どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第二十九話

 星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人、“F”の聖文字(シュリフト)を与えられた“恐怖(ザ・フィアー)”のエス・ノトは前回の侵攻で朽木白哉の卍解を奪っていた。

 そして、卍解を奪った者はその卍解で奪った隊長を殺せとユーハバッハに命じられている。その命令を実行する為、エス・ノトは白哉を探して移動していた。だが、そんなエス・ノトが白哉の前に現れなかったのには理由があった。

 

「何ダ!? 何ナンだ! オ前ハ……恐怖ヲ感ジナヰノか!?」

 

 恐怖。それを操るのがエス・ノトの能力だ。エス・ノトが放つ棘状の光の矢に触れた者は、強制的にその者が抱く恐怖を見せられる。いわゆる幻覚系の能力だ。

 その力は強大だ。誰しも心の内に恐怖を秘めている。それは強者だろうと変わりない。あの誇り高く、精神力という点では隊長格の中でも随一の朽木白哉ですら、根源的な恐怖から逃れる事は出来なかった。湧き起こる恐怖により泣き叫び喚く事などはなかったが、その行動は著しく制限されていた。

 生きていく内に人は経験を積み、その経験によって知識を広める。それと同時に、人は恐怖の対象を広げる。幼い頃は何とも思わなかった事も、年齢を重ねる内に苦手となる。そんな経験は誰しもあるだろう。幼少時は虫を捕まえる事を楽しんでいたというのに、大人になって虫が嫌いになったという者は少なくない。

 誰であろうと、長く生きれば生きるほど恐怖を増やす。もちろん長く生きれば生きるほどその恐怖を抑え付け制する事が出来るのだが、それを揺さぶり呼び起こすのがエス・ノトの能力なのだ。

 

 ある者は純粋な痛みによる恐怖を、ある者は生理的嫌悪感による恐怖を、ある者は愛しい者の死を、ある者は――そうやって、多くの者がエス・ノトの力によって恐怖し、発狂し、死んでいった。

 目の前の敵も、そうなる筈だった。

 

「恐怖? 何だそりゃ?」

「!!」

 

 エス・ノトの前に立ち塞がった死神。山本元柳斎と同じくただの一人で行動していた隊長。十一番隊隊長更木剣八は、そう言い捨てながらエス・ノトを斬り裂いた。

 エス・ノトが白哉の前に現れなかった理由。それは至極単純だ。死んだ者は、生きている者の前に現れる事など出来ないからだ。

 

 恐怖を呼び起こす能力は確かに凶悪だ。だが、呼び起こす為には相手が恐怖を知っていなければならない。恐怖を知らない者の恐怖を呼び起こす事は出来ないのだ。

 そして更木剣八は恐怖を知らなかった。無数の虫が蔓延っていたとしても、剣八は恐怖しないだろう。親しい者が腐れ落ちていく様を見ても、怒りはすれど恐怖はしないだろう。自身の死も悔しがりはすれど恐怖はしないだろう。圧倒的な強者に至っては喜びすらするだろう。

 そんな剣八が、エス・ノトの能力で恐怖を呼び起こされる事などある訳がなかったのだ。こうして、剣八相手に何もする事が出来ず、エス・ノトはその命を落とした。自身に迫る死を恐怖しながら。

 

 

 

 エス・ノトを倒した剣八は刀の峰を肩の上に置き、つまらなそうに溜め息を吐いた。

 手応えがない。剣八が溜め息を吐いた理由はそれに尽きる。強者との戦いに最高の愉しみを感じる剣八は、敵が強ければ強いほど喜ぶ。そして当然、敵が弱ければ不満も出る。強者が一切存在しない世界を見せられれば、剣八も恐怖するかもしれない。

 

 そうして溜め息を吐いた剣八は、次の獲物を目指して移動しようとする。だが、近付いてくる存在に気付き、その動きを止めた。

 

「隊長! 無事だったんですね!」

「ああ? おめぇらか」

 

 剣八に近づいて来たのは剣八の部下である十一番隊三席の斑目一角と五席の綾瀬川弓親だった。二人は笑顔で談笑しながら剣八へと駆け寄ってくる。

 

「まあ、隊長がやられる訳がないよね」

「当たり前だ。今の隊長に勝てる奴なんかいるわけがねぇ」

 

 剣八がクアルソ・ソーンブラという破面(アランカル)に負けたのは二人も知っている。だが、それは当時の剣八であって今の剣八ではない。

 藍染の乱以降、剣八は数多の修行を乗り越えて以前よりも遥かに強くなった。その力の全容は二人も把握していないが、それでも以前よりも圧倒的に強くなった事は感じ取っている。そんな剣八に勝てる者がいるとは思えなかった。

 故に、二人は愛する人の為に剣八を殺そうと、近付いてから突如として斬魄刀を振るった。

 

「!? てめぇら……どういうつもりだ?」

 

 信頼する部下からの奇襲とも言える攻撃を、しかし剣八は己の斬魄刀を一振りしただけで容易く防いだ。

 戦いにおいて野生の本能とも言うべき勘と反射神経を有する剣八は、親しい者が突如として攻撃して来たとしても反応する事も可能だったのだ。

 だが、だからと言って疑問がない訳ではない。この二人の自身に対する信頼、尊敬の感情は剣八も理解している。癪だが、剣八も信を置いている二人だ。それが何故剣八を攻撃するというのか。

 

