「ワシは一度里に戻るぞ」
それはアカネと自来也が共に暁と大蛇丸について調べる為の旅に出てから一年程が経った時の事だった。
「ふむ。それはいいのですが、やはり大蛇丸ですか?」
これまでの調査で二人は大蛇丸が何やら暗躍しているのを察知していた。
というか、自来也からしたら暗躍していない大蛇丸というのを想像出来ないのだが。
ともかく、どうやら大蛇丸は木ノ葉に対して何らかの動きを見せている可能性がある。
そう判断した自来也は木ノ葉の里が手遅れになる前に里へ戻ろうとしている訳だ。かつては里の狂気と言われた男だが、里を愛する気持ちは人一倍なのである。
「奴は木ノ葉に、三代目に対して恨みを抱いているからのォ。木ノ葉に何らかの干渉をする可能性は高い。それが木ノ葉の為になる可能性は、まずないな」
「そうですか……なら私も一度木ノ葉に帰りますか。どうも暁に対しては今の所手詰まりですしね」
アカネも自来也の話を聞いて一度木ノ葉へ戻る事に決めた。
というのも、暁について調べていたのはいいが、当の暁が目立った動きを見せていないので中々尻尾を掴めそうになかったのだ。
一度だけ暁と思わしき敵に接触したのだが、その敵を倒してからはとんと情報が入らなくなったのだ。
「後手に回ってますね。あの敵も私達の情報を得る為の尖兵だったのでしょう。恐らく捨て駒です」
「だろうのォ。それに同じ見た目の敵が複数いた。分身とは違う実体で。そういう術なのか、はたまた別の何かか……」
世界は広い。長年生きてきた二人にも知らない術は多くあるのだ。
そしてそういった存在を集めているのが暁だ。自分達の常識に当てはめて考えるのは危険というものだろう。
「相手がアクションを掛けて来るのを待つのも一つの手かもしれませんね」
「うむ……それが取り返しのつかない一手でなければ良いのだが……」
相手が仕掛けた最初の一手が取り返しのつかない一手であれば、もはやどうしようもない。
だがそんな事を言っていては初めから何も出来ないのだ。今は出来ることをするしかない。自来也はそう自分を納得させた。
まあ隣にいる少女の見た目をした別の何かがいればどんな一手もひっくり返せそうな気がしているのだが、自来也は己の精神衛生上考えないようにした。
「それでは懐かしの里へ帰るとしますか」
「アカネはまだ一年程度だろうに。ワシは何年になるかのぉ」
そんな風に話しながら二人は木ノ葉への帰路についた。
◆
木ノ葉の誇る三忍の一人、大蛇丸。と言っても、既に抜け忍となってる彼は木ノ葉の誇りとは言えない存在に堕ちているが。
彼は今、木ノ葉隠れの里にて暗躍していた。正体を隠して中忍試験に参加し、めぼしい存在を目を凝らして探していたのだ。
それは己の新たな器を探す為だった。大蛇丸はある禁術を開発していたのだ。
それこそが、他者の肉体を乗っ取り自らの物とし、永劫を生き続ける最悪の禁術、【
そして器となる肉体の素養が高ければ高いほど、それを基にした大蛇丸の力も高まる事になる。
特に大蛇丸が興味を示しているのは努力では得られない力、血継限界の持ち主達だ。
それも他の忍術で代用が利く氷遁や沸遁などの性質変化系統の血継限界ではなく、肉体その物に効果が現れる体質系統の血継限界をだ。
これまでで幾つかの器と成り得る候補を捕獲し、その中でも最大のお気に入りがあったのだが、そのお気に入りは既に壊れていた。
死病を患った器など器足り得ない。だから大蛇丸は古巣である木ノ葉に新たな器を求めてやってきたのだ。
そして現在大蛇丸が狙っている最大の器候補が、写輪眼という素晴らしい瞳術を有するうちは一族であった。
