どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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序盤に成田先生が書かれた小説、BLEACH Can't Fear Your Own World に載っている説明があります。ネタバレが嫌なお方はご注意ください。


BLEACH 第三十話

 護廷十三隊の隊士と見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)聖兵(ゾルダート)達、そして隊長達と星十字騎士団(シュテルンリッター)が死闘を繰り広げる瀞霊廷。その瀞霊廷に、大きな異変が訪れた。

 突如として瀞霊廷の全土が揺れ動き、無数の建物が崩壊し始めたのだ。そしてその異変は瀞霊廷だけに留まるものではなかった。尸魂界(ソウル・ソサエティ)全土が瀞霊廷と同じように揺れ動き、そればかりか尸魂界(ソウル・ソサエティ)に接する断界も、虚圏(ウェコムンド)も、現世も、それら全てに大小の差はあれど異変が起こっていた。

 その原因はただ一つ。霊王の死だった。霊王とは大量の魂魄が出入りする不安定な尸魂界(ソウル・ソサエティ)を安定させる為に創られた存在だ。

 

 世界は大きく分けて三つ存在している。生ある者が存在する現世。生者が死して魂魄となり行き着く尸魂界(ソウル・ソサエティ)。そして堕ちた魂魄である(ホロウ)が行き着く虚圏(ウェコムンド)

 だが、この三つの世界はかつては今のようにはっきりと分かれてはおらず、森羅万象の全てが曖昧だった。生も死もなく、進展もなければ後退もない。停滞したままの世界だ。今では忌避されている(ホロウ)でさえ、その時代は霊子の循環の一部だった。

 だが、やがて(ホロウ)が人間を喰らうようになり始め、そこで循環は終わった。このままでは全ての魂魄が一つの巨大な大虚(メノス)に成り果て、世界は完全に静止する。それを拒むかのように生まれたのが、現在の霊王であった。

 霊王は(ホロウ)を滅却し、霊子の砂と化して再び世界に循環させるように促した。全知全能に近い万能の力を持って生まれた存在が、霊王なのである。

 

 だが、霊王が(ホロウ)を滅し、停滞した世界を護る事を良しと思わない者達が居た。霊王には及ばないものの、強い力を持った五人の存在。それが尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史に名を連ねる五大貴族の始祖達である。もっとも志波家が五大貴族の名を奪われた事で、現在は四大貴族となっているが。

 彼らは動機こそ違えど、その目的は同じであった。今の世界を良しとせず、分離させる、と。

 霊子の世界。器子の世界。そして双方より生まれ出ずる(ホロウ)が行き着く砂の楽土。この分離により何かしらの副次的作用が起こり他の形の世界が生まれるかもしれないが、それよりも生と死の世界を分け隔てる事を重要としていた。

 そうして五大貴族の始祖の内の一人が霊王の隙を衝き、霊王を結晶の中に封じ込めた。そして霊王はその全能の力を楔として利用され、五人は新たな世界の基盤を作り上げた。それこそが尸魂界(ソウル・ソサエティ)、現世、虚圏(ウェコムンド)の三界である。

 

 霊王は、全知全能に近しい力を持ちながらも、五人に抵抗する事はなかった。抵抗しても無意味だという未来を視ていたからか、新しい世界に希望を見出したからか、それは誰にも理解出来ない。

 だが、霊王を騙し打ちした者はその無抵抗すら疑り、霊王が封印から自力で抜け出す事がないようにその力を削いだ。両腕をもぎ取り、心臓を抉り、両足を削り、臓腑という臓腑を刻んで本体から切り離したのだ。力を削ぎ落とし、ただ自分にとって都合の良い王を作り出す為に。

 

 多くの死神にとって、霊王とは尸魂界(ソウル・ソサエティ)を統べる王、すなわち死神の王という認識である。

 だがその本質は大きく異なる。霊王は死神の王ではなく、三界が生まれた切っ掛けにして楔なのだ。そして、死神を含む力ある者の始祖でもあった。そう、滅却師(クインシー)もまた、起源を辿れば霊王に辿り着くのだ。滅却師(クインシー)の始祖であるユーハバッハ。彼もまた霊王の力を受け継ぐ者なのだから。

 

 そのユーハバッハが、零番隊を突破して霊王を殺害した。長きに渡る封印から、己の父を解放したのだ。そして、世界は楔を失った。その結果が、三界の異変であった。

 異変が大きく現れているのは尸魂界(ソウル・ソサエティ)だ。霊子で構成された建物や大地は徐々に崩壊を始めている。現世はまだ殆ど影響が出ていない。霊力を持った者ならば小さな地震を感じるくらいだ。虚圏(ウェコムンド)も同様だ。

 楔がないままにいればいずれ三界はかつてのように融合してしまうだろう。その時に出る被害は想像に難くない。いや、想像し切る事すら出来ないだろう。三つに分かれた世界が元に戻った事で生じる結果など、誰が想像出来るというのか。

 

 だが、三界が混じり合う世界こそがユーハバッハの目的だった。現世も、尸魂界(ソウル・ソサエティ)も、虚圏(ウェコムンド)も、生と死も混じりあって一つとする。

 命ある全てのものが死の恐怖に怯えない世界。それを作り出す事がユーハバッハの目的なのだ。その為にユーハバッハは、父である霊王を殺したのだ。

 

 

 

「これは!?」

「瀞霊廷が、揺れている……!?」

「一体何が起きてやがる……!?」

 

 日番谷と白哉、そしてバズビーが同時に驚愕の声を上げる。戦場である瀞霊廷の全てが揺れ動けば、死神も星十字騎士団(シュテルンリッター)も同様に驚愕するしかなかった。当然他の死神や星十字騎士団(シュテルンリッター)の多くがこの現象に戸惑っていた。

 そんな彼らを更に驚愕させる出来事が起こった。瀞霊廷の上空から闇が堕ちてきたのである。その闇は瀞霊廷を包む遮魂膜を覆い尽くし、瀞霊廷の全てを閉ざした。

 

「何だこれは!? お前ら何をしやがった!?」

 

