静かな病室に鳥のこえがわずかに聞こえ瞼を閉じる。男が拘束されて随分日が経った。
この間目を覚ましてからは個室から別室にうつされ共同の部屋に移された。暗い病院で一人いるのは寂しく思っていたので、人の息差しを聞くのは随分安堵したものだ。隣のおばーちゃんはよく私にお花を分けてくれる。沢山の人がひっきりなしに見舞いにやってきては花を置いて行くそうだ。
何度かカカシさんとテンゾウさんが足を運んで来てくれた。テンゾウさんはいつもお花を持って見舞いにきてくれる。花を持って現れる姿が板についてしまった。花を優しい表情で生ける姿を見て微笑む。「テンゾウさんは植物が本当にお好きなんですね」そう言うと視線を逸らして何か口ごもってしまい、見当違いの言葉を吐いたのだろうかと思案する。
彼は意を決したように拳を作り、「ボクが好きなのは…」何か伝えようとした彼の瞳をさぐる。熱い視線の中を覗こうとすると彼は顔を真っ赤にして真一文字に口を閉じて「…植物です」項垂れて弱々しく言葉を吐いた。
どうやら見当違いではなかったらしい。彼の挙動に首を傾げてしまったが、この前助けてもらった木の連なる壁を思い出して「植物が好きだからあんな凄い技が出るんですね」笑うと、彼はちょっと違いますけどと困ったように言って眉を落として笑った。
「私も出せますでしょうか」忍者の真似をして印を組む真似をすると彼は思いっきり噴き出して肩を揺らし「む、無理かもですね」涙を溜めながら凄く楽しそうに笑っていた。屈託なく笑う彼の笑顔が戻った事に安堵して私も笑みを零す。
「ちゃんと手の形に規則性がありましてね」
「ふんふん」
彼に学びながら印の手の形を真似して見比べる。その形は難しく、何度も何度も見比べて指を動かして違う形に首を傾げた。
「この指はここですよ」
彼の長い指が私の指に絡んで、思わずその暖かく大きな掌に胸が変な風に動いた。お祭りで繋がれた掌を思い出して、頬が熱くなっていく。何も言えず、その温度を確かめてしまう自分に気がつき更に頬を染めてしまう。初めて男の人と手を繋いだあの淡い記憶が私を乙女にさせてしまうようだった。
自分の変な風に動く心臓を押さえながらしずまって欲しいと自分に懇願してみるものの、その願いは敵わず。「わかりました?」そう優しく聞いた彼の瞳があの日のように優しくて「…はい」成す術無く弱々しく言葉を吐くと彼は私の表情に驚き触れていた手を離し、戸惑っている。
「…すみません」
「…い、いえこちらこそ」
私は顔を背けて慎重に言葉を吐き、彼の顔を見上げられなかった。彼は私の真っ赤な耳を見て心の中で大きくガッツポーズしていた事は知らない。
カカシさんは毎日足を運びに来てくれた。任務の僅かな空き時間に必ず顔を見に来て僅かに話をして、すぐに違う任務に出かけた。不思議と毎日合わせていた顔に懐かしさを覚えてしまっていた。
あの部屋で家事をこなしていた私としては、部屋が気がかりでご飯はちゃんと食べているかと聞くと逆に心配されてしまった。お前こそ食べているの、と怪訝そうな顔をされてしまう。その言葉に何も言えなかった。
サクラちゃんに食べないとダメですからね!とよく怒られるのだけども食欲が最近沸かなくて、つい残してしまう。同じ様に作っていた身として無理をして食べつくすと、全てを吐き出しては後悔をした。点滴を眺め続けて、もう1週間になる。早く退院したいな、久しく会っていない黒猫を思い出す。病院だからしらたまは入ってこれない様であれから顔を合わせていない。早くあいたいな
「いちかねーちゃん」
待ちわびた聞き覚えのある声に驚き瞼をゆっくり開けた。少し寝ていたらしい。目の前に心配そうに私を覗き込むナルト君にに驚いて起き上がった。私が元気よく飛び起きた様子にナルト君は驚いていた「すっかり元気そうでよかったでばよ」そのお日様みたいな笑顔にひどく安堵する
