「英ちゃん」
音ノ鬼坂学院の生徒会室にて。
副会長を務める青年ーーー東條望は、会長の綾瀬英吉に問いかける。
「何だ?」
「良かったん?あんな煽り立てる様な事言って」
彼が言っているのは、先程の中庭での出来事だ。
二年生の二人が喧嘩しそうになっている所に割って入ったのだが、その時の発言が些か誠実さに欠けるのではないか。
望は遠まわしにそう言っているのだ。
「煽り立てる?俺は物事が分からないガキに正論を述べただけだ、妙な言いがかりはやめろ」
「まーたそうやって。そういう高圧的な態度じゃあ、みんな言うこと聞いてくれへんよ?」
昨年の春に生徒会に立候補し、二年生から生徒会長を務める英吉。
しかし、彼のやり方はとてもこの学校に合ってるとは言えなかった。
「なら奴ら相手にヘコヘコと頭を下げろと言うのか?」
「そうやない。ただ、生徒一人ひとりの言葉に耳を傾けるのも、生徒会長の仕事なんと違う?」
「タバコに暴力沙汰、窃盗に恐喝……この学校にはそんな事を平然とする馬鹿が多すぎる。そんなどうしようもないクズが、素直にこちらの話を聞くとでも?むしろそういう奴らを見せしめに処分していけば、いずれ俺がーーーいや、この組織がこの学校の抑止力になる」
彼のやり方は至極簡単。
違反行為を見つけ次第、それを晒しあげては様々な処分に追い込む。
言ってしまえば「チクリ魔」の典型なのだ。
そして、そう言った卑怯な輩を不良たちは非常に嫌う。
「英ちゃん……英ちゃんだって、こんなやり方がみんなに嫌われるだけやって、分かっとるはずやろ?英ちゃんだって元々はーーー」
「やめろ」
怒気を孕んだ声で英吉が望を黙らせる。
その目には、明らかな拒絶と憤怒が浮かんでいた。
「……それに、お前こそいいのか?」
「何が?」
「俺みたいな奴の側にいれば、お前にまで批難が行く可能性が高い。それでもいいのか?」
「一応、みんなから嫌われてる自覚はあるんやね……」
やれやれと肩をすくめる望。
その仕草には呆れこそあれど、失望は無かった。
「ええんや。周りがどう思おうがワシには関係あらへん。それよりも、今は英ちゃんの側に居た方がええ」
望は席を立つとゆっくりと窓の方へと歩を進める。
「そうーーー」
そして、望が生徒会室の窓を開けた瞬間。
ゴォォオオオオオオ!!と激しい風が生徒会室に流れ込んでくる。
「っ!?」
思わず顔の前に腕を翳して風から身を守る英吉。
その突風の中に、数十枚のカードがあることに気づいたのはその直後だった。
「カードがワシにそう告げるんや!!」
東條望。
最近の趣味はタロット占いである。
体育館。
華と真樹のタイマンも佳境に入っていた。
「ッ……!!ッ……!!!」
壁際に叩き付けられた真樹の首を、華の両手が締める。
「(い、息が……!!)」
瞬く間に真樹の顔が赤く染まっていく。
このままでは冗談抜きに死んでしまう。
「ッッッ!!!」
半ば縋るようにして真樹は右の拳でガラ空きの華の腹部を殴り付けた。
「ぐ、っ……?」
イイ所に入ったのか、華の拘束が明らかに緩んだ。
「ぉ、ァアッ!」
その隙を真樹は逃さない。
真樹はもう一度同じ箇所にパンチを入れ、華の拘束を完全に解くと、そのまま顔面に頭突きをかました。
「ぶ、っ!?」
仰け反って怯む華に、さらに追い討ちを掛けた。
「オラァ!!」
相手を蹴り飛ばすつもりで放った渾身の右前蹴り。
しかし、
「フンッ!!」
その、右足は華の両手にガッシリと掴まれてしまう。
「ヒッ、ヒヒヒヒヒ……!」
鼻から血を流しながら、それでも狂ったように笑う華。
その見開かれた双眸にはドス黒い狂気が渦巻いていた。
「う、ぉ、ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
本能的恐怖を感じた真樹は、右足を引き剥がそうとーーーはしなかった。
むしろ逆。
軸足だった左足をバネにし、思い切り振り上げたのだ。
「ッ、ラァぁぁぁああああ!!」
右足を掴んだままで無防備になっていたた華の側頭部を、真樹の左足が蹴り抜いた。
「が、ッ……?」
右足を掴んでいた華の両腕から力が抜けた事により、真樹の体も重力に引かれて落ちる。
「ハァ……ハァ……どうだ……?」
息も絶え絶えに、真樹が突っ立ったままの華を凝視する。
そして、
「……………ぅ、ぁ」
白目を剥いた華が、ついに仰向けに倒れたのだった。
「華ぁ!」
回復した蓮が仰向けに倒れた華に駆け寄る。
「華、しっかりしろ!大丈夫か!?」
「ぅ……あれ…?蓮くん……?僕は一体……」
以外にもすぐに意識を取り戻した華は、不思議そうに首を傾げる。
「あ、あんだけやってリアクションそれだけかよ……バケモンかっつの……」
ズタボロの真樹が思わず毒づく。
が、これで正真正銘に真樹が1年のトップに立った事になる。
