最強の
そのクアルソを前にしても、グレミィ・トゥミューの余裕は崩れない。その顔には変わらず微笑が張り付いており、自分が負ける想像など欠片もしていない様子が見てとれた。
「さて、小手調べと行こうか」
そう言って、グレミィはクアルソの周囲にマグマを想像しようとして――
「――ッ!?」
その胸を、クアルソに貫かれた。
「……すまん。隙だらけだったものだから」
あまりの呆気なさに思わずクアルソが謝る。だが、グレミィは両手をポケットに入れたまま、クアルソを攻撃する為の想像をしていた為か、本当に隙だらけだったのだ。もちろんクアルソからすればの話だが。
あまりに隙だらけな為に逆に罠かと疑った程だ。だが、罠に乗るのも敵の力を見る手だと判断したクアルソは、神速の
「しかし、
クアルソが胸を貫き倒れ伏したグレミィに話し掛ける。死んだ筈の人間に何を、と雨竜達が思うが、その思いは次の瞬間に驚愕に変わった。
「違うよ。ぼくが自分の体を鋼鉄を遥かに超える強度だったらって想像しただけだよ。君に掛かれば意味はないみたいだけどね」
「そういう事も出来るのか。傷の再生、いや、万全の状態を想像しただけか。凄い能力だな」
「ご名答」
クアルソの言葉通り、グレミィの胸の傷は既に塞がっている。治療や再生ではなく、傷が治っている自分自身を想像した事で、傷が治ったように見えているだけだが。
「ふむ。その能力、想像した事が現実になるようだけど……。その想像、どこまで追い付くかな?」
「……ッ!」
クアルソの言葉の意味をグレミィは瞬時に理解した。そして即座にクアルソを殺す為の力を想像しようとして――手刀で肩から袈裟切りに斬り裂かれた。
「ぐっ!」
「まあ治せるよな。続けて行くぞ」
そう言いながら、クアルソはグレミィが反応し切れない速度で攻撃し続ける。グレミィの力は凄まじい。想像した事を現実にするなど、誰もが一度は夢見る能力だろう。
だが、その力は想像するというプロセスを経ないと発動しない。そして、グレミィが一度に想像出来る事には限界がある。傷が治っている自分を想像しなければ死んでしまうかもしれない。だが、その想像をしている限り、クアルソに攻撃する事は出来ない。
このままではジリ貧だろう。いずれ想像力が尽き、致命傷を受けるのは自明の理だ。だが、この状況を覆せる者がこの場には一人いた。
「む?」
クアルソの攻撃がグレミィに命中せず、あらぬ方向へとずれたのだ。外したつもりはないし、外すようなヘマはしない。ならばこの現象は敵の、それもグレミィではなくもう一人の仕業だろうとクアルソは当たりを付ける。
「させないろ」
「クアルソさん! 彼は空間を歪曲させる能力を持っています! 彼への攻撃は自動で歪曲させられるようです!」
浦原がニャンゾルの能力の詳細をクアルソに伝える。そう、グレミィの危機を救ったのはニャンゾルだった。空間を歪曲させ、クアルソの攻撃を逸らしたのだ。
空間歪曲自体はクアルソのボス属性で無効化する事は出来ない。あくまで空間を歪めているだけで、クアルソの体に直接干渉しているわけではないのだ。クアルソが通る道が曲がっただけと言えば解りやすいだろうか。
「オイの
ニャンゾルが飛廉脚にてクアルソに接近し、その指をクアルソに近付ける。空間歪曲を応用し、クアルソの肉体を捻じ切ろうとしているのだ。
「あれ?」
「良い能力だ。あとはお前自身をもっと鍛え上げておけ」
「ッ!?」
だが、空間は歪めどもクアルソの肉体は変わらずそこにあった。空間歪曲がクアルソの肉体に影響を与えようとした場合は、ボス属性の範疇に入るのだ。
「な、なんれ……?」
自分の攻撃も防御も通用しなかった事を不思議に思いながら、ニャンゾルが大地に落ちていく。
だが、彼の稼いだ数秒の時間はグレミィにとって値千金の時間であった。
「まさかニャンゾルに助けられるとはね」
「でも、もう僕に油断はない」
「さあ、戦いを再開しようじゃないか」
そこには、元の状態に戻ったグレミィがいた。それも一人や二人ではない。無数のグレミィがクアルソと相対していたのだ。
「自分自身を想像したのか」
「そういうこと」
「どれもがぼくで」
「どれもが死なない」
「そして」
