どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第三十八話

 瀞霊廷の遥か上空。霊王が鎮座する霊王宮。そこには、霊王を守護する零番隊も、零番隊の手足となる神兵も、そして霊王すらも存在しない空の宮殿となっていた。

 そこに居るのはただ一人。霊王宮を守護していた全ての者達を屠り、父である霊王すら屠り、その全てを吸収した男。全ての滅却師(クインシー)の始祖。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の支配者。未来を見通す目を持つ者。ユーハバッハだけである。

 

 ユーハバッハは単身で霊王宮に赴き、一人で霊王宮を陥落させた。部下は誰一人として連れて来なかった。自身の側近であるユーグラムも、親衛隊(シュッツシュタッフェル)でさえもだ。

 彼らを連れて来なかった理由はただ一つ。クアルソ・ソーンブラへの対策だ。クアルソ・ソーンブラはユーハバッハですら読めない未知の存在だった。あの藍染惣右介を倒しただけでも脅威だというのに、その存在の発生も、発生してからの行動も、何もかもが未知。

 どれ程の力を持っているのか、どのような能力を秘めているのか、どのような戦いをするのか、どのような技術を有しているのか、何もかもが不明だ。藍染との戦いを最後まで記録出来ていれば良かったのだが、両者の力が強すぎた為に監視機器が破壊された為、それは不可能だった。

 戦って負けるつもりはないが、かと言って勝てると決め付けるのは愚か者のする事だ。目的を果たす為にも、用意周到な準備を取る事は正しい行動だろう。故に、ユーハバッハは霊王を殺害した後にその力を吸収し、霊王の全てを手中に収めるまでの時間稼ぎに全ての部下を瀞霊廷に送り込んだのだ。

 

 多くの星十字騎士団(シュテルンリッター)が敗れ、命を散らした者も少なくない。だが、それでいいのだ。部下が死したとしても、それはユーハバッハにとって何の問題もないことだった。その死は決して無駄にはならないからだ。

 ユーハバッハは他人に自身の魂を分け与える事で、その者の心身の欠陥を癒す事が出来る。見えない目が治った。失った四肢が治った。病が癒えた。寂しい心が満たされた。そんな奇跡のような力を持って生まれた故に、ユーハバッハは神の子として扱われていた。

 だが、ユーハバッハの力は分け与えるだけではなかった。ユーハバッハの魂を分け与えられた者達が死んだ時、彼らに与えた魂はユーハバッハへと還り、彼らが得た知識、才能、能力などがユーハバッハへと受け継がれるのだ。それにより、ユーハバッハはその力を増大させていった。

 

 この能力を更に発展させたものが聖文字(シュリフト)だ。他者の魂に能力の頭文字を刻む事でより大きな力を与えるのだ。そして当然、聖文字(シュリフト)を刻まれた者が死ねばその知識、才能、能力はユーハバッハへと受け継がれる。

 そう、星十字騎士団(シュテルンリッター)の死はユーハバッハにとって無為ではない。どのような死を遂げようと、何も為しえず死したとしても、それは無駄死ににはならない。彼らは死してユーハバッハに尽くす事が出来るのだから。彼らの意思を無視して、だが。

 

 そうして死した星十字騎士団(シュテルンリッター)の力を吸収したユーハバッハが、とうとう霊王の力すら吸収し尽くした。

 霊王の力の影響か、その全身からは蠢く影とも闇とも言える何かが吹き出しており、体の大部分を覆っていた。それだけでなく、顔の上部は無数の目が浮き出していた。完全な異形と言えるだろう。

 だが、その力は絶大だった。ただでさえあの山本元柳斎の卍解を奪い制御する程の力の持ち主が、霊王という三界を繋ぐ楔となれる程の存在を吸収したのだ。今のユーハバッハは限りなく全知全能に近い存在に至ったと言えるだろう。

 

 そして、霊王を吸収する前からユーハバッハが持っていた能力もまた凄まじいものだ。ユーハバッハの聖文字(シュリフト)は“A”。当然ながら、誰かに与えられた力ではない自分自身の力だ。

 その名は“全知全能(ジ・オールマイティ)”。未来を見通す事の出来る絶対の能力。眼の中にある複数の瞳が未来を見通し、見通したものを全て知る事が出来る。そして、知った力はユーハバッハの味方となり、その力でユーハバッハを傷付ける事すら出来なくなる。理解と対策が介在する余地のない、絶対の力。それが全知全能(ジ・オールマイティ)だ。

 

 封じられし滅却師(クインシー)の王は、900年を経て鼓動を取り戻し、90年を経て理知を取り戻し、9年を経て力を取り戻す。その力の9年が終わらぬ内に眼を開き全知全能(ジ・オールマイティ)の力を使ってしまえば、その力は制御を失い暴走してしまう恐れがあった。

 それ故に、今までユーハバッハは未来視の力を使わなかった。使ったのは力の9年が終わった時、霊王を守護する零番隊最強の男、兵主部一兵衛を倒した時のみ。

 

「力が溢れるとはこの事か」

 

 霊王の力を取り込んだ事でその力を増大させたユーハバッハは、有り余る力を使って霊王宮と瀞霊廷を一変させた。

 瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みを全て剥がし、霊王宮へと移動させてその形を作り変えたのだ。まさに神を思わせる所業と力だ。瀞霊廷に居た死神も、破面(アランカル)も、誰もがその行為に脅威を感じた程だ。