彼と会うのはあの事件以来だった。私が病室でカカシさん達に慰めて貰っているところにこの前助けてくれた彼ら達が部屋に入って来たのだがすぐに踵を返したのだった。なんとも言えないような顔で私の涙を掬う二人を見ていたのを覚えている。そんな表情をされたカカシさんとテンゾウさんは特に気にも留めていない様子で私の涙をまた掬い始めた。さすがに私も涙が引っ込んだ
「ナルト君、あれから大丈夫?怪我はなかった?」
「まだ入院してる奴が何いってんだってばよ」
苦笑いをしながら言う彼の言う通りだった。入院してから見舞いに来た人に似たような事を言われ続けている私は押し黙った。彼は言葉を探しているのかあちこち視線を迷わせて黙ってしまい、沈黙が落ちていた。
あの事件から会っていないということは、私を幽霊だと知ってから会っていなかったということだ。私を避けた1週間なのかとこのベッドで悩み続けたが、あの日この病室を訪ねてくれた事に僅かな希望を抱いて彼を待っていた。しかし彼と会って、何を話すかまでは決めていなかった。
気まずい沈黙を破ったのはナルト君だった。話は聞いた。重々しい口調に思わず身構えてしまう。
「俺はやっぱりねーちゃんの事化け物だなんて思えねーよ」
やっぱりお日様みたいに破顔する彼を見て唖然とした。あの日カカシさんが自分達の意思で動いていると私の涙を掬いながら言った事を思い出す。ナルト君は私を助けたいと思ってくれたの、かな。そっと彼を盗みみた
「幽霊だよ?」人の気配に遠慮して声を落とす。ナルト君は朗らかに笑って「そういうのよくわかんねーし!」さして気にしていないようだった。思わず拍子抜けしてしまった。人間でない事をこの子は特に気にしていない様子だった。
「また、料理教えてくれってばよ」
彼は優しく私に笑んでくれていた。随分とナルト君に最初から気を許されていたような気はしたけれども、それだけで私を助ける理由になるのだろうか。それでも、化け物と呼ばれる私に気にかけているのはわかっていた。やさしい子だとはっきりわかっている。
「いっぱい教えてあげるね」
私はそういうのわからないと笑った彼に笑いかけた。特に、問題ではないと言った彼にまた救われていた。こだわっているのはどうやら自分だけだということに私はそのとき気づいていなかった。
ナルト君は何かそわそわと落ち着かなくなって、その様子に驚きながら年相応な少年らしい仕草に思わず笑みがこぼれてしまいそうだった。どうかしたの?優しく催促してやるとナルト君がおずおずと口を開いた
「俺兄妹いたことねーけどこういうのが姉弟っていうのかな?」
彼の言葉に絶句してしまい動けなくなってしまった。そんな風に思ってくれてるとは思わず、口を開いたまま動けない私はきっと阿呆面だろう。彼に気を許されているとは思っていたが、姉弟と思ってくれたから気を許してくれていたのだろう。
「…違うかな?」
私が何も言わない様子を見て、僅かに声を落として聞いて来た。遠慮がちに私の表情を探ろうとする彼はまるで幼い少年のようで母性本能をくすぐられれてしまう。
「幽霊のお姉ちゃんなんて、そうそういないよナルト君」
私が周りを気にして少し声を落とし、ウインクして見せるとナルト君の表情は一気に明るくなった。その表情を見るだけで母親のような気持ちでその顔を見守る。なにこのこ可愛すぎなんですけど
「たった一人のねーちゃんだな!」
とびっきりの笑顔で嬉しそうにする彼を見て、その笑顔につられながら大きく頷いた。
弟という新しい関係に思わずくすぐったさを覚えて身をよじった。
