怪獣が鎮守府に着任しました。これより蹂躙の時間が始まります。 作:サンダーボルト
大海原のど真ん中を一列になって進む艦隊。先頭に神通、その後ろに川内、文月、長月、望月と続き、一番後ろは那珂がつとめている。
彼女らは今、駆逐艦の練度上げのために鎮守府から離れすぎない程度の距離の海域を回っていた。既に改二となった軽巡三人がいるため、敵に重巡クラスが混じっていても余裕をもって戦えている。
はっきり言ってしまえば、練度の低い文月達の戦闘による貢献度は低い。弱い艦隊なら駆逐艦よりも射程の長い軽巡組の砲撃で全滅させてしまえるし、逆に強い艦隊だと文月達の攻撃はほぼ通らない。練度を上げるためならば軽巡に頼らずに直接戦わせて経験を積ませた方がいいのではないか、と考えられがちだが実際はそう簡単ではない。
艦娘の能力は大きく分けて二つに区分される。一つは火力、装甲、雷装、対空といった艤装の能力。もう一つは耐久、回避、運といった艦娘自身の能力だ。
火力等は艤装を改修することによって強化できる。練度を上げることでも少しずつ上がっていくが、近代化改修によって強化する方が効率が良いと言われている。近代化改修で強化できない艦娘自身の能力は、改造や練度を上げて成長させたり、装備によって補う事ができる。
練度を上げるには経験値が必要だ。経験値を得るためには兎にも角にも出撃する事が大事。自転車は乗らなければ上手くならないように、艦娘も艤装を纏って出撃するのが経験値を得る最低条件なのだ。例え空母が航空戦で敵艦隊を全滅させたとしても、空母以外の艦娘にもしっかりと経験値は入る。まだ弱い艦娘を安全に育てるには、経験豊富な艦娘と一緒に出撃させてより多くの戦闘を経験させるのが手っ取り早いのである。
「姉さん、どうですか?」
「ん~……敵影は確認できず。この辺りにはもう敵はいないんじゃないかな」
「そうですか…。それではそろそろ戻りましょうか。各艦、進路を南西へ」
「りょうか~い」
「了解」
「あい、了解」
索敵を終えた川内が近くに敵がいない事を報告すると、旗艦の神通が指示を出して鎮守府へ戻る針路をとる。それに間延びした甘い声で文月が、きりっとした凛々しい声で長月が、だらっとした気だるげな声で望月が返事をする。
「うえ~…那珂ちゃん疲れたよ~…。今日だけで何回出撃したっけ~?」
「私が12回、川内姉さんが8回、那珂ちゃんが7回ね」
「神通は頑張り屋だねぇ。戦闘に支障が出るくらいの疲労が溜まったら休んでいいって言われてるのに、そこまで根を詰めなくてもいいんじゃないの?」
「そーだよ神通さん。朝から殆ど休みなしで出撃してるじゃん。もっと体を労わった方が良いってあたしは思うけどなぁ~」
「無理はしていませんよ。むしろ体が火照ってしまっていて、じっとしていられないんです」
「ほえ~、神通さんすご~い」
「……川内さん、神通さんは本当に疲れていないのか?」
「本当だと思うよ。神通って普段は物静かだけど、一度スイッチが入ると泣く子も黙る戦闘狂になるからね。ま、私の夜戦に懸ける情熱には遠く及ばないけどね!」
「あたしだって夜戦なら、結構強いんだから!」
「お!なら帰りに一発、夜戦としゃれこみますか!」
「姉さん、旗艦の私を差し置いて勝手な事を言わないでください。第一、提督から夜戦の許可は出ていないじゃないですか」
「え~……つまんないの…」
「つまらないではありません。そもそもこの出撃の目的は駆逐艦の子達の練度を上げる事であって、敵艦隊の殲滅ではないのですよ?夜戦を仕掛けるにも弾薬を消費しますし、資源を貯めている今の状況では燃料弾薬の浪費も避けるべきです。なのに姉さんときたら……」
鎮守府きっての夜戦好き、川内が文月の言葉に乗っかって夜戦を提案するものの、旗艦の神通にきっぱり断られた。ガックリと項垂れる川内に追い討ちをかけるように、神通のお説教が始まる。
「ありゃ、これはしばらく続きそうだね。みんな、周囲警戒を怠らないようにね。敵影が見えたらすぐに知らせるんだよ」
「了解だ。……しかし」
