かなかった。

 

 市丸が暖を取る為に枯れ枝を拾っている時だった。その時、市丸は人目に付かない場所にて数人の人影を見た。

 市丸は草陰に隠れてその人影を覗き込む。そして市丸は、藍染惣右介が複数の死神から何か(・・)を受け取り、その何か(・・)何か(・・)に与えている場面を目撃した。

 

 この時藍染は死神の素質を持つ魂魄から魂を削り取り、己の創り出した崩玉に与えていた。それにより、崩玉を完成させようとしていたのだ。尤も、それはまだ市丸の知る所ではなかったが。そもそも藍染自体を初めて見たので仕方ない事だ。

 それよりも重要な事が市丸にはあった。複数の死神の内、藍染に何か(・・)を渡している男の顔に見覚えがあった。そう、乱菊が何者かに暴行を受けた日の帰り道に、市丸が見かけた死神である。

 そして、男が渡している何か――削り取られた魂の一部――にも見覚えがあった。あの時と同じように霊力らしき光を放っていたからだ。

 

 市丸は理解した。この男――藍染――こそが、乱菊を悲しませた元凶なのだと。乱菊から大切な何かを奪った元凶なのだと。

 そして、この瞬間に市丸の目的は決まった。乱菊から奪われた物を取り戻す。乱菊が泣かなくても済む世界に変える。その為に、この男を――

 

 それから市丸は己を隠し続けた。藍染に近付き、己の有用さを見せ、藍染に従い、時に非道を行い、時に死神を犠牲にし、それでも目的の為に己を殺して藍染の側に居続けた。

 百年以上もの間、市丸は己を隠し皆を騙し続けていた。最も大切な存在である乱菊もだ。そこまでしなければ、藍染を倒す事など出来ないと理解しているのだ。

 

 斬魄刀の能力も隠していた。市丸の卍解は伸縮自在の能力だと思われている。音の五百倍の速度で伸び縮みし、その射程距離は十三kmに及ぶと。

 だが、それは市丸の嘘だ。実際にはそこまで長くは伸びない。実際にはそこまで迅くは伸びない。だが、市丸の嘘が見破られる事はなかった。そこまで迅くも長くも伸びなくとも、確認する事が困難な速度と距離に伸びるのは確かだからだ。

 市丸の卍解、神殺槍(かみしにのやり)の真の能力。それは、伸縮の際に一瞬だけ塵となり、刃の内側に細胞を溶かす猛毒を秘めているというものだ。その能力を秘し、ただ視認も不可能なレベルで伸縮する卍解だと説明していた。そして、その通りの使い方しかしなかった。

 全ては藍染を倒す為に。

 

 そしてその機会がとうとうやってきた。

 藍染に伴って尸魂界(ソウル・ソサエティ)に攻め込む市丸。ここまではいい。藍染を確実に殺す機会を得るには今が最適だ。

 藍染を殺すには、まず殺す対象である藍染が本物かどうか見極めなければならない。鏡花水月の完全催眠がある限り、例え藍染と二人きりになれてもその藍染が本物だという確信は持てない。今までにも藍染と二人きりという状況はあったが、市丸は藍染を殺そうとは思わなかった。

 もし一度でも失敗してしまえば二度と機会を得る事は出来ないだろう。だから、藍染が本物である確率が最も高いタイミングを、市丸はずっと待っていた。

 

 今だからこそだ。今だからこそ、市丸は藍染を殺す為に動ける。

 全ての敵を廃し、敵のいない空座(からくら)町を闊歩する藍染。全ての死神と(ホロウ)を超越した存在に進化した藍染。そんな現状だからこそ、藍染が鏡花水月を使用して警戒する可能性は低いと市丸は判断する。

 もちろんそうでない可能性はある。確実性はない。だが、それはいつになっても同じ事だ。ならば、今を置いて藍染を殺す機会はない。

 