 日番谷がバズビーに対してそう叫ぶ。この異変が滅却師(クインシー)側によるものだと予想するのは死神にとって当然の事だろう。だが、これはバズビーにしても寝耳に水の出来事だった。

 

「知るかよ! くそ! 陛下は何を考えてやがるんだ!?」

 

 部下がいる戦場にこのような異変を起こすなど、いくら何でも理解の外である。元々ユーハバッハに対して反抗心を持っているバズビーは余計にユーハバッハに対する怒りを募らせる。

 だが、そんなバズビーに対して、いや、ユーハバッハの所業に疑問を抱く全ての星十字騎士団(シュテルンリッター)に対して、星十字騎士団(シュテルンリッター)を統べるユーグラム・ハッシュヴァルトからの通達が入った。

 

『恐れる必要はない。我らの使命は死神の殲滅。それが陛下が我らに下した絶対の命令である』

「っ! ユーゴー……!」

 

 かつての友からの指示に、バズビーが歯軋りを鳴らす。ユーハバッハも、その忠臣であるユーグラムも、どちらもバズビーは気に入らない。

 だが、ユーハバッハの命令に逆らう訳にはいかない。ユーハバッハが自分達を明確に切り捨てたのならともかく、現状はそうではない。ならば、今は命令に従って行動するしかないのだ。少しでもユーハバッハの傍に近付く為にも。少しでもユーハバッハを討ち取る機会を得るためにも。

 

「クソが! お前らさっさと死にやがれ!」

 

 バズビーはこの状況に抗う事すら出来ない己に苛立ちながら、その苛立ちを日番谷と白哉にぶつけんとしてその炎を更に滾らせた。

 

 

 

 

 

 

「死神の殲滅。そう、それが陛下が僕達に下した命令だ。それを疑うなど陛下の親衛隊(シュッツシュタッフェル)にはあり得ない事だよ補佐官殿」

 

 誰に言うでもなく、先程のユーグラムの通達に対して一人呟く男。その言葉から察するに彼もまた滅却師(クインシー)だ。

 彼の名前はリジェ・バロ。星十字騎士団(シュテルンリッター)にして当人の言う通りユーハバッハの親衛隊(シュッツシュタッフェル)。ユーハバッハが認める騎士団の中でも抜きん出た実力と忠誠心を有する滅却師(クインシー)だ。

 そしてユーハバッハに最初に力を与えられた星十字騎士団(シュテルンリッター)でもあり、ユーハバッハの最高傑作と己を自負している男。それがリジェ・バロだ。

 だがその自負は決して勘違いから来る驕りではない。彼は真実星十字騎士団(シュテルンリッター)でもトップクラスの実力者だ。その証拠か、数人しかいない親衛隊(シュッツシュタッフェル)を率いるリーダー格の座を与えられていた。

 

 そのリジェが、()()を見開いたままに高所に佇み、瀞霊廷を見下ろしながら巨大なライフルを構え、そして淡々とライフルから銃弾を放っていた。

 一つ銃弾が放たれれば、一人死神が倒れる。そうして次の獲物を定め、再び銃弾を放つ。するとまた一人死神が倒れる。こうやって、リジェは愚直なまでに死神を屠っていた。

 この時、狙撃に詳しい者がいればもしかしたら違和感に気付いたかもしれない。リジェが銃弾を放ってから死神に命中するまでのタイムラグが一切なかった事に。

 リジェが銃弾を放つと、それが射線上にいた死神にタイムラグなく命中していたのだ。距離があればあるほど、当然だが銃弾が到達するには時間がかかる。もちろんライフル弾故に音速を超える速度で移動しているのだが、それでも僅かだが時間が掛かるのは物理法則上当然の事だ。

 だがリジェが放った銃弾は違った。撃てばその瞬間に命中しているのだ。移動している死神に照準を合わせ、銃弾を放つと、当然移動しているだけに当たるわけがない。当てるには移動先を予測して撃つ必要があるだろう。そんな常識を無視するかの如く、リジェが放った銃弾は撃った瞬間に死神に命中していた。

 

 これこそがユーハバッハが最初に創りだし与えた聖文字(シュリフト)の力。星十字騎士団(シュテルンリッター)“X”、“万物貫通(ジ・イクサクシス)”のリジェ・バロの能力である。

 “万物貫通(ジ・イクサクシス)”は文字通り全てを貫く力を持っている能力だ。そこに躱すという概念が介在する余地はなく、リジェが銃弾を放った時にその射線上に在ったものは、例え何であろうと貫いているという結果が生まれるのだ。リジェが己をユーハバッハの最高傑作と自負するのも納得出来る能力だろう。

 

 防御も回避も不可能。そんな攻撃をリジェは放ち続け、死神を次々に屠っていく。その行動に一切の迷いも淀みもない。ユーハバッハを神の如く信奉している彼が、ユーハバッハの命令をこなす為に動いているのだ。迷いなどある訳がないだろう。

 このままリジェの狙撃が続けば、例え隊長格と言えど容易く敗れてしまうだろう。回避も防御も不可能な射撃を遠距離から放たれ続ければ、隊長格と言えどひとたまりもない。事実、何人かの副隊長含む隊長格はリジェによって倒されていた。生きているかもしれないが、この戦争で再起は不可能だろう。

 どうにかしてリジェを止める必要があるが、各地で起こっている戦いは終息していない。多くの隊長格は他の戦いに手を取られているのだ。リジェの存在を知らない者の方が圧倒的に多いのが現状だ。

 

 そうして圧倒的に優位な状況で次なる獲物をスコープで探そうとして――リジェは、遠距離からその頭部を狙い撃ちされた。

 

「!?」

 

 リジェの頭部に突き刺さっていたのは刀だった。だが、ただの刀ではない。その刀身は異常な程に伸びていた。

 あり得ない長さの刀。刃の切っ先から根元まで、一体何m、いや、何kmあるというのか。そんな斬魄刀を有する死神など、瀞霊廷広しと言えども一人しかいる訳がなかった。

 

「あかんわ。狙撃が終わったら移動せんと。居場所がばれた狙撃手なんて格好の的やわ」

 

