どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第二十話

 瀞霊廷。それは尸魂界(ソウル・ソサエティ)に存在する巨大な街だ。一周するのに徒歩で四十日も掛かる程の巨大な街並みが円形に連なっている。

 そこでは多くの魂魄が暮らしていた。尸魂界(ソウル・ソサエティ)で古くから貴き血を持つ貴族や、その子弟。そして流魂街出身だが霊力の高さが認められ、死神になった者達。そんな者達が暮らす街が瀞霊廷だ。

 その風景は現世で言う所の江戸時代を思わせる街並みだが、随所で使用されている技術は現世にも劣らぬ、いや、場合によっては凌駕するものも多々在る。

 

 藍染の乱から一年と半年程の月日が流れた頃、多くの死神は藍染の乱で受けた痛みを忘れ、日常を謳歌していた。人は痛い思いをした時は次は気をつけようと反省するが、時間が経つとその痛みを忘れ、反省した時の気持ちを失ってしまうものだ。それは死神でも変わらないようだ。

 もちろん全員がそうではない。中には藍染の乱で受けた屈辱や悔しさを忘れず、次に同じ事があれば必ず対処できるようにと修練に励む者も少なくない。そうでなくても、護廷を司る死神として、尸魂界(ソウル・ソサエティ)と現世のバランスを護る調停者として、それらの自覚を持って日々必死に生きる者はいる。

 だが、そんな彼らも日々の日常を謳歌する事は当然許されている。ある者はお気に入りの衣服を買いに出かけたり、ある者は美味しい物を求めて食べ歩きの旅に出たり、ある者は好きな異性との逢瀬を楽しむ。現世でも行われているような日常が、瀞霊廷でも行われていた。

 

 彼らは瀞霊廷の中にあって安心していた。油断、と言ってもいいだろう。瀞霊廷の周囲は殺気石という霊力を完全に遮断する鉱石で出来た壁に覆われている。

 普段は瀞霊廷の遥か上空にある、霊王宮と呼ばれる霊王が住まう王宮を護っている壁だが、有事の際には瀞霊廷を護る為に上空から降って来て瀞霊廷を取り囲むのだ。その壁は藍染の乱以降は瀞霊廷を護る為に常時展開されていた。もうしばらく何事もなく過ぎれば、いずれ霊王宮を護る為に上空に戻る事だろう。

 この殺気石は切断面からも霊力を分解する波動を放出している。これにより瀞霊廷は空中から地面の下まで球体状に障壁が張られており、敵の侵入を防いでいた。

 外敵が瀞霊廷に侵入するには瀞霊廷の四方にある巨大な門から侵入する他はないという事だ。そして、外敵が現れれば必ずその痕跡が察知され、外敵が門を突破して侵入する前に全死神に通達されるだろう。

 だから、彼らは安心して休日を寛いでいた。何かあれば直に動ける心構えをしているが、その何かは自分の身に降りかかる前に必ず連絡が来るのだから。

 

 死神を相手に商売をする者達。家族と共に買い物に出かけている者達。他愛無い会話を友人と繰り広げている者達。口喧嘩をしている者達。そんな者達がいつもと変わらぬ日常を繰り広げ――そして、その日常を一瞬にして奪われた。

 

『!?』

 

 瀞霊廷にいる多くの死神達が、瀞霊廷内に発生した強大な霊圧を感知して驚愕する。そして室外に居た者は霊圧の発生源を見やり、室内にいた者は窓を開けるなり外に出るなりして霊圧の発生源を見やった。

 そこには、複数の青い火柱が立っていた。その一本一本が凄まじい霊子濃度を持っている。一体これは何なのか。

 死神の多くはその正体を理解出来ないが、それでも理解できている事があった。そう、これは敵襲である、と。

 

「なんだよこれ……!?」

 

 一本の青い火柱の近くにいた死神が火柱を見てそう呟く。そして、それが彼の放った最後の言葉となった。

 火柱から一筋の炎が放たれ、それが彼の肉体の大半を一瞬で焼き尽くした。

 

「――」

 

 声もなく命を失う死神。そんな彼に対して青い火柱から現れた男、バズビーが冷徹に言い放つ。

 

「悪いな。皆殺しって命令なんだわ」

 

 言葉に反して大して悪いと思ってなさそうにそう言いながら、バズビーが炎を操って死神を焼滅させていく。

 星十字騎士団(シュテルンリッター)は極一部の例外を除き、全員がユーハバッハから力を授けられている。これは滅却師(クインシー)としての能力とは別の能力だ。ユーハバッハの血を体内に取り込む事で、それぞれが授けられた聖文字(シュリフト)に応じた能力を会得している。

