時は遡り、昨日の昼。
一年A組の教室で、四人の少年達が机を囲んで昼食を取っていた。
「んー、久しぶりに食うパンは最高だぜ!うんめー!!」
「焔也くん、停学明けおめでとう♪」
「高坂って本当にパンが好きだよな。何か理由でもあんのか?」
「あぁ、焔也の実家は和菓子屋で食事も和食が中心だからな、同じ炭水化物でもコメは食べ飽きてるんだ」
高坂焔也、南ことり、園田海斗の三人に加え、最近仲間になった支倉和臣が加わった四人だ。
元々は敵としての立場だった影響で焔也達とこうしてメシを一緒に食うことも無かった支倉は、焔也達の今まで見ることの出来なかった一面を見てとても新鮮な気分だった。
脳天気な焔也がボケて、天然のことりがそれを加速させ、やたら焔也の事を知り尽くしている海斗がソレを見事に突っ込んで捌いていく。
打ち合わせでもしていたかのようなテンポのいい会話の数々は見ていて気持ちがよく、面白い。
なるほど、これなら面白いもの好きの志賀先輩が高坂たちを欲しがるのもよく分かる。
と、ここで支倉はなんとなく気になる事を聞いてみた。
「そういやよ、園田の両親って何やってんだ?」
「「!」」
支倉からすれば何気ない会話の一つだが、焔也とことりの表情に緊張が走る。
海斗の家の職業を知る者は意外と少ない。
彼には昔、その家柄のせいでかなり苦労した過去がある。
そのため、彼本人があまり家の事を公言するのを嫌っているのを海斗と親しい仲の連中は皆知っているから、言い触らすようなマネはしないのだ。
いずれにせよ、海斗にとってはデリケートな話題に触れられた事になる。
焔也とことりはそれについて心配しているのだ。
「気にするな焔也、ことり。大丈夫だ」
二人の表情の変化に気付いた海斗が言う。
自分はいい友人を持ったと改めて自覚しながら、海斗は口元に含みのある笑みを浮かべながら言った。
「俺の家は家族で会社を経営していてな、これでもそれなりに恵まれて育ったと自負している」
「へぇ、ボンボンなのか!意外だったなぁ」
「そうか?」
「俺の思うボンボンのイメージってもっとドラ息子な感じを想像してたからよ。園田はどっちかっつーとそのどら息子を見張るお目付け役って感じだよな」
瞬間、三人の動きが固まった。
皆が皆、表情を動かすこと無く支倉を見ている。
なんだよ、どうかしたのか?と支倉が首をかしげた途端、三人が同時に動いた。
より具体的に言うと
「テメェ!それだと俺がそのダメダメなドラ息子ってことになるじゃねえかコラァ!?」
焔也がキレて、
「たしかに海斗くんはいっつも焔也くんの事見張ってるからね、確かにお目付け役みたい♪」
ことりが天然で素直な感想を述べ、
「ぷっ、あっははははははははは!これは傑作だ!!わ、笑いが止まらん……くっ、くくくくくっ!!」
そして当の海斗本人はツボに入ったのか腹を抱えて笑い出している。
支倉本人としては焔也にキレられる理由が分からなくて混乱するばかりだが、ふと冷静に考えて見るとーーー
「あれ?でもお前その理由でキレるって事はよ、自分が海斗に世話焼かれてるの自覚してるって事にならねぇか?」
「なっ!?」
「ぷっ、くく…………!」
「っ〜〜!っっ〜〜〜!!」
焔也は怒りで顔が真っ赤に染まり、ことりもこれは面白かったのか口元に手を当てて笑いをこらえている。
海斗に至ってはもはや腹を抱えての笑いばかりで声になってない。
「野郎ぶっ殺す!」
「はぁ!?なんでそうなるんだよ!?」
「だ、ダメだよ焔也くん……ぷ、くくっ」
「あっはっはっは!!ダメだ、腹がよじれる……くっくっく!!」
「お前らは笑い過ぎだ!!」
胸倉を掴まれて困惑する支倉と、笑ってばかりのマブダチ二人。
孤立無援。焔也の味方は誰もいなかった。
「さて、笑わせてもらった礼だ。せっかくだし、今日はうちに来ないか?」
笑い過ぎて目に溜まった涙を軽く拭い、海斗は三人を家に招く。
「お、マジか!海斗の家行くの久しぶりだなぁ」
「いいのか園田?」
「あぁ、元々今日は焔也の停学明けだからな。何か祝いの一つがあっても良いだろう」
今日は焔也の長期停学が明けた日。
何も無いというのも味気ないというものだ。
ついでに支倉にはこの機会に自分の家の事情を知ってもらうのもいいかもしれない。
というわけで海斗は皆を自分の家に招こうとしていたのだがーーー
「あ、ごめん海斗くん。実は今日バイトが入っちゃってて僕は行けそうにないかな……」
バツが悪そうに表情を歪めると、両手をパンと叩いた後に小首をかしげるような動作をする。
あざとく見えなくも無いが、彼はこれで至って素である。
「そうなのか、じゃあまた今度にでもーーー」
「ううん、いいよ。僕ひとりのために曲げちゃうのもったいないし」
「いやいや気にすんなよ。俺はそういうことなら別の日でも構わないぜ?」
「って言うか、俺はむしろことりのバイト先の方が気になんだよなー」
焔也が興味ありげにそんな事を言った。
実は今まで、ことりは自分のバイト先の事を他人に話したことは無い。
普通の友人相手ならいざ知らず、かれこれ十年の付き合いがある親友である焔也と海斗にすら話していないのだ。