「すみません隊長。ペペ様の為に死んでください!」

「隊長には悪いけど、愛する美しいペペ様の為に死んでもらうよ」

 

 そんな、剣八には理解出来ない事を宣いながら二人は剣八に刃を向ける。

 信頼する部下からの攻撃に、剣八は二人を殺す訳にもいかず戸惑いながらその攻撃を防ぐしかない……なんて事を剣八がする筈もなく、二人の攻撃に笑顔を剥きだしにして応じたのであった。

 

「面白ぇ。何があったのかはわかんねーが、お前達二人を相手にするのは初めてだな!」

 

 十一番隊隊士は戦いが三度の食事よりも好きという好戦的な者達の集まりだ。その中には一人の敵に対して複数で掛かる事を好まない者も多い。この二人も同様だ。

 かつて一角は剣八の部下となる前に剣八と戦った事があるが、その時も一角の連れであった弓親は一角の戦いに手を出さず、ただ見守るだけだった。例えそれで死んだとしても本望。それが彼らの認識なのである。

 そんな二人が協力して向かって来る。それは剣八にも経験のない戦いだ。故に、剣八は普段では味わえない戦いに笑みを浮かべたのだ。

 

 まあ、今の剣八を相手にこの二人では協力しても太刀打ち出来ないのだが。

 

「がっ!」

「ぐぅ!」

 

 至極あっさりと、一角と弓親は無力化された。無力化と言っても優しくはない。斬魄刀を叩きおられ、骨の十数本はへし折られ、内臓も損傷するおまけ付きだ。これでも手加減しているのだから剣八の過激さが分かるというものだ。

 

「全く。何をとち狂ってんだお前ら」

 

 動く事も出来ない程の重傷を与えてから、剣八はそう言って二人に近付いていく。剣八にこの二人を殺すつもりはない。信頼している部下であるのと、二人には悪いが殺す価値がない相手だからというのが理由である。

 剣八は強者と戦うのが好きなのであって、相手を殺すのが好きなのではない。結果として敵を殺す事はあっても、戦った結果生き延びた敵を無理に殺す事はしないのだ。それで敵が自ら死にに来れば話は別だが。

 

「う、うう……隊長……」

 

 一角の呟きに正気にでも戻ったのかと思った剣八は、一角の次の反応に僅かだが戸惑った。

 動く事も出来ない程の重傷を負った筈の一角が、剣八目掛けて飛び掛かってきたのだ。多くの骨が折れた肉体を無理矢理動かし、傷付いた内臓のせいで吐血するのも厭わず、信じ難い速度で剣八に飛び掛かった一角を、剣八は無情にも蹴り飛ばした。

 

「なんだおい? どういう――」

 

 いったい一角に何が起こったのか。剣八の頭脳ではそれが理解出来ない。そんな風に訝しんでいる剣八に対し、弓親もまた剣八目掛けて飛びついた。

 弓親も一角同様弾き飛ばそうと思った剣八だったが、吹き飛ばされた筈の一角が再び剣八目掛けて飛びついてくる。自身の損傷など気にせずにだ。

 弓親を振り払った剣八だったが、再び飛びついてきた一角に組みつかれてしまう。剣八に二人を殺すつもりがあればこの結果にはならなかっただろうが、先程説明した通り剣八に二人を殺すつもりはない。その結果一角に組みつかれ、剣八は僅かに動きを止める事となった。

 その隙を衝いて、隠れていた敵が剣八に攻撃(・・)を放った。

 

「なんだ?」

 

 その攻撃は、剣八に何の痛痒も与える事はなかった。本当に攻撃なのか疑いたくなる程だ。

 剣八の疑問は正しかった。それは攻撃ではない。そんな生易しいものではない、もっとおぞましく恐ろしいものだったのだ。

 

「ゲッゲッゲッ」

 

 剣八に謎の攻撃を放った張本人が、不気味な哂い声を上げながら姿を現した。それと同時に、剣八に組み付いていた一角は役目を終えたかのようにその場に倒れこむ。

 不気味な哂い声を上げる男は、その見た目もまた不気味だった。褐色の肌に大人とは思えない身長、それでいながら一目で肥満と分かる肉体。そんな男が(ざる)のような物に座って浮遊しながら現れたのだ。不気味以外のなにものでもないだろう。

 

「良くやった二人とも。これで最強の戦力がミーのものになった」

「ありがとう、ございます……ペペ様」

「お褒めいただけて……幸せです……」

 

 ペペという男に褒められた二人は、重傷の身でありながら恍惚の表情を浮かべて嬉しそうに笑う。それ程までにペペという男に心酔しているようだ。

 この男が二人を操っている張本人。星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人であり、“L”の聖文字(シュリフト)を与えられた滅却師(クインシー)。“(ザ・ラヴ)”のペペ・ワキャブラーダである。

 

 ペペの能力である(ザ・ラヴ)。その恐るべき力は、ペペの放ったハート型の光、ラヴ・キッスに触れた者をペペにベタ惚れ状態に洗脳するという、凄まじく恐ろしいものだった。

 一体誰が好き好んでこんなチビデブハゲ親父に惚れるというのか。外見がこれでも内面が人間的に素晴らしいなら、それでも良いと思う者もいるかもしれないが、人を洗脳して自分を愛するように仕向ける男だ。期待する方が愚かだろう。そんな人物を強制的に愛さなければならないのだから、ある意味では星十字騎士団(シュテルンリッター)で最も恐ろしい能力と言えた。

