どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第三十七話 ※

 クアルソは一番隊舎の地下、藍染が囚われている無間に繋がる道を凄まじい速度で移動していた。その際、クアルソが道に迷う事はなかった。藍染の霊圧を感じる方向へ移動すればいいだけだからだ。まあ、道中多少の障害を壊したりもしたが、時間に余裕がないので致し方ないとした。

 何せ現在進行形で瀞霊廷は襲撃を受けているのだ。被害を抑える為にも出来るだけ速く藍染の下に辿り着き、藍染が封印されているか否か、されていないならばどうするつもりなのかを問いたださなければならないだろう。もし藍染が再び瀞霊廷に牙を剥くというならば、それを止められるのはクアルソ以外いない。故に、瀞霊廷を襲う敵は十刃(エスパーダ)に任せ、クアルソは藍染目指して移動しているのだ。

 

 クアルソは自身の後を追っているだろう市丸達を待つそぶりを見せる事はなかった。待つ時間が惜しいというより、行動を共にする事によるデメリットを鑑みての事だ。

 死神が破面(アランカル)と共に大罪人が捕えられている無間へと赴く。それは死神側からしたらそれこそ大罪と言っても過言ではない行為だろう。それを防ぐ為に、クアルソは先に行き、市丸達が無間に侵入したクアルソを追ってやって来たという(てい)を作り出したのだ。 

 

 そうしてクアルソが移動する事数分、クアルソはとうとう真央地下大監獄最下層・第8監獄“無間”へと辿り着いた。

 

「ここが無間か……」

 

 クアルソの前には何もない無の空間が拡がっていた。一寸先は闇。光もなく、音もなく、ただただ凄まじく広い空間だけの監獄。ここに囚われれば並の人間ならば数日で気が狂うだろう。

 何もないというのは、それだけで恐ろしいものなのだ。光も音も、何もかもがない無の空間で、何もする事が出来ずただひたすらに拘束され続ける。そんな時間が続けば常人ならば精神を病んでしまうだろう。

 だが、クアルソは藍染がそうなっているとは思わなかった。今のはあくまで常人ならばの話だ。藍染惣右介という稀代の傑物の前に、常人や常識という言葉が通じる訳もない。あの藍染ならば、この環境にも適応し、精神を病むどころかその力を増しているだろうとすらクアルソは思えた。

 

 そうしてクアルソが無間の入り口で佇んでいると、そこに二人の隊長が瞬歩にて現れた。クアルソを追って無間にやって来た市丸ギンと京楽春水である。

 

「ふぅ、やっと追いついたよ。いやー速いね君。僕も瞬歩には自信があったんだけどねぇ」

 

 額から僅かに汗を流しながら京楽がクアルソに話し掛ける。京楽と同様に市丸も汗を流し、息も切らせていた。どうやら相当急いだようだ。

 

「ここは監視機器がないようだな」

「……良くお解りで」

「監視機器があったら京楽さんがオレに親しげに話し掛ける事ないだろうしね」

 

 そう、無間に監視機器はない。それ以外の監獄にはあるのだが、無間はその名の如く本当に無の空間なのだ。監視機器一つすら置かない程のだ。ここにあるのは捕えられた大罪人と、その大罪人を無力化する鬼道と拘束具くらいのものだ。

 

「ご名答。いや、君が優しくて嬉しいよ。僕達と行動を共にしなかったのも僕達を慮ってのことみたいだしね。君には悪いけど本当に助かるよ」

「いやいや。礼なら言葉じゃなくて綺麗な女性を紹介してくれればそれでいいよ」

「そうしたいのは山々だけどねぇ。問題は、護廷十三隊と四十六室が君にどういう対応をするかだよ……」

 

 クアルソの言っている通り、紹介出来るならば紹介したいくらいだ。それでこの破面(アランカル)に借りを返す事が出来れば万々歳だろう。

 だが、事はそう簡単には行かないだろう。クアルソが幾ら死神に友好的だとしても、死神が破面(アランカル)を信用するかと言えば話は別だ。クアルソと直接面した死神ならともかく、他の死神や四十六室などは破面(アランカル)というだけでクアルソを危険視するだろう。

 しかもただの破面(アランカル)ではなく、藍染を倒した程の強者なのだ。警戒するなと言う方が無茶というものだ。

 

「そっか……まあいずれは死神とも仲良くなって瀞霊廷にも遊びに来るんだ……なあに、諦めなければいつかきっと解ってくれるさ!」

「そ、そうだね。僕も無駄な争いはしたくないしね。そうなるように出来るだけ動いてみるよ」

「お、本当か!? 助かるよ京楽さん!」

 