「なあなあ、ことり。いい加減なんのバイトしてんのか教えてくれよ~!気になって仕方ねえんだよ~!」
「ごめん、いくら焔也くんでもちょっと……」
よほど秘密にしておきたい事なのだろう、苦笑いを浮かべながらごまかそうとしている。
「よし、ことりの後を付けられないように焔也は俺の家に連行しておこう」
「連行って……ひでぇ言い様だな」
「ありがとう、助かるよ海斗くん」
「おいおい~、海斗は気になんねーのかよ~?」
焔也はよほど気になるのか、海斗を味方に引き込もうと必死である。
しかし、頑固な海斗は決して揺るがない。
「ことりが秘密にしたがっているんだ、何か理由があるに違いない、そうだろ?」
「まあ、うん……」
「誰しも触れて欲しくない所はある、親しき仲にも何とやらだ。焔也もことりのダチなら分かってやれ」
「……そこまで言われりゃ仕方ねーな。悪かったよことり」
「ううん、気にしないで?」
焔也は素直に反省し、軽く頭を下げた。
不良にしておくには根っこがあまりにも純粋すぎる気もするが、こういう一面が焔也の周りに人が集まる要因なのかもしれない。
「支倉、海斗ん家すげーぞ?ビビんなよ~?」
「いやどうすげーんだよ?つか人の家見てビビるってどんな状況!?」
「(やれやれ……焔也も人が悪いな)」
「(まぁ、初見だと驚くのは確実だよねぇ……)」
海斗とことりが苦笑いしそうになった、その時だった。
「すいません、お食事中失礼します」
それは、オトノキの校風にはえらくミスマッチな敬語だった。
教室中の注目を浴びる中、そいつは入ってきた。
「ん?誰お前?」
「自分、一年A組の西木野真樹って言います」
赤い髪が目を引くその男は、焔也に対してそう名乗った。
だが、敬語を使っている割にはポケットに手を入れたままで座っている焔也を見下ろすという形になり、敬意が感じられる態度では無かった。
が、焔也は特に気にした様子も無く真樹に問うた。
「で、一年坊主が俺に何の用だよ?あっ、分かった!こないだの喧嘩を見て俺の傘下に付く気になったんだろ!?」
「いえ、違います」
「なんだよ違うのかよ!」
あっさりと否定する真樹に思わず苦言を呈する焔也。
しかし、彼のその拗ねた子犬のような表情はすぐに変わる事になる。
「俺は今日、今年の一年の代表でここに来ました。高坂先輩、アンタに宣戦布告します」
瞬間、のどかだったA組の昼休みの空気か一瞬で変わった。
全員が瞬時に殺気立ったことにより肌に突き刺さるようなピリピリしたプレッシャーが教室を包み込む。
しかし、真樹はそれにもどこ吹く風。
全く動じる事なく、口元を歪ませて余裕のある表情を見せた。
完全に自分たちをナメきった態度に何人かの不良が今にも真樹に襲いかからんと席を立つ。
しかし、彼が集団リンチに遭うよりも早く
「へぇ……」
焔也が席を立って真樹を睨みつけた。
しかし、その表情は敵意だけでは無い。
「いいねぇ、そう言ってくれてセンパイ嬉しいよ」
「嬉しい?」
「おうともよ、俺は三度の飯よりも喧嘩が大好きなんだよ!しかも、そっちから売ってくれるとなりゃこっちもやりやすくて助かるしな!おまけに一年の代表ってことは要するに頭だろ?楽しみで仕方ねえよ……!」
口元はネコ科の肉食動物のように歪み、彼の瞳は目の前の獲物を完全にロックオンして離さない。
焔也の頭の中は今、目の前の相手をぶちのめす事だけに支配されかけていた。
「さて、一年の代表って事はこれは一年と二年の戦争ってわけだが……総マンか?それとも今ココで俺とやってみるか?」
「まぁ、落ち着いてくださいよ。何も今すぐやろうってわけじゃありませんから」
「おいおい、つまんねー事言ってんじゃねーよ」
明らかに不機嫌になる焔也。
今すぐにでも始めてしまいかねないその雰囲気に、真樹は話を急いだ。
「今この場で始めるのはフェアじゃないと思いませんか?仮に俺が高坂先輩をここで倒せても、その後に後ろのこわーい先輩達にフクロにされたら目も当てられないじゃないですか」
「お前が俺に勝つ前提で話してる事はさておき、まぁその可能性もゼロじゃねえわな」
「かと言って総マンで双方に甚大な被害を出して来るべき三年生との戦いに支障きたすのもこちらとしては望むところではありません」
そこで、と真樹がある提案を出す。
「お互いのクラスから代表を三人選出しあって、その代表同士戦わせる……3on3のチームバトルってのはどうですか?」
「三対三のタイマン勝負って事か、いいねぇおもしれえじゃねえか!で、いつにするんだよ?」
「明日の放課後、場所は体育館でどうですか?」
「いいぜ、問題ねえ」
焔也は心の底から楽しそうな笑顔を浮かべると、真樹に拳を突き付けて言い放った。
「明日の喧嘩、楽しませてくれよ一年坊主!!」
「……えぇ、ご期待に添えて見せますよ」
真樹はそれだけ答えると踵を返して教室を出る。
「(ふっ、能天気なヤツだ。これから始まるのはルール無用の"戦争"だってのによ…………)」
その顔には、含みのある笑みが浮かんでいた。
西木野真樹が浮かべる含み笑い。
その真意はいかに……