 藍染を殺す為には藍染が本物であると確信する必要がある。その為の準備は整った。そして、確信する為の最後の鍵は藍染が握っていた。

 それが鏡花水月の完全催眠の術中から逃れる方法だ。完全催眠の発動前から鏡花水月の本体に触れておく事、それが鏡花水月の術中から逃れる唯一の術だ。それを、市丸は藍染に数十年以上仕えてようやく訊き出せた。

 その情報も知らずに藍染と戦っていた死神達を見て、市丸は内心で冷や汗を掻いていた。鏡花水月を攻略出来ずして藍染を倒す事が出来る訳がないのに、一体何を考えているのかと思った程だ。市丸なりに彼らを心配していたのだろう。

 

 ともかく、後は自然を装って鏡花水月に触れ、その瞬間に神速の伸縮速度にて藍染を貫けばいい。そしてその機会が訪れるや否や、それを逃さずに市丸は鏡花水月に触れ――神殺槍(かみしにのやり)にて藍染を貫いた。

 そして、細胞を溶かす猛毒を藍染の内に仕込み、それを発動させる。その瞬間、藍染は無残にも内側から細胞を溶かされ、それにより胸に巨大な孔が空いた。

 

 これで終わった。ようやく終わった。市丸はそう思っていた。藍染は致命の一撃を受けた。例え生きていたとしても、藍染の進化の根源である崩玉は市丸が奪い取った。これで藍染は再生する事も出来ないだろう。

 後は崩玉から乱菊の魂の一部を取り戻す。それで本当に終わりだ。その後に崩玉がどうなろうと市丸の知った事ではない。護廷十三隊なりその上司の四十六室なりで封印だの破壊だの勝手にすればいいだろう。

 もちろん自分は罪に問われるだろう。例え藍染を倒す為とはいえ、その過程で行った事は紛れもない悪だ。罪を重ねすぎた為に、確実に重罰を受けるだろう。だが、そんな事はどうでも良かった。今は目的を果たせた事を喜び、安堵したかった。

 その喜びも安堵も、ほんの僅かな時間しか抱けなかったが。

 

 全てが終わった。市丸がそう思った瞬間、死んだはずの藍染に変化が起きた。

 神殺槍の猛毒で空いた歪な孔は塞がり、胸の中央に綺麗な真円の孔が空いていた。それはまるで(ホロウ)を思わせる孔だった。そして、その背中には蝶の翅を思わせるような霊力の塊を生やしている。

 

「私の勝ちだギン……。お前の奪った崩玉は既に私の中に無くとも、私のものだ」

 

 市丸が奪った崩玉が藍染の胸元の穴に一瞬で移動する。それは藍染が真に崩玉を御した証だった。藍染は崩玉と融合し御していたがそれは完全ではなかった。死神との戦いの最中に幾度か進化していたが、正確にはあの変化は進化の過程でしかない。

 完全なる進化には恐怖が必要だと藍染は予想していた。今にも滅び消え失せてしまうという恐怖が。その恐怖を乗り越えようとする意思が、進化を促すのだ。

 だが、藍染に恐怖はなかった。生まれてから今日(こんにち)まで恐怖を憶えぬ程、藍染が隔絶した実力と智恵の持ち主だったからだ。そんな恐怖を知らぬ藍染だからこそ従ったという虚は少なくない。

 

 だからこそ、藍染は市丸を手元に置いていた。藍染は市丸が自身を殺そうとしている事を理解していた。その上で市丸を側に従えていたのだ。市丸に鏡花水月の弱点を教えたのも、市丸がどのようにして自身を殺すのか期待していたからだ。

 そう、藍染は恐怖こそが進化の切っ掛けだと予想していた。その恐怖を得る為に、市丸という毒を飼っていたのだ。そして、市丸は藍染の予想以上に最後の一役を担ってくれた。つまり市丸の役目はもう終わりという事だ。

 