 破面(アランカル)が死神と仲良くなって瀞霊廷に遊びに来る。京楽はそんな光景を初めて想像し、実現出来るのだろうかと思いながらもクアルソに協力する約束をした。協力はする。実現するとは言っていない。何も嘘は言っていないだろう。うん。

 

「クアルソ。今はそんな話は後や。本当に藍染は封印から抜け出してるん?」

 

 市丸は話を切り替えてクアルソにそう問い掛けるが、その実市丸も無間の奥から放たれている藍染の霊圧を感じ取り、本当に封印から抜け出しているのではと確信しかけていた。

 無間に近付くにつれ、市丸は藍染の霊圧を感じ出していた。霊子濃度が濃くなりすぎて霊圧を感知しづらくなった地上と違い、地下である真央地下大監獄ではそこまで霊子濃度は高くない。故に無間に近付けば近付く程、藍染の霊圧を濃く感じるようになっていた。

 そして、市丸は自身が捕えられていた第三監獄に至る前から藍染の霊圧を感じていた。捕えられていた時には感じなかった藍染の霊圧をだ。それはつまり、その時とは違って藍染が自由になったという証拠なのではないか。市丸はそう思い始めたのだ。

 

「多分な。ま、それをはっきりさせる為に藍染様の所まで行ってみるとしますか」

 

 そう言って、クアルソは藍染の霊圧を感じる方角に向けて移動し出す。当然響転(ソニード)でだ。歩いていてはどれだけの時間が掛かるか解らない程、無間は広く藍染が捕えられている場所は遠かったのだ。

 クアルソに続いて市丸達も瞬歩にて藍染に向かって移動する。流石は世界全土でも上から数えた方が早い実力者達と言うべきか、三人は程なくして藍染が捕えられている場所近くまで辿りついた。

 

「この先だな。さて、藍染様はどうなっているのやら」

「そういえば、クアルソは藍染の封印が解かれていたらどうするつもりなんや?」

「ん? まあ、藍染様次第だけど……また暴れるって言うならもっかい叩きのめしてまた封印かな? 叩きのめすのも、封印も、どっちも出来ればいいんだけど……」

 

 戦って負けるつもりはないが、絶対に勝てる等とはクアルソも言えなかった。それ程に藍染は強大な力の持ち主なのだ。かつてはクアルソが勝利したし、当時よりも更に強くなってはいるが、次も絶対に勝てるかどうかは戦ってみなければクアルソにも解らなかった。勝敗とは常にたゆたっているものなのだ。

 そして勝てたとしても、再び封印出来るかどうかも疑問だった。藍染を封印している技術は瀞霊廷でも最高峰のそれだろう。それを破ったと言うならば、同じ封印では意味がないという事だ。ならばそんな藍染を封印出来る技術が瀞霊廷にあるのかと言えば、クアルソが知る由もなかった。

 

「そうだねぇ……情けないけど君に勝ってもらわないと困った事になるんだけど……例え勝てても封印出来るかどうかと聞かれれば、正直解らないとしか言えないね」

 

 この場で最も瀞霊廷について理解している京楽も、封印を破った藍染を封じる手段が瀞霊廷にあるかどうかは解らなかった。技術開発局ならば新たな技術を生み出し、更なる封印が可能かもしれないが、絶対に大丈夫とは京楽も断言する事は出来なかった。

 

「ま、さっきも言ったけど藍染様次第だよ。もしかしたら協力してくれるかもしれないし? 反省しているかもしれないし? まあどちらにせよ色々な恨みと今まで藍染様の犠牲になった人達の恨みを含めて少し痛い目にあってもらうけどな!」

 

 藍染の犠牲になった人達の恨みというのはともかく、クアルソの恨みは基本的に逆恨みに近い。なにせ藍染がいなくなった事による破面(アランカル)の分裂を防ぐ為に、自分が破面(アランカル)の王という面倒な立場にならざるをえなかった事と、それにより破面(アランカル)の女性を口説く事が難しくなった事に対する恨みなのだから。

 

 ――藍染はこの程度で反省もせぇへんやろし、少し痛い目にあった程度じゃ犠牲になった人も納得せんやろけどな――

 

 市丸はそう思いつつも、それを口に出したりはしない。言っても意味のない事だからだ。クアルソに藍染を殺す気がない事は市丸も理解していた。例え崩玉と融合して不死身と化した藍染と言えど、真っ向から力で上回ったクアルソならば殺す事も可能だったはずだ。以前の戦いでそれをしなかった事から、市丸はクアルソが藍染を殺すつもりがない事を察したのだ。

 何だかんだでクアルソは藍染に恩義を感じているし、その在り方を嫌いにはなれなかった。どの死神よりも才覚高く生まれ、どの死神よりも高みに至り、どの死神とも理解し合えない。そんな藍染の強さとその裏にある悲しさを、クアルソは嫌いになれなかったのだ。

