どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

94 / 108
BLEACH 第三十三話

 クアルソがジェラルドを尸魂界(ソウル・ソサエティ)の彼方に追いやったと同時に市丸が到着する。

 そしてクアルソの出鱈目具合を見て呆気に取られていた京楽達に声を掛けた。

 

「あらら。あの滅却師(クインシー)さんも可哀想になぁ。あんな大きゅうなっても木っ端のように吹き飛ばされるなんてな」

「市丸!」

「どうも」

 

 笑みを浮かべながら話し掛けてきた市丸に砕蜂が警戒する。まだ市丸を完全に信用しきっていないようだ。

 まあ市丸がこれまでにしてきた事を思えば警戒されて然るべきだ。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)と戦争している状況でなければこうして出歩く事など出来ない重罪人なのだから当然の事だ。

 当の重罪人は今までの事など何もなかったかの如く普通に話し掛けているが。相当図太い神経をしているようだ。そうでなければ百年以上も死神達を欺く事は出来ないだろうが。

 

「市丸君。君、クアルソ・ソーンブラの事を知っているんだよね? 少し教えてくれないかな?」

 

 市丸はかつて藍染の部下として動いていたので、クアルソの事をこの場の誰よりも知っているだろう。それ故の京楽の言葉だったが、それに対する市丸の返事は本人に聞け、であった。

 

「当人に聞いた方が早いと思いますよ。ほら、降りて来てますし」

『!?』

 

 藍染惣右介を倒した最強の破面(アランカル)が京楽達の前に降り立った。

 一体何の目的があって瀞霊廷にやって来たのか。本当に死神を救いにきたのか。それ以外の目的があるのか。あるとしたらそれは一体何なのか。

 最強の破面(アランカル)を前にして京楽達に緊張が走った。そして、クアルソの口が開き言葉が紡がれる。

 

「名前と住所と電話番号を教えてくださいお嬢さん!」

「は? ……はあ!?」

 

 最強の破面(アランカル)は、京楽に抱きかかえられている砕蜂の傍に響転(ソニード)で移動し、その両手を握って突如として口説き出した。

 クアルソは今まで我慢していた。破面(アランカル)の王となった為に、部下となった女性破面(アランカル)を口説く事を我慢し続けていた。パワハラ駄目、絶対。そんな事をしたら嫌われてしまう。そういう考えの下に、クアルソは部下を口説かないように我慢していたのだ。無駄に律儀な童貞である。

 

 だが目の前にいる美女は部下ではない。故にこれはパワハラにあらず。多少、いや、かなり胸が寂しいが、それ以外は素晴らしい美女だ。そんな失礼な事を考えながら、クアルソは砕蜂を口説き続ける。

 

「はっ!? こんな痛々しい傷が……! 今すぐ治しますね治しました代わりにというのも厚かましいですが是非とも連絡先を交換しませんか!?」

「はあっ!? いや、治って……治ってる!?」

 

 治っていた。砕蜂の右足は完全に治療されていた。クアルソ、超速の回道である。

 

「名前は砕蜂。護廷十三隊二番隊隊長さんだよ。連絡先までは本人の許可を得てね」

「何を勝手に教えているんだ京楽!!」

「砕蜂さん……。あなたにぴったりの響きですね! 素敵です! ところで京楽さん、でしたか? あなたと砕蜂さんはどういうご関係で? もしかして恋人とか、夫婦とか……?」

「ははは。そうだったら光栄だけどねぇ。砕蜂隊長がまともに立てない状況だったから、僕が抱えているだけなんだよ。残念だけどね。あと、彼女は独り身だよ」

「なるほど。それならオレにもチャンスはある! 情報ありがとう京楽さん!」

「どういたしまして。僕達も助けてもらったからお相子だよ」

「お前達、本当に初対面なのか……?」

 

 クアルソと京楽の掛け合いを見て、浮竹が呆れたように呟く。浮竹は京楽が増えたような気がして目眩を覚えていた。なお、二人は正確には初対面ではない。一応藍染の乱で顔を合わせ戦った経験はある。尤も、まともな会話はしていないし、京楽達はクアルソの姿は藍染の鏡花水月により藍染の姿と誤認していたが。

 

「ええい! いい加減にしろ貴様ら! それと京楽! さっさと離せ!」

「痛い!」

 

 足を負傷していたから抱きかかえられていたのであって、そうでなければ抱えられる理由は何一つない。砕蜂はいつまでも自分を抱えていた京楽を殴り飛ばし、自分の足で大地に立った。なお、内心では自分を庇ってくれていた京楽にちゃんと感謝している。それを表に出す事はないが。出来ないとも言う。ツンデレの素養を秘めた素晴らしい才能の持ち主である。

 

「なあクアルソ、本題に入らんとあかんやろ?」

「はっ! そうだった……! く、こんな美少女を口説く事が出来ないなんて……! やっぱり藍染様は色々な恨みを籠めて殴るべきだな!」

 

 クアルソは自分が破面(アランカル)の纏め役をせざるを得なくなった状況を作った――クアルソ的にだが――藍染を殴ると決めていた。藍染の計画の犠牲となった者達の分も含めて十発と決めていたのだが、今また藍染のせいで面倒事が増えているので、更に殴る回数を増やそうと心に誓う。

 

「本題? 一体何なのかな?」

「ん? ああ――」

 