「ん?どうかした?」
お説教モードに突入した神通の代わりに、那珂が駆逐艦達に指示を与える。いち早く返事をした長月だが、どうも煮え切らない態度をとっている。
「もし友軍に上のあれを見られたら、私達が敵だと思われるんじゃないか?」
「……あー」
そう言って長月が上を指差す。彼女らの上空を飛んでいたのは、上官であり怪獣のムートー提督であった。
「怪獣提督の事はもう知れ渡ってるし、平気なんじゃね?」
「むう、そうか…」
「司令官、お空を自由に飛べるんだよねぇ。羨ましい~」
「ついでに辺りを偵察してきてくれればいいんだけどなぁ~」
「那珂ちゃんさあ、相手は仮にも司令官だよ?それをパシリに使おうなんて図太いよね」
「那珂ちゃんずぶと~い」
「図太くないもん!那珂ちゃんアイドルだから図太くないもん!」
「よく分からない言い訳だな…」
駆逐艦にからかわれ、ぷんすか怒るアイドル艦の那珂ちゃん。艦隊の空気がいくらか和らいだところで神通が川内を解放し、単縦陣で海上を進んでいく。
「…………ちょっと待った」
突然、川内が艦隊を止めた。川内は鼻を軽くこすりながら遠くを見るように目を凝らす。後ろの駆逐艦達が訝しむように川内の顔を覗きこむ中、神通が神妙な顔つきで話しかける。
「姉さん、どうかしましたか?」
「……におう」
「……敵ですか?」
「多分。かなり大物だね。鎮守府に近いからって油断してたかな。索敵に穴が出来てたみたい」
「仕方ないよ。偵察機持ってたの川内ちゃんだけだし。それでどうする?」
「……迎え撃つのか?」
僅かだが怯えが混じった声で長月が聞くが、神通は首を横に振った。
「いいえ、今の戦力で戦うのは難しいと思います。ここは一刻も早く鎮守府に戻らなければ――」
「神通さん!!敵の艦載機だ!!」
望月が砲を構えながら叫ぶ。艦載機の飛んできた方向から、かなり遠くに空母ヲ級が見えた。その体からは黒と黄色が混じり合ったオーラが放たれている。
「フラグシップ!?なんでこんなところに…!」
敵の姿を確認した長月が悲鳴にも似た声をあげる。深海棲艦は同じ艦種でも強さに違いがあり、赤いオーラはエリート、黄色いオーラはフラグシップと呼ばれている。格上は性能が強化されているのは勿論のこと、空母なのに夜戦に参加してくるといった常識外れな能力も持っている者もいる。
「空母だけじゃない……ル級までいるよ。しかもエリートクラスの奴が…」
川内が額に冷や汗を浮かべながら、新たな脅威を確認していた。こちらに砲をを向けている戦艦ル級。随伴の駆逐艦や重巡も赤いオーラを纏っている。こちらに空母も戦艦もいない状態で、この編成は最悪だった。いかに改二の三人がいても、制空権を奪われた状態でエリートやフラグシップクラスの敵を相手取るのは至難の業だ。
「艦載機が来るぞ!神通さん、すぐに輪形陣に…!」
「間に合いません!総員、対空戦闘!」
ヲ級が発艦させた艦載機を迎え撃つべく、空へ砲を向ける神通達。その彼女達の頭上を大きな影が横切った。
「提督!?」
ムートーが雄たけびを上げながら敵艦隊へと向かってゆく。敵の艦載機と対峙したムートーは両腕を前へと突き出し、腕の先端部分が赤く発光し始める。そして気合いのこもった叫びと共に、腕から衝撃波が放たれた。衝撃波は大きく広がり、艦載機だけでなく両方の艦隊を飲みこんだ。
「っ……い、今のは…?」
衝撃に思わず顔を手で庇った神通が今の状況を確認しようと顔を上げると、驚きで目を見開いた。
敵の艦載機がまるで力を無くしたように次々と落ちているのだ。衝撃波によって叩き落とされた、という感じではない。他の艦娘もその光景を見て呆然としている。
驚いているのは深海棲艦も同様のようだ。ヲ級が新たに艦載機を飛ばそうと必死で杖のような物を振っているが、何も起こらない。
そうこうしているうちにムートーが上空から接近し、その巨大な腕をル級の頭上から叩きつけた。
『ギャアアアアアアアア!?』
