夜の秋覇原のとある路地裏には、異様な光景が広がっていた。
地面に捨てられた鉄パイプや金属バッド。
道路や壁に付着した血の跡。
そして、倒れたまま動かなくなった二十人強の男達。
その光景の中に立ち尽くす影が一つ。
「はぁ……はぁ……流石に二十人はキツかったなぁ……」
南ことりである。
彼はその鍛え上げたパワーとタフネスによって襲撃してきた二十人を超える不良たちを全員返り討ちにする事に成功していた。
もっとも、流石に無傷とは行かず彼本人も甚大なダメージを負ってしまい、足元が若干覚束無い。
「さて、と」
ことりは倒れ伏して動かなくなった男達を避けるようにして、ヘルメットの男の元へと近付いた。
「ぐ、くそ……!」
幸いヘルメットの男はまだ気を失っておらず、しかもことりに痛め付けられたおかげで身動きが取れないでいる。
話を聞くには実に都合が良い。
ことりは男の胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、バイザー越しに男を睨み付けて言った。
「で?誰の差し金なのか教えてもらえるかな?」
彼の余りにも平坦な声音は男が絶句するには十分すぎた。
それを沈黙だと解釈したことりは、男の腹部に拳を叩き込む。
「うぼァ!?」
「あーもうめんどくさいなぁ、とりあえず顔見せろよ。それではっきりするでしょ」
ことりは悶絶する男のヘルメットのあごひもを力任せに引きちぎって、無理やりヘルメットを脱がせた。
「う、ぐ……」
「……え?」
ヘルメットで隠されていた男の素顔を見たことりは、思わず面食らった。
ことりは、目の前の男の顔に見覚えがあった。
廊下ですれ違ったりした時に顔を見たことがある。
この男の名前は確か……
「君、たしか二年のくろさーーー」
しかし、ことりが男の名を口にするよりも早く
ガキンッ!!という金属音と共に、ことりの頭に衝撃が走った。
「ッ、づぁ!?」
突然襲ってきた頭への衝撃から平衡感覚の麻痺し、ことりの手は男の胸ぐらから離れ、体は前のめりに倒れた。
「なにやってんスか先輩、これだけの頭数揃えといてそりゃ無いでしょ?」
背後から聞こえた声は、ことりも聞いたことのあるモノだった。
「そんなことで二年のトップ取ろうとしてたんですか?だとしたら、もっと現実みた方がイイんじゃないですか?」
このあからさまに他人を見下した話し方をする男は、ことりの記憶の中では一人しかいない。
「に、西木野……」
ヘルメットの男ーーー黒崎隼人が呼んだことでことりは確信した。
背後から自分を何かーーーおそらく鉄パイプーーーで殴ったのは一年のアタマである西木野真樹であるという事を。
「いや、この場合むしろ南先輩の方がすごいのかな?たった一人で二十人以上を同時に相手取ってここまでやれちゃうんだからね、こりゃ高坂先輩や園田先輩もよっぽど強いんだろうな……これは本格的に対策を練り直した方が良さそうだ」
さて、と背後の真樹は言葉を区切り、
「そんな訳なんで南先輩、アンタには俺の策略の為にちょっとばかり眠ってもらう必要があるんです」
一分の容赦もない冷徹な声音でそう言った真樹は、右手に持った鉄パイプを振り上げると、
「悪く思わないでください……ねッ!」
何のためらいもなく振り下ろしーーー
ーーー鉄パイプの先端をことりの手に掴まれていた。
「んなっ……!?」
「さっきからベラベラ好き勝手喋ってくれちゃってさぁ……」
すっかり消耗し、もはや立てないはずのダメージを負っているはずの男の思わぬ反抗に驚きを隠せない真樹。
一方のことりは、鉄パイプを掴んだまま上体を起こし、自分の頭から血が出ていることも気にせずに真樹の顔をはっきりと睨みつける。
驚愕に染まる真樹の表情を見たことりは、獰猛な笑みを浮かべて言う。
「いい気になるには……早すぎるんじゃないのかな……?」
「テメェ……ボロボロのクセにイキがってんじゃねえよ!!」
その言葉に激昴した真樹は鉄パイプを握ったまま、ことりの顔面を靴底で蹴り抜いた。
「ぅぶ、っ!?」
ことりの上体が地面に叩きつけられ、彼の手から鉄パイプの先端が離れると、真樹は仰向けに倒れたことりめがけて得物を何度も振り下ろす。
「オラ!オラ!ウラァ!!」
振り下ろされる度にことりも抵抗を試みるが、既に消耗した身体と不利な体勢ではどうすることも出来ず、空き地にはガキッ、ゴキッという鈍い音が響き続ける。
やがて得物には返り血がベッタリと付着し、ことりはぐったりと動かなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……手こずらせやがって」
真樹はそう毒ずくと、鉄パイプを放り捨てて黒崎達に声をかける。
「黒崎先輩、早いとこココを離れましょう。サツにバレたら面倒だ」
「あ、あぁ。お前ら立てるか?」
言われた黒崎は倒れた仲間達に声をかけ、不良達は身体のアチコチを手で抑えながらものそのそと立ち上がり始める。
全員がなんとか移動できるのを確認し、真樹が公園の出口へと足を踏み出そうとした時、
真樹の左足が、ことりの右手に掴まれた。
「っ、テメェまだ……!」
どこにそんな力が残っているのか。
ことりは万力のような握力で真樹の左足を掴んで離さない。
「この野郎、いい加減にーーー」
「ねぇ、西木野くん」
前のめりに倒れている状態から頭だけを上に向け、真樹を見上げるような形になりながら、ことりは真樹の目を見て離さない。
「君は本気で、オトノキの、テッペンを取ろうとしているんだろうけどね……」
息も絶え絶えになりながらも、ことりはニヤッと笑って真樹に決定的な言葉を突き付けた。
「焔也君がいる限り、君にテッペンは取れないよ……?」
直後、真樹の顔から感情が消え失せた。
掴まれた左足を軸に、右足をサッカーボールでも蹴り抜くかのように振り上げる。
ことりの眼前にローファーの黒いつま先が迫り、
怪物の意識が、完全に途絶えた。
翌朝。
焔也を眠りから覚まさせたのは、彼のスマートフォンだった。
ヴー、ヴー、と断続的に振動するそれは、焔也にとって迷惑そのものだった。
「んー、なんだよこんな朝っぱらから……」
昨日、海斗の家で散々に呑んで酔っ払った焔也は学生の身でありながら二日酔いの頭痛に頭を悩まされており、今日は適当な理由をつけてサボろうと考えていたのだ。
「ったく……」
やがて観念した焔也は、スマートフォンの画面を見る。
電話をかけているのは支倉だった。
通話ボタンをタップして、耳元に本体を近づけーーー
『やっと繋がったか!おい高坂、今どこにいる!?』
怒鳴り声にも近い大声が焔也の鼓膜を叩いた。
「うるせーんだよ支倉ァ!人が家で気持ち良く寝てる時に騒ぐんじゃねえ!」
なんとも子供じみた反論ではあるが、焔也にとってはそれが真実なので仕方がない。
『バカ!そんな事言ってる場合じゃねえんだよ!マジでヤバいんだって!』
だが支倉はそれどころではないのか、かなり焦った様子。
流石の焔也も不穏な何かを感じ、続きを促した。
「そんなに慌ててて何があったんだよ?」
その問いに対する支倉の答えは、
『南が!アイツが病院送りにされたんだよ!』
焔也の頭を白く塗り潰した。
嵐の予感……