どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第三十二話

 リジェを倒したクアルソは響転(ソニード)にて市丸の前まで移動する。

 

「改めて、久しぶりだな市丸。話は聞いたが、死刑にならなくて良かったよ」

 

 そう言いながら笑顔で近付いてくるクアルソに、市丸もどこか曖昧な笑みを浮かべながら返事をする。

 

破面(アランカル)に心配されるなんてなぁ。まあクアルソやから、そういうこともあるか」

「おいおい。一応は仲間だっただろう? そりゃ心配の一つもするさ」

 

 破面(アランカル)に心配される死神という構図に可笑しな想いを抱く市丸だったが、クアルソからすれば市丸は童貞仲間なので、心配するのは当然の事だった。

 まあ、破面(アランカル)が仲間を心配するという事が少ないので、どちらが一般的な感覚かと言えばやはり市丸だと言えよう。

 

「まあそういう話は暇になってからにしよう。暇になった時に出来るわかんないけど。まずはお前の傷を治すか」

「……何から何まで世話になって申し訳ないわ」

 

 普段厚顔な自覚がある市丸だったが、流石にクアルソに対しては申し訳ない気持ちが大きかった。

 仇敵である藍染を倒したばかりか、死に掛けていた当時の自分を癒してもらった上に、今回の助太刀と再びの治療だ。ここまでされては市丸と言えど厚顔のままでいられる筈もなかった。

 

「気にすんな。成すべき事(脱童貞)を成す前に死ぬなんて、男として悲しい事だからな」

「せやな……。まだ僕にはやらなあかん事(乱菊に干し柿をあげる)があるしな。はよ滅却師(クインシー)倒して瀞霊廷には元に戻ってもらわな困るわ」

 

 二人は、致命的なまでの噛み違いに気付かないままだった。だが出会った時から大体こんな感じだったので、特に問題はなかった。

 

「そういう事だ。気にするなら借りとでも思っておいてくれ。後で女性死神とか紹介してくれればそれでいいよ。当然美女だぞ? 胸は大きめが良いけど、まあそこは小さくても許容範囲だ。出来るなら大人の女性がいいな。ゲームとかの話に付き合ってくれる女性が良いんだけど、瀞霊廷ってゲームとか普及してなさそうだからまあそこはいいか……。あと、出来れば強い人がいいな」

「……考えとくわ」

 

 まるで成長していない……。改めてクアルソを見た市丸の素直な感想であった。

 リジェと戦っている時はその戦闘能力の向上に驚愕したが、この変わりようの無さを見て逆の意味で市丸は驚愕する。

 

 ――あの時、藍染を倒した後のクアルソは何やったんやろ……――

 

 帰刃(レスレクシオン)した時の武人モードを引き摺っていたクアルソと今のクアルソ、その差の違いに市丸は困惑するが、今はどうでも良い事かと思考の隅に置いておく事にした。

 

「さて、これで大丈夫だろ」

「助かったわ。流石にあのままやったら移動もしんどかったとこや」

 

 クアルソの回道による治療のおかげで、重傷だった市丸は無事に完治した。

 市丸はクアルソに礼を言いつつ、以前よりも上がったその回道の腕に舌を巻く。戦闘力以外にも、どれ程の力を伸ばしているのか。

 

「よし。それじゃあ市丸の傷も治った事だし――」

「!?」

 

 自分の傷が治った事で何があるのだろうか。そう疑問に思った市丸は、目の前にいたクアルソが一瞬で掻き消えた事に驚愕し目を見開く。

 市丸の目を以ってしても姿を捉える事すら出来ない速度。やはりクアルソの実力は桁が幾つか違うと市丸は心底思い知らされる。そしてクアルソはどこに、何をしに移動したのかを探るが、霊子が濃すぎるこの空間ではまともな霊圧探知が働かず、クアルソの位置を特定出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 ユーハバッハから“U”の聖文字(シュリフト)を賜った星十字騎士団(シュテルンリッター)。“無防備(ジ・アンダーベリー)”のナナナ・ナジャークープは、その能力で敵を観察していた。

 ナジャークープの能力である無防備(ジ・アンダーベリー)は、対象の霊圧を観察してその霊圧配置を正確に計測することで、対象を身動きできない麻痺状態や気絶状態に追いやる事が出来る能力だ。

 本人も使い勝手は悪い能力と思っているが、対象の観察が完了してさえいれば誰であろうと、何人であろうと麻痺させる事が可能だ。戦闘中に身動きが取れなくなる事がどれ程恐ろしいかは想像に難くないだろう。

 

 そんな能力を持っているナジャークープの戦いは、まず敵を観察するところから始まる。無闇矢鱈に戦ったりせず、相手の霊圧を観察して必勝の確信を得るのを待つのだ。慎重だが、戦術としては正しいものの一つだろう。

 今回もナジャークープは同様の戦術を取った。敵を観察し、霊圧配置を計測し、無防備(ジ・アンダーベリー)で無力化出来るようにしようとしたのだ。

 

「んだよありゃ……まじバケモンかよ……」

 

 だが、その敵を観察していたナジャークープに戦意は欠片もなかった。ある筈もなかった。

 星十字騎士団(シュテルンリッター)でも最上位クラスの戦闘力を持つリジェ・バロが、為す術もなく敗れる様を見て、あの化物(クアルソ)に戦いを挑もうという気概は消えてなくなったのだ。

 