 いつものような笑みを浮かべながら、市丸ギンは伸ばした斬魄刀を元のサイズに戻す。

 市丸の卍解、神殺槍(かみしにのやり)は音の五百倍の速さで、13kmもの長さまで伸びると言われている卍解だ。尤も、その説明は神殺槍(かみしにのやり)の本当の能力を隠す為の市丸の嘘であり、実際にはそこまでの速さで伸びず、そこまでの長さまで伸びないのだが。

 それでもそんな嘘がまかり通る程に凄まじい速度で伸び、凄まじい長さまで伸びるのは確かだ。そうでなければ市丸の嘘は容易く見破られていただろう。

 その神殺槍(かみしにのやり)による攻撃手段で、真の能力を除き最も恐ろしいものと言えば何か。その伸縮速度を活かした高速の突きか、はたまた長さを活かした圧倒的な攻撃範囲か。

 答えは、相手に気付かれない程の遠距離からの狙撃であった。超射程、超音速の攻撃が、気付かぬ内に放たれる。その恐ろしさに気付いた時はもう命はない。超々遠距離からの暗殺、それが神殺槍(かみしにのやり)の恐ろしさだ。

 

 リジェの狙撃にいち早く気付いた市丸は、卍解が奪われないようになったのを好機に、リジェに気付かれないように建物や瓦礫を隠れ蓑にして、神殺槍(かみしにのやり)での暗殺を決行したのである。

 市丸は剣八のような戦闘狂でもなければ、正々堂々と戦う趣味もない。ただ自分にとっての敵を確実に排除できればいいのだ。その際手段を選ぶつもりは市丸にはなかった。

 そうしてリジェを暗殺した市丸は次の星十字騎士団(シュテルンリッター)を探す為に移動しようとして――その足を撃ち貫かれた。

 

「!?」

 

 市丸は足を貫かれた事でバランスを崩すも、咄嗟の判断で瓦礫の裏に隠れる。そしてその判断は正しかった。そうしていなければ、市丸はリジェの次なる銃弾によってその命を落としていただろう。

 

「良い動きだ。僕を暗殺しようとしただけの事はある」

 

 頭部を貫かれた筈のリジェは、しかし無傷のままに市丸の動きを称えていた。神殺槍(かみしにのやり)を受けた筈のその頭部には掠り傷一つ存在しなかったのだ。

 何故、頭部を貫かれた筈のリジェが無傷だったのか。その答えはリジェの能力、万物貫通(ジ・イクサクシス)にあった。

 万物貫通(ジ・イクサクシス)はあらゆる物質を貫通する能力だ。それは攻撃面では最高クラスの能力だろう。だが、リジェが普段閉じている左目を開いた時のみ、その効果がリジェの体にも適用されるようになるのだ。

 つまり、左目を開いている時のリジェの体は、あらゆる物質を貫通するようになる。どんな攻撃だろうと貫通してしまうので、あらゆる物理攻撃が無効化されてしまうのだ。まさに規格外の能力と言えよう。

 

 普段閉じているとあるように、リジェはこの能力を普段は使用していない。この能力を使用する事は罪人――リジェにとっての敵――に対してあまりに不公平との思いがあるからだ。

 リジェは戦闘で危機に陥った時のみ両目を開く事を許されている。そして一度の戦闘で三度眼を開いた場合のみ、以降眼を開いたまま戦う事が認められていた。

 そんなリジェが最初から両目を開いていた理由。それは当然ユーハバッハにあった。ユーハバッハは此度の戦争においてのみ、初めから両目を開けて戦うようリジェに命じていたのだ。全ては、クアルソ・ソーンブラという規格外を警戒していたが為に。

 

「隠れたか。僕の狙撃を警戒しているようだな」

 

 全てを貫く万物貫通(ジ・イクサクシス)の前に姿を現すのは愚の骨頂だ。市丸はリジェの能力の全てを理解している訳ではないが、それでもある程度の恐ろしさは理解していた。リジェの銃口に晒されれば、その時点で終わりに等しいと理解していたのだ。

 

「賢い選択だ。同時に愚かでもある。愚かな罪人が神の裁きから逃れられると思っているのか?」

 

 そう言って、リジェは己の完聖体を発動させた。八枚の羽と光の輪という、分かりやすい程に天使を模したかのような姿。これがリジェの完聖体、神の裁き(ジリエル)の姿だ。

 そして、八枚の羽一つ一つに開いている三つの穴から、計二十四の光弾が放たれる。その全てが万物を貫通する一撃だ。

 敵の姿が見えないならば、敵が居ただろう範囲を悉く貫通させる。リジェは非常に解りやすい対処法にて、市丸を追い詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 三番隊隊長鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)――通称はローズ――と九番隊隊長六車(むぐるま)拳西(けんせい)は、二度目の滅却師(クインシー)侵略に当たって行動を共にしていた。

 卍解を奪い返す手段が確立した後も、二人は協力して動いていた。一対一に拘らず、効率よく敵を倒すに越した事はないから当然の判断だ。

 二人はかつて藍染の罠に嵌り、虚化した隊長だった。打倒藍染の為に仮面の軍勢(ヴァイザード)として動いていた二人だったが、かつての罪は濡れ衣であったと証明された事で平子共々隊長の立場に戻っていた。

 つまり、この二人は長い年月苦楽を共にした仲だということだ。互いにその実力や手札は理解している。協力して戦う上で相互理解が高い事は非常に有利に働くだろう。

 

 そんな二人が滅却師(クインシー)を探して移動していると、一人の滅却師(クインシー)らしき存在を発見した。なぜらしきなのかと言うと、発見したのがローブを羽織る事で全身を覆い隠した怪しい存在だったからだ。中身が何なのか、ローブを剥がしてみなければ解らないだろう。

 

「なんだこいつ……?」

「さてね。敵である事に間違いはないと思うよ」

「だろうな」

 

 だが、それでもローズは目の前の不審人物が敵であると判断した。それには六車も同意だった。

 二人がそう思った答えは簡単だ。目の前の不審人物から、明らかな敵意が放たれていたからだ。そしてもう一つ、その見た目が明らかに不審だったからだ。フードを被っているだけではない、頭部と思わしき箇所が他と比べて明らかに大きすぎるのだ。そんな存在は死神には一人もいないだろう。ならば、敵で在ると判断してもおかしくはないだろう。

