リジェを倒したクアルソは
「改めて、久しぶりだな市丸。話は聞いたが、死刑にならなくて良かったよ」
そう言いながら笑顔で近付いてくるクアルソに、市丸もどこか曖昧な笑みを浮かべながら返事をする。
「
「おいおい。一応は仲間だっただろう? そりゃ心配の一つもするさ」
まあ、
「まあそういう話は暇になってからにしよう。暇になった時に出来るわかんないけど。まずはお前の傷を治すか」
「……何から何まで世話になって申し訳ないわ」
普段厚顔な自覚がある市丸だったが、流石にクアルソに対しては申し訳ない気持ちが大きかった。
仇敵である藍染を倒したばかりか、死に掛けていた当時の自分を癒してもらった上に、今回の助太刀と再びの治療だ。ここまでされては市丸と言えど厚顔のままでいられる筈もなかった。
「気にすんな。
「せやな……。まだ僕には
二人は、致命的なまでの噛み違いに気付かないままだった。だが出会った時から大体こんな感じだったので、特に問題はなかった。
「そういう事だ。気にするなら借りとでも思っておいてくれ。後で女性死神とか紹介してくれればそれでいいよ。当然美女だぞ? 胸は大きめが良いけど、まあそこは小さくても許容範囲だ。出来るなら大人の女性がいいな。ゲームとかの話に付き合ってくれる女性が良いんだけど、瀞霊廷ってゲームとか普及してなさそうだからまあそこはいいか……。あと、出来れば強い人がいいな」
「……考えとくわ」
まるで成長していない……。改めてクアルソを見た市丸の素直な感想であった。
リジェと戦っている時はその戦闘能力の向上に驚愕したが、この変わりようの無さを見て逆の意味で市丸は驚愕する。
――あの時、藍染を倒した後のクアルソは何やったんやろ……――
「さて、これで大丈夫だろ」
「助かったわ。流石にあのままやったら移動もしんどかったとこや」
クアルソの回道による治療のおかげで、重傷だった市丸は無事に完治した。
市丸はクアルソに礼を言いつつ、以前よりも上がったその回道の腕に舌を巻く。戦闘力以外にも、どれ程の力を伸ばしているのか。
「よし。それじゃあ市丸の傷も治った事だし――」
「!?」
自分の傷が治った事で何があるのだろうか。そう疑問に思った市丸は、目の前にいたクアルソが一瞬で掻き消えた事に驚愕し目を見開く。
市丸の目を以ってしても姿を捉える事すら出来ない速度。やはりクアルソの実力は桁が幾つか違うと市丸は心底思い知らされる。そしてクアルソはどこに、何をしに移動したのかを探るが、霊子が濃すぎるこの空間ではまともな霊圧探知が働かず、クアルソの位置を特定出来ないでいた。
◆
ユーハバッハから“U”の
ナジャークープの能力である
本人も使い勝手は悪い能力と思っているが、対象の観察が完了してさえいれば誰であろうと、何人であろうと麻痺させる事が可能だ。戦闘中に身動きが取れなくなる事がどれ程恐ろしいかは想像に難くないだろう。
そんな能力を持っているナジャークープの戦いは、まず敵を観察するところから始まる。無闇矢鱈に戦ったりせず、相手の霊圧を観察して必勝の確信を得るのを待つのだ。慎重だが、戦術としては正しいものの一つだろう。
今回もナジャークープは同様の戦術を取った。敵を観察し、霊圧配置を計測し、
「んだよありゃ……まじバケモンかよ……」
だが、その敵を観察していたナジャークープに戦意は欠片もなかった。ある筈もなかった。
初めは、クアルソとリジェが戦う場面を遠目から見て、どちらが勝つかを確認しつつクアルソの霊圧を観察してもしリジェが敗れたら自分の手柄にしようという魂胆だった。
だが、その魂胆は僅かな時間で消え去った。リジェが敗れただけならばまだナジャークープの気概は残っていただろう。
しかし、
霊圧計測が出来ないという事は、
「勝てるわけねーだろあんなバケモンに……やめだやめだ。別の獲物を探すとするか」
ナジャークープは諦めた。クアルソを相手に挑んだところで命を無駄にするだけだ。なら他の死神を相手にした方が戦果も稼げるし、陛下の為にもなるというものだ。
そう気持ちを切り替えて、ナジャークープはこの場から去ろうとする。それなりに距離はあるし、隠れて観察していたし、戦場には霊子が充満している。ばれる要素はないが、万が一という事もあると判断してナジャークープは出来るだけ急ぎつつも慎重に移動を開始しようとした。