空が暗くなりはじめた頃にベッドに横たわって、いつになったら退院できるのだろうかと物思いにふけた。暗い夜がとても苦手だった。夕飯の時間が過ぎ同室の患者さん達がお盆を下げて後片付けしている音を聞きながら、一切手をつけていない食事をぼんやり見つめる。
私は眉を顰めて、こみあげてくるあの感覚を思い出さないように必死に瞼を閉じた。その努力は虚しく気分はどんどん悪くなっていき、口元を押さえて看護婦さんにぶつかりながらトイレに駆け込んだ。部屋は備え付けの共同のトイレで、そう時間をかけずに向かう事ができる。咳き込みながらあの不快感を吐き出す。慌てて入って来たため、扉を閉め忘れその僅かに空いた扉から看護婦さんが入ってきて私の背中をさする。毎晩吐いては看護婦さんが私の背中をさすっていた。あの気持ち悪い映像をどうにか自分で克服しなければ病院から抜け出せそうになかった。
「全部出しちゃいな」
低い男性の声に驚いて私は看護婦だと思っていたその人を見る。「カカ、シさ」少し心配そうな表情をするカカシさんに驚き慌てふためき追い返そうとしたが、更なる嫌悪感を吐き出しそれどころではなかった。
カカシさんは私の長い髪の毛が汚れてしまわぬように丁寧に一本一本まとめてくれて、背中をさすってくれる。
不覚にも泣いてしまいそうだった。えづきながら彼のその優しいいつもの掌に安心したのか今日はあまり吐き出さなかった。すぐに水を流して、口をゆすいだ。
きゅっと、蛇口を捻り少し冷静さを取り戻した私は信じられないという瞳で彼を見つめる。なんというか、絶望感だった。なんというか、羞恥心だった。なんというか、混乱しています。
さして気にしていない様子の彼にやわく背中を押されベッドに向かわされる。それに大人しく従い、ベッドに腰掛けると彼もパイプ椅子に腰掛けた。
「…お見苦しいもの見せました」
彼は何でも無いようにいえいえと言葉を吐いた。人の汚物を見てここまでの平常心…手慣れてるような印象を覚えつつ、私はこの世の絶望のように思えた。
暫く沈黙が落ちてアナウンスが入る。今日の面会時間が、そろそろ終わる。流石に今日はもう誰も来ないと思っていたのに最悪なところを見られてしまったと後悔する。
「仕事終わりに顔だけ見にきたんだけどね、」カカシさんが私の頬を片手で覆う。親指で私の頬を撫ぜてくる。私の頬はお気に入りなのか、よく指で撫ぜられている気がする。彼の指は男の人らしく、ごつごつしている。彼の温度が心地よくてゆっくり瞳を閉じる。これは、よしよし指でされているのだろうか。
「ちょっと待ってて」
彼の温度が離れて行くのを感じて彼が待ってろと言ったのにも関わらず帰るのかと勘違いして掌を取る。彼はつんのめって止まると驚いたように片目が見開く。自分が彼の手を取っていた事に驚き私も目を見開いた。慌てて手を離し、代わりに膝の前で自分の手を掴んだ。何故、彼を引き止めたのだろうか。自分の行動が理解できず、頬が熱くなる
「すぐ戻るよ」
彼は優しい笑みを残して背中を向けた。その後ろ姿がカーテンの影へと変わっていくのを目だけで見送る。少し疲れた顔をした彼に不安が募る。ご飯はちゃんと食べているんだろうか、洗濯機は回しているだろうか、掃除はできているのだろうか。彼の顔を見るたびにそんな事を思ってしまう。いい大人にそんなこと思ってしまうのはわたしが、ここにずっと寝転がり落ち着かないからだろう。
口の中はまだ不快感を得ていて、買って来てもらった飴を口の中に放り投げる。胃液の味がフルーツの味へと変わっていくのを溜め息を吐いて味わう。