 京楽に改まって聞かれた事で、クアルソは藍染が封印から逃れている可能性を示唆する。尤も、それをすぐに信じる者は居なかったが。

 

「いやいや。あの封印を内側から解くのはまず不可能だよ」

「そうは言うけど、藍染様の霊圧をはっきりと感じるぞ? しかもこっちに来いとばかりに徐々に強まっているし。そんなこと、封印された状態で出来るものか?」

「それは……無理だろうけどね。確かに藍染なら、ないとは言いきれない事か……」

 

 そう、封印されている状況で霊圧を外に出す事など出来る訳がない。それが出来れば封印とは言わないだろう。

 しかしそんなクアルソの言葉だが、当然信憑性というものはなかった。良くも知らない破面(アランカル)の言葉を無条件で信じる死神など、まずいないだろう。

 だが、藍染ならあり得ると思ってしまったのも確かだった。封印は万全の筈だが、そう疑わせるだけの力が藍染にはあるのだ。

 

「ふん。信じられんな。そう言って私達に藍染が捕えられている場所まで案内させ、藍染を救出するのが目的なんじゃないだろうな?」

 

 砕蜂の疑問は死神として至極当然のものだ。藍染を解放させない為に警戒するのも、破面(アランカル)を相手に警戒するのも、護廷を司る死神として何もおかしいことではないだろう。

 だが、そんな砕蜂に対して仲間である筈の死神がその疑問を否定した。

 

「それはないだろう。彼は藍染を倒した張本人だ。それがこの状況で藍染を助けようとするとは思えない」

「それは……! いや、藍染の力、もしくは崩玉の力を必要としている可能性もある! こいつを藍染がいる無間に案内する必要はない!」

 

 砕蜂の意見も納得出来るものではあった。藍染は必要なくとも、崩玉を欲している故に藍染の下に近付こうとしている可能性は大いにあるだろう。

 まあ、そんな二人の言葉はクアルソの次の言葉で全て否定されたが。

 

「いや、藍染様の居場所は解るから、別に案内してもらわなくてもいいんだけど……」

「……なに? ……市丸貴様」

 

 クアルソの言葉に反応し砕蜂が市丸を睨みつける。市丸が無間の情報を教えたと勘違いしたのだろう。

 これ以上の罪は御免被る市丸としては、濡れ衣もいい所なので全力で否定したが。

 

「いやいや。僕やないよ?」

「市丸は何も言ってないよ。霊圧を辿れば直に解る事だしな。あっちの大きな建物の地下だろ?」

 

 クアルソはそう言って一番隊舎の方角を指差す。と言っても一番隊舎自体は今の瀞霊廷にはなく、代わりに見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の建物があるのだが。

 しかしクアルソが指を差したのが一番隊舎があった方角だと瀞霊廷に長く勤めている隊長達は理解出来た。

 

「この霊子濃度の中で本当に藍染の霊圧を感じ取っているのかい……?」

「クアルソやしなぁ。それくらいで驚いてたら身が持たんわ」

 

 嘘を言っているようには京楽には感じられなかった。本当だとするならば、霊圧知覚一つとっても桁外れという事になる。京楽はクアルソに対する警戒心を更に上昇させた。

 こうして会話しているクアルソは非常に好青年で、京楽としては好感が持てるタイプの人物だ。女性を口説く姿にも嘘は感じられなかった。本当に、好感が持てた。

 だが、その力の底を知る事は出来ない。この力が瀞霊廷に向けられるとなれば、どれだけの被害が出るか。想像する事も出来ないだろう。

 無駄に刺激せず、出来るだけ穏便に事を済ます必要がある。だが、藍染の下に案内する訳にもいかない。例え藍染の封印に異常があったとして、だからと言って破面(アランカル)を無間に案内などすればどれだけの罪になるか。下手しなくても牢獄に案内した京楽が牢獄にご招待されるだろう。

 どうすればいいのか。聡明な京楽でさえこの状況で悩んでいたが、悩みの種である当のクアルソがとある提案を出してきた。

 

「まあオレは藍染様が封印から抜け出しているかもしれない事を伝えたかっただけだから、これ以上は時間を無駄に出来ないしオレは勝手に行くとするよ。京楽さん達は付いて来るならオレを阻止するという(てい)で付いてくればいいんじゃない?」

「……その場合、君は僕達に狙われる事になるんだけど、いいのかい?」

 

 クアルソの提案ならば確かにクアルソを刺激せず、かつ藍染の様子を確認する事が出来る。だが、それはクアルソが瀞霊廷の敵として認識されるという事だ。無間に許可なく立ち入るというのはそういう事だ。

 許可なく無間に立ち入る京楽達も相応の罰を受けるだろうが、それでもクアルソの阻止と藍染の脱獄阻止という体裁があれば、許可を得る暇すらないやむを得ぬ状況であったとして本来の罪よりも遥かに軽くなるだろう。

 

「死神とは仲良くしたいけど、まあ破面(アランカル)だし……。狙われるのは今更だよね。封印を解いたかもしれない藍染様を放置する訳にもいかないしさ……」

 

 悲しそうに溜め息を吐くクアルソを見て、砕蜂すら妙な破面(アランカル)だと心の底から感じていた。

 破面(アランカル)が死神と仲良くしたい等とほざき、あまつさえ藍染復活阻止の為にそれを諦め悲しそうにしている等と、その目で見ても信じ難い事だった。

 なお、クアルソは別に死神と仲良くなることを諦めた訳ではない。今は仕方ないが、いずれは必ず死神――主に女性――と仲良くなると意気込んでいたりする。

 

