扉の開く音に思わず肩を揺らしてしまった。扉を開けた主はわたしの怯えた表情を見て不思議そうな顔をしていた。いつもと変わらぬ彼の姿を視界に捉えて安心し、曖昧に笑っておかえりなさいと答えた。不器用に笑ってしまったと思う。
すぐに食事の支度をしようと立ち上がり、食器のぶつかる音が部屋に響く。強い風が窓を強く叩いてその音に瞳を窓にやる。なんだか吹き荒れた風だった。
カカシさんの分だけよそって差し出す。今日はハンバーグだ。さっぱりしたものが彼は好きだと確信しているので和風ハンバーグにした。床に座ってハンバーグを見ると嬉しそうに破顔した。その様子に私もつられて笑う。
「火影様が明日いちかを連れて来いって」
「火影様が?」
フライパンを洗いながら首をかしげた。私に用があるのだろうか。それとも知らずに何かをしたのだろうか。理由を探しても答えは見つかりそうになかった。火影様に会うのは最初にあった以来だ。彼女には私が視えていなかったので今回初めて顔を合わす事になるのだろう。少しの緊張に手を止めた。
「俺も付いていくか心配しないでイイヨ」
私の様子に気を遣って言ってくれたみたいで感謝した。きっと私の心にある不安に気づいていたのだろう。ただ今私の胸にある不安は2つあって。そのうちの一つに彼は気づいていない様子だった。2つの不安に私は首を振って、その思考をはねのける。彼の気遣いに感謝をして、明日に備えようと時計を見て、私は黙った。
「カカシさん、今日は家にいますか?」
食べ終わった食器をシンクに下げている彼は不思議そうにわたしを振り返った。「…夜番はないよ」失言だったかもと思い視線を逸らした。あまりにも声が震えていたからだ。彼も不思議そうにしていた。慌てて笑顔を取り繕ってその場をやり過ごした
「寝ないの?」
ベッドに腰掛けながらわたしを見て彼は射抜くように言葉をかけた。わたしは自分の布団をしかずにその前に座っていた。彼にかけられた言葉に口を真一文字にしめて言葉をさがす
ちょっとする事がありまして
わたしは思いついたように人差し指をたてて言い訳をした。私の言葉の真偽を確かめるようにじっと真っ直ぐ見つめられて言葉を無くした。その視線に耐えきれず布団をおとなしく敷く。
小さな電気をつけて布団に入ろうとした私に彼は無表情で見つめてくる。
「こわいの?」
「こわくありません、まさか全然」
「こわいのね」
どもらないように真面目に答えてもすぐばれてしまった。変に力むと不自然さがでるものなんだな。私はひとつ学習した。カカシさんが少し笑った声が聞こえる。その優しい声に彼を振り返る。
「一緒に寝る?」
そう言って布団を捲り、私を誘った。いつもならありえません!と怒鳴るところなのだけど。
「…ホントですか?」
そっと呟いた私の言葉に彼は瞠目して狼狽えた。
私がそんな事を言うとはかなりの予想外だったみたいで硬直していた。彼の反応を見てやはりからかっていたのかと理解し溜息を吐いて、布団に潜り込む。一緒に寝るとまではいかないが傍にいて欲しい気分だったのでほんの少し話相手になってもらいたかった。
「冗談ですよ」
布団を頭の上まで引っ張って目を閉じた。我ながら恥ずかしい言葉を吐いたと思いながらもその言葉を反省する余裕はなかった。どんなに閉じても私の心は乱れるばかりで落ち着かなく、私は一睡する事なく朝を迎えた。
火影邸について私は息を吐いた。里の中で一番大きな建物を見上げて私は初めて着たときの事を思い出した。以前連れてこられた時は緊張しきっていて何も覚えてない。ただ、目の前を歩く彼が今みたいに何度も振り返ってくれた事だけ覚えていた。
「火影様、いちかです」
部屋に入るなり私を紹介した。私を紹介してくれたので火影様が私を確認して視えるようになった。と、おもう。その証拠に火影様は私と視線を合わせていた
「おまえがいちかか」
彼女の威厳ある空気に思わず身を固くした。前にも会ったけれども私は言葉を発するのは初めてで。