 初めは、クアルソとリジェが戦う場面を遠目から見て、どちらが勝つかを確認しつつクアルソの霊圧を観察してもしリジェが敗れたら自分の手柄にしようという魂胆だった。

 だが、その魂胆は僅かな時間で消え去った。リジェが敗れただけならばまだナジャークープの気概は残っていただろう。無防備(ジ・アンダーベリー)でクアルソを無力化し、そして倒そうと思っただろう。

 しかし、滅却師(クインシー)の誰も知らない事だが、クアルソは自身に効果を及ぼす特殊能力を無効化する【ボス属性】を有していた。それにより、ナジャークープはどれだけ観察してもクアルソの霊圧配置を計測する事が出来なかったのだ。

 霊圧計測が出来ないという事は、無防備(ジ・アンダーベリー)が通じないという事だ。つまり、クアルソに勝つには純粋な自力に頼るしかないという事である。

 

「勝てるわけねーだろあんなバケモンに……やめだやめだ。別の獲物を探すとするか」

 

 ナジャークープは諦めた。クアルソを相手に挑んだところで命を無駄にするだけだ。なら他の死神を相手にした方が戦果も稼げるし、陛下の為にもなるというものだ。

 そう気持ちを切り替えて、ナジャークープはこの場から去ろうとする。それなりに距離はあるし、隠れて観察していたし、戦場には霊子が充満している。ばれる要素はないが、万が一という事もあると判断してナジャークープは出来るだけ急ぎつつも慎重に移動を開始しようとした。

 まあ、何もかもが甘く遅すぎる判断だったが。

 

「こんにちは」

「あ、こんにちは……え?」

 

 気軽に掛けられた挨拶に思わず挨拶を返したナジャークープだったが、その相手を見て我が目と耳と脳を疑った。

 そこに居たのは、先程まで市丸の治療をしていた筈のクアルソ・ソーンブラだった。

 

 ――え? なんで? 幻? いや本物? 攻撃いや逃走いや降参あ駄目だこれ間に合わ――

 

「げぅっ!?」

 

 一瞬のうちに本人でも理解出来ない程に思考が超高速化したナジャークープだったが、その思考に肉体が追いつかず、クアルソの掌底を鳩尾に食らってその意識を闇に沈めた。

 

「……うん。こいつはさっきの奴ほど化物染みてはいないか」

 

 ナジャークープに掌底を叩きこみ、振動と共に霊圧を内部に送り込んで鎖結と魄睡を大方破壊したクアルソが、ナジャークープがしばらく経っても再生する気配を見せない事からそんな台詞を吐いた。

 リジェ程の不死身染みた滅却師(クインシー)星十字騎士団(シュテルンリッター)でも極僅かだ。ナジャークープからしたら一緒にしないでくれと言いたいところだろう。

 もっとも、リジェがクアルソの発言を聞いていたらお前に化物呼ばわりされたくないと叫んでいただろうが。

 

「さて、次はっと」

 

 クアルソはそう呟いて、ナジャークープを次元幽閉する。十刃(エスパーダ)を閉次元に閉じ込める反膜の匪(カハ・ネガシオン)の仕組みを応用して作った幽閉用の鬼道だ。縛道の一種と言えよう。

 これでナジャークープはほぼ確実に無力化出来た。そして安全も保証される。少なくとも、死神に殺される可能性があるここに放置していくよりは遥かに安全だろう。

 クアルソはリジェを殺したが、別に敵を全滅させたい訳ではない。殺さないで済むならそれに越した事はない。リジェに関しては殺さないと止まらないタイプの不死性と精神性だった為に、已む無く殺した結果だ。

 ナジャークープに関してはそこまでする必要性を感じなかったので、鎖結と魄睡を破壊する事による無力化と閉次元への幽閉で十分だと判断したのだ。この戦争が一段落したら適当に解放してやる事にした。もちろん、今後敵対しない事を約束させた上でだが。

 なお、当然ながら他の十刃(エスパーダ)達には敵を殺すな等とは一言も言っていない。それで十刃(エスパーダ)が負けたら本末転倒というものだ。まあ、絶対に殺せとも言っていないが。

 

 そうしてナジャークープを閉次元に閉じ込めたクアルソは、再び響転(ソニード)で市丸の下へと移動する。

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりー、じゃあらへんわ。何しに行ってたんや?」

「いや、なんか敵に見られてたからこう、さくっと」

「……」

 

 むごい滅却師(クインシー)も居たものだと、市丸は内心で名も知らぬだろう滅却師(クインシー)に同情した。

 

「ところでクアルソはこれからどうするんや?」

 

 恐らく、市丸はクアルソがユーハバッハを倒すつもりだろうとは理解している。クアルソは破面(アランカル)でありながら、現世や尸魂界(ソウル・ソサエティ)を気遣っている節が見られていたからだ。

 藍染の乱で藍染を止めたのも、それに伴う被害を見過ごせなかったからだという。つくづく変わり者の破面(アランカル)だと市丸は思う。

 だが、クアルソの口から出た言葉を聞いて、市丸は己の耳を疑った。

 

「ああ。敵の首魁を止めたいけど、その前に藍染様の様子を見ておこうと思う」

「……」

 

 藍染惣右介の様子を見る。それは、クアルソの口から出しては行けない言葉だった。

 これが死神からの言葉なら、この現状をどうにかする為に大逆人の力も借りるべきだと判断したと思えるだろう。それを市丸が認めるか認めないかは別としてだが。

 だがクアルソの、破面(アランカル)の口から出たなら話は変わる。破面(アランカル)の王として君臨していた藍染の様子を、かつての部下が見に行く。そこにどんな意味があるのか深く考えるまでもなく想像出来るだろう。

 

「藍染の様子見てどうするつもりなんやクアルソ?」

 

 市丸はクアルソに問い掛ける。その笑顔はいつもと変わらぬものだ。声も変わりなく穏やかで、誰が見ても普段通りの市丸ギンだろう。

 だがその内心は違った。自然体でありながらクアルソの返答如何によってはいつでもクアルソを殺せるよう、敵対準備が整っていた。この場で真っ向から戦っても勝ち目はないだろう。だが、クアルソの真後ろから神殺槍(かみしにのやり)を伸ばしたらどうだろうか? クアルソが戦闘中に神殺槍(かみしにのやり)を伸ばしたらどうだろうか?