 だから藍染は、用済みの市丸を切り捨てた。左肩から胴まで袈裟切りし、未だに崩玉を奪おうとしている右腕をもぎ取り、胸を貫いた。

 致命傷だ。霊力の高さが生命力に直結する死神といえど、これ程の傷を負えば長くは持たないだろう。

 

「ありがとう、ギン。君のお蔭で私は、遂に死神も(ホロウ)も超越した存在となったのだ」 

 

 それが、市丸に掛ける藍染の最後の言葉だった。そして更に止めを刺すように、藍染は市丸を吹き飛ばして空座(からくら)町の建物に叩きつける。

 

 傷付き、倒れ伏す市丸。そんな市丸に近付く一人の女性がいた。市丸の幼馴染にして、市丸の最も大切な女性。松本乱菊である。乱菊は市丸を追って尸魂界(ソウル・ソサエティ)まで来ていたのだ。

 クアルソがハリベル達と会話していた時に開いた穿界門は乱菊が開いたものだったのだ。クアルソがそれを知っていれば、是が非でも乱菊と共に尸魂界(ソウル・ソサエティ)に行こうとした事だろう。そして口説いた事だろう。そしてあっさり振られた事だろう。残念だが現実は残酷なのである。

 

 乱菊は市丸が藍染と共に尸魂界(ソウル・ソサエティ)を裏切った理由を知らない。市丸は誰にも真の目的を教えていなかったので当然の事だ。

 だが、乱菊は市丸という飄々として掴み所がない幼馴染を心のどこかで信じていた。何か理由があって藍染の下に付いているのだと、市丸を信じていたのだ。今までにもその真意を知ろうとして市丸に接触していたが、その度にはぐらかされてきた。

 そしてようやく市丸の真意が解った。市丸は藍染を倒そうとしていたのだ。その為に、ずっと藍染の側に居続けたのだと。だが、藍染を倒す事は叶わず、返り討ちにあってしまった。

 

 乱菊が傷付き倒れている市丸の側に駆け寄る。そしてその傷を見て涙を流す。助からない。もしかしたら回道――治療鬼道――を得意とする四番隊隊長の卯ノ花烈ならばとも思うが、卯ノ花は現世で傷付いている人達を治療している最中だ。とてもではないが間に合わないだろう。

 幼い頃から助け合ってきた市丸が、この百年ずっと真意が解らず遠ざかっていた幼馴染が、ようやくその真意を理解したと思ったら手遅れだった。それは気丈な乱菊を悲しみに暮れさせるには十分な衝撃だった。

 

 だが、そんな乱菊も、乱菊に心の中で謝る市丸も、藍染には何ら関係ない事だ。

 藍染は市丸と、そして乱入してきた乱菊に止めを刺すべく近付いていく。この場には一護の親友達もいたが、彼らも殺すつもりでいた。それが一護に更なる覚醒を促すだろうと予想していたからだ。

 

 今の藍染にとってこの場の全員を殺すのは蟻を踏み潰す程度の労力でしかない。いや、死神ではないほぼ一般人である一護の親友達程度なら、近付いただけで消滅させる事が出来るくらいに存在の差があった。

 彼らが生きているのは藍染が生かしているからだ。その気になれば瞬きの間に殺す事が出来た。そうしなかったのは、単に彼らの足掻きを見ていたからに過ぎない。だが、それも終わりだ。そうして藍染は彼らを殺そうとして――

 

 一心を抱えて現れた一護によって、その行動を止めた。

 

「……ありがとな親父」

 

 一護は疲弊し気絶した一心をその場で大地に降ろす。そして空座(からくら)町にいる妹達の霊圧を感じ取り、無事に生きている親友達――中には見知らぬ者もいたが――を確認して安堵した。

 一護の姿は尸魂界(ソウル・ソサエティ)に来る前と比べて変化していた。髪の毛は少し伸びており、右腕に天鎖斬月から伸びている鎖が巻き付いている。身長も僅かだが伸びているようだ。

 