 バズビーに与えられた聖文字(シュリフト)は“H”。その能力は“灼熱(ザ・ヒート)”。文字通り、全てを焼き尽くす灼熱を操る滅却師(クインシー)である。

 

「な、何者だ貴様!?」

「おのれ……! ここが瀞霊廷と知っての狼藉か!!」

 

 突如として現れ、仲間を容易く屠ったバズビーに他の死神達が怒りを籠めてそう叫ぶ。だが、その叫びはバズビーからすると欠伸が出るほどに悠長な行動だった。

 

「馬鹿かお前ら? 敵が攻めてきてるんだぜ? 言葉だけで抵抗出来るかよッ!!」

 

 バズビーは至極正論な言葉を言い放ち、斬魄刀を向けるだけで攻撃して来ない死神達に灼熱の力を揮う。

 

「燃え尽きろ!!」

「なっ!?」

「ひっ!!」

 

 バズビーが腕を振るい、そこから強大な炎を撒き散らす。その炎に飲み込まれ、死神達の肉体は灰と化した。

 

「こんなもんかよ……。さあて、隊長格が来るまで適当に殺していくか。どの隊長サンが来るかねぇ」

 

 隊長格という瀞霊廷における最大の戦力に対し、早く来てくれとばかりにバズビーが呟く。そして、視界に映った死神に向けて再び炎を振るおうとして――

 

「オオー! 早速来てくれるとは。仕事熱心なんだな隊長ってのは」

「お前……!」

 

 ――自らやって来てくれた獲物を見つけて、その動きを止めた。

 

 バズビーの下にやって来たのは十番隊隊長日番谷冬獅郎と、その副隊長の松本乱菊だった。二人は各地で突如として出現した高濃度な霊子を帯びた青い火柱に動揺しつつも、火柱を目指して移動していた。バズビーの処に来たのは単に一番近い場所に居たからだ。

 他にも隊長格がそれぞれ一番近い火柱に向かっているだろう。

 

「確かお前は……そう! 十番隊隊長さんじゃねぇか! 歓迎するぜ!!」

 

 バズビーが自分の役職を言い当てたのを聞いて、日番谷は眉を顰める。敵が何者かは解らないが、こちらの情報の多くを入手しているのは明白だ。

 対してこちらは敵の事を何も知らない。厄介な事になったと思いながらも、日番谷は少しでも敵から情報を得ようと会話を試みる。

 

「お前達、何者だ? どうして俺達に攻撃を仕掛ける?」

「……まあそうだな。雑兵ならともかく、隊長ともあろう者が何も知らずに死ぬのも可哀想だ。教えてやるよ」

 

 必勝を確信しているその言葉に日番谷が再び眉を顰めるが、敵がわざわざ情報を与えてくれるならと思い黙って聞く事にした。

 

「俺達は滅却師(クインシー)だ。そして俺は星十字騎士団(シュテルンリッター)“H”! “灼熱(ザ・ヒート)”のバズビーだ! よろしくな氷の隊長サンよぉ!!」

 

 そう叫び、バズビーは全身から炎を放出して日番谷に攻撃を繰り出す。日番谷は敵が滅却師(クインシー)である事に驚愕する暇も、そして星十字騎士団(シュテルンリッター)灼熱(ザ・ヒート)という言葉の意味を理解する暇もなく、バズビーとの戦闘を開始せざるを得なかった。

 

「ちぃっ! 氷輪丸!」

 

 日番谷が氷輪丸を解放し、その力で氷の壁を作り出す。それによりバズビーの炎を防ごうとしたのだ。

 

「俺達相性が良さそうだなぁ! だがよ――」

 

 だが、その氷はバズビーの炎で一瞬にして蒸発し、炎はそのまま日番谷へと向かって行った。

 

「なっ!?」

「その程度の氷じゃあ! 俺の炎は止めらんねーぜ!!」

 

 日番谷は迫り来る炎を瞬歩にて回避する。そして敵の力を見誤っていた事を理解する。この敵を相手にして、能力を見切る為の様子見など出来る筈もない、と。

 そう思い直した日番谷は真の力にてバズビーを倒そうとする。そう、隊長格の最大の力。死神の斬魄刀戦術最大奥義。卍解である。

 