食べなかった夕飯を持って来てもらったタッパーに詰めて冷蔵庫にしまおうとすると、いっぱいになっていた。その量にしょげくれ、溜め息を吐いた。いつまでもあの映像に翻弄されている場合ではない帰ってお手伝いをしなければならないのに。でも、あの映像に翻弄されない手段とは。知らずにぎり、と奥歯を噛む。
すぐ戻ると言った彼はなかなか帰って来なく、一時間以上経過していた。そろそろ消灯時間が迫っていて、帰ってしまったんだろうかとぼんやり思う。寂しく感じる自分に頭を振って、毎日少しの時間だけでも顔を見に来てくれる感謝を…ちがうちがう、そっちじゃなくて寂しくなんて思っていない。ちっとも、寂しくなんかない。ベッドの上で膝を折り、毎日欠かさずカカシさんが足を運ぶ姿を瞼の裏で焼き付ける。…明日も来るのかな。ぼんやり思っていると、毎日訪れる際に聞いていた彼の足音に気づいて慌てて頭を上げた。
「お待たせ」
彼のマイペースに歩く音は聞き慣れてしまった。テンゾウさんは意外と力強く踏む足音、ナルト君は少し落ち着きの無い足音。サクラちゃんはもっと軽く跳ねるような音。みんなそれぞれ違っていた。
「何処へ行かれていたんですか?」戻って来てくれた事に喜んだ自分に気がつき頭を振る。こんな時間にどこに行っていたのだろうか、彼の顔を伺うけど何も読み取れない。さっぱりわからなかった。
「退院許可を貰って来た」
「え」
「帰ろう」
さらりと言い笑顔を浮かべた彼の表情を見つめたまま動けなくなってしまう。荷物を準備している彼にならって私も帰りの身支度を始める。…退院ってこんな簡単なものだったのか。先ほど詰めたばかりのタッパーを袋につめて、荷物を持ったカカシさんは気を遣って先に廊下に出て待ってくれていた。あのお祭りの日に着ていったサクラちゃんから貰った服に着替えて忘れ物が無いか確認をする。お見舞いで貰ったお菓子をおばーちゃんにお裾分けして別れの挨拶をするとお大事にと人のいい笑顔を向けてくれた。
廊下に出ると、持っていた荷物を彼に奪われ本当に退院できるのかと辺りを見渡す。お世話になっていた看護婦さんたちに吐き止めのお薬を貰って、頭を下げる。「はたけカカシさんが旦那様だったんですね」「いえ、ちょ、違います」恍惚とカカシさんを眺める看護婦さん達に驚いたが、毎日顔を出して退院作業をすれば旦那と間違えてもおかしくはない…のか?こちらを振り返って待っているカカシさんにゆっくり近づく。
「本当に退院して大丈夫なんですか?」
「担当の医師にちゃんと許可貰ったから大丈夫だよ」
大丈夫大丈夫と気の抜けた声で言う彼を見つめてから、後ろ足引かれながら病院を後にした。病院を振り返って本当に大丈夫なのか不安に思う。
「それとも帰りたくなかった?」
彼の言葉に全力で頭を振る。病院の無機質であの薬の匂いと、人の匂いは少し苦手だった。それに、集団で生活するにはいろいろ気を遣うところがあった。ただあまりにも急な話だったので戸惑っていただけだ。最初から、
「はやく…かえりたかったです」
私の本音を聞いた彼は優しい笑みを浮かべた。
突然の浮遊感。カカシさんは有無を言わずすぐに私を抱き上げた。人生三度目だった。や、病み上がりに急な事しないでください。驚きました。
「お、重たくないですか?」以前カカシさんには聞けなかった言葉を吐くと彼は少し眉を落とし「寧ろこの前より軽くなってるよ」そう言った彼の言葉に、妙に勘ぐってしまう。この前は、重かったのだろうか…テンゾウさんは気を遣って重たくないと言ったのだろうか。テンゾウさんの言葉を信じてしまい恥ずかしくなってきた。あれは、お世辞だったのかもしれない「あ、歩けます。お、下ろしてください」急に恥ずかしくなって身をよじると私の言葉を無視して彼は宙を舞った。この感覚は慣れない。
「病み上がりでしょ」