まあ、何もかもが甘く遅すぎる判断だったが。
「こんにちは」
「あ、こんにちは……え?」
気軽に掛けられた挨拶に思わず挨拶を返したナジャークープだったが、その相手を見て我が目と耳と脳を疑った。
そこに居たのは、先程まで市丸の治療をしていた筈のクアルソ・ソーンブラだった。
――え? なんで? 幻? いや本物? 攻撃いや逃走いや降参あ駄目だこれ間に合わ――
「げぅっ!?」
一瞬のうちに本人でも理解出来ない程に思考が超高速化したナジャークープだったが、その思考に肉体が追いつかず、クアルソの掌底を鳩尾に食らってその意識を闇に沈めた。
「……うん。こいつはさっきの奴ほど化物染みてはいないか」
ナジャークープに掌底を叩きこみ、振動と共に霊圧を内部に送り込んで鎖結と魄睡を大方破壊したクアルソが、ナジャークープがしばらく経っても再生する気配を見せない事からそんな台詞を吐いた。
リジェ程の不死身染みた
もっとも、リジェがクアルソの発言を聞いていたらお前に化物呼ばわりされたくないと叫んでいただろうが。
「さて、次はっと」
クアルソはそう呟いて、ナジャークープを次元幽閉する。
これでナジャークープはほぼ確実に無力化出来た。そして安全も保証される。少なくとも、死神に殺される可能性があるここに放置していくよりは遥かに安全だろう。
クアルソはリジェを殺したが、別に敵を全滅させたい訳ではない。殺さないで済むならそれに越した事はない。リジェに関しては殺さないと止まらないタイプの不死性と精神性だった為に、已む無く殺した結果だ。
ナジャークープに関してはそこまでする必要性を感じなかったので、鎖結と魄睡を破壊する事による無力化と閉次元への幽閉で十分だと判断したのだ。この戦争が一段落したら適当に解放してやる事にした。もちろん、今後敵対しない事を約束させた上でだが。
なお、当然ながら他の
そうしてナジャークープを閉次元に閉じ込めたクアルソは、再び
「ただいまー」
「おかえりー、じゃあらへんわ。何しに行ってたんや?」
「いや、なんか敵に見られてたからこう、さくっと」
「……」
むごい
「ところでクアルソはこれからどうするんや?」
恐らく、市丸はクアルソがユーハバッハを倒すつもりだろうとは理解している。クアルソは
藍染の乱で藍染を止めたのも、それに伴う被害を見過ごせなかったからだという。つくづく変わり者の
だが、クアルソの口から出た言葉を聞いて、市丸は己の耳を疑った。
「ああ。敵の首魁を止めたいけど、その前に藍染様の様子を見ておこうと思う」
「……」
藍染惣右介の様子を見る。それは、クアルソの口から出しては行けない言葉だった。
これが死神からの言葉なら、この現状をどうにかする為に大逆人の力も借りるべきだと判断したと思えるだろう。それを市丸が認めるか認めないかは別としてだが。
だがクアルソの、
「藍染の様子見てどうするつもりなんやクアルソ?」
市丸はクアルソに問い掛ける。その笑顔はいつもと変わらぬものだ。声も変わりなく穏やかで、誰が見ても普段通りの市丸ギンだろう。
だがその内心は違った。自然体でありながらクアルソの返答如何によってはいつでもクアルソを殺せるよう、敵対準備が整っていた。この場で真っ向から戦っても勝ち目はないだろう。だが、クアルソの真後ろから
然しものクアルソも、不意を突かれた状態で音速を遥かに超える攻撃を受けては躱す事も困難だろう。そして、命中しさえすれば
もしかしたら、これらすら効かない可能性はある。それは市丸も理解している。だが、万が一クアルソが藍染を解放する等と言い出せば、ここまでしてでも止めなくてはならないのだ。
そこまでの決意を秘めつつ、表に出さないようにクアルソに問い掛けた市丸だったが、その内心は粗方クアルソに読まれていた。
「落ち着けよ市丸。様子を見るだけだ。封印されてるんだろ? 出したりしないって。というか、封印から抜け出てるかもしれないから様子を見に行くんだ」
「な……!?」
巧妙に隠していた筈の真意を見抜かれていた事はともかく、藍染が封印から抜け出しているかもしれない事に市丸は大きな反応を見せる。