 日番谷の斬魄刀は隊長格の斬魄刀の中で最も始解と卍解の能力差が少ない。それは卍解する事で生み出せる氷の量が圧倒的に増えるという変化しかないからだ。

 だが、それだけで十分に恐ろしく強くなれるのが、氷という自然現象を生み出し操る事が出来る能力だ。天候すら支配する、尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも数少ない斬魄刀が、その真価を発揮しようとして――

 

 

 

 

 

 日番谷がバズビーと対峙している頃、瀞霊廷の各地で多くの隊長格と星十字騎士団(シュテルンリッター)が対峙していた。

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)“F”。恐怖(ザ・フィアー)のエス・ノトの前に六番隊隊長朽木白哉が。

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)“I”。鋼鉄(ジ・アイアン)蒼都(ツァン・トゥ)の前に二番隊隊長砕蜂(ソイフォン)が。

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)“E”。爆撃(ジ・エクスプロージョン)のバンビエッタ・バスターバインの前に七番隊隊長狛村佐陣が。

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)“O”。大量虐殺(ジ・オーヴァーキル)のドリスコール・ベルチの前に一番隊副隊長雀部長次郎が対峙していた。

 

 他にも幾人かの星十字騎士団(シュテルンリッター)と隊長格が対峙し、各地の戦闘を激化させていた。

 そして、バズビーを含めた上記の星十字騎士団(シュテルンリッター)五人と戦っている隊長格達が、どのような偶然かほぼ同時に卍解を使おうとしていた。

 もしこの時、彼らの卍解を使用するタイミングがずれていれば、まだ被害は少なく済んでいただろう。だが、それは言っても仕方のない事だった。何故なら既に起こってしまった事を変える事など出来る訳がないのだから。

 

「卍解!」

 

 日番谷がバズビーに対抗する為に大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)を解放しようとする。

 

「卍解!」

 

 白哉が隊士を無残な目に合わせたエス・ノトに断罪の刃を振るおうと千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)を解放しようとする。

 

「卍解!」

 

 砕蜂が瀞霊廷に仇なす不埒者を粛清しようと雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)を解放しようとする。

 

「卍解!」

 

 狛村が死神を嘲笑いながら爆殺しているバンビエッタを滅しようと黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)を解放しようとする。

 

「卍解!」

 

 雀部が瀞霊廷を蹂躙し百を超える隊士を虐殺したドリスコールに怒りを顕わにしながら黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)を解放しようとする。

 

 そして……隊長格が卍解を使うタイミングに合わせ――対峙していた星十字騎士団(シュテルンリッター)が円形の金属板を掲げた。

 

「……うそ……だろ……?」

 

 日番谷が信じられないようにぼそりと呟く。

 

「これは……」

 

 白哉が恐ろしい事実に気付き、その表情を驚愕に染めた。

 

「莫迦な……!」

 

 砕蜂が頭では理解しつつも、感情で否定するように叫ぶ。

 

「卍解を……奪われた……!?」

 

 そして狛村が、各地の隊長達に起こった異変の結果を声に出した。

 そう、卍解を使用した隊長達は、星十字騎士団(シュテルンリッター)が掲げたメダリオンと呼ばれる金属板の力によって、卍解を奪われてしまったのだ。

 

「松本! 天廷空羅だ! 早くしろ!! 全隊長にこの事を伝えるんだ!! 絶対に卍解を使うな!! 奴らに奪われる!!」

 

 日番谷の怒号とも言える叫びを聞いた松本は、即座に伝達用の鬼道である天廷空羅を発動させ、卍解を使える隊長格全員にこの重大な情報を伝達する。

 その情報を伝達された隊長格の驚愕は如何に、であった。敵は隊長格に匹敵、下手すれば凌駕する程の霊圧を放っている。しかもそれぞれが特殊で強大な能力を有しているのだ。そんな強敵を相手に卍解を使わずして、どうやって勝てと言うのか。

 

「オー、必死だねぇ。しかし卍解を使ったから思わず奪ったが、炎使いの俺が氷の卍解を奪うってのもあれだな」

「くそっ……!」

 

 卍解が奪われ焦燥する日番谷に対し、バズビーがそう言って笑い掛ける。本当に皮肉めいた笑いだが。

 

「さて、それじゃあさっさと消えてもらうと――」

 

 バズビーが卍解を奪われ全力とは程遠い状態となった日番谷を始末しようとして、天を貫く雷鳴を耳にしてそちらの方角に僅かに目をやった。

 