 

 ――まあ、犠牲になった人云々は僕が言えた義理やないわなぁ。少しでもあの藍染が痛い目にあうなら、それもまた一興や――

 

 藍染を倒し奪われた物を取り返す為とはいえ、市丸がその道程で犠牲を強いた者達は少なくない。自分の身勝手な想いで犠牲者を出している身としては、犠牲者が云々等とは言えないだろうと市丸は内心で自嘲する。

 藍染が再びクアルソと戦うというのならば、今度はあの藍染惣右介が敗れる様をこの目でしっかりと見てやろうと思いながら市丸は更に歩を進め――そして、クアルソ達と共に信じ難いものを目に、いや、耳にした。

 

「やあ、ようやく来てくれたねクアルソ」

『……んん?』

 

 クアルソ達は、その耳に響いた声を聞いて己の耳を疑った。確かに藍染の霊圧を目指して移動していた。今も間近に感じる霊圧は間違いなく藍染のそれだ。

 だが、聞こえて来たのは藍染の声ではなく別の声だった。幾ら何でも聞き違う筈がない。なぜなら、聞こえて来た声は男性ではなく女性のそれだったからだ。男性と女性では明らかに声の質が違う。確かに藍染の口調そっくりの声だったが、その声質は完全に女性のものだった。

 封印により口が防がれている筈の囚人から声が放たれた事よりも、男性である筈が女性の声が聞こえた事に三人は困惑した。そして、その困惑は声の主に近付いた事で更に大きくなった。

 

「久しぶりだねクアルソ。元気そうで何よりだよ。それに、以前よりも強くなっている。流石はクアルソ・ソーンブラ。私を倒した唯一無二の存在だ」

『……んんん?』

 

 女性の声は聞き間違いかな、と思って藍染と思わしき存在に更に近付いた三人は、闇の中にあってようやく藍染を視認出来る距離に至った。そして、今の藍染惣右介――惣子ちゃん――をその目にした。

 そこに居たのは絶世の美女だった。どこか藍染を思わせる風貌を残しつつも、見た目は完全に女性であり、藍染よりも身長は10cm以上も低い。それでも172cm程あるが。そしてそのスタイルは抜群であり、特にそびえ立つ双子山にクアルソの視線は釘付けだ。拘束する為の器具が余計に色気を醸し出していた。

 

「しかし、折角の再会だと言うのに余分な者達が付いてきた事だ。京楽、無粋だぞ。まあ、ギンは許すとしよう。私の進化の為に役だってくれた事だしね」

『……』

 

 その身を拘束具で覆われ身動き一つ出来ない状況にありながら、藍染――クアルソ達にとっては謎の美女――はその麗しい唇から美声を奏でる。人によってはこの声だけでその心を鷲掴みにされるだろう。

 尤も、クアルソ達はその美声に聞き惚れるどころではなかったが。彼らの脳は現状把握に必死になっていた。

 

「……い、市丸。頼みがある。俺の顔を殴ってくれないか?」

「ええよ。ふっ!」

 

 混乱のあまり、目の前の美女は自分の欲求不満により脳内で生み出した幻覚か、それとも白昼夢ではないかと思い始めたクアルソが、市丸に目を覚ましてもらおうと殴ってもらう。

 

「ちょっぴりしか痛くない。現実か? いやそれともやっぱり夢か?」

「いやいやいやいや。指の骨が折れたわめっちゃ痛い……これ夢やないわ……」

 

 忘れてはいけない。クアルソは破面(アランカル)である。そして破面(アランカル)鋼皮(イエロ)という鋼を思わせる程の外皮を有している。破面(アランカル)によって鋼皮(イエロ)の硬度は違うが、クアルソの硬度は言うまでもなくトップクラスだ。

 白打の名手である四楓院夜一も、ヤミーの鋼皮(イエロ)を素手で攻撃した事で手足を負傷するはめになった程だ。市丸も素手で殴れば骨も折れるというものだ。

 

「君達何やってんの……」

 

 目の前で行われるコントを見て京楽は呆れるが、そのおかげで多少の冷静さを取り戻していた。そして、藍染と思わしき美女に向けて問い掛ける。

 

「君は……藍染惣右介なのかい? 今の姿は鏡花水月によるものなのか?」

「……」

 

 だが、京楽の問いに対して返って来たのは美女からの絶対零度の視線だった。話し掛けるなと言わんばかりのその視線に、然しもの京楽もたじろいだ。いや、美女が好きな京楽だからこそたじろいだと言うべきか。

 

「えっと……あ、藍染……様?」

「そうだよクアルソ。君が戸惑うのも当然というものだ。私もこうなった当初は些か戸惑ったからね」

 