 

「敵であるなら……容赦する必要はねぇな! 卍解! 鐵拳断風(てっけんたちかぜ)!」

 

 六車は目の前の不審人物を敵と判断した瞬間に、即座に卍解を発動した。滅却師(クインシー)が卍解無くして勝てない強敵である事は当然六車も理解している。その強敵を相手に、始解で様子見をするという判断は六車にはなかった。

 六車の始解、断風は斬った太刀筋を炸裂させる斬魄刀だ。そして鐵拳断風(てっけんたちかぜ)はその炸裂の威力を拳に籠める卍解だ。そして、その炸裂の力は拳が触れている間、無限に叩きこまれ続ける。接近戦で真価を発揮する卍解だろう。

 そう、接近戦だ。六車の卍解、鐵拳断風(てっけんたちかぜ)は接近戦に特化した卍解だ。それは、この敵を前にして非常に相性の悪い卍解であった。

 

「吹っ飛べ!」

 

 気合一閃と共に六車が右拳を滅却師(クインシー)に突き入れる。そして炸裂の力を叩きこもうとして――突如として、右拳が捻り曲がった。

 

「!?」

「拳西!?」

 

 その異変に六車もローズも動揺する。攻撃しただけで拳が捻じ曲がるなど、想像の埒外だ。だが、異変はそれだけに留まらなかった。

 

「こいつ……!?」

 

 攻撃を受けた滅却師(クインシー)のフードが、突如として奇怪なまでに膨れ上がったのだ。

 立て続く異変に六車が距離を取る。敵が何らかの攻撃をしているのは確実なのに、その詳細が一切理解出来ない状況で接近戦を続けるつもりは六車にもなかった。

 だが、その判断は遅かった。いや、そもそも接近したこと自体が間違いだったのだ。

 

「なっ!?」

 

 六車の捻じ曲がった拳が更に折りたたまれていく。それだけでなく、拳ばかりか腕にまでその被害は広がっていた。そして、骨も肉も関節も何もかもグチャグチャになった右腕が、六車自身に向けて振るわれそうになった。

 

「ぐっ!」

 

 あわや自分の腕に攻撃されそうになった六車だったが、その危機を救ったのはローズだった。ローズが鞭状の斬魄刀である金沙羅(きんしゃら)を振るい、六車の右腕を引き千切ったのだ。そして引き千切られた右腕は一瞬の内に小さく折り畳まれた。

 

「悪いね拳西。右腕と卍解を傷付けてしまった」

「いや、助かったぜ……」

 

 ローズは右腕を千切った事と、それに伴い卍解を傷付けた事を謝罪する。右腕はともかく、破壊された卍解を元に戻す手段は瀞霊廷にはない。この戦いが無事に終わったとしても、六車の卍解はその力の一端を失ったままだろう。

 だが、それでも命を失うよりは遥かにマシと言えた。あのままでは六車は自身の卍解をその身に受けただろうし、腕だけでなく体全てまで折りたたまれていたかもしれないのだ。

 それを理解していた六車は、命を救ってくれたローズに素直に感謝する。そして、不気味極まりない敵を見据えた。

 

「こいつ……何なんだ一体……」

 

 六車が疑問に応えるかのように、滅却師(クインシー)を覆っていたフードが破れた。内側から膨れ上がった事でフードが耐えられなかったのだろう。

 そして、滅却師(クインシー)の姿を目にした二人は幾度かの驚愕を迎えた。

 

『!?』

 

 そこにあったのは巨大な手だった。巨人の左手が独り歩きしたのかと疑うような、巨大な左手。その掌には巨大な眼があり、その中には複数の瞳があった。

 この異形が二人の前に現れた滅却師(クインシー)、ロジェと同じくユーハバッハの親衛隊(シュッツシュタッフェル)の一人にして、星十字騎士団(シュテルンリッター)の“C”。強制執行(ザ・コンパルソリィ)のペルニダ・パルンカジャスである。

 

「本当に何なんだこいつ……!」

「さてね。解っている事は二つだけさ。僕達が倒さなきゃいけない敵って事と、拳西じゃ相性が悪い敵って事かな」

 

 ローズの言う通り、接近しただけで右腕が壊されたのだ。敵の能力の詳細が知れるまで無闇に接近したら先程の二の舞だろう。いや、敵の能力如何によっては詳細が知れたとしても接近する事すら不可能かもしれない。

 ならば遠距離攻撃を行うのが当然の判断なのだが、六車は遠距離攻撃をあまり得意としていない。故に六車にとっては相性の悪い敵と言えた。

 

「さて、果たして彼は音楽を理解してくれるのかな? 卍解、金沙羅舞踏団(きんしゃらぶとうだん)

 

 ローズが自身の卍解を発動させる。それと同時に、空中に指揮棒を持った巨大な両手と、その両脇に十数体の人形が召喚される。

 そして指揮棒の動きに合わせ、十数体の人形が死の舞踏を踊り始めた。

 

「第一の演目、海流(シードリフト)

 

 死の舞踏の第一演目が奏でられた瞬間、ペルニダの全身を水が覆った。その水は凄まじい勢いで渦巻き、ペルニダにダメージを与えていく。

 

「ああ、良かった。見た目では解らなかったけど、君も音楽を聴く事は出来るみたいだね」

 

 音楽。それこそがローズの卍解の力だ。指揮棒によって操られる人形の舞踏と奏でられる旋律により、その演目に沿った内容を対象者に見せつけるのだ。

 ようはまやかしの類である。だが、ただのまやかしではない。そのまやかしに心を奪われれば、幻覚の水でも溺れるだろうし、幻覚の火でも火傷する。それほどのまやかしを操るのが金沙羅舞踏団(きんしゃらぶとうだん)なのである。

 

「第二の演目、火山の使者(プロメテウス)

 

 演目が変わった事により、ペルニダを襲う幻覚もまた変わる。ペルニダの全身を業火が覆い、その身が焼け爛れだした。

 

「ギィィィィィ!!」

「効いてるな……」

「ああ。そのようだ。音楽を解する知能があって良かったよ」

 

