瀞霊廷の遥か上空。霊王が鎮座する霊王宮。そこには、霊王を守護する零番隊も、零番隊の手足となる神兵も、そして霊王すらも存在しない空の宮殿となっていた。
そこに居るのはただ一人。霊王宮を守護していた全ての者達を屠り、父である霊王すら屠り、その全てを吸収した男。全ての
ユーハバッハは単身で霊王宮に赴き、一人で霊王宮を陥落させた。部下は誰一人として連れて来なかった。自身の側近であるユーグラムも、
彼らを連れて来なかった理由はただ一つ。クアルソ・ソーンブラへの対策だ。クアルソ・ソーンブラはユーハバッハですら読めない未知の存在だった。あの藍染惣右介を倒しただけでも脅威だというのに、その存在の発生も、発生してからの行動も、何もかもが未知。
どれ程の力を持っているのか、どのような能力を秘めているのか、どのような戦いをするのか、どのような技術を有しているのか、何もかもが不明だ。藍染との戦いを最後まで記録出来ていれば良かったのだが、両者の力が強すぎた為に監視機器が破壊された為、それは不可能だった。
戦って負けるつもりはないが、かと言って勝てると決め付けるのは愚か者のする事だ。目的を果たす為にも、用意周到な準備を取る事は正しい行動だろう。故に、ユーハバッハは霊王を殺害した後にその力を吸収し、霊王の全てを手中に収めるまでの時間稼ぎに全ての部下を瀞霊廷に送り込んだのだ。
多くの
ユーハバッハは他人に自身の魂を分け与える事で、その者の心身の欠陥を癒す事が出来る。見えない目が治った。失った四肢が治った。病が癒えた。寂しい心が満たされた。そんな奇跡のような力を持って生まれた故に、ユーハバッハは神の子として扱われていた。
だが、ユーハバッハの力は分け与えるだけではなかった。ユーハバッハの魂を分け与えられた者達が死んだ時、彼らに与えた魂はユーハバッハへと還り、彼らが得た知識、才能、能力などがユーハバッハへと受け継がれるのだ。それにより、ユーハバッハはその力を増大させていった。
この能力を更に発展させたものが
そう、
そうして死した
霊王の力の影響か、その全身からは蠢く影とも闇とも言える何かが吹き出しており、体の大部分を覆っていた。それだけでなく、顔の上部は無数の目が浮き出していた。完全な異形と言えるだろう。
だが、その力は絶大だった。ただでさえあの山本元柳斎の卍解を奪い制御する程の力の持ち主が、霊王という三界を繋ぐ楔となれる程の存在を吸収したのだ。今のユーハバッハは限りなく全知全能に近い存在に至ったと言えるだろう。
そして、霊王を吸収する前からユーハバッハが持っていた能力もまた凄まじいものだ。ユーハバッハの
その名は“
封じられし
それ故に、今までユーハバッハは未来視の力を使わなかった。使ったのは力の9年が終わった時、霊王を守護する零番隊最強の男、兵主部一兵衛を倒した時のみ。
「力が溢れるとはこの事か」
霊王の力を取り込んだ事でその力を増大させたユーハバッハは、有り余る力を使って霊王宮と瀞霊廷を一変させた。
瀞霊廷を覆っていた
そうして霊王宮を自分好みの造形に作り変えたユーハバッハは、全てを見通す眼で未来を見る事にした。今の自分に対抗出来る可能性は例え僅かだろうと摘まなければならない。
死神も、生き残っている自身の部下も当然として、黒崎一護、更木剣八、浦原喜助、藍染惣右介、クアルソ・ソーンブラ。残っている特記戦力もだ。特に未知の可能性を秘めた一護と、未知の存在であるクアルソは念入りにだ。
そして、全ての者達の未来を見て、その力を知り、彼らの力を自身の味方としたユーハバッハは――
「……なん、だと?」
――ただ一人、未来を見る事が出来なかった存在がいる事に驚愕した。そう、ユーハバッハが最も警戒した存在、クアルソ・ソーンブラである。
「馬鹿な……我が眼に映らないだと……?」
いや、映らない訳ではなかった。恐らく、これがクアルソ・ソーンブラなのだろうという存在はユーハバッハの未来視に映っていた。だが、それがクアルソなのかどうか、ユーハバッハですら疑問だった。