だが、うちは一族ならば誰でも良いという訳ではない。
写輪眼を開眼していないうちはなど必要としていないし、例え写輪眼があったとしても才能が足りなければ大蛇丸の食指は動かない。
その大蛇丸が厳選した素材が、うちはイタチとその弟うちはサスケであった。
うちはイタチは大蛇丸からしても完璧な忍と言えた。
才能、肉体、精神。そのどれもが突出した力を持ち、うちはの長き歴史においても、才能という点でイタチに並ぶ者はあのうちはマダラくらいなのでは、と大蛇丸に思わせる程にだ。
だからこそ、イタチは大蛇丸の器候補に上がっていながら器には出来なかった。そう、イタチが強すぎるからだ。
全力で闘えば勝てはせずとも負けはしないと大蛇丸は思っている。だがそれでは肉体を乗っ取るなど不可能と言えた。
相手の肉体を乗っ取るのだ。相手が自分よりも強くては乗っ取りようがないのだ。
そもそもの話だ。イタチも他のうちは一族と同じく木ノ葉の里の警備部隊に入隊しているのだ。里にいるイタチを狙って他の忍に悟られないように体を乗っ取る。そんな事が出来るわけがなかった。
現状大蛇丸がイタチを乗っ取るのは、様々な点から不可能と言えた。
そして次に目を付けたのがサスケだった。
イタチの弟であり、偉大な兄に追いつこうと必死に努力をしている天才少年だ。
優秀な兄に対して多少のコンプレックスはあるが、それでも兄を慕い兄を目指して今も中忍試験を受けている。
イタチに比べるとサスケは劣るかもしれない。
イタチは七歳でアカデミーを卒業し、八歳で写輪眼を開眼させ、十歳で中忍に昇格したという異例の経歴を持っている。
対してサスケは十三歳でアカデミーを、写輪眼も同じく十三歳で、そして今中忍試験を受けている最中だ。合格するかどうかはまだ定かではない。
単純に考えて、兄が出来ていた年齢で弟が出来なかったら、それは兄よりも弟が劣っていると判断されるだろう。
少なくともサスケやうちは一族はそう思っている。
だが大蛇丸は違う。サスケはまだ芽が出たばかりの若葉なのだ。花開くのはまだ先の話。
そしてその才能の花が開花すれば、サスケはイタチをも上回る忍になると大蛇丸は確信していた。
中忍試験を忍んでサスケを観察した甲斐が有ったと言うものだろう。サスケの才能を垣間見た大蛇丸は歓喜していた。あれがいずれ自分の物になると思って。
残虐非道で知られる大蛇丸だが、中忍試験中は目立った動きを取らなかった。
大蛇丸が中忍試験に参加したのはサスケの才能を確かめる為だったからだ。
下手な動きを見せれば、木ノ葉の忍が自身を狙って来る事は理解していた。
そこらの凡百な忍が束になって掛かったとしても、返り討ちにする自信はあったが、先のうちはイタチや日向ヒアシ、三代目の現右腕左腕のうちはシスイに日向ヒザシが来れば流石にどうしようもない。
(やはり木ノ葉は厄介ねぇ……ペインの言う通りここは木ノ葉の力を削いでおきましょうか)
大蛇丸は自身が所属する組織・暁のリーダーであるペインに言われた事を思い出す。
今回の中忍試験を機に、木ノ葉の戦力を削れ、と。出来るならば潰しても構わないとの事だった。
その際、九尾の人柱力であるナルトを確保出来ればより良いのだが、これは最重要ではないようだ。
なぜ尾獣を狙う暁が、ナルトの確保を最重要としていないか。その理由は、現状ナルトを捕らえたとしても、ナルトの中に封印された九尾を奪う事は難しいからだ。
正確には、奪ってもすぐに目的の為に活用する事が出来ないのだ。
ナルトを捕らえ、九尾をいつでも活用出来るように常に監禁し続ける事も出来るが、優先事項としては今はまだそこまで高くはない。監視に必要とされる労力も勿体ないだろう。