「初めまして火影様。」緊張しながら頭を下げた。
「カカシから話は聞いている。」
机に頬杖をついて私を見据える彼女に私は身体を強張らせながら火影様の言葉を聞いていた。「こんな小娘だったとはな」火影様が優しく笑ったのを見て私は肩の力が少し抜けた。
「おまえに頼みがあってな。」
本題だろう。緊張するわけではなく、私は姿勢を正す。彼女は眉を潜め、紙を一枚取り出した。火影様のうしろから差し込んでくる光によって透かされたその紙には大きく報告書と書いてあった。
「このところ、変な噂が立っている。他の者に調査させたんだが何もなくてな。」
私は一つの仮説が頭をよぎった。それは私と同じ幽霊というもの。火影様は溜め息を吐いて眉に深く皺を寄せていた。その表情に里を思っている長様なのだと実感する。こんなお綺麗な方が必死に守っている。私は自分の手を握りしめた。
「幽霊とは信じがたいが現にお前が存在している。そのお前に調査をお願いしたい」
そういうことか。私の中で一筋答えが繋がって、目を伏せた。
「実はそれとなく心当たりが。」
小さく手を握りしめて視線を逸らしながら言った。昨日買い物で見かけたアレだろう。火影様はこの件にお手上げ状態だったらしく、打開策が出来た事に安堵の表情しようとしたが、顔面蒼白した私に火影様は困った顔をした。
「頼めるか?」彼女が気を遣ってくれたのが痛いほどわかった
「だ、大丈夫ですお任せください」
彼女は怪訝そうに私を見やる。その視線に思わずたじろいだ。あまりの鋭い視線に私の嘘は完全に通用しなかった。
「見るからに苦手そうだな」
何も言えず固まってしまった。昨日、買い物の帰り道にそれらしきものを見たような気がしていて、ひとり怯えていた。
カカシさんは昨日の謎が解けたようで笑いをこぼした。どうやら昨日私の様子がおかしかったのがわかり小さくずっと笑い続けている。
幽霊が幽霊を怖いなんて。
なんて情けないのだろう。カカシさんの笑っている姿に自分がどんどん滑稽に思えてきた。
「やってのけます」それをごまかすように力強く火影様に言った。私の応えに火影様は嬉しそうに笑った。
「カカシお前もサポートしてやれ。報告を待っている」
私たちはその場を後にした。
火影邸を出て、カカシさんはようやく落ち着いたらしい。軽くにらんでみせると「おばけが怖いおばけなんて初めてだよ。」包み隠さずからかわれた。彼の笑い声をサウンドに帰路に向かうと、うしろから彼がゆっくりと追ってきた。彼の長いコンパスに私の足は敵わずあっという間に追い付かれてしまった。
ごめんて、怒らないで。顔を覗かれじとりと軽くにらんだ。カカシさんは相変わらずの笑みを浮かべたままで反省する気は無いんだろうなと頭の隅でわかっていたのでここは私が大人になることにして、溜め息を大きく吐いた。
「任務多分夜には終わるからその時また落ち合おう。」
「はい、また夜に。」
私が見たと言った場所を伝えて彼と別れようとした。大人になってからかわれた事を水に流そうとしようとは思ったけれどあそこまで笑われて腹を立てないわけがない。私はその気持ちをかくしてすぐに別れようとした。
けれど、すぐに彼の手が私の肩を掴む。突然引き止められたので瞠目した。驚いた私の瞳に彼の真剣な表情がうつる。
「守るからね」
大きな手のひらが私の頭を優しく叩いて踵を返した。その大きな手があった頭に自分の手を重ねた。
集合時間より早く来てしまって後悔する。辺りは暗く、人気も無い。買い物をする店からカカシさんの家まで帰る時にこの辺りを通るのだけど、昨日この道を通った時に違和感を感じた人がいて。直感的にアレは人間だったのでなかったと帰ってから答えを出し一人怯えていた。
待っている時が一番怖い。恐怖を隠すことなく、辺りを見渡す。カカシさんが到着しないのを見て目を伏せた。仕事が忙しいのだろう。震える身体に力を入れた。