ル級は両腕の艤装を盾のように構えて受け止めようとした。しかし振り下ろされた腕は艤装を易々と砕いて本体に直撃する。装甲をあっさりぶち抜いた腕はそのままル級を海中へと押し込み、文字通り”沈めた”。そのすぐ後ろにいたヲ級が狂ったように杖を振るうが、やはり何も起こらない。残された駆逐艦や重巡が至近距離の砲撃を繰り出すものの、ムートーにとってはただの悪あがきに過ぎなかった。
「……じ、神通さ~ん…あたし達はどうしよぉ~?」
「……」
強敵をあっさり沈めたムートーに尊敬と恐怖を抱きながら文月が神通に支持を乞う。ムートーの戦いに目を奪われていた神通は我に返り、自分たちはどう動くべきかを思案する。
ここで川内型の特徴を説明しておこう。川内型は能力こそ平均的ではあるものの、ある条件下では能力以上の活躍を見せる。
長女の川内は大の夜戦好きであり、夜になるとテンションが上がる。しょっちゅう夜戦を要求するだけあって、夜の彼女の戦いは他の追随を許さない程に強烈だ。元々感覚派である彼女は感の鋭どさを武器に戦う時もあるのだが、夜間においてはその感の鋭さが神がかる。目視できていない敵に砲弾を当てたり、明後日の方向に魚雷を撃って伏兵を潰すなど、夜戦での逸話の数は鎮守府一だ。
三女の那珂は艦隊のアイドルを自称しているためか、大勢に注目されることに喜びを感じている。それは敵からでも同じらしく、集中砲火を受けても笑顔で戦い続けられるのは彼女くらいのものだ。夜戦で探照灯に照らされた彼女の顔を見て、戦意を失った艦も少なくないらしい。いつも笑顔を絶やさない那珂は味方からすれば頼もしいが、敵からすれば不気味なのかもしれない。
次女の神通も例外ではない。彼女の場合は艤装を纏って海に出る事でリミッターが外れる。世界最強とまで言われた第二水雷戦隊を率いていた艦として、普段は気弱なれどいざ戦場に出ればその名に恥じない戦いぶりを見せる。
同時に発言や思考も普段に比べ、大胆なものへと変化する。それは怪獣がいても変わるものではなかった。
「―――総員、砲雷撃戦用意!!」
「…えっ」
「ちょ!?それでいいの神通!?今撃ったら提督も巻き添えだよ!?」
「大丈夫です。魚雷は飛んでいるから当たりませんし、砲撃が当たったとしても提督は死にません」
「いや、確かにそうだけどさ!ためらいとか無いの!?」
「責任は私がとります。さあ、早く」
「……ああ、もう!!どうなっても知らないからね!!みんな、撃つよ!」
「……マジか」
「ふぇぇ…」
何を言っても無駄だと察したのか、川内は砲撃の構えをとった。渋っていた那珂と望月達も、後でどうなるか分からない恐怖を胸に砲を構える。
「…てぇーーーーーー!!!!」
神通の合図で一斉に放たれた砲撃と雷撃は、ムートーごと敵艦隊に浴びせられた。
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「あ~~!!五十鈴ちゃんから借りた電探が駄目になってる!提督のあれのせいだよも~~!!」
艦隊を撃破して帰投した第一艦隊とムートー。小美人妖精からあの衝撃波は電磁パルスだと教えられてから、那珂は自分の装備を確認して電探が使い物にならなくなっている事に気づいた。この後に持ち主の五十鈴からこっぴどく叱られるのだが、不幸はそれだけでは終わらなかった。
「提督、本日の出撃の進路の近くを飛行中だった三式機龍提督が、突然機能不全に陥って墜落しました。幸い、すぐに復帰したようですが。……謝りにいった方がよろしいのではないですか?」
電報を読み上げた大淀に言われ、神通達を連れて頭を下げに言った。穏やかな性格のようですぐに許してもらえたが、もしそうでなければ怪獣大戦争になっていたかもしれないと考えると頭が痛い。
更に神通が自室へ戻る前に、
「あ、神通さん。砲撃が当たっても死にはしないけど、痛いものは痛いから一緒に撃つのは止めてくれと提督が…」
陸に上がって気弱な性格に戻った神通は、その言葉を聞いて一瞬で土下座した。偶然その場に居合わせて話を聞いた赤城が、神通に土下座させたまま五時間にわたる説教をしたのはしばらく鎮守府内で話題になるだろう。