 然しものクアルソも、不意を突かれた状態で音速を遥かに超える攻撃を受けては躱す事も困難だろう。そして、命中しさえすれば神殺槍(かみしにのやり)の真の力である魂魄を溶かす猛毒で殺す事が出来る。

 もしかしたら、これらすら効かない可能性はある。それは市丸も理解している。だが、万が一クアルソが藍染を解放する等と言い出せば、ここまでしてでも止めなくてはならないのだ。

 そこまでの決意を秘めつつ、表に出さないようにクアルソに問い掛けた市丸だったが、その内心は粗方クアルソに読まれていた。

 

「落ち着けよ市丸。様子を見るだけだ。封印されてるんだろ? 出したりしないって。というか、封印から抜け出てるかもしれないから様子を見に行くんだ」

「な……!?」

 

 巧妙に隠していた筈の真意を見抜かれていた事はともかく、藍染が封印から抜け出しているかもしれない事に市丸は大きな反応を見せる。

 当然だ。無間に収容された囚人はそう簡単に封印から抜け出せる事はない。過去にそう言った例がない訳ではないが、藍染が受けた封印は過去の誰よりも厳重なものだ。崩玉と完全融合した藍染を封印するのだから当然の処置と言えよう。

 それを自力で解くなど有り得ない。そう思った市丸だったが、すぐにその考えを改めた。そう、市丸は誰よりも知っている。藍染が死神の中の規格外という事を。最大限の慎重も、警戒も、全てを超える超越者だという事を。藍染の傍に居続けた市丸は誰よりもそれを理解しているのだ。

 

「……あの藍染惣右介なら、ありえんとは言えんわ。でも、なんでそれが解るんやクアルソ?」

「オレが尸魂界(ソウル・ソサエティ)に来て少ししたら藍染様の霊圧を感じ出したからなぁ。どう考えても誘われています」

「霊圧……? この霊子濃度の中でか?」

 

 市丸はクアルソの言葉を聞いて霊圧探知をしてみるが、やはり上手く行かない。膨大な霊圧があれば感知も出来るだろうが、この濃度では多少の霊圧も探知しにくくなってしまうのだ。

 だがまあクアルソからすればこれくらいの濃度で霊圧を見逃す事はない。故に戦場の大体の霊圧を探知出来ている。そんなクアルソだからこそ気付いたのだ。遠くから藍染が霊圧を放出している事に。それが、自分を誘う為の行為だという事に。

 

「霊圧探知は得意なんだ」

「君、不得意な事ってあるの?」

 

 女性と異性関係で仲良くなる事。

 

「オレにだって出来ない事くらいいっぱいある!」

 

 主に童貞卒業とか。それはさておき、クアルソは改めて市丸に確認する。

 

「まあ、そういう訳で藍染様が封印から抜け出しているなら大事だろ? だから様子を見に行こうと思ったわけだ」

「大事というか……大惨事になるわ」

 

 藍染がこの状況で抜け出したらどんな行動を取るか。クアルソに復讐の牙を剥くか、瀞霊廷を更なる混沌に追いやるか、滅却師(クインシー)だけを狙うのか。市丸にすら読みきれない事だ。

 クアルソの言う通り、封印がどうなっているか確認しに行くのは必要かもしれない。

 

「だろ? 早速様子を見に行こう。と思ったけど、その前にまたやらなきゃいかん事が出来たみたいだ」

「?」

 

 そう言って、クアルソはここから遠く離れた場所に目を向ける。クアルソの視線を追って市丸もそちらに目を向けると、そこで信じ難いモノを目にした。

 

「……怪獣大決戦やわぁ。ヤミーと、もう片方は滅却師(クインシー)かいな。あんな大きゅうなって……瀞霊廷が粉々になるわ」

 

 市丸の視界には、かなり遠距離だというのに肉眼ではっきりと解る程の巨人と怪獣が大規模な肉弾戦を行っていた。これには市丸も冷や汗を流した。

 

「まずはヤミーとあの巨人を止めてくるか。流石にこの規模は色々とまずい。行くぞ市丸。あそこには他に死神がいるようだから、何かあったら弁護して」

「僕も信用少ななっとるんやけど……。まあ出来るだけやってみるわ」

 

 そう言って、クアルソと市丸はヤミーの下へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 京楽達の前に降り立ったヤミーの言葉を聞いて、この場にいた死神の誰もが疑問の声を上げる。

 

「僕達を?」

「助けに来た?」

破面(アランカル)が、だと?」

 

 破面(アランカル)が死神を助ける。それがどれだけ異常な事か、隊長である彼らは理解していた。

 元々死神と破面(アランカル)は敵対している。というよりも、一方的に敵視しているのは実は破面(アランカル)の方だ。死神はあくまで世界のバランスの為に(ホロウ)を狩っているのであり、破面(アランカル)だから絶対に殺すという風に考えてはいない。