 この変化は断界の中で一心と行った修行による影響だった。一護と一心は藍染から全てを護る為に空座(からくら)町に移動していたが、このままでは勝てないという事は一心も理解していた。

 そこで一心は一護に修行を課した。修行に費やす時間など普通ならないが、断界という特殊な環境がそれを可能とした。断界の中は外の世界と比べて時間の密度が高く、外での一年が断界での二千年になる程の差がある。それを利用すれば外では僅かな時間しか経っていなくとも、断界の中では膨大な時間を修行に費やせるという訳だ。

 もちろんリスクは存在するのだが、その内の一つは藍染によって排除されており、もう一つは一心が全霊圧を以ってして抑え込む事が出来た。一心の霊圧が尽きるまでの約二千時間。月日に換算して三ヶ月弱の間、一護は修行に没頭する事が出来たのである。見た目の変化は三ヶ月を経た肉体の成長という訳だ。

 

 そして右腕と斬魄刀が一体となった変化。それこそが一護が会得した新たな力であった。そして、藍染の予想とは違う進化であった。

 

「……黒崎一護。本当に君は、黒崎一護か?」

 

 藍染は一護を見てそう疑問に思った。藍染は一護を生まれる前から知っていた。その特殊な出自と血統を一護よりも遥かに知っていた。

 だから藍染は一護に期待していた。一護が成長すれば、その果てには自分と戦える領域まで至れるのではないのか、と。進化した自身が更に高みに昇る為の餌になってくれるのではないか、と。

 一護の生誕からここまで予見した藍染の智謀は計り知れないだろう。だが、藍染は一護を見て落胆する。今の一護からは何も感じない(・・・・・・)からだ。

 

「霊圧を抑えていたとしても、全く感じない事などあり得ない。君は進化に失敗した。私が与えた最後の機会を、君は取り零したのだ」

 

 藍染は一護の進化を失敗と断言する。全てを超越した藍染だからこそ、一護から何も感じない事に落胆したのだ。何故なら、超越者である自身が力を感じる事が出来ないなど、失敗以外のなにものでもないと断言出来るからだ。

 だが、市丸は藍染とは違う判断で一護の強さを理解した。市丸が見たのは霊圧ではない、一護の強い意思を有した眼だった。あの眼をしている一護になら、全てを任せて逝けると思える程に、一護の眼から力を感じ取ったのだ。

 そして、市丸は安心してその意識を闇に沈めた。

 

「残念だ。黒崎――」

「藍染」

 

 一護が藍染の言葉を遮る。今の一護に藍染に対する恐怖は欠片も見られない。市丸が託すに値する心の強さと平常心を保っていた。

 

「場所を移そうぜ。ここ(空座町)では俺は戦いたくねぇ」

「……無意味な提案だな。それは私と戦う事ができる力を持つ者のみが口にできる言葉だ」

 

 黒崎一護が進化に失敗した今、それが可能な者は藍染の知る限りでは一人だけだ。その者との戦いを愉しみに思いつつ、藍染は一護の不安を取り除くように語り掛ける。

 

「案ずる事は無い。空座(からくら)町が破壊される迄も無く君は――」

 

 藍染の言葉はまたしても一護に遮られた。だが、遮られたという結果は同じでも過程は違う。先程は言葉を重ねる事で遮ったのだが、今度はあり得ない現象を受けた事による驚愕で、続く言葉が出てこなかったのだ。

 

「な……に……!?」

 

 いつの間にか、一護が藍染の顔面を掴んで空座(からくら)町から一瞬で移動していた。そしてその事実を藍染が飲み込む前に、一護が誰もいない尸魂界(ソウル・ソサエティ)の外れの大地に藍染を叩きつける。

 

「……馬鹿な……私が……力だけで……」

 

 全てを超越した筈の己が、霊圧の欠片も感じない筈の失敗作に力で吹き飛ばされる。そんな事はあり得ない、あってはならない事だ。

 愕然とする藍染に対し、一護が力強く宣言する。

 