「あれは……!」

「確か……一番隊副隊長の卍解だろ? ドリスコールの野郎、奪った卍解を早速使って敵を殺したの……なんだと?」

 

 卍解の元の使い手をその卍解で即座に殺すという、せっかちな行動を取るドリスコールにバズビーが呆れたように口を開くが、そこで可笑しな点に気付いてバズビーの表情が一変した。

 

「馬鹿な……なんでドリスコールの方が死んでやがる……! 卍解を奪わなかったのかよ!?」

 

 そう、死んだのは雀部ではなく、ドリスコールだった。そして、卍解を使用しているのも当然雀部だ。隊長格が卍解を使えばそれをメダリオンにて奪い取る。それは星十字騎士団(シュテルンリッター)の当然の行動だった。なのに、何故ドリスコールは卍解を奪わなかったのか。その答えは、ドリスコール自身も理解出来ないままだった。

 

 

 

 

 

 

「ぶはははははは! つれーつれー! つれーなあ! 弱えーってのはつれーなあオイ!!」

 

 時は僅かに戻る。ドリスコールは瀞霊廷に出現した瞬間から、多くの死神を殺して回っていた。

 ドリスコールの聖文字(シュリフト)は“O”。その能力は大量虐殺(ジ・オーヴァーキル)。敵だろうと味方だろうと獣だろうと、殺せば殺すほど強くなるという能力だ。

 その能力を十全に発揮する為に、ドリスコールは目に映る敵の全てを殺してきた。既に百を超える死神がドリスコールの手に掛かり命を落としている。そして、殺した分だけドリスコールの力は増していく。

 

 大量の死神を殺して調子に乗っているドリスコールの前に、雀部長次郎が立ち塞がった。

 雀部はドリスコールに、いや、死神を蹂躙している敵の全てに激怒していた。尊敬する山本総隊長が護り続けてきた瀞霊廷を襲い、山本総隊長が設立した霊術院で育った死神達を蹂躙する敵の全てに激怒していた。

 この状況にあって、卍解を使わずにいる等という事はない。敵は外道にして卑劣なれど、その力は隊長格でも勝てるか解らない程の実力者だ。ならば、磨き上げた卍解をここで使わずしていつ使うと言うのか。

 

「おーおー。確かお前は一番隊の副隊長だったなぁ! ちっ、こいつはとんだ外れだぜ!」

「外れ……だと?」

 

 自分に向かって外れと言う。雀部はその言葉の意味を理解しようとするも、二種類の取り方が出来る為にどちらの意味で言ったのかを考える。まあ、ニュアンス的に概ねそういう意味だろうとは思っていたが。

 

「外れだろうよ! おめー、二千年も卍解を使わずにいたのに、この前使ってあっさりと負けちまったんだろ? そんなよえーのが相手じゃあなぁ!!」

 

 やはりそういう意味合いだったかと雀部は納得する。そしてドリスコールの嘲笑の言葉に対し、特に何も思う事なく受け流した。このような嘲笑など二千年間で聞き飽きているのだ。今更この程度で激情に呑まれる事はない。

 むしろ敵がこちらの情報を詳しく入手している事の方が気がかりだった程だ。雀部は自身の卍解を二千年近く人前で使用していない。そして使用したのは約一年半前の一度きりだ。だというのに、それを知っているとなると敵の情報収集能力は侮る事が出来ないという事だ。恐らく隊長格全員の詳細が敵の手に落ちているだろうと雀部は予測する。

 

 この時、雀部は気付いていなかったが、ドリスコールは敵として戦い甲斐がないという意味で雀部を嘲笑っていたのではない。そんな弱い卍解を奪ってもあまり意味はないなという意味で嘲笑っていたのだ。

 星十字騎士団(シュテルンリッター)はメダリオンを使う事で確かに死神の卍解を奪える。だが、卍解を奪った星十字騎士団(シュテルンリッター)はその卍解が阻害となり、真の実力を発揮出来なくなるという欠点もあった。彼らにとって奪った卍解を使うよりも、真の実力を発揮した方が強いという事もあった。

 それでも星十字騎士団(シュテルンリッター)は死神の卍解を奪うだろう。自分達は真の実力を発揮出来なくなるが、死神は自分達以上に実力を発揮出来なくなるのだから。相対的に星十字騎士団(シュテルンリッター)が有利になるのは当然だった。

 

 だからドリスコールも不満がありつつも、雀部が卍解を使用したらそれを奪うつもりだった。そして、その機会は直に訪れた。

 