 クアルソが恐る恐る訊ねると、藍染は意気揚々と返答する。京楽との態度の差は歴然である。

 

「2、3……お、落ち着け、落ち着くんだクアルソ……! 5、7、11……優秀な武人はうろたえない。落ち着け。素数を数えて落ち着くんだ。13、17……素数は1と自分の数でしか割る事の出来ない孤独な数字……オレに勇気を与えてくれる……! 19、23……」

 

 クアルソは混乱している。何を思ったのか突如として素数を数え出していた。完全に動揺しているようだ。

 

「い、いったい何があったらこうなるんや……?」

 

 藍染を今でも憎んでいる市丸ですら今の藍染を見て愕然としており、恨みよりも疑問が勝ったほどだ。

 市丸はクアルソに鏡花水月が効かない事を知っている。故に、京楽みたいに藍染が鏡花水月の力で外見を女性に見えるようにしているとは思わなかった。そうならばクアルソの反応は今と違ったものになっているだろうからだ。

 つまり、何かしらの要因があって藍染は女体化したという事になる。どうしてこうなったのか、見当の付きようもなかった。

 

「崩玉の暴走と言うべきか、まあ些細な事だ。気にする必要はないよ。私という本質は変わっていないのだからね」

『些細なわけあるか!』

 

 三人の異口同音の突っ込みが無間に響き渡る。だが、藍染はどこ吹く風であった。実際女性になってしまったからには仕方ない。ならばこの変化を受け入れるしかないだろうと、藍染はとっくの昔に達観していた。

 

「ふむ。まあ性別が変われば多少なりとも混乱するか。それに名前についても問題だろう。私は藍染惣右介ではなく藍染惣子と名乗る事にした。これからは惣子と呼んでくれ給え、クアルソ」

「いやいやいや。いきなりそんな事を言われましてもね藍染様――」

「惣子、と呼んでくれ給えクアルソ」

「いや、だから――」

「……」

 

 あまりにあまりな展開に戸惑うクアルソに対し、藍染はにこやかな笑みを浮かべ続ける。

 

「えっと、その……そ、惣子さん?」

「……ふむ。まあ、今はそれで納得するとしよう。あまり急いても事を仕損じるというものだ」

 

 一体何を仕損じるというのだろうか。男たち三人は眼前の美女に恐怖した。

 

「さて、クアルソが来たからにはここにいる必要もないだろう」

「なっ!?」

 

 混乱する三人を放置して、藍染はそう呟きながら無造作に拘束具を破壊する。同時に自分を縛っていた鬼道もだ。

 それを見て驚愕したのは京楽だ。確かに封印を抜け出した可能性は考慮に入れていたが、それでもこれだけの拘束具と鬼道を容易く破壊する様を目の前で見せられると驚きを隠す事は出来ないでいた。

 

「馬鹿な……どうやってこれだけの封印を!?」

 

 京楽の驚愕と動揺を見て興が乗ったのか、藍染はようやく京楽に視線を向けてその疑問に答えた。

 

「どうやって? この程度の封印など、今の私にとっては無きに等しいものだ。まあ、流石に破るまでに一年近くは掛かったがね」

 

 一護との戦いを経て斬魄刀と一体化する程の進化を遂げ、クアルソと再会した事で更なる進化を果たした藍染の実力は、死神が思っていたよりも遥かに高みに至っていたのだ。

 この無の空間に捕えられている間でさえ藍染は強くなり続けていた。そして、自らを縛る封印を徐々に徐々に砕いていたのだ。

 

「だったら何故無間から脱獄しなかったんだい……? 君が言っている事が正しければ、出ようと思えば出られた筈だ」

 

 藍染が無間に捕えられてから二年近い年月が経っている。藍染が言った事が真実ならば、とうの昔に脱獄する事は可能だっただろう。

 だが、藍染は脱獄する事は出来たがするつもりはなかった。そこには藍染なりの理由があった。

 

「私を倒したのはクアルソだ。そのクアルソの許しなく、私は脱獄するつもりはなかった。だからクアルソがここに来るまで待っていたのさ。まあ、しばらく己を見つめなおす時間を得たと思えば無為な時間でもなかったからね。悪くない時間が過ごせたと言えよう」

『……』

 

 どこか頬を赤らめながらクアルソを見つめてそう言い放つ美女を見て、市丸と京楽は本当にこれは藍染惣右介なのだろうかと思った。

 その考えは正しい。ここにいるのは惣子ちゃんであって惣右介ではないのだ。同一人物と言えど男性と女性の差は果てしなく大きかった。

 