 

 そうして霊王宮を自分好みの造形に作り変えたユーハバッハは、全てを見通す眼で未来を見る事にした。今の自分に対抗出来る可能性は例え僅かだろうと摘まなければならない。

 死神も、生き残っている自身の部下も当然として、黒崎一護、更木剣八、浦原喜助、藍染惣右介、クアルソ・ソーンブラ。残っている特記戦力もだ。特に未知の可能性を秘めた一護と、未知の存在であるクアルソは念入りにだ。

 そして、全ての者達の未来を見て、その力を知り、彼らの力を自身の味方としたユーハバッハは――

 

「……なん、だと?」

 

 ――ただ一人、未来を見る事が出来なかった存在がいる事に驚愕した。そう、ユーハバッハが最も警戒した存在、クアルソ・ソーンブラである。

 

「馬鹿な……我が眼に映らないだと……?」

 

 いや、映らない訳ではなかった。恐らく、これがクアルソ・ソーンブラなのだろうという存在はユーハバッハの未来視に映っていた。だが、それがクアルソなのかどうか、ユーハバッハですら疑問だった。

 何故なら、ユーハバッハの複眼に映っていたものは……衣服だけの存在だったのだから。

 

 衣服だけ。そう、衣服だけがユーハバッハの未来視に映っていた。それも、霊王宮にいる自身に相対するように、衣服だけがユーハバッハに対峙しているのだ。一体どういう状況なのか、ユーハバッハも混乱する程だ。

 だが、その衣服が白い死覇装である事に気付き、やはりこれはクアルソ・ソーンブラだとユーハバッハは確信する。白い死覇装は藍染が破面(アランカル)に用意した衣装だ。そして、破面(アランカル)で自身と相対する存在などクアルソ・ソーンブラ以外には考えられなかった。

 そうなると疑問になるのが死覇装しか映っていないこの状況だ。肉体はどこに消えたというのか。いや、消えたのではなく見えないのかと、ユーハバッハは理解する。

 

 ユーハバッハが未来を見通せない存在などただの一人だけだ。彼の父である霊王だけである。霊王にはユーハバッハの未来視も通用しないのだ。

 霊王の一部が魂に融合した存在は確かにいるが、それは霊王そのものではないので未来視は通用する。ユーハバッハの未来視が通用しないのはあくまで霊王そのものなのだ。

 つまり、クアルソ・ソーンブラは霊王そのものという事になるが、それはあり得ない。霊王は確かにユーハバッハが殺しその全てを吸収した。一部をその魂に宿らせたものはいれど、霊王そのものとなるとユーハバッハが知る限りでは部下の一人、霊王の左腕であるペルニダくらいのものだ。

 クアルソもペルニダ同様に霊王の一部を宿した存在ではなく、霊王そのものが形取った存在だというのか。だがそれも有り得ない。霊王の左腕であるペルニダを見たら解るように、ペルニダの外見は左腕そのものだ。人間の姿形をしているならば、それは霊王そのものではないという事になる。

 そもそも、滅却師(クインシー)である霊王が霊王のままに(ホロウ)破面(アランカル)になる訳がないのだ。つまり、クアルソ・ソーンブラが霊王であるという事は有り得ない事だ。

 ならば何故? 何故クアルソの姿が映らないのか。衣服だけ見えるのはどういう理屈なのか? 全知全能(ジ・オールマイティ)を持つユーハバッハもそれが理解出来ないでいた。真の意味での全知全能など存在しないという事なのかもしれない。

 

「……やはり、危険な存在か。クアルソ・ソーンブラ」

 

 未知数の存在クアルソ・ソーンブラ。未来を見通す眼にも映らない、まさに未知という言葉が相応しい存在。その存在が自身と対峙する事が未来において確定している。

 ならば、未知に対抗する為に準備を万端にしなければならない。生き残っている滅却師(クインシー)はまだいる。彼らは多くの死神を殺し、その力を自身の糧とする為に働いてくれた。前回の侵攻時、ユーハバッハは瀞霊廷に自身の魂をばら撒き、死神に浸透させていた。死神が死しても自身の力となるようにしていたのだ。

 滅却師(クインシー)が死神を殺せば殺すほど、ユーハバッハはその力を増し、死神が滅却師(クインシー)を殺せば殺すほど、ユーハバッハはその力を増す。だが、それも終わりだ。ほぼ全ての滅却師(クインシー)が敗れている現状、これ以上滅却師(クインシー)が死神を殺す事はほぼないだろう。

 ならば、役目を終えた彼らには最後の仕事をしてもらう他ないだろう。そうして、ユーハバッハは部下に対し聖別(アウスヴェーレン)を行った。

 

「戻れ。我が下へ」

 

 ユーハバッハの両手から巨大な光が放たれた。その光は地上に向けて放たれており、生き残っていた全ての星十字騎士団(シュテルンリッター)へと降り注いだ。

 聖別(アウスヴェーレン)。不要となった星十字騎士団(シュテルンリッター)から与えた力を回収し、他者へと分配する能力。だが、クアルソとの戦いに備えるユーハバッハが他者に分配する訳がない。