 それどころか無数の魂が重なって生まれた破面(アランカル)――正確には破面(アランカル)の元となった大虚(メノス)――は無闇に殺さないようにしている。無数の魂を得た破面(アランカル)を殺した場合、現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)の魂の総量のバランスが崩れる可能性があるからだ。そうした理由もあり、死神は積極的に破面(アランカル)を狩ろうとはしないのだ。敵が攻め込んで来れば話は変わるが。

 もちろん世界のバランスの為とはいえ狩られる側の(ホロウ)破面(アランカル)が大人しく狩られる訳もなく、やられる前にやる、死神の魂を食らって更に強くなるなどの思惑で死神と敵対している。そういった悪事を働く(ホロウ)破面(アランカル)に対しては、瀞霊廷も積極的に死神を差し向けるだろう。

 

 ともかく、基本的に死神と破面(アランカル)は敵対している。藍染率いる破面(アランカル)と護廷十三隊が殺し合いをした事からそれは顕著だろう。

 そんな破面(アランカル)が死神を助けに来たなどと宣ったのだ。京楽達の疑問は尤もだった。

 

「けっ。俺はてめーらなんぞどうでもいいがよ。俺らの王様がてめーら死神を助けろって言うもんだからな。仕方なく来てやったんだ。ありがたく感謝しろゴミ虫共」

「なっ!? ふざけるな!! 貴様ら破面(アランカル)に助けられずとも――もごぉ!?」

「いやー、それは助かるねぇ。ほんと、困っていた処なんだよ」

 

 余計な事を口走ろうとしていた砕蜂の口を塞ぎつつ、京楽はこの状況を打破する為にヤミーを利用しようと思い、軽薄な口調でヤミーに話を合わせる。

 

「過去の諍いは水に流して仲良くするというのは良い事だ。共に戦ってくれるならありがたい」

 

 浮竹は持ち前のお人よしな性格が滲み出るような言葉を放つ。だが、それを聞いたヤミーは怪訝そうな表情をした。

 

「あ? 共に戦うだ? お前らみたいな雑魚がうろちょろしてりゃあ邪魔なんだよ。引っ込んでろ。こちとら死神に危害を加えるなって言われているんだ」

「何だと! 貴様の方こそ引っ込んで――むぐぅ!?」

 

 京楽の手を振りほどき、再び余計な事を口走ろうとしていた砕蜂だったが、またも京楽に口を防がれて最後まで発言する事は出来なかった。

 

「そうかい? それならありがたく下がらせてもらうけど……。ところで、君に命令したのって誰なんだい?」

「あん? んなもんクアルソ様に決まってんだろうが」

 

 京楽の質問に対し、何を当たり前の事をと返すヤミーだったが、クアルソが破面(アランカル)を率いているという情報は瀞霊廷も未入手だった。これを知っている死神は浦原くらいだ。

 だが、ある程度の予想は出来ていたようで、京楽としては藍染を倒したクアルソが残された破面(アランカル)を率いた事に疑問は抱かなかった。

 

 ――なるほどねぇ。あの時も藍染惣右介を止めていたし、変わり者の破面(アランカル)というのも頷けるかな?――

 

 クアルソが部下でありながら絶対的な王であった藍染と戦ったのはただの下克上だというのが瀞霊廷での通説だったが、混乱を好まない変わり者の破面(アランカル)という見方も少数ながらあった。

 そして今回の破面(アランカル)の助太刀から、その少数の見方が正しいかもしれないと京楽は考える。もちろん、本人を見て判断しない限り解らない事だが。

 

「ふむ。破面(アランカル)が来るとはな。しかぁし! 例え敵がどれだけ増えようと、どれだけ強大になろうと、それでも勝利してこそ奇跡というもの!」

 

 ジェラルドは乱入したヤミーに対し、そう言って手にした大剣を大きく掲げる。

 ジェラルドの現在の身長は約15m。対するヤミーの身長は約4m。元々は230cm程の身長だが、ヤミーは暴食と睡眠によって力を蓄えてその大きさをある程度変える事が出来るのだ。

 だが、それでもジェラルドとの身長差は大人と子ども以上だ。ヤミーの巨躯が小さく見えるほどの巨人ジェラルドが、その巨体に見合った大剣をヤミーに向かって全力で振り下ろした。

 

「はっ! おせぇんだよノロマ!!」

「!?」

 

 だが、ヤミーはその巨大な一撃を見事な体裁きで躱した。それだけでなくジェラルドの振り下ろされた右手を両腕で思いきり掴み、ジェラルドが振り下ろした力と流れを利用して後方へと投げ飛ばす。

 

「な――」

「な――」

「な――」

「なんだってー!?」

 

 ジェラルド、京楽、砕蜂、そして浮竹から驚愕の声が上がる。京楽も二刀の斬魄刀でジェラルドの攻撃を受け流し、大地に叩きつけたが、目の前で起きている現実には驚きだった。

 あれはあくまで受け流しただけであり、ジェラルドは自分の力で大地に倒れたのだ。だが、ヤミーはジェラルドの力を利用しているとはいえ、自分の力を使ってジェラルドを持ち上げ投げ飛ばしたのだ。技術と力、その両方がなければ出来ない所業である。この、粗暴という言葉がそのまま形となった破面(アランカル)に、そんな芸当が出来るとは誰も思ってもいなかったようだ。

 

「じゃあな! 消し飛べ! 虚閃(セロ)!!」

 

 ヤミーは大地に倒れたジェラルドの胴体向けて全力の虚閃(セロ)を放った。その一撃は凄まじく、巨人となったジェラルドの胴体に大きな穴を開ける程である。

 胴体に大穴が開いたまま倒れ伏すジェラルドを見て、ヤミーはつまらなそうに呟く。

 