「という訳で、時間もないからオレは行くぞ。付いてこないならそれでいいし、付いてくるなら早くしてね」

「え、ちょっ――」

 

 そう言って、クアルソは神速の響転(ソニード)で無間がある方向に移動した。

 止める間もなく移動したクアルソを見て、京楽は困ったように頭を掻いた。

 

「参ったね。仕方ない、怒られるの覚悟で僕も行くとしよう」

「僕も行くわ。藍染が封印から抜け出るんは絶対に止めなあかん」

「オレはやる事があるからそっちは任せたぞ京楽」

「……口惜しいが、藍染とクアルソ・ソーンブラに関しては京楽に任せる。今の私では足手纏いだからな……」

 

 京楽と市丸は藍染復活を阻止する為に無間へと移動し、浮竹は今為すべき事を為す為に別行動をする事になった。

 砕蜂は足の負傷は治ったが、その霊力は枯渇寸前だ。今の砕蜂では弱い破面(アランカル)にすら苦戦するだろう。そんな状態で藍染と戦う事があれば、足手纏いにしかならないのは明白だろう。それを自覚していた為に、ここは休息を取って後の戦いに備える事にしたのだ。

 こうして、クアルソを追って男が二人無間に向かう事になった。残念ながら女性はいない。尤も、無間には待ち構えているが。クアルソがそれを知るまで後僅か……。

 

 

 

 

 

 

 時は十刃(エスパーダ)が各地の戦いに参戦した所まで遡る。

 表向きの破面(アランカル)最強、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スタークは、見知った顔が苦戦しているのを見てこの戦場に参戦した。

 

「あの時の破面(アランカル)……!」

 

 目の前に降り立ったスタークを見て、ローズがそう叫ぶ。ローズはかつての偽空座(からくら)町での戦いで、仲間の仮面の軍勢(ヴァイザード)と共にスタークと戦った事があったのだ。

 結果は決着つかずだ。戦闘の途中で藍染がスタークとハリベルを下げた為に最後まで戦いきっていなかったのだ。それでもスタークがとんでもない強さなのは理解していた。複数の隊長格をあしらう事が出来る程の強さだと、あの時の戦いで実感したのだ。

 そんなかつての強敵が目の前に現れ、自分達を助けるという。それを素直に信じるほど、ローズもお人よしではなかった。

 

「僕達死神を助けるだって? 破面(アランカル)が一体どういう心算かな?」

「別に。助けたくて助けてる訳じゃねーよ。面倒事は嫌いなんだ。でもよ、ボスがあんたらを助けろって命令したからな。部下としては聞くしかないだろ」

 

 ローズの疑問に対し、スタークは溜め息を吐きながらそう答える。

 

「信じられねぇな。何を考えてやがる!?」

 

 スタークの言葉を信じられない六車が怒気を荒げて言葉を放つ。そんな六車に対し、スタークはやはりやる気なさげに言葉を放った。

 

「まあそう思うよな。でもさ、俺はあんたらとは敵対する気はないんだよ。あんたらつえーし。命令破ったら後でお仕置きだろうしな。それに……今のあんたらの状況だと、俺と敵対している暇はないんじゃないか?」

『……』

 

 スタークに図星を指された二人は言葉を失う。六車は片腕を失っており、ローズの卍解もペルニダには相性が悪い。そして、ペルニダは五体にまでその数を増やしている。

 この状況でスタークを敵に回してしまえば、ただでさえ少ない勝ちの目が完全に無となってしまうだろう。それは避けなければならなかった。

 

「……本気で、俺達を助けるつもりなのか?」

「ああ。そういう命令だからな」

 

 そう言って、スタークは六車達から迫り来るペルニダへと意識を向ける。初見だが、ペルニダという異常な存在を放置しては危険だとスタークの本能が訴えているのだ。

 

破面(アランカル)? 破面(アランカル)(ホロウ)……(ホロウ)ハ、滅却師(クインシー)ノ敵! 敵であるなら容赦する必要はねぇな! 吹っ飛べ!!」

 

 スタークを見たペルニダが破面(アランカル)である事に反応し、敵意を剥きだしにする。

 そんなペルニダの反応を見てローズが違和感を覚えた。

 

「口調が、いや、性格が変わった!? まるで拳西みたいだ!」

「一緒にすんなよこんな奴と!」

 

 ペルニダの口調が明らかに変わっていた。片言だった口調は滑らかに、しかし荒々しくなっていた。拳西は否定したが、ローズの言う通り両者の口調は似通っていた。

 それもその筈だ。ペルニダは己の神経で操ったものから情報を吸い取り、己に吸収して進化する事が出来るのだ。口調が変わったのは最初に拳西の情報を吸収した結果である。

 吸収した情報源が強ければ強いほど、ペルニダも更に進化する事が出来る。まさにユーハバッハの親衛隊(シュッツシュタッフェル)に相応しい規格外だろう。

 

「おお、怖いな。出来るなら帰ってくれると嬉しいんだけどな」

 

 そう言いながら、スタークは出来るだけ早く戦いを終わらせようとペルニダを攻撃しようとする。五体もいるのだ。少しでも数を減らすに越した事はないだろう。

 だが、スタークが攻撃しようとしたのを察したローズがその前にスタークに声を掛けた。

 