「想像する力は」
「それぞれ同等だ」
いま、クアルソの周囲を十五人のグレミィが囲んでいた。そのどれもが本物と同等の力を持っており、想像する力は単純に十五倍だ。
クアルソという規格外を相手に油断などすれば一瞬で劣勢に陥ると理解したグレミィは、最強の力で一気に叩き潰すと決めたのだ。
『死ね!』
グレミィが四方八方からクアルソ目掛けて数多の力を揮う。
炎が、氷が、岩が、マグマが、雷が、そして天から巨大な隕石が無数に、クアルソ目掛けて放たれた。
まさに天災の雨あられ。森羅万象の全てが敵になったかのような地獄の光景だ。だが、クアルソは向かい来る天災を霊圧を高速回転させる事で弾き、上空の隕石に対しては無詠唱の黒棺を融合させた
『……化物かよ!』
「失礼な。良く言われるけど」
あれだけの攻撃の全てを無傷で、それも余裕で対応するクアルソを見て、グレミィの顔から微笑が完全に消える。
自分を化物と呼ぶ者は多くいたが、グレミィはそんな自分を相手に傷一つ作らないどころか、汗一つかかないクアルソこそが化物だと確信した。
「だけど! どんな化物だろうと生物である事に変わりはない!」
そう言って、グレミィは複数の自分と協力してクアルソの周囲に宇宙空間を想像する。
宇宙空間という環境で生存出来る生物は殆どいない。一応その環境に耐える事が出来る生物はいる事はいるが、それはあくまで体内の水分を限りなく少なくした乾眠状態に変化しているからだ。体内に大量の水分を有している生物には出来ない方法である。
「宇宙空間で生存出来るかどうか試してやる!」
「それは勘弁」
『!?』
その声は、一人のグレミィの後ろから聞こえて来た。驚愕したグレミィが振り向くも、その前に頭を
「頭部がやられると復活出来ないようだな。流石に想像する事が出来なくなればその力も揮えないか」
「お前……いつの間に!」
クアルソは宇宙空間に包まれた瞬間に、空間転移によってグレミィの後方へと転移していたのだ。流石のクアルソも生身で宇宙空間に晒され続ければいずれは死んでしまうだろうから、さっさと宇宙空間から逃れたのだ。
「疑問をぶつけている暇はあるのか?」
『ッ!』
クアルソは
そうして次々とグレミィの数を減らしていくが、グレミィはそれに抵抗するように自身の数を更に増やした。
「これならどうだ!」
百人を超えるグレミィが出現する。どれだけ速く動けようと、これだけの数を同時に対処する事は出来ないだろうという考えだ。
そんなグレミィに対し、クアルソは全方位に向けて無数の
「
『なっ!』
一つ一つがグレミィを殺傷してあまりある威力が籠められた小さな
腕に当たれば腕が千切れ、足に当たれば足が千切れ、胴体に当たれば貫通し、頭部に当たれば想像する事も出来ずに消えて行く。そしてその速度故に躱す事も出来ない。防ごうにも、頑強にした肉体も想像した強固な壁も貫いてくる。まさに八方塞りだった。
「はぁっ、はぁっ!」
残されたのはたった一人のグレミィのみだった。他の全ては消滅している。このグレミィこそが本体であるので、それだけは護るように動いたのだ。
戦う前までは自信に溢れていたその顔は、今では見る影もなく、完全に化物を見る目でクアルソを見つめていた。
「なんだよお前……! 何なんだよ!」
「何って、お前が望んだ最強の
『いやいやいや』
強すぎるが故に戦う相手がいないクアルソがそう呟くが、その呟きに対して浦原達が首を振る。クアルソと同等クラスの
「そうかい……だったら僕がお前より強くなってやるよ!」
そう叫んで、グレミィは自分自身がクアルソよりも強くなった姿を想像する。今のままで勝てないなら、人数を集めても勝てないなら、勝てるくらいまで強くなればいいだけだ。
勝ちたい。この化物に勝ちたい。ここまでの想いを抱いたのはグレミィにとって初めての事だった。それ程までに、グレミィはクアルソに勝ちたいと願った。
それ故にグレミィはクアルソ以上の力を想像した。そんな想像すらグレミィには可能であり……そして、その想像に耐えうる肉体をグレミィは有していなかった。
「あ――」
全身から血を吹き出して倒れていくグレミィ。グレミィの想像力は凄まじかった。クアルソの強さを想像にて描き、自身の力にしようとした。