 だが、冗談抜きで実際に恐ろしい能力である。一角と弓親は剣八に対して本当に心酔している。特に一角の尊敬と畏敬の念は強いだろう。その一角をこうも陥落させるのだから、恐ろしいとしか言いようのない能力である。

 

 ラヴ・キッスが命中した者は誰であろうとペペを愛するようになる。そして、愛するペペの為に何であろうとしてあげたくなる。例え尊敬する味方だろうと剣を向けるようになってしまうのだ。それは一角達を見れば理解出来るだろう。

 だが、ペペ本人が自身を慕う者達に気兼ねする事はない。あくまでペペの能力で彼らがペペを愛しているだけであり、ペペが彼らを愛する事はないのだ。

 故に、一角と弓親は使い捨ての駒として扱われた。山本元柳斎が卍解を使えない今、死神最強と言っても過言ではない更木剣八を手に入れる為の捨て駒にだ。

 

「はぁ、戦いは哀しいよネ」

 

 ペペはそう言いながら自身を愛する傀儡となった剣八に近付いていく。

 

「戦いは正義と正義の食い違いで起こるものじゃあない。戦いは、全て愛の為に起こるんだヨ! 妻への愛、子への愛、親への愛、友への愛、主君への愛、神への愛!」

 

 ペペの呟きは徐々に叫びへと変化していく。

 

「信仰も愛! 信念も愛! 物に対する執着さえも愛だ!! 愛なき所に戦い無し! だからこそ戦いは哀しく! だからこそ戦いは美しいんだヨネッ!」

 

 そう叫び切り、ペペは剣八に対して更に言葉を紡ぎ――

 

「さあ更木剣八! 愛するミーの為に、この哀しくも美しい戦いを終わらせるんダ!」

「うるせぇ」

 

 ――斬り裂かれた。

 

「ギィヤアアァアァァア!? な、なんで!? なんでミーの、愛が効かない!?」

「愛だ? ごちゃごちゃ煩ぇな。そんなものが戦いにおいて何の役に立つ?」

「!?!?」

 

 戦いは愛の為に起こるというペペの信条に対して真っ向からそう言い放つ剣八に、ペペは斬られた事もあって混乱する。

 

 ――馬鹿な! ミーの愛に耐える者はいても、ミーを愛する事に変わりない筈! どうしてこうも躊躇なく攻撃出来るんだこいつは!?――

 

 ペペは更木剣八という存在を見誤っていた。尋常ならざる精神力があればペペの愛に抵抗する事も出来るだろう。だが、その場合どうしても行動は制限される。抵抗出来ていても、ペペを愛する事に変わりはないからだ。敵と理解していても、愛する者を躊躇なく攻撃出来る者はいないだろう。

 だが、更木剣八はその例外の一人だった。相手が敵ならば例え親しかろうと愛してようと殺す事が出来る。更木剣八とはそういう男だった。

 

「全く。てめぇらは戦う前にウダウダ言う奴しかいねぇのか? 殺し合いしてんだ。御託並べるより斬った方がはえぇだろうが!」

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)の多くが搦手の使い手だ。誰も彼も一級品の戦闘能力を持っている上に、初見殺しの搦手が多い厄介な戦闘集団なのである。

 だがその為か、星十字騎士団(シュテルンリッター)の中には自分の能力をペラペラと説明する者も多い。自身の能力に絶対の自信を持っているのか、それとも説明好きなのか、既に勝ったと思っているのか、それは剣八にはどうでもいい事だ。

 剣八にとって重要なのは強いか弱いか。楽しいかつまらないかだ。そして、大半の星十字騎士団(シュテルンリッター)はつまらない相手だった。今目の前にいるペペもまた、それらと同様であった。勝ったと確信して下らない事をベラベラと話すただの馬鹿。それがペペに対する剣八の見解だった。

 

「お、お前の心に愛はないのカ!?」

「二度も同じ事言わせんじゃねぇよ。そんなものが戦いの役に立つのか!?」

「ぐぎぇ!?」

 

 そう言って、剣八はうろたえるペペを容赦なく斬り捨てた。

 強くなった剣八の攻撃を回避する事はペペには叶わず、完聖体を発動する暇もなく敢え無く死亡する。もし、剣八が星十字騎士団(シュテルンリッター)の完聖体を知っていればペペの全力を見たいが為にもう少し時間を掛けて戦っていたかもしれないが、その前に今までの敵を倒してしまっていたから致し方ない。

 なお、一護の説明は覚えていない。敵の強さは言葉ではなく肌で感じる。それが更木剣八なのである。

 

「隊長……すみませんでした……」

「あ? お前らようやく正気に戻ったか?」

 

 ペペが死んだ事でその洗脳が解け、一角と弓親が正気に戻る。二人の顔は懺悔と屈辱と怒りという、無数の感情によって歪んでいた。

 懺悔は心酔する剣八に敵意を向けて攻撃した事。そして屈辱と怒りは、当然ペペに対するもの……ではなく、ペペという気色悪い存在を愛してしまった己自身への不甲斐なさから来るものであった。

 特に弓親はそれが強い。弓親は美しいものを好む性格をしている。そして自身の見た目に絶対の自信を持っており、非常にナルシストな一面を持っている。そんな弓親が美しさなど欠片もないペペを、一時的とはいえ愛してしまったのだ。いっそ殺して欲しいと思ったくらいであった。

 

「隊長……このまま殺してくれません? もう僕生きていたくないんですけど……」

 

