どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

79 / 108
BLEACH 第十八話

 中央四十六室は藍染を無間に投獄した後、別の会議を行っていた。彼らが自身達を尸魂界(ソウル・ソサエティ)の正義と謳っているのは別段嘘偽りではない。その責務を果たすだけの仕事はこなしているのだ。それが正しい仕事かどうかは別の話だが。

 

「さて、此度の一件、一応の落着はしたが……」

「うむ。重要な案件が幾つか残っている」

 

 そう、藍染の乱は終わりを告げた。首謀者も共犯者も捕まり刑に服した。だが、多くの死傷者が出た上に隊長格複数の裏切りにより瀞霊廷の戦力である護廷十三隊の力は大きく減少していた。その補充は早急に行わなければならないだろう。

 

「護廷十三隊に空いた隊長の補充じゃが……」

「幾人か候補はおる。百余年前の事件で虚と処断された隊長・副隊長がおったじゃろう。彼らは浦原喜助の働きにより虚化から脱し安定した状態にある」

「死神達から幾つか嘆願書が届いている。彼らに罪はなく、以前の判決を覆してほしいと」

「うむ。技術開発局と隠密機動の調べでも問題はないとの事。此度の一件でも藍染を倒す為に共闘している。元の鞘に収まる可能性はあるだろう。無論、しばらくの監視は必要だが」

「かつて隊長格だった者達だ。空席となった隊長の座に就くに当たって実力的な問題はあるまい」

「問題は、彼らが再び護廷十三隊としてその力を揮う事を良しとするかだ」

「瀞霊廷を守護する栄えある立場に戻る事が出来るのだ。それに勝る名誉はあるまい」

「だが、彼らがかつて我らに切り捨てられた事を忘れてはならないだろう。それを恨む者がいないとは言えん」

「あれは仕方ない判断だった。虚と化した彼らが元に戻るなど、どうして想像できようか。それに、その判断はかつての四十六室によるもの。我等を恨むなど筋違いも甚だしい」

 

 多くの賢者達から口々に意見が飛び交う。かつて藍染の一計により犠牲となった仮面の軍勢(ヴァイザード)達。彼らを護廷十三隊に戻し、戦力の補充を図ろうとしているのだ。

 これは悪い判断ではなかった。実際、現在の護廷十三隊の戦力はかつてと比べると下がっている。隊長格三名の離反は非常に大きな痛手だった。剣八が覚醒している事から、実際の戦力差はそこまでなかったりするが。

 

「結論は出た。彼らが望むのならば護廷十三隊への再入隊を認めるものとする。そして、再入隊した者の中で隊長の資格を持つ者がいれば、その者を隊長に任命するものとする」

『異議無し』

 

 一つ目の議題は終わった。そのまま彼らは次の議題に移る。

 

「……入って良い」

 

 許しを得た事で一人の死神が地下議事堂に入室する。その死神とは、護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國であった。

 四十六室の次の会議は、山本の申し出により開かれたものだった。

 

「失礼します」

「直入に訊く……。元柳斎、貴様正気か?」

 

 護廷十三隊では最上位の山本も、瀞霊廷の枠組みの中では四十六室よりも立場は下だ。故に、部下に対するものとは異なる態度にて入室するのは当然だ。

 そして、総隊長よりも立場が上の四十六室が、山本を呼び捨てにするのも当然であった。

 

「正気、とは? 儂はこの上なく正気のつもりですがの」

「ほざくな元柳斎!」

「正気だと!? ならば何故――」

「何故、更木剣八に剣術を教える許可など求めてきた!?」

 

 そう、山本総隊長が四十六室に会議を願い出た理由。それは、更木剣八に斬術を教える許可を貰う為だった。

 剣八は卯ノ花と別れた後、宣言通りに山本の所へ赴き、剣術を習わせろジジイと頼みこんだ。到底頼む者の態度ではなかったが、そこは別に問題ではない。問題は、剣八自らが剣術を学びたいと口にした事だ。

 戦闘センスと戦闘本能のみで剣を振るって来た男が、一体どのような心境の変化があれば剣を学びたい等と口にするのか。その答えは一つしかないと、山本も理解していた。

 クアルソ・ソーンブラ。あの規格外の破面(アランカル)と剣八が戦い、そして敗北した事は周知の事実だ。そして、剣八がクアルソと再び戦いたいと願っている事もだ。ここまで知っていれば、クアルソに負けないよう強くなる為に、剣八が剣術を会得しようとしているのだと容易く想像がつくだろう。

 

 剣八が剣術を学びたいと自ら訴える程に、クアルソ・ソーンブラは強い。雀部からクアルソの強さは聞いていたが、それでも剣八にここまでの影響を与える程とは、山本も息を飲む想いだった。

 山本は剣八と直に相対して理解した。剣八の実力がかつてよりも遥かに高くなっている事を。今の剣八を相手にしては、自分も卍解をせねば抑え切れないのではないかと山本が思うほどに、剣八は強くなっていた。

 そんな剣八すら容易く捻るクアルソ・ソーンブラの脅威は計り知れないだろう。故に、山本は剣八に剣術を教える許可を得ようと四十六室に訴えたのだ。

 

「クアルソ・ソーンブラ……」

『!!』

 

 山本がクアルソの名前を出した瞬間、四十六室の空気が一変した。彼らも理解しているのだ。クアルソ・ソーンブラという存在の規格外さを。実際、この議題が終われば次はクアルソに関する会議を開く予定だった。

 

「更木を破り、雀部を破り、そして、藍染惣右介をも破った破面(アランカル)……彼奴に対抗する力は多い方が良いかと思いますが?」

 

 山本のその意見に対し、多くの四十六室からは否定的な意見が出た。

 

「……おぬしではクアルソ・ソーンブラに勝つ自信がないのか?」

「そうだ! 貴様の卍解ならば破面(アランカル)がどれ程強くとも滅する事は可能であろう!」

尸魂界(ソウル・ソサエティ)で使う事は平時にあっては禁じているが、緊急時では使用の許可が下りる事になっておる」

「むしろこちらから攻めればいいのではないか? 浦原喜助と涅マユリの成果により黒腔(ガルガンダ)の長期展開の目処は立っている」

「然り。藍染の乱では藍染の罠によりその力を封じられたが、その罠も既にない。二度も不甲斐ない結果を見せる事もないだろう?」

 