それよりも今後も障害と成り得る木ノ葉の優秀な忍を、少しでも間引きしておく方が先決だった。そうすれば今後も動きやすくなるというものだ。
逆に言えば、S級犯罪者にして強者ばかりが集まっている暁が警戒するほど、今の木ノ葉隠れの里は力があると言えた。
木ノ葉隠れが強い大きな理由は2つある。木ノ葉には忍のエリートであるうちは一族と日向一族が揃っているのだ。
木ノ葉の里が建立された時から共に瞳術の使い手として競い合ったり、協力し合ったりしている両一族の仲は悪いものではなかった。
特に一族で優秀な忍が火影の護衛として選ばれる事でその両者の仲も深まり、それは一族へと反映されていったのだ。
そんな優秀な一族が揃っている木ノ葉と敵対すれば、勝てるにしても手痛い反撃を受けるだろう。
そうならない為にも木ノ葉で一暴れし、その戦力を少しでも削る様に大蛇丸は言われていた。
(狙いは中忍試験本戦当日。諸外国の大名がいる中で惨劇を起こせば例え里の被害が軽微でも里に入る依頼は減るでしょう)
もっとも、大蛇丸はそんな生易しい結果で済ませるつもりは当然なかった。
こうして目立つ事を避けて隠れ潜んでいるのだ。その日が来れば徹底的に暴れるつもりであり、そしてその最大の狙いも決まっていた。
(三代目……猿飛先生ィ……あなたと闘える時を楽しみに待ってますよ……その時はとびっきりのプレゼントを贈ってさしあげましょう。くくく)
三代目火影猿飛ヒルゼン。自らの師にして自らを火影に選ばなかった男。里から逃げる切っ掛けとなった恩師。
三代目に逆恨みに近い憎しみと、未だ無くならぬ若干の敬意を宿し、大蛇丸は三代目へのプレゼントを思い狂気に顔を歪める。
(あの4人を見た時の猿飛先生の顔が楽しみだわぁ……)
狂った三忍大蛇丸。彼は中忍試験を途中でリタイア。変装に使用していた草隠れの忍の姿を脱ぎ捨てて木ノ葉から一度離れ、木ノ葉崩しの最後の準備に掛かった。
◆
アカネと自来也が木ノ葉に戻って来たのは、中忍試験の本戦準備期間中であった。
中忍試験は幾つかの試験を乗り越えた者だけが本戦へと出る事が出来る。そして本戦へ出場する忍に一ヶ月の準備期間が与えられたのだ。
この準備期間で中忍試験中に傷ついた体を癒したり、新たな力を求める修行をしたりするわけだ。
「ではここからはしばらく別行動を取るかの」
「いいですよ。私も一度宗家へ報告しに行きたいので」
里の入り口で一旦別行動を取る二人。
アカネはヒアシにこれまでの情報を報告し、そして気になっていたヒナタに会いに行くつもりだ。
ヒナタはアカデミーを卒業したばかりなので中忍試験を受けていない可能性もあるが、受けていたとしたらどうなっているかも確認したい。
そして自来也は久しぶりの木ノ葉でのんびりと覗き……もとい取材に張り切るつもりだった。
なにせこの一年間は殆どアカネと共に過ごしていたので、まともに覗きをする事も出来なかったのだ。
これを機に思う存分取材という名の覗きを捗らせるつもりだった。
ちなみにアカネ自身を取材対象にしようとした事があったが……その時は人生二度目の死の予感を覚えた自来也だった。
アカネは懐かしい日向の敷地へと戻ってきた。
一年程度では然してどこも変わってないな、と当たり前の感想を胸に抱きつつ歩いていると、ふとある人物と出会った。
「おや、これはシスイさん。お久しぶりです」
「ん? ああ、確か君はアカネちゃんだったね。久しぶり、大きくなったじゃないか。いや、綺麗になったと言った方が正確かな」
その人物とはうちはシスイ。火影の右腕と呼ばれる凄腕の忍である。
名前の通りうちは一族であり、その優秀さは幼い頃から知れ渡っていた。