 あまりの情けなさと屈辱に剣八に死を懇願する程であった。もっとも、そんな面倒な事を受け入れる剣八ではなかったが。

 

「何ほざいてやがる。死にたかったら勝手に死ね。俺に委ねるな馬鹿が」

「……はい」

 

 剣八に殺されるなら本望という思いを見透かされた弓親は、馬鹿な事を言ったと反省する。

 

「お前らはそこで適当に転がってろ。邪魔だ」

『……すみません』

 

 剣八の役に立つどころか足を引っ張りすらした自分達を不甲斐なく思うも、今出来ることはこれ以上邪魔にならないように休む事だけだと二人も理解している。

 生きてさえいれば再起は可能だ。ある程度体力が回復したら治療が出来る仲間を探し、傷を癒して再び戦いに身を投じようと決めて一時の休息を取る。

 

 

 

 二人と別れた剣八は、再び敵を探して移動を開始した。

 今までの敵は本当に肩透かしだった。どこかに愉しめる敵はいないものかと思いながら移動する剣八。そんな剣八の前に、剣八が待ち望んだ敵がようやく現れた。

 

「……よお! お前とは戦いたいと思っていたぜ!」

「特記戦力の一人更木剣八。陛下の為に、お前にはここで死んでもらう」

 

 以前の侵略の際、剣八がユーハバッハに向けて放った一撃をその剣で受け止めた男。

 ユーハバッハの側近であり、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)皇帝補佐にして星十字騎士団最高位(シュテルンリッター・グランドマスター)。ユーグラム・ハッシュヴァルトが更木剣八の前に立ち塞がった。

 

 

 

 

 

 

「いい様ねぇ虫けらくーん?」

「ぐ、ぅ……」

 

 瀞霊廷の一角にて、東仙要が星十字騎士団(シュテルンリッター)を相手に戦っていた。いや、それは戦いと呼べるものではなかった。一方的な暴力と言うべきものだった。

 それもその筈だ。東仙一人に対し、星十字騎士団(シュテルンリッター)は五人掛かりで戦っていたのだ。並の隊長格を凌駕する実力の持ち主が五人。東仙が虚化を可能とする死神といえど、流石に勝ち目がある訳がなかった。

 

「それにしてもしぶといよねー。何度潰しても再生するなんてさ。生命力も虫けら並なのあんた?」

 

 そう言って東仙を嘲り笑うのはバンビーズのリーダーであるバンビエッタだ。そう、東仙と戦っていた星十字騎士団(シュテルンリッター)はバンビーズであった。

 バンビエッタは奪った卍解の持ち主である狛村佐陣を探していたのだが、その途中で東仙を発見し、バンビーズ全員で強襲したのだ。元々狛村を殺す邪魔をした東仙もバンビエッタの狙いの一人なので、この発見はバンビエッタにとって好都合だった。

 隊長格の殆どは零番隊の出迎えに出向いていたが、戦時特例で一時的に赦されたとはいえ犯罪者である東仙はそれに参加していなかった。故に、東仙は他の多くの隊長と違い一人で行動していたのだ。そこを狙われた結果となった。

 

 五人掛かりで甚振られる東仙が今も生きているのは虚化のおかげだ。虚化した東仙は他の虚化を可能とする死神と異なり、虚が持つ超速再生を有する。腕が砕けようが瞬時に再生する程の再生力のおかげで、どうにか今も生き延びる事が出来ていたのだ。

 

「ふ……虫を潰すのに五人掛かりというのも、大仰なものだな……」

「はっ! そんな挑発に乗ってあたし一人で戦うとでも? そういうあんたこそあのでっかい虫にならないなんて、あたし達を嘗めてるの?」

 

 東仙は仮面を被った通常の虚化形態で戦っていた。だが、東仙の最大戦力は帰刃(レスレクシオン)形態にある。何故東仙は己の最大戦力を封じて戦っているのか。

 

「嘗めてなどいるものか……。状況に合わせた戦術を取っているだけの事だ……」

「へぇー……。流石と言ってあげるわ。今のあたし達の前であのでっかい姿になればどうなるか、良く解っているじゃない」

 

 東仙が前回のバンビエッタとの戦いで帰刃(レスレクシオン)したのは、バンビエッタが狛村の卍解を使用したからだ。狛村の卍解は巨大な鎧武者を具象化するもの。その攻撃力は巨体に見合うものだ。

 東仙はバンビエッタが使った卍解に対抗する為に帰刃(レスレクシオン)した。その攻撃力に、その巨体に対抗するには、帰刃(レスレクシオン)化してこちらも巨大になり、攻撃力を高めた方が効率的だったからだ。

 だが、現状で帰刃(レスレクシオン)するとどうなるだろうか。確かに攻撃力は上がるだろう。だが、その分巨体となった事で的が大きくなってしまう。つまり、敵の攻撃も当たりやすくなるという事だ。

 それはバンビエッタ相手には致命的な弱点となる。卍解を奪い返されたバンビエッタは、当然だが爆撃(ジ・エクスプロード)の能力を使ってくるだろう。バンビエッタの霊子弾に触れてしまえばそこが爆弾と化してしまう。巨体となった事で攻撃が当たる面積が増えた状態で、バンビエッタの霊子弾を雨霰の如く放たれた場合どうなるか、想像に難くないだろう。

 それならばただの虚化形態で戦い、敵が五人いる事を計算にいれて細かく動き回る事で敵が同士討ちを恐れて広範囲攻撃が出来ないように戦った方が勝ちの目も生存の目も出るというものだろう。