 ローズの卍解にはある欠点がある。それは音楽を聴かせる事で発動するまやかし故に、音楽を聴かせる事が出来なければその効果を発揮しないのだ。

 一切の音を聞き取れない者や無機物は当然として、音楽を解さない知能レベルが低い生物などにも効果がないかもしれない。だが、こうしてペルニダに効果を発揮している処を見るに、ペルニダには一定以上の知能はあるようだ。

 そうしてローズが止めとばかりに次なる演目を指揮しようとする。だが、死神に攻撃を許すばかりのペルニダではなかった。

 

「ワルクチイウ……テキ! クインシーノワルクチ! 許サナイ!!」

 

 ローズの発言を悪口だと受け止めたのか、ペルニダが片言の言葉を発して怒り狂い、突如として激怒しその全身から黒い何かを吹き出した。そしてその何かは大地を侵食し、無数の巨大な手となってローズと六車に襲い掛かる。

 

「ちぃっ!」

「滅茶苦茶だね!」

 

 ペルニダの体から吹き出た何かに侵食された物質は、ペルニダによって操られる。恐らく六車の腕が折り畳まれたのもこの力によるものだろうと二人は予測する。

 これこそがペルニダの強制執行(ザ・コンパルソリィ)の能力だ。ペルニダはその体から神経を放ち、その神経に触れたものを生物無機物問わず強制的に操る事が出来るのだ。

 

「死ネ!」

 

 そうしてペルニダは大地や建築物を自在に操り、六車とローズを攻撃する。それらを躱しながら、ローズは止めとなる演目に取りかかった。

 

「興奮しているところ悪いけど、僕の演奏を聴いてもらうよ! 第三の演目!」

 

 ペルニダの存在は不気味だが、音楽を聴く耳があるならば能力の使用に問題はない。どれだけ強い能力を持っていようが、死んでしまえば使いようもないだろう。

 そう思って、迅速にペルニダを倒そうとしたローズだったが、その思惑はペルニダによって容易く覆された。

 

「なっ!?」

「卍解を解けローズ!!」

 

 ローズが召喚した人形の内の一体が、ペルニダの神経によって侵食されたのだ。そして操られ、六車の腕と同じように丸く畳まれてしまった。

 それを見て六車が卍解を解除するように叫ぶ。ペルニダの全身から伸びる神経は無数に枝分かれし、ローズの卍解の全てを侵食しようとしていたのだ。このままではローズの卍解は二度と使用出来なくなるダメージを負ってしまうだろう。

 そうなる前に、六車の忠告に従ってローズは卍解を解除する。これで卍解への被害は最小限に抑えられた。だが――

 

「こんな奴を相手に卍解無しってのはきついね……!」

「接近戦も無理、ローズの卍解も相性悪いときたもんだ……クソがっ!」

 

 ペルニダの反則のような力に六車が思わず悪態を吐く。だが、そんな二人を襲う絶望はまだ終わっていなかった。

 

「おい……冗談だろ……」

「これは、本気でまずいね……」

 

 ペルニダの攻撃や神経に触れないように回避行動に専念していた二人は、そこで信じ難いものを見た。

 ペルニダが自身の指を千切り落としていた。そして、千切られた指は新たな左手となったのだ。そればかりか、ペルニダ本体の指も元に戻っている。つまり、単純にペルニダが増殖した事になる。

 二体、三体、四体……一体だけでも困難な敵が、次々と増えていく。卍解が通じず、接近する事も出来ない。遠距離攻撃の手段は他にもあるが、生半可な攻撃ではペルニダが増殖する可能性がある。

 一体どうすればいいのか。六車とローズに、絶望が襲い掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ユーグラムの通達から始まり、多くの死神達が劣勢に追いやられていた。卍解奪還により攻勢に出た死神達により、幾人かの星十字騎士団(シュテルンリッター)は敗れた。だが、生き残っている星十字騎士団(シュテルンリッター)は一筋縄ではいかない猛者揃いだ。

 その中でもやはり際立っているのがユーハバッハの親衛隊(シュッツシュタッフェル)だ。リジェ然り、ペルニダ然り、他の星十字騎士団(シュテルンリッター)とは一戦を画する能力の持ち主達だ。

 そしてここにも、死神達に猛威を揮う親衛隊(シュッツシュタッフェル)が一人いた。

 

「ふはははははは! 無力! 無力!! 無力とは恐ろしいな!!」

 

 巨人と呼ぶに相応しい十数メートルもの巨躯を持つ男がそう叫ぶ。巨人の名はジェラルド・ヴァルキリー。三人いる親衛隊(シュッツシュタッフェル)のうち、最後の一人である。

 

「参ったね。どうも敵さんはこっちの常識が通じないのが多くないかな?」

 

 先程までジェラルドと戦っていた死神の一人、京楽がそうぼやく。京楽は砕蜂と共に蒼都(ツァン・トゥ)を倒した後、砕蜂を連れて移動していた。その後に一人の死神と合流した所で、ジェラルドと遭遇したのである。そして戦闘が始まったのだが……。

 眼前の巨人を見ての京楽のぼやきも仕方ないと言えよう。ジェラルドは今でこそ巨人だが、戦闘当初は常識の範囲内の身長だった。それが戦いを重ねダメージを負う事により、今の巨大な姿へと変貌したのだ。

 

「我が名はジェラルド・ヴァルキリーィィィ!! 我が聖文字(シュリフト)は“M”! “奇跡(ザ・ミラクル)”ジェラルド! 我が力は、傷を負ったものを神のサイズへと交換する!! この程度の傷では十数メートルが良い所か。もっと苛烈な攻撃を加えても良いのだぞ!?」

 

 “奇跡(ザ・ミラクル)”、それがジェラルドの能力だ。本人が言った通り、ダメージを負えば負うほどに巨大化し強くなるという能力である。

 

「やばいな。戦闘が長引けば長引くほど、不利になるのはこちらだぞ京楽」

 

 京楽と合流した死神、十三番隊隊長浮竹十四郎は状況が長引く事による不利を悟る。ジェラルドの口振りから、ダメージの大きさに比例して巨大化する事を浮竹は察した。

 戦闘開始から巨大化するまでに京楽と浮竹が与えた傷は、巨大化した時に完全に癒えていた。つまり、即死させるなり封印するなり、何らかの手段でジェラルドを無力化しない限り、戦闘中に受けた傷によって更に巨大化する上に与えた傷も回復するということだ。