 星十字騎士団(シュテルンリッター)から回収した力を己の物とし、その力を更に増大させる。何人かの星十字騎士団(シュテルンリッター)は死んだが、それでも問題はない。ユーハバッハの糧となれたのだから、その死は無駄ではないのだ。その者の意思を無視して……だが。

 

「さあ、来るがよいクアルソ・ソーンブラ」

 

 その力を更に増大させた滅却師(クインシー)の王が、霊王の座した宮殿跡地にて、破面(アランカル)の王を待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 瀞霊廷から遠く離れた尸魂界(ソウル・ソサエティ)の僻地。誰もいない荒野にて、破面(アランカル)滅却師(クインシー)が激闘を繰り広げていた。

 いや、その二人をただの破面(アランカル)滅却師(クインシー)と言っていいものか。誰が見ても一目で両者が普通ではない事が理解出来るだろう。何故なら、両者の体は200mを超える圧倒的巨体だったからだ。

 怒れば怒る程に巨大化し強くなり続ける破面(アランカル)、ヤミー・リヤルゴ。ダメージを受ければ受けるほど巨大化し強くなり続ける滅却師(クインシー)、ジェラルド・ヴァルキリー。そんな両者が戦えば、こうなるのも必然というべきだった。

 

「おらぁ!」

 

 ヤミーが繰り出す拳がジェラルドに直撃する。その衝撃だけで周囲の岩や大地が軋み、砕けていく。直撃したジェラルドにはどれ程の威力が与えられた事か。

 

「――!」

 

 だが、そんな強大な一撃を受けてもジェラルドは怯まず、ヤミーに向かって殴り返した。神の戦士となり言葉を失っても戦い続けるジェラルドは、しかし戦士として的確な動きでヤミーを倒す為に戦い続ける。

 

「ちぃっ! しぶといヤローだ!」

 

 ジェラルドの反撃を受けたヤミーがそう叫ぶ。何度殴ろうと、何度蹴ろうと、何度虚閃(セロ)を放とうと、ジェラルドは死なない。頭部を失っても再生し、更に巨大化し更に強くなって向かって来る。いい加減にしろと叫びたいところだ。

 だが、それはヤミーが言えた言葉ではないだろう。ジェラルドの不死身ぶりに、幾度となく与えられた痛みに、ヤミーは更に怒りを募らせ、巨大化し、霊圧を増し、ダメージを回復させていた。不死身ぶりではジェラルドに軍配が上がるだろうが、攻撃力ではヤミーが上だろう。どちらもどちらの大怪獣決戦である。

 

「仕方ねぇな。被害を出すなってお達しだったが、ここなら問題ねぇだろ」

 

 そうして、ジェラルドの不死身ぶりに辟易したヤミーは全力の攻撃を繰り出そうとする。200mを超える巨体となり、その霊圧を破面(アランカル)内ではクアルソに次ぐ程にまで高めたヤミーの、全力全開の王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)だ。

 今のヤミーの王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)は、クアルソを除く全ての破面(アランカル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)虚閃(セロ)を同時に叩きこんでも相殺する事すら不可能だろう。それを、全力全開で放つ。

 この僻地ならば今の自分の全力の王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)でも、死神や魂魄に被害を与える事はないだろうと思ったのだ。

 

「全身が消し飛んでも復活出来るか試してやるぜ! 消し飛べ!」

 

 そうしてヤミーが王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を放とうとした時だ。天から降り注いだ巨大な光が、ジェラルドの全身を覆い尽くした。

 

「――」

「ああ!?」

 

 突如として降り注いだ光にヤミーが驚き王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)の発動を止める。そして次の瞬間、更なる驚愕がヤミーを襲った。

 光に包まれたジェラルドが、一瞬にして骨と化して崩れ落ちたのだ。今の今まで何度攻撃しようと、何度殺そうと復活し続けていた鬱陶しい敵が、呆気なく崩れ落ちたのだ。その衝撃は計り知れないだろう。

 

「何だ? どういうことだおい!?」

 

 ヤミーはジェラルドが本当に死んだのか信じきれず、ジェラルドの骨に向かって拳を振り下ろす。そしてその一撃で、残されていたジェラルドの骨は完全に砕け散った。

 復活する兆しもない。ジェラルドは、ユーハバッハの聖別(アウスヴェーレン)によってその全てを奪い尽くされ、完全に死んだのだ。

 

「さっきの光か? なんだったんだあれは?」

 

 ヤミーが天を仰ぎ見る。だが、先程の光が再び降り注ぐ事はなく、その正体をヤミーが知る事はなかった。

 

「ちっ! せっかくぶっ殺してやる所だったのによぉ! むしゃくしゃするぜ!」

 

 面倒な敵を倒して鬱憤を晴らす所に水を差された形になり、ヤミーの苛立ちは更に募った。それで更に巨大化するのだが、その力を揮う敵はいない。

 振り上げた拳の降ろし先を奪われたヤミーは、新たな敵を求めて瀞霊廷へと移動し出した。道中、巨大なヤミーを見て多くの魂魄が騒ぐが、虫のざわめきなどヤミーの耳には入らない。精々クアルソの命を守るべく、踏み潰さないよう空中を移動するくらいであった。