当然だ。無間に収容された囚人はそう簡単に封印から抜け出せる事はない。過去にそう言った例がない訳ではないが、藍染が受けた封印は過去の誰よりも厳重なものだ。崩玉と完全融合した藍染を封印するのだから当然の処置と言えよう。
それを自力で解くなど有り得ない。そう思った市丸だったが、すぐにその考えを改めた。そう、市丸は誰よりも知っている。藍染が死神の中の規格外という事を。最大限の慎重も、警戒も、全てを超える超越者だという事を。藍染の傍に居続けた市丸は誰よりもそれを理解しているのだ。
「……あの藍染惣右介なら、ありえんとは言えんわ。でも、なんでそれが解るんやクアルソ?」
「オレが
「霊圧……? この霊子濃度の中でか?」
市丸はクアルソの言葉を聞いて霊圧探知をしてみるが、やはり上手く行かない。膨大な霊圧があれば感知も出来るだろうが、この濃度では多少の霊圧も探知しにくくなってしまうのだ。
だがまあクアルソからすればこれくらいの濃度で霊圧を見逃す事はない。故に戦場の大体の霊圧を探知出来ている。そんなクアルソだからこそ気付いたのだ。遠くから藍染が霊圧を放出している事に。それが、自分を誘う為の行為だという事に。
「霊圧探知は得意なんだ」
「君、不得意な事ってあるの?」
女性と異性関係で仲良くなる事。
「オレにだって出来ない事くらいいっぱいある!」
主に童貞卒業とか。それはさておき、クアルソは改めて市丸に確認する。
「まあ、そういう訳で藍染様が封印から抜け出しているなら大事だろ? だから様子を見に行こうと思ったわけだ」
「大事というか……大惨事になるわ」
藍染がこの状況で抜け出したらどんな行動を取るか。クアルソに復讐の牙を剥くか、瀞霊廷を更なる混沌に追いやるか、
クアルソの言う通り、封印がどうなっているか確認しに行くのは必要かもしれない。
「だろ? 早速様子を見に行こう。と思ったけど、その前にまたやらなきゃいかん事が出来たみたいだ」
「?」
そう言って、クアルソはここから遠く離れた場所に目を向ける。クアルソの視線を追って市丸もそちらに目を向けると、そこで信じ難いモノを目にした。
「……怪獣大決戦やわぁ。ヤミーと、もう片方は
市丸の視界には、かなり遠距離だというのに肉眼ではっきりと解る程の巨人と怪獣が大規模な肉弾戦を行っていた。これには市丸も冷や汗を流した。
「まずはヤミーとあの巨人を止めてくるか。流石にこの規模は色々とまずい。行くぞ市丸。あそこには他に死神がいるようだから、何かあったら弁護して」
「僕も信用少ななっとるんやけど……。まあ出来るだけやってみるわ」
そう言って、クアルソと市丸はヤミーの下へと移動を開始した。
◆
京楽達の前に降り立ったヤミーの言葉を聞いて、この場にいた死神の誰もが疑問の声を上げる。
「僕達を?」
「助けに来た?」
「
元々死神と
それどころか無数の魂が重なって生まれた
もちろん世界のバランスの為とはいえ狩られる側の
ともかく、基本的に死神と
そんな
「けっ。俺はてめーらなんぞどうでもいいがよ。俺らの王様がてめーら死神を助けろって言うもんだからな。仕方なく来てやったんだ。ありがたく感謝しろゴミ虫共」
「なっ!? ふざけるな!! 貴様ら
「いやー、それは助かるねぇ。ほんと、困っていた処なんだよ」
余計な事を口走ろうとしていた砕蜂の口を塞ぎつつ、京楽はこの状況を打破する為にヤミーを利用しようと思い、軽薄な口調でヤミーに話を合わせる。
「過去の諍いは水に流して仲良くするというのは良い事だ。共に戦ってくれるならありがたい」
浮竹は持ち前のお人よしな性格が滲み出るような言葉を放つ。だが、それを聞いたヤミーは怪訝そうな表情をした。
「あ? 共に戦うだ? お前らみたいな雑魚がうろちょろしてりゃあ邪魔なんだよ。引っ込んでろ。こちとら死神に危害を加えるなって言われているんだ」
「何だと! 貴様の方こそ引っ込んで――むぐぅ!?」
京楽の手を振りほどき、再び余計な事を口走ろうとしていた砕蜂だったが、またも京楽に口を防がれて最後まで発言する事は出来なかった。
「そうかい? それならありがたく下がらせてもらうけど……。ところで、君に命令したのって誰なんだい?」
「あん? んなもんクアルソ様に決まってんだろうが」