 

「やれやれ。これ以上大っきくなる前に何とかしたいんだけどね……」

 

 京楽は自身と浮竹の手札を鑑みて、それが難しいと判断する。両者共に隊長格の中でもバランス良く突出した実力者であり、手札の数も多く技量に優れた死神なのだが、これだけ巨大な敵を一撃で倒す威力を秘めた攻撃手段を有していない。

 京楽の卍解ならまだ可能性はあるかもしれないが、京楽の卍解の効果は非常に広範囲に及び、その際敵味方関係なく巻き込んでしまう恐れがある。それを考えて、京楽は後方に僅かに視線を向ける。

 

「く……」

 

 そこには、疲弊しきった砕蜂の姿があった。ここまで京楽に連れて貰わなければ移動もままならない程に消耗していたのだ。この状況で参戦する事はおろか、逃げる事すら出来ないだろう。

 当然、砕蜂を巻き込んで卍解を使う訳にはいかない。この状況で最もほしい火力である砕蜂の卍解も頼れない。

 

「どうしたものかね……っと!」

 

 悩む京楽に対し、巨人と化したジェラルドがその巨大な腕を叩きつける。それを咄嗟に回避した京楽は、砕蜂の傍に移動して砕蜂を抱きかかえ、更に移動する。

 

「きょ、京楽……! 私に構うな……! 敵に集中しろ……!」

「そういう訳にもいかないで、しょっ!」

 

 会話中にも繰り広げられるジェラルドの攻撃を躱し、京楽はジェラルドから距離を取る。だが、その距離をジェラルドは一瞬で詰めて来た。巨大化したという事は、移動の歩幅も圧倒的に大きくなったという事なのだ。

 距離を詰めたジェラルドは再びその腕を二人に向けて振るう。ただの腕の一振りだが、この巨体が繰り出せばそれだけで必殺の一撃となるだろう。

 

「はっ!」

「むお!?」

 

 あわや京楽と砕蜂に命中するかと思われた一撃だったが、浮竹が二人の前に現れ、尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも珍しい二刀一対の斬魄刀、双魚理(そうぎょのことわり)を振るって巨人の腕を受け流す。

 合気にも似た力の流れをコントロールする技術により、力を受け流されたジェラルドはその巨体を大地に叩きつける結果となった。

 

「いやー、助かったよ浮竹」

「気にするな。しかし、どうする京楽……このままでは勝ち目はないぞ」

 

 今、瀞霊廷は未曾有の危機に陥っている。霊王が殺された事により三界のバランスは崩れ、世界は崩壊し掛けているのだ。それを食い止める手段を浮竹は知っており、それを行うつもりだったのだが、その矢先にジェラルドと邂逅してしまったのだ。

 何とかしてジェラルドを倒し、一刻も早く世界の崩壊を食い止めなければならない。だが、ジェラルドを倒す手段は浮竹達にはない。倒す為の行動は敵を強化する事に繋がってしまう。まさに手詰まりだった。

 

「無駄だ! 小さき者が何をしたのかは解らんが、その程度で我を倒す事は出来ぬ! 貴様らが幾ら嘆いたところで、奇跡は起こらんのだ!!」

 

 浮竹の技術で大地に叩きつけられたジェラルドがその巨体を起こし、浮竹達を見下ろしながらそう叫ぶ。

 満身創痍の砕蜂を抱えながら、決定力に欠けた二人でこの出鱈目な敵を倒す。それは奇跡でも起きない限り不可能な所業なのかもしれない。そして、その奇跡は浮竹達には起こらないとジェラルドは言う。

 そう、ここで起こったのは奇跡ではない。生きている者達が必死に行動し、足掻いた事による結果。断じて奇跡などではない、必然というべきもの。

 

「……なんだ?」

「あれは……」

「まさか……!」

 

 瀞霊廷の空に、異変が起こった。

 

 

 

 

 

 

「やるじゃねぇか黒崎一護! さすがは特記戦力ってとこか!」

「そりゃどうも!」

 

 一護とキャンディスが刃を交えて激しい攻防を繰り広げる。特記戦力と定められている黒崎一護を倒せば、ユーハバッハから何かしらの褒美が貰えるだろうと思ったキャンディスは、他のバンビーズよりも率先して一護に狙いを定めたのだ。

 そして特記戦力と見做されているだけに、一護が戦っていた敵はキャンディスだけではなかった。

 

「よっと」

「ちぃっ!」

 

 リルトットの大口による攻撃(食事)を一護は瞬歩にて回避する。その直後に上空からミニーニャがその右腕を巨大化させて一護に叩きつけた。

 

「ぐぅっ!」

 

 どうにか天鎖斬月によってその一撃を防いだ一護だったが、ミニーニャの怪力によって一気に大地に叩き付けられ、そして三人同時による神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)の集中砲火を受けた。

 

「やったか!」

「いや駄目だろその台詞」

「キャンディちゃん、馬鹿なの?」

 

 絶対に言ってはならない台詞を吐いたキャンディスに対し、リルトットが突っ込みミニーニャが毒舌を吐く。

 それに激昂しそうになったキャンディスだったが、突如として真下から放たれた月牙天衝に反応し、迎撃の為の攻撃を放った。

 

電滅刑(エレクトロキューション)!」

 

 一護が放った高密度の霊圧の刃と、キャンディスが放った高密度の電撃がぶつかり合い、相殺し合う。

 

「くそ、防がれたか……!」

 

 月牙天衝が防がれた事に顔を顰めつつ、一護が大地から現れる。その体には幾つかの傷は付いているが、五体満足のようだ。

 

「ほらみろ。キャンディが余計な事を言ったからだぜ」

「あたしのせいか!? あんな台詞言おうが言うまいが結果は変わらないだろうが!?」

「お約束って奴を解ってないのキャンディちゃん……?」

 

 生存フラグを立てた事に対してリルトット達がキャンディスに追及するが、キャンディスとしては納得出来ずに怒りを顕わにしていた。そしてその怒りは、一護に対して向けられた。

