Aパート
執務室の執務机に両肘を置き、元田は呻いていた。先日の敵性金属体との戦闘に関連したあることについて、四方八方から根掘り葉掘りの質問責めに遭ったからである。
それは、巨人。敵性金属体を肉弾戦で圧倒し、完全撃破してみせたあの巨人についてであった。
日本国民が、IGF上層部が、マスコミが、とにかく巨人のことを元田に問い質してきた。
だが彼にはこう答えるしかなかった。
「こちらとしてもあの巨人の情報は掴んでいません。現在IGFジャパンは、あの巨人のための調査班を用意しています。」
つまりはこうだ。知るか、こっちが知りたいくらいだ。
だが真実を伝えても尚信用してもらえず、挙げ句には本部から日本支部に調査の手が入ることになる有り様だった。
「こんなことをしている場合じゃないんだ。津市の復旧は始まったばかりで、被災者の支援も滞っている。空軍海軍陸軍すべてが大打撃を受けて戦力の補充も進めなければならない。なのに…」
苦虫を噛み潰したような表情でひとり呟く。頭の中で今後のことのシュミレートを続け、そして溜め息をつく。
避難や復旧は日本の自衛隊が協力してくれるのでまだいい。問題は戦力だ。先の陸奥島での戦いと、今回の津市戦にて、IGF日本支部の持つ兵力は大きく減らされた。
IGFの仕事は戦うことだ。それも凄まじく強い敵性金属体相手に。なのに戦うための武器が少なくなってきている。
戦力、戦力がほしい。そして、元田はまた呟いた。
「あの巨人が、こちらに来てくれれば…!」
無い物ねだり。とらぬ狸の皮算用。
それでも元田は願ってしまう。突如現れたあの巨人が、自分達と共に戦ってくれることを。
もう無駄死にを生ませないためにも。
「萩原です。失礼します。」
両肘を置くポーズから頭を抱えるポーズに移行していた元田は、女の声に慌てた。姿勢を正し、胸のワッペンの埃を払って一言。
「入ってくれ。」
執務室の扉を開けて、IGFの制服を着た女がツカツカと入室する。肩まである黒髪を揺らしつつ部屋の中央へ。両足を揃え、背筋を伸ばし敬礼。
「御呼びに預かり光栄です、元田副司令。」
元田も椅子から立ち上がり、萩原の瞳を見ながら敬礼を返す。
「わざわざありがとう、萩原君。日本支部陸軍隊長の君を呼び出したりしてすまん。」
「とんでもございません。それで、ご用件は何でしょうか。」
敬礼を解きつつ、元田は目を細める。
「津市の調査だ。」
「調査…でありますか。」
「そうだ。君も見ただろう、あの巨人を。」
「はい。かなりの戦闘能力でした。」
「彼はまだ、津市にいるかもしれない。」
萩原は声のトーンから、元田の本気を察した。しかし彼女も要職に就く立場である。二つ返事で受けるわけにはいかなかった。
「質問をよろしいでしょうか、副司令。」
「ああ、答えよう。」
「彼、と仰いましたが。何か確信をお持ちのようですが…それが何かお答え頂けますか?」
元田は深く頷き、目を逸らさずに言う。
確かな声で。不確かなことを。
「私はあの巨人が人間が関与したものと思っている。もっと言えば、アレは人間が何かしらの手段で変身したのではないかとすら考えている。」
「その理由は?」
「もしあの巨人が我々の知るところを超えた超自然的存在であるなら、つまり敵性金属体のような連中であっるとするなら、巴投げやジャイアントスイング等といった投げ技を…あんなに器用に使うものだろうか?」
萩原は脳内で先の戦闘を思い出す。津市で行われた敵性金属体ヒューマン型と巨人との一大決戦。
あの巨人は、見た目や能力こそ人間からかけ離れたモノであったが、しかし肉弾戦を主体とするその戦い方は限りなく人間そのものであった。悪く言えば、泥臭いプロレスそのものであった。
世間や市民がその存在そのものに大騒ぎする中、元田は既にその正体についての考察を終えていたのである。