火影様に頼まれた事だし、ここは私がなんとかしないといけない。それに、私は幽霊なのだ。幽霊が幽霊に話しかけても何も怖くない。
昼間さんざん笑われた事を思い出し、拳をぎゅっと強く握った。昨日と同じ場所にいる彼女に唾を飲み込み、意を決した。
「こ、こんばんは。」
緊張して声が上ずって震えてしまった。そんな失態を気にしていられる程余裕はなかった。彼女は頭を上げて私を瞳に捉えた。
小さな女の子。
彼女は可愛らしい顔とは裏腹に具合悪そうな顔色をして、身体は透き通っていて。やはりと固唾を呑む
彼女は私を見るなり破顔した。その背負っている不気味さとは対照的な明るい笑顔に私は思わずたじろいだ
「いちかじゃない!久しぶり」
突然の言葉に狼狽えた。思わず彼女の顔をまじまじと見つめた。幼く、あどけないその笑顔に見覚えがない。混乱はしていたが、恐怖はなくなっていた。
「久しぶりって…会ったことが?」
慎重に言葉を選んで彼女に聞いた。私の言葉に今度は彼女が驚いた。暫くしてから優しく笑んだ。その優しい笑みは子供らしくなかった。
「ずいぶんむかしだけどその髪色と紅い瞳よく覚えてるわ。ねこまたと仲よかったいちかね」
猫又とは恐らく2つシッポを持っているしらたまの事だろう。たしかに、仲が良かったような記憶がうっすらある気がしていたので彼女が言っている事は間違っていないかもしれない。
「昔って、何年くらい」
「そうね、20年くらい?」
「、20?!」
思いもよらない数字に瞠目した。20年も前からの知り合いとなる彼女に言葉を失っていた。そして20年ぶんの記憶が全くない事を深く痛感し、絶望感に満ちあふれていた。めまいが軽くしてなんとか踏ん張ってみせ、思考を整理しようと試みた。
私が記憶が無いのは1~2年分だと思っていた。その僅かな時間に猫と出会い仲良くなっていたと思っていたけれどあの猫も恐らく旧友。20年ほどの付き合いになるということだろう。でもおかしい、猫はそんなに生きられる筈無いのに。
「ね、いちか私と遊びましょ?」
突然その子は私の手を取って笑った。あまりにもそのあどけなくも凛とした、幼さには似合わない笑顔に戸惑った。混乱する頭で彼女の提案がすんなり頭に入ってこない。唐突すぎる言葉に私はついていけない。「どうして?」かろうじてそう言うのがやっとだった。
「次は何をしてやろうかしら」
彼女は宙を浮いて、悪戯そうな顔をして腕を組んで見せた。私と同じように宙に浮かんでる。そうだ。私は火影様から仰せつかった自分の使命を思い出し彼女を見据えた。
「あなた、まさか視え無いのを良い事に遊んでるってこと?」
火影様が呆れた顔をして、怪奇現象が起るともっぱら噂になりその辺り一帯の人々は怯えきってしまっていると言っていた。信じてないといっていたが、あまりの被害件数に頭を抱えていたらしい。
「つまんないんだもーん、人に気づいてもらえないって本当に退屈」
彼女の言葉に苦笑いをした。私もあの噴水広場で経験した事だった。人に気づいてもらえないと言うのは本当に退屈なものだった。
「でも、この辺りの人は困っちゃう、よ?」
だからお願い悪戯をしないで。懇願するように彼女を見据えると少し不貞腐れたその子はそっぽを向いてしまった。
彼女は幼い身体をしているのだけれど恐らく20年間その姿でいたのだろう。だから妙に大人びて見えたのだ。しかし、子供らしい行動も抜けきれてはいないようで苦笑いを零す。どうしたものか、私は空を仰いだ。星空が瞬いていた。
「私だってはやく成仏したいけど、楽しくないんだもん」
小さく、面白くなさそうに呟いたその子は、寂しそうだった。その横顔に私は言葉を失う。幽霊は生きていた頃のやり残した事を果たすべく存在する。
「未練は?」彼女の寂しそうな瞳に口を開いた。私の言葉を待っていましたとばかりに彼女は笑んで「たのしくなること!」そう言った。
その言葉は聞き覚えがあった。私がカカシさんに言った言葉。