「そういう事だ。私がここに居続けたのは勝者であるクアルソ、君に敬意を表してのもの。そして敗者である自身へのけじめだ。だからこそ君に訊ねよう。私がここから出る許しをくれないか?」

「ええ? オレの一存で決まるのそれ? マジで?」

「私は常に本気だよクアルソ。少なくとも君に関してはね」

 

 妖艶な笑みを浮かべながらも真剣な眼差しでクアルソを見つめながらそう言う藍染を見て、クアルソは両隣にいる市丸と京楽へと視線を送る。

 当然、返って来た視線は否だ。藍染の脱獄を許すなど、どう考えても許される事ではない。瀞霊廷の窮地に藍染の力を利用する事も考慮していた京楽だったが、クアルソ達破面(アランカル)が援軍として来てくれた事で大方の危機は取り除かれた。今更藍染に頼る必要はないだろう。

 まあ、藍染の力を借りる事も、破面(アランカル)の助けで危機を脱した事も、死神としては非常に情けない話なのだが。それでも瀞霊廷が滅びるよりはマシだろう。勝つ為には悪すら利用する覚悟が京楽にはあった。

 

 ともかく、今藍染を脱獄させる事は許容出来ない。そういう視線を受けたクアルソは、一瞬逡巡して藍染に問い掛けた。

 

「ここから出たとして、藍染様――」

「惣子、と呼んでくれ給えクアルソ」

「そ、惣子さんは何をするつもりだ?」

「クアルソ!?」

 

 その問いは、まるで藍染を無間から出そうとしているようにも聞こえるだろう。実際市丸はそう思ったし、何を考えているのかとクアルソを睨みつけていた。

 だがそんな市丸など気にする事もなく、藍染はクアルソの問いに答えた。

 

「もちろん、勝者である君に従おう。君が殺せというならば死神だろうが破面(アランカル)だろうが滅却師(クインシー)だろうが殺そう。君が護れというならば死神だろうが破面(アランカル)だろうが滅却師(クインシー)だろうが護ろう」

「で、いずれオレを倒す、と」

「当然だ。私は私を従える存在を許さない。今は君が強い。私も強くなったが、君は更に強くなっている。故に私は君に従おう。だが、いずれは君を超え、私が君を従えてみせよう」

 

 そう。藍染は己を従える存在を許す事が出来ない。だが、同時に藍染は自分と対等の存在を求めていた。今はクアルソが強い。無間に捕えられている間も強くなっていた藍染だったが、それ以上にクアルソは強くなっていた。こうしてクアルソを目の前にして、藍染はそれがはっきりと理解出来たのだ。

 それは藍染にとって喜ばしい事だ。自分の理解者足り得る存在が、想像通りに更に強くなっていた。停滞などしない、強くなり続ける、進化し続ける超越者。それでこそ自分が見込んだ存在だと、藍染はクアルソへの想いを更に高めていた。

 ともかく、藍染は己を従える存在を許せないが、それでもクアルソという勝者にして強者に今は従おうと決めた。まだ追いついていないならば、自分とクアルソは同等の立場ではない。クアルソの横に並び立ち、そして超えるまでは、クアルソの配下という立場に甘んじようと藍染は決めたのだ。

 

「それとも、私のような存在を内に招くのは恐ろしいかな? いずれ自分を超えるやもしれない存在を飼う事は出来ないと?」

 

 藍染のその挑発に、クアルソは溜め息を吐きながら乗る事にした。

 

「……解った。オレが強い内はオレの命令には服従してもらうからな?」

「当然だよクアルソ。いや、クアルソ様、と呼んだ方がいいかな?」

「いや、呼び捨てでお願いします……なんか藍染様――」

「惣子」

「惣子さんに敬称つけられると落ち着かないからさ……」

「そうかい? なら、遠慮なくいつも通りクアルソと呼ぶ事にしよう」

 

 そうしてクアルソの許しを得た藍染は、周囲に残っていた僅かな封印を完全に破壊して自由の身となった。そして、その足でクアルソの下にまで歩いて行く。

 それを見て危機感を覚えたのは当然市丸と京楽だ。口ではクアルソに従うと言ったが、それを信じるような二人ではない。今まで瀞霊廷の全てを騙して来た男……もとい女の言う事などどこまで信用出来るというのか。 

 

「市丸、そして京楽さん。オレが責任持ってあいぜ……惣子さんを見張っとくからさ。ここは抑えてくれないかな?」

「クアルソ! 自分が何言うてるんか解ってるんか? 藍染を自由にさせたら何をするか解ったもんやないで!?」

「市丸の言う通りだよ。例え君が藍染惣右介……あー、藍染惣子を超える強さを持っているとしても、鏡花水月の力と瀞霊廷全土を騙し続けた知略を持つ彼……彼女をどこまで抑えられるか解ったもんじゃない! ここで食い止めるべきだ!」