「外れだろうが何だろうがどうでも良い。貴様にはこの狼藉の報いを受けてもらうぞ! 卍解!」

 

 ――馬鹿が!――

 

 雀部が卍解を使おうとした瞬間、ドリスコールがメダリオンを雀部に向かって掲げる。これで雀部の卍解はドリスコールのメダリオンに奪われてしまうだろう。天候を支配し雷を操る恐るべき卍解が、敵の手に渡ってしまうのだ。

 

「これは……!?」

「な、に……!?」

 

 その驚愕は、雀部とドリスコールの両方から発せられた。雀部は卍解に何やら異変が起こっている事に対して、そしてドリスコールは……卍解を奪えなかった事に対して、驚愕の声を上げた。

 そう、雀部の卍解は奪えなかったのだ。メダリオンは正常に発動していた。確実に雀部の卍解を捕らえていた。だが、奪い切る事は出来ず、雀部の卍解はそのまま解放された。

 

黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)!!」

「な、なんでだ! どうして卍解が奪え――」

 

 その言葉をドリスコールが言い切る事は出来なかった。その前に、ドリスコールに殺された隊士の恨みを籠めた一撃を、雀部が放っていたからだ。

 

「雷天一葬!!」

「――ッ!!」

 

 十一本の内の十本の雷柱を一つに束ね、敵を滅ぼす強大な矢と化した雷がドリスコールを飲み込む。

 一年間、今までとは比べ物にならない程の修行を己に課し、半年間、更木剣八と戦い続けた雀部の卍解は、その力を以前よりも更に高めていた。驚愕した隙を突かれたドリスコールがその力の奔流に抗う事など出来る筈もなく、ただの一撃でその命を奪われた。

 

 戦争開始から数分。死神の戦死者は一千を超える。対して滅却師(クインシー)の戦死者は僅か十数名。その殆どが聖兵(ソルダート)と呼ばれる一般兵だ。死神と滅却師(クインシー)、どちらが優勢かなど言うまでもないだろう。

 だが、幹部級から初の戦死者が出たのは滅却師(クインシー)側であった。ドリスコールを死者に加えても、数の上では圧倒的に死神が不利だ。だが、失った戦力で言えば滅却師(クインシー)が圧倒的に多くなっていた。

 尤も、その事実は一般隊士千人よりもドリスコール一人の方が遥かに強いという事でもあるのだが。

 

 ともかく、ドリスコールを討ち取った雀部は次の敵を討ち取ろうとして、松本から届いた天廷空羅に驚愕する。

 

「卍解を、奪う……?」

 

 卍解を奪うという恐ろしい事実に雀部は驚くが、それと同時に自分の卍解が奪われなかった事を不審に思う。

 敵は確かに怪しげな動きをしていた。円形の金属板を掲げたと思ったら、卍解に何やら異変が起こったのだ。今思えば、あれは卍解の力が敵に向かおうとしていたように雀部は感じた。

 そこまで思い至って、雀部はドリスコールが掲げた金属板を捜し出した。あれこそが卍解を奪う鍵だと気付いたのだ。そして、灰となりかけたドリスコールの死体の側に落ちている金属板……メダリオンを発見する。

 

「これを解析すれば……!」

 

 卍解を奪う機構を解明すれば、奪われた卍解を取り戻す事が出来るかもしれない。そう思った雀部はメダリオンを拾い、懐に入れた。

 そして人格的にはともかく、技術的には非常に頼れる男の下へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「あらら。ドリスコールの奴やられてるし。卍解奪えずに死ぬなんて情けないってーの。そう思わないワンちゃん?」

「くっ……!」

 

 ドリスコールの死は全星十字騎士団(シュテルンリッター)が把握していた。ドリスコールの霊圧が消失した事を感知したのだ。そうでなくてもあれだけの雷撃は瀞霊廷のどこに居ても目につき耳に届いただろう。

 そうしてドリスコールの死を知ったバンビエッタは卍解を奪った隊長、狛村佐陣に向けて笑みを深めながらそう問い掛ける。その問いに答えは期待していない。ただ、卍解を奪った死神を馬鹿にするという目的の為に煽るように話掛けているだけだ。

 

「隊長! ここは儂に任せて退いて下せぇ!」

 

 七番隊副隊長の射場鉄佐衛門が、隊長を護るべくバンビエッタの前に立つ。狛村は卍解を奪われたが、その力はそれでも射場を凌ぐ。そして、卍解を奪い返す事が出来れば非常に頼りになる実力者に戻るだろう。