 

 

 

 

 

 

「さてさて、どうしようかねぇ? 殺しちゃう? それとも殺す前に嬲る? どっちでもいいよ僕は」

 

 そう言ったのはルピだ。星十字騎士団(シュテルンリッター)を倒したルピ、グリムジョー、ネリエルの三人は、倒しはしたが生きている星十字騎士団(シュテルンリッター)達を一纏めにし、その処理をどうするか話し合っていた。

 

「彼女達はもう無力よ。敗れた戦士を殺す必要はないわ」

「はっ! 相変わらず甘い奴だ! 敵を殺すのは当然だろうが。ここで生かして後に面倒事になったらどうするんだ? ああ?」

 

 ネリエルは無力化した敵を殺すべきではないと言う。優しいネリエルらしい意見だ。だがそれとは真逆にグリムジョーは殺すべきだと言う。生きているのはただの結果であり、殺すべくして戦った事は確か。ここで生かして後に復讐にでも来られたら、厄介な事に成りかねない。

 グリムジョーの意見は正しいだろう。星十字騎士団(シュテルンリッター)は誰も彼もが厄介な能力と強大な戦闘力を有する戦闘集団だ。今回は十刃(エスパーダ)が勝利したが、次はどうなるか解ったものではない。当然、負けるつもりはグリムジョーにはないが、殺すべき時に殺さずにいられる程、グリムジョーの牙は抜け落ちていなかった。

 そしてルピの意見は上の通りだ。彼もまた敵を生かしておくという意見を持ち合わせていなかった。嬲るという悪趣味な意見があったが、どっちにしろ殺すという点ではグリムジョーと同じである。

 二対一。十刃(エスパーダ)の意見は星十字騎士団(シュテルンリッター)を殺す方向に傾いていた。この場で最も強いのはネリエルだが、他の二人との差は極端なものではない。争った場合勝利するのは単純に人数が多い方になるだろう。まあ、その場合グリムジョーはネリエルだけでなくルピにも攻撃を仕掛けるだろうが。ルピも同様である。案外似た者同士なのかもしれない。

 

「待てよ! こいつらはもう戦う力はないんだ! だったら捕えておけばそれでいいだろ?」

「一護ぉ!」

「おわっ! ね、ネル! お、落ち着け!」

 

 二対一で固まっていた意見に反対意見が加わり、二対二となった。それは一護から放たれていた。一護もまた優しい男だ。敵を倒すのも誰かを護る為であり、倒した敵を殺す事は基本的にない。基本的に、だが。

 ともかく、甘いと言っても過言ではない一護は、倒した敵に止めを刺す行為を許容出来なかった。自分と同意見の一護を見て、ネリエルが歓喜しながら抱きついた。クアルソがこの場にいれば殺意に塗れていただろう。

 

「儂も反対だ。こやつ等は瀞霊廷を襲った大罪人。赦す事も逃がす事も出来ぬが、かと言ってここで殺してしまうのも間違っているだろう。瀞霊廷の法の下、罪に見合う罰を受けさせるべきだ」

 

 狛村が星十字騎士団(シュテルンリッター)を殺すべきではないと主張する。確かに彼らは殺されても可笑しくない程の行為を行ってきた。戦争を仕掛けた上に、多くの死神を殺してきたのだ。殺された所で何の文句も言えないだろう。

 だが、だからと言って倒して捕虜とした状態で殺すのは間違っているとも狛村は思った。戦った結果殺したのならともかく、そうでないならば捕えて法の下に裁くべきだと判断したのだ。

 そうすれば更生の可能性も残されているだろう。死は何も生まない。死んでしまえばそこで終わりだ。生きているからこそ、生き方を、考え方を変える事が出来るのだ。狛村の無二の友のように。

 

「狛村、君の優しさは美徳だ。だが、私は反対だ。グリムジョーの意見に同意するのは癪だが、ここで生かして後の面倒事を増やす事になる前に殺すべきだよ」

 

 東仙の意見は殺すべきというものだった。後々の厄介事を内に抱え込む必要はないだろうとの発言だ。

 東仙としては狛村の意見を尊重したかった。狛村の意見は自分を慮っての事だと東仙は理解していたからだ。東仙もまた瀞霊廷に大きな被害を出し、死神に敗れた存在だ。殺した方が後の厄介事を生まないというのは東仙にも当てはまる事だ。

 それをせず、滅却師(クインシー)達を生かして捕えるのは、同じ立場と言える東仙を思っての事だと東仙は察したのだ。だが、それでも瀞霊廷の為を思うならばここで殺した方が安全だと、東仙は冷静な意見を述べた。

 

「言ってくれるじゃねぇか東仙……! てめぇが俺の腕を斬り落とした事、忘れちゃいねぇぞ?」

 

 東仙の口振りにグリムジョーが怒りを顕わにする。かつて自身の左腕を斬り落とし、十刃落ちとなった原因を作ったのは東仙だ。その恨みは忘れてはいなかった。

 まあ、グリムジョーが勝手な行動を取った結果なので、全ての責任を東仙に押し付けるのはグリムジョーの逆恨みに近いが。

 

「止めなさい。元統括官も死神よ。彼に危害を加えたら、クアルソ様が黙ってはいないわよ」

「……ちっ!」

 