「待つんだ! こいつは体が千切れるとそこから再生して自分自身を増やす! 生半可な攻撃は敵を増やすだけだよ!」

「え? 何その面倒なの。勘弁してくれ。来るとこ間違えたか?」

 

 ローズの言葉を聞いて攻撃を止めたスタークが、嫌そうな顔をしながら迫り来るペルニダ達を見やる。

 ペルニダ達はそんなスタークの反応など意にも介さず、スタークに向けて無数の神経を放った。

 

「その黒いのに触れるな! 触れたらそこが操られて捻じ切られるぞ!」

「おいおい。物騒過ぎるだろ!」

 

 拳西の言葉を聞かずとも当たるつもりはなかったが、聞いたからには余計に当たる気がなくなったスタークは、持ち前の速度を活かしてペルニダから距離を取る。当然拳西達もだ。

 そうして一定の距離を取ったスタークは、自身に向けて迫り来る五体のペルニダを見て溜め息を吐く。いや、六体だ。自分で自分を傷付けて更に増えたようだ。このまま放置すれば瀞霊廷中がペルニダで覆い尽くされるかもしれない。

 そんな地獄絵図を想像したスタークは、手に負えなくなる前にさっさと片を付ける事にした。

 

「仕方ない。……来い、リリネット」

 

 スタークは虚夜宮(ラス・ノーチェス)に置いて来た己の分身を呼び出す。スタークはリリネットであり、リリネットはスタークでもある。一心同体――見た目も性格も性別も異なるが――と言える二人だが、その実力には大きな差があった。

 その為、スタークは戦いの場にリリネットを連れて来なかった。万が一リリネットが死んでしまえば、その時点でスタークの敗北は確定したようなものだからだ。クアルソが警戒する程の強敵の前に、何の考えもなくリリネットという大きな弱点を晒すつもりはなかったのだ。

 故にスタークは黒腔(ガルガンダ)を開き、虚夜宮(ラス・ノーチェス)と瀞霊廷を繋ぐ事でリリネットを直接この場に移動させようとした。そうすればリリネットが敵に狙われる危険はかなり減るだろう。

 

「……」

 

 そうして黒腔(ガルガンダ)を開き、待つ事十秒。リリネットは出てこなかった。

 

「おい? リリネット?」

 

 まさか、クアルソや十刃(エスパーダ)が留守にしている間に虚夜宮(ラス・ノーチェス)が敵の襲撃にでも遭い、リリネットの身に何かあったのか?

 そう危惧したスタークは、少々焦りながら黒腔(ガルガンダ)の中、虚夜宮(ラス・ノーチェス)に視線を向けた。

 

「なぁにースターク!? あたし今忙しいんだけどー!」

 

 リリネットは無事だった。無事にスタークの宮にある自室にて、スマッシュでブラザーズなゲームをしていた。とても忙しそうだ。

 

「この! CPUの癖に強くねーかこいつ!」

「何やってんださっさと来いこの馬鹿!」

 

 忙しそうなリリネットを見て、スタークは思わず虚夜宮(ラス・ノーチェス)に戻ってリリネットの後頭部を叩いた。

 

「いたーっ! 何すんだよスターク! って、あー! 負けちゃったじゃないか! 後ちょっとだったのに!」

「後でやれ後で! 行くぞリリネット! クアルソの敵を蹴散らすぞ!」

「っ!」

 

 ゲームに夢中になり、そのゲームを強制的に中断させられた事に怒りを顕わにしていたリリネットだったが、スタークの台詞を聞いて表情を一変させる。

 

「クアルソの敵か。なら仕方ないなー。さっさとやるぞスターク!」

「さっさと来なかった奴の言う事かよ……まあいい、行くぞ」

 

 リリネットに呆れつつも、スタークはリリネットの頭部に手を置いて解号を口にする。

 

「蹴散らせ。『群狼(ロス・ロボス)』」

 

 スタークが放った解号と共に、スタークとリリネットが一つに戻る。リリネットの左目を覆っていた仮面がスタークの左目に、そしてスタークの両手にはリリネットそのものである二丁の銃が。これがコヨーテ・スターク、リリネット・ジンジャーバックの真の姿だ。

 

「さて、行くか」

「おう!」

 

 真の姿となったスタークとリリネットが、黒腔(ガルガンダ)を通って再び瀞霊廷へと舞い戻る。

 

「お待たせ……ってうおっ」

「うわ、なんだあれ気持ちわるっ!」

 

 瀞霊廷に戻ったスタークが見たのは、十体にまで増えたペルニダと、そのペルニダを相手に必死に逃げ延びている拳西とローズの姿だった。

 

「ちょっと君! 僕達を助けてくれるんじゃないの!? どこ行ってたのさ!」

「おいこらローズ! 破面(アランカル)に助け求めてんじゃねーよ!」

 

 助けに来たと言いつつ即座に黒腔(ガルガンダ)へと消えたスタークに対しローズが文句を言い、そんなローズに対して拳西が文句を言う。だがまあ、どちらの文句も正しいだろう。

 今のローズ達は破面(アランカル)だろうが助けがほしい程に困窮した状況であり、その状況で助けに来たと言うスタークは何故か黒腔(ガルガンダ)の中に引っ込んでしまった。スタークが戻ってくる僅かな間に、敵は更に増えている。一体何しに来たのか解らないローズが文句を言っても当然と言えた。

