南ことりにはコンプレックスがある。
それは、中性的な顔立ちと「ことり」という名前である。
おまけに本人の柔らかな性格と相まって、彼は昔から女の子扱いされる事が多く、それでいじめを受けていた過去もあるのだ。
当然、本人はそれを良しとはしておらず。
「校長の息子だかなんだか知らねぇがイキがってんじゃねえぞ!女みたいな顔と名前しやがってよ!」
彼の前でそれは、
「……あ?」
最大の禁句である。
「テメェ、もういっぺん言ってみろやゴラァあああああああああ!!!!」
ことりが放った怒りの鉄拳が不良の顔面に突き刺さる。
文字通りぶっ飛ばされた不良は屋上のフェンスにぶつかるとそのままズルズルと崩れ落ち、やがてピクリとも動かなくなった。
なで肩とセーターのせいで着痩せしているので一見すると分からないのだが、 彼は自らのコンプレックスを払拭するべく、日々体を鍛えているのだ。
「おい、寝てんじゃねえよ」
既に気絶している不良の胸ぐらを掴み上げ、無理やり自分の顔の前まで持ってくる。
鍛えた結果として片腕だけで人間ひとりを持ち上げるほどのパワーを持った彼は、喧嘩においてもその馬鹿力を遺憾無く発揮するのだ。
「寝てんじゃねえつってんだよ!!」
腹部に拳を叩き込み、無理やり意識を呼び起こす。
「がはっ……!?」
「オラしっかりしろよ、まだ終わってねえだろうがクソ野郎。テメェが死ぬまで続けてやるよ…………楽には殺さねえからな?」
再び追い討ちをかけようと拳を振り上げることり。
しかし、敵は何もソイツだけじゃない。
「何してんだコラァ!」
金属バットを持った別の不良が横合いから襲い掛かる。
ことりは手に持った不良をそちらに向け、金属バットの攻撃から身を守る盾とした。
ガキンッ!と言う鈍い金属音の後に痛みに絶叫する不良の声が響く。
ことりはソイツから手を離し、バットを持った不良へと接近する。
「し、しまっーーー」
仲間を誤って殴ってしまった事で硬直していた不良は、まんまと彼の接近を許してしまった。
「危ねぇだろうが」
ことりの右手が金属バットを持った手の手首を掴む。
そして、
「こんなモノ、二度と持てなくしてやるよ」
右手に思い切り力を込めた。
「ひぎゃああああああああああああああああ!!?」
激痛のあまりバットを取り落とし、さらにもう片方の手で必死にことりの手を引き剥がそうとする不良。
しかし、彼の万力のような握力の前ではそれも無意味。
「人間の手首ってリンゴみたいに潰せんのかな?試してみてぇな……えぇ、おい?」
ことりの握力は80kgを超える。
これはリンゴを片手で握りつぶす事を可能とするほどの握力だ。
そんな握力で手首を思い切り握りこまれたらどうなるか。
程なくして不良の手首は血が巡らなくなり、色が変色し始めた。
「いでええええええええええええええ!!!?」
「ガタガタうるせぇんだよクソが!」
悲鳴を上げる不良の手首を離し、腹部に蹴りを叩き込む。
手首の方が重傷だったのか変色した手首を抑えて地面を転げ回る不良。
それを一瞥し、改めて不良達に向き直る。
「オラ来いや!来たヤツから眠らせてやんぞコラ!」
彼の逆鱗に触れた者に与えられた選択肢は二つ。
死に物狂いで戦うか、諦めて餌食にされるかのどちらかである。
園田海斗の実家は、この辺り一帯をシマとしている「園田組」と呼ばれる極道組織だ。
と言っても非合法な手段でシノギをしているわけではなく、普段は大工やとび職だったり、祭りなどで屋台を出す的屋だったり、はたまたここいら一帯の地域の自警団だったりと、いわゆる昔ながらの地域密着型の組織でカタギの人達との関係は良好。
最近では本部の屋敷を「園田流空手道場」として開放しており、子供たちに空手の手ほどきをしている。
しかし、それでも結局はヤクザ。
構成員はいずれも強面で腕っ節も強く、その昔日本がバブル期を迎えて治安が悪化した際は幾度と無く他の組織と抗争を繰り返し、その都度見事に撃退してきた生粋の武闘派集団だ。
そんな組織のNo.2として生まれたのが園田海斗であり、
そんな彼が、喧嘩が弱いはずが無い。
「セイッ!!」
裂帛の気合と共に放たれた正拳突きが、見事に相手の鳩尾に叩き込まれた。
「か、は…………!!?」
急所を突かれた不良は、声も出せぬまま屋上の床に沈んだ。
「安心しな、死なない程度には手加減しておいた」
うずくまる不良に対して、海斗は冷静に言う。
それに対し別の不良が怒鳴るように言う。
「手加減だと?テメェ俺らを舐めてんのか!?」
彼らの耳には海斗の「手加減」という言葉が自分達を侮っていると聞こえたらしい。
しかし、海斗はあくまで冷静に告げる。
「先輩、これはそんな根性論でどうにかなる問題じゃないんですよ。鳩尾は人体の急所です。鳩尾の奥には横隔膜があってこいつが揺さぶられると人は呼吸困難に陥ります。俺みたいな空手の使い手が素人のそこを突くような事があればーーー冗談抜きで相手を殺してしまう場合もあるんですよ」
海斗は父親ーーーつまり園田組の組長から直々に空手を教え込まれており、その腕前は二段。高校生にしてはかなり高い。