 

 そうして戦っていた東仙だったが、流石に多勢に無勢というもの。霊力も大きく消耗し、周囲はバンビーズに囲まれている。もはやその命は風前の灯火と言えた。

 

「ねーねーバンビちゃん! この死神ゾンビにしてもいい?」

「そうねぇ。……いいんじゃない? その方がワンちゃんの悔しがる顔が見られそうだし!」

「でもぉ、この死神さんって虚の霊圧が混ざっているみたいだしぃ……。ジジのゾンビって虚相手には一時的にしか効果ないんでしょ?」

「虚化してるって言っても元は死神だ。大丈夫だろ。多分」

「どっちでもいいだろ別によ。元に戻ったら殺せばいいだけだし」

 

 死に体の東仙を前にしてバンビーズは口々に好き勝手な事を言う。敵を前にして無駄なお喋りをするものではないのだろうが、今の東仙は彼女達に敵と見られてすらいなかった。命を脅かされる危険があるから敵なのだ。そうでない者など敵になる資格すらないだろう。

 

 ――狛村……檜佐木……すまない。私はここで終わりのようだ……――

 

 東仙もまた己の死を悟っていた。この状況を覆す手段は東仙にはない。都合よく仲間が助けに来てくれる保証もない。霊圧探知が困難な程に霊子濃度が高いこの状況で、仲間が駆けつけてくれる可能性は限りなく低いだろう。

 だが、死を覚悟したならば出来る戦い方というのもある。どうせ死ぬなら帰刃(レスレクシオン)し、少しでも敵に傷を与えてやろうと東仙が思った所で――

 

『!?』

 

 ――バンビエッタ目掛けて、巨大な刃が振り下ろされた。

 

「こ、これは……」

 

 東仙はその巨大な刃に見覚えがあった。かつて友を失い、死神に復讐する為に生きていた東仙が得た二人目の友。狛村左陣の卍解、黒縄天譴明王の刃であった。

 

「待たせたな、東仙!」

「狛村……!」

 

 東仙の危機に友である狛村が駆けつける。その都合が良いと言えるタイミングにバンビエッタが怒声を上げる。

 

「あんた……! 止めを刺す前に来るなんてタイミング良すぎでしょうが!」

 

 黒縄天譴明王の一撃を受けて、バンビエッタは流石に負傷していた。あの奇襲攻撃に反応して咄嗟に静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動させていたが、それを貫く攻撃力を持つのが狛村の卍解なのである。

 

「ワンちゃんだけに匂いでも追って来たのあんた!?」

「儂が追ったのは卍解の軌跡。お前が奪った儂の卍解が、お前の居場所を教えてくれたまでのことよ」

 

 狛村は東仙の危機に駆け付けたのではない。侵影薬によってバンビエッタが奪った卍解は狛村の下へと戻って行った。その際、卍解はバンビエッタから狛村目掛けて光となって飛んでいったのだ。

 それは逆に言えば卍解が飛んできた方向に、バンビエッタが居るという事になる。そう考えた狛村は、バンビエッタを倒す為にここまで移動して来たのだ。

 

「ああ、そういう事……。まあいいわ。飛んで火に入る夏の虫……いえ、この場合は犬かしら。のこのこ一人でやって来てくれちゃって、探す手間が省けるってものね」

 

 東仙に止めを刺す前に邪魔をされたのはむかついたが、この状況はバンビエッタが望んでいたものだ。

 既に東仙は戦える状態ではない。乱入した狛村一人では東仙の二の舞になるのがオチというものだろうと思い、バンビエッタは笑みを浮かべる。

 

「なあ、こいつ殺すのにあたし等必要か?」

「そうだなー。そこの虚化野郎より歯応えはありそうだ」

「それって食べる意味での歯応えだよね?」

「リリにとっては虚の霊圧が混ざったのより美味しそうなんだろうねー」

 

 狛村の登場にもバンビーズは緊張感の一つも持たずにお喋りを繰り広げる。だが、彼女たちの認識は正しい。狛村一人増えたところで、彼女達に敗北はないだろう。東仙が万全であったとしても、五対二だ。どちらが有利かなど言うまでもない。

 だが、狛村は一人で行動していなかった。零番隊を迎えた隊長格は例外を除き複数人で行動している。狛村もまた頼れる仲間と共に行動していたのだ。

 

「悪いが俺も混ぜてもらうぜ」

『!?』

 

 刀身が黒く、卍状の鍔の斬魄刀を持った死神が姿を現した。新たな死神の登場に驚愕するバンビーズだったが、その中の一人、リルトットの驚愕は他の者よりも大きかった。

 

「あんた、誰よ?」

 

 新たな死神を見てそんな質問をするバンビエッタに対し、リルトットが溜め息を吐きながら言う。

 

「陛下の話聞いていたのかおい? こいつは黒崎一護。特記戦力の一人だぜ」

『!?』

 

 ユーハバッハが認めた特記戦力。死神と人間と虚、そして滅却師(クインシー)の力を有するという、未知数の潜在能力を秘めた存在。黒崎一護がこの戦場に参戦した。

 

 

 

 

 

 

 浦原から現在尸魂界(ソウル・ソサエティ)で起こっている大事件に関しての説明を聞いたクアルソは、浦原の協力要請を快く受け入れた。あまりにあっさり承諾した為に、浦原と同行していた人間三人が呆気に取られていた程だ。