「……始めようぜ藍染。一瞬で終わらせてやる」

 

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)の外れで、超越者と超越者の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 黒崎一護が圧倒的主人公ムーヴを見せている中、圧倒的童貞臭を漂わせているクアルソも浦原と共に尸魂界(ソウル・ソサエティ)にやって来た。

 だがクアルソは直には藍染の元に向かわなかった。クアルソが探査回路(ペスキス)で確認するまでも無いほどの霊圧を藍染は放っていたが、それは一旦置いといてクアルソは探査回路(ペスキス)を全開にした。

 そうして空座(からくら)町全体を確認し、藍染がその力を揮っただろう痕跡を幾つも発見する。犠牲になった人も少なくないだろう。それを痛ましく思いつつ、クアルソは消えつつある霊圧を発見した。その霊圧にクアルソは憶えがあり、響転(ソニード)で駆けつける事にした。

 

「悪いな浦原さん。少し私用が出来た」

「え――」

 

 浦原の答えを聞く前に、クアルソは響転(ソニード)で霊圧の持ち主の下へと移動した。それ程切迫した状況だったのだ。

 置いていかれた浦原はクアルソの単独行動に一瞬慌てるも、直に落ち着いてクアルソを放置した。もしかしたらクアルソが共闘を破ったかとも思ったが、それにしては様子は可笑しかった。藍染の味方ならば、浦原を殺して行けば効率的なのにそれをしなかったのも不自然な点だ。

 それに、あれだけの死神から誤認されていたとはいえ殺意の籠もった攻撃を受け続けながらも、誰にも反撃せずにいたというのもある。だから、クアルソは一旦放置して浦原は一護と藍染の戦いの場にへと赴いた。最後の戦いの結果を知る為に。

 

 

 

「ギン……」

 

 乱菊は満足そうな表情で倒れている市丸に縋りつき、涙を流していた。

 市丸が藍染を倒そうとしていたのは解った。だが、何の為に藍染を倒そうとしていたのかは解らない。それでも乱菊は市丸が自分の為に藍染を倒そうとしていたのだと直感していた。自惚れかもしれないが、そう直感したのだ。

 

「馬鹿よギン……大馬鹿よ……」

『……』

 

 市丸に縋りながら涙を流す乱菊に、一護の親友達も声を掛ける事が出来ないでいた。彼らは本当にただの高校生だ。とある事情により乱菊とは僅かなりとも顔見知りだったが、この状況で声を掛けられる程に彼らは経験を積んでいなかった。

 

「やばいな。死にかけだ。素敵なおっぱいさんもとい素敵なお嬢さん、少し市丸をお借りしますよ」

「え……?」

『え……?』

 

 乱菊も、一護の親友達も、ついでに空座(からくら)町の担当死神と胡散臭い霊能力者も、この場に居た誰もが突然聴こえてきた声に動揺する。

 その声の持ち主は市丸と乱菊の側に突然現れた。またも化物が現れたのかと空座(からくら)町に住む者達は恐怖するが、その乱入者、クアルソの見た目とクアルソから感じる凡庸さに恐怖と緊張を僅かに解く。

 クアルソは本当に凡庸だった。藍染のような威圧的な見た目も圧力も放っていない。どこにでもいそうな凡庸な男だった。だからか、彼らの警戒心はそこまで上がらなかった。

 

 だが乱菊は違う。乱菊はクアルソが破面(アランカル)だと理解している。何やら藍染を止めるだの何だの言っていたが、それもどこまで信じる事が出来るか解ったものではない。

 そんな乱菊の警戒するような瞳を見て、クアルソは思う。

 

 ――またかー……――

 

