ご注文は下宿人ですか?
1話
トウカside
僕の名前は上白 冬華。
この春から高校1年生となり、それに伴い親元を離れ、この『木組みの家と石畳の街』にホームステイという形で住むことになりました。
この街は、西洋風の建物が目立ち、日本であるがどこか外国の様な雰囲気を持つ街で、街中に野生の兎が生息している事で有名な所です。
本当は1人暮らしが良かったのだけど、心配症の両親がそれを許してくれず、ホームステイという形で住む事になりました。
ホームステイ先は、父さんの知り合いの天々座さんという方の家にお世話になります。
今、天々座さんの家に向かっている途中なのですが、この街は建物がまるで迷路のように建っている為、すぐに迷子になってしまいました。
誰かに天々座さんの家を聞こうにも、今の所、誰にも会う事が出来ず、正真正銘ピンチです。
まだ、空が暗くなるまで時間があるけど、ずっと歩きっぱなしなので、正直どこかで休憩したいです。
(・・・ん?)
「ラビット、ハウス?」
休憩出来る所がないかと、周りを見渡と、少し離れた先に[RABBIT-HOUSE]と書かれたお店が見えました。
どうやら喫茶店のようです。
これはラッキーです。喫茶店なら休憩も出来ますし、天々座さんの家の場所も聞く事が出来ます。
(これはここで休んで行けって事ですね、分かりました。よし、さっそく行ってみよ~♪)
僕は意気揚々とその喫茶店に入って行くのであった。
リゼside
私の名は天々座 理世。
このラビットハウスでバイトとして働いている。
ラビットハウスは隣にいるチノのお爺さんが始めた喫茶店だ。
……彼は去年に亡くなっており、今はチノの父のタカヒロさんが2代目マスターとしてこの店を切り盛りしている。
切り盛りしているとは言っても、タカヒロさんが店に出るのは、夜、ラビットハウスが喫茶店からバーに顔を替えてからだ。
なので、私達が働くのは昼間の間だけで、その間は、私とチノともう1人、昨日この街にやって来たココアの3人で働いている。
ココアは春から高校生でこの街の高校に通う為に、チノの家にホームステイとして、昨日から暮らしている。
ココアの通う高校はホームステイ先の家の手伝いをしろと言う決まりがあるので、彼女は昨日からこのラビットハウスで働き始め、先輩である私は、ココアに色々と指導する立場となったのだ。
ココアのバイト初日という事で少し不安もあったが、特に問題もなく終わり帰宅した。
……バイトが終わり、私が帰る時に仲良さそうに夕食の話をしている2人を見て、羨ましさと同時に少し寂しさを感じたこと以外は。
(そういえば今日私の所にも、ホームステイしに誰か来るんだったな。)
私は今朝、親父に言われた事を思い出す。
なんでも、親父の軍人時代の同期が「海外に出張に行く間、息子を預かって欲しい。」と、頼って来たらしいのだ。
そして、そいつはこの春から高校生で、共学化試験のため、特待生として私の通っている学校に来るらしい。
(どんな奴なんだろう……。仲良く出来ると良いな……)
――――
「♪カランコロン」
来客を知らせるベルが鳴った。
今は午後2時を過ぎており、ランチを食べに来ていたお客さんが全て帰り、店内がひと段落していた。
「いらっしゃいませ」
私が接客する。
来店して来たのは、1人の女性客だった。
女性と言っても、顔立ちは私やココアとあまり変わらないので、多分高校生なのだろう。
彼女は、女性にしては少し短い黒髪で、白いシャッツの上に赤いカーディガンを羽織っており、ズボンは空色のジーパンに赤色のスニーカーでそれらは何故かメンズだったが、違和感はなくとても似合っていた。
更に彼女は旅行者なのか、この辺りで見かけない顔で、大きなキャリーケースを引きずっている。
「お一人ですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
今は他に客がいないので、女性客をカウンターの席に案内する。
カウンターには、チノが珈琲豆を挽いており、チノの頭にはいつも通りティッピーが乗っていた。
女性客はティッピーが気になったのか、席に座った後、ティッピーを不思議な物を見るような顔をして、じーと見つめていた。
「……? ……あ、これですか? これはティッピーです。一応ウサギです」
チノは女性客の視線に気づいたのか、チノは手を止め、ティッピーの説明をすると、女性客は「あ、なんですね。」と納得した後、「珍しいクッションかと思いました」と言った時には、ティッピーが若干落ち込んだ。
「じゃあ、オリジナルブレンドをお願いします」
その後、女性客はメニュー表を開き、少し迷った後、オリジナルブレンドを注文した。
「かしこまりました」
注文を聞いたチノが後ろの棚から珈琲を淹れる器具を取り出し、珈琲を淹れ始める。
「……どうぞ」
数分後、チノが淹れた珈琲が客の前に置かれる。
珈琲からは芳醇な香りがしており、カウンターから少し離れた所の机を拭いていた私の元にもその香りが届いた。
「いただきます」
客は白いカップを持ち上げ、一口飲む。
彼女の一つ一つの仕草はとても上品でまるでどこかのお嬢様の様だった。
「……あの、うちのオリジナルブレンドどうでしたか?」
チノが客に淹れた珈琲の味を聞いた。
今日はその光景を何度か見る。
何でも昨日、とある客にオリジナルブレンドを出した所、インスタントコーヒーと間違えられたらしいのだ。
まぁその客というのはココアなのだか……。
他の珈琲なら気にしないだろうが、オリジナルブレンドはこの店の顔とも言えるものだ。
珈琲の味が、客の口に合うか気になるのだろう。
チノの表情は少し心配そうだった。
「美味しいです。珈琲、淹れるの上手なんですね」
だがそんなチノの心配は杞憂に終わり、女性客はチノに笑顔で珈琲の味を褒める。
それが嬉しかったのか、ホッとしたのか、チノは少し頬を赤らめ口元をほころばせた。
トウカside
「……?」
ラビットハウスで珈琲を飲み終わった僕は、水色の髪の店員さんの御好意で、ティッピーと言う名のウサギを触らせて貰っていると、何かの視線に気が付き横を向く。
そこには、花の髪飾りを付けた、多分この店の従業員だと思う明るい栗色の髪の少女が、僕を羨ましそうに見つめていた。
(……? この店員さん、どうしたんだろう?)
