どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第十五話

 封印され、その姿を変えた藍染をクアルソはどこか寂しそうに見つめる。そして、同じく封印された藍染を見ていた浦原に声を掛けた。

 

「……浦原、藍染はどうなる?」

「……恐らく、無間と呼ばれる監獄に投獄されるでしょう。崩玉と完全に融合した藍染サンを殺す術を、今の尸魂界(ソウル・ソサエティ)は持っていないでしょうから……」

 

 真央地下大監獄最下層・第八監獄【無間】。そこは、尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも大罪人と称される程の者のみが投獄される監獄。一度入れば抜け出すのは至難を極める。特に藍染は不死である上に桁違いの力を有している。尸魂界(ソウル・ソサエティ)のありとあらゆる技術を用いてその力を極限まで抑えられ、その上で投獄される事だろう。

 並の――という言い方はおかしいが――大罪人よりも遥かに厳重な対応の元に投獄されるのだ。如何な超越者といえど、脱出はまず不可能だろう。そう、浦原はクアルソに語った。

 

「……そうか」

 

 それを聞いて、クアルソは少し寂しげに、だがどこか嬉しそうにそう呟いた。藍染が死なずに済む。それが嬉しかったのだ。生きていさえすれば、いずれ再び(まみ)える事もあるだろう。それが友としてか配下としてか、それとも敵としてかは解らないが。

 少なくとも前者である事をクアルソは願った。友だろうと配下だろうと、競い合う事は可能だからだ。

 

「浦原。市丸や黒崎一護の下に戻るとしよう。彼らも心配しているだろう」

「……そうっスね」

 

 浦原はクアルソの提案に頷き、そして思った。キャラ変わりすぎじゃないっス? と。

 今までの軽薄なキャラはどこに行ったのだろうか。もしかしてあれは敵を欺く為の擬態だったのではないか? そう浦原は思い始めた程だ。浦原は混乱している。だが仕方ない。軽薄なクアルソと今の武人然としたクアルソ。どちらが強者感があるかというと、確実に後者だ。藍染を倒した程の実力者に相応しい態度だろう。

 まあ、あの軽薄な態度が演技にも見えなかったので、浦原も混乱しているのだが。

 

「それじゃあ行くぞ」

「はい」

 

 そうして二人はそれぞれの移動法にて空座(からくら)町へと戻って行った。

 

 

 

 一方空座(からくら)町では一護やその仲間達が集合し、戦いの結末について訝しんでいた。

 

「あの強大な圧迫感が消えたままだ……やはり戦いは終わったのか」

「いったいどっちが勝ったんだ……」

 

 一護の仲間である死神にして、朽木白哉の義妹である朽木ルキアが戦いが終わったのだと己の推測を述べる。それに対し、一番の気がかりである勝者の行方を同じく一護の仲間である茶渡泰虎が問い掛ける。

 藍染が己の配下であった破面(アランカル)と戦ったのはこの場の誰もが知っている。一護がクアルソという破面(アランカル)が藍染と敵対している事を彼らに伝えており、そしてクアルソが藍染の配下だが藍染を止めに来たのだと、一護と合流した織姫や雨竜が伝えたからだ。

 破面(アランカル)が藍染に逆らう理由はこの際どうでも良かった。問題は、クアルソが藍染に勝てるかどうかだ。藍染を止める事が出来なければ、その先にあるのは絶望だけなのだから。

 

「……解らない。いや……」

「何か気になる事でもあるのかよ石田?」

 

 何かを言いたげにするも、確信は得られないのか口を噤む雨竜に対し、雨竜と共闘した経験を持つ阿散井恋次が勿体ぶらずに解った事を言え、と言わんばかりに問い詰めた。

 だが、想像は出来ても確信は持てない雨竜はその思いを口にする事が出来ない。確信を持てる程に、雨竜は藍染の事を知らないのだ。そして、そんな雨竜に助けを出した者が居た。

 

「……勝ったんはクアルソや」

『!?』

 

 その言葉を発したのは市丸ギンだった。彼はクアルソの治療により致命傷から脱したが、未だに体調は万全ではなく、疲弊した体をどうにか動かしていた。その傍らには乱菊がついており、市丸を支えていた。支えが要るほどに、まだ回復しきっていないという事だ。

 

「どうして解るんだよ……!?」

 

 一護が当然の疑問を口にする。それに対し、市丸ではなく雨竜が答えた。

 

「やはりそうか……。黒崎、もし藍染が勝っていたとしたら、あの圧迫感が収まると思うか?」

『!!』

 

 そう、それが市丸と雨竜が辿り着いた結論だ。藍染がクアルソに勝ったとして、あの強大な圧力を抑えるとはとてもではないが思えない。欠片足りとも霊圧も圧力も抑えず、空座(からくら)町にやって来て王鍵創生に取り掛かるだろう。

 雨竜は藍染の性格を熟知している訳ではない。接した事すらないから当然だ。だが、話に聞いた藍染の人柄から、その答えを想像したのだ。話に聞いただけなので確信は持てなかったが。だが、目的の為に藍染に近付き、傍らに控え続けた市丸がそう言うなら、限りなく正しい答えと言えた。

 

「じゃあ本当に――」

「クアルソ君が勝ったんだ!」

 

 織姫がそんな歓声を上げた時だった。響転(ソニード)と瞬歩で高速移動して来たクアルソと浦原が、一護達の近くに現れた。

 

『!?』

「いやー、お待たせしました皆サン」

 

 突然現れた二人に驚愕する一護達に、浦原が飄々と声を掛ける。それに一瞬苛立つも、いつも通りの浦原の態度と、二人が揃って現れた事で、クアルソの勝利と藍染の敗北を一護達は確信する。

 

「浦原さん! 藍染は!?」

 

 勝ったと確信はしたものの、それでも藍染の結末が気になるのか、一護は真っ先に浦原にその確認を行った。

 

「……封印しました。いくら藍染サンと言えど、脱出は不可能です」

「……そうか」

 

 それを聞いて、今度こそ肩の荷が下りたのか、一護は安心したように溜め息を吐いた。そして、クアルソに向かって礼を述べる。

 

「ありがとうな……クアルソ。あんたのおかげで藍染を止める事が出来た」

 

 礼を言う一護に対し、クアルソはどこか申し訳なさそうに首を振る。

 

「いや……オレがあそこに現れた事で藍染を刺激してしまった。それがなければお前と浦原で終わっていた筈だった。すまなかった……」

 

 そう言ってクアルソは頭を下げる。その謝罪には一護の努力と犠牲を無駄にした事と、そして上司である藍染が起こした事に対する二つが籠められていた。

 

「そんなの関係ねーよ。俺もあんたも、藍染を止める為に動いた結果だ。それを恨んだりなんかしないさ」

「……ありがとう黒崎一護」

 

 クアルソは一護の気持ちの良い性格に好感を持つ。一護が藍染を倒す為に何らかの犠牲を強いた事はクアルソも解っていた。そしてその犠牲は、一護本人が支払っている事も。他人に犠牲を強いるような性格ではないと、一護と接した僅かな時間で理解出来たのだ。

 その犠牲が無駄になったというのに、それに文句の一つも言わずにクアルソを気遣うその姿勢は一護の年齢を思えば素晴らしいものだろう。

 一護の想いを無碍にせず受け取ったクアルソは、次に市丸に声を掛けた。

 