私が記憶が無いにも関わらず自分の未練を知っていた理由は実は憶測という不確かなものだった。噴水広場で楽しそうにしている人たちを見て自分の中でたくさんの感情が溢れた。
嫉妬、憎悪、羨望。その言葉に尽きた。私は楽しそうにしている彼らが羨ましかった。だから、私も「一緒かも」あの輪に入って楽しく遊べたらいいのに。そう思ったのだ。
「じゃあ二人でたのしくなって成仏しましょ」
彼女は私の手を取って宙に浮いた。私の足は宙を舞って久しぶりの感覚に驚く。そう、私はかれこれ暫く飛んでいない。突然の浮遊感は足に違和感を覚え、嫌悪感に成り代わっていく。
「成仏」その言葉に私は心臓を打ち抜かれたような気持ちだった。
その嫌悪感に耐えきれず、地面に足を下ろそうとした。「今日は、もう遅いから明日にしましょう」あまりの戸惑いに唇が震えていた。懇願する気持ちで、必死に彼女を見た。彼女は私の気持ちを察してやはりそのあどけなさには似合わない笑みを浮かべて「あしたここで待ち合わせね」そう言って空に消えた。
地面に足を下ろして私は心臓を掴んだ。あまりにも次々へとやってくる事実と真実に頭が混乱して、拒絶することしかできなかった。地面にぺたりと座り込み、その地面を愛おしく撫でる。幽霊になって飛ぶと、地面はやけに遠く感じる。その感覚をいま噛み締めている自分の弱さに辟易した。自分の正体を再確認して悲しんでいる自分の弱さに、辟易した。
「ケガは無い?」
息を切らしてやってきたカカシさんは私の肩を掴んで、わたしを心配そうに覗き込んでいた。任務を終えてから急いで駆けつけてくれたのだろう。カカシさんを視界に入れて、悲しく笑った。「大丈夫です」私の顔をじっと無表情で見た後に周りを見渡した。
「明日、幽霊さんと遊ぶ事になりました」私は土ぼこりを払って、立ち上がった。私の言葉に彼は疑問符を浮かべている。私は順序を辿って今あった事を彼に伝えた。20年前に会った事がある事、今回の事件の真意、未練の事。
しかし、一緒に成仏しようと言われた事は言えなかった。私は隣を歩くカカシさんをそっとみた。
私が成仏したら、この人どうするんだろう。
率直な自分の中の疑問だった。何故言えなかったのかは恐らく自分の弱さ故だろう。自分の弱さを受け入れられなかったからだ。そして、今2人で住んでいるあの部屋が頭にちらついたからだ。
日が昇りきった頃に私は昨日の場所に訪れていた。成仏したら、どうしよう。そんな事を思いながら私は浅はかに笑った。
成仏したくないなんてなんと幽霊らしいと思ってしまった。
彼女は私を視界に捉えるとあの笑顔で私を迎えた。「来てくれて嬉しいわ」彼女につられて笑ったけれども、ちゃんと笑えていたかはわからなかった。
「行きましょう」そう言って今度はあどけなく笑った彼女は地面を蹴った。彼女の手に引かれながら私は宙を舞っていた。
「ここは?」
私が足を着けた場所は全く見覚えのない場所だった。大きな建物があって、大きなグラウンドがある。「アカデミーよ、一度入ってみたかったの」悪戯に笑う彼女につられて笑った。つまり、学校。大きい建物を私は見上げて息を漏らした。この建物の中にたくさんの人がいて授業を受けている。その感覚が何だかずっと昔あったようなそんな気分にさせられる。
「あれ?ねーちゃん!」
入り口に立っていると見覚えのある少年が寄ってくる。「ナルト君」彼はこの前の料理が凄く楽しかったのか私に凄く気を許してくれて買い物途中によく声をかけられる事はたびたびあった。
「なにしてんだ?こんなとこで」
曖昧に笑って彼女を見た。彼女はナルト君を見て私を見て戸惑っていた。「ナルト君っていう私の知り合い」そう小さく言うと納得した様子だった。
「ねーちゃん何独り言言ってるんだってばよ?」
ナルト君に驚いて私は彼女を見た。私が彼女に話しかけた事によって私と同じ幽霊の筈である彼女は確認されて視られる筈だ。なのに、ナルト君は彼女に気づかない。