何故なら、ユーハバッハの複眼に映っていたものは……衣服だけの存在だったのだから。
衣服だけ。そう、衣服だけがユーハバッハの未来視に映っていた。それも、霊王宮にいる自身に相対するように、衣服だけがユーハバッハに対峙しているのだ。一体どういう状況なのか、ユーハバッハも混乱する程だ。
だが、その衣服が白い死覇装である事に気付き、やはりこれはクアルソ・ソーンブラだとユーハバッハは確信する。白い死覇装は藍染が
そうなると疑問になるのが死覇装しか映っていないこの状況だ。肉体はどこに消えたというのか。いや、消えたのではなく見えないのかと、ユーハバッハは理解する。
ユーハバッハが未来を見通せない存在などただの一人だけだ。彼の父である霊王だけである。霊王にはユーハバッハの未来視も通用しないのだ。
霊王の一部が魂に融合した存在は確かにいるが、それは霊王そのものではないので未来視は通用する。ユーハバッハの未来視が通用しないのはあくまで霊王そのものなのだ。
つまり、クアルソ・ソーンブラは霊王そのものという事になるが、それはあり得ない。霊王は確かにユーハバッハが殺しその全てを吸収した。一部をその魂に宿らせたものはいれど、霊王そのものとなるとユーハバッハが知る限りでは部下の一人、霊王の左腕であるペルニダくらいのものだ。
クアルソもペルニダ同様に霊王の一部を宿した存在ではなく、霊王そのものが形取った存在だというのか。だがそれも有り得ない。霊王の左腕であるペルニダを見たら解るように、ペルニダの外見は左腕そのものだ。人間の姿形をしているならば、それは霊王そのものではないという事になる。
そもそも、
ならば何故? 何故クアルソの姿が映らないのか。衣服だけ見えるのはどういう理屈なのか?
「……やはり、危険な存在か。クアルソ・ソーンブラ」
未知数の存在クアルソ・ソーンブラ。未来を見通す眼にも映らない、まさに未知という言葉が相応しい存在。その存在が自身と対峙する事が未来において確定している。
ならば、未知に対抗する為に準備を万端にしなければならない。生き残っている
ならば、役目を終えた彼らには最後の仕事をしてもらう他ないだろう。そうして、ユーハバッハは部下に対し
「戻れ。我が下へ」
ユーハバッハの両手から巨大な光が放たれた。その光は地上に向けて放たれており、生き残っていた全ての
「さあ、来るがよいクアルソ・ソーンブラ」
その力を更に増大させた
◆
瀞霊廷から遠く離れた
いや、その二人をただの
怒れば怒る程に巨大化し強くなり続ける
「おらぁ!」
ヤミーが繰り出す拳がジェラルドに直撃する。その衝撃だけで周囲の岩や大地が軋み、砕けていく。直撃したジェラルドにはどれ程の威力が与えられた事か。
「――!」
だが、そんな強大な一撃を受けてもジェラルドは怯まず、ヤミーに向かって殴り返した。神の戦士となり言葉を失っても戦い続けるジェラルドは、しかし戦士として的確な動きでヤミーを倒す為に戦い続ける。
「ちぃっ! しぶといヤローだ!」
ジェラルドの反撃を受けたヤミーがそう叫ぶ。何度殴ろうと、何度蹴ろうと、何度
だが、それはヤミーが言えた言葉ではないだろう。ジェラルドの不死身ぶりに、幾度となく与えられた痛みに、ヤミーは更に怒りを募らせ、巨大化し、霊圧を増し、ダメージを回復させていた。不死身ぶりではジェラルドに軍配が上がるだろうが、攻撃力ではヤミーが上だろう。どちらもどちらの大怪獣決戦である。
「仕方ねぇな。被害を出すなってお達しだったが、ここなら問題ねぇだろ」
そうして、ジェラルドの不死身ぶりに辟易したヤミーは全力の攻撃を繰り出そうとする。200mを超える巨体となり、その霊圧を
今のヤミーの
この僻地ならば今の自分の全力の
「全身が消し飛んでも復活出来るか試してやるぜ! 消し飛べ!」
そうしてヤミーが
「――」
「ああ!?」
突如として降り注いだ光にヤミーが驚き