 卍解を使用した山本元柳斎ならば、クアルソ・ソーンブラを倒す事も可能だろう。それが四十六室の見解だ。いや、希望と言うべきか。護廷十三隊最強の山本ならばクアルソにも勝てると、山本がいるから剣八をこれ以上強くする必要性はないと、そう思い込みたいのだ。

 

「無論、戦うからには勝利を信じ、必勝を尽くす所存。しかし……戦いに絶対はありませぬ」

『う……』

 

 山本から放たれた気迫は、戦いから縁遠い四十六室を黙らせるには十分過ぎるものだった。

 

「貴方達も情報のみとはいえ理解している筈。崩玉と融合した藍染惣右介の恐ろしさを。その藍染を打倒したクアルソ・ソーンブラに対する手札は多いに越した事はありますまい」

「……更木剣八が離反した場合、どうやって抑えるつもりだ?」

 

 結局、四十六室が危惧しているのはその一点だ。コントロールが難しいあの化物が、更なる化物になった時……果たしてその手綱を握る事が出来るのかどうか。その力の矛先がこちらに向かないとどうして言えるのか、と。

 

「更木剣八の矛先はクアルソ・ソーンブラに向いております。此度の一件にしても、更木本人からの申し出ですぞ。クアルソに勝つ為に剣術を学びたい、と」

『!?』

 

 それは尸魂界(ソウル・ソサエティ)の賢者である四十六室も想像していなかった事だった。あの更木剣八が自らそのような申し出を出すとは夢にも思っていなかった彼らは、山本の言葉に驚愕するしかなかった。

 そして落ち着きを取り戻し冷静になって思考する。更木剣八に剣術を教えるのはあながち悪手ではないのではないか、と。

 

「……更木剣八の目標があの破面(アランカル)に向いているならば……」

「それであの化物に対抗する手札が増えるなら良し。倒せたらなお良し。倒せなかったとしても、厄介者がいなくなるだけ、か」

「だが、倒せた場合、その後はどうする? お前に更木を抑えられるのか元柳斎? クアルソ・ソーンブラに勝てる自信のないお前に」

 

 戦いに絶対はないという山本の言葉から、自身がクアルソを倒せる確信がないのだと四十六室は受け取った。そして、もし剣八がクアルソを倒せた上で、尸魂界(ソウル・ソサエティ)で反乱を起こした場合……剣八を止める事が出来る者は誰もいないという事になる。

 

「それが尸魂界(ソウル・ソサエティ)の為ならば。……まあ、儂が更木を討つ事はないでしょうが」

「やはり討つ自信がないのか?」

 

 山本の発言にそう訝しむ四十六室だったが、それに対して山本は自信を持って答えた。

 

「奴も護廷の一員であると、信じておりますゆえ」

『……』

 

 例え更木剣八がどれ程戦闘狂で、どれ程死闘に飢えていようと、尸魂界(ソウル・ソサエティ)に剣を向ける事はない。そう山本は信じていた。

 かつての剣八ならそう思わなかっただろう。血に飢え、剣に飢え、強敵に飢え、数多を殺傷して廻っていた剣八ならば。だが、今の剣八は違う。自分を慕う部下を得て、切磋琢磨する好敵手を得て、剣八は少しずつ変わっていった。不平不満を口にしながらも、山本の命には何だかんだと従っていた。

 今の剣八ならば、例えどれ程強くなろうとも尸魂界(ソウル・ソサエティ)にその力を向ける事はないだろうと、山本は自信を持って言えた。

 

『――』

 

 四十六室が各々の意見を交わしあう。そしてその結果――

 

「……良いだろう。更木剣八に剣術を教える事を許可する」

「はっ」

 

 更木剣八への剣術指南許可が下りる事となった。それに伴い、無間の一部の使用許可も下りた。無間は無限に等しい空間を有する。そこならば、剣八がどれだけの力を揮っても尸魂界(ソウル・ソサエティ)に影響が出る事はないだろう。

 無間以外の場所で剣八が全力を解放した場合、どれだけの被害が出るか解らない事からの処置だ。そして、剣八への剣術指南役は山本が自由に選ぶ事が出来るようになった。山本が指南役を務めるのは当然だが、総隊長が剣八ばかりに目を向ける訳にも行かない。それ故に、その時に合わせて適切な指南役を選べるよう、山本が具申したのが通ったのだ。

 幾人かの四十六室は罪人か罪人を連行する者のみしか入る許可が下りない無間に、複数の死神が出入りする事に難色を示したが、それがクアルソ・ソーンブラを倒す為となれば渋々だが納得した。

 もっとも、さすがに制限無しという訳には行かなかったので、無間に入る許可が出るのは剣八を除き三人まで、同時に無間に入る死神は剣八と指南役の二人までと決められた。

 

 こうして、更木剣八の剣術指導が解禁された。山本が指南役に選んだ三人は、山本元柳斎重國本人、初代剣八である卯ノ花烈、そして最後の一人――

 

 

 

 

 

 雀部長次郎が謹慎処分を受けてから一年。謹慎が解かれた雀部は、無間にて剣八と相対していた。

 

「まさかオメーに指南されるなんざなぁ」

 

 剣八が雀部に向けてそんな言葉を放つ。そう、剣八の発言から解る通り、最後の指南役として選ばれたのは雀部長次郎だった。

 だが、剣術において雀部が剣八に教える事はない。それは雀部の剣術が未熟という意味ではない。雀部もこの一年、己をひたすらに鍛えあげていた。クアルソに接近戦で圧倒された苦い経験から、特に接近戦の修行を重点的にこなしていた。

 それでも雀部が剣八に剣術を教える必要はなかった。この一年で、剣八の剣術は雀部を凌駕する程まで高まっていたからだ。恐るべき成長速度と言えよう。

 ならばなぜ山本は剣八の剣術指南役に雀部を選んだというのか。 

 