私には気づいて、彼女には気づいていない。
「な、ナルトくんは何しにここへ?」
「俺、これからイルカ先生にラーメンおごってもらうんだってばよ!」
嬉しそうに破顔してラーメンを思い出しておなかが空いたのかおなかをなで回している。その愛らしい姿に笑みが溢れる。
「あ、イルカセンセー!」
イルカ先生と呼ぶ人にナルト君は手を振っていた。イルカ先生とやらはナルト君に気づくと大股でこちらに近づいてくる。顔の真ん中に走る傷跡。何の傷跡だろうかとまじまじと見入ってしまった。
「イルカ先生、いちかねーちゃんって言うんだ」
ナルト君に紹介されて私は姿勢を正した。これで彼は私を視て確認したからだ。私が視えるようになっている。「はじめまして、いちかともうします。」
私は頭を上げてぎょっとした。彼女がイルカ先生と呼ぶ彼の肩にもたれかかり顔を覗き見ていたからだ。「この傷どうしたのかしらね」とのんきに言っている。
イルカ先生と呼ばれる彼は訳もわからず私に自己紹介をしてナルト君を困ったように見た。どうやら、彼女には気づいていない。失礼に肩にのりかかって見ている事にも気づいていない。
「カカシ先生の遠い親戚らしいってばよ!」
「そうでしたか、」
イルカ先生は私の素性が分かった事に安堵していた。先ほどから彼らの周りを興味ありげにひゅんひゅん飛んでいる彼女を見て私は内心ハラハラしていた。正直、この目の前に居る方が誰なのか把握する事さえそっちのけだった。
「わ、私そろそろ行きますので」
私は彼女をじっと見て行くよと合図すると彼女は悪戯な顔をしてそっぽを向いた。もう悪戯っこなんだから!ハラハラしながらも視えない彼らの前で彼女に怒ってしまったら凄く滑稽で恥ずかしい思いをするだろう。そして初対面でそんな嫌なイメージをつけて欲しくない。
踵を返し、暫く歩いていれば追ってくるだろうと思い歩くがなかなか戻ってこない。そっとうしろを振り返ると反対側に歩いていく彼らのうしろをついていっていた。
私は慌てて戻って、彼女の腕を掴む。
「ほら、行くよ!」その声に彼女はにたりと悪戯に笑った。
「「え?」」
うしろを振り返ったナルト君とイルカ先生と目が合う。
あ。しまったと思ってももう遅い。私は彼らの前で彼女に話しかけてしまった。彼女は彼らには見えていないので彼らに話しかけた事になってしまっている。
私は顔を真っ赤にして「な、なんでもないです」語尾が小さくなりながら走って逃げた。彼女の手を握りながら。
「最高よいちか!」
彼女が思い浮かべた悪戯通りになったらしく大声で笑っていた。初対面の人に変な事をいう避けたかった事実をイルカ先生に押し付けて逃げて来た。さらに変な人というレッテルを貼られたに違いない。振り回されている。この子に。私は大きく項垂れた。
ひときしり笑って、満足した様子だった。その様子にしょうがないと私はまた大人になることにした。
彼女はつぎつぎ!楽しそうに宙に浮いて私の手を引っ張る。そのあどけなさに苦く笑って乗りかかった船だと腹をくくった。
ひときしりあちらこちらと飛んでは、悪戯をして。私は力つきていた。子供っぽいのか大人っぽいのか掴めない子だった。
ようやく落ち着いた場所に連れてこられた。その場所は里が一望できる絶景の場所で「う、わ」あまりの綺麗な光景に私は言葉を漏らしていた。
「ここ私のお気に入りの場所なのよ」
私の隣に腰を下ろした彼女に見習い私も座った。風が私たちの間を吹き抜けていく。その風に微かな子供達の声が乗っていた。
「素敵な場所」私が呟くと彼女は笑った気配がした。何故笑うのかわからなくて彼女を見た。彼女は困ったように「いちかが教えてくれたのよ」悪戯に笑った。
「私?」まさか自分がこんなところを知っていたなんて思っても見なくて、もう一度その光景を視界に入れる。
「やっぱり記憶が無いのね」彼女は私を悲しそうに見た。その瞳に、心配する友を想う色がうつる。その瞳に耐えきれず視線を逸らす。