光に包まれたジェラルドが、一瞬にして骨と化して崩れ落ちたのだ。今の今まで何度攻撃しようと、何度殺そうと復活し続けていた鬱陶しい敵が、呆気なく崩れ落ちたのだ。その衝撃は計り知れないだろう。
「何だ? どういうことだおい!?」
ヤミーはジェラルドが本当に死んだのか信じきれず、ジェラルドの骨に向かって拳を振り下ろす。そしてその一撃で、残されていたジェラルドの骨は完全に砕け散った。
復活する兆しもない。ジェラルドは、ユーハバッハの
「さっきの光か? なんだったんだあれは?」
ヤミーが天を仰ぎ見る。だが、先程の光が再び降り注ぐ事はなく、その正体をヤミーが知る事はなかった。
「ちっ! せっかくぶっ殺してやる所だったのによぉ! むしゃくしゃするぜ!」
面倒な敵を倒して鬱憤を晴らす所に水を差された形になり、ヤミーの苛立ちは更に募った。それで更に巨大化するのだが、その力を揮う敵はいない。
振り上げた拳の降ろし先を奪われたヤミーは、新たな敵を求めて瀞霊廷へと移動し出した。道中、巨大なヤミーを見て多くの魂魄が騒ぐが、虫のざわめきなどヤミーの耳には入らない。精々クアルソの命を守るべく、踏み潰さないよう空中を移動するくらいであった。
◆
「さてさて、どうしようかねぇ? 殺しちゃう? それとも殺す前に嬲る? どっちでもいいよ僕は」
そう言ったのはルピだ。
「彼女達はもう無力よ。敗れた戦士を殺す必要はないわ」
「はっ! 相変わらず甘い奴だ! 敵を殺すのは当然だろうが。ここで生かして後に面倒事になったらどうするんだ? ああ?」
ネリエルは無力化した敵を殺すべきではないと言う。優しいネリエルらしい意見だ。だがそれとは真逆にグリムジョーは殺すべきだと言う。生きているのはただの結果であり、殺すべくして戦った事は確か。ここで生かして後に復讐にでも来られたら、厄介な事に成りかねない。
グリムジョーの意見は正しいだろう。
そしてルピの意見は上の通りだ。彼もまた敵を生かしておくという意見を持ち合わせていなかった。嬲るという悪趣味な意見があったが、どっちにしろ殺すという点ではグリムジョーと同じである。
二対一。
「待てよ! こいつらはもう戦う力はないんだ! だったら捕えておけばそれでいいだろ?」
「一護ぉ!」
「おわっ! ね、ネル! お、落ち着け!」
二対一で固まっていた意見に反対意見が加わり、二対二となった。それは一護から放たれていた。一護もまた優しい男だ。敵を倒すのも誰かを護る為であり、倒した敵を殺す事は基本的にない。基本的に、だが。
ともかく、甘いと言っても過言ではない一護は、倒した敵に止めを刺す行為を許容出来なかった。自分と同意見の一護を見て、ネリエルが歓喜しながら抱きついた。クアルソがこの場にいれば殺意に塗れていただろう。
「儂も反対だ。こやつ等は瀞霊廷を襲った大罪人。赦す事も逃がす事も出来ぬが、かと言ってここで殺してしまうのも間違っているだろう。瀞霊廷の法の下、罪に見合う罰を受けさせるべきだ」
狛村が
だが、だからと言って倒して捕虜とした状態で殺すのは間違っているとも狛村は思った。戦った結果殺したのならともかく、そうでないならば捕えて法の下に裁くべきだと判断したのだ。
そうすれば更生の可能性も残されているだろう。死は何も生まない。死んでしまえばそこで終わりだ。生きているからこそ、生き方を、考え方を変える事が出来るのだ。狛村の無二の友のように。
「狛村、君の優しさは美徳だ。だが、私は反対だ。グリムジョーの意見に同意するのは癪だが、ここで生かして後の面倒事を増やす事になる前に殺すべきだよ」
東仙の意見は殺すべきというものだった。後々の厄介事を内に抱え込む必要はないだろうとの発言だ。
東仙としては狛村の意見を尊重したかった。狛村の意見は自分を慮っての事だと東仙は理解していたからだ。東仙もまた瀞霊廷に大きな被害を出し、死神に敗れた存在だ。殺した方が後の厄介事を生まないというのは東仙にも当てはまる事だ。
それをせず、
「言ってくれるじゃねぇか東仙……! てめぇが俺の腕を斬り落とした事、忘れちゃいねぇぞ?」