 

「お前が死んでりゃこんな事言われなかったのによ! 死ねよ黒崎一護!!」

「そりゃ逆恨みだろ!?」

 

 高速で接近するキャンディスに対し、一護は文句を言いつつも天鎖斬月を振るって応戦する。

 キャンディスは既に完聖体となっている。その背には三対の雷の羽があり、それを取り外して雷の刃として敵を攻撃するのがキャンディスの接近戦のスタイルだ。

 両の手にそれぞれ持った雷の刃を一護に振るう。それに対し、一刀の天鎖斬月で一護は対応する。

 

「くっ!」

「一刀で良く防ぐじゃん! でも、こっちは六刀だ! どこまで対応出来るかな!? ガルヴァノジャベリン!!」

 

 キャンディスは二刀で攻撃を仕掛けながら、刃を投擲して雷の槍を一護に向けて放つ。

 一護はそれを瞬歩で回避するも、雷使いの面目躍如とばかりに高速接近したキャンディスによってまたも二刀を振るわれる。背中の羽が在る限り、いくら投げても刃の補充は可能なのだ。

 

「あたしの為に死ね! 黒崎一護!」

「ふざけんな……! 誰がお前の為に死ぬかよ! 月牙天衝!!」

「!?」

 

 一護が刃と刃をぶつけあった状態で月牙天衝を放つ。近距離から放たれた思わぬ一撃に、キャンディスは飲み込まれて行く。

 

「はぁ、はぁ」

「あらら、キャンディの奴吹っ飛ばされてやがる」

「くっ!」

 

 キャンディスを遠ざけた一護だったが、息吐く間もなくリルトットが襲い掛かってきた。当然ミニーニャもだ。

 

「やっぱり特記戦力ってすごいけどぉ、そこまで警戒する程かしら?」

 

 呑気な口調で話しながらも、ミニーニャは苛烈な攻撃を一護に加える。まともに食らえば一撃で意識が持っていかれそうな攻撃をだ。

 

「油断するなよ。陛下はこいつを未知数の潜在能力と評していたんだ。何かの切っ掛け一つで化けられちゃ堪ったもんじゃねぇ。強くなる前にさっさと殺した方がいい」

 

 リルトットもミニーニャも、既に完聖体の状態だ。その力は隊長格に匹敵、あるいは凌駕するだろう。そんな敵を複数相手にして生き残っている一護の強さもまた別格と言えた。

 だが、やはりこのままではいずれ限界が来るだろう。一対一ならともかく、一対三では流石の一護も分が悪い。だが、この状況を覆す増援は見込めそうになかった。

 

 

 

 一護とほぼ同じ戦場で、狛村もまたバンビーズと戦っていた。

 狛村の卍解を奪っていたバンビエッタ・バスターバイン。狛村から奪った卍解を、事もあろうに狛村が護るべき瀞霊廷に向けようとした憎き敵。

 だが、バンビエッタもまた狛村の事を憎き敵と思っていた。先の侵略時、東仙と協力して自分を翻弄したむかつく犬っころ。それがバンビエッタの狛村に対する認識だ。まあ、死神側からしたら完全に加害者の逆恨みなのだが。

 その狛村を今度こそ殺してやろうとして、バンビエッタは完聖体にて“爆撃(ジ・エクスプロード)”を狛村に向けて放つ。狛村の卍解、黒縄天譴明王はその巨体さ故に圧倒的な攻撃力を持つが、その巨体さ故に敵の攻撃に被弾しやすい。バンビエッタの爆撃(ジ・エクスプロード)の格好の的だろう。だが――

 

「させん……!」

 

 狛村の傍に控えていた東仙が、疲弊しきった霊力を酷使して清虫の力を発揮し、バンビエッタの霊子全てを迎撃する。

 

「またあんたはでしゃばって! いい加減死んでなさいよ虫けら!」

 

 以前の戦いの焼き増しのような結果に、バンビエッタが更に怒りを募らせる。だが、以前の戦いと今の戦いでは、決定的に違う点があった。

 

「明王!」

「!?」

 

 そう、以前の戦いでは奪われていた狛村の卍解が、今は奪われる心配もなくその力を発揮する事が出来るのだ。

 東仙のサポートによってバンビエッタの爆撃(ジ・エクスプロード)に晒される事なく、狛村は全力の一撃をバンビエッタに向けて振り下ろす。

 激昂し冷静さを失っていたバンビエッタはその攻撃を避ける事が出来ず、その巨大な一撃をまともに受ける結果となった。

 

「ぐぅぅ……や、やってくれるじゃない……!」

 

 狛村の一撃を受けたバンビエッタの右腕は無残にも二の腕から千切れていた。静血装(ブルート・ヴェーネ)を超えてここまでのダメージを与える黒縄天譴明王を褒めるべきか、黒縄天譴明王の一撃をこの程度で抑えたバンビエッタを褒めるべきか。

 ともかく、バンビエッタが負傷した事は確かだ。この好機を逃さず更に追撃しようとした狛村だったが、それを許すバンビエッタではなく、黒縄天譴明王に向けて無数の霊子を撃ち放った。

 

「ジジ! 治しなさい! 血を使わずによ!」

「ちぇっ、はぁーい」

 

 狛村達がバンビエッタの霊子に対応している隙に、バンビエッタは自身の後ろに控えていたジゼルにそう命令する。

 バンビエッタの命令に残念そうな声を上げながらも、ジゼルは瓦礫に転がっている死神の死体――バンビーズの犠牲者――から肉や骨を幾らか引き千切り、それを加工してバンビエッタの右腕へと繋げた。

 

「よし。良くやったわジジ」

「後でご褒美ちょうだいよバンビちゃん」

「わかったわよ。こいつらぶっ殺した後でね!」

 

 ジゼルの治療――と言っていいのだろうか――により、狛村が与えた傷は完全に癒えていた。それを見て、狛村が唸る。

 

「むぅ……厄介な」

「ああ……このままでは……」

 