「……! ココアさん、ティッピーをもふもふ出来ないからって、お客さんをそんな目で見つめないで下さい!」
栗色の髪の店員さんの行動に疑問を持ち、彼女を見ていると、水色の髪の店員さんが、僕の視線に気が付き、栗色の髪の店員さんを注意をする。
「えー、私もティッピーもふもふしたいもん!」
注意された栗色の髪の店員さんは駄々をこねる。
栗色の髪の店員さんの方が歳上なのに、歳下の水色の髪の店員さんから注意を受けるその光景を見ると、どっちが歳上か分からなくなった。
「ウサギを撫でさせていただきありがとうございました」
暫くティッピーの毛並を堪能し、水色の髪の店員さん(の頭の上)に返す。
「いえ、こちらこそ。ティッピーも気持ち良さそうでしたし。……あの、失礼ですが旅行者の方ですか?」
水色の髪の女の子が僕に質問してきました。
「いいえ、引っ越して来たんです。僕、この春からこの街の高校に通う事になって、今ホームステイ先の家に行く途中なんですけど、迷子になっちゃって……。
それでたまたま見つけたこの店に休憩がてら、道を聞こうと思い、立ち寄ったんです。」
僕は事情を説明する。
「そうだったんですか……。場所が分かる物をお持ちであれば、道を教えますけど」
「ホントですか! ちょっと待ってください。バックの中に地図があるので」
そう言って僕はキャリーバックの中から、ホームステイ先の天々座さんの家の場所が書かれた地図を取り出し、3人に見せる。
「……え!?」
地図を見た、紫色のツインテールの店員さんが驚いた声を出しました。
「? ……どうしたんですか?」
「……ここ、うちの家だ」
「……へ!?」
紫色の髪の店員さんの呟きに僕は思わず聞き返した。
「ここ、私の家なんだ。……じゃ、じゃあ、お前が今日家に来る上白 冬華なのか?」
「え、はい。じゃあ、貴女が天々座 理世さん、なの?」
「あぁ、そうだ。」
え! これは凄い偶然ですね。
迷子なってたまたま入った喫茶店に、ホームステイ先の娘さんが働いていたなんて。
偶然を通り越して運命を感じます。
「リゼちゃん、このお客さんと知り合いなの?」
栗色の髪の店員さんがきょとんとした顔をして聞いてきました。
後ろにいる水色の髪の店員さんも状況に着いて行けてない感じです。
「あ、あぁ。そういえば2人にはまだ言ってなかったな。こいつは、親父の友人の……息子で、今日私の所にホームステイとして住む事になった奴だ」
「初めまして、上白 冬華です」
“息子”の部分に若干の溜めがあったし、それを聞いた残りの店員さん達もきょとんとした顔をしたけど、気にしないふりをして僕は自己紹介をします。
多分ツッコんじゃダメなやつだと思うので。
「保登 心愛だよ♪ よろしくね」
「香風 智乃です」
僕が自己紹介をすると栗色の髪の店員さん、ココアさんと水色の髪の店員さん、チノちゃんも自己紹介をしてくれた。
その後4人でおしゃべりをして分かった事をまとめると、リゼさんは僕の1つ上の学年で、ココアちゃんは同じ学年、チノちゃんは2つ下だと言う事。
この喫茶店はチノちゃんのお爺さんが始めたお店で、チノちゃんは3代目らしく、リゼさんは少し前からここでバイトをしていて、ココアちゃんは昨日この街にやって来てこの家に下宿している。
という事が分かり、僕とリゼさ……リゼは、互いを呼び捨てで呼ぶ事になった。
「それで、家にはいつ行く? 私と一緒に行くか、先に行くか。」
話が一区切りした所でリゼがそう聞いてきた。
「うーん、僕的には、一緒に行きたいですね。先に行ってもまた迷いそうですし。でもリゼさ……リゼのバイトって……」
「あぁ、まだ暫くかかるな」
「ですよね……。なら先に行きますよ。リゼのお父さんを待たせるわけにはいきませんし、ここで待たせて貰うのも、お店に失礼ですし。」
「それには及ばないよ」
僕が席を立とうとした時、カウンター横のドアから赤いスーツが似合いそうな声の、ダンディーな人が現れました。
(誰!?) と思っていると、チノちゃんが「父です。この店のマスターです」と、紹介してくれた。
「トウカ君と言ったね。君もリゼ君と一緒にここで働けばいいさ」
「……へ?」
チノちゃんのお父さんの突然の提案に素っ頓狂な声が出てしまう。リゼ達も目が点状態です。
「もちろん無理にとは言わない。君が良いならやってみないかな?」
「それは、出来るならやってみたいですけど、僕がどの位働けるか見なくて良いんですか?」
という疑問が僕の頭の中を駆け回ったので、思わず聞いてみた。
「大丈夫だ。君のお父さんとは昔からの仲でね。よく君が働らき者だという話を聞いているんだ。
制服もサイズ的に君に合うのがあるし、やってくれないか?」
「え、そうなんですか! ……分かりました。やらせていただきます」
と、言う事で急遽僕はラビットハウスで働く事になりました。
……でもその前に、
「すみません、電話貸して下さい!」
僕はリゼのお父さんに電話する事にした。
2話
「はい、ありがとうございました。」
僕はそう言って電話をきった。
今、電話していた相手はリゼのお父さんである。
ラビットハウスでバイトをする事になったので、リゼに番号を聞いて、遅れる事とリゼと一緒に行く事を伝えると、リゼのお父さんは快く承諾してくれました。
電話して知ったのだが、リゼのお父さんとチノちゃんのお父さん(タカヒロさん)と父さんは古くからの知り合いらしいです。
電話の後、タカヒロさんが用意してくれたバーテンダーが着るような蝶ネクタイ付きの服をラビットハウスの2階の男性用の更衣室で着替え1階に降りる。
「お、降りてきた。うん、トウカよく似合ってるな」
「だね。トウカ君格好良いよ」
「サイズもぴったりですね、良かったです。トウカさんよく似合ってますよ」
1階に降りると、音に気が付いたのか仕事中の3人が僕の方を振り向き、褒めてくれた。
嬉しい反面恥ずかしいな。
「みんなありがとう。それでチノちゃん、まず何をすれば良いの?」
「そうですね……。リゼさん、昨日ココアさんに教えた様に先輩としてトウカさんにも色々教えてあげて下さい。ココアさんも出来たらフォローをお願いします」
「つまり今日も教官という事だな!」
「私も今日は教官だよ!」
気のせいかリゼとココアちゃん後ろに炎が見えた。
「……2人とも嬉しそうだね」
「「この顔のどこがそう見える!」」
2人の声が見事にハモった。
「いや、2人ともどっからどう見ても嬉しそうだよ?」
「トウカ、上司に口を聞く時は言葉の最後に“サー”を付けろ!」
「私の場合は名前の後に“お姉ちゃん”を付けなさい!」
「落ち着いて下さい、リゼ教官殿!! ココア姉さん!!」
「きょ、教官殿……。」「ね、ねえさん……。」
まさか本当に呼ばれるとは思っていなかったのか、教官と姉と呼ばれた言われた2人は暫くヘブン状態になっていた。
そして話が進まないと感じたのか、チノちゃんがメニュー表を持ってきた。
「これが、うちのメニュー表です。ちゃんと覚えて下さいね」
「了解♪ 家でもコーヒー淹れてたし、暗記系得意だから任せて!」
こう見えても勉強の成績は結構良いんです。
……地理以外は。
「そうですか、なら一目見れば大丈夫ですね」
「え!? 流石に一目じゃ無理だよ!」
瞬間記憶能力か何かですか!? そんな能力持っている人なんて……、
「そうなんですか? リゼさんは一目で暗記してましたけど」
いたよ! リゼさん凄いな! 軍の人って何か暗記の訓練でもしてるのかな?