「市丸。お前はこれからどうする……いや、どうなるんだ?」

『……』

 

 クアルソの言葉にこの場にいる死神が沈黙する。それが何よりも雄弁に市丸の未来が明るくない事を物語っていた。

 そう、乱菊ですら理解していた。市丸が犯罪者として裁かれるということを。例え藍染を倒す為だったとはいえ、そこに至るまでに犯した罪は多く、そして重い。多くの死神を裏切り、多くの死神に犠牲を強いたのだ。死んだ者も少なくはない。

 もちろんそれらの罪の全てが市丸に有るわけではない。むしろ大半は藍染の罪だろう。だが、市丸も藍染に近付く為にその手を汚した事に変わりはないのだ。情状酌量の余地があろうとも、流石にこの罪をなかった事にするのは不可能と言えた。

 

「まあ、良くて投獄悪くて死刑やろなぁ。その前に干し柿手に入れんとあかんわ」

 

 そう言って、市丸は笑顔を見せる。全て承知の上でした事だ。藍染を倒す為に、乱菊が奪われたものを取り返す為に、乱菊が泣かなくてもいい世界を取り戻す為に、市丸は己の手を汚す事を厭わなかった。その結果、死刑にされると理解していても。

 

「ねえ浦原……何か手はないの?」

 

 市丸の言葉を聞いて、乱菊がどこか期待したかのように浦原に声を掛ける。乱菊だって無理な事は理解しているが、それでも幼馴染が……ようやく帰って来た大事な人がこのままいなくなるのを許容出来る訳がない。智謀に長け、様々な策を講じる浦原ならば、何か良い案が出るのではないかと期待せずにはいられなかった。

 

「死神を裁けるのは中央四十六室のみっス。彼らが一度下した結果を覆す事はまずありません。だから、裁かれる前にどうにか手を回せばあるいは……」

 

 浦原自身、かつて四十六室に判決を下された身だ。それは藍染が完全催眠を利用した事で浦原に己の罪を被せたものだったのだが、四十六室は浦原の言葉を聞く価値無しとして切り捨て、浦原を永久追放の刑に処した。

 確かに藍染が周到に用意した罠や偽の証拠、証言により、浦原が罪を犯したという状況証拠は十分過ぎるほど集まっていた。だが、それでも浦原の言葉を全く耳にせず、言葉を発する機会すら与えず、一方的に判決を下すやり方は尸魂界(ソウル・ソサエティ)の司法機関の闇を垣間見せるだろう。まあ、濡れ衣と解れば判決を覆すくらいの融通はあるが。そうでなければ浦原が今この場所に、尸魂界(ソウル・ソサエティ)にいる事は出来ないのだから。

 ともかくだ。一度裁判が始まれば結果を覆す事は非常に難しい。だから、裁判が始まる前にどうにか減刑できるよう、手を回さなければならないのだ。

 

「新しい四十六室が少しは話が分かる人達ならいいんスけどね……」

 

 以前の四十六室は全員が藍染の手に掛かって死亡している。故に、新しく四十六室が選出されていた。その新しい四十六室が以前よりも融通が利く者達ならばと浦原は言うが、難しいだろうとも思っていた。

 中央四十六室に選ばれた者達は、己こそが尸魂界(ソウル・ソサエティ)を司る存在であると自負している者が多い。死神を裁く事が出来る唯一の司法機関に属するのだから、その自負が全く的外れというわけではないのだが。それでも驕り高ぶっているのは間違いないだろう。

 そして四十六室が代変わりする場合は基本的に前任の子や親類に引き継がれる場合が多い。そして、凝り固まった感性というものは、一族全体に広がっている事が多いのだ。蛙の子は蛙という事だ。もちろん、鳶が鷹を生む事もあるが。

 故に多くの四十六室は以前と変わらぬ感性の持ち主ばかりだろうと、浦原は悲観していた。 

 

「手を回すって言っても……」

「……隊長含む多くの死神の嘆願書があれば、少しは裁判も有利に働くかもしれません。アタシも出来るだけ伝手を頼ってみます」

 

 焼け石に水の可能性は高い。だが、やらないよりはマシと言える。もしかしたら、死刑は免れるかもしれない。それが限界だろうが。

 

「……わかったわ」

 

 浦原の言葉を聞き、乱菊はそれが自分に出来る事ならばと頷く。浦原も出来るだけ手を回すつもりではあったが、貴族などに伝手のない乱菊ではこれが限界なのだ。

 

「……私も兄様に願い出てみよう。どこまで聞き届けてもらえるかは解らんが……」

「ルキアちゃん……」

 

 ルキアが養子となっている朽木家は四大貴族家と称されるほど、尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも上位の貴族だ。その発言力は尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも非常に高い。そして、ルキアの義兄である白哉こそが朽木家の現当主だ。その力が得られれば、非常に頼もしいものとなるだろう。

 だが、ルキアは養子という立場故に、自身の発言力は一切ないと思っている。実際、ルキア自身に朽木家としての発言力はないに等しい。あくまで白哉の保護下にあると看做されているからだ。だが、朽木家の中での発言力は実は高かったりする。白哉は表に出していないだけで、かなりルキアの事を大事にしていた。ルキアが本気で願い出れば大抵の事は叶えてやるだろう。もちろん、立場上表立っては拒否する事もあるだろうが。

 

「俺も白哉に頼んでみるよ」

 

 一護も白哉とは知らない仲ではない。一度は本気で戦い合った仲だ。そして、白哉自身は一護に非常に感謝していた。一護のおかげで、大切な者を手放さなくても良くなったからだ。一護の敵ならば、例え恩人であろうとも殺す事を厭わぬ程にだ。まあ、それを一護本人に言う事は絶対にないのだが。ルキアの事も含め、ツンデレの鑑と言えた。

 

「俺からも隊長に話をしてみるぜ。もちろん嘆願書も協力するぜ乱菊さん」

 

 阿散井恋次は白哉率いる六番隊の副隊長だ。白哉の事を苦手とする一面もあったが、他の死神よりは近しい立場にいる事に変わりはない。その彼の言葉なら、他の死神よりは白哉に届きやすいだろう。なお、ルキアの万分の一程度の効力なのだが、それは仕方ないと言えた。主に堅物ツンデレ兄が悪い。

 

「一護……恋次……みんな、ありがとう……」

 

 多くの仲間からの言葉に、乱菊が感謝の言葉を述べる。その瞳からはいつもの彼女らしくない涙が零れ落ちていた。普段の自由奔放な乱菊ばかりを知っている一護や恋次が思わず見惚れてしまうような表情だった。

 

「なんや、こんな訳の解らん男の為に骨を折るなんて、みんな物好きやなぁ」

「あんたが言う事じゃないでしょあんたが! ほら! ギンも皆にお礼を言いなさい!!」

「助かるわ」

「軽いのよ!! もっと真面目にしなさい真面目に!!」

 

 市丸のいつもと変わらない態度に思わず多くの者が手を貸すのを止めようかと思ったが、同時に乱菊を知る多くの者が思った事がある。お前が言うな、であった。

 そうして、緊張していた場の空気が少しだけ解れたところで、クアルソが口を開いた。

 