困ったように眉を落とした彼に重たくありませんように、と恥じらいと宙を舞う感覚に涙を滲ませながら心の中で強く願った。
着いたよ、と彼の低い声に瞳を開けると焦がれたあの家の目の前だった。宙を舞った余韻で頭がうまく動かない。くらくらとしながら足に地をつけるとしっかりカカシさんが私の肩を支えて扉を開けてくれた。慣れ親しんだ彼の家の匂いをかぎながら心が落ち着いていくのがわかった。
カカシさんはゆっくり私をベッドに腰掛けさせ、膝を折る。いつも見下ろされている私が彼を見下ろすのは凄く不思議な気持ちだった。
「病院に居る事がストレスって言ったらあっさり退院許可書を出してくれたよ」
こんなに痩せちゃって。私の頬を撫ぜるのを大人しくされるがままにされる。彼の言葉にいささか刺があるように思えた。彼らしからぬ言葉に微かに首を傾げた。「病院、お嫌いなんですか?」僅かに感じる嫌悪感に疑問を口にすると、カカシさんは頭をかいてみせた。
「よく俺も入院するからね。気持ちがわかっちゃうんだよね」
カカシさん、よく入院するんだ。あの無機質な部屋を思い出して、彼もあんな気分を味わった事があるのかと彼の瞳を探る。
吐き出した後に宙を舞ったのでなんだかまたぶり返しそうだった。お腹をさすってこみあげてくる胃液をなんとか押し込めようとする。カカシさんは私の背中をさすってくれて、腹も背中もさすられてどうやら気持ちがいいらしい。カカシさんの手、大きいな
「水でも飲む?」
彼の気遣いに縦に首を振って、キッチンに向かった彼を見る。その後ろ姿を見て呆然とする。「慣れてらっしゃるんですね?」随分介抱上手というか、手際が良すぎるというか。躊躇無くトイレに入って来て背中をさするなんて、私はできるだろうか…。
私の問いに彼は少し考えた後に口を開く
「酔いつぶれた奴ら世話してたからかな」
「飲みに行かれたりするんですか?」
驚いて目を見開いた。酔って帰って来たカカシさんなど見た事など一度も無い。酔ったカカシさんとは想像するのも難しい。ちょっと見てみたいかもしれない。
「最近は行ってないけどね」お水を渡され、ゆっくり胃に通っていくのを感じながら不快感が治まる事を願う。
「今は忙しくてね、任務ばかりだよ、」と肩を落とした。お疲れのご様子に毎日足を運んでくれていた事を悔いる。「…すみません」私がなかなか退院できなかったから彼も良い迷惑だっただろうに。私の気持ちを察した彼は飲み干したコップを奪う。
「いーよ、いちかの顔見たかったから」
「ま、またからかうんですから」
視線を逸らして彼から逃げる。
そっと手に重なる暖かさに驚いて視線を戻してしまう。「冗談じゃないってば」重なったその射抜く視線に私はしまった視線を戻すんじゃなかったと逃げて視線を彷徨わせる。突然、そんな空気をこちらに向けないでください…。久しぶりの感覚に冷や汗を垂らしながら困ってしまう。病院1週間、そう考えれば平和だったような気もした。
「何がそんなに怖かったの」
彼の言葉に肩を跳ねた。入院してから衰弱していく私を彼は気づいていた。何か、理由があると踏んでいたのだろう。入院している間私はあの映像に怯えていることをだれにも話していなかった。ここで言うか言うまいか悩み眉を顰めた。出来る事ならば一人で解決したかった事だったけど、病院で一人立ち向かえなかった事が事実だ、一人で乗り越えられないだろう。頬を撫ぜられ、私は観念して大人しく瞼を閉じた。
弱っているときにその温度は、よわい
男に背中から押し込まれたような、頭を探るような感覚がしてからこびりついてしまった映像の事を言った。あの気持ち悪い瞳を思い出すと足が竦む。
「…私の記憶なんでしょうか?」