 どちらが生き残る方が瀞霊廷の為になるか。それを計算した射場は隊長を生かすべく強大な敵であるバンビエッタに立ち向かおうとしたのだ。

 

「えー? ワンちゃんの部下でしょあんた? ワンちゃんが敵わないのに、ワンちゃんより弱いあんたがあたしにどうやって勝とうってのよ?」

「勝つとか負けるとかじゃないわい! 隊長を生かす事が今のワシに出来る最善なんじゃ!!」

「鉄佐衛門……! すまんが、儂は逃げる訳にはいかぬ! 共に戦ってくれるか?」

「隊長……もちろん、儂の命は隊長に預けてますので!! ご自由に使って下せぇ!」

 

 部下の献身を見て、狛村が己の不甲斐なさに腹を立てる。部下に命を懸けさせなければならないほど、弱い自身に苛立ったのだ。

 そして射場の献身を無にする事を承知の上で、射場と共にバンビエッタに立ち向かう事を改めて決意する。確かにここで退けば命は助かるかもしれない。だが、それ以上に大切なものを失うと、狛村は理解していたのだ。

 そんな二人を見て、バンビエッタは意味が解らないという表情で二人に疑問をぶつけた。

 

「はあ? 何それ? 死にたくないから戦うんでしょうが!? 自分が死ぬと解って犠牲になるなんて、何を考えているんだか!?」

 

 バンビエッタには射場の献身も、卍解を奪われてなお戦おうとする狛村の気概も、どちらも理解出来なかった。負けたら死ぬから、死ぬのが嫌だから戦う。それがバンビエッタの戦いに対する気構えだ。

 だが狛村と射場は違う。自分の命がどうなろうとも、それが瀞霊廷の礎になるのなら、例え死しても悔いはなかった。そんな護廷十三隊の意義など、バンビエッタに理解出来るはずもなかった。

 

「まあいいわ! 卍解を奪われたワンちゃんがどこまで抗えるか、楽しませてもらおうじゃないの!」

 

 そう言って、バンビエッタは狛村と射場の想いを踏み躙るように、その力で瀞霊廷もろとも二人を蹂躙し始めた。

 

 

 

 

 

 

「ちっ! 最初の脱落者が俺達から出るたーな……ダッセーなぁおい」

「……仲間に対して随分な物言いだな」

 

 ドリスコールの死に対して、何も想う所がないような物言いのバズビーに、日番谷が仲間意識について言及した。

 だが、その言及に対してバズビーはこう返した。

 

「確かに仲間だが、手柄を奪い合う敵でもあるんだよ俺達はな!」

 

 そう、星十字騎士団(シュテルンリッター)はユーハバッハの下に集った一つの集団ではあるが、その間に仲間意識や絆と言ったものは殆どない。多少はそれを有している者もいるだろうが、死神のそれと比べると希薄と言えるだろう。

 特にバズビーはそれが顕著だ。彼は元々ユーハバッハに復讐する為に、その機会を得る為に、ユーハバッハの下に付いたのだ。ユーハバッハの手下など、バズビーにとって仲間と思える筈もなかった。

 そうとも知らない日番谷は、敵と言えど死して仲間から何も思われないドリスコールに若干の憐れみと、そしてバズビーに対する怒りを抱いた。

 

「そうか……まあそれはいい。だが、一つだけ訂正させてもらうぜ」

「へぇ? なんだよ?」

 

 日番谷の怒りが籠もった視線を受けて、バズビーは愉しげな笑みを浮かべてその訂正とやらに耳を傾けた。

 

「最初の脱落者だと……!? 俺達の仲間をどれだけ殺したと思ってやがる!!」

 

 日番谷の怒気が籠められたその言葉に対し、バズビーはその笑みを更に深めながら返す。

 

「ああ、悪ぃな! あんまりにも弱かったもんだから数に含むのを忘れてたぜ!!」

「てめぇ!!」

 

 バズビーの答えを聞いて、日番谷はその怒りを刃に籠めてバズビーに向けて振るう。そしてその一撃をバズビーは敢えて避けずにその身で受けた。

 態々その身で受けた理由は至って単純だ。所詮は始解の一撃、避けるまでもなかったのだ。

 

「なっ……!?」

「ぬりぃなおい?」

 