「残念だが、私が更木隊長に教える事はありませぬ……剣術においては!」

 

 そう言って、雀部は己が卍解を発動させる。雷を操り天候を支配する恐るべき卍解、黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)を。

 

「ほぉ……!」

 

 黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)から感じる圧力に剣八が笑みを浮かべる。ただの副隊長としか見ていなかった男が、一瞬にして強敵に化けたのだ。戦闘狂の剣八ならば笑みも零れるというものだ。

 

「私との修行時間は剣術の指南ではない。ただひたすらに……私と戦っていただく!」

「いいじゃねぇか! ただ指南されるよりよっぽど面白ぇ!!」

 

 そう、雀部は剣八の剣術指導の為に選ばれたのではない。剣八と全力で戦う為に選ばれたのだ。剣八が剣術を会得する事は確かに戦力増強に繋がるが、戦いの天才である剣八に必要なのはやはり戦いだと山本は考えていた。

 卍解した雀部ならば全力の剣八を相手にしても戦いになるだろう。相性の問題もあって、雀部が勝つ可能性もある。この戦いは剣八にとって良い経験となるだろう。そして、接近戦の天才である剣八との戦いは雀部にとっても良い修行となる。まさに一石二鳥の良案と言えた。

 

「此処から先は隊長、副隊長ではなく、ただの一介の死神として相手をさせてもらう……」

「いいぜ! 俺もこまっしゃくれた会話に興味はねぇ!」

「ありがたい……。行くぞ更木!! 私の修行の糧となれ!!」

「糧となるのはテメェだ!!」

 

 無間にて、強大な力と力がぶつかり合う。これよりしばらく、二人は幾度と無く戦いを繰り広げる事となった。

 更木剣八と雀部長次郎忠息。共にクアルソに敗れた両者が互いに互いを鍛えあう。両者の力が更に高まっていくのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 時は戻る。山本が剣八への剣術指導許可を得た後、四十六室は次の議題に移っていた。

 

「失礼します。浦原喜助を連行しました」

「うむ」

 

 地下議事堂に新たに入室したのは浦原喜助だった。彼は先の藍染の乱にて藍染惣右介を封印した立役者だ。その功は四十六室も認めるものだ。かつての判決も冤罪だったと認め、その罪は既に晴れていた。

 だが、それとは別に確認すべき事があった為に、こうして浦原は四十六室の前に立たされていた。

 

「浦原喜助。お前が藍染惣右介を封印した功績、そして藍染の手によって虚と化した平子真子達を治療した功績は認めている」

「だが、功績と嫌疑は別物だ。お前には破面(アランカル)と手を組んだという嫌疑が掛かっている」

「発言を許可する。何か弁明はあるか?」

 

 これは査問のため、許可無くして発言する事は認められていない。この言葉を聞いてようやく浦原はその口を開いた。

 

「確かに、アタシはクアルソ・ソーンブラを()()しました」

「利用……共闘ではなく利用したと?」

「はい。藍染元隊長の力は護廷十三隊の総力でも抑えられない程でした。あのままでは空座(からくら)町は王鍵創生の犠牲となり、尸魂界(ソウル・ソサエティ)はおろか霊王宮にまで被害が及ぶと考えました」

『……』

 

 浦原の言葉は確かだ。あの時、護廷十三隊は藍染を止める事が出来なかった。あのままでは藍染が目的を達成していた可能性は高い。その場合、尸魂界(ソウル・ソサエティ)はほぼ崩壊し、霊王宮も相応の痛手を負っていただろうと四十六室は推測する。

 

「アタシは黒崎サンに希望を見出していましたが、彼が確実に藍染元隊長を止められるとは限りません。そこで、藍染元隊長と敵対し、それでいて護廷十三隊に危害を加えていないクアルソ・ソーンブラに共闘を持ち掛けました。全ては尸魂界(ソウル・ソサエティ)の為にっス」

「ふむ……。確かに、クアルソ・ソーンブラが護廷十三隊に危害を加えていないという話は聞いている」

破面(アランカル)が一体どのような目的があって死神達に危害を加えなかったのか、それは理解出来んしする必要もない」

「然様。必要なのは尸魂界(ソウル・ソサエティ)を護る事。それが護廷の役目じゃ」

「その点で言えば、破面(アランカル)すら利用して尸魂界(ソウル・ソサエティ)を護る布石としたのは責めるべきではない、か」

「うむ……。浦原喜助」

「はい」

 

 多くの意見を汲み取った裁判官の一人が、浦原に向けて再確認を兼ねた詰問を行う。

 

「クアルソ・ソーンブラを利用し尸魂界(ソウル・ソサエティ)を護ったその手腕は認めよう。しかし、破面(アランカル)という我らの大敵と慣れ親しむ必要はない。重々承知の上だな?」

「勿論です」

「そうか……。ならば良い。此度の件は不問とする。後日クアルソ・ソーンブラに関してお前が知る限りの情報を纏め上げ、提出せよ。以上だ」

「了解しました」

 

 

 

 こうして、浦原は嫌疑を掛けられたものの罪に問われる事無く解放された。浦原にも護廷十三隊に戻っても良いとの通達が来たが、それは浦原が丁重に断った。理由は死神に戻る事を拒否した仮面の軍勢(ヴァイザード)の面倒や現世のしがらみなどが上げられた。

 護廷十三隊への入隊は本人の意思が必要だ。その意思がないならば、無理矢理再入隊させる必要は無い。護廷の意思がない者に死神は務まらないからだ。

 何はともあれ、浦原は現世に戻っていつもの生活に戻る事となった。浦原商店という駄菓子屋を経営しつつ、裏では尸魂界(ソウル・ソサエティ)製の怪しげな商品を現世の死神に売るという闇商人的な生活にだ。そして、今も商売に精を出していた。

 