 クアルソはいい加減自分の種族を呪いたくなってきた。破面(アランカル)というだけでどうしてこれ程の美女に警戒されなければならないのか。

 死神と破面(アランカル)。どちらに美女美少女が多いかと言えば、圧倒的に死神だと断言出来る。単純な数の問題だ。破面(アランカル)よりも死神の方が人数が多く、(ホロウ)にいたってはまともな人間体がいない。つまり、クアルソの好みは死神側に多いという事だ。もちろんハリベル等の例外は除く。

 そんな死神とは非常に仲良くしたいとクアルソは思っている。どうにかしてお近づきになり、是非とも多くの女性死神と交流を持ちたいと願っている。だが悲しいかな、種族として死神と破面(アランカル)――(ホロウ)――は相容れない間柄だ。種族を超えた愛とか物語なら感動物かもしれないが、現実には難しいものなのだ。有りえない訳ではないのだろうが。

 

 とにかく、乱菊と仲良くなりたいクアルソだが、今は緊急を要するのでそれは後に置いておく。手遅れになる前に市丸の治療をしなければならない。その為に、警戒する乱菊に有無を言わさぬ態度にて臨んだ。

 

「市丸を治療する。少し離れていろ」

「……治せるの!?」

 

 クアルソの言葉に乱菊は希望を抱いた。確かに破面(アランカル)は敵だが、市丸は一応破面(アランカル)の仲間になっていた。ならば、この破面(アランカル)が市丸を治療すると言いだしたのも、仲間を助ける為と思えば不思議ではない。

 藍染の罠だとか、クアルソの思惑だとか、裏に何かあるかもしれない。だが、このままでは確実に市丸は死んでしまう。ならば一縷の望みに懸ける他ないと、乱菊は市丸の側を少しだけ離れ、クアルソに市丸の治療を願った。

 

「お願い……! ギンを、この馬鹿を治してあげて……!」

「ああ。任せておけ」

 

 惚れてるんですね解ります。クアルソは乱菊の市丸へ向ける感情を見てそう思った。

 素晴らしいおっぱいと美貌の持ち主だが、これは脈がないとクアルソは涙を呑んだ。だが、市丸を治療すればこの女性は無理でもこの女性が他の女性死神との渡りを付けてくれるのでは、という打算も多少含みつつ、クアルソは市丸の治療を開始する。

 

「これって……!」

 

 乱菊はクアルソの治療方法を見て驚愕する。破面(アランカル)の技術による治療かと思いきや、それは紛れもなく死神の技術、治療鬼道の回道であった。

 何故死神の力である回道をクアルソが使用出来るのか。それには三つの理由がある。

 

 一つはクアルソが元々治療術の経験が豊富だった事だ。こことは異なる世界の異なる力にて、クアルソは多くの人々を治療した経験を持っている。異なる力故にこの世界ではその力を上手く発揮する事は出来なかったが、この世界での理による治療技術を会得しさえすれば、かつての経験を活かす事は可能だった。

 

 もう一つ、肝心のこの世界での治療術である死神の回道に関しては、クアルソが偽空座(からくら)町に現れた時にその眼で確認した。

 傷付き死にかけていた仮面の軍勢(ヴァイザード)の一人を治療する卯ノ花烈。彼女の回道を見て、その力の流れを確認して、クアルソは回道を会得したのだ。元々の下地があったからこその会得速度である。決して彼女のおっぱいに眼を奪われていた訳ではないのだ。決してだ。

 

 そして最後の理由。破面(アランカル)であるクアルソが死神の技術を会得出来た理由。それは破面(アランカル)であるからに尽きる。

 元々破面(アランカル)とは(ホロウ)と死神の境界線を砕いて生まれた存在だ。その為か、外見は死神に近くなり、死神と同じく斬魄刀を携えている。斬魄刀自体は死神のそれとは違うものだが。つまり、死神に近付いている破面(アランカル)が死神の力を使う事は不思議ではないのだ。