東仙の口振りにグリムジョーが怒りを顕わにする。かつて自身の左腕を斬り落とし、十刃落ちとなった原因を作ったのは東仙だ。その恨みは忘れてはいなかった。
まあ、グリムジョーが勝手な行動を取った結果なので、全ての責任を東仙に押し付けるのはグリムジョーの逆恨みに近いが。
「止めなさい。元統括官も死神よ。彼に危害を加えたら、クアルソ様が黙ってはいないわよ」
「……ちっ!」
ネリエルの制止にグリムジョーが苛立ちながら舌打ちし、東仙への殺気を抑える。ネリエルと敵対する事は別に構わないが、まだクアルソと敵対するつもりはグリムジョーにもなかった。
「ふぅん。殺すのに賛成が3、反対も3。どうするの? このまま放置って訳にも行かないでしょ? どっちにしろ早く何かしらした方がいいと思うんだけど?」
ルピの建設的な意見に誰もが同意する。殺すにしろ捕えるにしろ、早く処置した方が良い事に変わりはない。だが、意見が真っ二つに分かれている為にどのように動けばいいのか誰もが悩む。
そんな時だ。状況を動かすほどの大事件が瀞霊廷全土に起こった。瀞霊廷を覆っていた
「なっ!?」
「これは!?」
「何が起こった!?」
「まさかこれは……!」
「ユーハバッハの仕業か……!」
「ユーハバッハ……?」
「誰だそいつは?」
「敵? そいつがこんな事を仕出かしたの?」
狛村の発言に
「敵の首魁を知らずに戦っていたのか……。そうだ。ユーハバッハこそが
狛村が怒気を放ちながら答える。大恩ある山本の卍解を奪い、山本が愛する瀞霊廷に戦火を放ち多くの死神を死傷した大罪人。そんなユーハバッハに対して怒りを顕わにしない狛村ではなかった。
「そういうことよ……あんた達なんか、陛下に掛かれば一瞬で殺されるんだから……」
『っ!』
「あれ? 起きたんだおねーさん」
その弱々しい声は倒れた
バンビエッタはユーハバッハが
「覚悟しておきなさい……! あたし達を倒した程度で、あの陛下を倒せるわけが――」
それは負け惜しみに等しい行為だ。例えルピ達がユーハバッハに勝てなかったとして、それでバンビエッタ達が勝った事にはならない。だが、それでも自分達を倒した憎い敵に負け惜しみを言う事を止められなかったバンビエッタは――
『!?』
天から降り注いだ光がその身に命中した事によって、その言葉を遮られた。
バンビエッタだけではない。その光はこの場にいたバンビーズ全てに降り注いでおり、その衝撃で気絶していたバンビーズ全員が目を覚まし、同時にその顔が驚愕と恐怖に彩られる事となった。
「な、なによこれ……!?」
「力が、抜ける……!?」
「何だよ……何が起こってるんだよ……!」
「し、死ぬの? いやだ……僕は、死なない……! 死なないよ……!」
「これは……これが……! あんたのやり方かよ、陛下……!」
この状況を瞬時に理解したのはリルトットだけだった。口は悪いが常に冷静に物事を考えるリルトットは、自身達に起こった現象とその原因が何か理解したのだ。
それはつまり、ユーハバッハが自分達を切り捨て、お役御免となった力を回収している事に他ならなかった。
「ふざけるな……! ふざけるなユーハバッハぁぁぁ! 俺達はいったい何だったんだ!?」
部下ではなかったのか? 同胞ではなかったのか? 自分達を容易く切り捨てる自身達の王にリルトットはあらん限りの声をあげる。これのどこが王だ。自身に尽くした者を不要となったからと切り捨てるのが、王のする事か。
だが、リルトットの言葉はユーハバッハには届かない。いや、届いてはいる。
◆
「ユーハバッハァァァァ!!」
別の場所でもまた、ユーハバッハに向けて怨嗟の声をあげる
バズビーはハリベルに敗れた後、止めを刺されずに生かされていた。生かされた要因は明確だ。バズビーを倒したハリベルが特に止めを刺す気がなかったからだ。敵は倒した。死神は救った。後は死神達が勝手にすればいいとハリベルは思っていたのだ。
そうしてハリベルはバズビーを放置したが、かといってこの場にいる死神がバズビーに止めを刺す事はなかった。