 ネリエルの制止にグリムジョーが苛立ちながら舌打ちし、東仙への殺気を抑える。ネリエルと敵対する事は別に構わないが、まだクアルソと敵対するつもりはグリムジョーにもなかった。

 

「ふぅん。殺すのに賛成が3、反対も3。どうするの? このまま放置って訳にも行かないでしょ? どっちにしろ早く何かしらした方がいいと思うんだけど?」

 

 ルピの建設的な意見に誰もが同意する。殺すにしろ捕えるにしろ、早く処置した方が良い事に変わりはない。だが、意見が真っ二つに分かれている為にどのように動けばいいのか誰もが悩む。

 そんな時だ。状況を動かすほどの大事件が瀞霊廷全土に起こった。瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みが全て剥がれていったのだ。

 

「なっ!?」

「これは!?」

「何が起こった!?」

 

 十刃(エスパーダ)も、死神も、誰もがこの光景に驚愕する。そして死神達はこの光景を作り出した存在を思い浮かべた。

 

「まさかこれは……!」

「ユーハバッハの仕業か……!」

「ユーハバッハ……?」

「誰だそいつは?」

「敵? そいつがこんな事を仕出かしたの?」

 

 狛村の発言に十刃(エスパーダ)達は疑問の声をあげる。その名に聞き覚えがないからだ。だが、死神の反応からして敵である事は窺えた。つまり、こんな力を持つ者が敵であるという事だ。

 

「敵の首魁を知らずに戦っていたのか……。そうだ。ユーハバッハこそが滅却師(クインシー)の首魁。元柳斎殿の卍解を奪い、多くの死神を屠った此度の戦争の元凶そのものよ」

 

 狛村が怒気を放ちながら答える。大恩ある山本の卍解を奪い、山本が愛する瀞霊廷に戦火を放ち多くの死神を死傷した大罪人。そんなユーハバッハに対して怒りを顕わにしない狛村ではなかった。

 

「そういうことよ……あんた達なんか、陛下に掛かれば一瞬で殺されるんだから……」

『っ!』

「あれ? 起きたんだおねーさん」

 

 その弱々しい声は倒れた星十字騎士団(シュテルンリッター)から聞こえて来た。そう、ルピが倒した星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人にして、バンビーズのリーダー、バンビエッタである。

 バンビエッタはユーハバッハが見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みを剥ぎ取った衝撃で気絶から目を覚ましたのだ。そして、ユーハバッハの力にうろたえる死神を見てほくそ笑んでいた。

 

「覚悟しておきなさい……! あたし達を倒した程度で、あの陛下を倒せるわけが――」

 

 それは負け惜しみに等しい行為だ。例えルピ達がユーハバッハに勝てなかったとして、それでバンビエッタ達が勝った事にはならない。だが、それでも自分達を倒した憎い敵に負け惜しみを言う事を止められなかったバンビエッタは――

 

『!?』

 

 天から降り注いだ光がその身に命中した事によって、その言葉を遮られた。

 バンビエッタだけではない。その光はこの場にいたバンビーズ全てに降り注いでおり、その衝撃で気絶していたバンビーズ全員が目を覚まし、同時にその顔が驚愕と恐怖に彩られる事となった。

 

「な、なによこれ……!?」

「力が、抜ける……!?」

「何だよ……何が起こってるんだよ……!」

「し、死ぬの? いやだ……僕は、死なない……! 死なないよ……!」

「これは……これが……! あんたのやり方かよ、陛下……!」

 

 この状況を瞬時に理解したのはリルトットだけだった。口は悪いが常に冷静に物事を考えるリルトットは、自身達に起こった現象とその原因が何か理解したのだ。

 星十字騎士団(シュテルンリッター)に仕掛けを施せる者などユーハバッハを除けばいる筈もない。ならば当然これはユーハバッハが起こした現象だ。そして、光に奪われるように自身の中にあった力が抜けていくのを感じる。

 それはつまり、ユーハバッハが自分達を切り捨て、お役御免となった力を回収している事に他ならなかった。

 

「ふざけるな……! ふざけるなユーハバッハぁぁぁ! 俺達はいったい何だったんだ!?」

 

 部下ではなかったのか? 同胞ではなかったのか? 自分達を容易く切り捨てる自身達の王にリルトットはあらん限りの声をあげる。これのどこが王だ。自身に尽くした者を不要となったからと切り捨てるのが、王のする事か。

 だが、リルトットの言葉はユーハバッハには届かない。いや、届いてはいる。全知全能(ジ・オールマイティ)を持つユーハバッハは、リルトットがそう叫ぶだろうと知っていた。それでもなお、その言葉は、その心はユーハバッハには届かなかった。

 

 

 

 

 

 

「ユーハバッハァァァァ!!」

 

 別の場所でもまた、ユーハバッハに向けて怨嗟の声をあげる滅却師(クインシー)がいた。その名はバザード・ブラック。ユーハバッハに復讐を誓い、ユーハバッハに近付いた男だ。

 バズビーはハリベルに敗れた後、止めを刺されずに生かされていた。生かされた要因は明確だ。バズビーを倒したハリベルが特に止めを刺す気がなかったからだ。敵は倒した。死神は救った。後は死神達が勝手にすればいいとハリベルは思っていたのだ。