 日番谷の氷輪丸が触れている箇所に、何やら模様のようなものが浮かび上がっていた。これは見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)滅却師(クインシー)が有する基本能力の一つ、血装(ブルート)と呼ばれるものだ。

 血装(ブルート)は血管の中に直接霊子を流し込んで攻撃力と防御力を高める戦闘技術だ。攻撃用が動血装(ブルート・アルテリエ)、防御用が静血装(ブルート・ヴェーネ)と名付けられている。今回バズビーが使用したのは当然静血装(ブルート・ヴェーネ)だ。これにより日番谷の斬撃を容易く防いだのだ。

 

「じゃあな隊長サンよ! お前には、奪った卍解を使う必要すらないぜ! バーナーフィンガー(ワン)!!」

 

 バズビーが指鉄砲を形作るように人差し指を日番谷に向け、そこから鋭い熱線を放ち日番谷の胴部を穿った。

 

「ぐぅっ!」

「隊長!! 唸れ灰猫!」

 

 大きなダメージを受けた日番谷を護るように、松本が自身の斬魄刀を解放する。灰猫はその名の如く刀身を細かな灰に変化させる斬魄刀だ。その灰を自在に操り、一部分だけを刃に戻して敵を斬るという攻撃方法が主だ。

 今回はその灰を目晦ましに使用したのだ。敵の視界を奪った瞬間に体勢を立て直すつもりなのだろう。だが、そんな悠長な暇を与えてくれるバズビーではなかった。

 

「つまんねー技だな! 消えろ! バーニングストンプ!!」

 

 バズビーが片足を大地に叩きつける。それと同時に大量の熱が噴出され、その勢いで灰猫が吹き飛ばされた。

 

「!?」

「逃げようとしてんじゃねーよ! それとも俺を怒らせて……二本目の指も使って欲しかったのか!?」

 

 そう言って、バズビーは日番谷達に向けて指を二本突き付ける。卍解を奪われた日番谷冬獅郎は、バズビーを相手に成す術もなく蹂躙されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 瀞霊廷で多数の激戦が行われている中、一人の滅却師(クインシー)が一番隊舎の地下深くに入り込んでいた。その滅却師(クインシー)の名はユーハバッハ。瀞霊廷を戦火で包み込んだ張本人である。

 何故、敵の首魁が一番隊舎の地下にやって来たのか。その答えは、一番隊舎地下に存在する牢獄にあった。そう、真央地下大監獄は一番隊舎の地下に存在しているのだ。

 ユーハバッハが真央地下大監獄にやって来た理由。それは、藍染惣右介に自身の麾下に入るよう声を掛ける為だ。ようは勧誘というものだ。藍染惣右介にはそれだけの価値があるとユーハバッハは見ていたのだ。

 

 そうして藍染惣右介に価値を見出しつつ、戦場で死ぬ者の価値など知った事かと言わんばかりに、ユーハバッハはゆっくりとその歩を進めて行く。その間にも、上では多くの命が失われているだろう。己の部下にも死者は出ているだろう。だが、それをユーハバッハは嘆かない。むしろ、その死に感謝した。

 己の魂の一部を授けた部下が死ぬ事で、死んだ者の力は全てユーハバッハへと流れ込んで来るからだ。それがユーハバッハの力。己の魂の一部を分け与えた者に力を授け、そしてその者が死した時にその全てを得る恐るべき力である。

 

 そして、今回の侵略の目論見の一つが、この能力の有効活用だった。死神の命の有効活用というべきか。ユーハバッハは瀞霊廷に己の魂を撒き散らしたのだ。これにより、瀞霊廷に生きる全ての者達にユーハバッハの魂が僅かだが入り込む事になる。

 まだ馴染んではいないだろうが、それも時間の問題だ。今回の侵略は元々時間制限付きのものだ。影の空間に逃げ込んだ滅却師(クインシー)達は、影の外での活動時間に限界がある。その時間を過ぎれば彼らは影の世界に帰らなくてはならなくなるのだ。

 それを防ぐ手段はもちろんあったが、今回はユーハバッハの魂をばら撒くという目的があった為に、その手段は使わなかった。使う時は、瀞霊廷と死神を完全に滅ぼす時だろう。そしてそれは極近い未来の話である。

 

 クアルソ・ソーンブラというイレギュラーに介入されないよう、出来るだけ迅速に事を進める必要があるというのに、一度退却するやり方は愚かかもしれない。

 だが、そのクアルソ・ソーンブラを倒す為に必要な作業でもあるのだ。ユーハバッハは本当にクアルソを警戒していた。クアルソこそが、千年前に自身を敗退させた山本元柳斎重國を上回る難敵だと見ていたのだ。