「浦原。出来ればお前との連絡手段が欲しい。虚圏(ウェコムンド)にいても通じる連絡手段がだ。出来るか?」

「それは……可能か不可能かで言えば可能です。ですが、どうしてですか?」

 

 破面(アランカル)であるクアルソが死神である浦原と連絡し合う必要はないだろう。今回は非常事態故に手を取り合ったが、本来死神と破面(アランカル)は敵対している間柄だ。これから先は再び殺し合う関係に戻るだろう。

 だが、クアルソは別に死神と敵対したい訳ではない。どちらかと言えば仲良くなりたいくらいだ。浦原も別に破面(アランカル)と敵対したい訳ではない。死神としては間違っているだろうが、敵対する必要がないなら敵対しないというのが浦原のスタンスだ。もちろん、敵対する可能性がある限り、勝てる確率を少しでも高める為の様々な準備はしているが。

 ともかく、本来なら死神と敵対している筈のクアルソからのその言葉に、浦原は疑問で返した。

 

「市丸や東仙が罪を犯したのは確かだ。罪には罰が必要だ。それは否定しない。だけど、それでも仲間だった彼らが死ぬのも忍びない。だから、死刑が決まったら連絡してほしいんだ」

「えっと……それで死刑が決まったと知ればどうするつもりっス……?」

 

 クアルソの言葉に浦原が答えを予想しつつも恐る恐ると訊く。そして、答えはやはり予想通りだった。

 

「もちろん。瀞霊廷に突入して助けるさ。その場合虚圏(ウェコムンド)で暮らす事になるけど、まあ死ぬよりはいいだろ市丸?」

「あーあ、死刑にならんことを祈るわ。そうなったら、護廷十三隊に悪いわ。破面1体すら食い止められないのかって四十六室に責められてまうやん」

 

 クアルソの言葉に市丸がそう返す。そこにはクアルソを止める事が出来る者が護廷十三隊にはいないという意味が、暗に籠められていた。そして、死ぬよりはそれも面白いという意味もだ。 

 

「死ねば何も償えないからな。生きてこそだ。まあ、死刑を免れる事をオレも祈っているよ。わざわざ死神と敵対したいと思わないからな」

「ほんまに。変わった破面(アランカル)やな」

 

 あれほどの力を持ちながら、死神と敵対したくないと言う。そんな破面(アランカル)など見た事も聞いた事もない。市丸の言葉と感想は、この場の全ての者達の総意でもあった。

 

「それで、頼まれてくれるか浦原」

「……解りました」

「助かるよ」

 

 ここで拒否しても何も良い事はないと理解していた浦原は、クアルソの頼みを聞き届ける。もし拒否してこの破面(アランカル)が敵対したと考えると、想像するだけで恐ろしいだろう。

 クアルソの人格的にそれはないと理解しつつも、それを絶対とは言い切れない。短い時間しか接していない上に、その短い時間で何やら性格が一変しているのだ。クアルソの全てを把握するには浦原と言えど時間不足と言えた。

 それに、クアルソとの連絡手段を構築しておくのは悪い事ではない。上手く行けばこの最強の破面(アランカル)が鬼札として使えるかもしれないのだ。その機会を捨てるつもりは浦原にはなかった。

 

「それじゃあこれをどうぞクアルソさん」

「……え?」

 

 そう言って、浦原はどこから出したのか携帯電話に酷似した機器をクアルソに手渡す。それを受け取ったクアルソは思わず呆けた。

 そんなクアルソを見て、ようやくクアルソに対して一本取れたかと浦原は内心で機嫌良くなり、手渡した機器の説明をし出した。

 

「アタシとの連絡手段っス。ここのボタンを押せばアタシが持っているもう一つの装置に繋がります。アタシからの連絡があった場合も同じボタンを押せば会話が繋がります。現世に居ても、尸魂界(ソウル・ソサエティ)に居ても、虚圏(ウェコムンド)に居ても繋がるようにしている分、その他の遊びの機能がないのが欠点ですね」

 

 改良ポイントっス。等と言いながら連絡手段の使い方をクアルソに説明する浦原。言われてすぐに連絡手段を手渡す。千の手段を用意する男の名は伊達ではなかった。

 

「た、助かるよ」

「いえいえ。お互い様ですから」

 

 クアルソをここまで動揺させたのは藍染、剣八に次いで三人目だった。流石は浦原といったところか。

 

「さて……これ以上オレがここに居ても面倒事が増えるだけだな」

 

 浦原から機器を受け取ったクアルソはそう言ってこの場から去ろうとする。これ以上クアルソがこの場に居ると、他の死神がやって来た時に面倒になるだけだろう。やるべき事は終わった。後は虚圏(ウェコムンド)に帰り、別の面倒事を片付ける必要があった。だから、ここに居るのはこれまでなのだ。

 

「それじゃあな。市丸も大事だが、出来るなら東仙の奴も気に掛けてやってくれよ。あいつも悪い奴じゃないんだ」

 

 そう言い残し、クアルソは黒腔(ガルガンダ)を開いてこの場から去って行った。

 クアルソが消えた空間を見ながら乱菊が呟く。

 

「……結局、変態なのかなんなのか、解んない奴だったわね」

「……演技とは思えんかったけどなぁ」

 

 クアルソの性格が一変した謎を残すという、どこかしこりの残る終わり方に首を傾げる死神達であった。

 

 

 

 

 

 

 心配事は残しつつも戦いを終えたクアルソは、虚圏(ウェコムンド)にある虚夜宮(ラス・ノーチェス)へと帰って来た。

 藍染を止める事は出来たが、問題は市丸と東仙の行く末以外にもある。そう、統率者を失った破面(アランカル)の今後である。

 藍染が力で破面(アランカル)を統治していたのは確かだが、それでもある程度の規律を持って統治出来ていた。あの個性豊かな破面(アランカル)達が曲りなりにも規律を有していたのは藍染が居てこそだ。その藍染が居なくなったとなればどうなる事か。想像するだけでクアルソは憂鬱になる程だ。

 

 そしてクアルソが想像する未来を暗示するかのような光景が、クアルソの視界に広がっていた。

 

「あはははは! どうしたの“元”6番さん? もう抵抗しないの?」

「クソが……! 元は……テメェだ……!」

 

 ルピが解放状態になって、その触手でグリムジョーを締め付けていた。グリムジョーも解放状態だが、一護との戦いで傷付き消耗したままで、今のルピを相手に勝てる訳がなかった。

 どうしてこうなったのか。それはルピがクアルソに置いて行かれ、遅れる事しばらくしてようやく虚夜宮(ラス・ノーチェス)に到着した所から始まる。

 

 

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)に帰還したルピは、その惨状に慄いた。天蓋には幾つもの大穴が空いており、多くの破面(アランカル)が死傷していた。そして、死神の隊長が我が物顔でのさばっていたのだ。

 

 ルピは激怒した。必ず、かの 邪智暴虐の死神を除かなければならぬと決意した。ルピには戦いの経緯が解らぬ。ルピは、十刃(エスパーダ)である。悪態を吐き、長いものに巻かれて暮して来た。故に強者に対しては、人一倍に敏感であった。