日番谷も白哉も、他の者が倒した敵に止めを刺す等というハイエナのような行為を取る事が出来なかったからだ。だが、放置する訳にもいかないので縛道で捕えようとした時、瀞霊廷を覆っていた
異変はそれだけではなかった。瀞霊廷のあちこちに天から光が降り注いだのだ。その内の一つは、バズビーに向けて降り注いだ。そして、その力の大半を奪われたバズビーは、これがユーハバッハが行った事だと察して怨嗟の声をあげたのだ。
「クソが……! クソが……! 絶対に、殺してやる……! ユーハバッハ……!!」
力を奪われたバズビーが大地を叩き付けながらそう叫ぶ。そして殺意に塗れた瞳で日番谷達とハリベルを見つめ、そして頭を下げた。
「…………頼む! 今更、俺が、今更こんな事を言うのは、勝手だって事は解っている……! だが、それでも頼む……! ユーハバッハをぶっ殺す為に、協力させてくれ……!」
それは、本当に身勝手な頼みだろう。今の今まで死神を殺していながら、日番谷達を傷付けていながら、そしてハリベルに敗北していながら、そんな事を頼むのだ。誰がそれを聞き入れるというのか。
だがそんな事はバズビーにも解っている。それでもバズビーには頼むしか出来なかった。プライドを捨ててでも、恥を捨ててでも、ユーハバッハに復讐する為には生き延びなければならない。
敗れただけでなく、ユーハバッハに力の大半を奪われた。今のバズビーでは隊長一人を相手に勝てるかどうかも怪しかった。そんなバズビーがこの状況で生き延び、ユーハバッハの下に辿り着くには、死神と
ならばプライドも恥も捨てよう。ユーハバッハに復讐したいが為にここまで苦汁を舐め続けてきたのだ。ここまで来て何も出来ないでいるなど、それこそバズビーのプライドが耐えられない。
「頼む……!!」
『……』
頭を下げ続けるバズビーを見て、日番谷も白哉も敵意を抑えた。バズビーが放つ覚悟を読み取ったのだ。
本来の白哉ならばそれでもバズビーを殺していたかもしれない。だが、バズビーを倒したハリベルを無視してバズビーを殺す事は白哉の誇りの高さ故に憚られた。
日番谷に至っては復讐に対する理解度があったほどだ。自分が藍染に向けていた感情をバズビーから読み取り、バズビーの協力を得ても良いのではと思い始めていた。
そもそもだ。敵は
「お前は赦せないが、状況が状況だ。一旦手を組むってのは考えてもいい……だが」
そこまで言って、日番谷はハリベルに視線を向ける。ハリベルがバズビーに止めを刺すかどうかは日番谷達にも解らなかった。
そんな視線を受けたハリベルは、僅かに溜め息を吐いて日番谷達に答える。
「好きにすればいい……どうせ無意味だ」
「なに……?」
「どういうことだ?」
バズビーを殺すつもりがないハリベルは、好きにすればいいと述べる。だが、その後に続いた言葉に日番谷とバズビーが疑問の声をあげた。
「お前の覚悟も復讐心も、どちらも尊重してやりたいところが本音だ。だが、お前達の目的であるユーハバッハとやらは死ぬ。お前達が戦う前にな」
『!?』
「ユーハバッハがどれ程強くとも、クアルソ様に敵う筈もない。そして、クアルソ様がこの強大な力を持った敵を前にして、被害が拡大する前に戦いを挑まない筈もない。故に、無意味だ。お前達が対峙する事もなく、ユーハバッハは敗れるだろう」
それは、自らの王に対する絶対の信頼だった。どれほど女に飢えていようと、どれほど軟派であろうと、どれほど童貞であろうと、その強さには絶対の信頼があった。
誰よりも、何よりも強い。全ての
人の成す事に絶対はない。それはハリベルも理解している。それでもなお、ハリベルはクアルソが敗れる様を想像する事が出来なかった。それ程に、ハリベルはクアルソの強さを信頼していた。
「ふざけるな……! クアルソって野郎がどれだけ強いかわからねーが、だからと言って黙って待ってられるかよ!」
「好きにすればいいと言った。お前の望む通り、ユーハバッハとやらに戦いを挑むがいい」