 そもそも、破面(アランカル)と同じような存在である死神と(ホロウ)の境界線を砕いた仮面の軍勢(ヴァイザード)は、(ホロウ)の力である筈の虚閃(セロ)を使用する事が可能だ。東仙に至っては虚化して帰刃(レスレクシオン)まで行っている。ならば、逆の事が破面(アランカル)に出来ないとどうして言えるのか。

 

 そんな事を露知らぬ乱菊は、クアルソが回道を使用した事とその腕前に驚愕していた。

 

「うそ……破面(アランカル)が何で回道を……しかも卯ノ花隊長並の腕前だなんて……!」

 

 乱菊の呟きの通り、クアルソの回道の技術は卯ノ花並のレベルだった。参考にしたのが卯ノ花本人であり、クアルソの元々の経験が加算された結果である。自身とハリベルの従属官(フラシオン)の治療と、たった二度の経験を重ねただけでクアルソは十分な回道の技術を会得していた。

 クアルソは市丸を治療しつつ、市丸の身体に残された藍染の霊力の残滓を取り除く。何気なくした行為だが、これも本来なら有り得ない技術だ。一体この破面(アランカル)は何者なのかと乱菊は疑問に思う。

 有り得ない事実に乱菊が動揺するが、直にそんな事はどうでもいいと思い直す。むしろ今の市丸を治療するに当たって好都合とさえ言えた。

 

「素敵なおっぱいのお嬢さん。出来れば市丸に霊力を分けて上げてくれないか。破面(アランカル)のオレよりも死神の方が馴染むだろう」

「乱菊よ。松本乱菊。次におっぱいって言ったらぶん殴るわよ」

 

 そう言いつつも、乱菊はクアルソに言われた通り市丸に己の霊力を分け与える。これで市丸が助かる可能性が上がるなら霊力くらいいくらでも分け与えるつもりだった。

 

 ――あんたに貰った干し柿は、こんなもんじゃ返し切れないんだからね。だから、死ぬなんて許さないわよ!――

 

 乱菊はそう思いながら、疲弊した身体を省みずに市丸に霊力を分け続ける。あまりにやりすぎると今度は乱菊が倒れてしまうだろう。そう思い、乱菊を止めようと思ったクアルソだったが、乱菊の必死の表情を見てそれを止めた。これを止めるのは野暮というものだろう。命に別状がない限りは乱菊の好きにさせてやろうとクアルソは思った。

 そして嫉妬した。こんなに想われるとか羨ましいぞ市丸、と。同じ童貞仲間だからこそ藍染を倒す事よりも優先して助けに来たが、助けに来ない方が良かったかと一瞬思ってしまう程に嫉妬した。

 

 

 

「これ以上は無理だな。後は市丸の意思次第だ」

「ギン……!」

 

 クアルソの献身的――嫉妬が多く占めていたが――な治療と乱菊の献身的――粉う事なき――な霊力譲渡により、市丸の治療は終わった。

 藍染によって付けられた傷はほぼ治療された。袈裟切りにされた傷も、貫かれた胸も塞がり、千切られた腕も繋がった。だが、これ以上は回道でも治療し切れない。回道に出来る事は普通の治療と同じだ。それを死神の霊力による術で過程を早めて結果を得ているに過ぎない。これ以上は市丸の生きようとする意思が重要になるだろう。

 

「……」

 

 乱菊の言葉に市丸は反応しない。だが、息はしている。呼吸は荒いが、先程よりも顔に生気が宿っている。

 助かるかもしれない。だが、やはり助からないかもしれない。クアルソが言う通り、後は市丸の意思次第であった。だから乱菊は市丸の生きようとする意思を少しでも高める為に、市丸に声を掛け続けた。

 

「許さないから! このまま死んだら、私はあんたを絶対に許さない……!」

「……」

 

「二度と干し柿だって食べられないし、墓に備えてもやらないわよ!」

「……」

 

「だ、だから……!」

 

 死なないで。二度と置いていかないで。そう願い、乱菊の瞳から涙が溢れ、市丸の顔へと落ちていく。

 