「ちっ。んだよでかいから()り甲斐があると思ってここに来たってのによぉ」

 

 呆気なく終わった事に不満を漏らすヤミー。だが、実は一撃で敵を倒した事でそれなりに鬱憤を晴らしていた。虚圏(ウェコムンド)では対戦相手を殺しては咎められていたので、気兼ねなく力を振るえて多少は満足したようだ。多少だが。

 だがそうとは知らない隊長達三人は、ジェラルドをいとも容易く屠ったヤミーを見て驚嘆していた。

 

「これはすごい……確か、彼は十刃(エスパーダ)の一人であるヤミー・リヤルゴだった筈。過去のデータではここまでの強さはなかったと思うんだけどねぇ」

「強くなっている……ということか」

「そのようだ。彼らも何もせず二年近くを過ごした訳じゃないみたいだ」

 

 ヤミーはかつて二度ほど現世に攻め込んだ事がある。その両方で大暴れしたが、一度目は浦原に、二度目もやはり浦原に痛めつけられるという結果に終わっていた。

 そのデータを見ている京楽達は、当時のヤミーと今のヤミーの間に圧倒的な戦力差がある事を見抜いた。藍染の乱以降、破面(アランカル)も力を付けている事は当然予想していたが、その予想を遥かに上回る成長に驚きを隠せないでいた。

 だが、彼らの驚きはヤミーだけに留まらなかった。

 

「なんだ?」

 

 ヤミーがジェラルドの死体を見てそんな声を上げる。いや、死体ではなかった。胴体に大穴が空いたはずのジェラルドが立ち上がり、その傷を再生させたのだ。

 

『!?』

 

 ジェラルドの変化は胴部を再生させただけでは留まらなかった。ジェラルドの能力は奇跡(ザ・ミラクル)。傷を負えば負うほど、強靭に、強大に、巨大になるという理不尽な能力。どれ程の重傷だろうと再生させ、更に強い戦士として復活するのだ。

 

 ジェラルドは既に身長という言葉を超え、全長と称すべき巨体になっていた。先ほどとは比べるまでもないその巨体は今や50mを超えているだろう。

 

「あれで死なないのはともかく、ここまで巨大化するとはね……僕らの常識なんにも通用しないねぇ」

「おい。どうする京楽……もはや私達ではどうしようもないぞ……。雀蜂雷公鞭が撃てたとしても、殺しきれる気がせん……」

「京楽。俺が砕蜂隊長を持とう。いざとなればお前の卍解しかない」

 

 京楽の卍解ならまだ可能性はある。そう言って砕蜂を受け持とうとした浮竹だったが、ヤミーに起こった変化を目にしてその動きを止めた。

 

「ちっ。生きてりゃ生きてたでむかつくなおい……。さっきので死んでりゃそれなりにスカッとしたのによぉ。それとてめぇ……さっきから何見下ろしてんだ? ああ!?」

 

 一撃で敵を倒した事に内心喜んでいたというのに、その喜びを無にするジェラルドの行為にヤミーは憤慨する。

 それだけでない。元の巨体であった時もそうだったが、今や見上げても顔が見えない程に巨大化したジェラルドに見下ろされる。まるで虫のようにだ。そんな事が我慢出来るようならば、ヤミーは憤怒を司る十刃(エスパーダ)にはなっていないだろう。

 

「ブチ切れろ! 憤獣(イーラ)!!」

 

 ヤミーが斬魄刀を抜き放ち、そして解号を唱える。それと同時に、ヤミーが破面(アランカル)としての真の力を発揮した。そう、破面(アランカル)の全力形態、帰刃(レスレクシオン)である。

 

「なっ!」

 

 巨大化していくヤミーに浮竹が声を上げる。ヤミーが巨大化したのもそうだが、ヤミーの左肩にあった数字が変化した事にも驚いたのだ。

 

「そう言えば数字が変わる破面(アランカル)というのも彼だったね」

 

 京楽もまたその数字に反応した。京楽と浮竹はかつて第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)のコヨーテ・スタークと戦った事がある。その時にスタークの実力の高さは嫌と言うほど理解していた。

 その数字よりも更に低い数字。そして、基本的に十刃(エスパーダ)は数字が低ければ低い程強いという決まりがある。つまり――

 

「そうだ。俺様こそが十刃(エスパーダ)最強! 第0十刃(セロ・エスパーダ)のヤミー・リヤルゴ様だ!!」

 

 そう、帰刃(レスレクシオン)したヤミーは紛れもなく十刃(エスパーダ)で最強の存在だ。そのタフネスと破壊力と再生力は群を抜いているだろう。スタークにも勝ち目はあるが、スターク自身は面倒過ぎるので戦いたくないと思っている程だ。

 そしてヤミーの戦闘力は気分によって大きく変化する。怒れば怒るほどに強くなるし、巨大に、強大になっていく。しかもそれまでに受けた傷も再生するおまけ付きだ。

 

「ふはははは!! まさか我と同じくらい巨大になるとは!! だが、この程度を倒せずして何が奇跡か!!」

「奇跡だ? 戦いに奇跡もクソもあるかよ! つえぇ奴が勝つのが戦いだ!!」

 

 大声だけで瀞霊廷が揺れる。そんな巨体同士がぶつかりあった。

 

「むぅん!!」

「おらぁぁ!!」

 

 ジェラルドが巨大化と共に大きくなった大剣を振りかぶる。ヤミーはその一撃を振り下ろされる前にジェラルドの右手首を自身の左手首で抑え、右腕を振りかぶって正拳突きを叩きこもうとする。

