ユラユラと、目の前が揺れている。これはどうしたことだ。不思議な感覚だ。
「カナタ〜、聞いてるの〜?」
どこからか聞こえてきた声。とても聞きなれた声。俺にとって何か特別な……
「はぁ、また俺の好きな人の話?」
……? これは俺の声だ。妙な感覚。俺を上から見下ろしてるみたいな。声しか聞こえないが、俺であって俺でないその人物は話を続ける。
「そうそう! カナタ、いつも何か悩んでるみたいだったし好きな人でもいるのかな〜、って思ってね」
「まぁ、悩んではいるよ。実際に好きな相手もいるし。でも、先輩には言えない」
「え〜、またそうやって意地悪するんだから」
「意地悪も何も、男には譲れないものってのがあるんですよ。諦めてください」
俺の声でそう言い放つと相手の女性は諦めたように踵を返した。
「ちぇっ、でもぜったいいつか聞き出すから!」
そう言って2人の会話は終了した。そして残されたのはおれだけだった。そして1つ、俺は思い出した。
─────好きな人、そういえば1人だけ好きになった人いたんだっけ。
記憶をたどっていけばその人はすぐに見つけられた。
俺、坂崎かなたにも好きになった人がいた。それは幻想郷に来る前のことで、高3の6月頃のことだ。
俺の周りには可愛い幼馴染が居たわけでも無ければ、どこか一緒に出かける女の子友達がいたわけでもなかった。行ってた高校が男子高だったせいもあると思う。俺のクラスにいた奴は彼女つくったぜー、なんて自慢してたけど·····
そんな女の子ともほとんど話した事のないような生活を送っていた事もあって彼女の事を好きになってしまっていたんだと思う。
────『彼女』の事を。
初めて会ったのは、家の近くの山の中だった。
学校にいても特にやることなんて見つからなかったし、とにかく家に帰って暇を謳歌するために、近道であるこの山道を利用していた。山道と言っても道なんてほとんど無いような所だった。
やりたいことがないと言っては部活にも入らず、ろくに勉強もせず、結果補習の量が増えるばかり、その頃の俺は結局日々の繰り返しに何の目標も見いだせないようなヤツだった。
「はぁ」
歩きなれた山道を進みながらため息をひとつ。その日も山独特の臭いと空気を体で感じながら大きく息を吸い込むと、明らかに山の香りではない匂いが混じっていた。
人がつける香水のような、でもそれよりももっと穏やかな香り。気づけばその香りに誘われてか、俺の足は帰り道とは別の方向に向いていた。自分でもかなり驚いている。たかだか心地のいい香りくらいで寄り道するなんて。でも、それくらい知りたかった。香りの正体を。
────·························。
向かった先にいたのは、女の人だった。
自分と同い年くらいの女の人。髪は肩にかかるくらいで、白いシャツにネクタイをしたとても綺麗な人だった。まだこちらには気付いてない様子の彼女は必死に上を見上げている。
木の上に何かあるのだろうか、そう思ったが何か引っかかっている様子もない。と、そこでやっとわかった。
「うぅ、空がかくれてる·····星が·····」
あぁ、なるほど。彼女は空を見ようと、そこに見える星を見ようとしてるのか。確かにそろそろ辺りも暗くはなってきているし、雲や木で星なんてとてもじゃないが見えない。だから、こんな所に一人は流石に危ないんじゃないか、そう思い声をかけようと一歩踏み出す。
「あ、あの·····」
しかし、いざ声をかけようとすると緊張する。学校ではこんな美人なんて見れない上に、女の子友達すらいないのだからこれが俺にとって精一杯の第一声となった。
「う〜····················って、え?」
そしてようやく俺のか細い声が届いたようだ。俺の声、相当小さかったんだ·····
こちらを見つめる彼女は、わかりきっていたことだったがやはり綺麗だった。その顔にはわずかに不安の色が浮かんでいた。それは俺に対して怯えているようでもある。
「い、いや変なやつじゃないですよ!ただ少し見とれてて·····って何言ってんだよ俺はっ!」
いやいや、これじゃ自分の安全性を示すどころかおかしい人とも思われかねないんじゃ·····?
「··········ぷっ、君面白いね。こんな所にいる怪しさ丸だしの私に話しかけてくるなんて」
そう言う彼女の表情はさっきまでとは打って変わって穏やかなものに変わっていた。怪しさだったら状況から見て俺の方が上だというのに。そしてかすかに戸惑う俺を見るとこういった。
「わ、私と一緒にここから帰ってくれないっ!? 私、ちょっと迷っちゃって·····」
少し恥ずかしがっているような、顔を赤くしてうつむき気味に苦笑いを浮かべている。それは俺にとって、とても綺麗で色鮮やかなものに見えた。そして見間違いなんかじゃなく確かに彼女の周辺が薄く光っているのが見えた。
その瞬間、俺の視界に色が差した。今まで文字通り灰色の人生を送ってきた俺だったが、その瞬間からすべてが変わったことに気がついた。
────これは、一目惚れってやつだ。
「ど、どうかな·····?」
こんな感覚は初めてだったこともあってか、間髪入れずに興奮気味に叫んでしまった。
「あ、あぁ! いいですよ! い、行きましょう!」
そうして俺達は山を抜けて、さらに連絡先まで交換するとこができた。なんでも俺に興味を持ったとかなんとか。その興味が恋愛方面ではないことくらいわかりきっていたことだかそれでも嬉しかった。
彼女は、高3になったばかりでまだ進路もなにも決めてなかった俺に目標を与えてくれた。大学生だった彼女はなかなか面白いサークルに所属しているようだった。
俺は彼女と同じ大学に行くことにした。当然頭なんて良くなかったから必死で勉強したし、クラスのやつなんかからは体鍛えてるやつはモテる、なんて聞いたから運動も人並以上に頑張った。
そして、その努力の甲斐あって彼女と同じ大学に合格した。嬉しかった。やっと彼女と同じ場所に立てる、そう思ったら嬉しくて仕方なかった。
───────でも、神様はそんな俺のちっぽけな努力なんて微塵も認めてはくれなかった。
なんでだろう、思い出せない。その部分だけ。
「···············れ··········さん·····っ! 」
頭が痛くなってきた。これ以上はもう、思い出せない。
「そう、もう何も思いださなくていいのよ。貴方は私だけ見ていれば他には何も··········」
その声を最後に、俺の意識は微睡みから覚めた。
うぎゃあー!
明日から仕事だーー!