あ、言い忘れてたけど、リゼの親は軍の関係者です。
「凄いね……。ちなみにチノちゃんはメニュー、どうやって覚えたの?」
「私ですか? 私の場合は幼い頃からここで働いているので自然と覚えました。珈琲の銘柄も匂いで判断出来ますし」
チノちゃんは当然のように凄い事を言った。
「え、何それ凄い! ……でもチノちゃん中学生だよね。珈琲苦くないの?」
高校生となった幼馴染の由紀は未だにブラックで飲めない事を思い出して、チノちゃんはどうだろうと聞いた瞬間、チノちゃんはそっぽを向いてしまった。
「……えっと、もしかして砂糖と、ミルクは必須……とか?」
チノちゃんの身体がビクンと反応する。
「……そ、ソンナコトナイデスヨ」
(わー、めっちゃ片言だー。しかも顔が少し赤くなっているし)
「チノちゃんはまだ中学生だから仕方ないよー」
「そうだぞチノ。私もチノ位の年にはブラック飲めなかったし」
ヘブン状態から復活したココアちゃんとリゼが共にチノちゃんをフォローする。
ココアちゃんは抱き着きのオマケ付きで、抱き着かれたチノちゃんは口では「子ども扱いしないで下さい」と嫌がっているが、口元は若干微笑んでいた。
「ココアちゃんは何か特技無いの?」
「私は特に無いんだよね……」
僕はココアちゃんにも特技を聞くが、ココアちゃんは何もないと残念そうに答えた。
「ココア、89×87は?」
「え、7,743だよ」
「!?」
突然リゼさんが計算問題を出し、それをココアちゃんは瞬時に答える。
「じゃあ、128×112は?」
「14,336だね」
「!!?」
再びリゼさんが計算問題を出し、ココアちゃんは瞬時に答える
その後も3,4問リゼは計算問題を出すが、ココアちゃんはそれを全問が物凄い速さで答えていた。
「チノちゃん、これって」
「はい、これがココアさんの特技です。しかも本人はそれに気が付いていません」
「マジですか……」
ココアちゃんの意外な特技を知った瞬間だった。
「珈琲豆が切れてきそうなので、すいませんがココアさん、トウカさん、お2人で倉庫から取って来て下さい」
「はーい」「うん、分かった」
少しして2,3組のお客さんを相手にした後、チノちゃんが珈琲豆が切れそうなのに気が付き、僕とココアちゃんで倉庫に行く事になった。
因みにリゼとチノちゃんの厳正な審査の結果、僕の接客態度は合格でした♪
倉庫には珈琲豆の入った袋が大小あり、大きい袋と小さい袋を2つずつ持っていけば良いらしい。
(普通に考えて僕が大きい方を持つべきだね)
そう思い、僕は近くにある大きい袋を2つ持ち上げる。袋は多少の重さを感じるが、もう1つ位なら持って運べる程度の重さだった。
「じゃあ、ココアちゃん、行こう……か?」
ココアちゃんの方を向くと、ココアちゃんは重そうに手をプルプルさせながら、小さな袋2つを持ち上げようとしていた。
「ココアちゃん、大丈夫!? 手伝おうか?」
「だ、ダイ、ジョーブ……。昨日は一個持てたんだから……。」
そう言って、ココアちゃんは袋をなんとか持ち上げた。
「そう、無理しないでね」
「わ、分かった、ありがとう」
僕らは珈琲豆を運んで行った。
「ただいま~。あれ? ココアちゃん、リゼは何してるの?」
ホールに戻り、袋をチノちゃんが指定した所に置いた後、ふとホール内を見渡すとリゼがお客さんのテーブルで珈琲カップに何かをしているのが見えたのでココアちゃんに聞いてみた。
「あれは、テラアートをしてるんだよ」
ココアちゃんが得意げに説明してくれたが、多分それは……、
「ココアさん、テラアートではなくラテアートです」
と、チノちゃんがツッコミを入れる。ツッコまれたココアちゃんは顔を赤くして「まだ間違えたー」と叫んでいた。
……前にも間違えた事あるのかな?
「ラテアートってあのミルクで珈琲に絵を描くあれの事?」
「はい、それの事です。ラビットハウスでは、サービスの1つとしてやってます」
「そうなんだ。やってみて良い?」
「良いですけど、まずリゼさんのをお手本に見た方が良いと思いますよ?」
「そっか、それもそうだね。……って、あれ? チノちゃんが教えてくれるんじゃないの?」
気になったのでチノちゃんに聞いてみると、チノちゃんは再びそっぽを向く。
「べ、別に下手なわけではないですよ!」
「? ねえ、リゼ。チノちゃんのラテアートってどんなの?」
チノちゃんが描いたラテアートがどんな感じなのか気になったので、丁度戻ってきたリゼにこっそり聞いてみる。
「ち、チノのか……。下手ではないんだが、何というか前衛的過ぎて……。昨日なんかピ○ソみたいな絵描いてたし。」
リゼのその言葉で色々察してしまった。
「で、手本はこんなもんだ」「「おー」」
その後、ラテアートのお手本として、リゼが珈琲カップにミルクでウサギの絵を描く。
リゼが描いたウサギはとても上手で、おもわず僕とココアちゃんの口から感嘆の声が出た。
「リゼ、上手だね」
「昨日も色々描いて貰ったけど、どれも上手だったよ」
「そ、そんな事ないぞ」
リゼは恥ずかしいのか顔を赤くする。
「そんな事ないよ。ウサギの絵、上手で可愛いし。他にも描いてよ」
「リゼちゃん、昨日描いてくれたあの絵、また描いてよ」
「あれか。よし、トウカよく見ていろよ! うおおおおおお!」
そう言って、リゼは物凄い勢いで次のカップに絵を描き始める。
「出来た!」
「こ、これは……!?」
数分後、リゼが描いたのはリアルな戦車の絵だった。
戦車には迷彩柄が入っており、砲台の先には砲撃を撃った後なのか、煙も出ている。
それはとても人間業とは思えなかった。
……でもなんで戦車?
やっぱり親が軍の関係者だから?
「凄いとしか言いようのないね……」
「だからそんなことは無いって。さあ、トウカも描いてみろ」
「トウカくん頑張って」
「うん、頑張ってみる」
――――
「出来た!」
数分後、なんとかラテアートを描き終え3人に見せる。
「かわいい、犬だ〜」
「初めてにしては上手く描けてるな」
「上手ですね。これは柴犬ですか?」
「うん、そうだよ~」
僕が書いたのは柴犬の絵。
離れて暮らしているおばあちゃんが飼っている太郎丸という名の犬を思い出して描いてみました。
初めて描いたせいで、線がブレブレなのはご愛嬌という事で勘弁してもらえた。
初めてで上手く描けるか不安だったけど3人とも喜んでくれた。
――――
「今日はその辺で閉めましょうか」
空が暗くなり始めた頃、チノちゃんが閉店を告げる。
しかしまだ喫茶店を閉めるには早い時間だった。
「え、もう閉めちゃうの? 早くない?」
「ラビットハウスは夜には父がバーをするので、この時間で一度お店を閉めるんです」
「なるほどね。じゃあ、残りの仕事は掃除位?」
「はい。後少しなので頑張って下さい」
「りょーかいです」
その後掃除を終え、更衣室で分かれた僕はみんなより先に着替え終わったので、1人ホールでリゼを待っていると、カウンターの横のドアからティッピーを連れたタカヒロさんが現れた。
「トウカ君、お疲れ様。途中で何度か働きぶりを見させて貰ったけど、ちゃんと働いてくれてたね。働いてみてどうだったかな?」
タカヒロさんはティッピーをカウンターに置くと、バーの準備を始める。
「はい、始めはちゃんと出来るか不安でしたけど、みんなが色々とフォローしてくれたからなんとかなりました」
「それは良かった。これからも宜しく頼むよ」
「はい」
「トウカ、そろそろ行くぞ」