去年に出場した空手の全国大会では並み居る猛者を押し退けて見事に優勝した経験を持つ。
故に彼は、自然と人体の特徴について詳しくなっていたのだ。
「素人だと……やっぱりナメくさってんじゃねえか!」
「ざけんなコラ!」
「殺っちまえ!」
しかし、あくまで煽り文句にしか聞こえないのか、怒りに身を任せて襲い掛かる不良達。
「やれやれ、話が通じん。これだから馬鹿の相手はーーー」
「死ねや園田ぁぁぁあああああ!!」
向かってきた拳を手の平で受け止める。
そのまま手首を掴んで不良の体をこちら側に引き寄せる。
「疲れるんだ!」
正拳突きを警戒した不良がもう片方の腕で腹部をガードする。
しかし、実際に放たれたのはーーー型も何も無い純粋な一撃だった。
「ぶがっ!?」
あまりにも喧嘩らしい一撃を顔面に受けて仰向けに倒れる不良。
「だが、それだからこそーーー」
戦慄し動きを止める不良たちを前に海斗は獰猛な笑みを浮かべて言い放つ。
「この学校は退屈しないのさ……!!」
彼もまた、根っからの荒くれ者。
暴れてナンボの不良の一人なのだ。
「さぁ、今度はこっちから行くぜ……先輩方、胸をお借りしますよ!!!」
高坂焔也は、昔から近所でも有名なワルガキだった。
近所の小学生達を連れては、毎日遊びやイタズラに精を出した。
その一方で友達や仲間がいじめられていたら、たとえ相手が自分より強くても果敢に挑みかかる優しさと勇敢さも持っており、いわゆる古き善き昔ながらのガキ大将としての地位を(本人は無自覚ながら)築いていた。
中学に上がってもそれは変わらず、喧嘩や遊びに明け暮れているうちに、いつの間にか不良のレッテルを貼られていたのだが、やはり本人は気にしておらずそのまま我の道を突き進んでいった。
その結果として、
彼の実力は、もはや下手な大人ですら敵わない程までに成長していた。
「オラァ!!」
焔也の右の拳が不良の顔面に振り抜かれる。
数々のケンカ場で鍛えられたその剛腕で放たれた一撃は、相手を3m以上も文字通りぶっ飛ばした。
「どうしたよ先輩?俺にヤキ入れるんだったらもっと気合入れてかかって来いよ!そうじゃねぇとこっちも、張り合いがねぇぞコラァ!!」
「上等だコラ、二年坊主がいきがってんじゃねえぞ!」
左から迫る不良をエルボーと蹴りで黙らせ、右から迫る不良の胸ぐらを掴み、顔面に頭突きを喰らわせ、その後ワンツーストレートで打ち倒す。
「この野郎!」
背後から不良の一人に羽交い絞めにされ、身動きを封じられる焔也。
そんな状態の焔也に前から別の不良が顔面を狙ってストレートを放つ。
しかし、
「ぶっ!?」
焔也が首を振って避けると、背後で彼を羽交い絞めにしていた不良の顔に右ストレートが当たる。
それによって羽交い絞めが解かれた瞬間。
「オラ!ウラァ!」
前の不良は頭突きで。背後の不良は顎を蹴り上げて勝負を決めた。
「さて、あとは先輩だけっすよ」
焔也の前に残ったのは、一番最初に焔也に襲い掛かった特殊警棒を持った不良だけだった。
「高坂ぁぁぁあああああああああ!!」
警棒を投げ捨て、不良が拳を振り上げる。
その一撃を焔也はあえて顔面で受けた。
「……先輩、警棒を捨てて素手で殴ってきたその度胸、尊敬します」
「き、効いてねえ!?」
拳を受けながら全く怯まない焔也に、純粋な恐怖を抱く不良。
「そんな先輩に敬意を表し、俺も全力でそれに応えます」
右の拳を岩のように固く握りしめて、大げさなくらい振りかぶる。
「ま、待て……!」
恐怖で体が硬直して身動きが取れない不良は、今から来る焔也の一撃を避ける手段を持ち合わせてない。
「行くぜ……先輩!」
「待て、こうさーーー」
そして、
「オラァぁぁぁああああああああああああ!!!!!」
全身全霊。
渾身の力が込められた全力の右。
その一撃は不良の体を吹き飛ばすだけじゃ飽き足らず、その後ろにいた海斗やことり達の上を飛び越えて、屋上に置かれたダンボールの山に突っ込んでようやく止まった。
「ふぅー、終わったー……」
右の手を軽く振って衝撃を逃がしながら、焔也はため息を付く。
「さて、海斗?ことり?そっちはどうーーー」
「離してよ海斗くん!まだそいつ生きてんだよぶっ殺さなきゃいけねえんだよ俺がよぉ!!」
「落ち着けことり!もう勝負は付いたんだ!!」
「落ち着けるかぁぁぁぁ!!こいつだけは……こいつだけは俺が殺すんだ!邪魔するならいくら海斗くんでも……!!」
「ほう?なら手っ取り早い。お前には手加減の必要も無いからな……!!」
「いや待てお前ら落ち着けえええええええええええええ!?」
怒りの収まらないことりを実力で止めようとする海斗。
その二人を諌めようとする焔也というカオス極まりない状況。
結局、この状態は
「……なにしてんの?お前ら」
例の先輩、志賀仁志がやって来るまで続いた。
ことほのうみ(キレると手の付けられない爆弾、ヤクザの二代目、不良にしては出来過ぎなくらいの主人公体質)
こんな感じでお届けしていきますが、楽しんでもらえたら幸いです。