 結果、ルピは戦いを諦めた。敵はかなり強い。勝てないとは言わないが、流石に数が違う。隊長が三人――一人は気絶しているので実質二人――に、副隊長と思わしき者が三人、他にも敵と思わしき者が何人かいる。全員多少の差はあれど消耗はしているが、ルピもここに来るまでに消耗していた。修行場所からここまでは相当遠かったようだ。あっさり帰還したクアルソが異常なのである。

 流石にこの人数と質を相手にして勝ち目はないと判断したルピは戦う事を諦めたが、尻尾を巻いて逃げる程に破面(アランカル)としての矜持も捨てられない。だから、ルピはしばらく死神とにらみ合っていた。そんな時だ。死神から声を掛けられたのは。

 

「クアルソという破面(アランカル)と非戦協定を結んだのだが……君が敵対するなら話は別だヨ? さ、遠慮なく掛かって来たまえ」

「クアルソ様が言うなら仕方ないよね! 見逃される事を感謝するんだな死神!」

 

 死神からのその言葉はルピには天啓に聞こえた。自分の矜持を守りつつ、自分の命も護る事が出来る逃げ道が用意されたのだ。それに飛びつかないルピではなかった。

 そうして命の危険から脱したルピは、しばらく虚夜宮(ラス・ノーチェス)をぶらついていた。あのまま死神がいる場で寛げる程、ルピの精神は図抜けてはいない。

 しばらくすると、ルピは虚夜宮(ラス・ノーチェス)にスタークとハリベルが帰って来たのを霊圧から感じ取る。どこに行っていたのか、それすらルピは知らなかった。何せ藍染はルピに作戦のさの字も説明していなかったからだ。ルピがクアルソと修行に出てから作戦を発表した上に、ルピに作戦を説明してクアルソに知られると不都合だという藍染の都合もあったので仕方ない事なのだが。

 

 スターク達が帰って来たのはいいが、別にルピに十刃(エスパーダ)同士の仲間意識はない。どちらかと言うと自分の立場を脅かす敵というイメージすらあるだろう。これはルピに限らず、何人かの十刃(エスパーダ)にも言える事だが。

 そうして適当にぶらつき久しぶりの休息を楽しむルピは、死神達の霊圧が虚夜宮(ラス・ノーチェス)から消えたのを感じ取った。ようやく帰ったようだ。目的を果たした為か、他の何かがあったのかはルピには解らないが。

 だが多少は気になったようで、ルピは死神達が居た天蓋の下へと移動する。そして周囲を適当に調べていると――

 

「あれぇ? こんな処に“元”6番さんが倒れているぞ? 大変だなー」

「ルピ……!」

 

 一護との戦いで負傷し、その上第5十刃(エスパーダ)のノイトラ・ジルガから不意打ちを食らって倒れていたグリムジョーを発見したのだ。

 ルピとグリムジョーの仲は非常に悪い。ルピは自身の前任であったグリムジョーをからかい、グリムジョーはそれに憤慨していた。藍染の手前その怒りを顕わにする事はなかったが、機会があれば必ず殺してやると思っていた程だ。

 

 グリムジョーが十刃(エスパーダ)の座から落ちたのは左腕を失ったからだが、その左腕は織姫によって癒されていた。そしてその際、元の実力に戻ったとしてグリムジョーは第6の座に返り咲いている。ルピの数字はまだ剥奪されていないが、全てが終われば剥奪されていただろう。尤も、藍染がいない今は数字など意味がないものになっているかもしれないが、それを知る破面(アランカル)はまだクアルソ以外いない。

 

「あははは! 死神に負けたのかなぁ? 情けない元6番……待てよ。何で左腕があるんだ……!?」

 

 傷付き倒れているグリムジョーを嘲り哂うルピは、しかしそこで有り得ないものを見た。グリムジョーの左腕が元に戻っているのだ。

 織姫が事象の拒絶にて治した事を知らないルピはそれに動揺する。グリムジョーの左腕は東仙に斬り落とされた上に、鬼道によって灰にされた。斬り落とされただけなら繋げる事は出来るが、消滅した腕が再生するなどルピの知識では有り得ない話だった。

 実際にはマユリや第8十刃(エスパーダ)のザエルアポロの技術力があれば不可能ではないのだが。

 

 ともかく、グリムジョーの左腕が元に戻っているのはルピにとって晴天の霹靂だった。グリムジョーの左腕が失われたから、ルピは第6十刃(エスパーダ)になれたのだ。つまり、元々の実力はグリムジョーの方がルピよりも上という事だ。

 それが元に戻っているとなれば、自分の立場は危ういものになっているだろうとルピが想像するのは容易かった。

 

「は……! ざまあ見やがれ……! “元”6番はテメェだクソが……!」

 

 そう言って、グリムジョーは己の背にある6の数字を見せつける。それに衝撃を受けないルピではなかった。

 

「ッ!? 何で……!」

「何でも何も、これが現実だよクソ雑魚……」

 

 剥奪され、剥ぎ取られた数字が元に戻っている。それは藍染の許しがなければ不可能な事だ。つまり、グリムジョーの言う通り現第6十刃(エスパーダ)はグリムジョーで、元第6十刃(エスパーダ)が自分なのだと、かつての立場が逆転したのだとルピは理解する。

 そしてその事実に憤慨し……笑みを浮かべた。

 

「まあ、それなら仕方ないよね」

「……テメェ」

 

 ルピのその笑いを、ルピから放たれる殺気を感じ取り、グリムジョーは傷付いた体に力を入れる。このままではまずいと判断したのだ。

 

「ボクの数字は剥奪されている訳じゃないしさ……キミを殺せばボクが6番(セスタ)に戻るよねぇ!」

「ルピィィィィ!!」

 

 こうして、ルピとグリムジョーの戦いが始まった。そして、すぐにその戦いは終わった。

 結果はルピの圧勝だ。当然の話だ。ルピも消耗しているとは言え、その消耗もしばしの休息でほぼ癒えている。対してグリムジョーの消耗は激しすぎた。傷付いた肉体も、消耗した霊力も、短時間で癒えるようなものではなかった。下手すれば死んでいてもおかしくない傷で生きているのは、流石は十刃(エスパーダ)と言える程だ。

 帰刃(レスレクシオン)せずとも圧勝出来ただろうルピがわざわざ帰刃(レスレクシオン)した理由は、その方がより屈辱を味わわせる事が出来ると思ったからだ。事実、触手に縛られ動きを封じられ、いいようにいたぶられるグリムジョーは屈辱的な思いをしていた。

 

「あはははは! どうしたの“元”6番さん? もう抵抗しないの?」

「クソが……! 元は……テメェだ……!」

 

 ルピはグリムジョーを直に殺さず、甚振りながら楽しんでいた。実力的に自分がグリムジョーに劣っているという実感はルピにもあった。その反動か、階級が上になった瞬間にルピはグリムジョーをからかうようになったのだ。力で劣ると理解しているからこそ、立場を利用して口でからかっていたのだ。

 だが今は違う。グリムジョーは非常に弱っている上に、自分の実力はクアルソとの修行で向上している。今は立場だけでなく実力もルピが上にあった。故にルピは調子に乗った。調子に乗ってグリムジョーを殺さずに甚振ってしまったのだ。それが、ルピの間違いだった。

 