 その正拳突きをジェラルドは左手の大盾で防いだ。そしてそのまま大盾をヤミーに叩きつけようとする。盾は防ぐだけでなく、打撃武器としても使えるのだ。

 

「甘めぇ!」

 

 ヤミーはつき出した右拳から巨大な虚弾(バラ)を放った。ヤミーの巨体と膨大な霊圧から放たれる虚弾(バラ)は、下手な虚閃(セロ)を遥かに上回る威力を誇る。

 それを僅かな間に十数連発する事で盾ごとジェラルドを吹き飛ばす。

 

「むぅぅ!」

 

 ヤミーの虚弾(バラ)で大きく後退したジェラルドは、更に放たれる虚弾(バラ)を盾ではなく大剣で防いだ。それと同時に、ヤミーの体に異変が起こる。

 

「何だぁ?」

 

 突如としてヤミーの体から血が吹き出したのだ。攻撃を受けた憶えはヤミーにはない。一体いつこのような傷が出来たのか。そんなヤミーの疑問はジェラルドが答えてくれた。

 

「我が力は奇跡! 奇跡とは民衆の想いを形にする事! 破壊出来ぬ我が体躯は民衆の“恐怖”で巨大なものとなり、民衆の“希望”を束ねて剣とした“希望の剣(ホーフヌング)”は、折れれば即ち絶望となる!」

 

 つまり、ジェラルドの持つ大剣“希望の剣(ホーフヌング)”は、敵の攻撃で傷付いたり刃こぼれしたりすれば、その分だけ傷を付けた敵にも傷を与えるという仕組みがあるのだ。

 

「つまり、こっちの攻撃は敵を強くする上に……」

「剣を傷つければこっちも傷付く、と……」

「理不尽極まりないな……」

 

 遠くから光の巨人と大怪獣の大決戦を見ていた京楽達が、ジェラルドの説明を聞いてそんな声を上げる。

 倒すのが困難、というか倒し方に悩むような敵が、更に厄介な能力を秘めた武器を持っている。まさに理不尽とはこの事だろう。

 

「ああ? 良くわからねーが、その剣が邪魔なのは解った。ったくよ……イラつかせてくれるぜ……!」

 

 ヤミーのその言葉と共に、ヤミーの体が更に変化する。更に巨大に、更に異形に、更に強大になったのだ。その大きさは100mほどになっただろうか。

 

「ふぅぅぅ。剣がどうとか不死身だとか、そんなの知った事かよ。何だろうが叩き潰して終わりだ!! クアルソ様ほど理不尽じゃねーだろどうせよぉ!!」

 

 理不尽の権化の名前を叫びつつ、ヤミーは自分よりも小さくなったジェラルドを蹴り飛ばす。

 

「ぬぅぅぅ! 巨大になった我が見下ろされるとは! 初めての事だぞ破面(アランカル)よ!」

 

 大盾で蹴りを防ぐも、完全に防ぎ切れてはおらずジェラルドの左腕は折れていた。それを奇跡(ザ・ミラクル)で癒しつつ、更に巨大になってヤミーに対抗するジェラルド。

 

「お? ちっとはでっかくなったか。だがそれっぽっちじゃ足りねぇなぁ!」

 

 そう、ジェラルドが更に大きくなったとは言っても、腕が折れた程度の傷では50mが55mになるのが良いところだ。100mを超えるヤミーからしたらまだ小人と言えよう。

 そうしてヤミーは希望の剣(ホーフヌング)で切りかかって来るジェラルドに対し、その巨体には見合わない動きで対処する。

 ヤミーはジェラルドが放った横薙ぎの一撃を、ジェラルドの体を回りこむように躱す。100mの巨体が滑らかに動く様は不気味とすら言えた。巨大化しつつも動きを損なってはいないようだ。そうなるように修行を積まされたとも言う。

 

「そらよ!」

「むぅ!?」

 

 ジェラルドの背後に素早く回りこんだヤミーは、ジェラルドの右腕を掴み関節を極め、そのままへし折った。そして右腕に持っていた希望の剣(ホーフヌング)を奪い取り、それを全力で瀞霊廷の外に向けて投げ捨てる。

 大怪獣と化したヤミーの怪力により、希望の剣(ホーフヌング)は遮魂膜を突き破って尸魂界(ソウル・ソサエティ)遥か彼方へと飛んで行った。遮魂膜は霊力を分解する殺気石から放たれる波動だ。霊子で出来た物質ならば触れただけで分解されるのだが、高密度な霊子の塊ならば突き破る事は不可能ではない。どうやら希望の剣(ホーフヌング)は遮魂膜を突き破る程に高密度な霊子の塊だったようだ。遮魂膜に触れた事で希望の剣(ホーフヌング)が傷付き、それによりヤミーも多少のダメージを受けたが、その程度のダメージではむしろヤミーの怒りを増幅させるだけに終わった。怒りが増幅すればするほど強くなるヤミーにとって、生半可な攻撃は逆効果だろう。

 

 だが、当然激怒しているのはヤミーだけではない。希望の剣(ホーフヌング)を投げ捨てられて怒りを顕わにしたジェラルドは、折れた腕を即座に再生させ体をまた少し巨大化させてヤミーにぶつかっていく。

 

「貴様! 民衆の希望を投げ捨てるとは!!」

「これで問題ねーだろ!? 死ねや!!」

 

 希望の剣(ホーフヌング)がなくなった事で気兼ねなく攻撃出来るようになったヤミーは、向かって来るジェラルドに対し大地を踏みつけるだけで対応した。

 