 

 二人の言い分は尤もであり、死神の誰が聞いても納得するものだろう。だが、二人は今がどういう状況にあるかを忘れていた。

 

「二人の言いたい事は良く解る。でもさっきも言った通り、惣子さんが協力的だったら話は別だ。今は少しでも時間が惜しいんだ。ここで惣子さんと争って時間を無駄にしてしまえば、それだけ瀞霊廷と死神の被害も大きくなる。そうだろ?」

『……』

 

 そう、平時ならばともかく今は滅却師(クインシー)との戦争中だ。そしてクアルソはその滅却師(クインシー)を倒し死神を救う為にやって来た。だが、ここで藍染と戦ってしまえば倒せはすれどもそれなりの時間を使ってしまうだろう。

 そうなったらその間に多くの犠牲者が出るだろうし、下手すれば三界が崩壊してしまうかもしれない。今は一刻も早くユーハバッハを倒し、死んでしまった霊王の代わりの楔を用意しなければならないのだ。

 

「惣子さんが自分から敵対するって言うんならともかく、オレの命令を聞くって言うんだからここは一旦惣子さんの事はおいといて、滅却師(クインシー)の対処に手を回した方がいいんじゃない? 第一、オレと惣子さんが全力で戦えば、多分瀞霊廷が崩壊する……」

「まあそうだろうね。無間と言えども今の私とクアルソの全力に果たして耐えられるかどうか。地下大監獄は崩壊し多くの囚人が逃げ出し、上層部である一番隊舎は消し飛び周囲にも大きな被害が出る事だろう」

『……』

 

 藍染の言葉をハッタリだとは二人は思えなかった。クアルソと藍染が戦えば、恐らく高確率で藍染が言ったような事が起きるだろう。それでクアルソが勝てばまだいいが、負けてしまえば藍染が自由になる上にクアルソという強大な戦力を失い、滅却師(クインシー)に敗北するという目も当てられない状況に陥る可能性もあるだろう。

 この場で藍染と敵対する事は愚策と言わざるを得ない。そう痛感した二人は、苦々しい表情を浮かべて納得するしかなかった。

 そんな二人を見て、クアルソは溜め息を吐きながら近くまで歩み寄っていた藍染に一歩踏み込み、全力で拳を振るった。

 

「ぐっ!」

 

 一撃、二撃、三撃、拳は止まらずその攻撃は十回まで及んだ。そして十回目の一撃で藍染が膝を突いた所で、クアルソは攻撃を止めた。

 

「これは、今までお前が利用し傷付けた人達の痛みだ。ほんの一部だけどな。今後はオレに勝たない限り、絶対に他人を利用するな。解ったな?」

「君の、命令だ……この痛みも含めて、甘んじて受け入れよう……」

 

 痛みに喘ぎながらも、藍染はクアルソの命令を受け入れた。クアルソに従うと決めたからには、この程度で揺らぐ藍染ではない。もちろん、絶対にクアルソを上回るという決意あっての事だが。

 

「悪いな二人とも。藍染惣子はオレの支配下に置く。この程度では納得出来ないだろうし、惣子さんを信用は出来ないだろうが、今は堪えてくれ」

「……しゃーないな。今は、それどころやないのは確かや」

「それしかないようだね……」

 

 藍染を信じる事は出来ないし、クアルソを信用しきる事も出来ない。だが、それでも今はユーハバッハをどうにかし、世界の崩壊を食い止める事が先決だ。

 

「悪いな二人とも……。この借りはいずれ返すからさ」

「まあ、君には何度も助けられているしねぇ。藍染の乱といい、今回といい。むしろ僕達の方が借りがあるくらいさ。だから気にしないでいいよ」

「そうやな。その代わり、絶対に藍染を自由にさせたあかんで」

 

 二人の言葉にクアルソは力強く頷く。どうしてこうなったのかは解らないが、藍染が女体化して封印から抜け出して自分の配下になったのは自分に原因があるような気がしてならないクアルソとしては、藍染を自由にさせるつもりはなかった。

 なお、気がしてならないではなく間違いなくクアルソが原因である。まあ流石に意図した結果ではない上に、責任まではないが。

 

「ふ、離反したとはいえ中々に言ってくれるねギン」

「離反したんやない。端からあんたの味方になった覚えはないわ」

「そうだったね。まあ、先程も言ったが君には感謝している。君のおかげで私は更なる進化が出来たのだから。故に、これは君への褒美と、そして私が君達に()は敵対する意思がない事の証だ」

 

 そう言って、藍染は胸の中心に埋まっている崩玉から魂魄の欠片を取り出し、掌に乗せてその手を市丸へと伸ばした。

 