カカシさんは私から手を離し、何か考えるように目を伏せた。少し長い睫毛が揺れる様をじっと見つめて、女の子みたいな睫毛だなと思ってしまった。私と目線を合わせたので不躾な考えをのけた。
「多分、チャクラを流した際にいろんな物が見えたんだろ」
「…チャクラ?」
チャクラという言葉に首を傾げる。
私が理解していない事を見て、ああ。と決まりがわるそうに眉を下げた。忍がわからない私が珍しいのだろう、なんと説明しようか沈思黙考している姿に苦笑いを零す。私は本当に何もしらないな。
「精神エネルギーかな」
思いも寄らない言葉に私の口からは「ふへえ」変な言葉が出ていた。それを自在に操り術を使うらしい。入院中に教えてもらった印の事を思い出し、「これですね」と得意げに見せると彼は面喰らったように驚き肩を震わせた。「そんなドヤ顔しなくても…」そんな顔をしていただろうか。自分の頬に手を当てる。
「男が他の誰かからいちかの情報を探す時にくっついてきた感情じゃないかな」
なるほど。私は顎に手を当てて彼の言葉の意味を理解しようとする。幾つも聞こえるあの声は沢山の誰かの記憶の情報だったということだ。あれは、私自身実際にあった出来事なのだけども、私自身が所有していた記憶ではない。それだけでも、少しだけ気持ちが軽くなった。
誰かの感情があんなに溢れていたから、私は気持ちが悪くなっていたのか。
「では、その感情の主達を次は探せば私に近づくのですね」
愁眉をひらき、拳を作って彼に意気込むとカカシさんは私を探るように見てくる。その視線は少し苦手で対応に困ってしまう。
「危険だから、ダメ」
カカシさんは水のコップを持って立ち上がってしまった。カカシさんの反応に唖然とした。あれほど協力的だった彼が急に反対してきたのだ、驚きもする。
自分の掌を見て、彼の協力無しに向かう事ができるか熟慮してみるも、この前の戦いを思い出して無理だと判断した。
でも、危険でありながらも昔の自分に近づいたと確信し、収穫はあったと思っている。「…どうしても、ダメですか?」危険な場所でも、立ち向かい自分を確かめたい。彼は私の様子を口を噤んで見つめたあとに、
「やだ」
ダメなのではなくていやだ。まるで子供のように拒否をした彼に項垂れた。ダメそうだった。…そうだよね、危険なところにカカシさんだって行きたくないだろう。しかしどうやってあの感情の主を探すべきなのだろうか。良い案はないかと思慮を巡らせた。
できることならば、あの気持ち悪い感情を持っている本人達に会って真相を聞きたかった。わたしは誰で、何者なのかを。あの男から私に渡ってきたヒントに1週間苦しんでしまったけど、これを受け入れ立ち向かうのが今できる手かもしれない。もうめそめそ泣いているわけにはいかない。そう思えたのは繋がってくれたナルト君達がいたからだろう、自分が何者かはっきりした上で仲良くなりたい...そう思わせてくれた。
「やだって言ったよね」
思慮している私に釘を刺すように言ったカカシさんの言葉に僅かに肩が跳ねて、誤摩化すように笑った。少し口調の強い彼なんて初めてみる。戸惑いながら彼を見上げる。すっかり怯えた私を見て彼は大げさに溜め息を吐いた。
「俺は、もういちかがこんなボロボロになるの見たくない」
暖かくなった掌を見て、その壊れないように丁寧に触れる仕草に当惑する。憂い顔のカカシさんに私は何も言えず、視線を下げた。こんなに心配させてしまった事を悔いた。
何度も足を運んでくれたり無理言って退院許可貰ってきたのも、全部私を想ってしてくれた事だ。我が儘を言うわけにはいかなかった。急いた自分の気持ちを押し込め、黙って頷いた。私が逆の立場ならきっと同じ事を言ったかもしれない。しょげくれた私の顔をやれやれと溜め息を吐いて私の頭を乱暴に撫でた
