音ノ鬼坂学院。
最強最悪の名を欲しいままにしてきたその高校では毎年、入学したばかりのルーキー共が学年最強の座を巡って戦争を始める。
今年もその例に漏れず、体育館で一年生同士のバトルロイヤルが勃発していた。
これを制した者が、今年度の一年最強の座を手にする事が出来るのである。
「くたばれコラァ!」
「テメェが死ねやボケェ!」
怒号と肉を打ち付ける鈍い音が体育館内を支配する。
今年度の一年生は総勢60名の2クラス。
入学希望者減少の影響が出ているのか、例年よりも少なめだ。
しかし、イキの良さは例年以上なのか開始して3分もしない内に次々と脱落する者が現れだした。
「シッ、シッ、シッ!」
「あははははは!オラァ!!」
そんな中、圧倒的強さで並み居る敵を倒していく二人の少年がいた。
「お前らのパンチ、ノロすぎてあくびが出るぜ!」
ボクシングのファイトスタイルで戦うオレンジの髪の少年―――星空蓮。
「もっとだよ!もっともっと暴れさせてよぉぉぉ!!」
ごけ茶の髪を振り乱し、狂気に顔を染めながら力任せに暴れまわる少年―――小泉華。
そんな二人がバトルロイヤルの最中にばったりと遭遇。
そのまま血で血を洗う事になるかと思いきや―――
「華!せいぜいやりすぎて相手殺すなよ!?」
「あははっ、蓮くんの言う事でも保証出来ないかもしれないや!」
お互いがお互いの背後から襲いかかっていた奴に、それぞれ拳を叩き込むという息のあった連携を見せる。
二人は小学生の頃からの幼馴染で、どんな時も一緒だった。
それは勿論、喧嘩の時もである。
蓮のスピードと華のパワー。
彼ら二人は、お互いの弱点を補い合う事によって幾多の修羅場をくぐり抜けてきたのだ。
「おっしゃあああ!!」
そしてとうとう、彼らの周りにいた不良たちの最後の一人が、華の鉄拳の前に沈んだ。
「や、やった……これで一年は僕たちのものだ…………」
勝利を確信する華だったが、蓮は違った。
「いや……まだ終わってねぇみてーだぜ、華」
「え……?」
蓮の視線の先を目で追う華。
そこには確かに、一人の男が立っていた。
「……中々やるみたいだな、お前ら」
そう言う目の前の男を注意深く観察する蓮。
細身の長身で、身長は170後半あたりだろうか。
足が長く、スタイルの良さが服の上からでもわかる。
服装は自分たちと同じ学ラン。ただ、丈が短い短ランと呼ばれるタイプだ。
その下には着崩されたワインレッドのカッターシャツ。
美形、と呼んでも差し支えない整った顔立ち。
そして何より、炎のような赤の頭髪が目を引いた。
「お前らの喧嘩、こいつらの相手しながら観察させてもらってたぜ」
「っ!?」
蓮は思わず目を剥く。
あの乱戦の中で、自分達の動きを観察しつつ切り抜ける。
もしそれが本当ならば只者じゃない。
「そっちのオレンジはボクシング、こげ茶のお前はプロレスがベースといった所か」
「あーもうガタガタうるさいなぁ、いつまでも喋ってないでさっさと始めようよ」
警戒を強める蓮とは対照的に、華は首をゴキゴキと鳴らしながら、既に真っ赤に染まった拳をさらにきつく握り締める。
「おっと、そうだったな。で、どうする?タイマンで順番に片付けてやってもいいが、二人いっぺんでも俺は構わないぜ?」
「何言ってるの?君の相手は僕だよ。君みたいな殴り甲斐のある最高のおもちゃは僕が独り占めしてやるんだ」
男の煽りに乗る華だったが、蓮はその煽りに乗らなかった。
頭の中で何かが引っかかっていたのだ。
おかしい。何かがおかしい。
「(拳が、血で汚れていない?)」
「はっ、随分クレイジーだな……来いよ」
「言われなくてもやるさ!!」
足が長い、細身の長身。
あの乱戦の中、二人の動きを正確に把握するだけの観察眼。
冷静に相手の戦い方を分析する頭脳。
そして、血の付いていない両手。
「君のそのカッコいい顔―――」
足りない脳みそで考えても答えは出ない。
だが、蓮の持つ動物的な危機本能は、確かに華に迫る危機を感じ取っていた。
「僕がグッチャグチャにしてあげるよぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
「華、そいつに近づくな!!」
蓮は叫んだ。
目の前の男は危険だ。
今突っ込めば必ずマズイ事になる 。
しかし、彼が叫んだ時にはもう、華の体は入っていた。
「気付くの遅ぇよ」
その男―――西木野真樹が得意とする間合いへと。
焔也達が向かったのは三年の教室のさらに上。
生徒校舎の屋上である。
音ノ鬼坂学院においては、頂点を意味する神聖な場所。
ここをたまり場に出来る者達は、現時点で暫定的に音ノ木坂で一番強いーーー最上学年の最高勢力の生徒達に限られる。
「失礼しまーす」
焔也が鉄製のドアを開けた途端、ここをたまり場とする先輩達の視線が一斉に向けられる。
その全てが、敵意。
「(やっぱりいつ来ても慣れないなぁ)」
「(仕方ない、先輩方からしたら納得は出来ないのだろう)」
「あの、志賀先輩はいますか?」
気まずい空気に耐えられないことりと海斗だが、焔也は臆する事なく続ける。
彼の言う志賀先輩とは、現時点で最高勢力を持つ三年生である「志賀仁志(しが ひとし)」の事である。
「……志賀は今出ている。出直して来い」
幹部クラスの三年生がぶっきらぼうに言う。
さっさと消えろ、と暗に示しているかのようだ。
「そうですか、じゃあ先輩が来るまでここで待たせてもらいますね?」
しかし焔也は引き下がらない。
彼には、その志賀先輩に会わなければならない用事があるからだ。
「おい、高坂……あんま調子乗ってんじゃねえぞ?」
焔也の言葉が癪に障ったのか、三年生達が焔也達へと歩み寄ってくる。
あっという間に三人は十数人の三年生に囲まれてしまった。
「志賀はテメェらのこと認めてるかも知れねえけどな……俺達まで認めたわけじゃねえんだよ」
「怪我する前にさっさと失せろや二年ボウズ共!」
「それとも今ここでヤキ入れてやろうか?あぁ!?」
怒号が至近距離で浴びせられる。
今にも襲いかかってきそうな程に、三年生はヒートアップしていた。
「……はー、面倒くせぇ」
「あ?なんだとコラ?」
だが、焔也はこの状況にビビるどころため息をひとつ。
今ここにいる三年生など、まるで敵じゃないかのように。
「そもそもヤキ入れるも何もーーー」
そして、焔也は言う。
決定的な一言を。
「アンタら、俺より弱いじゃん」
開戦の合図だった。
焔也の前にいた不良のポケットから取り出された特殊警棒が、焔也の頭めがけて振り下ろされる。
が、
「ウラァ!」
それよりも早く焔也の右フックが相手の顔面を捉えた。
「ナメてんじゃねえぞコラァ!!」
今度は横合いから別の不良が焔也へと襲い掛かるが、その拳は焔也に届く前にさらに真横から伸びた手に掴まれる。
園田海斗の左手に。
「フンッ!」
「ぐぼぁ!?」
無防備な脇腹へと海斗の正拳突きがねじ込まれた。
様々な場数を踏んで鍛えられた彼の拳は、下手な金槌で殴られたのと何ら変わらない。
そのあまりの激痛に不良は悶絶する。
「じょ、上等だ!おい、コイツら生きて返すな!!」
完全に戦闘モードへと入った三年生達。
だが、それは焔也達も同じだった。
「さっきは暴れられなかったからな、徹底的にやらせてもらうぜ!」
「やむを得んな。行くぞことり!」
「はぁ、仕方ないなぁ」
ここで憂さ晴らししてやろうと意気込む焔也。
やむを得ないと言いつつやる気満々の海斗。
肩をすくめつつもファイティングポーズを取ることり。
三者三様の想いを胸に、彼らの戦いが始まった。
「あ……?」
間の抜けた声を上げ、華が体育館の床に崩れ落ちる。
おそらく彼は、何が起こったのかも分からないまま意識を失ったのだろう。
だが、今の体育館には華の身に起きた事を客観視出来る者が二人いる。
「お前……わざと華を煽ったな?」
「戦術の一つさ。人間は頭に血が上ると動きが単調になるからな。もっとも、コイツは煽る必要も無いくらい最初からヒートアップしてたがな」