だが、その力は桁外れであり、それに耐える事が出来る肉体をグレミィは想像できなかったのだ。
「……その傷も元に戻せるんだろう? 急所は外したからお前の仲間も生きている。あいつを連れてさっさと帰れ」
「見逃してくれるのかい。お優しい事だ、殺してやりたい程にね……。でも残念ながら、それは無理みたいだ」
クアルソの言葉にそう返しながら、グレミィの体が崩れ始める。そして、大地に脳髄が入った容器が転がり落ちた。
「これは……」
「それが、ぼくさ。この体もぼくの想像の産物だったのさ……」
そう、この脳髄こそがグレミィ・トゥミューの本体だ。グレミィは想像の力で己の肉体を生み出し、それを操っていたに過ぎなかった。
そして想像力を酷使し続けた為に、その力を失った肉体は崩れ始め、本体である脳髄も活動を止めようとしていた。
「ああ、そろそろぼくの想像力も限界だ。残念だよ。ようやく勝ちたいと思える相手を見つけたんだけどなぁ……」
「楽しい戦いだった。もっと強くなったお前と戦いたかったよグレミィ・トゥミュー」
クアルソが消え行くグレミィに向けてそう言い放つ。それは紛れもなく真実であった。確かに傷一つ負っていないが、今までにない力を持つグレミィとの戦いは新鮮で、油断の一つも許されないものだった。
「嫌味じゃ、ないんだろうけどね……つくづくむかつくよ、君は……」
今の自分では勝ち目などなかったと言われている気がして、グレミィは最期にそう言い残して消滅した。
「……」
消滅したグレミィを見やり、クアルソは少しだけ悲しげな顔をして、すぐに元の表情へと戻す。
そして大地に落ちたもう一人の敵であるニャンゾルが落ちた場所へと視線を向けるが、そこには既に誰もいなかった
「やっぱり逃げていたか」
グレミィが消滅している最中、ニャンゾルの気配が消えた事をクアルソは感知していた。あれほど早く逃げる事が出来るという事は、飛廉脚や
そうして取り敢えずの敵がいなくなった事を確認したクアルソは、織姫の三天結盾の内側で攻撃に巻き込まれないよう避難していた浦原達の下へと降り立った。
「お久しぶりです織姫さん! いやぁ、相変わらず美しい! いや、この二年近くで更に美しさに磨きが掛かりましたね! 黒崎一護が羨ましいなぁ畜生!」
「すごい本音をストレートでぶつけてくるな君は……」
「いやぁ……そんな……黒崎君とはまだそんな関係じゃ……てへへ」
「君も相当お花畑な脳をしているよね井上さん……」
クアルソの血の涙を流さんばかりの挨拶と、それに天然で返す織姫を見て雨竜が溜め息を吐きながら突っ込みを入れる。
それを見て、やはり逸材とばかりにクアルソが唸った。手元に置いておきたくなる突っ込み具合である。
「雨竜も相変わらずで何よりだ。死んだらこっちに来ないか? お前となら楽しくやっていけそうだ」
一見堅苦しそうに見える雨竜だが、付き合ってみると意外な一面が見えそうで退屈しなさそうだとクアルソは思った。
だがまあ、
「ふざけるな! なんで僕が
「ははは。死んだ後に考えが変わればいつでも歓迎するぞ。織姫さんも黒崎一護と一緒にこっちに来たらどうです!? ゲームもあるし結構楽しく遊べますよ! 最近はリリネットの要望で遊園地も作っているんですよ!」
「ここは本当に
「まあ冗談はそろそろ終わりにしようか」
「どこからどこまでが冗談なんだ……」
なお、遊園地は本当である。完成予定はしばらく先の事だが。
「それで、細かい話を聞こうか浦原さん」
「……解りました」
浦原が此処まで来た理由。先程の説明で大体は理解したが、詳細を知らなければ判断しようがない。
そう考えたクアルソは浦原の知る限りの全てを話すよう問い掛ける。そして、浦原が
◆
浦原達が
「陛下。浦原喜助が
「そうか」
「先の侵攻に参加していた
「うむ。既に我が魂は死神達に馴染んでいる」
ハッシュヴァルトの報告を聞き、ユーハバッハはそう呟いてから、その顔に笑みを浮かべた。
「出るぞ。残る全ての
「はっ」
先の侵攻から半日程度しか経っていない。だが、次の侵攻の準備は既に整っていた。