うちは最強と名高いうちはイタチも尊敬する忍であり、今ではイタチと共にうちはの両翼とまで言われている。
「あはは。ありがとうございますシスイさん。ところで今日はどうしたんですか? ヒザシ様に何か御用でも?」
ヒザシは火影の左腕と呼ばれており、二人は共に火影を警護・補佐する立場にある。
なので任務上だけでなくプライベートでも二人は親しくなっていた。
こうしてたまに日向の敷地にやって来て、ヒザシと談話したり修行したりする事もしばしば有る。逆もまた然りだ。
そうして以前にアカネとシスイは出会ったのだ。もちろんシスイにとってアカネは優秀な日向一族くらいの認識だが。
「ああ……ちょっと色々とね」
なるほど。任務に関する事か。そうアカネは推測する。
任務には極秘の内容もあり、それは当然自里の忍にも秘密にすべき事もある。ベラベラと機密情報を話していては忍失格だろう。
「そうですか。お仕事お疲れ様です」
「いや。……そう言えばアカネちゃんは中忍試験は受けないのか? 今年はもう無理だが、君ならいつでも中忍試験に合格する事が出来るだろうに」
「ありがとうございます。でも、中忍試験とか怖いからいいですよ。私は一生下忍でのんびりするんです」
「そ、そうかい……。それじゃあオレはこれで。元気でねアカネちゃん」
変わった子だと思いつつも、まあそういう忍が一人くらいいてもいいかと思い直しシスイは去っていった。行き先はヒザシの所だろう。
「ふむ。シスイさんが任務か……」
火影の右腕が任務とあらば厄介事しか考えられないだろう。ヒザシに相談しに行くほどならば尚更だ。
大蛇丸が本格的に動いているのかもしれないなと考え、アカネは宗家の屋敷への足を速めた。
「ヒアシ様。ただいま戻りました」
「うむ」
宗家の屋敷にてヒアシと再会したアカネは、まずは帰還の挨拶をする。
アカネの立場はヒアシの付き人だ。屋敷の中には多くの使用人もおり、彼らに宗家に対して馴れ馴れしい態度を取っている姿を見せるわけにはいかないのだ。
丁寧に、身分の差を理解した応対をしてヒアシに招かれるままに後ろを付いて行く。
そうして誰もいないヒアシの私室に到着し、二人は白眼で確認をしてからいつもの態度に戻る。
「お疲れ様でしたアカネ様」
「いえ、それほど疲れは……いやまあ多少は疲れる事はあったかな?」
ヒアシの労いの言葉を否定しようとし、しかし自来也との一件――正確には口寄せの一件――を思い出して言葉を改める。
ヒアシとしてはあのアカネが素直に疲れる事があったという言から、何かしらの事件に巻き込まれたのかと勘ぐっていた。
「もしや、九尾復活の犯人を突き止めたのですか!?」
「ああ、いえ。実は三忍の自来也と出会いましてね。それで少々ありまして」
「二代目三忍の自来也様に? ……もしや、自来也様もアカネ様の正体を?」
「ええ。彼なら信用出来ますから。それと、幾つかの情報も得ました」
そうしてアカネはこの一年間で得た情報をヒアシへと伝える。
「……なるほど。大蛇丸に暁ですか」
「はい。大蛇丸が構成員となっているほどの組織です。少数の様ですが全員が精鋭、その力を侮ることは出来ません」
質で数を凌駕する事は可能かと言われれば、アカネもヒアシもこう言うだろう。可能である、と。
1の力を持つ忍が百人集まるよりも、100の力を持つ忍一人いた方が強い場合は多々ある。
もちろん状況によって話は変わる。いくら強くても、一人では手が回らないが百人ならば可能という事はいくらでもあるだろう。要は力の方向性の違いだ。