ハリベルはバズビーの想いも行為も否定しないし、止めもしない。ただそれよりも早くにクアルソがユーハバッハを倒すだろうと確信しているだけだ。
「落ち着け! 協力するってんなら俺達と行動を共にしろ! 大体、どうやってユーハバッハの所に行くつもりだ!? 霊王宮への移動手段なんてそうはないぞ!?」
「くっ!」
傷付いた肉体を引き摺りながらもユーハバッハの下に行こうとしていたバズビーだったが、日番谷の声を聞いて冷静さを取り戻す。
そう、問題のユーハバッハはこの場にはいない。瀞霊廷の遥か上空、霊王宮だった場所に座しているのだ。そして霊王宮への移動手段は瀞霊廷にも極僅かしか存在しない。
霊王宮と瀞霊廷の間には七十二層に渡る障壁が存在している。この障壁は王鍵を持つものにしか突破する事が出来ない。藍染が王鍵を創り出そうとしたのもその為だ。
王鍵とは零番隊の骨や髪などの肉体そのものであり、零番隊以外の者がそれらで編んだ衣を身に纏わずに障壁に衝突すれば、その身が砕け散るなり大きな損傷を負うなりするだろう。
そうした護りから、バズビーが独力で霊王宮に乗り込む事は不可能と言えた。ユーハバッハの下に辿り着くには死神と協力する以外の方法はないだろう。
独力での到達が不可能だと理解したバズビーは、悔しそうに項垂れるしかなかった。
そんなバズビーはさておき、これからどうすべきかと日番谷と白哉が悩む。クアルソがユーハバッハを倒す倒せないに関わらず、どうにかしてユーハバッハの下に辿り着かなければならない。
瀞霊廷は自分達の護るべき世界だ。いや、三界のバランスを守護する役割を持つ死神は、全ての世界を護るべき存在と言える。世界を破壊しようとするユーハバッハを止める為に、何かしらの行動をしなければならない。
「日番谷隊長。まずは技術開発局へと向かおう。涅隊長ならば何か案があるやもしれぬ」
「……そうだな」
霊王宮へ移動する為の手段として、技術開発局を頼るのは悪くない案だった。少なくとも自分達が悩んでいるよりもよほどマシな案や手段が出てくるだろう。
そう思い技術開発局に移動しようとした日番谷達は、しかしこの場に現れた者達によってその行動を止める事となった。
「無事じゃったか。朽木に日番谷よ」
「ご無事で何よりです」
「総隊長! 雀部副隊長も!」
現れたのは山本と雀部だ。傷付いた体を癒す為に四番宿舎を目指し移動していた二人が、この場に現れるのは当然だった。
そして、山本たちの出現に伴って続々と四番宿舎に人が集まってきた。
「ようハリベル。そっちも終わったようだな」
「スタークか。お前も敵を倒したようだな」
ユーハバッハが瀞霊廷から
そして、膨大な霊圧が集まれば集まるほど、四番宿舎に更に人が集まるようになった。
「おお。強い奴がいっぱいいるじゃねぇか!
ハリベルやスタークの霊圧を感じ取った剣八が現れる。霊圧探知が苦手な剣八ですら感じられる強大な霊圧だ。それを喜ばない剣八ではなく、駆けつけない剣八でもなかった。
だが、剣八が現れたならば当然剣八に付き添っていた卯ノ花も現れる。そして、暴走しそうになる剣八を窘めた。
「お止めなさい更木隊長。今は彼らと争っている場合ではないはずですよ」
「ちっ」
強者と戦いたい剣八を宥めつつ、卯ノ花は傷付いた者達に近寄って回道の力を揮う。
「お疲れさまです総隊長。大分苦戦したようですね」
「うむ……」
卯ノ花の卓越した回道の技術により、山本の傷が癒えていく。そうして卯ノ花が山本を癒している間にも、更に人が集まってきた。
「へー。死神の皆さん満身創痍だねぇ。僕達が助けなければみんな死んでたんじゃない? 良かったねぇ。クアルソ様が優しい方でさ」
「ルピ、死神を無用に挑発する行為は止めなさい」
「はっ。相変わらず固いなネリエルはよ。こんな奴らに気を遣う必要があるのかよ」
ルピ、グリムジョー、ネリエルが四番宿舎に到着する。彼らもまた一箇所に集結する霊圧を感じてこの場までやって来た。そして、一護と狛村と東仙に、敗北した上にユーハバッハに力を奪われたバンビーズもまた同様だった。