「むおっ!」

「ちょっ!」

「京楽! 空に逃げるぞ!」

「あいつ……瀞霊廷を破壊する気か!?」

 

 ヤミーがその巨体で大地を踏みつけた事で瀞霊廷が揺れた。その影響で周囲の建物が倒壊していく。それに巻き込まれないよう、京楽達は空中の霊子を固めて大地から離れた。

 だが、大地を踏みしめてヤミーに向かっていたジェラルドはその影響を受けた。大地が揺れただけでなく、一部は陥没までした為に、それで足を取られてバランスを崩したのだ。そこを狙わないヤミーではなかった。

 

「おらよ!」

「!!」

 

 ヤミーはジェラルドがバランスを崩した所を狙い全力で蹴り上げる。その強烈な一撃により、ジェラルドの巨体が宙に浮いた。そして、そこを狙って更なる一撃が放たれた。

 

「消し飛べ! 王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!!」

 

 今のヤミーの体に傷はない。だが、それは傷が再生しただけで傷を受けていた事に変わりはない。つまり、ヤミーの体にはヤミーの血液が付着していた。

 その血を触媒として、ヤミーは王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放ったのだ。第0十刃(セロ・エスパーダ)の、解放状態の、全力の王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)だ。その巨大さ、威力は十刃(エスパーダ)の中でも類を見ないだろう。

 次元を歪ませる膨大な霊圧の放出。それに飲み込まれそうになったジェラルドはどうにか回避しようとする。背中の翼は伊達ではなく、この巨体でも空を飛ぶ事が出来るのだ。

 だが、それで出来たのは直撃から僅かに逃れるくらいだった。全身が飲み込まれる事はなかったが、その上半身はヤミーの王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)に飲み込まれた。

 

 ヤミーの王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)は遮魂膜を突き破り、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の彼方へと消えて行く。そして、巨大な大爆発を起こした。

 

「あ、あんなものを瀞霊廷内で放つとは……!」

「いやいや砕蜂隊長。どうも彼、あれでも瀞霊廷を気遣ってくれてるみたいだよ」

「そのようだな……先程の巨大な虚閃(セロ)の射線上に瀞霊廷が入らないように考慮してくれたようだ。頭が上がらないな」

 

 そう、ヤミーは瀞霊廷を出来るだけ巻き込まないように戦っていた。ヤミーの周囲はもう大分ボロボロだが。それでも、王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)が直撃していたら瀞霊廷は無残な物になっていただろう。

 ヤミーがジェラルドを態々宙に浮かせて王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放ったのは、ヤミーが瀞霊廷や死神への被害を考慮しての事だと京楽も浮竹も理解したのだ。

 その点に関しては強大な一撃という点では周囲の環境を気遣う必要のある砕蜂も察する事は出来た。まあ、やはり破面(アランカル)が、それもヤミーのような粗暴な見た目の者がそんな気遣いをするとは思えなかったというのが砕蜂の本音だが。

 なお、ヤミーは別に瀞霊廷を気遣って王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放った訳ではない。万が一に死神を巻き込んでしまった場合、クアルソにお仕置きされる事を恐れて出来るだけ死神に当たらないように王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放ったのだ。

 

「へ。これでも復活するか? ああ?」

 

 ヤミーは上半身が消し飛んだジェラルドに向けてそう言った。ヤミーの王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)の威力は凄まじく、ジェラルドの屈強な肉体を消滅させてしまったのだ。

 上半身、すなわち生きる上で必要な脳、脊髄、心臓、肺といった重要器官が全て消し飛んだのだ。これで生きているような生物などいる訳がないだろう。

 まあ、そういう化物の集団が、ユーハバッハの親衛隊(シュッツシュタッフェル)なのだが。

 

「嘘でしょ?」

「まだ、生きているというのか……!」

「化物めっ!」

 

 上半身を消し飛ばした事で流石に死んだだろうと思った京楽達は、宙に浮くジェラルドの体を見て慄いていた。

 ジェラルドの体は、滅却十字(クインシークロス)と呼ばれる五角形の特殊なクロスに引き寄せられるように宙に浮いていた。

 滅却十字(クインシークロス)とは滅却師(クインシー)がその力を行使する際に用いる装備だ。このクロスが霊子収束の核であり、滅却師(クインシー)はこのクロスを用いて弓を作り出し、滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)を発動させる為の要でもあるのだ。

 そんな滅却十字(クインシークロス)を中心に、ジェラルドの体が光と共に再生していく。そして、ジェラルドの変化は全身が完全に再生しただけに留まらなかった。ダメージを負ったことでジェラルドの体はヤミーに匹敵する程の巨体となり、そして背には天使の翼そのものというべき一対の翼が生え、頭部は古代の戦士がつけていたと思わせるようなフルフェイスの兜が覆っていた。そう、これこそがジェラルドの滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)。すなわち、ジェラルドの全力形態である。

 

「ちっ。本当に復活しやがった。あー、面倒くせぇ奴だなてめーは!」

「我『神の権能(アシュトニグ)』高潔なる神の戦士。死して尚、神の為に剣を振るう者なり!」

 

 光の巨人となり性格が変わったのか、それとも理性を失っているのか、ジェラルドは以前とはどこか違う言葉遣いでヤミーに拳を振るう。それをヤミーは受け止め、返すように拳を振るう。

 そうして、巨人と怪獣の肉弾戦が始まった。互いに傷付くも、その傷は互いの能力によって再生される。そしてその度に強く、大きくなる。

 