「ちょっと高いよ浦原さん。もう一声!」

「いやー、そう言われましてもね。これでも安く仕入れているんですよクアルソさん。何たって今売れ筋のゲーム機なんスから。それに霊力を電力に変換する装置も付けてこの値段ならお買い得っスよ? 電圧もちゃんとゲームに合わせた強さに変換してるんスから」

「うーん、確かにそうだけど……初期投資としては安いと見るか?」

 

 このように、破面(アランカル)の王を相手にせっせと働いていた。破面(アランカル)という大敵と慣れ親しむ必要はないとの言葉に、勿論ですと力強く答えたのは何だったのか。

 クアルソがここにいる理由は勿論現世の品を入手する為だ。現世に浦原以外の伝がないクアルソは、当然現世の品物を手に入れる為には浦原を頼るしかなかった。そんなクアルソの頼みを浦原は二つ返事で了承した。これでクアルソに対して恩が売れるなら安いものだ。もちろん、商売人としてしっかりと頂くものは頂くが。

 

「解った! それならこれで頂こう!」

「毎度ありー」

 

 中々に痛い出費だったが、虚夜宮(ラス・ノーチェス)でゲームが出来るなら安いとみるかと納得したクアルソが浦原に提示された金額を渡す。なお、この金銭は藍染が残していた私財から出されている。着服……いや、今の破面(アランカル)の王はクアルソなので何も問題はない。ないのだ。

 

「ああそれと、紅茶を幾つか入荷して欲しいんだけど。藍染様が残した紅茶もそろそろ切れそうでね」

「了解っス。しかし、破面(アランカル)の王様が現世に出て来て買い出しというのも可笑しなもんスね」

 

 全くだ。今のクアルソを藍染に置き換えてみればその異常さが理解出来るだろうか。現世で買出しをする藍染惣右介。死神の隊長であった頃ならまだしも、尸魂界(ソウル・ソサエティ)に離反してからの藍染がそんな事をしていれば、軽くシュールな光景になるだろう。

 

「そうは言ってもなぁ。他の破面(アランカル)じゃ現世に出て来たら大騒ぎになるしな。あいつらに買い出しは無理だろ……」

 

 クアルソは脳筋揃いの破面(アランカル)を思い浮かべてげんなりとする。まともで理性的な破面(アランカル)もいるにはいるが、本当にその数は少ない。

 幾人かの女性型の破面(アランカル)はそういった理性的な者が多く、かつては彼女たちが現世の品を入手していたのかもしれないが……。

 

「それに、現世に出てくるのはオレの楽しみでもあるしね。いやー、やっぱり現世はいいなー、うん。虚圏(ウェコムンド)は同じような景色しかないから新鮮だよ」

 

 そう、それがクアルソが直接現世に出向く理由だった。元々現世と似たような世界や時代に生まれ育った経験を持つクアルソだ。現世はクアルソに郷愁の想いを抱かせていた。今までにも似たような世界に転生した事はあるが、男性としては初めてだ。気分も高揚するというものだ。

 

「本当に変わったお人っスね……」

「そう?」

 

 クアルソは不思議そうに言うが、本当に変わり者だと浦原は心底実感する。破面(アランカル)でありながら死神や人間に対する敵対心が欠片もないのだ。如何に破面(アランカル)(ホロウ)と比べて理性を取り戻しているとはいえ、これは異常過ぎると言えた。

 

 ――異常と言えばもう一つ……――

 

 浦原はクアルソの異常な点をもう一つ見つけている。感じられる霊圧が普通なのだ。破面(アランカル)(ホロウ)にある霊圧の禍々しさが全くない。普通の(プラス)の魂魄の霊圧と同質のそれだ。一体どのようなカラクリなのか。

 

「そういや頼んでおいた義骸はどこに?」

 

 義骸とは魂魄である死神が現世で活動する為に用意された仮の肉体だ。魂魄は普通の人間には見る事は出来ないが、義骸は物質として存在しているので義骸の中に魂魄が入れば現世で普通に活動する事が出来るのだ。

 死神が現世で仕事をする場合は魂魄で活動するが、長期滞在となると現世に適した肉体があった方が何かと便利だ。それに、義骸には死神の霊力を回復させる効果もある。長期滞在するに当たっては必需品と言えた。

 

「ああ、それならこちらに用意してありますよ」

 

 そう言って浦原がクアルソを店の中に案内する。義骸は魂魄が中に入らなければ動かないが、見た目は完全に普通の人間だ。それが駄菓子屋の中に無造作に放置されていたら確実に通報されるだろう。当然そんなヘマを浦原がする筈もないので、義骸は店の奥で厳重に管理してあった。

 

「どうぞ。注文通りの仕上がりの筈っす」

 

 浦原がクアルソ用に仕立て上げた義骸をクアルソに見せる。見た目はクアルソとは似ても似つかない日本人風の男性だ。美形でも不細工でもないという平凡さはそっくりだが。

 本来なら義骸は中に入る魂魄と同じ姿で造られるのだが、クアルソが今と同じ見た目で現世をうろついて、それで万が一にでも死神に見つかってしまえば大騒ぎとなるだろう。それはクアルソも浦原も望む所ではないので、見た目は同一にしなかったのだ。

 そして義骸に付いている霊力回復の効果も取り除いている。クアルソにとっては霊力を回復させる効果など逆効果に過ぎない。【ボス属性】はそういったメリットまで打ち消してしまうのが最大のデメリットなのである。この効果に何度煮え湯を飲まされた事かとクアルソは内心で憤慨する。全て自業自得なのだが。

 

「おー。これでオレも現世を満喫出来るのか……」

「そういう事になります。後、何度も言いますけど現世で騒ぎを起こさないで下さいよ? それで死神に見つかったらアタシもクアルソさんも非常に面倒な事になりますからね?」

「解ってるよ。オレだって現世で自由に動けなくなるのは嫌だしね。現世に来る時も細心の注意を払っているつもりだ。霊圧は誤魔化しているし、気配探知には自信がある。誰かに見つかる前に姿を隠す事は出来ると思うよ」

「それならいいんですが……」

 