 拳西の文句もまた正論だ。死神にして、護廷十三隊の隊長が、破面(アランカル)に弱音を吐くなど言語道断と言っても当然だろう。

 

「ほらみろ。お前のせいで怒られただろうが」

「いてっ! こら! そこはオシリだ! 解っててやってるだろスターク!」

 

 ローズに怒られたのをリリネットのせいだと言いながら、スタークは銃のグリップ上部辺りをガリガリとこする。どうやらこの辺りはリリネットの臀部にあたるようだ。どうでもいい事だが。

 

「漫才している場合か! 避けろ!」

 

 拳西の怒気を含む声が響く。それと同時に、スタークに向けて十体のペルニダが無数の神経と、無数の神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を一斉に放った。

 集中砲火とも言える攻撃。神経は少しでも触れれば致命傷になりえ、神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)も並のそれを凌駕する威力だ。それを一斉に受ければスタークと言えど無事では済まないだろう。

 受ければ、の話だが。

 

「忠告どうも。だが安心してくれ。戦いには集中しているよ」

「集中してないとクアルソにどやされるからなー」

『ッ!!』

 

 スタークとリリネットの声は、拳西とローズの真後ろから聞こえて来た。驚愕する二人が振り向くと、そこには無傷のスタークの姿があった。

 二人はペルニダの攻撃が確実にスタークに命中したと思った。あのタイミングで、あの速度で、あれだけの攻撃が避けられるとは思わなかったのだ。

 だが、実際にスタークは無傷で切り抜けていた。しかも二人が目で追う事も出来ない程の速度でいつの間にか後ろに回っていたのだ。

 

「お前……!」

 

 スタークの予想以上の実力に拳西が驚愕の声を上げる。そんな拳西の驚愕などさておいて、スタークはペルニダにその力を向けた。

 

「それじゃ、やるぞリリネット」

「抜かるなよスターク」

 

 声を掛けあった二人で一人の破面(アランカル)は、迫り来る厄介な敵を排除する為に躊躇なく全力を揮った。

 

「死ね! 破面(アランカル)!」

「悪いな。あんたが死んでくれ」

 

 ペルニダの発言に対してそう返し、スタークは群狼の名を冠するに相応しい速度を発揮した。

 独特の緩急をつけた響転(ソニード)により、無数のスタークが戦場に姿を現す。いわゆる残像、分身と言われる技だ。似たような事は今は亡き第7十刃(セプティマ・エスパーダ)のゾマリ・ルルーも可能としていたし、隠密機動の隊長である砕蜂も得意とする技だ。

 だが、尋常ではないのはその数だ。ゾマリは五体、砕蜂に至っては十数体もの分身を生み出す事を可能としていたが、スタークのそれは百を超えていた。まさに桁が違うという奴だ。一人だが群をなす程のその分身は、まさに群狼(ロス・ロボス)と言えるだろう。尤も、群狼(ロス・ロボス)とはこの技を指すものではないが。

 

『なっ……!』

 

 これには拳西とローズも開いた口が塞がらなかった。一体どれ程の速度と、どれ程の技術があればこのような所業を可能とするのか。二人には見当すら付かなかった。

 だが、分身しただけでは当然ながら敵を倒す事は出来ない。これはあくまでペルニダを倒す為の下準備に過ぎない行動だ。

 無数の分身を生み出したスタークは、その数を以ってして全てのペルニダを囲い込む。そして、四方八方から一斉に虚弾(バラ)を放った。銃口から放たれた虚弾(バラ)は一発や二発ではない。十発や二十発でもない。百を超える分身から、数千もの虚弾(バラ)が一斉に放たれたのだ。

 もちろんだが実体のない分身が攻撃している訳ではない。スタークが超高速でペルニダの周囲を移動しながら、無数の虚弾(バラ)を放っているだけだ。それが速過ぎるあまりに分身が攻撃しているように見えるだけだ。

 

『!?』

 

 十体のペルニダ達は、全方位からほぼ同時に放たれた虚弾(バラ)によって吹き飛ばされ、スタークが旋回する中心部へと纏められた。そして、その虚弾(バラ)でペルニダの肉体が大きく傷付く事はなかった。威力を最低限に抑え、ペルニダがこれ以上増えないように調節しているのだ。

 そうして一箇所に纏められたペルニダに向けて、スタークは更なる力を放った。下準備は完了したのだ。後は止めを刺すだけだ。

 

無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

 

 スタークの持つ銃から無数の虚閃(セロ)が同時に放たれる。スタークは十刃(エスパーダ)の中で最も虚閃(セロ)の扱いが得意な破面(アランカル)だ。ノーモーションからの虚閃(セロ)は当然として、帰刃(レスレクシオン)した状態ならば銃口から複数の虚閃(セロ)を同時に放つ事も出来る。その数、同時に千発以上。まさに第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)に相応しい戦闘力と言えるだろう。

 そんな千を超える虚閃(セロ)が、スタークが旋回する中心部に向けて全方位から一斉に放たれ続ける。虚閃(セロ)の弾幕、いや、もはや豪雨とも言えるほどの集中砲火だ。これに比べればペルニダがスタークに放った攻撃など集中砲火と言うのもおこがましいだろう。

 

 過剰とも言える火力を数十秒に渡って叩きこんだスタークは、その動きと攻撃をようやく止めた。

 そして、一息吐いてから頭を数回掻きながらぼそりと呟く。

 