京楽の質問に対し、何を当たり前の事をと返すヤミーだったが、クアルソが
だが、ある程度の予想は出来ていたようで、京楽としては藍染を倒したクアルソが残された
――なるほどねぇ。あの時も藍染惣右介を止めていたし、変わり者の
クアルソが部下でありながら絶対的な王であった藍染と戦ったのはただの下克上だというのが瀞霊廷での通説だったが、混乱を好まない変わり者の
そして今回の
「ふむ。
ジェラルドは乱入したヤミーに対し、そう言って手にした大剣を大きく掲げる。
ジェラルドの現在の身長は約15m。対するヤミーの身長は約4m。元々は230cm程の身長だが、ヤミーは暴食と睡眠によって力を蓄えてその大きさをある程度変える事が出来るのだ。
だが、それでもジェラルドとの身長差は大人と子ども以上だ。ヤミーの巨躯が小さく見えるほどの巨人ジェラルドが、その巨体に見合った大剣をヤミーに向かって全力で振り下ろした。
「はっ! おせぇんだよノロマ!!」
「!?」
だが、ヤミーはその巨大な一撃を見事な体裁きで躱した。それだけでなくジェラルドの振り下ろされた右手を両腕で思いきり掴み、ジェラルドが振り下ろした力と流れを利用して後方へと投げ飛ばす。
「な――」
「な――」
「な――」
「なんだってー!?」
ジェラルド、京楽、砕蜂、そして浮竹から驚愕の声が上がる。京楽も二刀の斬魄刀でジェラルドの攻撃を受け流し、大地に叩きつけたが、目の前で起きている現実には驚きだった。
あれはあくまで受け流しただけであり、ジェラルドは自分の力で大地に倒れたのだ。だが、ヤミーはジェラルドの力を利用しているとはいえ、自分の力を使ってジェラルドを持ち上げ投げ飛ばしたのだ。技術と力、その両方がなければ出来ない所業である。この、粗暴という言葉がそのまま形となった
「じゃあな! 消し飛べ!
ヤミーは大地に倒れたジェラルドの胴体向けて全力の
胴体に大穴が開いたまま倒れ伏すジェラルドを見て、ヤミーはつまらなそうに呟く。
「ちっ。んだよでかいから
呆気なく終わった事に不満を漏らすヤミー。だが、実は一撃で敵を倒した事でそれなりに鬱憤を晴らしていた。
だがそうとは知らない隊長達三人は、ジェラルドをいとも容易く屠ったヤミーを見て驚嘆していた。
「これはすごい……確か、彼は
「強くなっている……ということか」
「そのようだ。彼らも何もせず二年近くを過ごした訳じゃないみたいだ」
ヤミーはかつて二度ほど現世に攻め込んだ事がある。その両方で大暴れしたが、一度目は浦原に、二度目もやはり浦原に痛めつけられるという結果に終わっていた。
そのデータを見ている京楽達は、当時のヤミーと今のヤミーの間に圧倒的な戦力差がある事を見抜いた。藍染の乱以降、
だが、彼らの驚きはヤミーだけに留まらなかった。
「なんだ?」
ヤミーがジェラルドの死体を見てそんな声を上げる。いや、死体ではなかった。胴体に大穴が空いたはずのジェラルドが立ち上がり、その傷を再生させたのだ。
『!?』
ジェラルドの変化は胴部を再生させただけでは留まらなかった。ジェラルドの能力は
ジェラルドは既に身長という言葉を超え、全長と称すべき巨体になっていた。先ほどとは比べるまでもないその巨体は今や50mを超えているだろう。
「あれで死なないのはともかく、ここまで巨大化するとはね……僕らの常識なんにも通用しないねぇ」
「おい。どうする京楽……もはや私達ではどうしようもないぞ……。雀蜂雷公鞭が撃てたとしても、殺しきれる気がせん……」
「京楽。俺が砕蜂隊長を持とう。いざとなればお前の卍解しかない」
京楽の卍解ならまだ可能性はある。そう言って砕蜂を受け持とうとした浮竹だったが、ヤミーに起こった変化を目にしてその動きを止めた。
「ちっ。生きてりゃ生きてたでむかつくなおい……。さっきので死んでりゃそれなりにスカッとしたのによぉ。それとてめぇ……さっきから何見下ろしてんだ? ああ!?」
一撃で敵を倒した事に内心喜んでいたというのに、その喜びを無にするジェラルドの行為にヤミーは憤慨する。
それだけでない。元の巨体であった時もそうだったが、今や見上げても顔が見えない程に巨大化したジェラルドに見下ろされる。まるで虫のようにだ。そんな事が我慢出来るようならば、ヤミーは憤怒を司る
「ブチ切れろ!