「これは……まさか!?」

 

 その霊力の輝きを見て疑問に思った市丸だったが、直にその正体に気付き声を荒げた。そう、この霊力を市丸が見間違う訳がない。この魂魄の欠片は――

 

「――そう、私がかつて奪った松本乱菊の魂の一部だ。もう私には必要ないものだ。遠慮せず受け取り給え」

「何が受け取れや……! 奪った物を返しただけやろが……!」

 

 藍染の傲慢な物言いに市丸が珍しく怒りを顕わにして怒気を叩き付ける。だが、その怒気を受けても藍染は平然とし、市丸に対して口を開いた。

 

「受け取らないのかい? なら再び崩玉に与えるだけだが?」

「っ!」

 

 藍染の言葉を聞いて市丸は藍染を睨みながら、差し出された乱菊の魂魄の欠片を奪い取った。

 複雑な想いが市丸の中を駆け巡る。藍染に対する憎悪と同時に、大切な女性から奪われた大切な欠片を取り戻せた歓喜と達成感も駆け巡っていたのだ。

 そんなかつての部下を見て、藍染は一応の忠告を与えた。

 

「一つ、忠告しておこう。崩玉を活性化させる為に、私は多くの魂魄を崩玉に与えてきた。その際、魂魄の大部分を削られた者達はその殆どが死に絶えた。生き残ったのは数少なく、そして死神の素養を保ったままの存在は皆無だ。たった一人の少女を除いてね」

「……何が、言いたいんや……?」

 

 藍染の言葉の意味が市丸には理解出来なかった。いや、言っている事は解る。その少女が市丸が最も大切にしている女性、松本乱菊の事なのだろう。

 だが、何故乱菊だけが生き延びただけに留まらず、死神としての素養を保ち、副隊長に至るまで強くなったのか。市丸もその事を今までに何度か疑問に思った事はある。たまたまなのか、それほど強い霊力を保有していたのか。どこまで考えても市丸には答えが出なかった。その答えを藍染は知っているというのだろうか。

 

「推測だがね。恐らく、彼女の魂には霊王の一部が融合していたのだろう」

『!?』

 

 藍染の突然の発言に市丸と京楽が驚愕する。当然だ。それ程に死神にとって霊王という存在は大きかった。隊長にまで至った者であれば尚更だ。

 

「かつて霊王は五大貴族にその体の大半を切り刻まれたという。その切り刻まれた霊王の一部を魂魄に宿して生まれる者は極少数だが実在する」

「……! 五大貴族でも極一部しか知らないような事を、良く知っているものだね……!」

「当然だ。この程度の情報など、百年以上前に入手済みだよ。浦原喜助も同様にな」

 

 霊王の正体を知ったからこそ、藍染は王鍵を創り霊王を殺そうと動いていたのだ。あのような存在が、形だけとはいえ死神の王として、自身の王として存在しているなどと、許せるはずもなかった。

 

「松本乱菊が霊王の一部を宿した存在であるならば、魂魄の大半を奪われてなお、死神としての素養を保ったままでいられる事にも説明がつくだろう」

「それが、どうしたって言うんや……? だから乱菊にこの魂魄を返すな、とでも言い張るつもりですか?」

「そうだ。正確には、今すぐに返すのは止めた方が良いだろうね」

「どういう事や……?」

 

 市丸の疑問に藍染は無間にありながら全てを見知ったかのように語る。

 

「無間にあって感じるこの振動。どうやらユーハバッハは霊王を殺害したようだ。そればかりか、奴は霊王を吸収し己の力にしただろう。クアルソに対抗する為にね」

『っ!』

 

 そこまで言われて市丸も、そして京楽も気付いた。何故藍染が乱菊に魂魄を返すのを止めろと言ったのかを。

 

「気付いたか。霊王の欠片を持つ者は世界に幾人か存在する。例えば完現術者(フルブリンガー)と呼ばれる存在は、その全員が霊王の欠片を宿している。井上織姫や茶渡泰虎もそうだ」

 

 完現術者(フルブリンガー)は胎児であった時に母親ごと(ホロウ)に襲われ、その身に(ホロウ)の力を宿した。それが原因となって完現術者(フルブリンガー)としての力に目覚めたのだが、胎児の段階で(ホロウ)に狙われた原因は、生まれる前から魂魄に混ざり込んだ霊王の欠片にあった。

 霊王の欠片という特殊な霊圧が混ざり込んだ幼き魂を、感知能力に長けた(ホロウ)が優先的に襲ったのだ。井上織姫や茶渡泰虎は代々受け継いできた霊王の因子が、(ホロウ)の襲撃に合わせて防衛本能で開花したというケースだ。

 