タカヒロさんが現れたドアから、私服に着替えたリゼが顔を出す。
「了解。ではタカヒロさん、明日からまたよろしくお願いします」
「あぁ、また明日」
僕はタカヒロさんにペコリとお辞儀をし、リゼと共にホールを出た。
「チノ、ココアまた明日な」
リゼに連れられて僕らは台所に顔を出す。
そこでは、チノちゃんとココアちゃんが仲良く(?)夕食を作っていた。
「リゼちゃん、トウカ君、また明日ね~」
「リゼさん、トウカさん、お疲れ様でした」
「2人ともまた明日~」
2人に挨拶して僕らはラビットハウスを出た。
「~♪」
僕らは今リゼの家に向けて歩いている。
リゼは気分が良いのか鼻歌を歌っていた。
「リゼ、どうしたの? なんかご機嫌だけど」
「ん? あぁ、なんかこういうの、良いなって思ってな」
「?」
「こうやって姉弟みたいに誰かと一緒に帰るのがさ。
・・・昨日、バイトが終わったココアとチノが姉妹のように一緒に夕食を作っているのを見て羨ましく思った。
私は1人っ子で、昔から兄弟と言う物に憧れを持っていたから、余計にそう思ったんだと思う。そのせいか、昨日は1人で家に帰るのが少し寂しかったんだ」
「……。」
少し前を歩くリゼの顔は、後ろにいる僕には見る事が出来ないが、その声色からして彼女が悲しんでいるのは分かった。
「だから、今朝親父が、『下宿人が来る』と言った時は驚いたし、嬉しかった。でもどんな奴が来るのかは知らないから仲良く出来るか不安だったんだ。でも、」
その場で立ち止まったリゼはクルリと振り向き、僕の顔を真っ直ぐ見る。
「トウカとは仲良く出来そうだ。これからよろしくな」
リゼはそう言って右手を差し出す。
「うん、こちらこそよろしく、リゼ」
僕も右手を出しリゼと握手した。
趣味は違うかもしれないけど僕もリゼとは気が合いそうだと思った。
「着いたぞ。ここが私の家だ」
再び歩き始めて数分後、リゼが指差した先には城のような豪邸が立っていた。
「……すごい」
「いつまで突っ立てるんだ。行くぞ」
「うわっ!?」
リゼの家の大きさに驚き、ボーと立ていると、突然リゼに手を引かれ、門の方に連れて行かれる。
僕の何倍もある門から敷地内に入り、広い庭を通り漸く玄関に辿り着く。その間ずっとリゼは僕の手を引いていた。
「ただいま~」
『お嬢様、おかえりなさいませ!! いらっしゃいませ、上白様!!』
リゼが玄関の扉を開けるとそこには何人もの黒服の男性と、メイドさんが列を成して並んでおり、僕らを出迎えた。
「お嬢、おかえりなさいませ。お荷物をお預かりします」
「あぁ、頼んだ」
「上白様もこちらに」
「あ、はい」
2人、黒服の男性が僕らに近付き、僕らの荷物を受け取る。
「旦那様はこの先です」
「わかった。」
黒服の男性に案内された扉の先は食堂で、長いテーブルの先には1人の男性が座っていた。
どうやら彼がリゼのお父さんなのだろう。
リゼも「ただいま、親父」と声をかけているし。
声をかけられた男性は顔を上げる。
その片方の目は眼帯をしていた。
「リゼ、お帰り。そして、いらっしゃい冬華君。さっき電話でも名乗ったが私がリゼの父の天々座 理座だ」
「初めまして、上白 冬華です。今日からよろしくお願いします」
僕はペコリとお辞儀をした。
「色々話したいが、まずは食事にしよう。」
そう言って天々座さんが手を叩くと、扉からカートを押したメイドさんが何人も現れテーブルに次々と料理を置いて行く。
僕も料理をするから分かるが、どの料理もとても美味しそうだった。
「す、すごい……!」
「さあ、トウカ座ってくれ」
並べられた料理に唖然としながらも、リゼに勧められ席に着いた。
そして、天々座さんの合掌で僕らは食事を始めた。
「御馳走様でした」
「どうだった? 冬華君、口に合ったか?」
「はい、どれも美味しかったです。ありがとうございました。」
30分後、僕らは食事を終え、今は食後の紅茶を飲んでいる。
天々座さんは気さくな人で、食事中もいろんな話をしてくれた。
僕の父さんとの話やリゼの話など。
自分の話になった時のリゼは恥ずかしそうだったけど……。
「さてトウカ、部屋を案内するから着いて来てくれ。」
そう言ってリゼは席を立つ。
「はい。あ、ごちそうさまでした。」
僕もリゼに付いて行くと、部屋を出る時にメイドさんとすれ違ったので挨拶をしてから部屋を出た。
「ここが今日からお前が使う部屋だ。」
「わぁ!」
リゼに案内された部屋はとても広く、テレビやシャワールーム等も付いており、そこら辺のホテルよりも豪華だった。
「何かあったら私に言えよ。私の部屋は隣だからな。」
「ありがとう、リゼ。」
リゼは隣の部屋に入って行ったので、僕も自分の部屋となる部屋に入った。
部屋には既に荷物が届けられていたので、早速開封していく。
「ふぅ、さっぱりした~」
2時間後、荷物の整理も終わり、お風呂から上がった僕はベッドに寝転ぶ。
寝転んだベッドはとても心地よく、徐々にだが眠気が襲ってくる。このまま寝てしまおうと思っていると、扉がノックする音が聞こえた。誰だろう?
「はーい」
扉を開けるとそこにはリゼが立っていた。
就寝前なのかリゼは寝間着姿で、ツインテールの髪も下していた。
……そして何故か眼帯をしたうさぎのぬいぐるみを抱えている。
恰好のせいか、なぜかもじもじしているせいか、いつもの凛とした雰囲気は少し影を潜めていた。
「? リゼどうしたの?」
「と、トウカ、少し話相手になって欲しくて。……邪魔だったか?」
そう言ったリゼの声は少し震えていた。
「大丈夫だよ。でもどうしたの? 声震えてるけど。」
「し、仕方ないだろ! 夜に誰かと話すなんてなかったんだし。……トウカは緊張してないのか?」
「ん……、特にはないかな? 上に1人、姉がいるし、妹みたいな幼馴染もいたし。」
姉さんと由紀の事を少し思い出す。
「姉がいたのか! 羨ましいぞ!」
「そうでもないよ? うちの姉なんて話し相手になって欲しいからって、深夜にも叩き起こしてくるような人だったから」
あれっ、思い出したらなんか嫌な汗が出てきたよ。
「そ、それは凄いな……」
「うん……。だから、リゼは全然気にしなくて良いんだよ」
「そっか、なら良かった」
リゼはぬいぐるみをギュッと抱いた。
その後、僕らはベッドの上で色んな話をして気付いたらいつの間にか眠ってしまっていた。
それはまるで実家の僕の部屋で姉さんや由紀と一緒に寝ているみたいだった。
そして次の朝に目が覚めたリゼが一緒のベッドで寝ていた事に気が付いて、顔を赤くしたのはまた別の話だ。
3話
リゼの家で暮らし始めて、数日が経った。
その間にリゼに街の案内をしてもらったり、ラビットハウスで働いたり、天々座さんに銃の扱い方を教わったりして毎日楽しく過ごしてます。
そして今日もラビットハウスでバイトです。
仕事にも慣れてきたし頑張っていきましょう♪
「トウカ君、聞いて聞いて!」
「ん? ココアちゃんどうしたの?」
更衣室でバーテンダーの服に着替えてホールに出ると、ココアちゃんが駆け寄って来ました。
なんだか嬉しそうだけどどうしたのかな?
「私、シスターコンプレックスなんだって!」
「フェッ!?」
突然、ココアちゃんがとんでもない発言をしてきたせいで、変な声が出た。
「えっとココアちゃん、シスターコンプレックスの意味分かってる!?」
「もっちろん♪ 妹が大好きって意味だよね」
僕の質問にココアちゃんは自信満々の笑顔で答えた。・・・でもそれ、
(意味違う!)