だが、その方向性が合えば最高の質は最大の力となるのだ。暁のメンバーはそれぞれが常識では計れない力を持つ者達。少数だからと油断していたら痛い目を見るのは明白だ。
「そう言えば先程シスイに会いました。何やらヒザシに用が有ったみたいですが、何か知っていますか?」
「ヒザシに? いえ、そういう話は何も。……そう言えば、最近うちはシスイが日向の分家の娘と逢引している所を何度か目撃したという話を聞いた事がありますな」
「……逢引?」
「はい、逢引です」
アカネはすぐに白眼を使って周囲数kmを確認する。
するとシスイと顔を赤らめた日向の娘が一緒に歩いているのを発見。近くにあった茶屋に入り中で楽しく会話をしているようだ。
紛う事なき逢引である。
「……逢引ですね」
「覗き見は感心しませんが……」
白眼の悪い使用例である。
火影の右腕が来るほどだから、余程の大事でも起こったのかと思っていたらこれである。
まさかアカネもシスイが逢引の為に日向一族の敷地へ来ているとは思ってもいなかった。
「まあ、平和な事で何よりです……大蛇丸を見た者はいないのですか?」
「そう言う情報は上がっていませんな。中忍試験中は警備体制も強化しなければならないですし、その為にヒザシに火影様の近辺に異常はないかを確認したので確かかと」
火影の左腕であるヒザシならば、大蛇丸ほどの忍が木ノ葉の里の内部で見つかったとしたら確実に報せが届くはずだ。
それがないのだから大蛇丸は木ノ葉にいないのか、それとも未だに見つかっていないのかのどちらかだ。
「相手が大蛇丸ならば見つかっていない可能性も高いですね」
「可能性はあります。日向の者には白眼による監視を強化させましょう」
「見つけてもけして一人で先走らない様によく伝えておきなさい。必ず上に連絡する様にと」
「もちろんです」
見つけました。でも倒されました。では意味がないどころかあたら命を無駄にするだけだ。
それを防ぐ為にもまずは報告を義務付けねばならない。それほど大蛇丸は危険だった。
戦闘力で言えば自来也と差は殆どないかもしれないが、禁術や予想出来ない術などを使ってくるので厄介さで言えば大蛇丸が上と予想されていた。
まあ自来也もこの一年で強くなっているので、実際に戦った場合はどうか分からないが。
「では私はこれで。あ、そうだ、ヒナタは中忍試験を受けたんですか?」
「……受けましたが、第三試験の予選試合にて落ちました」
第三の試験、言うなれば現在準備期間後に行われる本戦の事だが、その出場者が予想以上に多かった為に急遽行われた予選の事だ。
予選の勝者のみが第三試験本戦に出場出来るようになる。つまりは篩い落としが行われたわけだ。
「そうですか……。残念ですが、中忍試験はまた次の機会に受ける事が出来ます。それと、ヒナタは無事ですか?」
「ええ。幸いと言いますか、不幸と言いますか、予選の相手がネジでしたので。然程怪我もなく――」
「ほ、ほほう。ネジが、相手ですか。あの護衛め……! ヒナタを負かすとは……! いや、勝つのはまだしも傷つけるとは……!」
「勝負! 勝負ですゆえ! ネジに落ち度はありませぬ! 何とぞお怒りを御静めください!」
護衛の癖に護衛対象を傷つけるという、アカネからしたら大罪とも言える愚行を犯したネジにその怒りを向けるアカネに、ヒアシは娘を傷つけたネジを庇う様に語りかける。
宗家の人間を分家が傷つけたのだが、そこは試験の中の勝負という事くらいヒアシも理解しているので、それで強権を振りかざす程狭量ではない。
もちろんアカネも宗家だの分家だので怒ってはいない。ただ単純に溺愛するヒナタを傷つけられた事と、その相手がよりにもよって気心の知れたネジだという事が偶々重なったせいで怒りが湧いたのだ。