「ご機嫌だなルピ」

「そりゃあもう! グリムジョーを甚振れるなんて最高だよクアルソ様!! ……クアルソ様?」

 

 背後からの突然の声に、ルピは機嫌良く返事をする。そして聞こえてきた声と自分の発言に疑問を抱いた。

 疑問が困惑となり、そして恐怖に変化するのに然したる時間は掛からなかった。ルピは恐怖を抱いたままに、どうか空耳であってくれと一縷の望みを懸けて後ろを振り向く。

 

「ひっ……!」

 

 だが残念。現実は非情だった。そこには、不機嫌そうな顔でルピを睨み付けるクアルソの姿があった。

 

「く、クアルソ様……! こ、これは、その……!」

 

 どうにか良い言い訳はないものかと思考を繰り広げるが、この状況でそんな都合の良いものが出てくる筈もなく、ルピはしどろもどろになる事しか出来ずにいた。

 

「……グリムジョーを降ろせルピ。この話は後だ。今はスタークとハリベルを連れて来い。重要な話がある」

「ッ! 了解しました!!」

 

 ルピは言われるがままにグリムジョーを触手から解放し、響転(ソニード)にてスタークとハリベルの元に向かう。元々クアルソに逆らうつもりはルピにはないが、()の状態のクアルソに逆らうつもりは更になかった。

 

 ――最悪だ! あの状態になってるなんて何があったってんだよ……!?――

 

 ルピはクアルソが帰刃(レスレクシオン)すると性格が変化する事を知っている。帰刃(レスレクシオン)しなければならない程にクアルソが追い詰められたとなると、いったいどんな戦いがあったのか気になる程だ。だが、今はそれよりもクアルソの命令をこなす方が先決だと考え直し、ルピは全力でスタークとハリベルを迎えに行った。

 

 

 

「大丈夫かグリムジョー。今治療するから少しじっとしていろ」

「うる……せぇ……俺は……この程度で……」

 

 クアルソの手を借りるのなんて真っ平御免とばかりに強がっているが、誰が見ても本当に強がりであるのは明白だ。

 その強がり自体は嫌いではないが、流石にこのままでは死んでしまうと判断したクアルソは、グリムジョーの言葉を無視して回道による治療を行った。

 

「さ、触るんじゃ……これは……」

 

 クアルソの差し伸べた手を払い除ける力すらないグリムジョーだったが、クアルソから流れてくる力に違和感を感じ、そして体が癒されていくのを理解する。

 致命傷からの回復には時間が掛かる上に、本人の気力次第では治療の意味もなくなってしまうが、グリムジョーは重傷ではあったが即座に死んでしまう程の傷でもなかった。グリムジョーの生命力の高さもあってか、クアルソの回道の技術の高さもあってか、グリムジョーはあっという間に回復し、元の体調へと戻っていった。

 

「てめぇ……どういうつもりだ」

 

 グリムジョーは回復した瞬間に体勢を立て直し、クアルソから一定の距離を取る。そして問うた。どうして自分を治療したのか、と。

 それに対するクアルソの答えは一つだ。

 

「同胞を助けただけだ」

 

 その同胞に童貞という意味は籠められていない。今のクアルソはいつものクアルソとは違うのだ。まあ、同胞に童貞という意味が籠められていた等と、誰も知りはしないのだが。

 

「……礼は言わねぇぞ」

 

 クアルソの真意が理解出来ないグリムジョーはぶっきらぼうにそう呟く。別に礼が欲しくて治療した訳ではないので、クアルソがそれに文句を言う事もなかった。

 そうしてしばらく無言の時間が続く。グリムジョーはいずれ戻ってくるルピに復讐すべくこの場で待っていたが、クアルソ相手に会話を繰り広げるつもりはなかった。クアルソもまた会話をする気分ではなかったので、無言の時間が続いたのだ。

 

「……来たか」

「あ?」

 

 無言の中、クアルソが呟いた声にグリムジョーが反応する。そしてクアルソに遅れること数瞬、グリムジョーもルピ、スターク、ハリベルの三人の接近を察知する。

 

「来やがったか……!」

 

 ルピの接近にグリムジョーが好戦的な笑みを浮かべる。ようやく今までの屈辱を晴らす事が出来るのだ。そう思えば笑みも深まろうというものだろう。

 だが、そんなグリムジョーに対し水を差す者がいた。クアルソである。

 

「悪いが、今はルピとやりあうのは無しだ。後でなら幾らでもやっていいから、少しだけ話を聞いてほしい」

「ああ!? 何でテメェにンな事を命令されなきゃ――」

 

 いくら藍染のお気に入り――多くの破面がそう思っている――とはいえ、クアルソにグリムジョーに命令をする権利などない。そもそも、立場という点で見れば十刃(エスパーダ)であるグリムジョーの方が上と言えた。

 そんな風に反論しようとするグリムジョーに対し、クアルソはその言葉を最後まで言い切らせず、霊圧を叩きつける事で理解させた。力の差というものを。立場など関係ない、圧倒的な力の差というものをだ。

 

「か、あ……」

 

 その霊圧にグリムジョーは息を飲み、膝を屈しそうになる。屈しなかったのは、慣れと意地だ。グリムジョーは以前にも藍染やクアルソの霊圧に気圧された事がある。その経験と、何度も屈してたまるかという意地が、今のグリムジョーを支えていた。

 だが、それが限界だ。霊圧の差はそのまま実力の差となるのが魂魄の世界だ。多少の差ならば戦い方や能力によってどうにかなるが、クアルソとグリムジョーの間にある霊圧差はそういう次元ではないのだ。

 

「もう一度言う。今は争い事は無しだ。色々とオレ達の事情も変わったから、それを説明した後でなら別に止めはしない。ああ、流石に殺すのは無しだからな。ルピにもそう言っておく」

「はぁ、はぁ……! クソ……!」

 

 クアルソが霊圧を弱めた事でグリムジョーはその重圧から解放された。

 理解はしていた。クアルソが強いという事は、グリムジョーも理解してはいた。それでも改めて思い知らされた。差がありすぎる、と。どうやったら埋まるのか解らない程に差がありすぎるのだと。

 己をなめた目で見る者は、例え相手が誰であろうと叩き潰す。人間だろうと、死神だろうと、破面(アランカル)だろうと、関係がない。全てを叩き潰して己が王であると証明する。それがグリムジョーの信念だ。だが、その道は果てしなく長く、遠かった。

 

「クアルソ様! お待たせしました! スタークとハリベルを呼んで来ましたよ!」

「ああ、ありがとうルピ。疲れているところ悪かったなスターク、それにハリベル」

『お前は誰だ?』

 

 スタークとハリベルがクアルソの言葉を聞いて、一番に出た感想がそれであった。今のクアルソと平時のクアルソの差を良く知る者であればある程、二人の反応に得心が行くだろう。ルピも然もありなん、とばかりに何度も頷いていた。

 

「誰って、クアルソだが……」

「何か悪い物でも食べたのか? それとも熱でもあるのか?」

 

 ハリベルがクアルソの心配をするという、有りえない現象が起こっていた。それ程までにクアルソの変化はハリベルにとって一大事だったのだ。天地が逆さまになったとしてもここまで動揺しないだろう。

 

「いや、解ったぜ。あんた藍染様だな? 鏡花水月の完全催眠だろう?」

 