 

 そうしてハリベルはバズビーを放置したが、かといってこの場にいる死神がバズビーに止めを刺す事はなかった。

 日番谷も白哉も、他の者が倒した敵に止めを刺す等というハイエナのような行為を取る事が出来なかったからだ。だが、放置する訳にもいかないので縛道で捕えようとした時、瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みが剥がれ、天へと昇って行った。

 異変はそれだけではなかった。瀞霊廷のあちこちに天から光が降り注いだのだ。その内の一つは、バズビーに向けて降り注いだ。そして、その力の大半を奪われたバズビーは、これがユーハバッハが行った事だと察して怨嗟の声をあげたのだ。

 

「クソが……! クソが……! 絶対に、殺してやる……! ユーハバッハ……!!」

 

 力を奪われたバズビーが大地を叩き付けながらそう叫ぶ。そして殺意に塗れた瞳で日番谷達とハリベルを見つめ、そして頭を下げた。

 

「…………頼む! 今更、俺が、今更こんな事を言うのは、勝手だって事は解っている……! だが、それでも頼む……! ユーハバッハをぶっ殺す為に、協力させてくれ……!」

 

 それは、本当に身勝手な頼みだろう。今の今まで死神を殺していながら、日番谷達を傷付けていながら、そしてハリベルに敗北していながら、そんな事を頼むのだ。誰がそれを聞き入れるというのか。

 だがそんな事はバズビーにも解っている。それでもバズビーには頼むしか出来なかった。プライドを捨ててでも、恥を捨ててでも、ユーハバッハに復讐する為には生き延びなければならない。

 敗れただけでなく、ユーハバッハに力の大半を奪われた。今のバズビーでは隊長一人を相手に勝てるかどうかも怪しかった。そんなバズビーがこの状況で生き延び、ユーハバッハの下に辿り着くには、死神と破面(アランカル)の協力が不可欠と言えた。

 ならばプライドも恥も捨てよう。ユーハバッハに復讐したいが為にここまで苦汁を舐め続けてきたのだ。ここまで来て何も出来ないでいるなど、それこそバズビーのプライドが耐えられない。

 

「頼む……!!」

『……』

 

 頭を下げ続けるバズビーを見て、日番谷も白哉も敵意を抑えた。バズビーが放つ覚悟を読み取ったのだ。

 本来の白哉ならばそれでもバズビーを殺していたかもしれない。だが、バズビーを倒したハリベルを無視してバズビーを殺す事は白哉の誇りの高さ故に憚られた。

 日番谷に至っては復讐に対する理解度があったほどだ。自分が藍染に向けていた感情をバズビーから読み取り、バズビーの協力を得ても良いのではと思い始めていた。

 そもそもだ。敵は滅却師(クインシー)の首魁。その力は先程の瀞霊廷を襲った異変を見れば歴然だ。戦力は多ければ多い程いいだろうし、滅却師(クインシー)ならば敵の事情にも詳しいだろう。この状況ならば一時的な協力関係を築いても問題ないと言えた。

 

「お前は赦せないが、状況が状況だ。一旦手を組むってのは考えてもいい……だが」

 

 そこまで言って、日番谷はハリベルに視線を向ける。ハリベルがバズビーに止めを刺すかどうかは日番谷達にも解らなかった。

 そんな視線を受けたハリベルは、僅かに溜め息を吐いて日番谷達に答える。

 

「好きにすればいい……どうせ無意味だ」

「なに……?」

「どういうことだ?」

 

 バズビーを殺すつもりがないハリベルは、好きにすればいいと述べる。だが、その後に続いた言葉に日番谷とバズビーが疑問の声をあげた。

 

「お前の覚悟も復讐心も、どちらも尊重してやりたいところが本音だ。だが、お前達の目的であるユーハバッハとやらは死ぬ。お前達が戦う前にな」

『!?』

「ユーハバッハがどれ程強くとも、クアルソ様に敵う筈もない。そして、クアルソ様がこの強大な力を持った敵を前にして、被害が拡大する前に戦いを挑まない筈もない。故に、無意味だ。お前達が対峙する事もなく、ユーハバッハは敗れるだろう」

 

 それは、自らの王に対する絶対の信頼だった。どれほど女に飢えていようと、どれほど軟派であろうと、どれほど童貞であろうと、その強さには絶対の信頼があった。

 誰よりも、何よりも強い。全ての破面(アランカル)が力を合わせても、ただの一体の破面(アランカル)に敵わない。最強という言葉を体現したかのような強さ。それがハリベルの知るクアルソ・ソーンブラだ。

 人の成す事に絶対はない。それはハリベルも理解している。それでもなお、ハリベルはクアルソが敗れる様を想像する事が出来なかった。それ程に、ハリベルはクアルソの強さを信頼していた。

 

「ふざけるな……! クアルソって野郎がどれだけ強いかわからねーが、だからと言って黙って待ってられるかよ!」

「好きにすればいいと言った。お前の望む通り、ユーハバッハとやらに戦いを挑むがいい」

 

 ハリベルはバズビーの想いも行為も否定しないし、止めもしない。ただそれよりも早くにクアルソがユーハバッハを倒すだろうと確信しているだけだ。

 