心の中でツッコミを入れてる間に、ココアちゃんは僕の後ろから来たリゼにも同じ事を言い、リゼも固まらせていた。
((やばい、意味を分かってない。早く止めなきゃ・・・))
今日もラビットハウスでバイトです。
ココアちゃんの突発的な言動にはまだ慣れてないけど頑張っていきましょう・・・。
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今日からいよいよ新学期です。
支度をしていると扉がノックされ、リゼが呼びかけてきました。
「トウカ、もう用意は出来ているか? そろそろ行くぞ。」
「はーい」
鞄を肩にかけ、部屋を出る。
廊下にはブレザー姿のリゼがおり、
「「行って来ま〜す」」
「行ってらっしゃい、気をつけてな〜」
僕らは天々座さんに挨拶をして一緒に家を出ました。
僕が通う学校はリゼと一緒です。
リゼの学校は女子高なのですが、今年から共学化に向けて準備をしているそうで、その1つとして、
“男子生徒を特待生として入学させて色々と改善点を挙げされる。”
と、いう試みが出来、それを利用して僕はこの学校に通う事になったそうです。
……ちなみに僕が通う学校が女子校だと、天々座さんとリゼから聞かされたのは昨日の夜だった。
なんでも父さんが黙っておくように言ったらしくて、それを聞いた僕はもういない父さんを怒りたくなったのは天々座さんやリゼには内緒です。
「それにしてもトウカの前の学校って学ランだったんだな」
僕が着ている服装を見つめ、リゼがそう呟く。
去年まで女子校だった学校に男子を入学させるという特異な状況の為に学校側も色々準備で忙しかったのか、忘れていたのか、男子用の制服は用意出来ず、僕が今着ているのは巡ケ丘学院高校の制服です。
2ヶ月前に由紀と一緒に買ったのに、転校する事になって着れないと思っていたのでラッキーです。
「そうだね。男子のはこのデザインだけだったけど、女の子のセーラータイプの制服は、襟とスカートの色が緑と紫の2種類から選べたよ」
喋りながら、ふと由紀と制服を買う時の光景が浮かんだ。
緑色か紫色、どっちにしようか決められず、結局僕の好きな紫色の方を選んだんだっけ……。
「へぇ、女子だけ2種類あったのか。因みどっちが多かったんだ?」
「圧倒的に緑の方だったよ」
「そ、そうなのか。私は紫色好きだからちょっ残念だな」
自分の好きな色が不人気だった事にショックを受けたのか、リゼの声のトーンが少し落ちた。
「うん、ちょっと残念だよね。でも、紫色のも良かったよ」
『見て見て、トー君。似合ってる?』
再び浮かんだ由紀の姿は、彼女が始めて着た制服をいの一番に僕に見せに来た光景だった。
その後も前の街の話題を中心として、他にも色んな話をしながらリゼと共に学校に向かって歩いていると、前方からココアちゃんが歩いて来るのが見えて来た。
制服を着ているので、どうやら彼女も今日が入学式のようです。
「あ、リゼちゃん、トウカ君おはよう♪」
ココアちゃんは僕らを見つけると駆け寄ってきました。
ココアちゃんの服装はピンクのカーディガンタイプの制服で彼女によく似合っていた。
「おはようココア」
「おはよう、ココアちゃん」
「2人の学校の制服かっこいい!」
「ありがとう」「別に普通だろ?」
僕は普通に返答したが、リゼはちょっとツンとした言い方だった。
ツンとした言い方だったけど、彼女の頬は少し赤くなっている。
きっと褒められて嬉しかったのだろう。
ココアちゃんもそれに気付いたのかクスクス笑っていた。
「ブレザーもいいなー。ねぇ、制服交換してみない?」
「おいおい、自分の学校に行けよ。遅刻するぞ?」
「あ、うん。じゃあまたお店でね〜!」
そう言ってココアちゃんは去って行った。
(次にココアちゃんに会うのはお店かな)
そう思って僕らは再び学校に向けて歩きだした。しかし……
「あ、リゼちゃんにトウカ君。また会ったね♪」
数分後、再びココアちゃんに僕らは出会ってしまった。
(ココアちゃんもしかして迷ってる!?)
「お前学校への道分かってるのか?」
僕と同じ事を思ったリゼがココアちゃんに声をかけるが、
「心配しなくても大丈夫だよー」
と、ココアちゃんはどこ吹く風だった。
「なぁトウカ」
ココアちゃんが見えなくなってすぐ、リゼが声をかけてくる。
その声は少し心配の色がこもっていた。
多分リゼも僕と同じ事を考えてるのだろう。
「うん。ココアちゃん、迷ってるね・・・」
案の定その通りだったようで、その後も何度かココアちゃんと出会い、終いにはリゼも「異次元に迷い込んでしまったのか!?」と、迷走した事を言い始めてしまう始末でした。
ーーーー
「ハァハァ、なんとか迷宮を抜け出せた……」
「別に僕らは迷ってなかったけどね」
漸くココアちゃんと出会わなくなって、平常心(?)に戻ったリゼにツッコミを入れて、再び学校に向けて歩く僕ら。
「いやぁー! 来ないでー!!」
「「!!」」
すると突然、近くの路地裏の方から女の子の叫び声が聞こえてきました。
これは只事ではない雰囲気です。
「トウカ!」
「うん、行こう!」
僕らは駆け出し、その路地裏を入る。
そこにいたのは、
兎に怯えている、1人の少女でした。
「「……え?」」
「! 助けて下さい!」
予想していたのと違う光景に驚き固まっていた僕らに少女は助けを求めてきました。
とりあえず兎を抱いて路地の方に逃がすと、少女はホッとした顔をしてリゼの手を借りて立ち上がります。
よく見ると少女が着ている服はリゼと同じもので、どうやら彼女も同じ学校に行くようだ。
「私、桐間 紗路って言います。助けて下さってありがとうございました」
「助けたって言ってもただ兎をどけたたけなんですけどね……。」
「それでも私にとっては大きな事です!」
「そうなんだ。
……ところでシャロさんって兎が苦手なんですか?」
「そうなの……。昔ウサギに噛まれてそれ以来苦手で……。」
僕の質問にシュンとした表情でシャロさんが応える。
この街には兎が多くいて大人しいウサギもいれば気性の荒いウサギもいる。
でもそれは一目見ただけじゃ分からないからシャロさんにとっては大変なのだろう。
彼女のその表情を見て苦労しているのがなんとなく伝わって来た。
「また兎に出会うといけないから同じ学校みたいだし、一緒に行こうか」
「良いんですか!」
「あぁ。なっ、トウカ」
「もちろん」
僕らの返答にシャロさんは顔をパァーっと輝かせた。
シャロさんも加わり、学校に向け歩こうとした僕らの視線の先に、登校時間終了まで10分をきった時計台が……。
背筋がサァーと寒くなった。
「しまった! もうこんな時間だ!」
リゼが叫ぶ。
ココアちゃんの事とかシャロさんの事とかでいつの間にかかなりの時間を消費していたようだ。
……こうなったら最後の手段を使うしかない。
「リゼ!」
「あぁ!」
僕らは互いにアイコンタクトを取って、
「シャロさん!」「シャロ!」
「へ!?」
僕がシャロさんの右手を、左手をリゼが持つと、
「「走れ〜!!」」
ものすごいスピードで走り出した。
「キャーー!!」
走っていると後ろからシャロさんの叫び声が聞こえて来るが、僕らはそれを無視して学校まで走り切った。
走ったおかげで僕らは登校時間終了まで5分を残して学校に到着し、グッタリしたシャロさんをリゼに任せ、僕は職員室に向かいます。
多くのお嬢様達が通っているこの学校はとても広く、若干迷いそうになったけど、事前に貰っていた地図のおかげで無事に職員室に辿り着く事が出来ました。
職員室で僕は、担任の先生となる若い女の先生と共に応接室に通されるとそこには1人の初老を迎えた女性がいました。
驚きました。まさか、校長先生がおられるとは……。緊張してしまいます。
……えっ? 何で校長先生の顔を知ってるかって?