「おいおいまずいんじゃない? このままじゃ幾ら何でも瀞霊廷が持たないよ。おーい君達? 出来るなら瀞霊廷の外でやってくれないかな?」

「おらあぁぁぁ!!」

「――!!」

「あれま。聞こえてないみたい」

 

 既に京楽の声が届くような次元の戦いではなかった。全力で戦っている時に足元の虫がさえずった所で耳に入りはしないだろう。それと同じようなものだ。

 

「さて、どうしようかねこれ」

「俺達に出来るのは、他の死神が巻き込まれないように避難させるくらいか?」

「いや、こんな化物が戦っているんだ。嫌でも目に付く。誰だってこんな奴らの近くに来るものか……」

 

 浮竹の言葉に砕蜂がそう返す。まさしくその通りだろう。100mを超える化物同士の戦いだ。瀞霊廷のどこにいてもこの戦いに気付くだろう。好んでこの戦いに乱入するような馬鹿などいるとは思えなかった。

 だが、一人だけそういう馬鹿がいたようだ。そう、この化物然としたヤミーすら統べる化物の中の化物。童貞の中の童貞。破面(アランカル)の童貞王クアルソ・ソーンブラ――彼女募集中――である。

 

「落ち着けヤミー!」

「うおっ!?」

「――!?」

 

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも史上最大規模の肉弾戦をしていたヤミーとジェラルドが、突如として出現した膨大な霊圧と圧力によってその動きを止めた。二体の大怪獣決戦を見て駆け付けたクアルソが、その霊圧を叩きこんで両者の動きを止めたのである。

 

「く、クアルソ様かよ! なんだよ? 俺はアンタの命令通り滅却師(クインシー)と戦っているだけだぜ?」

「まあ、それは解っている。お前が死神を殺さないように配慮したのもな。そこは良くやった。だが、ここまででかくなったお前やそこの滅却師(クインシー)が暴れたらそれだけで瀞霊廷がボロボロになるわ」

「ああ? 死神を巻き込んでねーからいいじゃねぇかよ……」

「死神が暮らす街がなくなったらあかんだろ、全く……」

 

 クアルソの注意に対し、その巨体には似合わない小さな声で文句を垂れるヤミー。そのヤミーに呆れつつ溜め息を吐くクアルソ。

 そんな両者を見ながら、京楽達は事の成り行きを見守っていた。

 

「あれって、確かクアルソ・ソーンブラだね」

「ああ。あのヤミーという破面(アランカル)もそう言っていた」

「二年前の戦いでも少しだが見たな。奴があのヤミーを御しているというのか?」

 

 あの化物を御すクアルソを見て、砕蜂が信じられないように呟く。それ程までにヤミーの力は凄まじく、巨大だった。そんなヤミーをああも萎縮させるクアルソの実力は一体どれ程のものか、そして死神を助ける真意は一体何なのか。砕蜂だけでなく、京楽達の疑問は尽きなかった。

 

「――!」

「おっと」

 

 ジェラルドが突如として現れたクアルソに向けて拳を振るう。クアルソ・ソーンブラはユーハバッハが認めた最強の敵だ。それを打倒する事は神の戦士としての義務であり、最高の誉れでもある。

 そうしてジェラルドがヤミーからクアルソへと攻撃目標を変更する。だが、ヤミーの相手を奪うつもりはクアルソにはない。まあ負けそうになっていたら話は別だが、そうでもないようなのでここはヤミーに任せる事にした。

 

「とにかく、暴れるなら瀞霊廷の外でやれ。いいな」

「そうは言うけどよ。滅却師(クインシー)が瀞霊廷の中で暴れてちゃあどうしようもねーだろ?」

 

 ヤミーの言う事は尤もだ。瀞霊廷の中で暴れる滅却師(クインシー)を倒して死神を助ける為にここまで来たというのに、ヤミーが一人瀞霊廷の外に出たところで何の意味があるというのか。

 そんなヤミーの当然の疑問に対し、クアルソは力技でそれを解決する手段を取った。

 

「ああ、だからこうするんだ!」

「――!?」

 

 クアルソはジェラルドの下から持ち上げるように虚弾(バラ)を叩き込む。クアルソが放った複数の虚弾(バラ)により、ジェラルドの巨体が浮き上がった。

 クアルソは更に虚弾(バラ)を放つ。幾十、幾百もの虚弾(バラ)をその身で受けたジェラルドは、その勢いによって遮魂膜を突き破って瀞霊廷の外に出る。遮魂膜に触れて消滅しないあたり、ジェラルドもやはり規格外の化物だろう。

 

虚閃(セロ)!!」

 

 駄目押しとばかりにクアルソは虚閃(セロ)を放つ。ジェラルドが突き破った事で遮魂膜に開いた穴を通り、瀞霊廷の外に出たジェラルドに直撃した虚閃(セロ)はジェラルドを飲み込んでそのまま直進し、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の彼方、誰もいないような無人の野までジェラルドを運んでいった。

 

「よし。ほら、お前も行って来い。あそこなら誰にも気兼ねする事なく全力で戦っていいぞ。道中にある街とか人を踏むなよ」

「ちっ! はいはい解りましたよクアルソ様!」

 

 いちいち細かい注文をつけてくるクアルソに悪態を吐きつつ、ヤミーはその巨体から考えられない程の響転(ソニード)にてその場から消え去った。

 こうして、瀞霊廷の一角を破壊した大怪獣決戦は、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の一角へと戦場を変えて続くのであった。

 

 




 圧倒的パワーとそれを活かすテクニックを得たハイパーヤミー。でも巨体過ぎて瀞霊廷が危ないから尸魂界(ソウル・ソサエティ)の隅に追いやられる。

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