 スタークのその言葉にハリベルが納得する。それ以外には考えられないからだ。そして少しだけ残念に思った。ここに藍染がいるという事はクアルソが負けたという事だ。それはクアルソと決闘するという約束が果たせないという事になる。それは戦士として素直に残念に思うハリベルだった。

 まあ、ここにいるのは本当にクアルソなのだが。既にその考えはスタークとハリベルの脳内から完全に消えていた。これも全ては普段のクアルソの行いのせいである。

 

「いや、正真正銘クアルソ本人なんだが……」

『それはない。絶対にない』

 

 あくまで目の前のクアルソは藍染の完全催眠によるものだと二人は信じきっていた。これは何を言っても信用されそうにないなと理解し、クアルソはルピに助けを求めた。

 

「ルピ……」

「はいはい。二人ともー、この方は本物のクアルソ様だよ。ボクが保証する」

「お前の保証じゃなぁ」

「そもそも。何故お前がクアルソに敬称をつけている?」

 

 だが、ルピの保証ではどうにも説得力がなかったようだ。これもまたルピの普段の言動のせいである。ルピがクアルソを敬っているのも逆に目の前のクアルソが藍染ではないかという疑いを強くした程だ。

 

「そりゃあクアルソ様が強いからさ。藍染様よりもね。だからボクはクアルソ様の下に就いたのさ」

『!?』

 

 藍染に忠誠を誓っていたルピがこうもあっさりと裏切った事に、スタークとハリベル、そして黙って会話を聞いていたグリムジョーも驚愕する。

 ルピは、いや、全ての破面(アランカル)は藍染に表向きは忠誠を誓っていた。内心で藍染を良く思っていない破面(アランカル)は多いが、ルピは藍染に完全に忠誠を誓っていた。逆らったところで死ぬだけだと理解していたからだ。そしてそんなルピの内心はこの場の誰もが知っていた事だ。

 そのルピが、堂々と藍染を見限りクアルソに就くと言ったのだ。それに衝撃を受けない者は破面(アランカル)にはいないだろう。

 

「あと、クアルソ様って帰刃(レスレクシオン)すると性格が変わるんだよね。武人っぽくなるというか、ストイックになるというか。どうも解放状態から元に戻ってもその影響がしばらく残るみたいなんだよねぇ」

 

 そのせいでしばらく修行が厳しくなった事を思い出し、ルピは身を震わせた。

 

『なん……だと……!?』

 

 ルピの説明を聞いて、スターク達がクアルソを見つめる。その反応に対し、クアルソはルピの言葉が正しい事を示す為に首肯した。

 それを見て、スターク達は一度冷静になって考える。これが藍染の完全催眠だったとして、藍染が自分達を騙す意味があるのかどうか。冷静になって考えると、その意味はないという答えが出てきた。藍染がわざわざクアルソの振りをしてスターク達を騙す意味がないのだ。

 つまり、目の前のクアルソは本物であり、性格の変化はルピの説明を信じるなら帰刃(レスレクシオン)した影響という事になる。その答えに行き着いたハリベルは、すぐさまルピにある確認をした。

 

「ルピ! クアルソはどれ程の時間で元の下衆に戻った!?」

「え? そうだな……大体数時間くらいかな?」

「数時間……!?」

 

 短い。短すぎる時間だ。せめて一日くらいはこの性格のままでいてほしいとハリベルは願った。それ程に、いつもの下衆ルソには辟易していたのだ。まあ、クアルソの強さや無辜の民を護る為に戦う信念を知ったため、実はそこまでクアルソの事は嫌いではなくなっていたのだが、今の武人モードと普段の落差が激し過ぎた為、そのあまりの差に下衆ルソの好感度がまたも下がってしまったようだ。

 

「クアルソ。常に帰刃(レスレクシオン)して過ごさないか?」

「いや、流石にそれは……」

 

 ハリベルの真剣な懇願に、然しものクアルソも気圧されていた。

 

「そうか……残念だ……」

 

 本当に残念そうに呟くハリベルを見て、クアルソは申し訳ない気持ちになった。普段の己の行動を恥じているくらいだ。まあ、元に戻ればそれも意味がないのだが……。

 

「おい、いい加減本題に入れよ。まさかこれが大事な話なんて言うんじゃねぇだろうな?」

「ああ、悪い……。すぐに説明する。おっと、その前に……はあっ!!」

 

 今までのやり取りで若干苛立っていたグリムジョーの突っ込みに謝罪し、クアルソは本題に入ろうとする。だが、その前に大事な事を思い出してあらぬ方向に向けて腕を振るった。

 クアルソは今までの経緯とこれからの話を生き残った十刃(エスパーダ)達にしようとしていた。そう、生き残った十刃(エスパーダ)全員にだ。あと一人、生き残った十刃(エスパーダ)がいるのだ。

 そうしてクアルソが腕を振るった瞬間、空間が裂けてそこから巨大な破面(アランカル)が現れた。そう、反膜の匪(カハ・ネガシオン)によって閉次元に閉じ込められたヤミー・リヤルゴだ。

 藍染が作った特別製の反膜の匪(カハ・ネガシオン)からの脱出は第0十刃(エスパーダ)であるヤミーですら困難であり、気絶から目覚めてしばらく閉次元で暴れていたが、抜け出す事が出来なかったのだ。それがクアルソが閉次元を無理矢理こじ開ける事でようやく脱出できたのだ。

 

「クアルソォォォッ!!」

 

 脱出して早々、クアルソの姿を見つけたヤミーはその怒りをそのままにクアルソにぶつけようとする。怒りこそがヤミーの力の根源だ。怒れば怒るほど、ヤミーは強くなる。そして、クアルソに気絶させられ、閉次元に閉じ込められたヤミーが、クアルソに対してぶち切れない訳がなかった。

 

「死――」

 

 クアルソの姿を確認した瞬間、全力全開の王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放とうとしたヤミーだったが、クアルソが全力で霊圧を放出した事でその動きを止める事となった。

 今のクアルソの霊圧を感じる事が出来る者はこの場にはいなかった。それ程に、クアルソと他の破面(アランカル)の霊圧には隔たりがあった。だが、霊圧は感じられなくてもそこから放たれる圧力を感じる事は出来る。その圧力により、ヤミーは怒りを霧散させるほどの衝撃を受けたのだ。

 

「う……ぐぅ……!」

「……落ち着いたか?」

 

 動きを止めたヤミーを見て、クアルソは霊圧を弱める。それと同時に、全ての破面(アランカル)が重圧から解放された。

 

「悪いが皆も巻き込ませてもらった。その方が話がスムーズに進むと思ってな」

 

 力こそが全てという者は破面(アランカル)には多い。それが何よりも解りやすいステータスだからだ。だから、力を示さなければ話も通じない者が多いのだ。スタークとハリベルは本能よりも理性が強いタイプだが、それでも強さは重視している面がないとは言えない。

 それでも話が通じない者を相手にする度に、霊圧で黙らせる作業をするのはいい加減にしてほしいとクアルソも辟易していたが。

 

「はぁ、はぁ! ぼ、ボクまで巻き込むの止めてくださいよクアルソ様!?」

「さっきのお仕置きも兼ねてだ。文句があるかルピ?」

「な、ないです……」

 