それは昨日届いた段ボールの中にこの学校のパンフレットも入ってて、そこに校長先生も紹介されていたからです。
「始めまして上白君、私がこの学校の校長です。まず君にはこの学校の共学化の第一歩として入学して来てくれた事を感謝します」
校長は立ち上がり、深々とお辞儀をなさりました。
その動作はとても優雅で上品でした。
「こちらこそ、私を共学試験の生徒として選んで頂きありがとうございます。特待生として、恥のないように務めます」
そう言って僕もお辞儀を返す。
挨拶の後、軽く学校説明を受けた僕は、担任の先生に連れられて応接室を後にしました。
シャロside
(また会えると良いな・・・)
今日の登校中に出会った天々座先輩に教室まで送って貰い、入学式に間に合った私は、式が終わって担任の先生が来るまで自分の席でずっと天々座先輩とトウカ君の事を思っていた。
不思議な人達だった。
トウカ君は男の子なのに綺麗で、天々座先輩は女の子なのにかっこ良かった。
(・・・そういえば天々座先輩にトウカ君の学年と苗字、聞くの忘れてたな)
私はふとそんな事に気付く。
天々座先輩は私と別れる時に名前と学年を聞いたから分かったけど、トウカ君は学校に着いてすぐに職員室に向かったので知らないのだ。
“トウカ”という名前も天々座先輩が彼をそう呼んでいたのが聞こえただけだし・・・。
(・・・今度会った時に聞いてみよう。・・・ん?)
考え事をしていたせいで気が付かなかったけど、教室の色んな所から黄色い声が聞こえてくるのに気付いた。
(・・・なんだろう?)
「あの、何かあったんですか?」
気になったので、たまたま近くにいた人に聞いてみると、その子は
「この学校に特待生として男の子が来るんです! 同じ学年にならないかしら」
と興奮した様子で話してきた。
周りを見渡すと同じような話題が所々で上がっている。
話題の男の子とは十中八九、今朝会ったトウカ君の事だろう。
もうこんなに話題になってるなんて、やっぱり女子校に男の子が来るなんてスゴイ事なんだ・・・。
(・・・同じクラスだったら良いな)
“彼に会いたい。”
さっき思ったその気持ちは、より強く私の中に芽生えていた。
その時チャイムと同時に担任の先生と思われる少しボーイッシュな女の先生が教室に入ってきた。
それを見て、立っていた生徒はみんな自分の席に座る。
・・・私の前の席以外は。
・・・ん?
「みなさん始めまして。このクラスの担任となりました、夏海 甘奈
なつみ かんな
です」
先生の明るい声が教室の中に響く。
「気付いた人はいると思いますが、このクラスには1つ空いてる席がありますね」
その言葉に教室中がざわつき、みんなの視線が私の前の席に向けられた。
「その席に座る生徒を紹介する前に、この学校は今年から共学化へ向けて色々と準備を行っています。
その試みの1つの男子生徒の試験入学ですが・・・、みなさんもう気付いてますね、そうです。そこに座る生徒こそが、その男子生徒です」
『キャーーー!!』
ざわめきだった声は歓声に変わった。
「ハイハイ、静かにしないと進められないよ。・・・よし、静かになったね。じゃあそろそろ良いかな? 上白君、入って来て」
静寂が包む教室に1人の男子生徒が入って来て黒板の前に立つ。
その男子生徒は、やはり朝私を兎から助けてくれた上白君だった。
こんな物語みたいな偶然があるのだろうか。
教室を見渡した上白君は私を見つけると軽く手を振ってきた。
途端に周囲がざわつく。私は赤くなりながらも手を振り返した。
「ん? 桐間さん、彼と知り合い?」
「は、はい。今朝偶然一緒になって」
「なら良かった、彼の席は君の前だ。色々フォローしてあげてね。じゃあ上白君、自己紹介お願い」
「はい」
上白君は返事をして黒板に自分の名を書くとお辞儀をしてから自己紹介を始めた。
「巡ヶ丘という街から来ました、上白 冬華です。今回、共学化の試験という事でこのクラスでみなさんと共に学ぶ事になりました。
色々と至らない事もあると思うので何かあったら遠慮なく言って下さい。
後、遠慮せずに気軽に話しかけて来てくれたら嬉しいです。これから同じクラスメイトとして宜しくお願いします」
自己紹介を終えた上白君が再びお辞儀をすると一斉に拍手が起こった。
「上白君ありがとうね。君の席はさっきも言った通り桐間さんの前だよ。桐間さん、席前後だし知り合いみたいだから上白君の事色々とフォローお願いね」
「はい、分かりました」
「シャロさん、これからよろしくお願いします」
前の席に座った上白君が右手を差し出してきた。
「うん、こちらこそよろしくね」
私も右手を差し出し握手した。
トウカside
(どうしてこうなったのかなぁ・・・)
どこを見ても周りにはクラスメイトの女の子達。
僕は今クラスメイトからの包囲されてます。
「ねぇ、上白君の好きな食べ物って何?」
「巡ヶ丘ってどこにあるの? 私、行ってみたい」
「髪綺麗だね。どこの商品を使ってるの?」
あちらこちらから聞こえて来る僕への質問の声、まだ朝礼が終わって先生が教室から出て行ってから1分も経っていないのにこの状況です。
後ろの席にいたシャロさんの姿は周囲の輪に飲み込まれた為、既になくなってました。
・・・包囲の輪は他のクラスからも来る生徒でドンドン大きくなっていってるような気がします。
いったい、いつになったら終わるの・・・?
結局、先生が止めに来るまで質問の嵐は収まりませんでした。
ーーーー
「ふぅ、さっぱりした〜」
夜、お風呂を終えた僕はベットに倒れこんだ。
お風呂上がりで火照った身体がフカフカの布団に包まれる。
〜〜〜♪
「ん?」
着信音が聞こえてきた。
手を伸ばしてベットの横の机に置いてあるスマホを取り、表示されている画面を見る。
「!」
そこに表示されていたのは幼馴染の名前だった。
通話ボタンを押し、耳に当てる。
『ヤッホー、トー君。久しぶり♪』
スピーカーから聞こえてきた少し子供っぽい声、それは紛れもなく幼馴染の声だった。
久しぶりに聞く幼馴染の声に懐かしさが込み上げてきて、
「久しぶり、ユキ」
出てきた声は少し震えていた。
第4話
リゼside
夜、寝支度を済ませた私は、自分の部屋から出て、廊下を歩く。
私が向かっているのはトウカの部屋だ。
トウカがこの家に来てから、私は夜になったらトウカとお喋りをするために、彼の部屋を訪れるようになった。
トウカとする他愛もないお喋りは好きだ。
そして、気付いたらいつの間にか2人とも眠っていて、そして朝に一緒に目覚めるのも・・・。
こんな、幼い姉弟がするような事、姉のいるトウカからしたら子どもっぽいと思われるかもしれないけど、ひとりっ子の私にとっては憧れだったし、“誰かが一緒にいる”という安心感のおかげか最近よく眠れるのだ。
「・・・」
トウカをひと言で表すと、『女の子みたいな奴』という言葉が1番当てはまると思う。
その事をトウカに伝えたらきっとトウカは気を悪くしてしまいそうだけど、私は悪い意味で言っているんじゃない。
トウカは物腰が柔らかで、気配り上手で気が利く。
ココア程ではないが、初対面の人とでも仲良くなるのも早い。
そのどれも、私が欲しいと思っているものなのでトウカがちょっと羨ましい。
ーーーー
トウカの部屋の前に辿り着く。
早速、ドアをノックし・・・ようとしたが、その手は途中で止まった。
部屋の中から電話の着信音と思われる電子音が聞こえて来たから。
『久しぶり、ユキ』
「・・・!」
電子音が止み、代わりに聞こえて来たトウカの声に私は驚いた。
その声は震えていたから・・・。
ーーーー
トウカside
【罪を犯した人間が、その罪の報いを受けるとするならば、それはいつの事だろう・・・。】
僕の家族は、地元では知らない人などいない程の認知度の誇る会社に勤めている父さんと母さん。
3つ年上でちょっとトラブルメーカーだけど、優しい姉さん。
そして離れて暮らしているおばあちゃんと、そのおばあちゃんが飼っている太郎丸という名前の柴犬がいる。
そしてその他に、僕にとって家族と言っても差し支えのない存在がいる。
幼馴染の“ユキ”という名前の女の子が・・・。