あの時、ユーハバッハは山本元柳斎にいずれまた侵攻すると言った。そのいずれがいつかは言っていない。一週間後か、一ヵ月後か、一年後か……それとも半日後か。その全てはユーハバッハ次第なのだ。
そして、侵攻までの間を明け過ぎる事の弊害を誰よりも理解しているユーハバッハは、たったの半日で再び瀞霊廷に侵攻する事を決めていた。
「本来なら零番隊が降りて来るのを待つつもりではあったが」
「涅マユリにメダリオンが渡っているようです。一日でも間を空ければ解析されてしまうでしょう。このタイミングで仕掛けるのも悪手ではないかと」
「ふっ。卍解を取り戻されたとしても、それはそれで喜ばしい事だ」
そう、例え卍解を取り返されたとしても、それは
卍解が死神の下に戻る事は死神の戦力が増強する事を意味するが、それと同時に
そうしてユーハバッハが残る全ての
「報告します! 零番隊が瀞霊廷に降り立ったようです!」
瀞霊廷を監視していた部下の一人がそう報告してきた。それを聞いたユーハバッハは、笑みを深めてハッシュヴァルトに宣言する。
「これ以上の好機はない。直ちに瀞霊廷への侵攻を開始せよ」
「はっ!」
こうして、
◆
「零番隊?」
「せや。霊王様を守護する五人のえらーい隊長さんや」
「霊王って、藍染が殺そうとしていたっていう……」
黒崎一護は瀞霊廷の外壁に集まる隊長達に混ざって会話をしていた。その内容は、零番隊についてだった。
ユーハバッハの侵攻から半日。早朝から全ての隊長がこの場に集まっているのは、零番隊が瀞霊廷に来訪するからであった。
「そうや。その霊王様と霊王様が住んでいる霊王宮を護っとるのが、零番隊っちゅう人らや」
零番隊の構成員は全部で五人。その全てが隊長にして、たったの五人で護廷十三隊の総力を上回る実力を有する死神達。それが零番隊である。
零番隊第一官東方神将・
零番隊第二官南方神将・
零番隊第三官西方神将・
零番隊第四官北方神将・
そしてそれらを束ねる長、
これら五名が零番隊の総員であった。彼らはその全てが
「そんなに……! だったら瀞霊廷がこんなになる前に来てくれれば……!」
一護のその言葉には何人かの隊長も同意であった。霊王を護るのが彼らの役目なのは理解しているが、理解と感情は別物なのである。
「無駄話はしまいじゃ。来るぞ」
山本総隊長の言葉に全員が口を噤み、一斉に空を見上げる。そして、天から巨大な柱が降り立った。
そしてその中から、一人の死神が姿を現した。五人ではない、一人だ。零番隊を統べる長、
「一人……?」
五人ではないのかと一護が疑問を口にする。それを聞いた兵主部は、一護に視線を向けてその疑問に答えた。
「うむ。今回は全員で来るほどの用件ではないからのぅ」
兵主部の言葉を聞いた山本が、どのような用件で瀞霊廷に降り立ったのかを聞き出そうとする。
「それで、今回は何用ですかの和尚」
「ユーハバッハに卍解を奪われたか。老いた……とは言わんか。おんしの実力からしてなぁ。ユーハバッハが一枚
山本の質問に兵主部がそう返す。二千年も死神として働き続けた山本の実力は兵主部も当然理解している。その実力がここに至って更に伸びている事もだ。
老いてなお強くなるその姿勢は兵主部からしても好ましいものだ。ここは山本の失策を込みしても、ユーハバッハが一枚上だったと兵主部は評した。
「……質問の答えになっておりませんのぅ」
「ははは! まあそう怒るな! 久方ぶりの再会じゃ! 許せ許せ!」
豪快に笑いながら兵主部は山本の怒りを受け流す。そして、その視線を一護へと向けた。
「今回は霊王の御意思で護廷十三隊を建て直しに来た。黒崎一護。おんしを霊王宮へ連れて行く」
『!?』
「おんしの今の実力ではユーハバッハには太刀打ち出来ん。じゃが、ワシら零番隊が鍛え直したら少しは対抗出来るようになるじゃろう」
黒崎一護を鍛え上げ、ユーハバッハに対する戦力とする。それが零番隊の目的だった。
つまり、護廷十三隊の総力を上回ると言われている零番隊がそうしなければならないほど、彼らはユーハバッハを警戒しているという事だった。
零番隊がユーハバッハの侵攻からたったの半日で瀞霊廷に降り立ったのもその警戒の証だった。少しでも早く一護を鍛えようとしたのだろう。