 霊圧をどうやって誤魔化しているかは気になるが、それだけでクアルソが誰にも見つからないかは確実とは言えない。出来るならクアルソには虚圏(ウェコムンド)で引き籠もるか、現世に出て来ても浦原商店以外の場所には赴いてほしくないのが浦原の本音である。

 

「まあ、本当に気をつけてくださいよ?」

 

 それでもクアルソに対して実力行使が出来る訳でもなく、下手に機嫌を損ねる訳にも行かず、そうして注意喚起するしか浦原には出来なかった。

 

「うぃ。それじゃあ金額は如何ほどで?」

「これくらいっスね」

「えー、もうちょっと負けてくれない? 余計な機能のないシンプルタイプなら安くなるでしょ?」

「いやー、逆なんスよ。今回は出来るだけ早く義骸を用意してほしいとのお話でしたので、元々あった標準用義骸をクアルソさん用に調整しまして。最低限の義骸にすら付いている機能をわざわざ取り外す必要があったので、その費用が必要になるんス」

「マジか……いや、デチューンにも経費は必要かぁ……。仕方ないか。それでいいよ……」

「毎度ありー」

 

 本当にクアルソに恩を売るつもりがあるのかと言いたい程、浦原はクアルソ相手に商魂逞しく商売していた。

 

 

 

 

 

 

 浦原から義骸を入手したクアルソは、早速義骸の中に入って生身の肉体を得た。そして虚圏(ウェコムンド)に帰る前に現世を適当にぶらつく事にした。

 久方ぶりの現世をクアルソは満喫した。ゲームセンターに寄って幾つかのゲームを楽しんだり、漫画喫茶に寄ってこの世界の漫画を楽しんだり、幾つか漫画やゲームを買いもした。なお、お金は浦原に藍染の私財を幾らか両替してもらっている。

 

 しばらく遊んだクアルソは現世の楽しさに後ろ髪を引かれつつも、虚圏(ウェコムンド)に帰還する事にした。破面(アランカル)の王として、虚夜宮(ラス・ノーチェス)をあまり長い事留守にする訳にもいかないのだ。

 帰ったら自分の修行をしつつ、破面(アランカル)の修行を見るかと思いながらクアルソが浦原商店に歩を進める。義骸は浦原商店の中に保管してもらう予定となっていた。虚圏(ウェコムンド)に移動する為の黒腔(ガルガンダ)を開くのも、浦原商店の地下にある空間で行う予定だ。それが一番死神の目に付かない方法だからだ。

 そして浦原商店に向かう途中、クアルソは黒崎一護の姿を見かけた。

 

「あれは……」

 

 どうやら学校帰りのようだ。友達と思われる者達と楽しげに会話をしながら歩いているようだ。クアルソに気付いた様子はない。義骸に入っているクアルソの見た目は魂魄のそれとは違うのだから当然の事だ。

 クアルソは僅かに一護を観察する。そこにあったのは楽しそうに会話をしている普通の高校生の姿だ。だが、時折一護の瞳が暗く沈む時があったのをクアルソは見逃さなかった。

 霊力を失った一護に死神としての力はない。今の一護は死神となってからの戦闘経験を得て、高校生としては破格の運動神経を持つようになったが、それでも一般人の範疇に収まるただの高校生だ。

 それは何も悪い事ではない。普通の人生を歩む、それは当たり前の事だろう。だが、一護は現状に不満を感じていた。

 

 今の当たり前の日々が嫌なわけではない。この日常を護る為に一護は戦ったのだ。今の日常はその成果の証だ。それが嫌になる訳がなかった。

 だが、今の一護に力はない。今は日常を謳歌出来ている。だが、それはこれからずっと続くものだろうか? いつかどこかで理不尽な何かに壊されたりしないだろうか? 未来を知る事が出来ない一護に、今の平和が絶対に壊れない等とは思えなかった。

 そして、もし平和が壊れた時……大切な家族や友が、仲間が傷付き倒れた時、それを護る力が一護にはない。それが、一護には何よりも苦痛だった。一護の根幹には誰かを護りたいという想いが根付いている。だというのに、今の一護に出来る事は普通の高校生に出来る事と然して変わらない。(ホロウ)などの超常的な存在に大切な何かが脅かされても、他の誰かを頼るしかないのだ。

 護りたいのに護る力がない。その苦痛が、一護を時折苛んでいた。友や仲間には気付かれないようにしているが、恐らく気付いている者はいるだろう。少し観察しただけのクアルソでもそれに気付けたのだ。一護に近しい者達が気付けない筈がないだろう。

 

「すまない、黒崎一護……」

 

 そんな一護を見て、クアルソは一護に聞こえない程度に謝るくらいしか出来なかった。クアルソは一護やその仲間達と接触する事を浦原の頼みで禁じられていた。

 クアルソが一護達と接触した事で、そこから死神にクアルソの存在が明るみにならないとは限らないからだ。一護達が口を噤むと約束してくれたとしても、まだ若い彼らではどこかでぽろっと口走らないとも限らない。

 

 一護が霊力を失ったのはクアルソのせいではないが、クアルソが余計な事をしなければ一護の犠牲と努力によって全ての決着は付いていたはずだ。それを台無しにしてしまった事をクアルソは申し訳なく思っていた。

 だが、クアルソが一護に出来る事はない。霊力を取り戻す方法はクアルソには解らないし、接触自体が禁じられている。だからクアルソは思った。一護やその仲間達に何かあり、それが一護達の手に負えなかった時……その時は必ず力になってやろうと。

 そう誓い、クアルソは浦原商店に向かって歩いて行く。そして、虚圏(ウェコムンド)へと帰還した。

 

 

 

 クアルソは直接虚夜宮(ラス・ノーチェス)黒腔(ガルガンダ)を繋げず、虚夜宮(ラス・ノーチェス)から離れた場所に現れた。クアルソが現世に出向いて買い出しをしている事はスタークとリリネット以外には秘密にしていた。破面(アランカル)の王が自ら買い出しに出るとなると色々と言われそうなので、こうしてばれないように虚夜宮(ラス・ノーチェス)から離れた場所で黒腔(ガルガンダ)を開いているのだ。