 クアルソの強さをこの場の誰よりも理解しており、クアルソに逆らうつもりなど欠片もない自分すら巻き込まないでほしいとルピが懇願するが、クアルソのその返答に何も言い返す事が出来なかった。

 

「さて、全員落ち着いたようなので、これから重要な話をする。あと、ヤミーは通常状態に戻れ」

「……ちっ」

 

 誰よりも短気なヤミーでさえ今は落ち着きを取り戻している。取り戻さざるをえなかったというのが正確だが。流石に勝ち目が欠片もないと理解してしまえば、ヤミーと言えども怒りのままに暴れる事はなかったようだ。それで暴れるようなら、藍染の配下になどなりはしなかっただろう。

 そうしてヤミーがクアルソに言われるがままに通常形態に戻り、その大きさを常識の範囲内に収める。まあ、それでも2mを遥かに超える巨漢なのだが。

 ヤミーが元に戻ったのを見て、クアルソは今までの全てを伝えた。藍染の行いを認められず、藍染と戦い、勝ち、そして藍染が封印された事を。

 

 

 

「――以上だ」

『……』

 

 クアルソが全てを伝え終えた時、誰もが口を噤んでいた。クアルソが藍染に逆らった事を知らなかったグリムジョーと、逆らった事は知っていてもクアルソが藍染に勝てる等と欠片も思っていなかったヤミー。両者の驚愕は計り知れない程だった。

 スタークとハリベルもまた驚愕していた。藍染を止めると言っていたが、本当に勝てるとは思っていなかったようだ。唯一ルピのみがこの結果をすんなりと受け入れていた。むしろクアルソを帰刃(レスレクシオン)状態にさせた藍染の強さに驚愕していたくらいだ。

 

 ――クアルソ様を帰刃(レスレクシオン)させるなんて、やっぱり藍染様も化物だな――

 

 そう思いつつも、それでも藍染相手に勝利するクアルソの強さにルピは改めてクアルソに逆らうまいと決意する。誰しも死にたくはないのだ。

 

「けっ……! 藍染が封印されたからどうしたってんだ!」

 

 クアルソの説明を聞いたヤミーがそう叫ぶ。既に藍染に対する敬称はなくなっていた。元々藍染の力に平伏していただけのヤミーだ。藍染が封印された今、敬う必要はないという考えだろう。

 

「藍染が封印されたなら俺達は自由にやるだけだ! 違うか!?」

 

 藍染に従えられる前に戻る、それだけの話だとヤミーが言う。自由に寝て、自由に戦い、自由に殺し、自由に喰らう。破面(アランカル)になる前の、(ホロウ)であった頃と同じ生き方に戻るだけだと。それはグリムジョーも同意する意見だった。

 

「ヤミーの言う通りだぜ。俺たちゃ仲良しこよしの集団じゃねぇだろうが。勝手に生きて勝手に死ねばいいだけだ」

「……破面(アランカル)になろうとも本能のままに生きるか」

 

 そんな二人を見て、ハリベルが蔑むような言葉を放つ。破面(アランカル)となり理性を取り戻しながら、(ホロウ)としての本能に引き摺られて生きる。それは戦士であるハリベルからすると、唾棄すべき在り方であった。

 

「ああ? 文句があるならいつでも殺りあうぜハリベル? 数字が上だからっていつまでもテメェの方が強いと思うなよ?」

「獣如きに私が負けると思っているのか?」

 

 一触即発の空気が場に流れる。何かの切っ掛けがあれば、即座に殺し合いが始まるだろう。

 それを止めたのは意外にもルピだった。

 

「止めといたら? ここで殺し合ってクアルソ様に怒られても知らないよ?」

『……』

 

 それは何よりも効果のある言葉だった。先程の重圧を受けた後で、クアルソに対して怒りを買う真似をしようと思う者はいなかった。

 何故ルピが二人を止めたのか。それはルピが意外にも仲間想いだったから、では断じてない。単に巻き込まれてクアルソの重圧をもう一度受けるのが嫌だっただけである。

 そうして両者から殺意が消えた所で、スタークが面倒くさそうに頭を掻きながら呟いた。

 

「ま、各々勝手にすればいいんじゃないか? 俺は虚夜宮(ラス・ノーチェス)でのんびりするよ」

 

 面倒事が嫌いで、そして孤独が嫌いなスタークらしい言葉だった。藍染がいなくなった今、破面(アランカル)は好き勝手に生きるだろうが、全ての破面(アランカル)がそうではない。むしろ藍染という寄り所を失った者達は、他の強者の下に集まろうとするだろう。全てが十刃(エスパーダ)のような強者ではないのだ。むしろ弱者の方が多いと言えた。

 そんな連中をハリベルが見捨てる筈もないとスタークは読んでいた。自分が統率するのは面倒なのでしないが、ハリベルならそれも可能だろう。ハリベルが統治する虚夜宮(ラス・ノーチェス)に適当に間借りさせてもらって暮らしていければそれでいいというのが、スタークの考えだった。

 

「ボクはクアルソ様に従うよ」

「けっ。まるで尻尾を振る犬だな」

 

 クアルソに従う様を見て、ルピを嘲笑するグリムジョー。だが、対するルピはそんな嘲笑など意にも介さずに、むしろグリムジョーに痛烈な反撃をかました。

 

「あれ? 藍染様に尻尾を振っていた犬が何か吠えてるよ?」

「!!」

 

 そう、ルピがクアルソという強者に対して媚びる犬だと言うならば、藍染という強者に従っていたグリムジョーもまた同レベルの存在という事になる。まさにブーメランという奴だ。

 

「テメェ……!」

「先に喧嘩を売ったのはキミだからね?」

 

 グリムジョーの殺気をルピはさらりと受け流す。クアルソがいる場で争うつもりはルピにはなかった。やるとしたら誰も見ていない処でだ。まあ、余程クアルソから離れない限り、クアルソの探査回路(ペスキス)から逃れる事は出来ないのだが。

 

「落ち着け二人とも」

「ボクは落ち着いていますよー」

「……ちっ」

 

 クアルソの言葉にグリムジョーが殺気を引っ込める。グリムジョーもクアルソが自分より上位の存在であると内心で理解しているようだ。甚だ不本意な事だが。

 

「……」

 

 クアルソは各々の考えを聞いて、やはりこうなったかと内心で溜め息を吐いた。我が強く癖がある者が多い十刃(エスパーダ)だ。藍染という絶対強者がいない今、纏まるはずもなかった。

 このまま全員を放置すればどうなるか。スタークとハリベル、そしてルピはいいだろう。スタークは面倒な事をしたがらず、ハリベルは己を律する事が出来る。ルピはクアルソに対して従順なので問題はない。

 だが、ヤミーとグリムジョーは違う。二人はこのまま行けば虚夜宮(ラス・ノーチェス)から離れ、好き勝手に生きるだろう。その生き方を否定はしないが、その先にある過程と結果が問題だった。

 恐らくヤミーは虚圏(ウェコムンド)で暴れるだけに留まらず、いずれ現世に赴いて好き勝手に暴れるだろう。そんな想像が容易く浮かぶ程、ヤミーは粗暴だった。そして、現世の人間を好き勝手に殺し、魂を食らい、その果てに死神に殺されるだろう。そうなる確率は非常に高いとクアルソは予想していた。

