ペロロンチーノの背中は寂しそうであった。モモンガとの再会の喜びを祝うには重苦しい雰囲気であった。
自らが時間と労力、時には課金をしてでまで創造した、愛する、という形容詞が当てはまる存在を殺す。その辛さは、その場にいる誰もがペロロンチーノの気持ちを理解出来た。
そして、自らの装備が置かれていた場所。そして自分の姿に似せて作られていた
モモンガの
ユグドラシルのモンスターであるリッチの外装データをコピーして、ちょこっと変えただけなようなモモンガの外見。そして、モモンガが創造したパンドラズ・アクター。他の仲間達、たとえばペロロンチーノが作成したシャルティア、ぶくぶく茶釜が作成したアウラとマーレ、たっち・みーが作成したセバス。それ以外でも、プレアデス、一般メイド達。彼彼女等は非常に精巧な作りとなっている。だが、パンドラズ・アクターは、のっぺらぼうのような顔。悪く言ってしまえば、
ぶくぶく茶釜にとっては、その一生懸命なくらいの不器用さと、嬉しそうに、そして満足そうにパンドラズ・アクターについて語り、何度もパンドラズ・アクターに敬礼をさせているモモンガの姿が、可愛くてどうしようも無かったが……。
そんな、モモンガのことを知っている仲間達であるからこそ、分かった。瞬時に理解できた。この
「
モモンガがそう言っていたのを聞いたことがあった。そして、その時の自分には理解できていなかった。モモンガが、仲間達がユグドラシルを引退していくこと。ログインをしなくなること。それを堪らなく悲しんでいたということを。
どれだけ時間をかけて……、そしてどんな思いで、この
そして、自分の記憶とまったく
玉座の間に飾られた、それぞれを示すサインが刻まれた旗。引退を宣言した自分の旗が、色褪せることなく輝き続けていた。
ユグドラシルのサービス終了時まで、アインズ・ウール・ゴウンを守り続けていてくれたモモンガ。
ふっと誰かが不意にログインをしてきた時、荒廃したナザリックを見てガッカリしないように。無人のナザリックで寂しい思いをしないように。そのために、ずっとモモンガは一人で寂しい思いに耐えていた。
そんなモモンガを、危機一髪とも言えるタイミングで助けることはできた。しかし、モモンガにかける言葉が見つからない。「お久しぶりです」などと、気安く声をかけることが躊躇われる。
そんな中、口を開いたのはモモンガだった。
「たっちさん、ペロロンチーノさん、武人建御雷さん、弐式炎雷さん、ぶくぶく茶釜さん、やまいこさん……。これって、夢じゃないですよね? またお会いできて、本当に嬉しいです」とモモンガが言った。
「ええ。夢なんかじゃありませんよ。お待たせしました……。本当に長く……」とたっち・みーが言う。
「いいえ。良いんですよ」とモモンガもそれに答える。
『予定の時間が迫っているよー!』と、ぶくぶく茶釜がかつてモモンガにプレゼントするために試作した腕時計が叫ぶ。
ユグドラシルにログインしてから、あと数分で二時間が経過しようとしている。
「詳しい話は、REALに戻ってからにしましょう。他の仲間も、みんな待っています」とたっち・みーが言う。
「あっ、モモンガさん。REALに戻る前に、一つだけ良いですか?」とぶくぶく茶釜は意を決して言う。
「ん? なんです?」
「あの時計……持ってますか?」
「もちろんですよ」とモモンガは、無限の背負い袋《インフィニティ・ハヴァザック》からぶくぶく茶釜が贈った腕時計を取り出す。
タイマー設定のボタンを二回押した後、時刻設定のボタンを一回。分設定のボタンを二回押して、最後にまたタイマー設定のボタンを八回押してもらっていいですか?
「あっ、隠しコマンドですか? まだ見つけてないのがあったんだ」とモモンガは言いながら操作をした。
『私、モモンガお兄ちゃんのことが大好きー。お付き合いしたいなぁー』
かつてのこの音声を吹き込んだときの自分の気持ち。そして、今の自分の心の中にも変わらず有り続ける思いと願い。
「あの……。ネタとかではないですよ……。本気です。お返事は、現実に戻ってから戴けると、ありがたいです」
「ねえちゃん。恥ずかしいのは分かるけど、そのアバターでくねくねすると、なんか卑猥だ」
「黙れ、弟」
「分かりました。必ず、お返事させていただきます」とモモンガは答える。
「では。もうすぐ時間です。みんなで手を繫いで、一つの輪になりましょうか」とたっち・みーが言う。
七人は手と手を繫ぎあい、一つの輪を作り始める。気恥ずかしいぶくぶく茶釜に、ペロロンチーノが「姉ちゃんは、モモンガさんの隣でしょ」と、ぶくぶく茶釜の背中を押す。ぶくぶく茶釜は、気恥ずかしそうにモモンガの手を握る。
「では、帰りましょう。REALへ」とたっち・みーが言った。
1:59:48、49、50……
ぶくぶく茶釜が読み上げるカウントに耳を傾けながらモモンガは目を閉じた。
ユグドラシル。モモンガの青春。人生に黄金時代というものがあれば、YGGDRASILで遊んでいたその時期こそが自分の黄金時代であっただろう。後の人生は、残り香に過ぎないのではないか。アインズ・ウール・ゴウンという思い出を抱えて、自分は社畜として身をすり減らして、そして死んで行くのだろうか。思い出の中で生きて、身を削って働き、そして死んでいく。敷かれた線路に乗って生きていく。
YGGDRASILの最終日にはそう思っていた。だが、そうでは無かったとモモンガは思う。
「楽しかった。本当に楽しかったんだ。ありがとう。YGGDRASIL。そしてアインズ・ウール・ゴウンのみんな……」
02:00:00
モモンガのその言葉は、草原で踊る風に乗って何処までも運ばれていく。
<おしまい>
ご愛読ありがとうございました!!