だが、その警戒の更に上を行くのがユーハバッハだった。
「……解った。俺を鍛えて――」
俺を鍛えてくれ。その言葉は、瀞霊廷を襲った異変によって最後まで言い放つ事が出来なかった。
「な!」
「なんだこれは!」
突如として、瀞霊廷を覆う外壁を影が侵食していった。その侵食はあっという間に瀞霊廷全土を覆い尽くし、その姿を別のものへと変化させた。
「ば、馬鹿な!」
「瀞霊廷が……!」
「消えた、だと!?」
瀞霊廷が消え、代わりに出現したのは死神達が目にした事もない風景だった。日本の江戸時代を思わせた瀞霊廷は、どこか中世ヨーロッパを思わせる風景へと転じていたのだ。
「……ユーハバッハの悪童めが。やりおるわい」
兵主部の呟きの通り、これはユーハバッハの仕業であった。
ユーハバッハ達
その表裏を裏返したのである。つまり、影にいた
「感謝するぞ
『!!』
動揺する隊長達の下に、ユーハバッハの声が響いて来た。そして、その声は死神達の動揺など気にせずそのまま言葉を続けた。
「お前のお陰で、私は霊王宮へと攻め入る事が出来る」
「むぅ」
ユーハバッハの言葉の意味を理解していた兵主部が、やはりかとばかりに唸る。
霊王宮と瀞霊廷との間には七十二層に渡る障壁が存在する。その障壁がある故に、霊王宮への侵攻は困難だった。それを突破する為の鍵が王鍵なのである。
そして王鍵とは、零番隊の骨そのものだ。つまり、零番隊がこうして瀞霊廷に降り立った為、七十二層の障壁は全て突破されているのだ。そして、その障壁が再び閉じるには六千秒の時間を要した。
「いかんな。これ程までに早く動くとは。何を焦っておるユーハバッハめ」
ユーハバッハの動きは叡智を極めた兵主部も予想外だった。そこから兵主部はユーハバッハが焦っているのではないかと想像する。
それが正解しているかどうかはともかく、早く戻らなければ霊王の身が危ない。そう思った兵主部は即座に霊王宮に向けて移動を開始しようとする。
「すまんな黒崎一護。こんな状況じゃ。おんしの修行は無理じゃ。今は死神と協力して瀞霊廷を護ってくれい! ではな!」
そう言って、兵主部は凄まじい速度で霊王宮に向けて移動を開始した。残された死神達はこの事態に動揺するが、山本はその状況にあっても動揺せずに全員に指示を出した。
「ユーハバッハめ……! 涅マユリ! 卍解を奪い返す手段は!?」
「もう少し時間が掛かるヨ。奴らが影を利用して移動している事は既に解明している。奴らが手出し出来ない部屋を作っているから、そこは無事の筈」
「ならば技術開発局があった場所に赴き、残る作業を進めよ! 長次郎!」
「はっ!」
「卍解を奪われぬお主は涅に付け! けっして涅を殺されてはならん!」
「畏まりました! 涅隊長の身は命に代えても御守りします!」
「残る隊長は協力しあい
『はっ!』
矢継ぎ早に繰り出される命令に、全ての隊長達が突然の侵攻に対する動揺をなくし、その命令に応えるよう力強く返答する。
これが護廷十三隊を千年に渡って率いた男のカリスマであった。
「黒崎一護」
「お、おう」
突如として山本が自分に声を掛けた事に一護がうろたえる。そんな一護に対し、山本は申し訳なさそうに頼みこんだ。
「すまぬ。お主の力を貸してくれ。今は、人間であるお主の手も借りたい程の危機じゃ」
その言葉は、死神としての誇りを誰よりも持っている山本の口から出たとは思えないものだった。
だが、誇りだけでは瀞霊廷を護れないのだ。卍解を奪われた不甲斐ない自分が瀞霊廷を護る為には、使える者は何でも使わなければならないのだ。
そういう想いを籠めて、山本は一護に頭を下げた。
「……ああ!」
その山本の想いに一護は応えた。そんな一護の意思に呼応するように、一護の霊圧が高まっていく。誰かを護る。その時こそ、一護の力が一番高まる時なのだ。
だが、まだ終わってはいない。こうして護廷十三隊が生きている限り、瀞霊廷はなくならない。護廷の意義を、死神の意地を見せてやろうと、隊長達が姿を変えた瀞霊廷へと突入した。
月島さんのおかげで投稿できました。キリが良いところまで進めた方が良さそうだったからめっちゃ頑張った腕痛い。今度こそしばらく投稿できません。ご了承ください。