僕とユキは家が隣同士で、僕らが同い年だったという事もあって、小さい頃から一緒にいて、まるで兄妹のようにして育った。
まぁ僕の容姿が女の子っぽくって、ユキは子どもっぽいせいでよく姉妹と間違えられていたけど・・・。
ユキとは幼稚園から一緒で、小学校、中学校も同じで、そして、高校も同じ所に行くはずだった。
『ずっと一緒だよ』ってお互い約束して、僕らが一緒にいる事は当たり前なものだと思っていて、2人ともそれを信じて疑わなかった。
・・・でも現実は残酷で、そうはならなかった。
僕の引っ越しによって・・・。
ーーーー約1週間前ーーーー
「ちょっと待ってよ、そんな事いきなり言われても困るよ!」
僕の部屋に響く僕の戸惑いの声。
突然両親から突き付けられた“転校”と言う4文字の言葉。
それは地元の高校の入学式が1週間前に迫って、既に高校に入る準備が全て出来ていて、毎日ユキと来たる高校生活について会話の花を咲かせていた頃の事だった。
信じれなかった。
両親の言っている事が理解出来なかったし、したくもなかった。
元々聞いていた話では、地元を離れるのは海外出張のある両親だけ。
僕と姉さんはこの春からおばあちゃんの家に住む事になっていた筈だった。
・・・なのに、
「なんで!? なんで僕までこの街を離れないといけないのさ!」
引っ越しする必要もない筈の僕まで引っ越す事になっている。
しかも両親の海外出張に着いて行くならまだ納得出来るが、行き先は全く関係ない街。
そこに住む、両親の知り合いの人の家にお世話になる事なっていた。
僕の質問に両親は一言「ゴメン」とだけ呟くと、静かに僕の部屋から出ていった。
絶望した僕を残して・・・。
ーーーー
『ーーー!』
『ーーーー、ーーーー。』
『ーーーー!』
両親が僕の部屋を出て行ってから何時間経ったのかは分からないが、かなりの時間が経って、既に外が暗くなった頃、下から姉さんの怒った声が聞こえてきた。
多分、姉さんも両親から僕の引っ越しの事を聞いたのだろう。
普段は温厚な姉さんのこんなにも怒っている声をその時僕は自分の部屋のベットの上で初めて聞いた。
そして次の日僕は、食事もほとんど取らずに1日の大半をずっとベットの上で過ごした。
たまにドアの向こうから心配そうに話かけてくる姉さんの声も全て無視して・・・。
ーーーー
コンコン
部屋篭って2日目の夜、ドアの向こうから控え目なノックの音が聞こえて来た。
・・・多分また姉さんだろう。
そう思ってベットの上で横になったまま寝たふりをしている僕はそれを無視する。
「・・・トー君、起きてる?」
「・・・!」
しかし、聞こえて来たのはユキの声だった。
「・・・トー君、入るね?」
その言葉と共に部屋のドアが開く音と、それに次いで近付いてくる足音、そしてベットが少しきしむ音と感覚が僕に伝わり、背中にユキが抱きついた感触が加わる。
触れているその部分からユキの体温が伝わってくる。
「・・・ねぇ、本当に引っ越すの?」
部屋にユキの静かな声が響く。
その言葉の返答として静かにうなずくと、ユキは「そっか」と悲しそうに呟いた。
「・・・ずっと一緒にいれなくてゴメン」
1日ぶりに出したその声は僕のものとは思えないほど酷く、ガラガラで、とても弱々しい声だった。
そして、一度言葉が出た事で、謝罪の言葉は次から次へと出てくる。
「一緒の学校にいけなくてゴメン」
「約束を守れなくてゴメン」
「ユキと一緒の学校に行きたかった」
「ユキともっといたかった」
・・・
謝罪の中に願いも入っていたけど、それでも僕は言い続けた。
僕が疲れて眠ってしまうまで。
その間ユキは僕の言葉に静かにうなずいて、抱きしめてくれていた。
ーーーー
「う、うん・・・?」
朝、太陽がまだ出てない早朝に目を覚ました僕は、体に伝わる拘束感に気付く。
顔を動かすと後ろで眠っているユキを見つけた。
(・・・そっか、昨日。・・・うわっ、恥っ!///)
昨日までの事を思い出して急に恥ずかしくなる。
今、冷静になって考えてみると、1日以上も自室に篭る必要があったのかどうか不思議に思えてきた。
別に、一生ユキと会えないわけでもないし、この街から引っ越し先の街まで行こうと思えば行ける距離だし・・・。
きっと昨日の事は僕の人生の中で黒歴史として刻まれてしまったのだろう。
「・・・」
(でも、それだけ余裕がなかったって事なんだろうな・・・)
突然両親から転校を突き付けられて、パニックになってしまって勝手に絶望した僕。
それをユキは救ってくれたのだ。
・・・きっとユキ本人は無自覚にやっただけなんだろうけど。
僕は身体の向きを変え、ユキと対面し、寝ているユキの頭を優しく撫でる。
「ありがとう、ユキ」
そう呟いて・・・。。
ーーーー
「・・・うーん、あれ? トー君?」
しばらく撫でているとユキが目を覚ました。
そのユキに僕は優しく「おはよう」と言う。
ユキは少しまばたきした後、いつもの子供みたいな元気な笑顔で「おはよう、トー君」と返してくれた。
くきゅるるるるる〜
「「!!」」
突然部屋に鳴り響くお腹の音、それは僕から出たものだった。
(そういえば、4食も食べてないんだっけ・・・)
数えてみて驚く。
よく死ななかったな・・・僕。
「トー君のお腹の音、凄いね」
その声につられてユキを見ると、無邪気に笑うユキの姿。
それを見て僕も自然と笑顔になる。
「ご飯にしよっか」
「うん♪」
僕らは立ち上がり、部屋のドアを開ける。
「!」
反対側の廊下には姉さんが横になって眠っていた。
「・・・」
寝てる姉さんの目尻には渇いた涙の後が見えて、姉さんにもかなりの心配をかけてしまった事を改めて思い、罪悪感がこみ上げてくる。
僕はいったん部屋に戻り、クローゼットから使っていない、きれいな毛布を引っ張り出すと、それを姉さんにかけた。
ちょっとした罪滅しだ。
一階に降りた僕らは台所で朝食を食べて、事前に沸かしておいたお風呂に僕、ユキの順に入る。
ーーーー
「トー君お待たせ、あがったよ〜」
暫くして、お風呂に入っていたユキが脱衣所から出てきた。
ユキの服装は黒のボーダーが入った白のシャツにピンクのカーディガン、グレーのハーフパンツという服装だった。
「はーい。じゃあ、ユキこれ着て」
「?」
お風呂あがりのユキに渡したのは赤色の冬用のパーカー。
「ちょっと街を色々と回ってみたいんだ。付き合ってもらって良い?」
「うん、良いよ」
ーーーー
頭に外出する時いつも被っているお気に入りの、猫耳のような突起の付いた帽子を被り、ユキと一緒に外に出る。
まだ春も早く、少し冷たい風が肌を撫でる。
空はまだ朝早い事もあって藍色だが、東の空はうっすらと青色になっていた。
そして街はとても静かで、まるでこの世界に僕とユキだけしかいないような錯覚を起こす。
家の脇から自分の自転車を引っ張り出し、後ろにクッションを付けて、そこにユキが座らせ、僕もサドルに跨った。
「じゃあ、行こっか」
「うん♪」
ユキの返事を合図に、僕は地面を蹴ってべダルを漕ぎだし、僕らは早朝の街を走りだした。
僕の腰に抱きついてきたユキの体温を感じながら。
ーーーー
「「〜♪ 〜♪」」
早朝の街を僕とユキの歌声が響く。
この歌は僕もユキも好きな歌で、その歌の歌詞と同じように早朝の街を2人乗りの自転車で駆けながら、駅へと向かうその歌の歌詞と違う場所に僕は自転車を走らせる。
ーーーー
僕は今、街から少し離れた所にある丘の上の公園に向かっている。
その公園の前には長くてそこそこ角度がある坂があって今僕らがいるのはその坂だ。
正直しんどい。
「もうちょっと、あと少しだよ! ガンバレ〜」
自転車の後ろに乗っているユキの楽しそうな声が後ろから聞こえる。
その声を聞いて、不覚にも(頑張ろう)って思った僕はきっと、自分が思っているよりずっと単純なのだろう・・・。
ーーーー
「とーちゃーく!」
公園にたどり着いた僕ら。
すぐさま寝転んで休みたいけどその気持ちを我慢して、僕はユキの手を引いて展望台の方に向かって行く。
展望台から目の前に見える東側の山からはまだ太陽は登っていない。
(間に合った!)