 だが、クアルソからすれば浦原の協力要請を断る理由などなかった。戦争などに関わるつもりはクアルソにはないが、浦原に対する恩や黒崎一護に対する贖罪、そして敵の滅却師(クインシー)がクアルソに敵対行動を取った事から、介入するのは当然の話と言えた。

 そもそも、死神がいなくなるのはクアルソとしても好ましくない事だ。女性死神は特に死んでほしくない。あわよくば助けた女性死神に惚れられるかもしれない。ならば行くべきだろう。童貞による当然の帰結であった。

 

 そうして浦原に協力する約束をしたクアルソは、浦原達と別れて虚夜宮(ラス・ノーチェス)に戻って来た。

 クアルソ一人で死神を助けに行ってもいいが、敵はかなりの数との事。しかも一人一人が隊長格に匹敵ないし凌駕する実力者だ。クアルソ一人では手が足りない可能性もある。広範囲に散らばる敵を倒すなら、こちらも手数を集めた方が良いだろう。

 そう思ったクアルソは、全十刃(エスパーダ)を召集した。

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)にある広々とした一室に、複数の破面(アランカル)が集まっていた。

 第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。

 第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベル。

 第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。

 第4十刃(クアトロ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック

 第5十刃(クイント・エスパーダ)ルピ・アンテノール。

 第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ。

 

 第6(セスタ)から第9(ヌベーノ)の数字を冠する十刃(エスパーダ)は未だに決まっていない為、この場に全ての十刃(エスパーダ)が集まっている事になる。

 彼らが一同に会する機会は少ない。たまにクアルソ主催の食事会などがあると十刃(エスパーダ)全員がクアルソの顔を立てて出席するが、それ以外では基本的に好き勝手生きる彼らが集まる理由は少ない。その少ない理由の一つが、王であるクアルソの召集であった。

 

「おつかれ。良く集まってくれたな」

「お呼びとあらば即座に」

「我等十刃(エスパーダ)。王であるクアルソ様に従う事を至上の喜びとしております」

「如何なる命令であろうと、必ずや果たしてみせましょう」

「どのような敵であろうと蹴散らします」

「クアルソ様の道に落ちた塵は僕達が排除します」

「全ては――」

『クアルソ様の為に!』

 

 まるで練習したかのような流れで十刃(エスパーダ)達は台詞を口にし、最後に異口同音に叫んでクアルソに対して臣下の礼を取る。

 そんな一糸乱れぬ動きを見せた十刃(エスパーダ)達に対し、クアルソはその忠誠心に感動するかのように打ち震えていた。

 

「やめろって言ってんだろお前ら毎度毎度ぉ!」

 

 打ち震えていた。

 

「ははは。すんませんクアルソ様。やっぱり十刃(エスパーダ)として王に対しては畏まる必要があると思いましてね」

 

 悪びれた笑いを見せながら謝っているのはスタークだ。この二年近く第1(プリメーラ)の座を奪われなかった表向きは最強の十刃(エスパーダ)である。

 一応はクアルソの部下となっているが、実際には仲の良い親友というポジションに居る。彼の宮では良くクアルソがお茶をしたり、ゲームをしたりしていた。それは破面(アランカル)の間でも周知の事実である。

 

「我らはクアルソ様の部下故に。こういう趣向も悪くないかと思った所存です」

 

 第2十刃(セグンダ・エスパーダ)であるハリベルがそう言うが、その顔はやはりどこか悪戯めいていた。

 ハリベルはクアルソに対する確かな忠誠心を持っている。クアルソが王として相応しいと認めているのだ。以前のクアルソは美人とあらば積極的に口説いていたが、王となったクアルソは今の立場でそんな事をしたらパワハラだと思って大っぴらに女性を口説いていない。最大の欠点を滅多に見せないクアルソに対しては、結構好感度が上がっていたりする。

 今回の悪戯もクアルソという人物を好ましく思っているからの事だ。こうしてからかうと面白く反応してくれる為に、たまに十刃(エスパーダ)同士で息を合わせてこのような遊びを行う時があるのだ。

 なお、ハリベルが最も好ましく思っているのは武人状態のクアルソである。通常状態のクアルソと比べたら実に数十倍の差があるだろう。クアルソの最大のライバルはクアルソ自身だった。なお勝ち目はない模様。

 

「ふふふ。ごめんなさいねクアルソ様」

 

 第3十刃(トレス・エスパーダ)となったネリエルが、思わずクアルソが飛びつきたくなるような優しい笑みを浮かべる。クアルソは鋼の精神力にて耐えた。クアルソの残り精神力は2だ。

 ネリエルは十刃(エスパーダ)に復帰してから二度の十刃(エスパーダ)交代戦を行い、今の数字を得た。後から来た新参に上位の数字を奪われたルピとグリムジョーは腸が煮えくり返る思いをしただろうが、それを言うなら彼らの方がネリエルよりも新参なので何も文句は言えないだろう。結局は実力主義なのが十刃(エスパーダ)なのだから、文句は実力で示すしかないのだ。

 

「で、何の用なんだクアルソ様よ? 俺はネリエルをぶっ倒す為に修行したいんだがよ」

 

 取り敢えずの遊びを終えたグリムジョーは、先程とは打って変わって不機嫌そうに不満を口にする。

 グリムジョーは半年ほど前まで第3十刃(トレス・エスパーダ)の座に就いていた。だがネリエルに敗北した為に、その座は奪われ一つ下の第4十刃(クアトロ・エスパーダ)に数字が落ちたのだ。