私は、彼女に応えてあげられる記憶が無かった。
「アナタはいつも一生懸命で人を気にする子だった」小さな手のひらが私の頬を優しく撫でた。その慈愛たる仕草に声を失う。その瞳が優しくて、目がはなせなくなる。
「アナタに私たちはいつも救われていたわ」
彼女は優しく私の頬から手を離した。「…たち?」彼女が意味有りげに呟くその言葉を繰り返す。彼女は優しく笑った。
私は戦争で恐らく亡くなった。楽しい記憶は無くて、幼かった。だから、楽しくなりたいと思ってこの世にいる。彼女はぽつりぽつりと小さく呟く。思いもよらぬ戦争という言葉に私は驚いた。この平和そうな里には似つかない言葉に驚いた。
「そういう私たちにアナタは片っ端らから声をかけていたわ」
彼女は私を優しく見つめて笑った。きっと彼女のいう私たちというのは戦争で亡くなった幽霊の事達だろう。彼女から発せられる昔の自分に驚いた。だって、今の自分とは少し違う。お化けが怖いと言って彼女に会う事を躊躇った自分とは違ったからだ。
「そして、20年前アナタが私と遊んでくれたのが嬉しくて」彼女は懐かしむように笑う。「あなたとまた遊びたいってずっと思ってた」そう本当に嬉しそうに笑う彼女を見て私は心を痛めた。
「きっとアナタが想う私はいない」その事実に私は心を痛めていた。そんな大層な事をしでかしたなんて私ではない。そんな気持ちだった。
「全然変わらなくて吃驚したくらいよ」彼女は私を悪戯な笑顔で見た。その笑顔に私は戸惑った。記憶を探して彼女の笑顔を探すにも見つからない。
「いちかが羨ましかったときもあったけどあなたは昔から私たちに臆する事なく話してたわ。それに救われたの」
彼女は慈しむように言葉を綴った。「今のあなたも、私に話しかけてくれた。」やはり彼女らしい笑顔で私に笑いかける。彼女の心の中に私はしっかりと根付いていて照れくさくなる。
「だから、もう充分」
彼女の身体が更に透けているのに気づいた。消えかかっている。身体が透けて空の夕焼けがその間から見える。突然のお別れに言葉を失った。
「成仏、するってこと?」
私は震える声で彼女をみつめた。記憶の無い心は彼女の別れを痛く惜しんでいた。私の言葉に彼女は静かに頷いた。あまりにも唐突すぎるお別れに言葉が出てこない。でも、このお別れをする光景は何か初めて見るようなものではなかったような気がした。そしてこのお別れは絶対に引き止めたり悲しんだりするものではないと心がわかっていた。
「ねえ、なんでナルト君達にはアナタが視え無いの?」
消えかかっている彼女に最後に聞きたかった。同じ幽霊である筈なのに同じ方法で彼らに確認してもらえない。それが私の中でずっとひっかかっていた。
「いちかはトクベツだからよ」
慈愛めいたその言葉に言葉を失った。「とく、べつ?」彼女は静かに悲しく笑った。
多分それが彼女のいう「いちかが羨ましかった」に繋がるのだろう。
私の額に軽く小さなキスを落として。涙を落として。彼女は風と消えた。
たくさんもっと聞きたい事はあったはずなのに、確かな感覚にその場を動けなくなっていた。
「…っ」
私は去っていく彼女を見上げながら頬を濡らしていた。
こころが、別れを惜しんでいた。
全く知らない彼女に私はむねが痛くなるほど泣いていた。
辺りは暗くなっているが、私はその場から動けなくなっていた。家に帰る事を忘れただ何をするわけでもなく消えた彼女の事を思い出していた。思い出せた事は昨日初めてあった時から今日までの事。それ以前の記憶は全くなかった。
彼女から言われる昔の私は全く今の自分と違っていて。でもその彼女の言う私を否定するには今の自分を知らなさすぎて、強く否定できない。その事実に愕然としていた。
自分がワカラナイ。
それは前から分かっていた事だが、事実を突きつけられ始めて戸惑っていた。
彼女と出会い幽霊の自分を再確認し、昔の私を慈しまれ、成す術をなくしていた。