ヤミーが斬魄刀を抜き放ち、そして解号を唱える。それと同時に、ヤミーが
「なっ!」
巨大化していくヤミーに浮竹が声を上げる。ヤミーが巨大化したのもそうだが、ヤミーの左肩にあった数字が変化した事にも驚いたのだ。
「そう言えば数字が変わる
京楽もまたその数字に反応した。京楽と浮竹はかつて
その数字よりも更に低い数字。そして、基本的に
「そうだ。俺様こそが
そう、
そしてヤミーの戦闘力は気分によって大きく変化する。怒れば怒るほどに強くなるし、巨大に、強大になっていく。しかもそれまでに受けた傷も再生するおまけ付きだ。
「ふはははは!! まさか我と同じくらい巨大になるとは!! だが、この程度を倒せずして何が奇跡か!!」
「奇跡だ? 戦いに奇跡もクソもあるかよ! つえぇ奴が勝つのが戦いだ!!」
大声だけで瀞霊廷が揺れる。そんな巨体同士がぶつかりあった。
「むぅん!!」
「おらぁぁ!!」
ジェラルドが巨大化と共に大きくなった大剣を振りかぶる。ヤミーはその一撃を振り下ろされる前にジェラルドの右手首を自身の左手首で抑え、右腕を振りかぶって正拳突きを叩きこもうとする。
その正拳突きをジェラルドは左手の大盾で防いだ。そしてそのまま大盾をヤミーに叩きつけようとする。盾は防ぐだけでなく、打撃武器としても使えるのだ。
「甘めぇ!」
ヤミーはつき出した右拳から巨大な
それを僅かな間に十数連発する事で盾ごとジェラルドを吹き飛ばす。
「むぅぅ!」
ヤミーの
「何だぁ?」
突如としてヤミーの体から血が吹き出したのだ。攻撃を受けた憶えはヤミーにはない。一体いつこのような傷が出来たのか。そんなヤミーの疑問はジェラルドが答えてくれた。
「我が力は奇跡! 奇跡とは民衆の想いを形にする事! 破壊出来ぬ我が体躯は民衆の“恐怖”で巨大なものとなり、民衆の“希望”を束ねて剣とした“
つまり、ジェラルドの持つ大剣“
「つまり、こっちの攻撃は敵を強くする上に……」
「剣を傷つければこっちも傷付く、と……」
「理不尽極まりないな……」
遠くから光の巨人と大怪獣の大決戦を見ていた京楽達が、ジェラルドの説明を聞いてそんな声を上げる。
倒すのが困難、というか倒し方に悩むような敵が、更に厄介な能力を秘めた武器を持っている。まさに理不尽とはこの事だろう。
「ああ? 良くわからねーが、その剣が邪魔なのは解った。ったくよ……イラつかせてくれるぜ……!」
ヤミーのその言葉と共に、ヤミーの体が更に変化する。更に巨大に、更に異形に、更に強大になったのだ。その大きさは100mほどになっただろうか。
「ふぅぅぅ。剣がどうとか不死身だとか、そんなの知った事かよ。何だろうが叩き潰して終わりだ!! クアルソ様ほど理不尽じゃねーだろどうせよぉ!!」
理不尽の権化の名前を叫びつつ、ヤミーは自分よりも小さくなったジェラルドを蹴り飛ばす。
「ぬぅぅぅ! 巨大になった我が見下ろされるとは! 初めての事だぞ
大盾で蹴りを防ぐも、完全に防ぎ切れてはおらずジェラルドの左腕は折れていた。それを
「お? ちっとはでっかくなったか。だがそれっぽっちじゃ足りねぇなぁ!」
そう、ジェラルドが更に大きくなったとは言っても、腕が折れた程度の傷では50mが55mになるのが良いところだ。100mを超えるヤミーからしたらまだ小人と言えよう。
そうしてヤミーは