 その為今のグリムジョーの目的は打倒ネリエルだった。負けたままで引き下がっていられるなど、王を目指すグリムジョーに出来る訳がなかった。

 

「僕もグリムジョーをぶっ倒す為に修行したいんですけど。何の御用ですクアルソ様?」

 

 ルピもまた打倒グリムジョーの為の修行に熱を入れていた。かつてはグリムジョーよりも上の階級だったルピだが、一年間修行を積んだグリムジョーに敗北してしまったのだ。

 元々の地力はグリムジョーが上だった為、クアルソの指導の下で修行を積んだグリムジョーはルピを上回る実力を得たのだ。だが、その差は極端なものではない。戦い方一つで覆る可能性がある差だ。

 敗北から数か月、今のルピの実力は以前よりも高まっている。今しばらく修行を積み、勝てる算段がつき次第グリムジョーに再戦を挑む予定だった。出来るだけ時間を修行に費やしたいので、こうして会議する時間があるなら稽古を付けて欲しいとすら思っていた。

 

「食事会じゃないんだろ? 一体なんの集まりだよこれは」

 

 ヤミーがやる気なさげにそう呟く。ヤミーにとっての愉しみは食事と暴力だ。飯を食べる事も出来ず、力を振るう事も出来ない話し合いなど、ヤミーにとってはどうでもいい事なのだ。これならば雑魚とはいえ破面(アランカル)相手に戦っていた方がよっぽどマシだろうとヤミーは思う。

 現在ヤミーは多くの破面(アランカル)から目標とされていた。通常形態のヤミーを同じく通常形態で倒す。それが十刃(エスパーダ)の座を得る為の唯一無二の手段だ。それ以外ではどれだけクアルソに気に入られようと、十刃(エスパーダ)になる事は出来ない。

 その為、十刃(エスパーダ)というこの上なく魅力的な立場を得たい者達は次々とヤミーに挑んだ。そして敗北し続けた。通常形態のヤミーは確かに十刃(エスパーダ)最弱だが、クアルソの修行を受け続けた事でその力は当然上がっていた。

 勿論十刃(エスパーダ)でない破面(アランカル)達もクアルソの修行を受けているのだが、それでも多くの破面(アランカル)から戦いを挑まれた事で経験を積んでいくヤミーは、彼らよりも更に早く成長したのだ。

 

 クアルソは彼らを見ながら自身が作り上げた修行の螺旋が上手く機能している事に笑みを浮かべる。

 そして彼らの疑問に対して、その説明を行った。

 

「ああ。今回集まってもらったのは他でもない……。今から十刃(エスパーダ)全員で尸魂界(ソウル・ソサエティ)に行くぞ」

『!?』

 

 クアルソの言葉に十刃(エスパーダ)の多くが驚愕する。そしてその驚愕は疑念と愉悦の二つに分かれた。

 

「クアルソ様……一体何を考えているのですか?」

「返答によっては、私は貴方の敵に回ります……例え勝てないとしても」

 

 疑念はハリベルとネリエルから上がっていた。ハリベルは命じられれば死神とも敵対する。実際に藍染の命令に従って偽空座(からくら)町で死神と戦った事からそれは解るだろう。

 だが、それでも必要な戦いかどうかは己で判断したかった。無用な争いを生むだけならば、その時は従いながらもクアルソに失望するだろう。

 

 ネリエルに至ってはクアルソの返答次第では敵に回る覚悟すらあった。ネリエルにとってクアルソは傷を癒し、元の姿に戻してくれた大恩ある存在だ。

 だが、それと同じかそれ以上にネリエルは黒崎一護を大切に思っていた。弱かった頃の自分を傷付きながらも守り続けてくれた一護の為ならば、ネリエルはクアルソと敵対しても良いとすら思っていたのだ。

 これはネリエルがクアルソの強さを信頼している証でもあった。もしクアルソが一護と同じくらいの強さだったならば、敵対しようとまでは思わなかったかもしれない。クアルソが圧倒的に強いからこそ、死神の敵になるならば一護の側に付こうと思ったのだ。

 

「へえ、尸魂界(ソウル・ソサエティ)に攻め込むのか!」

「あの死神共を叩き潰していいのか!? クアルソ様よぉ!」

 

 愉悦を浮かべたのはグリムジョーとヤミーだ。好戦的な二人はようやく死神を相手に力を揮う事が出来ると喜び勇んだ。

 修行ばかりで敵と戦う事がなかった彼らは、その力をぶつける敵を求めていたのだ。そんな二人がクアルソの言葉から死神相手に戦争を仕掛けると勘違いするのは仕方ない事だろう。

 

「まあ落ち着けよお前ら」

「そうそう。まずはクアルソ様の説明を聞いてからでしょ」

 

 興奮する四人に対し、スタークとルピは冷静だった。

 スタークはクアルソが死神相手に戦争を仕掛ける気がない事を知っている。常々死神――特に女性の――と仲良くしたいと言っているのを知っているから当然だ。

 ルピは別に死神と敵対しようがどうしようがどうとも思っていない。クアルソがやれと言うならば死神だろうが殺すし、破面(アランカル)だろうが殺す。それがルピのスタンスだった。

 

「あー、混乱させる言い方をして悪かった」

 

 破面(アランカル)の王であるクアルソが尸魂界(ソウル・ソサエティ)に行く等と言い出せば、破面(アランカル)と敵対している死神を倒しに行くと取られても仕方ないだろう。