 

「……なんぞ?」

 

 そうして虚圏(ウェコムンド)に帰還したクアルソは、帰還早々その目で不思議な光景を見た。

 幼女が複数の破面(アランカル)に追われているのだ。本来なら直に助けるのだが、どうにもその幼女は泣き喚きながらも楽しんでいる様子が窺えたのだ。どういうこっちゃねんと疑問に思ったクアルソは、良く分からない追いかけっこをしている破面(アランカル)達に近付いて声を掛けてみた。

 

「おーい。何してるんだお前ら?」

『へ? ……ひぃぃぃぃ!? く、クアルソ様ぁぁぁぁ!?』

 

 爆走している破面(アランカル)達の前に響転(ソニード)で現れたクアルソは彼らに気軽に声を掛ける。だが、突然現れたクアルソに破面(アランカル)達は奇声を上げた。どうやらクアルソが破面(アランカル)の王であると知っているようだ。

 自分達の王がいきなり出現すれば驚きもするだろう。最強の破面(アランカル)を前に、彼らは萎縮するしか出来なかった。

 

「い、命ばかりはーー!!」

「わ、私達はどうなっても良いです!」

「ですからネルだけでも助けてほしいでヤンスーー!!」

「バワ~~~~!!」

「いや、殺さん殺さん」

 

 土下座して命乞いをする破面(アランカル)達にクアルソは手を振って殺さない意思を伝える。しかし、やはり彼らの関係は一見したものとは違うようだ。破面(アランカル)達が追いかけていた筈の幼女の破面(アランカル)を庇っている。一体どういう関係なのだろうかとクアルソが不思議に思う。

 

「え? ネルたつを殺さないっスか? クアルソ様に無礼を働いた罰とかは……」

「ないない。オレに無礼を働いた罰で死ぬなら、リリネットとか百回は死んでるわ。大体お前ら別にオレに対して無礼を働いていないだろうに」

 

 別段悪い事をしていない者を罰するつもりはクアルソにはない。その罰だって死罪にする事も余程の罪でない限りはするつもりはなかった。

 

「……おお。何と優スい王様か……」

「クアルソ様がこれ程に慈悲深いとは……」

「無礼を働いた者は修行地獄で殺すという噂はやっぱりデタラメだったでヤンスね!」

 

 いや、それは割りと当たっている噂である。死んだ者はいないが、臨死体験をした者はいるかもしれない。魂魄に臨死体験があるかは不明だが。

 

「ははは。修行地獄で死なせるなんてそんな無駄な事をする訳ないじゃないか」

 

 修行地獄は行うし、死にたくても死なせないのだから間違ってはいない。修行して強くしているのにどうして殺さなければならないのか。

 それを理解していない彼らはクアルソの優しさに感動していた。

 

「それで、お前たちは何者で、何をしていたんだ?」

 

 クアルソが改めて彼らの素性を確認する。その言葉を待っていたかのように、彼らは勢い良く決めポーズを取って自己紹介を始めた。

 

「ネルはネル・トゥと申スまス!」

「ネルの兄のペッシェ・ガティーシェです!」

「その兄のドンドチャッカ・ビルスタンでヤンス!」

「そんで後ろのデケぇのがペットのバワバワっス!」

「三人と一匹揃って!」

『怪盗ネルドンベ(グレート・デザート・ブラザーズ)(熱砂の怪力四兄弟)!!』

「いやわかんねーよ」

 

 最後の台詞はこんがらがって何を言っているのか解らなかったが、どうやら彼らは破面(アランカル)の家族のようだとクアルソは理解する。尤も、破面(アランカル)に家族がいるかどうかは不明だが。それでも血縁がなくとも絆があれば十分に家族と言えるだろう。

 破面(アランカル)にもこういう者達がいるのを見て、クアルソは喜んでいた。

 

「怪盗ネルドンベっス!!」

「グレート・デザート・ブラザーズ以外は認めん!!」

「熱砂の四兄弟でヤンス!!」

「バワ~~!」

 

 ……喧嘩するほど仲が良いという言葉もある。クアルソは彼らの絆を見て喜んでいた。

 

 

 

「無限追跡ごっこ?」

「はいィ。虚圏(ウェコムンド)には娯楽がねえもんでスて……」

 

 どうやら彼らの追いかけっこは文字通り追いかけっこだったようだ。泣くほどに逃げていたのもネルがドMなので泣くほど追いかけてもらわないと楽しくないとか何とか。

 この歳――破面(アランカル)の年齢は外見では解らないが――でこの素養。将来が恐ろしいとクアルソは戦慄する。それはそれとして子どもの教育に悪いとペッシェとドンドチャッカに注意はしたが。

 

「娯楽なら今日手に入れたばかりだな……お前らも遊びに来るか?」

『え?』

 

 そう言ってクアルソは懐から丸い玉を取り出し、霊力を籠めて次元の壁を開く。これは藍染が造った反膜の匪(カハ・ネガシオン)を改良して造られたもので、霊力を籠める事で小さな閉次元を開き、そこに物を収容する事が出来るという便利アイテムだ。

 そこから幾つかの機器を取り出し、クアルソはネル達に見せた。

 

『こ、これは?』

「現世のゲームとTVだ。一緒に遊ぶと楽しいぞ」

「ね、ネルたつもやっていいっスか……?」

「子どもが遠慮するな。パーティーゲームだから人数多い方が楽しめるし、ネルならリリネットと仲良くなれそうだしな」

 

 そう言って、クアルソは笑顔でネルの頭を撫でる。破面(アランカル)の王とは思えない程に優しい対応に、ネルの緊張や強張りも解れていく。

 そうしてクアルソが幼女相手に好感度を稼いでいる時だ。ネルの頭を撫でているクアルソがふとネルの違和感を感じ取った。

 

 ――これは……――

 

「頭の傷……これ、塞がりきっていないな?」

「?」

『!?』

 