ヤミーはジェラルドが放った横薙ぎの一撃を、ジェラルドの体を回りこむように躱す。100mの巨体が滑らかに動く様は不気味とすら言えた。巨大化しつつも動きを損なってはいないようだ。そうなるように修行を積まされたとも言う。
「そらよ!」
「むぅ!?」
ジェラルドの背後に素早く回りこんだヤミーは、ジェラルドの右腕を掴み関節を極め、そのままへし折った。そして右腕に持っていた
大怪獣と化したヤミーの怪力により、
だが、当然激怒しているのはヤミーだけではない。
「貴様! 民衆の希望を投げ捨てるとは!!」
「これで問題ねーだろ!? 死ねや!!」
「むおっ!」
「ちょっ!」
「京楽! 空に逃げるぞ!」
「あいつ……瀞霊廷を破壊する気か!?」
ヤミーがその巨体で大地を踏みつけた事で瀞霊廷が揺れた。その影響で周囲の建物が倒壊していく。それに巻き込まれないよう、京楽達は空中の霊子を固めて大地から離れた。
だが、大地を踏みしめてヤミーに向かっていたジェラルドはその影響を受けた。大地が揺れただけでなく、一部は陥没までした為に、それで足を取られてバランスを崩したのだ。そこを狙わないヤミーではなかった。
「おらよ!」
「!!」
ヤミーはジェラルドがバランスを崩した所を狙い全力で蹴り上げる。その強烈な一撃により、ジェラルドの巨体が宙に浮いた。そして、そこを狙って更なる一撃が放たれた。
「消し飛べ!
今のヤミーの体に傷はない。だが、それは傷が再生しただけで傷を受けていた事に変わりはない。つまり、ヤミーの体にはヤミーの血液が付着していた。
その血を触媒として、ヤミーは
次元を歪ませる膨大な霊圧の放出。それに飲み込まれそうになったジェラルドはどうにか回避しようとする。背中の翼は伊達ではなく、この巨体でも空を飛ぶ事が出来るのだ。
だが、それで出来たのは直撃から僅かに逃れるくらいだった。全身が飲み込まれる事はなかったが、その上半身はヤミーの
ヤミーの
「あ、あんなものを瀞霊廷内で放つとは……!」
「いやいや砕蜂隊長。どうも彼、あれでも瀞霊廷を気遣ってくれてるみたいだよ」
「そのようだな……先程の巨大な
そう、ヤミーは瀞霊廷を出来るだけ巻き込まないように戦っていた。ヤミーの周囲はもう大分ボロボロだが。それでも、
ヤミーがジェラルドを態々宙に浮かせて
その点に関しては強大な一撃という点では周囲の環境を気遣う必要のある砕蜂も察する事は出来た。まあ、やはり
なお、ヤミーは別に瀞霊廷を気遣って
「へ。これでも復活するか? ああ?」
ヤミーは上半身が消し飛んだジェラルドに向けてそう言った。ヤミーの
上半身、すなわち生きる上で必要な脳、脊髄、心臓、肺といった重要器官が全て消し飛んだのだ。これで生きているような生物などいる訳がないだろう。
まあ、そういう化物の集団が、ユーハバッハの
「嘘でしょ?」
「まだ、生きているというのか……!」
「化物めっ!」
上半身を消し飛ばした事で流石に死んだだろうと思った京楽達は、宙に浮くジェラルドの体を見て慄いていた。
ジェラルドの体は、
そんな
「ちっ。本当に復活しやがった。あー、面倒くせぇ奴だなてめーは!」
「我『
光の巨人となり性格が変わったのか、それとも理性を失っているのか、ジェラルドは以前とはどこか違う言葉遣いでヤミーに拳を振るう。それをヤミーは受け止め、返すように拳を振るう。
そうして、巨人と怪獣の肉弾戦が始まった。互いに傷付くも、その傷は互いの能力によって再生される。そしてその度に強く、大きくなる。