「ふぅ……やり過ぎたか?」

 

 無数の虚閃(セロ)に晒された中心部には、巨大なクレーターが出来上がっていた。そこにかつてあったものは何一つとして残っていなかった。建物も、まともな大地も、そして、ペルニダもだ。

 

「いいんじゃね? あたし達には関係ないし」

「そりゃそうだけどな……。まあいいか。あいつ、半端な攻撃だと死にそうになかったし。でもあんまりそういう事言うとクアルソに怒られるぞ?」

「う、べ、別に死神がどうなろうといいとか言ってないし!」

「じゃあどういう意味だったんだよおい!」

「いたいいたいいたい! だからそこをこするなって言ってるだろスターク!」

 

 リリネットに身も蓋もない事を言われたスタークだったが、傷付けばそこから自身を増殖させるペルニダを倒す為には必要な事だったと割り切る事にした。

 こうして、特に苦戦らしい苦戦もしないままに強敵を屠ったスタークは、自分自身と漫才しながら瀞霊廷の上空で佇むのであった。

 

 

 

 

 

 

「俺達を――」

「助けに来た、だと……?」

 

 突如として現れたハリベルの発言に、日番谷と白哉が己が耳を疑いながらそう聞き返す。やはり破面(アランカル)が死神を助けると言って素直に信じる死神はいないようだ。

 だがそんな事はハリベルも承知の上だ。自らの発言を信じようが信じまいがそこはハリベルには関係ない。ハリベルにとって重要なのは敵を倒す事だ。戦士として、王の命に従い強敵と戦い勝利する。まさに戦士の誉れだろう。

 

「そうだ。我らが王、クアルソ様からお前達死神を助けてやれとのご命令なのでな」

 

 日番谷達の疑問にそう返しつつ、ハリベルは斬魄刀を抜き放ちながらバズビーに突きつける。

 日番谷達はハリベルの言った我らが王、クアルソ様という言葉に反応していた。あのクアルソ・ソーンブラが破面(アランカル)を統べる王になっていたとここで初めて知ったのだ。だが、あれだけの力があるならば可笑しな事ではないと二人とも納得する。

 尤も、ハリベル達破面(アランカル)が死神を助けに来た事にはやはり疑問を抱いていたが。何の企みがあるのか、どうしても勘繰る事を止める事が出来ないでいた。

 

「はっ! 破面(アランカル)が死神と手を組むだと? 面白い冗談だぜ」

 

 一方滅却師(クインシー)であるバズビーもまたハリベルの発言を信じられないでいた。

 死神と滅却師(クインシー)の諍いは(ホロウ)の倒し方の違いから始まったのだが、(ホロウ)を倒すべき敵として見ている事は共通している。藍染の乱でも破面(アランカル)と死神は敵対し、多くの破面(アランカル)が死神によって討たれていた。

 そんな破面(アランカル)がここに来て死神に協力するなどと、どう考えても有り得ないだろう。これで見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)破面(アランカル)に手を出していれば話は別だが、それはユーハバッハの命令によって禁じられていたから有り得ない。

 なお、バズビーはグレミィが虚圏(ウェコムンド)に行っていた事を知らない。それを知っているのはユーハバッハの側近であるユーグラムと親衛隊(シュッツシュタッフェル)のみだった。

 

「死神や貴様がどれだけ疑おうとも構わん。どうせ結果は同じだ」

「……何だと?」

 

 バズビーはハリベルの言葉の意味を理解した。疑っても疑わなくても結果は同じ。つまり、どうあろうと自分が勝つから意味はないと言ったのだと理解したのだ。

 

破面(アランカル)風情が星十字騎士団(シュテルンリッター)を嘗めるなよ! バーナーフィンガー1!」

 

 格下に見られた事に怒りを顕わにしたバズビーは、指先から収束された熱線を放ちハリベルを穿とうとする。

 それに対し、ハリベルもまた構えた斬魄刀から収束された激流を放った。

 

断瀑(カスケーダ)

 

 熱線と激流がぶつかり合い、そして中央で爆発を起こした。高熱と大量の水により水蒸気爆発が起こったのだ。

 

「てめぇ……」

「水と炎。中々面白い戦いになりそうだな」

 

 自らの力が相殺された事に苛立ちを見せるバズビーに対し、ハリベルは両者の力の質が真逆である事に興味を示していた。

 水と炎。その二つがぶつかり合った時、果たしてどちらが勝つのか。炎は水で消えるが、膨大な炎に少量の水を掛けたところでまさに焼け石に水。つまり、答えは両者の実力次第という事になる。

 

「いいぜ! 死神共を倒す前にてめぇを焼き殺してやるよ!」

「良い気迫だ。ならばこちらも全力で相手をしよう! 討て! 皇鮫后(ティブロン)!」

 

 バズビーが気迫と共に全身に霊圧を漲らせる。それに対しハリベルは様子見などせず即座に帰刃(レスレクシオン)する事で全力の姿へと変化する。

 刀剣解放した十刃(エスパーダ)と、完聖体となった星十字騎士団(シュテルンリッター)。水と炎、相反する力を使う者が瀞霊廷にて全力でぶつかり合った。

 

 

 

断瀑(カスケーダ)

 

 刀剣解放した事により、先程よりも更に水量と水圧が増した激流がバズビーに向かう。直撃すれば全身の骨が砕かれる程の威力を秘めているだろう。

 