「落ち着け! 協力するってんなら俺達と行動を共にしろ! 大体、どうやってユーハバッハの所に行くつもりだ!? 霊王宮への移動手段なんてそうはないぞ!?」

「くっ!」

 

 傷付いた肉体を引き摺りながらもユーハバッハの下に行こうとしていたバズビーだったが、日番谷の声を聞いて冷静さを取り戻す。

 そう、問題のユーハバッハはこの場にはいない。瀞霊廷の遥か上空、霊王宮だった場所に座しているのだ。そして霊王宮への移動手段は瀞霊廷にも極僅かしか存在しない。

 霊王宮と瀞霊廷の間には七十二層に渡る障壁が存在している。この障壁は王鍵を持つものにしか突破する事が出来ない。藍染が王鍵を創り出そうとしたのもその為だ。

 王鍵とは零番隊の骨や髪などの肉体そのものであり、零番隊以外の者がそれらで編んだ衣を身に纏わずに障壁に衝突すれば、その身が砕け散るなり大きな損傷を負うなりするだろう。

 そうした護りから、バズビーが独力で霊王宮に乗り込む事は不可能と言えた。ユーハバッハの下に辿り着くには死神と協力する以外の方法はないだろう。

 

 独力での到達が不可能だと理解したバズビーは、悔しそうに項垂れるしかなかった。

 そんなバズビーはさておき、これからどうすべきかと日番谷と白哉が悩む。クアルソがユーハバッハを倒す倒せないに関わらず、どうにかしてユーハバッハの下に辿り着かなければならない。

 瀞霊廷は自分達の護るべき世界だ。いや、三界のバランスを守護する役割を持つ死神は、全ての世界を護るべき存在と言える。世界を破壊しようとするユーハバッハを止める為に、何かしらの行動をしなければならない。

 

「日番谷隊長。まずは技術開発局へと向かおう。涅隊長ならば何か案があるやもしれぬ」

「……そうだな」

 

 霊王宮へ移動する為の手段として、技術開発局を頼るのは悪くない案だった。少なくとも自分達が悩んでいるよりもよほどマシな案や手段が出てくるだろう。

 そう思い技術開発局に移動しようとした日番谷達は、しかしこの場に現れた者達によってその行動を止める事となった。

 

「無事じゃったか。朽木に日番谷よ」

「ご無事で何よりです」

「総隊長! 雀部副隊長も!」

 

 現れたのは山本と雀部だ。傷付いた体を癒す為に四番宿舎を目指し移動していた二人が、この場に現れるのは当然だった。

 そして、山本たちの出現に伴って続々と四番宿舎に人が集まってきた。

 

「ようハリベル。そっちも終わったようだな」

「スタークか。お前も敵を倒したようだな」

 

 ユーハバッハが瀞霊廷から見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みを剥がした際、瀞霊廷に充満していた霊子もまた薄まった。それにより霊圧探知が正常に可能となった為に、スタークはハリベルの下に無数の霊圧が集まっているのを感じて念の為にここにやって来たのだ。

 そして、膨大な霊圧が集まれば集まるほど、四番宿舎に更に人が集まるようになった。

 

「おお。強い奴がいっぱいいるじゃねぇか! 滅却師(クインシー)共よりも楽しめそうだな!」

 

 ハリベルやスタークの霊圧を感じ取った剣八が現れる。霊圧探知が苦手な剣八ですら感じられる強大な霊圧だ。それを喜ばない剣八ではなく、駆けつけない剣八でもなかった。

 だが、剣八が現れたならば当然剣八に付き添っていた卯ノ花も現れる。そして、暴走しそうになる剣八を窘めた。

 

「お止めなさい更木隊長。今は彼らと争っている場合ではないはずですよ」

「ちっ」

 

 強者と戦いたい剣八を宥めつつ、卯ノ花は傷付いた者達に近寄って回道の力を揮う。

 

「お疲れさまです総隊長。大分苦戦したようですね」

「うむ……」

 

 卯ノ花の卓越した回道の技術により、山本の傷が癒えていく。そうして卯ノ花が山本を癒している間にも、更に人が集まってきた。

 

「へー。死神の皆さん満身創痍だねぇ。僕達が助けなければみんな死んでたんじゃない? 良かったねぇ。クアルソ様が優しい方でさ」

「ルピ、死神を無用に挑発する行為は止めなさい」

「はっ。相変わらず固いなネリエルはよ。こんな奴らに気を遣う必要があるのかよ」

 

 ルピ、グリムジョー、ネリエルが四番宿舎に到着する。彼らもまた一箇所に集結する霊圧を感じてこの場までやって来た。そして、一護と狛村と東仙に、敗北した上にユーハバッハに力を奪われたバンビーズもまた同様だった。

 

「元柳斎殿、ご無事で何よりです」

「お主もな。どうやら、色々とややこしい事になっておるようじゃが……」

 

 狛村の言葉にそう返しながら、山本は周囲を見渡す。死神と破面(アランカル)滅却師(クインシー)。本来なら敵対し合う関係の三者が同じ場所に相対していた。

 破面(アランカル)滅却師(クインシー)も倒すべき敵だが、この状況で戦いを挑み無事で済む保証はない。むしろ死神が全滅する可能性もあるだろう。万全の状態ならば山本一人で大半の敵を倒せるだろうが、今の状態ではそれも不可能だ。