「さぁ、これで一年は俺のモンだ」
「あぁ……完敗だよ。な、華?」
「そうだね……僕達の負けだよ」
二人が負けを認めた事で体の緊張が解けたのか、体育館の床に寝転がる真樹。
蓮と華。
おそらく今年度の一年で最強クラスの二人を交互に相手取ったのだ。
ボロボロにならない方がおかしい。
「……ったく、その有様じゃどっちが勝ったかなんて分かんねーな」
「うるせぇよ……」
「あはは……」
かくして、音ノ鬼坂学院今年度の一年トップは西木野真樹に決まったのだった。
「生徒会長ーーー綾瀬英吉はロシア人のクォーターでな。高校進学と同時に日本にやって来たんだ」
「なるほど。アイツが生徒会長とか名乗っておきながら金髪なのはそれが理由なんっすね」
志賀の言葉に納得したのは焔也だった。
「あぁ。綾瀬はロシアにいた頃から荒れに荒れていてらしくてな。向こうじゃ「悪魔」と言われて恐れられていたそうだ」
今の彼からは想像すら出来ない話だ。
「そして、それは音ノ鬼坂に来てからも変わらなかった。当時のヤツの強さは尋常じゃねえ。腕っ節、スタミナ……何よりテクニックが段違いだった。」
「テクニック?」
「あぁ。とにかく奴は動きに隙が無いんだ。おそらくロシアの方でかなりの修羅場をくぐり抜けて来たんだろうな。当時の俺達の喧嘩をそれこそガキのおままごとに付き合うかのように扱ってやがった」
「志賀先輩がそこまで言うなんて……一体どれくらい強いんだろう……?」
志賀の語る英吉の逸話に、ことりは呆気にとられた。
当然である。
話の中の綾瀬英吉はあまりにも強すぎて、いまいちピンと来ないからだ。
「そうだな……もしもヤツが全盛期のままだったなら、綾瀬に喧嘩を売った高坂はーーー」
そこで志賀は言葉を止めて、はっきりと言う。
「一分も持たずに病院行きだろうな。それも、全治三ヶ月はくだらないだろう」
「……!!」
高坂焔也は強い。
中学時代もそれなりに名が通っていたし、入学当初も(焔也の興味が学院制覇にあったのであれば)学年覇者になるのではないかと言う声も多く挙がっていたほどだ。
実際問題、下手な三年生では相手にもならないことが証明されている。
そんな焔也を、全盛期の綾瀬英吉は一分もかからずに打ち倒すばかりか、病院送りにまでしてくると言うのだ。
戦慄するのと同時に、焔也の中では対抗心の炎が燃え滾っていた。
「……そんなに強いのであれば、彼は何故あんな事を?」
疑問を口にしたのは海斗だ。
綾瀬英吉がかつて鬼のように強い不良なのは分かった。
おそらく当時の彼の下には、その強さに惹かれて決して少なくない数の不良達がいたはずだ。
であればこそ、そんな彼が生徒会長として立候補するばかりか、あんな不良達を敵に回す様な振る舞いをするのが解せない。
「そこんとこだが……詳しい事は俺にも分からねえんだ」
「はぁ!?それ一番重要なトコじゃんか先輩!!」
「焔也、口の利き方に気を付けろ」
思わず敬語が外れてしまう焔也を諌める海斗。
だが、志賀は一々そんなことは気にしない。
「ただ、キッカケは二年前の冬……俺らが一年の時の冬休み手前の頃だ。それは間違いない」
「と言うと?」
「内部戦争があったのさ、綾瀬の一派と他のグループの間でな」
そりゃ酷いもんだったよ、と志賀は渋い顔をしながらも語った。
「当時のオトノキにおける二大勢
力……一年の綾瀬英吉が率いる「黄金夜叉」と、十二代続いていた老舗の暴走族チーム「音ノ鬼愚連隊」による全面戦争だ」
綾瀬英吉率いる「黄金夜叉」が150人。
対する「音ノ鬼愚連隊」が200人。
合計350人の不良達が、音ノ鬼坂の校庭で正面から激突したのだ。
「一年生なのに150人も率いていたなんて……」
「綾瀬英吉……とんでもない野郎だ」
「……」
壮絶な戦いの末に勝ったのは、50人の兵力差を埋めた綾瀬英吉の率いる「黄金夜叉」だった。
この抗争に敗退した「音ノ鬼愚連隊」は勢力を失い、事実上解散。
綾瀬英吉は名実ともに音ノ鬼坂学院の頂点に立つーーーはずだった。
「はずだった?」
「あぁ、どういう訳かヤツはこの決戦を終えた後、冬休みが終わって三学期が始まった時にはまるで別人のようだったって話だ」
喧嘩もせず、喫煙もせず、学ランをしっかりと着て授業を受ける。
そこにいたのは、数週間前までいた綾瀬英吉の姿では無かった。
後に彼は、「黄金夜叉」の解散を宣言。
音ノ鬼坂学院は、再び群雄割拠の戦国時代になったのだった。
「やつが変わっちまったのは確実に一年の冬休み中なんだが、そこで何が起きたのかは誰も知らないんだ」
「……」
「ただ、そうだな……」
短くなったタバコを灰皿に押し付け、志賀は最後に言った。
「綾瀬にも目を付けられて、一年坊主共も今頃はもうトップが決まってるはずだ……お前ら、くれぐれも気をつけろよ?」
近々支倉とか志賀さんのキャラ紹介でもやろーかな