浅はかに笑う。そう、私は皆と会話をして人間を気取っていた。生きた人間だと自分をごまかしていた。成仏という言葉を忘れさせる彼らの暖かい空気に拳を握る。
突然私の傍に一匹の「犬?」が近寄っていた。その犬は確かに「見つけたぞ」喋り煙と共に消えた。しゃ、しゃべった。しらたまが喋るとはいえやはり動物が喋ると驚いてしまう。消えた先をじっと見ていた。
「、」
突風と共に私の髪の毛が攫われ、目を閉じた。ゆっくり開くと目の前にいつも見慣れたカカシさんがいた。
突然現れた彼に瞠目した。その顔を見て私は自分の手伝いの事を思い出す。「す、すみません帰らず」私は暗くなっているのを頭の端の方で捉えていただけではっきりと理解していなかった。真っ暗になっているのに驚いて腰を上げようとする。しかし私の肩を優しく押して、私が持ち上げようとした腰はまたもや地面に着いた。
抗議しようと開けた口からは息しか漏れなくて、カカシさんは隣に腰を下ろした。腰を下ろされては何も言えない。黙って、彼に無言の抗議をした。帰らないのですか。そう言いたくても言えない横顔に私は押し黙る術しかもっていなかった。小さな灯りが里を照らしていた。その光を少しだけ受けた彼の横顔があまりにも綺麗で、違う意味で今度は声を失っていた。その横顔を見つめていると急にカカシさんは私を振り返り慌てて視線を逸らした。
「彼女は成仏したのかい」
私の涙の後を撫でて、カカシさんは言った。イロイロ、わかっているのだろう。成仏した彼女を想って泣いて帰れなかった事もお見通しだろう。私は照れくさくなり小さく頷いた。泣いてめそめそしていた事が彼にバレてしまっているのが恥ずかしい。
私はゆっくり彼女との一日を話し始めた。悪戯好きで見た目には似合わない笑顔に一日中翻弄されたこと。昔の私を教えてくれたこと。今日一日を過ごして私は事実を突きつけられてしまう。
「私は幽霊なんだとはっきり自覚させられました」
そう、私はすっかり忘れていた。
自分が幽霊で、自分がそのうち消えてなくなることを。
その事実を受け入れる事ができず彼女を拒絶した。恐らくわかっていたと思う彼女は。だって、一緒に成仏しようと最初に言ったのに今日は一度も言われていない。私が事実を受け入れられていない事を彼女はわかっていたのだと思う。
「私と彼女はちょっと違うみたいです」
「ちがう?」
「私を特別だと言いました」
今日ナルト君達と会って私しか視え無かった事をぽつりぽつりと報告した。私を特別だと言った慈愛めいた瞳を思い出して私は身を固くした。
そんな愛おしそうな瞳で見られる覚えはなかった。
私はそんな瞳をしてもらうほどの人ではない。
「…醜い、です」
私はまた流れ落ちる涙に視線を追った。大きなしずくが音も立てずと自分の服に染みていく。その大きな楕円のシミがどんどん広がっていく。
「今の自分に安心してる、その事実に自分をとても醜く、感じます…」
視てもらえない彼女と視てもらえて話す自分。それを秤にかけて幸せを実感する自分が醜く彼女にひどい仕打ちだ。彼女は私を想って慕ってくれたというのに。
彼女の最後の未練は恐らく私と遊ぶ事だったのだろう。そこまでして私を想ってくれた彼女に私はこんな感情を抱いている。彼女の中の私はあまりにも綺麗で、尊い。そんな自分には今の自分は果てしなく遠く、「自分が恥ずかしい…」自分が幽霊だという事実を受け入れられず成仏できなかった弱い私を彼女は最後まで慈愛めいた瞳で私と別れた。彼女はやはり外見とは裏腹な中身だった。幼くも、大人だった。
「いちかは本当に自分の感情に素直だね」
彼は私の次から次へと流れていく涙を丁寧に掬い取っていく。私は必然的に顔を上げられてカカシさんを視界に入れられる。私を優しく見守るそのあたたかな瞳に竦む。その瞳に似合わない私を受け入れようとしている。それに見合う自分ではないのに。
