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十三撃目
五月。
音ノ鬼坂における、新入生のゴタゴタや高坂焔也と支倉和臣のタイマンなどの騒動が一段落した頃。
一人の男が、難しい顔をして生徒会室から窓の外の景色を見ていた。
「…………」
綾瀬英吉。
不良偏差値トップのこの学校の歴史の中で、おそらく史上初であろう生徒会長だ。
普段はキリッとしている彼の表情だが、今の彼の表情は苦悩に歪んでいた。
「(何故だ……)」
先の高坂焔也の一件があってからというもの、生徒会の権威は失墜していた。
理由はもちろん、高坂焔也にいいように言われてしまったのが原因だ。
「(……間違っていたのは、俺じゃないはずだ)」
あの時のあの場所において、綾瀬英吉の取った言動や行動には落ち度は無かったはずだった。
しかし、現実は違った。
綾瀬英吉の率いる生徒会は元々少なかった生徒達からの信用をほぼ完全に失い、治安は悪化の一途を辿るばかり。
しかも、それだけじゃない。
「……」
英吉はふと生徒会室の席を見た。
今は席を外しているが、先程までそこに居た唯一の理解者であるはずの男から言われた言葉が、さっきから何度も脳裏を駆け回っている。
『 英ちゃんは、本当は何がしたいんや?』
その言葉を言われたのは、今から遡ることちょうど一ヶ月前。
高坂焔也と一悶着あった直後の事だった。
英吉は望に、何故焔也と支倉の喧嘩を止めなかったのかを訴えていた。
「望、聞きたいことは山ほどあるが最初にこれを聞こう。何故二人の喧嘩を止めなかった?」
「いやー、ワシも止めようとしたんやけどな?アイツら喧嘩に夢中で聞き入れてくれなかったんよ。ホンマ英ちゃんには悪い事ーーー」
「とぼけるな」
英吉は一喝した。
彼が問うているのは止められなかったのか?ではない。
何故止めなかったのか?だ。
望にはそれをやるだけの力が備わっている。
一年の頃からよく知っている事だ。
「……止められなかったのはマジやで、英ちゃん」
「なに?」
「そう、ワシには止められんかった」
言っている意味が分からない英吉は、望の次の言葉を待つ。
「あんなに楽しそうな喧嘩、止められるわけないやん」
「っ!?」
呆気に取られた英吉が何かを言い返す前に、望は語り掛ける。
まるで、何かを諭すような口調で。
「英ちゃん、お前もワシも元々はあの子達と同じどーしようもない不良や。人の喧嘩に水を差されるんがどれだけ腹立たしいか、わからんお前や無いやろ?」
英吉は絶句した。
生徒会副会長としていつも英吉の側にたっていたハズの望が、今は高坂焔也たちのカタを持っている。
理解が出来ない。
「望、お前血迷ったのか?お前はアイツらの喧嘩を止める立場なんだぞ!?」
「んな事は分かっとるがな」
「だったら何故ーーー」
「”英吉”」
望の纏う空気が一変した。
生徒会副会長としての顔ではない。
本来の彼の素顔だ。
「この際だからはっきり言うけどよ、英吉のやり方じゃ俺らを纏めるのは無理だ」
まるで死刑宣告をする裁判官のように冷酷な声だった。
英吉の足が、体が、まるでその場に縫い止められたように動かなくなる。
「高坂くんも言ってたが、お前のやり方はどれも不良が嫌うものばかりだ。しかも、あんな大勢の前であそこまで醜態を晒されては、俺もフォローしようがない」
「醜態、だと……?」
信じられなかった。
信じたくなかった。
唯一の理解者だと思っていた望から、自分の行動を醜態だと一蹴されたのだ。
「気付かなかったのか? あの時のお前を見る生徒達の目……完全に冷め切っていたぞ?今までは生徒会の権威が俺やお前の立場を守っていたが、こうなった以上もう生徒会の権威は通用しない。俺達の言う事を聞いてくれる生徒は、もうほとんどいなくなるだろう」
望から突き付けられる、残酷な真実。
英吉はそれを聞き、ただその場に立ち尽くす事しか出来ない。
「お前が不良を嫌う気持ちは分かるさ、なにせ俺も”あの場所”にいた当事者の一人だからな。でもよ、不良が嫌いだからってこんなやり方ばかりを続けていたって、何も変わらないじゃないか」
やがて、望の表情が悲しそうに歪みーーー
「英ちゃんは、本当は何がしたいんや?」
結局、望のその問いに英吉は答えずその場は解散。
後に暴行騒ぎを起こした支倉には二週間の、未成年の喫煙を英吉の前で堂々と行った焔也には三週間の停学処分が下された。
しかしこの処分の結果、望の予言通り生徒会の権威はほぼ完全に消滅し、もはや不良達が恐れるものは無くなっていた。
英吉がこれからすべき事は、生徒会長としての威厳を取り戻し、生徒達を更生させる事。
しかし、それは望の問の答えにはならない。
自分がやりたい事、本当に望んでいる事。
英吉は生徒会長としての義務感で行動していく内に、そう言ったモノが分からなくなっていた。
「(俺のやりたいこと…………俺は…………)」
英吉が悶々と物思いに耽っていた時、生徒会室の電話が鳴った。
ここに電話をかけてくるとすれば、教員棟にいる先生達だろう。
何かの報告事項だろうか?