「おいおいまずいんじゃない? このままじゃ幾ら何でも瀞霊廷が持たないよ。おーい君達? 出来るなら瀞霊廷の外でやってくれないかな?」
「おらあぁぁぁ!!」
「――!!」
「あれま。聞こえてないみたい」
既に京楽の声が届くような次元の戦いではなかった。全力で戦っている時に足元の虫がさえずった所で耳に入りはしないだろう。それと同じようなものだ。
「さて、どうしようかねこれ」
「俺達に出来るのは、他の死神が巻き込まれないように避難させるくらいか?」
「いや、こんな化物が戦っているんだ。嫌でも目に付く。誰だってこんな奴らの近くに来るものか……」
浮竹の言葉に砕蜂がそう返す。まさしくその通りだろう。100mを超える化物同士の戦いだ。瀞霊廷のどこにいてもこの戦いに気付くだろう。好んでこの戦いに乱入するような馬鹿などいるとは思えなかった。
だが、一人だけそういう馬鹿がいたようだ。そう、この化物然としたヤミーすら統べる化物の中の化物。童貞の中の童貞。
「落ち着けヤミー!」
「うおっ!?」
「――!?」
「く、クアルソ様かよ! なんだよ? 俺はアンタの命令通り
「まあ、それは解っている。お前が死神を殺さないように配慮したのもな。そこは良くやった。だが、ここまででかくなったお前やそこの
「ああ? 死神を巻き込んでねーからいいじゃねぇかよ……」
「死神が暮らす街がなくなったらあかんだろ、全く……」
クアルソの注意に対し、その巨体には似合わない小さな声で文句を垂れるヤミー。そのヤミーに呆れつつ溜め息を吐くクアルソ。
そんな両者を見ながら、京楽達は事の成り行きを見守っていた。
「あれって、確かクアルソ・ソーンブラだね」
「ああ。あのヤミーという
「二年前の戦いでも少しだが見たな。奴があのヤミーを御しているというのか?」
あの化物を御すクアルソを見て、砕蜂が信じられないように呟く。それ程までにヤミーの力は凄まじく、巨大だった。そんなヤミーをああも萎縮させるクアルソの実力は一体どれ程のものか、そして死神を助ける真意は一体何なのか。砕蜂だけでなく、京楽達の疑問は尽きなかった。
「――!」
「おっと」
ジェラルドが突如として現れたクアルソに向けて拳を振るう。クアルソ・ソーンブラはユーハバッハが認めた最強の敵だ。それを打倒する事は神の戦士としての義務であり、最高の誉れでもある。
そうしてジェラルドがヤミーからクアルソへと攻撃目標を変更する。だが、ヤミーの相手を奪うつもりはクアルソにはない。まあ負けそうになっていたら話は別だが、そうでもないようなのでここはヤミーに任せる事にした。
「とにかく、暴れるなら瀞霊廷の外でやれ。いいな」
「そうは言うけどよ。
ヤミーの言う事は尤もだ。瀞霊廷の中で暴れる
そんなヤミーの当然の疑問に対し、クアルソは力技でそれを解決する手段を取った。
「ああ、だからこうするんだ!」
「――!?」
クアルソはジェラルドの下から持ち上げるように
クアルソは更に
「
駄目押しとばかりにクアルソは
「よし。ほら、お前も行って来い。あそこなら誰にも気兼ねする事なく全力で戦っていいぞ。道中にある街とか人を踏むなよ」
「ちっ! はいはい解りましたよクアルソ様!」
いちいち細かい注文をつけてくるクアルソに悪態を吐きつつ、ヤミーはその巨体から考えられない程の
こうして、瀞霊廷の一角を破壊した大怪獣決戦は、
圧倒的パワーとそれを活かすテクニックを得たハイパーヤミー。でも巨体過ぎて瀞霊廷が危ないから