「霊王の欠片を宿している者をユーハバッハが狙うかは解らない。少なくとも、表面上に霊王の因子が漏れ出ている訳ではないからね。だが、死神として成長し副隊長にまでなった松本乱菊に奪われた魂魄を戻した場合、それにより何らかの反動が起こる可能性は高い。もしかしたら、霊王の力の一部が発揮される可能性もある」

「そうなったら……!」

「ユーハバッハに狙われる可能性は高いと言えよう。クアルソと戦い追い詰められれば尚更にね」

 

 藍染のその言葉に市丸は普段殆ど閉じているように薄い目を見開き、苦々しそうな表情になる。ようやく乱菊の魂の一部を取り戻したと思えば、それを元に戻すのに別の障害が出たとなればこうもなろう。

 まあ、その障害を取り除けば何の問題もないのだが。

 

「まあなんだ。そのユーハバッハを倒せば問題ないんだろ?」

 

 それが困難だから市丸も難しい顔をしているというのに、クアルソは事も無げにそう呟いた。そしてクアルソの言葉にいち早く反応したのは当然藍染だった。

 

「その通りだクアルソ。そして、ユーハバッハを倒して三界の楔を新たに作らない限り、三界のバランスは崩壊し全てが一つとなってしまうだろう。その際に起こる被害はどれ程のものとなるか、私でも想像はし切れない。ある程度の予想はつくけどね」

「なるほどな。出来れば話し合いで片を付けたかったけど、そういう訳にもいきそうにないか」

「君らしいね。だが、あの男は言葉で止まる事はないだろう」

 

 クアルソは強者との戦いを好むが、無用の争いは好まない。ユーハバッハとも良きライバル関係を築ければと思っているが、事情が事情なので難しいと判断せざるをえなかった。まあ、当人と接してみない限り断定はしないが。

 尤も、ユーハバッハの考えを聞いたならばクアルソが彼と和解する事はあり得ないだろう。それ程にユーハバッハの目的をクアルソが受け入れる事は不可能と言えた。

 

「そういう事だ市丸。取りあえず、敵を倒して落ち着いてから乱菊さんにその魂魄を――」

 

 戻せばいい。そう言おうとしたクアルソの言葉が止まり、そしてクアルソは上空に視線を向けた。それに遅れる事わずか、藍染もまたクアルソと同じように上空を見て、「ふむ」と呟いた。

 二人の行動を訝しんだ市丸と京楽は二人と同様に上空に視線を向けるが、それで何かに気付く事はなかった。

 

「クアルソ、どないしたん?」

 

 何か気になる事でもあったのかと市丸がクアルソに問い掛ける。その問いに対し、クアルソは頷きながら答えた。

 

「ああ……瀞霊廷で何かが起こった。滅却師(クインシー)の多くがその力の大半を失った。中には死んだ者もいるな。しかもほぼ同時にだ。何だこれは? 死神が何かしたのか?」

「恐らく、ユーハバッハの仕業だろう。死神にそのような技術があるなら、ここまで攻め込まれていないだろうしね。ならば滅却師(クインシー)に何らかの仕掛けを施せる立場にあったユーハバッハが何かしたと考えるのが妥当だろう」

 

 藍染の予想を聞き、瀞霊廷で起こった何かしらの異変が事態を急変させる可能性がある事に気付いたクアルソは、即座に地上に戻る事に決めた。

 

「先に行くぞ市丸、京楽さん。惣子さん、付いて来れるよな?」

「当然だとも」

『!?』

 

 市丸達の返事を聞く時間すら惜しいとばかりに、クアルソと藍染はそれぞれが得意とする歩法でその場から消え去る。地上に向かって移動したのだろう。

 

「僕達も行くよ市丸!」

「僕、指の骨まだ折れたまんまなんやけどなぁ……」

 

 当然市丸達もクアルソ達を追って地上に向かう。いくらクアルソが死神の味方をしてくれているとはいえ、全てを任せきりにするつもりはないのだ。何が出来るかは解らないが、何か出来る事があるならば尽力する。それが瀞霊廷を護る護廷の隊長なのだから。指の骨が折れているくらいで泣き事は言えないのだ。

 

 




 成田先生の小説、BLEACH Can't Fear Your Own Worldにて、霊王の欠片と魂魄が融合している者は魂魄そのものが強靭で、霊王の爪を所持していた流魂街の少女は藍染の崩玉に魂魄の大部分が奪われても生き延び、死神の力を保有しているとの記述がありました。
 その少女が松本乱菊とは明言されていませんが、可能性として一番高いのが乱菊さんだと思ってこの小説では乱菊さんの魂魄に霊王の欠片が融合している説を採用しています。まあ、採用しても活用される事はないでしょうが。

くわせふじこ様から挿絵を頂きました!


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