「危険を冒してまで行くにはまだ早い」
その言葉に頭を上げて、言おうとしている意図を探ろうとする。私は焦った気持ちで続きを催促する。
「君には有力な助っ人がもう一人居るからね」
きっぱりと答えを言わないのは相変わらずカカシさんらしかった。首を傾げ、じっくり思慮を巡らし2本シッポを揺らす黒猫を思い出す。行き着いた答えに目を白黒させ、一匹の猫の事を焦がれていたのに色々聞かねばならぬ事があったことを思い出す。道が閉ざされていない事に私は顔を明るくさせた。そうだ、この人が閉ざすような人ではなかった。
「しらたまに聞けば良いんだ」
よくできました、というような表情にまるで生徒になったような気分で彼の表情を見つめる。本当にこの人は教師が板についているというか、なんというか。
私の飲んだコップをシンクに持って行く姿を見つめ懐かしい感覚を思い出していた。たった1週間だったけれどまるで長い間この家を離れた居たような感覚に陥る。彼の背中にご飯は食べたのか問う。まだ食べていないという彼に立ち上がって腕まくりをしてみせて「久しぶりに作りましょうか?」とご飯を作る意思を伝えると首を横に振ってこちらにやってきて、私を無理矢理座らせた。
「そうしてもらいたいのはやまやまだけど安静にしてちょうだい」念を押すような彼の強い瞳に、大人しく頷いてみせた。「また、美味しいの作ってね」優しく目尻を下げながら言う彼に、何度も頷く。彼の優しい笑みがあまりにも優しいのでいい言葉が出てこなかったのだ。
結局彼は私が食べれなかった病院の夕食を食べていた。箸がどんどん進んで行くのを見て、ひざに肘を置いて彼の様子を見ていた私は少し笑む。捨てなくてよかったと食べてもらえる食材達に安堵した。「病院食って美味しいんですよね」誰かがご飯を食べている姿を見るのは久しかった。一週間長かったような、短かったような。周りを見渡して、居なくなった日からそこまで散らかっていない。たった1週間の出来事であり、彼は今まで一人で暮らしていたのだ。私の気がかりは杞憂だったようだ。
「安心しました、私いなくても全然大丈夫でしたね。」既に確立されていた彼のライフサークルを懸念するのはお門違いだったらしい。私の呟きに彼はゆっくり振り返り「だめだよ、無理。」私の言葉を否定した。断固と言い張るその姿に思わず面喰らう。帰って来てからのカカシさんはどこか、違和感を感じていた。
「いちかいないとダメ」
彼はたったひとつだけの目で私を黙らせる。その瞳に射抜かれながら困ったように眉を下げ「また、からかうんですね」この空気から逃げたいと願った。この甘く逃がさないこの空気はとても苦手で、まるで捕まるのが必然とさえ思えてしまうその空気に彼の経験の数をなんとなく想定してしまう。空気がうまい、というか。そこまで考えて頬を染めた。何をかんがえているのだろうか、ワタシは。
「本気ならいいんでしょ?」
「…いいって、言ってません」
弱々しく呟いた私に彼はやれやれと眉を下げて洗い物をシンクに放り込む。
「一週間、寂しかったよ」
彼が零した本音に驚いてまじまじと彼を見つめた。彼は簡単に答えをくれたりしない人なので、その言葉が本音なのか疑ってしまう。失礼な行動だとは思ったけど疑わずにはいられない。それでも憂い帯びたその横顔にワタシは口を噤む。
「俺がちゃんと面倒みてあげるからね」先ほどの看病ぶりに血の気が引いて行くのを感じた。そこまでお世話になるのは申し訳がない。しかし、ここまで過保護にさせてしまったのは随分と心配をかけたからこそだ。彼の仕事が邪魔にならない程度に大人しくしようと思った。
「...お父さん、みたいです」
「はは、冗談キツいよ」