「自分にとても素直で、自分の汚い部分を誤摩化さずなんとか受け入れようとして努力しようとする。」手に取った私の涙を見つめて彼は優しく言う。その涙を見つめる彼は彼女と似ているような瞳で私を見た。視線が絡むその事実がこんなにも嬉しくて、隠す事ができない。それを素直だと彼は言ってくれる。
「泣いてしまうのは…弱いと思います」
自分の感情が許せなくて涙を流すのは自分でも卑怯だと思う。涙を流す事は弱い自分を見せびらかしているようで、本当は嫌いだ。自分の感情とは裏腹に涙を流す事は当たり前になってしまう程簡単に出てしまっているのはきっと昔から私は泣き虫なのだろう。
泣いてしまう自分は、弱くかっこわるいと思う。そう思う私にカカシさんはフッと口布から息が漏れる。小さく笑った。
「強くなろうとする証だよ」
カカシさんはどうやっても私を許してくれようとする。その暖かさに私は胸を痛める。そこまでしてもらえる人間だとは自分では思えないのに。
「かっこわるいです」
弱い自分が許せなくてかっこわるい。私の頑固たる部分をカカシさんは見てまた笑みを濃くする。
自分を許せないから許してくれなくていい。そう思ったのに。
「じゃあ俺にだけ弱音を吐いて泣けば良い」
彼は受け入れられない私を代わりに受け入れようとしてくれる。私が受け入れられない弱い醜い自分を許してくれようとする。そして、彼に許されれば自分を受け入れられるようになるのだろう。彼の思惑通りに思わず顔を歪ませる。こんなにも私を救ってくれようとする
「そこまで、するんですか?」
「うん、いちかの全部が愛おしくてね」
恥ずかしげもなく言ってのけた言葉に私は思わず顔を赤らめた。自分の汚いところまで彼に許されようとしている。私は言葉を無くして視線を逸らした。あまりにも、まっすぐな気持ちに居たたまれなくなる。
「昔の自分に翻弄される必要は無いんだ。昔のお前だって色々悩んだ筈だよ」
その言葉は教師らしくて思わず笑みを零した。私の笑顔に愛おしそうに私の頬を撫でてくれる。「笑ったね」そう優しい瞳に私は動けなくなる。
「お前は昔の自分をこれから探すんでしょ」
私の頭を優しく撫でてくれる。その暖かさにまたしても涙を流した。この暖かく優しい空気は私だけ味わえる尊いもの。「彼女が言った自分を探しにいけばいい」そう言って、昔の私を見つける道さえも作ってくれる「やさしい人」涙がひとつ溢れてまたそれを丁寧に拾ってくれる。
「協力するって、言ったでしょ」
その言葉に唇を震わせた。自分を受け入れずただ泣いている私を、受け入れて道さえも示してくれた。幽霊の私にここまでしてくれる彼が私にはいま心強くもあり、悲しくもある。
彼女と同じであった未練の筈だったのに、私は消えなかった。そもそも単純に楽しくなりたいだけならナルト君達と遊んだ時に消えてもおかしくない。そう、私の未練はお門違いだった。
私の未練はなんなのだろうか。
その想いは協力してくれると言ったこの人には言えなかった。未練という言葉はつまり私が消えるという事に繋がる。私を好きになっていいかと聞いた彼の心理は今でもまだわからない。それでもそう想ってくれた人に私が消える話をするのはなんとも無粋である気がした。
未練と過去。その言葉が私を不安にさせる。その不安はあたたかなこのぬくもりを手放す事で、今の私には決断できなかった。
このぬくもりを、手放したくなかったからだ
ゆっくりと目を伏せて自分の感情をしまいこむ。
「ご飯、つくりに帰りましょうか」
自分の想いに蓋をした。まだ考えるには早いかもしれない。そしてこのぬくもりを手放したくない気持ちの真意に蓋をした。まだ涙を流して受け入れる程彼らと事は進んでないし、その事実を受け入れるにはまだ私は弱く、受け入れてもらえるほどその気持ちの芽は若過ぎた。
「帰ろうか」
その手をそっと取って腰を上げた。そのぬくもりに私は思考するのをやめて身を委ねた。
帰る家がある事を卑下せず、謙遜せず感謝をしよう。それが私を慈しんでくれた彼女にできる事のような気がした。