英吉は先程までの思考を振り払い、受話器を取った。
「はい、綾瀬です」
『綾瀬くんかい!?私だ、教頭だ!』
「教頭先生……どうされたんですか?」
『大変なんだ!今職員室からそちらを見ているんだが、どうも1階の一年生の教室で乱闘が起きているらしい!』
「なんですって!?」
英吉は生徒会の腕章を取り付けながら、状況を聞く。
「それで、今の状況は!?」
『廊下の窓ガラスが何枚か割られて……あぁっ!?窓から血塗れの生徒が放り出されて中庭に!!』
「まずいな……分かりました!すぐに現場へ行って対処します!先生方はくれぐれも、教室棟の方へ近づかないようにしてください!!」
やや乱暴に通話を切って、英吉は生徒会室を飛び出した。
「(物思いに耽ってる場合じゃない!今は乱闘騒ぎを止めるんだ!)」
階段を駆け下り、一年生の廊下に差し掛かった英吉が見たものは、
「おい、誰か西木野呼んでこい!!あいつマジで狂ってやがるぞ!?」
「逃げろ!殺される!!」
「助けてくれぇぇええええ!!」
生徒会長である自分など脇目も振らず、昇降口へと逃げて行く一年生達。
彼らが過ぎ去ったあとの廊下は、まさに地獄絵図だった。
割れた窓ガラス、飛び散った血の跡、そしてその中に沈む一年生の不良達。
「(なんだこれは……一体誰がここまで…………他校の侵略か!?)」
不本意ではあれど、不良偏差値では地域最強の名を欲しいままにしてきた音ノ鬼坂がここまでやられたのだ。
内乱というよりも他校からの襲撃と考えた方がよっぽど納得が行く。
「(まずいな、他校の生徒だった場合ウチの生徒達よりも話が通じない可能性が高いぞ……)」
自分の学校の生徒なら最悪の場合、停学や退学をチラつかせればまだ事を納めてくれる可能性(今となってはそれも低いが)があるが、他校やチーマー連中だった場合、失うものが無いが為に余計にタチが悪い。
英吉は正当防衛として”そういう状況”になる事も覚悟して、騒ぎの中心地と思われる一年A組の教室に飛び込んだ。
しかし、そこで彼が見たのは他校の生徒達でもチーマーでも無かった。
そのにいたのは、音ノ鬼坂の学ランを纏った一人の男。
右手に木刀を握りしめ、左手で気絶した一年生の頭を掴んで持ち上げている。
倒れ伏す一年生の頭を踏んでグリグリと床に押し付ける度に、耳のあたりで切り揃えた蒼い髪が左右に揺れる。
そこにいたのは、紛れもなく同じ学校の生徒だった。
一年生とはいえたった1人でここまで音ノ鬼坂の不良達を蹴散らしたその戦闘力もそうだが、何より同じ学校の生徒達を相手にこんなにも非道なマネを平然とするこの異常性。
英吉は目の前の外道を、黙って見過ごすわけには行かなかった。
「そこまでだ!今すぐその一年生から足をどけろ!!」
「…………」
英吉の声に反応した男が、ゆっくりと振り向いた。
はだけた学ランの下に見える白いサラシ。
返り血に染まった頬。
蒼い髪の間から覗く、人でも刺し殺せそうなほどの眼光。
そしてその表情は、まるで般若のように黒く、激しい怒りに染まり切っていた。
悪鬼羅刹。
その男は、その言葉を絵に書いたような風貌だった。
「お前……まさか…………!?」
あまりの変貌ぶりに一瞬分からなかったが、英吉の脳はすぐに目の前の悪鬼の正体を見抜いていた。
間違えようが無い。
忌々しいあの高坂焔也が率いる、二年A組のNo.2。
「何の用だ生徒会長?返答次第じゃこの場でぶっ殺すぞ」
園田海斗が、そこにいた。
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