 クアルソはその点について謝罪しつつ、先の発言の詳細を説明した。

 

 

 

 浦原からもたらされた情報という点を除き、クアルソは死神が現在滅却師(クインシー)の一団に襲われている事を説明する。それを聞いたネリエルの反応は他の十刃(エスパーダ)よりも大きかった。

 

「それじゃあ一護も……!?」

「ああ。黒崎一護は尸魂界(ソウル・ソサエティ)にいる。恐らく、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)なる敵を相手に戦っているだろう」

「黒崎……」

 

 グリムジョーが一護の名前に反応する。と言ってもネリエルと違い一護を心配してのそれではない。一護と戦い敗れた経験を持つグリムジョーにとって、一護もまた倒すべき目標なのだ。

 

「状況は解ったな? 敵集団はかなりの強さらしい。オレも実際に戦ったが、特異な能力を有する厄介な敵だった」

『!?』

 

 クアルソという規格外の存在が厄介と評するのは十刃(エスパーダ)の記憶にない事だった。それ程の敵が集団でいるならば、確かにかなりの強さなのだろう。

 だが、それはそうとしてクアルソの口振りに納得が行かない者達が十刃(エスパーダ)の中には二人ほど存在していた。

 

「それで、今からオレ達は尸魂界(ソウル・ソサエティ)に赴き、滅却師(クインシー)を――」

 

 そこまでクアルソが口にしたところで、グリムジョーがその言葉を遮った。

 

「――倒して死神を助ける……なんて言うんじゃねぇだろうな……?」

「もしグリムジョーが言っている通りなら正気を疑うぜ? なあ、どうなんだクアルソ様よぉ?」

 

 明らかな不満と怒気が籠められた霊圧が室内に充満する。並の破面(アランカル)ならばこの霊圧に晒されただけで気絶するだろう。それ程の圧力が籠められた霊圧だった。

 

「……そのつもりだけど?」

 

 だが、クアルソはそんな圧力を受けながらも何一つ動じず、彼らが期待していなかった言葉を言い放った。尤も、期待はしていなかったが想像はしていたが。

 

「……ふざけるな!! 俺達破面(アランカル)が死神の手助けだと!? 何を考えてやがるんだクアルソ様はよぉ!?」

 

 ヤミーが怒りのままに立ち上がり、その拳を目の前の机に振り下ろす。ヤミーの豪腕から繰り出された一撃は容易く机の一部を砕いた。そんなヤミーの怒りを目にしながらも、クアルソは落ち着いたままにヤミーに尋ねた。

 

破面(アランカル)が死神を助けるのがそんなに可笑しいか? ネリエルだって以前一護を助けたし、オレだって藍染様を止めて死神を助けたぞ?」

「んなこたぁ解ってる! だがよ! 俺達全員で死神を助けに行くなんざ、納得出来るか! 俺達は破面(アランカル)で奴らは死神! 互いに出会えば殺し合う関係だろうが! そんな奴らを助けに行くだと? ふざけるのも大概にしてもらいたいぜ!」

 

 ヤミーの怒りは破面(アランカル)として何ら可笑しくはない。死神は破面(アランカル)(ホロウ)を倒すべき存在と定めている。そして破面(アランカル)も当然そんな死神を敵視している。もちろん、死神に敵視されるのは(ホロウ)が人間の魂を食べたり殺したりするからなので、こちらが悪いと言えば悪いのだが。

 だが、そんな事はヤミーには関係ない。ここで重要なのは死神と破面(アランカル)が敵対している事だ。その死神を助けに行く理由など、破面(アランカル)側には一つもないだろう。

 

「死神なんぞを助けたいなら行きたい奴だけが行けばいい! 納得出来る理由がない限り、俺は死神なんぞ絶対に助けねぇ! 死神も滅却師(クインシー)だとかも、どっちもぶち殺すってんなら話は別だがな!」

 

 そう叫んで、ヤミーは勢い良く椅子に座り込む。そんなヤミーを見た後に、クアルソはヤミーと同じく不満を口にしていたグリムジョーに確認する。

 

「グリムジョー。お前もヤミーと同じ気持ちか?」

「……あんたがやれと言えばやるさ。黒崎の野郎が俺以外の奴に殺されるのは癪だからな。だが、ヤミーの言う通り死神も滅却師(クインシー)とやらもどっちも殺すってのが一番良いのは同感だ」

 

 ヤミーの怒りを見て、逆に冷静になったグリムジョーはクアルソの質問にそう返す。

 黒崎一護を殺す為に黒崎一護を助けるという何とも矛盾めいた答えだが、それがグリムジョーの本心だ。倒す敵が居なくなっては倒しようがないだろう。しかも、自分が負けた相手が他の何者かに負けるのも納得出来なかったのだ。

 尤も、不満があるのも確かだった。故に死神とか滅却師(クインシー)とか関係なく全員敵とみなして倒すというのがグリムジョーにとって最良の選択なのである。

 

 そんな二人の答えを聞いて、クアルソは納得したように頷いた。

 

「二人の言い分は解った……。だったら……オレ達を敵視する死神達に一泡吹かせてやるとしよう」

『……は?』

 

 クアルソの言葉の意味が即座に理解出来ず、十刃(エスパーダ)達は思わず呆けた声を上げる。

 そんな十刃(エスパーダ)達を見て、クアルソはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 




 シリアスは所詮、先の時代の敗北者じゃけぇ……。

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