「……かなんなぁ」

「!?」

 

 市丸の口からそんな言葉が零れ出た。それを聞いて、空耳じゃないかと疑って、乱菊は期待を籠めて市丸を見やる。

 そして、狐を思わせるように細い眼を見開いて自身を見つめる市丸が、乱菊の瞳に映った。

 

「あの状況で死にぞこなうなんて……かっこ悪いわぁ……」

「――! 馬鹿! あんた、本当に馬鹿よ!」

 

 瀕死の重傷から生き延びて眼が覚めての第一声がそれかと、乱菊は思わず怒り、そして呆れた。

 

 ――ああ、変わらないわねこの馬鹿は――

 

 いつも飄々として掴み所がない馬鹿を見て、乱菊は安堵する。ようやく、大切な幼馴染が帰って来たのだと。

 

「……ごめんな乱菊」

「……絶対許さないから」

「……干し柿譲ったるで?」

「あんた、私を馬鹿にしてんの?」

「しゃあないなぁ。三個でどうや?」

「……十個」

「……かなんなぁ」

 

 ――甘酸っぱいなおい!?――

 

 クアルソは両者のやり取りを見てそう叫びたかった。叫ばなかったのはクアルソの精神力の賜物だろう。今のクアルソならば嫉妬の力で世界を三度ほど滅ぼせそうなくらいだ。

 

「ぶ、無事で何よりだ市丸」

「クアルソ……そうか、藍染を止めに来たんやな」

 

 市丸は藍染に対して隊長という敬称を付けなかった。もう藍染を敬う演技をする必要はないのだ。そして市丸はクアルソが藍染と敵対するだろうと予測していた。クアルソという存在と僅かに触れただけで、クアルソが藍染の行動を許す事ができない善人だろうと見抜いたのだ。その観察眼は藍染にも匹敵するだろう。

 

「ああ。オレを止めるか?」

「冗談きついわぁ。死んでもうたら乱菊に干し柿あげられへんやん」

 

 クアルソの問いに市丸は苦笑しつつ答える。今の自分では恐らく勝てないだろう。隙を衝き神死槍の真の力を使用すればもしかしたら勝てるかもしれないが、それを試すつもりは市丸にはなかった。

 

「まあ、オレが行く必要ないかもしれないけどな……」

「……そうかもしれんなぁ」

 

 クアルソは藍染が戦っているだろう方角を見やり、そう呟く。その呟きに市丸も同意した。

 今、藍染と戦っているのは黒崎一護だ。あの強い眼をした一護ならば、きっと藍染を止める事が出来るだろう。そう市丸は信じていた。

 クアルソとしては藍染を止めに来たのに何もせずに終わりそうで少し残念だったが。まあ、誰が藍染を止めても結果は変わらないし、童貞仲間である市丸を救う事は出来たし、別にいいかと思い直した。もっとも、市丸はいずれ童貞仲間から外れる可能性が高かったが。クアルソの嫉妬が更に高まっていく。

 

「一応藍染様の処に行ってくる。あの少年で駄目だったらオレが止めるよ」

「頑張ってな」

「お前も無理すんなよ市丸。まだ完治してないんだからさ。それじゃあ松本さん! ちょっと藍染様の馬鹿を止めて来ますんで! 出来れば後ほど連絡先とか教えてくれたり女性死神との渡りを付けてくれたりすると嬉しいです! それでは!」

 

 一方的にそう言って、クアルソは響転(ソニード)で移動した。それを乱菊は呆然と見届けて、市丸に問い掛ける。

 

「……何なのあの破面(アランカル)?」

「変態や。とびっきり強い、な」

 

 納得の説明であった。

 

 




 オリ主「しゅ、主人公! 圧倒的主人公……!」

 なお、千年血戦篇は……。

 乱菊の不調云々は独自設定です。魂削られたら不調になるんじゃないかなって。あと、市丸の暮らし云々も大体独自設定。







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