何度も目を擦り、時計を見上げた。病院なら消灯時間はとっくに過ぎていていつもなら深い眠りについている時間だった。この家にいる時ならこの時間帯は忙しなく動いていた時間なのに。
眠そうな私に彼はベッド使っていいよ、と布団を捲り上げる。その誘いに大人しく従って目を閉じる。眠い筈であるのに、人の気配が嬉しくて何度も目を開ける。彼は布団から僅かに出ていた私の頭を優しく撫でてくれる。その暖かさに安堵しながら長い息をゆっくり吐く。
幾分か瞼を閉じてみるけども、気を遣って少し明るさを失った部屋に落ち着かなくて何度も瞼を開いたり閉じたりする。焦燥とした気持ちで背中をベッドに預けながら何かしているその丸い背中に安堵しながら小さく呼ぶ。彼はゆっくりと私に振り返って僅かに毛布から顔を出している私と視線を交える。
「お話しませんか?」
私の誘いに彼は軽く目を見開いてから「いいよ、眠るまでしてあげる」こちらに向き直ってであぐらをかいてくれる。本当に優しい方だと実感する。
「こわい?」
気を遣った優しい掌が私の頭を撫でる。その温度に瞼を閉じながら眠気に身を委ねる。「暗くなるとちょっと怖いです、」入院中誰にも告げなかった本音を毛布に呟く。
「手でもつないどく?」
暖かくなった掌に驚いて私は心臓が変な風に動くのを感じた。少しだけ眠気が飛んで目を見開く。繋がれたその暖かい、でもテンゾウさんとは違う掌に驚きながら毛布で顔を隠す。先ほどから私の背中をさすったり、腰をさすったり頭を撫でてくれる手が初めて繋がれた掌に驚きを隠せない。「なにするんです…」今度は違う意味で落ち着かなくなってしまった私の弱々しく呟いた声が布団に薄く聞こえる。彼は楽しそうに笑って「振りほどかないんだね」私をからかう。その声を疎ましく思い掌に力を込める。初めて繋いだ掌は撫でられる度に感じていたあの心地よさ以上に私を安堵させて。「...うるさいです」私の掌が、離そうとはしてくれなかった。本当に振りほどかない私を見て満足したように笑った。
「こわくなくなった?」
彼の掌を見つめる。不思議と怖くなくなっていて、大人しく頷く。私が素直に頷く様子を見て彼は嬉しそうに笑う。その声におどきながら、彼を見つめ返す。
「相当弱ってるんだね、甘え上手」
優しく許されたそのゆるい笑顔を瞳に焼き付ける。…甘えたのだろうか。身に覚えがないものの、離せない掌を見つめて眉をしかめる。それを眠気の所為にして大人しく目を閉じる。「すみません…」
「いんや可愛いから、いいよ」
掠れた声にまた瞳を開いてその許された緩い顔に私もつられてしまう。「…優しいんですね」先ほどから思っていた言葉を吐き出す。彼はもう片方の手で私の頭を撫でて夢に誘う。心地よく漂う睡魔に身を委ね始めようとして、忘れないうちに口を開く
「いっぱいこの里の教えてもらいたい事があったんです」
「うん、おしえるよ」
私の眠そうな表情を愛おしそうに見つめて撫でてくれる。
「それからナルト君もお見舞いきてくれて」
忘れないように私は何度も口を開いて、掌の温度を感じながら安堵して掌に力を込める。
「はやく、カカシさんの家にかえりたかったです」
彼の私を撫でている手が止まる。それに気づかず久しぶりの心地よい睡魔に身を委ねながら感じた言葉を綴っていく。
「また、こうやって、…」
嬉しかったと伝えられたか私は覚えていない。大人しく寝息を立てた私をじっと愛おしそうに見つめた彼はもう一度私の頭を撫でる。起きない事を確認して繋がれた掌を見て頭をかく。
「おやすみ」
彼は、掌の甲に小さくリップのノイズを聞かせてささやいた
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