 クアルソの言葉にネルは良く解らないと言った反応をし、ペッシェとドンドチャッカは極端な程に動揺していた。

 これは何かあるなと気付いたクアルソは、ネルの頭部の仮面から顔面に掛けて付いている古傷を集中して調べる。

 

 ――……仮面の奥まで傷付いている。完全に塞がっていないからここから霊力が漏れ出ているのか。こんな現象もあるのか――

 

「この傷、治して問題ないよな?」

「ま、待ってほしいでヤンス……!」

 

 クアルソの言葉にドンドチャッカが声を上げる。クアルソが優しいとはいえ、破面(アランカル)の王に変わりは無い。その王を相手に異論を挟む事がどれだけ愚かな事か、ドンドチャッカも理解している。それでも、ネルの為に……主の為にドンドチャッカは異議を申し立てようとした。だが、それをペッシェが止めた。

 

「待てドンドチャッカ……。クアルソ様に傷を治していただこう……」

「何を言うでヤンスか!? そんな事をしたらネルは……!」

「確かに、あの方にはゆっくりと休んでいただきたい……。お優しいあの方は戦いを好まない。今のままの方が安寧に過ごす事は出来るだろう……」

「だったら!」

「だが、それは私達のエゴでしかないのだ。あの方は黒崎一護を助ける為にあの方の意思で元に戻った。ならば、その意思に従う事こそが従属官(フラシオン)である我らの使命だ。そうだろうドンドチャッカ……?」

「ペッシェ……」

 

 何やら二人だけで盛り上がっていた。どうやらネルの傷には何かしらの事情があるようだが、その事情が解らないクアルソは置いてけぼりだ。更に言うと中心人物である筈のネルすら置いてけぼりのようだ。どうやらネルにすら秘密の事情のようだ。

 

「クアルソ様……ネルの、ネル様の傷を癒してください……!」

「……お願いするでヤンス!!」

「ペッシェ? ドンドチャッカ?」

 

 二人の言葉の意味が理解出来ないネルが不思議そうに二人を見つめる。

 そしてクアルソは二人に秘められた覚悟を見て、その言葉に頷いた。

 

「解った。……ネル、直に終わるからじっとしてろ」

「え……」

 

 クアルソが再びネルの頭に手を当てて、回道にてその傷を根本から癒していく。暖かな力がネルの中に流れ込み、芯まで傷付いていた魂魄が徐々に癒えていく、そして――

 

「あ――」

「おお……!」

「ネル様……!」

「ふぁっ?」

 

 クアルソの目の前に、非常にグラマラスな美女が現れた。その頭にはクアルソの手が乗っている。クアルソはネルの頭から手を離していない。つまり――

 

「ネル様……お帰りなさいませ……!」

「ネル様……!!」

「ペッシェ……ドンドチャッカ……今までありがとう……」

 

 つまり、目の前のグラマラス美女こそが、ネル・トゥその人という事になる。

 

「そして……ありがとうクアルソ様。私の傷を治してくれて。改めて自己紹介します。私の名前はネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。元第3十刃(トレス・エスパーダ)――」

「オレと付き合ってくださいお願いします!!」

 

 ネル……もとい、ネリエルを見て、クアルソは条件反射の如く告白してしまった。だが仕方ない事だ。理知的な面を見せながらもどこかおっとりとした雰囲気を醸し出し、そしてその眼差しには強い意思が籠もっている。更にグラマラスだ。非常にグラマラスだ。クアルソの恋愛脳にクリティカルヒットする逸材である。

 もちろん美人の度合いで言えばハリベルも負けていない。織姫だってネリエルに負けず劣らずの美少女だ。この三人の内、誰か一人だけ選べと言われたらクアルソは悶死する自信があった。クアルソの対美女精神防壁の急所は非常に多いのだ。そもそも防御力を有していないが。

 

「え? その、ごめんなさい……私、一護の事が……」

「黒崎一護ぉぉぉッ!! 織姫さんに手を出すのはいい! ネリエルさんに手を出すのもいい!! だが、二人を悲しませるような事をすれば! 我が魂魄百万回生まれ変わっても! 恨み晴らすからなぁぁぁぁ!!」

『ええ!?』

 

 クアルソが血の涙を流しながら怨嗟の言葉を吐き出した。これにはネリエル達もびっくりである。

 だが、クアルソの立場からしたら仕方ない怒りであった。クアルソは一護を同胞(童貞)として見ている。そして、力を失った経緯から護ってやりたいとも思っている。それと同時に、織姫に慕われている事を羨んでいた。

 織姫に関しては祝福した。非常に悔しかったし、後ろ髪が引かれたし、本当に悲しかったが、織姫を口説く事は諦めた。他人に恋している女性に手を出すのはクアルソ的にNGなのだ。

 だからネリエルにも手は出さない。血の涙を流すくらい悔しいが、それでも他人に恋しているなら仕方ないのだ。だが、それと嫉妬は別問題だ。一人の男が二人の美女に慕われている。しかも両方ともクアルソが突発的に告白してしまう程の美女だ。温厚なクアルソと言えど思わず一護に対して殺意が沸いてしまうのも仕方ない事だった。

 

「う、うっ……なんで……なんであいつ(一護)ばっかり……」

「ほ、本気で泣いているわこの人……」

「いや、私にはクアルソ様の気持ちが痛いほど解る……」

「オラもでヤンス……」

「えぇ……」

 

 男泣きをしているクアルソを見て若干引いているネリエルだったが、彼女の従属官(フラシオン)であるペッシェとドンドチャッカはクアルソの気持ちが理解出来た。だって男だもの。

 

「くぅ……一護が童貞じゃなかったら今すぐ現世に行っているところだった……」

 

 殺意の波動に目覚めかけたクアルソが不穏な事を呟く。いったい何をしに行くつもりだったのだろうか。

 

「その、何と言うか……ごめんなさい」

「二度も謝らないで。もっと惨めになるから」

 

 涙を拭いながらクアルソがそう言う。既に破面(アランカル)の王としての威厳は欠片もない。

 

「ふぅ。良し、立ち直った。大丈夫、オレにはハリベルさんがいる」

 