「元柳斎殿、ご無事で何よりです」
「お主もな。どうやら、色々とややこしい事になっておるようじゃが……」
狛村の言葉にそう返しながら、山本は周囲を見渡す。死神と
それに、どうやら
「バズビー……」
「ああ……解っている」
リルトットはバズビーに近付き話し掛ける。その意図は互いに理解していた。自分達を裏切ったユーハバッハを倒す。今この場にいる
唯一バンビエッタはユーハバッハに逆らう事を恐れているが、今のままでは死神や
死にたくないという想いが誰よりも高いバンビエッタらしい思考と言えよう。
他にも六車、ローズ、平子、砕蜂などの隊長に、無事に動ける副隊長達もこの場に集った。四番宿舎の戦力密度は極端な程に高くなっているだろう。
「ふむ。隊長格の殆どが揃ったようじゃな……。京楽と浮竹、それに涅はおらぬか。市丸の姿も見えんな……」
多くの者が集まった四番宿舎を見渡し、山本は隊長格の中でこの場にいない者の名を口に出す。市丸は正確には隊長ではないが、元隊長でありその力は隊長格である事は確かだ。この状況にあっては重要な戦力と言えよう。
そんな山本の言葉に対し、京楽と市丸の事情を知っている砕蜂が口を挟もうとする。
「総隊長……実は、その……」
「ん? どうした砕蜂よ?」
「いえ……」
何故か言い淀む砕蜂に山本がそう聞き返すが、砕蜂は上手く言葉を紡ぐ事が出来ないでいた。
それも当然だ。クアルソ・ソーンブラが藍染惣右介が封印を破ったかどうかを確認する為に無間に向かいました。京楽と市丸もそれを追いかけるという
クアルソが藍染の復活を阻止するつもりなのは、堅物である砕蜂も流石に理解している。そんな面倒な事をするくらいなら初めから藍染を倒していないというのも納得がいったし、
だからこそ砕蜂は悩んでいた。どうやればクアルソが藍染を奪還しようとしている意思がない事と、京楽と市丸に謀反の意思がない事を理解させつつこの状況を説明出来るというのか。砕蜂には全くと言っていい程に答えが出なかった。
そうして砕蜂がどう説明すればいいのか考えていた時の事だった。この場に集まった者達の霊圧を感じ取り、またも四番宿舎に現れた者達がいた。
そう、砕蜂が悩んでいた元凶であるクアルソ・ソーンブラと藍染惣右介……もとい、藍染惣子である。
「どうやら問題なく勝てたようだな」
『!? クアルソ・ソーンブラ!! それと藍染……! ……藍染?』
姿を現したクアルソに全死神が反応する。死神の中でクアルソを意識していない者は一人としていない。藍染惣右介を倒し、死神に代わって世界を救った
そしてクアルソの隣に立つ藍染にも当然反応する。死神の藍染に対する感情は当然ながら悪い。長きに渡って自分達を騙し続け、多くの死神を犠牲にし、瀞霊廷に大きな混乱を招いた事を忘れた者はいないだろう。
だが、クアルソの隣に立つ藍染は彼らが知る藍染とは大きな違いがあった。霊圧は間違いなく藍染のそれだ。だからこそ、死神達はクアルソの隣に立つ死神を見て咄嗟に藍染の名を叫んだのだ。だが、感じた霊圧と視界に映った藍染の姿に大きな差異があった為に、誰もが混乱した。
クアルソの隣に立つ美女は、一体どこの誰なのだろうか、と。
「え? クアルソ様? え? 隣にいるのは誰ですか? え?」
ルピが混乱しながら全員の疑問を代弁するかのようにクアルソに問い掛ける。それを見て、クアルソは然もありなんと思いながらも隣に立つ美女を全員に紹介した。
「えー、本日よりオレの部下となった……藍染惣子さんです。惣子さん、自己紹介を」
「了解した。
『些細なわけあるか!』
この場に集うほぼ全員から異口同音のツッコミが入る。クアルソは再び然もありなんと思いながら、彼らのツッコミに同意するように何度も頷いたのであった。
ロバート「陛下に力取られて死んじゃったわー! 仕方ないなー! 私一人で死神全滅させるつもりだったのに、陛下のご意思には逆らえないから仕方ないなー! かー! 残念だわー!」