 それに、どうやら破面(アランカル)はどのような意図があるかは解らないが、こちらに協力してくれたようだ。ならばここは無闇に刺激せず、その意図を計る為に様子を見るのが正解だと山本は判断する。

 

「バズビー……」

「ああ……解っている」

 

 リルトットはバズビーに近付き話し掛ける。その意図は互いに理解していた。自分達を裏切ったユーハバッハを倒す。今この場にいる星十字騎士団(シュテルンリッター)の意思はその一点で固まっていた。

 唯一バンビエッタはユーハバッハに逆らう事を恐れているが、今のままでは死神や破面(アランカル)に殺されるかもしれない。ならばユーハバッハを倒す為に協力する姿勢を見せ、どうにか敵視されないように動かなければならないだろうと考え、こうしてここまでやって来たのだ。

 死にたくないという想いが誰よりも高いバンビエッタらしい思考と言えよう。

 

 他にも六車、ローズ、平子、砕蜂などの隊長に、無事に動ける副隊長達もこの場に集った。四番宿舎の戦力密度は極端な程に高くなっているだろう。

 

「ふむ。隊長格の殆どが揃ったようじゃな……。京楽と浮竹、それに涅はおらぬか。市丸の姿も見えんな……」

 

 多くの者が集まった四番宿舎を見渡し、山本は隊長格の中でこの場にいない者の名を口に出す。市丸は正確には隊長ではないが、元隊長でありその力は隊長格である事は確かだ。この状況にあっては重要な戦力と言えよう。

 そんな山本の言葉に対し、京楽と市丸の事情を知っている砕蜂が口を挟もうとする。

 

「総隊長……実は、その……」

「ん? どうした砕蜂よ?」

「いえ……」

 

 何故か言い淀む砕蜂に山本がそう聞き返すが、砕蜂は上手く言葉を紡ぐ事が出来ないでいた。

 それも当然だ。クアルソ・ソーンブラが藍染惣右介が封印を破ったかどうかを確認する為に無間に向かいました。京楽と市丸もそれを追いかけるという(てい)で無間に向かいました。等とどうして言えようか。

 クアルソが藍染の復活を阻止するつもりなのは、堅物である砕蜂も流石に理解している。そんな面倒な事をするくらいなら初めから藍染を倒していないというのも納得がいったし、破面(アランカル)が死神を助けてくれたのは間違いない事実だ。

 だからこそ砕蜂は悩んでいた。どうやればクアルソが藍染を奪還しようとしている意思がない事と、京楽と市丸に謀反の意思がない事を理解させつつこの状況を説明出来るというのか。砕蜂には全くと言っていい程に答えが出なかった。

 

 そうして砕蜂がどう説明すればいいのか考えていた時の事だった。この場に集まった者達の霊圧を感じ取り、またも四番宿舎に現れた者達がいた。

 そう、砕蜂が悩んでいた元凶であるクアルソ・ソーンブラと藍染惣右介……もとい、藍染惣子である。

 

「どうやら問題なく勝てたようだな」

『!? クアルソ・ソーンブラ!! それと藍染……! ……藍染?』

 

 姿を現したクアルソに全死神が反応する。死神の中でクアルソを意識していない者は一人としていない。藍染惣右介を倒し、死神に代わって世界を救った破面(アランカル)とあっては当然の事だ。

 そしてクアルソの隣に立つ藍染にも当然反応する。死神の藍染に対する感情は当然ながら悪い。長きに渡って自分達を騙し続け、多くの死神を犠牲にし、瀞霊廷に大きな混乱を招いた事を忘れた者はいないだろう。

 だが、クアルソの隣に立つ藍染は彼らが知る藍染とは大きな違いがあった。霊圧は間違いなく藍染のそれだ。だからこそ、死神達はクアルソの隣に立つ死神を見て咄嗟に藍染の名を叫んだのだ。だが、感じた霊圧と視界に映った藍染の姿に大きな差異があった為に、誰もが混乱した。

 クアルソの隣に立つ美女は、一体どこの誰なのだろうか、と。

 

「え? クアルソ様? え? 隣にいるのは誰ですか? え?」

 

 ルピが混乱しながら全員の疑問を代弁するかのようにクアルソに問い掛ける。それを見て、クアルソは然もありなんと思いながらも隣に立つ美女を全員に紹介した。

 

「えー、本日よりオレの部下となった……藍染惣子さんです。惣子さん、自己紹介を」

「了解した。滅却師(クインシー)はさておき、中々に久しい顔が連なっているね。少々崩玉が暴走した結果女体化した藍染惣右介改め、藍染惣子だ。些細な変化だろうから気にする事なく今まで通り接してくれて構わないよ」

『些細なわけあるか!』

 

 この場に集うほぼ全員から異口同音のツッコミが入る。クアルソは再び然もありなんと思いながら、彼らのツッコミに同意するように何度も頷いたのであった。

 

 




ロバート「陛下に力取られて死んじゃったわー! 仕方ないなー! 私一人で死神全滅させるつもりだったのに、陛下のご意思には逆らえないから仕方ないなー! かー! 残念だわー!」

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