 グリムジョーはヤミーほど粗暴ではないが、似たような流れになる可能性が高い破面(アランカル)ではあった。そんな二人を好き勝手にさせていいものかとクアルソは思う。

 どれだけ粗暴で野蛮で、世界から見れば倒されるべき存在であろうとも、クアルソと同じ種族だ。それも、然したる数もいない同胞だ。それを見捨てるのも憚られるし、彼らに殺されるかもしれない人間や魂魄も無為には出来ない。

 そして、考えても考えても一つの答えに行き着くしかなかった。

 

「解った。今後はオレが藍染に代わって破面(アランカル)を統治する」

『!?』

 

 クアルソの爆弾発言に誰もが目を見開きクアルソを見つめる。中には睨みつけるほど凝視する者もいた程だ。クアルソが自分を支配する事に納得が行かないのだろう。だが、その不満もクアルソの次の言葉を聞いて、声に出す事が出来なかった。

 

「文句があるなら力で示せ。オレに勝てば好きに生きればいい。ただし……覚悟はしろ」

『……ッ!!』

 

 クアルソが再び全力の霊圧を叩きつける。それと同時に殺気もだ。この二つを同時に受けてまともに動く事が出来る者は破面(アランカル)にはいなかった。死神でもそれが可能なのは山本元柳斎か更木剣八くらいだろう。

 この場にいる誰もが帰刃(レスレクシオン)さえすれば、多少は動けるようになるだろう。だが、それでも実力の差を嫌でも理解出来る重圧と殺気を受けて、逆らおうと思う者はいなかった。

 

「解った。お前が破面(アランカル)を統べればいいさ。これからはクアルソ様と呼ぶべきか?」

 

 スタークはクアルソが破面(アランカル)を統べる王となるのを認めた。孤独を癒せるならばそれで問題はないし、クアルソならばどれだけ自分が強くても問題ない強さを持っているからだ。むしろ好都合と言えた。

 

「了解した。これからはあなたに従おう。だが、下衆な命令は受けん。それで構わないな?」

「当然だ」

「ならいい。よろしくお願いするクアルソ様」

 

 ハリベルもクアルソを認めた。自分より強いクアルソならば従うのも吝かではなかった。もちろん、普段の下衆ルソの命令を聞く気はなかったので、予め釘を刺しておいたが。本当に今のままのクアルソならば理想なのにと、普段のクアルソを思い出してハリベルは溜め息を吐きたくなった。

 

「ボクの考えは最初から変わらないよ。今後ともよろしくお願いしますクアルソ様」

 

 ルピは安定の長い物に巻かれろ主義だ。そこは非常に信頼していたクアルソだった。何とも悲しい信頼だが。

 そうしてルピが宣言した所で、クアルソは残る二人に目を向ける。

 

『……』

 

 ヤミーとグリムジョー。クアルソに対して反骨精神むき出しの二人は、自分より圧倒的に強いとはいえクアルソに従うのも即座に納得出来ないでいた。

 このまま逆らえばどうなるか二人とも解っている。確実に殺されるだろう。まあ、クアルソに二人を殺すつもりはなかったが、あの殺気は二人にそう思わせる程の力が籠もっていたのだ。

 従いたくはない。だが、死にたくもない。逆らえば確実に死ぬ。従えば生き延びる。そして、生き延びさえすればいずれクアルソを超えられるかもしれない。その結論にたどり着いた二人は、渋々とだがクアルソに頭を垂れた。

 

「解った……お前が王だ」

 

 己が王である事を証明したいグリムジョーが、今の王はクアルソであると認める。だが、いずれはあの死神も、クアルソも超え、己こそが最強の王である事を証明するとグリムジョーは自分自身に誓った。

 

「ち……。解った。解りましたよクアルソ様! これでいいんですよねぇ!!」

 

 ヤミーがやけくそ染みた敬語をクアルソにぶつける。それがヤミーに出来る唯一にして最大の反逆だった。これくらいの悪態ならばクアルソも別に気にも留めないし、むしろその反骨精神は嫌いではない程だ。この悔しさをバネにすれば更に強くなるだろうと、今からヤミーに修行をつけるのが楽しみなほどだ。

 ヤミー以外もそうだ。誰もが素晴らしい才能を誇る破面(アランカル)達だ。鍛え上げれば相応に輝くだろう。死神よりも修行に費やした時間が少ない破面(アランカル)だ。鍛えれば鍛えるほど、結果が出やすいだろう。どこまで強くなるか想像するだけでクアルソは楽しくなってきた。

 そうしてクアルソがまだ見ぬ未来に想いを馳せた時だった。突如として、クアルソの雰囲気が変化した。

 

「あー……」

『?』

 

 俯き、頭を押さえて低く唸っているクアルソを見て誰もが訝しむ。そして十刃(エスパーダ)の中でルピのみがクアルソの変化の理由を察した。

 

「あ、多分クアルソ様元に戻ったよ」

『なに?』

 

 そう、クアルソの武人モードが終わり、ようやく下衆モードに戻ったのだ。そして、元に戻ったクアルソは即座にハリベルに対して口を開いた。

 

「は、ハリベルさん! 出来ればオレの事は呼び捨てにしてほしいんですけど!! クアルソ様って絶対距離あるよ!? そもそも上司が部下を口説いたらパワハラじゃないか? 何で破面(アランカル)を統べるとか口走ったオレ……! いや、それしかないのは解っちゃいるけどさ……!」

 

 元に戻って一番に口にしたのがそれだった。クアルソ自身、武人モードの自分が言った事が正しいと思っている。通常モードのクアルソでも、最終的に同じ判断をしただろう。結局は根っこは同じクアルソなのだ。

 だがそれとこれとは話が別だ。上司と部下。明らかに対等な立場ではないだろう。しかも破面(アランカル)は力による支配で成り立っている存在だ。その上司が部下を口説けば周囲にどう見られるだろうか。そう、パワハラである。力ずくで女を物にしようとしていると見られるのだ。

 それが当然と思う破面(アランカル)は多いかもしれない。何度も言うが、強者が正しいと思う者が多いのだ。だがクアルソはそう思わない。だから、破面(アランカル)の王という立場には出来るなら就きたくはなかった。今の破面(アランカル)を放置する訳にはいかないから仕方ないと理性では理解しているのだが、理性と感情は別なのだ。

 

 そんなクアルソの反応を見て、総身に知恵が回りかねているヤミーですら察した。

 

「クアルソ様。これから我等破面(アランカル)をお導きください」

 

 ハリベルのその言葉が発端となった。

 

「よろしく頼むぜクアルソ様」

「クアルソ様。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「クアルソ様! 俺等はあなたに絶対の忠誠を誓いますぜ!!」

「クアルソ様ー!」

「や、やめろー!!」

 

 クアルソが嫌がる。そう理解した全員――ルピは除く――がクアルソをからかうように各々が思ってもいない言葉を口ずさむ。ルピは今さらだが、他の敬語を使いそうもない連中からわざとらしいとはいえ敬われると、どうにもむず痒いのだ。

 そうして、虚夜宮(ラス・ノーチェス)にクアルソの悲鳴が響き渡った。

 

 


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