「しゃらくせぇ! バーナーフィンガー3!」

 

 それに対してバズビーは三本の指から旗のような炎を作り出し、それを盾とする事で高水圧の激流を防いだ。

 水と炎のぶつかり合いで、再び水蒸気爆発が起こる。それも先程よりも巨大な爆発だ。水量と熱量が互いに上がった為に、爆発の規模も大きくなったのだ。

 

「うおお!」

「日番谷隊長。少し下がるぞ」

 

 巨大な水蒸気爆発は日番谷達の下までその衝撃を響かせていた。このままでは両者の戦いの余波に巻き込まれると察した白哉は、日番谷と共に後方へと下がる事にする。

 

「くそ……あいつら人様の街で好き勝手暴れやがって……!」

 

 瀞霊廷の上空で戦う破面(アランカル)滅却師(クインシー)に、死神である日番谷が悔しそうにそう呟く。

 その悔しさは敵に対してではなく、自分自身に向けられていた。破面(アランカル)滅却師(クインシー)。どちらも死神の敵だ。そんな両者を止める事が出来ないでいる自分の不甲斐なさが、何よりも日番谷を苦しめていた。

 

「日番谷隊長。ここは様子を見るしかあるまい。(けい)の気持ちは理解出来るが、今の私達では力不足だ……」

 

 日番谷を諭す白哉だったが、白哉もまた自分への不甲斐なさで一杯だった。互いに傷付き本調子とは程遠い故にバズビーを相手に苦戦したのは仕方ない事なのだが、それでも誇り高い白哉はこの状況に至った己自身を責め立てる事を止めないだろう。

 だが、だからと言って悔いるだけでは何も出来ない。瀞霊廷に乱入してきた破面(アランカル)の真意は定かではないが、今は滅却師(クインシー)と敵対している事は確かだ。ならば両者の戦いが決着するまで、体力を回復させる事に努めた方が戦術的にも正しいだろう。

 例え苦汁を舐めようとも、護廷の為に出来る限りの事をする。それが護廷十三隊としての矜持なのだ。

 

「解ってる……! 解ってるんだそんな事は!」

 

 日番谷も白哉に言われずとも理解していた。だからこそ、悔しがりながらも呼吸を整え霊力と体力の回復に努める。上空で行われる強者と強者の戦いを見守りながら。

 

 

 

「おらぁ!」

「ふっ!」

 

 バズビーの四指から伸びた炎剣と、ハリベルの鮫を模したかのような斬魄刀が交差する。

 その瞬間、バズビーの炎剣が爆炎を生み出してハリベルへと襲い掛かった。

 

「ぶっ飛べ!」

 

 斬った対象を爆炎で焼き滅ぼす恐ろしい一撃。だが、至近距離で起きたその爆炎が晴れ渡った時、そこに居たのは水球に覆われた無傷のハリベルだった。

 

「何だと!?」

「返すぞ」

「っ!?」

 

 水球に覆われている為にハリベルの声はバズビーに届かなかったが、ハリベルが行った攻撃に驚愕しバズビーは思わず後退する。

 ハリベルは自らを水球で覆ってバズビーの爆炎から身を守っただけでなく、爆炎そのものを水球で覆ってその爆発を押し留めたのだ。爆炎と水が触れた事で水蒸気爆発も起こったが、それすら高水圧で無理矢理押し留めていた。そして、それら全てをバズビーに向けて叩きつけたのだ。

 

「うおおっ!?」

 

 水球から放たれた爆発に巻き込まれ、バズビーが吹き飛ばされる。そして大地に叩き付けられた瞬間、上空に居たハリベルが追撃を放った。

 

断瀑(カスケーダ)

 

 地上に落ちたバズビーに向けて、高水圧の激流が何発も放たれる。その度に周囲の建物は倒壊し、当たり一面水浸しとなっていく。

 そうして小さな湖と言わんばかりの水で一帯が覆われた時、水底から大量の水を押しのけて巨大な炎が噴出した。

 

「おおおおお!」

「……大したものだ」

 

 水底から姿を現したのは当然バズビーだ。断瀑(カスケーダ)の連発によりその体には無数の傷が出来ていたが、それでも健在だ。

 自らの力が防がれたばかりか、そのまま返されたあげく、大量の激流を叩きこまれた事でバズビーの怒りは頂点に達していた。

 

「いいぜ……てめぇが俺の炎を水で防ぐって言うなら……防ぎようがない圧倒的な火力で全て焼き払ってやる!! バーニング・フル・フィンガーズ!!」

 

 バズビーの炎は指の本数によってその形状と威力が変化する。指一本で熱線、二本だと鉤爪状、三本で旗状、四本で剣状に。当然、本数が多ければ多い程、その威力も上昇する。

 そしてバズビーの最大攻撃は、片手の指全てを使って放たれる、螺旋状に渦巻く超巨大な炎の竜巻だ。今までの炎とは比べ物にならない超火力が、ハリベルに向かって放たれた。

 

 だが、ハリベルもまた最大の力を発揮する状況を作り上げていた。

 ハリベルは水を生み出し操る。当然、操る水が多ければ多い程その力は強大になる。水辺で戦えば真価を発揮出来るのだが、戦場に水辺がある保障はどこにもない。

 故にハリベルは己の力で水を生み出し、それを周囲に撒き散らした。そうする事で擬似的な水辺を作り出したのだ。

 そして、戦場に大量の水気が満ちた時のみに使用出来る技がハリベルにはあった。大量の水を寄り代に、更に大量の水を生み出し自在に操作する能力――

 