「大丈夫です。私は冷静だ。ちょっと本戦に出場するネジに激励と少々の修行をつけて来ようと思う。それではな」
「誰ぞ! 誰ぞおらぬか!? アカネを止めよ! ネジに逃げろと伝えるのだ!」
ヒアシの叫びも虚しく、いつもの如くアカネとの密会中は人払いをしているのでこの叫びに応える者は誰もいなかった。
その日、木ノ葉のどこかで少年の悲鳴が聞こえたそうだが、特に問題にされる事はなかった。その件に日向の長が関わったとか関わっていないとか噂しれたが、真相は定かではない。
◆
アカネがネジを一通りぼこぼこ、もといネジに修行をつけて来た翌日。
アカネは自来也を探して木ノ葉の里をウロウロとしていた。
「何処に行ったんだかあのエロ仙人は」
本人が聞けば否定しそうな本当の事を言いつつ、白眼にて周囲を見渡し自来也を探すアカネ。
だが里の内部には自来也の姿はなかった。代わりにと言うのはおかしいが、ちらほらと砂隠れの忍の姿が見られる。中忍試験により他里の忍も内部に入って来ている為だろうが、それにしても砂隠れの忍の割合が多い事が気になった。
なのですぐにヒアシに確認を取ったのだが、本戦への出場者で砂の忍が多く残っている為だろうとの事だった。
それならと納得したアカネだが、一応は注意を向けておく。どうにも砂隠れの忍からピリピリとした緊張感を感じたからだ。
杞憂ならばいいのだがと思いつつ、アカネは再び自来也を探す。白眼の望遠能力の範囲を広げて周囲を見渡すと、里の外れにある滝近くの川辺に自来也がいるのを発見した。
ようやく発見したかと思い、次に何故そんな場所にと疑問を抱くアカネだが、その傍にいる人物を見て更に疑問が深まった。
(あれは……ナルトじゃないか。どうして自来也とナルトが一緒に――)
そう疑問に思いつつも、二人の行動からすぐにその疑問は晴れた。
どうやら自来也はナルトに修行をつけているようである。自来也も可愛がっていた弟子の波風ミナトが残したナルトに対し、何か思うところがあったのかもしれない。
それとも、九尾の人柱力だからその力の使い方を教える事で、暁に対するナルトの抵抗力を高めておこうとしたのか。いや、両方だろうなとアカネは判断した。
アカネはこうして白眼でナルトを観た事は何度かあった。
そして白眼でナルトを《観る》度に、アカネは柱間とマダラを思い出していた。
かつてヒヨリが柱間とマダラを白眼で観た時に、何故か二人のチャクラが二重になって見える事が何度かあった。
それと同じ事がナルトを白眼で観た時に起こっているのだ。そしてそれはこれまでこの三人以外には起こった事はない現象だ。
この感覚が何なのか。もしかしたらナルトと接触する事でそれを理解出来るかもしれない。
これもいい機会かと思い、アカネは二人が修行している川原へと飛び立った。
自来也はナルトに口寄せの術を教える為、その前準備としてナルトに水面歩行の業をやらせていた。
これはナルト自身のチャクラを使い切らせ、ナルトの中に封じられた九尾のチャクラを発動させやすくする為である。
ナルトはまだまだ未熟であり、本人が練り上げるチャクラだけでは口寄せの術が出来ないのだ。いや、出来はするが役に立つ程の口寄せ動物を呼ぶ事が出来ないと言うべきか。
だが九尾のチャクラを上手く利用すれば、それこそガマブン太すら口寄せ出来るだろう。まあ自来也はナルトがそこまで出来るとは思っていなかったが。
そうしてナルトに水面歩行の業をやらせつつ、本人は近くの水辺で水着を着て遊んでいる女性を隠れて眺めていた。