内心で軽くガッツポーズをして、
「もームリ・・・」
疲労から僕は展望台の柵に崩れるように寄りかかった。
ーーーー
「わぁ!」
そのユキの声で顔を上げると、丁度朝日が登ってくる所だった。
隣を見ると、はしゃいでいるユキが笑顔。
そのユキを見て、
(この時が永遠に続けば良いな)
って、叶わない幻想を願ってしまった。
ーーーー
「トー君、本当に行っちゃうんだね」
暫くした後、隣でユキがそう呟いたのが聞こえる。
「うん・・・」
僕はそれに頷いた。
昨日の夜とは違って今度は声に出して・・・。
「そっか。じゃあトー君、1つお願い聞いて貰って良い?」
「お願い? 何?」
「トー君のその帽子、頂戴?」
「? これ?」
僕は今身に付けている猫耳のような突起の付いた帽子を指差す。
「うん、それ。・・・トー君引っ越して会えなくなって寂しいから、トー君がいつも身に付けてるその帽子で我慢しようと思って。・・・ダメ?」
上目遣いでユキが聞いてくる。
・・・そんな事、答えなんか最初っから決まってる。
「良いよ」
僕はそう言って微笑み、帽子を外してユキに被せる。
「えへへ、どう? 似合ってる?」
少し恥ずかしそうな顔でユキが聞いてきた。
その頭にある赤紫色のその帽子はユキの桃色の髪によく映え、似合っていた。
「うん。とてもよく似合ってるよ」
「ありがとう♪ ・・・それでねトー君、もう1個お願い聞いて貰って良い?」
「ん? 何?」
「良いって言うまでちょっと目、閉じて欲しいの」
「?」
若干の疑問が湧いたが、言われた通り目を閉じる。
視覚を閉じた事で敏感になった耳が、近付いてくるユキの足音を僕に伝える。
・・・そして不意に、前髪が持ち上がる感覚と共に、露わになった僕の額に小さく柔らかい感触が当たる。
「!?」
思わず目を開けると、すぐ近くにユキの顔があった。
そして、近くから見るユキの顔はほんのり赤くなっていた。
「ユキ、今何やったの・・・?」
「ふふっ、内緒♪」
そう言ったユキの顔がいつもより大人っぽくって一瞬ドキッとした。
ーーーー
結局その後もユキに何をしたのか聞いたけど、ユキは答えてくれず僕らは公園を後にした。
そして2人で、これまで過ごしてきた街の、思い出のある場所を辿るように回る。
色んな所に行った。
ちょっと前まで通っていた中学校。
よく一緒に買い物に行ったショッピングモール。
互いの家族で一緒にキャンプした川のほとり。
・・・
本当に色んな所を2人で回った。
その場所場所で色んな思い出をユキと語りながら・・・。
ーーーー
・・・そして、最後にたどり着いたのは、
僕がユキと一緒に通う筈だった高校の校舎。
まだ、春休みで朝も早くて誰もいないと思ってたけど、校庭には既にサッカー部や陸上部が部活を行っていた。
僕らは校舎の敷地内に入り、職員室にいた紫色のワンピースを着た若い先生に「学校見学をしに来た」と伝え、校舎の中を見て回った。
その間、手を繋いで・・・。
ーーーー
学校を見回った僕らは、校門を出る。
そして、行きと同じようにユキを後ろに乗せて、自転車のペダルを漕ぎ始める。
朝日が登ってからかなりの時間が経っている事もあり、街は少しずつ騒がしくなって来ていた。
「・・・」
「・・・」
その中を僕らは無言で通り過ぎた。
ーーーー
到着したのは駅。
その駐輪場に自転車を停め、駅の中に入る。
そして、券売機で入場券を2枚買い、ユキと一緒に改札口を通ってホームに上がる。
ホームの1番端っこで、僕のキャリーバックを持った姉さんの姿を発見する。
姉さんも僕らに気付いて近付いて来た。
「・・・もう良いの?」
姉さんの質問に僕は首を振る。
「なら・・・」
「大丈夫だよ。かずねえ」
ユキが姉さんの言葉を遮る。
「そうだよ、姉さん。もう一生会えないって事じゃないし、会おうと思えば会いに帰れるから」
それを聞いた姉さんは安心したように微笑んだ。
ーーーー
プルルルル
『まもなく、○番乗り場に電車が参ります。黄色い線までお下がり下さい。』
ホームに僕が乗る電車が来る事を告げるベルとアナウンスが響く。
「じゃあ、行くね。ユキ、街巡り付き合ってくれてありがとう。姉さん、荷物の準備ありがとう。・・・それと心配かけてゴメン」
最後の方は恥ずかしさから小声になってしまったけど、姉さんには伝わったらしい。
姉さんは「気にしなくて良いの」と言って僕の頭を撫でてきた。
姉さんから荷物とチケットを受け取り、代わりに入場券と自転車の鍵を渡して電車に乗る。
「トウカ!」「トー君!」
2人に呼ばれて振り返ると、笑っている2人の顔。そして、「「行ってらっしゃい」」の見送りの言葉。
その言葉に僕は「行って来ます!」と笑顔で答える。
その時電車のドアが閉まって、ゆっくり動き出し、2人が着いて来る。
徐々に速度を増して行く電車。
それに伴い2人との距離も少しずつ開いていく。
そして、ホームの端まで来た2人はそれ以上先に進む事が出来ず、僕に向かって手を振っていた。
その2人を僕は見えなくなるまで見つめていた。
ーーーーーーーーーーーー
『いや〜、そんな事もあったね〜』
「だね。最後にユキ、泣いてたし」
『な、泣いてないよ!』
「ははははっ」
スマホのスピーカーの向こうから、ユキの慌てる声が聞こえてきて、それを僕は笑って返す。
時刻はユキが電話をかけて来てから既にかなりの時間が経っていて、そろそろ寝るのには良い時間となっていたが、僕らのトークはまだまだ続いた。
リゼside
中からトウカの楽しそうな声が聞こえてくる。
本当に楽しそうな声が・・・。
「・・・」
その声を聞いて私は静かに自分の部屋に戻って行った。