 東仙の言葉の続きは狛村にも理解出来た。このままでは敗北必至だ、と。

 確かに、今は狛村と東仙が優位に戦闘を進めているかもしれない。だが、それは東仙の協力あっての事だ。その東仙はもう限界に近い。いつ霊力が枯渇し、戦闘不能に陥るか解ったものではない。

 そうなれば後はジリ貧だ。狛村一人でバンビエッタとジゼルを相手に勝ちの目はないだろう。それは狛村自身が理解していた。

 せめてダメージを与えられたままならば良かったのだが、与えたダメージをジゼルがあのような外道な手段で回復するとは狛村も東仙も思っていなかった。

 

「さあ、逆襲と行くわよ! ジジ! あんたも見てないで手伝いなさい!」

「はぁい。じゃあどっちかゾンビにしちゃお。ワンちゃんの方がいいかなぁ?」

「どっちでも良いわよ。でも、片方だけにしなさいよ。そっちの方が残された方の悔しがる顔が見られるしね」

 

 そんな、不吉にして趣味の悪い事を言いながら、バンビエッタは残忍な笑みを浮かべて狛村達を睨みつける。

 ――その時だった。

 

『!?』

 

 瀞霊廷の上空に、異変が起こった。闇に覆われた空が突如として割れたのだ。その現象を、この場にいる者達だけでなく、瀞霊廷で戦っていた死神、滅却師(クインシー)の多くが目撃し、戦いを一時的に中断して空を見やった。

 

 

 

 

 

 

「おいおい! どういう事だよ!?」

「この状況で、奴らが来るってのか……」

「……」

 

 バズビーも、日番谷も、そして白哉も、驚愕しながら割れた空に視線を向ける。

 既にこの戦争で幾度も驚愕していた彼らだったが、この状況で更に混沌とした事態が起こるとは想像だにしていなかった。

 空が割れるこの現象に、三人とも心当たりがあった。そう、これは破面(アランカル)が空間を割って出現する時の現象、黒腔(ガルガンダ)が開いた証である。つまり、この戦場に破面(アランカル)が参戦したという事だ。

 

 空を割って現れた七体の人影。遠すぎて解らないが、恐らく十刃(エスパーダ)かそれに順ずる戦闘力の破面(アランカル)だろうと日番谷と白哉は予測する。

 死神と滅却師(クインシー)の争いに破面(アランカル)が介入する。それによる結果がどうなるか、死神も滅却師(クインシー)も理解出来ないでいた。

 一体破面(アランカル)は何を考えているのか。この状況を利用して漁夫の利を取ろうとしているのか。それとも他に目的があるのか。そこまで考えて、日番谷はある結論に至った。

 

「まさか……藍染を!?」

 

 そう、破面(アランカル)の主である藍染惣右介――現在は惣子ちゃん――を助けに来たのではないか、という結論だ。そしてそれはあり得ないとは言い切れなかった。

 今、瀞霊廷は戦火に包まれている。多くの死神が傷付き倒れ、死傷している。隊長格でも無事なものは少ないだろう。その状況ならば、藍染を助ける事も不可能ではないだろう。

 

「くそっ!」

 

 どうすればいいのか。この状況で破面(アランカル)を食い止める事が出来るのか。

 苦悩する日番谷だったが、その答えは不可能としか出てこなかった。日番谷は万全とは言いがたい状態であり、十刃(エスパーダ)を相手にして勝ち目があるとは言えないだろう。そもそも、目の前のバズビーを倒す事もままならない状況で、破面(アランカル)の相手など出来る筈もない。

 

「日番谷隊長。今は目の前の敵に集中すべきだ」

「だが、藍染を解放されたら尸魂界(ソウル・ソサエティ)は今度こそ終わりだぞ!」

 

 白哉が冷静な意見を述べるが、日番谷は白哉の言葉を理解しつつも藍染が解放される危惧を捨てる事は出来ない。それ程に、日番谷は藍染に対して執着染みた因縁を持っているのだ。

 

「はっ! まあ破面(アランカル)の奴らが何を考えているのかなんてどうでもいいか。どっちにしろ(ホロウ)みたいなもんだ。滅する事に変わりはねぇ」

 

 そう言って、バズビーは日番谷達に向き直り、その全身から炎を迸らせる。例え破面(アランカル)がどう動こうが関係はない。破面(アランカル)も元は(ホロウ)だ。ならば滅却師(クインシー)として滅却するほかない。

 そして、それより重要なのは目の前の敵を焼き尽くす事だ。ここまで二人で協力し、どうにか耐え忍んできたがそれも限界だ。

 

「さあ、そろそろ終いにしようぜ死神!」

「くっ!」

 

 そうしてバズビーが日番谷達に止めを刺そうとした時だった。瀞霊廷の空に現れた七体の人影が、一瞬にして瀞霊廷中に散らばった。そして――その内の一人が、日番谷達とバズビーの間に降り立った。

 

『!?』

 

 凄まじい速度で接近した破面(アランカル)に日番谷達もバズビーも驚愕する。

 日番谷達の前に現れたのは第2十刃(セグンダ・エスパーダ)のティア・ハリベル。かつて、偽空座(からくら)町にて日番谷と戦った十刃(エスパーダ)が、再び日番谷の前に現れたのだ。

 そして、他の戦場でも同じように死神と滅却師(クインシー)が驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

 ペルニダと戦っていた六車達の前に、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スタークが――

 

 

 

 

 

 

 キャンディス、リルトット、ミニーニャと戦っていた一護の前に、第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクと第4十刃(クアトロ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャックが――

 バンビエッタ、ジゼルと戦っていた狛村達の前に、第5十刃(クイント・エスパーダ)ルピ・アンテノールが――

 

 

 

 

 

 

 ジェラルドと戦っていた京楽達の前に、第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴが――

 

 

 

 

 

 

 そして、リジェと戦っていた市丸の前に、破面(アランカル)の王クアルソ・ソーンブラが現れた。

 死神と滅却師(クインシー)の前に現れた破面(アランカル)達は、互いに違う場所にいながら異口同音に声を上げる。

 

『助けに来てやったぞ、死神ども!』

 

 死神と滅却師(クインシー)が驚愕する発言と共に、破面(アランカル)最強の十刃(エスパーダ)達が戦場に乱入したのであった。

 

 


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