傍から見ると完全に変態である。大蛇丸はお姉言葉で喋る人体実験マニアで、綱手は賭け狂いの若作り婆。初代は初代でお人好し馬鹿、負けず嫌い馬鹿、修行馬鹿の馬鹿三忍だ。木ノ葉の三忍にまともな人間はいないのかも知れない。
「エヘヘ……ぐぼぉっ!?」
そんな変態を横から蹴り飛ばす者がいた。それはこの変態と一年間旅をした女性、アカネである。
「あなたは本当に、本当に……」
アカネは心底情けなさそうに溜め息を吐いていた。
これが本当に自分達三忍の名を継いだ二代目三忍の一人なのだろうか? そういった思いがアカネの中を巡っていた。
柱間やマダラが生きていたらそれはもう嘆くだろうと思いながら、いややっぱり柱間辺りはガハハハと笑ってそうかと思いなおしていた。
「うおおお……い、痛いのぅ、何するんじゃアカネ!」
「ああ?」
「いや、すいませんでした……」
神聖な覗き……ではなく取材を邪魔された挙句蹴り飛ばされた自来也はアカネに怒りを向けるが、アカネのドスの利いた返しにすぐに手のひらを返した。
今のアカネに逆らえば殺される。それをこの一年間で良く理解していた自来也であった。
「な、何なんだってばよ……」
川の上でフラフラと水面歩行の業をしていたナルトは、目の前で繰り広げられる喜劇に疑問を覚えつつ、チャクラを使い果たして川に沈んだのであった。
◆
「おお、目覚めたか」
「……んあ? エロ仙人?」
「エロ仙人ではないっちゅうに。まあ良い。ようやく殆どのチャクラを使い切ったようだのォ。早速技を教える!」
「おお! 待ってましたぁーー! ……ん? あれ、さっき変な姉ちゃんがいなかったか? エロ仙人を蹴っ飛ばしたやつ」
チャクラを使い切った事での気絶から目覚めたナルトは、新たな技の伝授に素直に喜びを顕わにする。
だがすぐに気絶前に見た光景を思い出し、その疑問を口にした。
「ああ、うむ。アカネならそこじゃ……」
「あん?」
自来也の言葉を聞いて、自来也が指の指す方向をナルトが見ると、そこには息も絶え絶えになって大地にへばっている女性の姿があった。
「……どうしたんだってばよ?」
「うむ、これからお前に教える口寄せの術の練習をあやつもしていたのだが……上手く行かんでチャクラ切れを起こしたのだ。あんなアカネを見るのは初めてだのォ」
今ならセクハラし放題では? 等と考えた自来也であるが、すぐにその考えを却下した。
やるならここでアカネを殺す覚悟をしないと、確実にアカネが元の調子に戻ったら殺されるからだ。
「ふーん。あの姉ちゃんも修行中なのか。上手く行ってないみたいだし、大変なんだな。おーい! 頑張れよー!」
「ぷっ! く、くっくっく……!」
下忍のナルトに心配されて応援される修行中の日向ヒヨリ、という構図を思い浮かべた自来也は笑いを堪えるのに必死であった。
もちろんその笑いはアカネの耳に届いており、あとでぶっ飛ばすと決意されていたので意味のない堪えであったが。
だが限界までチャクラを振り絞ったせいで今はその元気もなく、ナルトの応援に手をヒラヒラとさせて応えるしか出来ないアカネであった。
「さあ、あやつに関しては後で教える。今は口寄せの術を教えるから良く見とけ!」
そうして自来也の指導によるナルトの口寄せ修行が始まった。
始まったのだが……。
「もーお前死ね! 才能ナシ!」
ナルトの才能の無さは、自来也が匙を投げかける程であった。
いや、進歩はしている。ナルトとていつまでも成長しないわけではないのだ。
「良く見ろってばよ! 後ろ足生えてんじゃねーかよ!」
そう! ナルトの口寄せした蛙には後ろ足が生えているのだ! ……語弊があったかもしれない。正確にはナルトが口寄せしたのは蛙ではなく、おたまじゃくしであった……。