「――大海皇后(オセアノ・エンペラトリース)

 

 大海の支配者。水を統べる皇后がその真価を発揮する。その瞬間、瀞霊廷に大海が出現した。

 

「な――」

「これは――」

 

 一瞬で周囲から大量の水が押し寄せた事で戦いを観戦していた日番谷達が焦りを見せる。

 当然だ。この大量の水は今までハリベルが放った水量とは比べ物にならない。このまま水が増え続ければ瀞霊廷はこの大海に飲み込まれ、多くの死神が溺死ないし圧死するだろう。

 こんな無差別大規模攻撃を放ったハリベルに対し、日番谷がやはり破面(アランカル)は死神の敵だったかと思った。その時だった。

 

「なん……だと……!?」

 

 瞬時に変化する環境に、日番谷が再び驚愕する。確かに先程まで膨大な水があたりに充満しようとしていた。あのままでは瀞霊廷が巨大な津波にあったかのような被害を受けていただろう、それ程の水が迫っていた筈だった。

 それが、瞬きする間もない程の一瞬の内に辺りから水一つなくなっていた。水滴一つたりともだ。一体あれだけの水がどこに行ったというのか。日番谷のその疑問は、上空から聞こえた声に反応した事で解かれる事となった。

 

「ばか、な……俺の、最大の一撃だぞ……!」

『!?』

 

 その驚愕の呟きを聞き、上空を見た日番谷と白哉は驚くべき光景を見た。

 あれだけの大量の水が、全て上空に浮いていたのだ。そして、ハリベルの周囲を覆っていた。その水量で、バズビーが放ったバーニング・フル・フィンガーズを飲み込み抑えつけていたのだ。

 最強の一撃を容易く防がれたのだ。バズビーの驚愕も(むべ)なるかな、であった。

 

 ハリベルは圧縮した膨大な水で包み込んだバズビーの炎を、水ごと遥か上空へと移動させて解放する。その瞬間、水の内部で起こっていた爆発が解放された事で、瀞霊廷の上空で巨大な爆発が起こった。

 

「あれだけの爆発を、水で押し留めていたってのかよ……!」

 

 強くなっている。自分と戦った時よりも、圧倒的に強くなっている。かつてハリベルと戦った経験がある日番谷だからこそ、それが実感出来た。

 一体何があればこの二年近くでここまで強くなれるのか。自分も鍛えていたが、それを上回る成長に日番谷は脅威と称賛を感じるしかなかった。

 

「終わらせよう」

「……ふざけんな! 終わるかよ! 俺は! 俺はユーハバッハを!」

 

 戦いを終わらせるというハリベルの言葉を聞き、バズビーは怒気を荒げながらハリベルに向かって突進する。無謀極まりない行動だろう。

 だが、それだけハリベルの言葉はバズビーには受け入れがたいものだったのだ。ここで終わってしまえば、自分は一体なんの為に生き恥を晒していたのか。

 自身の一族を滅ぼしたユーハバッハに復讐する。その一心で長きに渡って修行し続け、力を付け、ユーハバッハの部下となり、星十字騎士団(シュテルンリッター)まで登りつめたのだ。

 ようやくここまで来たのだ。憎き敵に頭を垂れながら、服従した振りをしながら、苦汁の日々を送り続けながらここまで来たのだ。だというのに、こんなところで終わってたまるか。終わらせてなるものか。

 

 そうした思いと全ての霊力を炎剣に籠め、バズビーはハリベルへと斬り掛かる。

 そしてハリベルを覆う水など全て焼き切ってやろうとばかりに振るわれた炎剣は――

 

「な、あ……」

「終わらせると言った筈だ」

 

 ――ハリベルが振るった水の刃により、全て叩き斬られた。

 

 ハリベルは瀞霊廷を覆える程の大海の一部を超圧縮し、水の刃を作り出していた。そして、それを全力でバズビーに向けて振り下ろした。

 それだけではない。ハリベルはバズビーが近付いてきた瞬間に、大量の水を操りバズビーの両手足を拘束したのだ。身動き一つ取れなくなったバズビーに、その水の刃が躱せる筈もなかった。

 

 バズビーに迫る超高圧の水の刃は、触れるだけで全てを斬り裂いた。炎剣も、バズビーの肉体も、そして、バズビーの闘志もだ。

 全てを籠めた炎剣は爆発する間もなく消し飛んだ上に、肩から袈裟切りにされた事で重傷を負ったバズビーに戦闘を続ける力も意思も残されていなかった。

 

「ちく、しょう……ユーハバッハ……ユー、ゴー……」

 

 憎き仇とかつての友の名を呟きながら、バズビーは瀞霊廷の大地へと落ちて行った。

 

 




 今のスタークは帰刃(レスレクシオン)した全力ヤミーを相手に普通に勝てる可能性があるレベル。第1(プリメーラ)の名は伊達ではないのだ。
 大海皇后(オセアノ・エンペラトリース)を発動させた場合、ハリベルもスタークに勝てる可能性あり。発動まで少々時間が掛かるのが難点。なお、大海皇后(オセアノ・エンペラトリース)はオリジナルの能力です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。