 そのクアルソを倒す為にも、ユーハバッハは部下と死神の力を会得する必要があるのだ。そして、藍染惣右介を麾下に入れようとしたのもクアルソに対抗する戦力の為だ。尤も、藍染が素直に応じるとは思っていなかったが。

 

 ユーハバッハが真央地下大監獄を下って行く。その光景を幾人かの罪人達が目にした。だが、それらの視線を意にも介さずに、ユーハバッハはゆっくりと無間に向けて歩を進める。そして……藍染惣右介の下に辿り着いた。

 

「藍染惣右介。何の意図があって女体化したかは知らんが、崩玉に振り回されるとは些か滑稽だな」

「ほう。滅却師(クインシー)の王ともあろう貴方にも理解出来ない事があるようだ。私も少々驚いたよ」

 

 藍染を嘲り哂うユーハバッハに対し、藍染は藍染で皮肉を返した。この時、この場に死神の誰かが居れば確実に驚愕していただろう。無間に封じられている藍染は全身はおろか、目も口も封じられている。その藍染が、封印を解かれていないというのに口を開いたのだ。

 

「動きを封じられてなおその態度。不遜だが、なるほど……我が麾下に加わるに相応しい。私に降れ藍染惣右介。さすればその忌々しい封を解いてやろう」

 

 藍染の強さは封じられてなおユーハバッハに届いていた。藍染は無間に捕らえられていながらも、更に強くなっていた。星十字騎士団(シュテルンリッター)でも戦える者は少ないだろうとユーハバッハは読んだ。勝てる者となればいるかどうか。複数人で掛かってようやく届く実力者だ。

 それでもなお、ユーハバッハは藍染に対して自身に降れと宣言した。そこには例え藍染が反旗を翻したとしても、自身の勝利は覆らないという絶対の自信があった。

 そんなユーハバッハの提案に対し、藍染は何の魅力も感じずに言葉を返す。

 

「断る。私を従える事が出来る者は存在しない。その存在を私は許さない」

 

 藍染は自身を支配しようとするものを打ち砕く為のみに動く。それが藍染の行動理念の()()だ。藍染が護廷十三隊に反旗を翻したのも、王鍵を創生し霊王を殺害しようとしたのも、全てはこの理念に基づいた行動だ。

 その答えを予測していたユーハバッハは、「そうか」と一言だけ呟き、踵を返して地上へと戻って行った。

 

 そうしてユーハバッハが消えた無間にて、ただ一人残された藍染がぽつりと声を零す。

 

「そう、私を従える事が出来る者は存在しない……ただの一人を除いて」

 

 クアルソ・ソーンブラ。彼だけが自身を従える事が出来る。自分を、崩玉と融合し全てを超越した自分を、誰の助けも得ずに自身の力のみで降したクアルソだけが。

 そのクアルソに打ち勝つ為に、藍染は更なる力を得ようとする。クアルソのみが自分を従える資格を持っていると藍染は思っているが、それと同時に自分を支配出来る存在を許す事も藍染には出来ない。

 そしてクアルソと同等以上の力を手にし、並び立つ。それでこそ彼の理解者足り得るのだと、藍染は思っていた。

 クアルソ・ソーンブラが自身の唯一の理解者だと藍染は確信している。だが、今の藍染ではクアルソの理解者足り得ない。藍染の強さは未だにクアルソの真の力に辿り着いていないのだ。

 

「クアルソ……私は必ず君に届いてみせる……必ずだ」

 

 藍染の様々な感情が籠められた声が、他の一切の音を発していない無間に響いて行く。

 

 




「おいクアルソ! ジャンプ台飛んだ時に雷落とすなんて卑怯だぞ!」
「砂糖菓子よりも甘いなリリネット! これも技術! これも作戦! 勝てばよかろうなのだぁ!!」
「ふざけんなこの! 次だ次! ……ああ!? なんだその道!? ショートカットとかずっりぃぞ! あたしにも使わせろ!」
「誰だって使える道だしお前も使えばいいと思うよ? 罠は設置するけどな!」
「バナナ置いてくなー!!」
「お前ら仲いいなぁ。お、スターゲット。追い上げといきますか」

 らすのーちぇすは、きょうもへいわです。



 早く次も書かなきゃ……ネロ祭が来る前に出来るだけ早く……。

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