ナルトは口寄せの修行を始めてから十五日間の間、おたまじゃくししか口寄せ出来ていないのだ。
確かに成長はしている。最初は見たまんまおたまじゃくしだったが、今は後ろ足が生えているのだ。徐々に蛙に近づいていると言えよう。
だがまあ普通の忍からすれば微々たる成長なのだが。
しかしこれはナルトの才能がない事が原因ではない。ナルトは九尾という強大なチャクラの塊が体の中にいる為に、九尾が阻害となって経絡系からチャクラを練るのが苦手なのだ。
成長すれば徐々にナルトの体と九尾が慣れて行く事で緩和されるだろうが、幼い内は特に負担が掛かり術などが苦手となるのだ。ナルトが落ちこぼれと言われる原因であろう。
「大体! アカネだってオレと変わんないってばよ!」
「うっ!!」
突如として話を振られたアカネは図星を指されて呻いていた。
そう、アカネもナルトと同じくここで口寄せの修行をしているのだ。
もちろん修行なだけに馬鹿でかいチャクラで無理矢理口寄せするのではなく、普通のチャクラで普通にカツユを口寄せしようとしていた。
だがまあ結果はお察しである。もうカツユと判別をつける事も出来ないほどに小さなナメクジを口寄せする始末。
カツユが何か喋っている時も、小さすぎてその声が聞き取れない程だ。
「な、ナルト。私は口寄せが苦手なだけで、他の術はそこそこ使えるんですよ?」
正真正銘真実だが、結局は口寄せが出来ない事に変わりはなかったりする。
「ふーん。どんな術?」
「えーと。日向の柔拳でしょ、螺旋丸系統でしょ、それからせ――」
アカネが幾つか会得した術を口にしていると、途中でナルトが口を挟んできた。
「え! アカネも日向の柔拳ってやつを使えんのか!?」
「それはまあ。私も日向の一族ですし。て言うか日向アカネって自己紹介したでしょうに」
ナルトはそこまで頭に入ってはいなかったようだ。まだまだ頭を使うのが苦手な歳なのだ。きっと成長すれば賢くなる……と思いたい。若者の可能性は無限なのである。というか、火影を目指すなら多少は賢くあってほしいところだ。
「じゃあさじゃあさ! オレと組手してくれよ! 次の対戦相手はネジっていう奴でさ! そいつも柔拳使うって話なんだ! あの野郎サスケばりのいけすかねー奴でさ! 絶対勝ってやるんだ!」
「いいでしょう。ネジに負けないくらいに叩きこんであげましょう! ですから必ずネジに打ち勝ちなさい!」
「お、おう……」
ナルト視点ではかっこつけて話したり、上から目線で話してくるネジを良く思ってはおらず、絶対に負けてやるものかと意気込んでいた。
そのネジが使う柔拳と同じ物を使えるアカネに組手を頼んだのだが、ナルトが思っていた以上にアカネが乗り気で逆にナルトが引いてしまっていた。
アカネとしてはヒナタを傷付けたネジをまだ許していなかった。いや、本当はもう怒ってはいないのだが、ナルトがネジに勝つと面白いだろうと思っていたりする。
「まあ組手はいいがの。お前ら口寄せの修行を完了させるのが先じゃないんかのォ?」
『あ、はい……』
自来也に突っ込まれて二人は口寄せの修行を再開した。
後に自来也がナルトをわざと窮地に落とし入れる事でナルトを追い詰め、無理矢理九尾のチャクラを引き出させる事に成功する。
それによりナルトはようやく口寄せの術を成功させる事が出来た。なおアカネについては言うまでもない。
ちなみにナルトのチャクラが二重になって観える現象に関しては何も掴めなかったりする。
色々変更あってドスはサスケへの嫉妬を拗らせて我愛羅を殺しに行ってはいないし、殺されてもいません。けどドスは本戦に出場していなかったりする。
なおサスケは呪印をつけられていません。