 一頻り泣いて、クアルソは前向きに考える事にした。ネリエルに振られた事は悲しいが、ネリエルに想い人がいた事は逆に良かったのではないだろうか、と。

 もしネリエルに想い人がおらず、それでもネリエルに振られていた場合、クアルソは幾度となくネリエルにアタックしていただろう。そうなった時、ハリベルの好感度はどうなった事か……。

 間違いなく急降下した事だろう。それもフリーフォールレベルの落ち方でだ。それを想像するだけでクアルソは背筋が凍る思いをした。それを未然に防ぐ事が出来たと思えば良いのだとクアルソは思う事にしたのだ。

 

「さて、見苦しいところを見せたな。申し訳ない」

 

 全くである。

 

「ええ、それはいいんだけど……本当に大丈夫?」

 

 心優しいネリエルはクアルソの奇行に引きつつも、それでもクアルソを心配していた。その優しさにクアルソが逆にダメージを受ける。その優しさも最後には一護に向けられると思うと悲しくなるからだ。

 

「大丈夫だ。だから心配しないでくれ。……さて、どうして子どもの姿になっていたとか、色々と事情が聞きたいんだけど?」

「そうね。気になるわよね。解ったわ」

 

 気を取り直したクアルソの疑問にネリエルが答える。

 かつてネリエルは第3十刃(トレス・エスパーダ)の座に就いていた破面(アランカル)だった。ペッシェとドンドチャッカはネリエルの従属官(フラシオン)だ。

 そんなネリエルが何故子どもの姿になっていたのか。その原因は仮面の傷にあった。細かな経緯は省くが、ネリエルの頭部を覆う仮面を無理矢理に割られた為、そこから霊力が漏れ出して霊体を縮めてしまう現象が起こったのだ。これは非常に稀な現象であった。

 

 子どもになったネリエルは記憶を失っていた。ペッシェとドンドチャッカは戦いを好まない主を護る為、出来るだけ戦いから遠ざけようとしていた。

 だが、一護達が織姫を助けに虚圏(ウェコムンド)に来た時に、ネル達は一護と関わり、そして一時的に行動を共にしたのだ。その時、幼いネルを幾度も護った一護にネルは感謝し、慕情を抱いたのである。そして一護が危機に陥った時に、ネリエルの姿に戻って一護を護る為に戦ったのだ。

 尤も、仮面の傷が癒えていない為に再び幼い姿に戻ってしまったが。そこから先はペッシェ達に助けられ、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外に逃げ出していた。そして今に至るのである。

 

「なるほど」

 

 ネリエルの話を聞き終えたクアルソは納得したように頷く。そして一護よりも早くに出会えていればと浅ましい事を若干考えた。俗物極まりない男である。

 クアルソはその浅ましい考えを振り払う。そしてネリエルを勧誘する事にした。

 

「なあネリエルさん。良ければ虚夜宮(ラス・ノーチェス)に来ないか? 今十刃(エスパーダ)が不足していてさ。強い人材は一人でも多い方がいいんだ」

「……ねえ、十刃(エスパーダ)を集めてどうしようとしているの?」

 

 クアルソの勧誘にネリエルは質問で返した。ネリエルは争いを好まない。獣同然だった(ホロウ)から理性を取り戻した破面(アランカル)に進化させてくれた藍染に感謝し、かつては十刃(エスパーダ)という立場にはいた。

 だが、今はただの破面(アランカル)だ。元に戻ったからといって、十刃(エスパーダ)に戻るかどうかは別問題だ。もしクアルソが悪しき理由で十刃(エスパーダ)を集めようとしているのなら、クアルソの下に就くつもりはネリエルにはなかった。

 

「え? 十刃(エスパーダ)が五人しかいないのも恰好がつかないから、出来るだけ十刃(エスパーダ)に相応しい人材を集めたいだけだけど? 集まったら全員でオレと戦ってもらうのもいいな。それなら少しは戦いになるかもしれないし」

「……え?」

 

 恰好がつかないから十刃(エスパーダ)候補を集めているという、良く解らない返事がクアルソから返ってきた。これにはネリエルも目が点である。

 しかも十刃(エスパーダ)が揃ったら何か悪巧みをするでもなく、自分と戦わせると宣言すらした。これが本当に破面(アランカル)の王なのだろうかと疑う程の欲のなさだ。

 

「……その、死神に戦いを仕掛けるとか、現世で大量虐殺するとか……ないの?」

「何でそんな事をしなくちゃいけないのか。死神とは出来るなら仲良くなりたいし、現世でそんな事をしたら現世で楽しく遊ぶ事も出来なくなるじゃないか」

 

 ネリエルの恐ろしい発言にクアルソが恐々と首を振る。この反応が嘘を吐いているようにはネリエルには見えなかった。

 クアルソは本心から死神と仲良くなりたいと思っているし、現世で楽しく遊びたいと思っているのだとネリエルは理解したのだ。もう一度クアルソが破面(アランカル)の王なのかとネリエルは疑った。

 そして、クアルソの想いを理解してネリエルは笑みを浮かべた。こんな王様の下ならば、無駄な争いをする事なく過ごす事が出来そうだと思ったのだ。

 

「解りました。ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。貴方の下に就かせていただきますクアルソ様」

「マジで? やったねこれで女性率アップだひゃっほう!」

 

 ハリベル以外の目の保養が増えた事にクアルソが素直に喜びを顕わにした。素直すぎてネリエルが早まったかなと思い始めていたが。

 何はともあれ、ネリエルとその従属官(フラシオン)がクアルソの配下となった。クアルソの配下になったネリエルは体調が万全になった後にヤミーに十刃(エスパーダ)入隊戦を挑み、見事ヤミーに打ち勝った。

 こうして、第5十刃(クイント・エスパーダ)の座にネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが就いたのである。新たに賜った数字に対し、どこか悲痛な表情を浮かべたネリエルだったが、その理由を知る者はこの場に誰もいなかった。

 

 




 剣ちゃん更にパワーアップ中。がんばれ星十字騎士団(シュテルンリッター)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。