華の事を心配しつつも、油断なく警戒する蓮。
そして、今まさに華を床に沈めた張本人である真樹である。
真樹は右足の調子を確かめるようにつま先を床に付けてグリグリと足首を回しながら、うつ伏せに倒れた華を見ながら言う。
「特にコイツはタックルやラリアットといったプロレスや総合格闘技寄りの「突っ込む」タイプだからな。間合いも取り易かったさ」
あの一瞬。
華は助走をつけた上で真樹の顔面を拳で狙っていた。
真樹はそれを承知の上で右足でハイキックを放ったのだ。
彼の狙いは側頭部ではなく、顎。
ボクシング等でもよく見られる光景だが、人間は顎に強い衝撃を受けることによってテコの原理で脳が揺れる。
これによっていわゆる「脳震とう」が起こり、相手は意識を失うのだ。
「(間合いを図った上でハイキックで顎を狙い打ち……多分キックボクシングでもやってたんだろうけど、あんなこと分かってても出来るもんじゃねーよ普通…………!)」
失敗して空振りでもすれば無防備な背中を相手に晒す事になる。
まさにハイリスクハイリターンの所業。
それを躊躇なくやってのけた西木野真樹というこの男、やはり只者では無い。
「それに先ほどの乱戦……俺にとってどう見てもヤバかったのはコイツのほうだ。あのパワーとタフネス相手に真っ向から打ち合えばタダでは済まないからな。その分、ありきたりなボクシング使いのお前の方が簡単に倒せる」
「……は?」
厄介そうな奴から始末した、と言う真樹。
それはつまり、蓮の事など大した脅威として感じていないという事と同義である。
蓮の中で、プライドが傷つく痛みが生じた。
「さぁどうする?続けるか?」
余裕綽々といった様子で蓮を挑発する真樹。
かかって来いと言わんばかりに手でクイクイと煽り立てる。
これもまた、相手の動きを単調にする為の真樹の策だ。
「……華を倒した程度で調子に乗ってんなよ」
蓮はファイティングポーズを取った。
足腰のフットワークを存分に生かすために、軽く体を上げ下げする。
先程、典型的と言われ蔑まれたボクシングの構えである。
そして、
「華の方が厄介だっていうその考え、粉々にしてやる」
蓮がそう言った次の瞬間には、
蓮の体は、一瞬にして真樹に肉薄していた。
「なっ……!?」
突然の事に真樹が硬直した隙を、蓮のワンツーが小気味の良い音を立てて真樹の顔を打ち抜いた。
「ぶっ!?」
ワンツーが綺麗に決まった事で後ろへ仰け反る事を余儀なくされる真樹。
そして、それが更なる隙を生む。
「シッ、シッ、シッ!」
がら空きになったボディに左のブローを打ち込む、そしてそのまま右フック、左ストレート、右ボディ、左フックと休む間もなく拳を叩き込んでいく。
そしてとどめの右ストレートを叩き込むべく蓮が右腕を振り上げた時、
「調子に、乗んなコラァ!!」
体勢を立て直した真樹が逆に蓮の顔に右拳を叩き込んだ。
「あぐっ!……なんだよ、蹴りだけかと思ったら拳も使うんじゃねーか」
「テメェ……」
真樹が口元を手の甲で拭う。
そして、自分の手の甲に付いた血を見た瞬間、顔がどんどん強張り始める。
「よくも俺の顔に傷をつけやがったな…………!!」
どうやら真樹は自分の顔に相当の自信があったらしい。
そうと分かった蓮がにやりと顔を歪ませる。
「はっ、喧嘩してりゃ顔が傷つくのは当たり前だろ?俺にボッコボコにされて自慢の顔がブサイクになるのが嫌なら、おうちに帰ってお人形さんとでも遊んでろよバーカ!」
「上等だコラ……俺がこの場でぶっ殺してやる!!」
先ほどの余裕綽々ぶりはどこへやら、激情に駆られる真樹。
蓮は内心こう思っていた。
「(コイツ煽りはするくせに自分は煽り耐性ゼロじゃん…………)」
喧嘩の最中にアレだが、蓮は少しだけ呆れるのを禁じえなかった。
まき、りん、ぱな(煽り耐性ゼロのイケメン、ボクシング使いの馬鹿、喧嘩大好きのサイコ野郎)
いや、ほんと、どうしてこうなった。