「確かにあの様子なら、人間が関係している可能性は高いですね。了解しました、津市被災者の避難先も調べておきます。」
「頼んだ。」
振り返って帰りかけ、萩原は立ち止まる。回れ右して元田に向き直り、再びの質問を投げ掛ける。
「ところで司令。」
「ん。どうした?」
「仮に発見した場合は、どのような対応を?」
言われなくてもわかりそうなものだが、一応聞くようだ。元田は萩原の慎重さを気に入っていた。
重苦しい表情から一変、口角を上げて元田は命じた。
「無論、丁重にご同行願ってくれ。巨人に変身するとしても、立派な日本国民…市民だからな。」
「了解しました。IGF日本支部陸軍、一個師団でゲストをお迎えして参ります。」
重い空気を吹き飛ばすようなトーク。二人は軽い笑みを浮かべつつ敬礼する。
「失礼しました。」
ドアを閉じて去る萩原。それを見届けて、元田は笑みを消した。
唇を引き結び、神妙な面持ちで胸のワッペンを握る。その脳裏には、奮戦虚しく散っていったIGF隊員達の顔があった。
あの巨人が味方になれば、人類は無駄な犠牲を増やさずに済むのだろうか。
「頼んだぞ…」
命令を出すことしかできない自分を、元田は呪った。
瓦礫。瓦礫。瓦礫の山。
一面に広がる鉄筋コンクリートの破片。粉塵が積もった道路には、アスファルトの黒すら見えない。
数人の人間が項垂れた様子でそこかしこで彷徨く。被災者だ。
ある者は大事な人を探し求め、ある人はその場で震え続け、ある人は座ったまま呆然としている。
その中に、祭轟はいた。
就職した会社は物理的に潰れ、スーツはボロボロ。やることもなく、コンクリート片の上に座っている。
「これは…いったい何なんだ?」
怪訝そうな瞳に写るのは、一本の懐中電灯。それもただの懐中電灯ではない。
ボタンを押すだけで、身長約八十メートルの巨人に変身できる懐中電灯である。
轟はこれを用いて巨人に変化し、敵性金属体相手に大金星を叩き出した。あの巨人がいなければ、この一帯は瓦礫の山どころか更地になっていただろう。
だが当の轟本人はいまだに半信半疑であった。正体不明という言い様のない、例えようのない存在に、心の中に不安が残っている。
「コイツは…」
巨人になった後も轟の手の中にはあの懐中電灯が残っている。もしかしたら、また変身できるかもしれない。
敵性金属体に戦いを挑むことができるかもしれない。
しかし轟は、なるべくなら使いたくない気持ちがあった。頭の悪い轟は、戦うことに恐怖はない。だがしかし、轟の中には戦いに対する躊躇いがある。
自分が戦って良いのか。
先の戦闘を思い返す。
信念もない自分が戦って大丈夫なのか。
IGFならばもっと上手くやれるのではないか。
この懐中電灯は自分が持って良い力なのか?
轟の心でそれらの考えがぐるぐると渦巻き、大きな「不安」として居座っている。
「コイツは…本当に俺が使うべきなのか?」
顔をしかめて、足りない頭をひたすら絞る。手の中の懐中電灯は、悩みの種は何も答えてくれない。
「俺は…戦うべきなのか…?」
「何を悩んでいるんだい?」
「おっわぁ!?」
突然声をかけられて、身体中から冷や汗が吹き出す。振り向けば、木製の屋台が目の前にあった。
赤い暖簾にはらあめんの四文字。どうやらラーメンの屋台のようだ。
「いやぁ…いきなりでっけえのが出てきて慌ててそこのビルの地下の駐車場に逃げ込んだら、街中ボロボロじゃねえか。そんで沢山の人が避難先もわからずに彷徨き回ってて、腹空かしてまるでゾンビみてえだ。」
聞いてもいないことをベラベラと捲し立て、屋台がその場にスタンドを立てて停車した。
「そこら辺の人らもそうだが、そんなにしかめっ面じゃどうにもなんないよ。ニイチャン!腹ごしらえでもしてくかい?」
「腹ごしらえって…」
声の主、屋台の店主がにこやかに問い掛ける。轟は思わず否定的なことを言おうとしたが、鶏ガラの香しい香りに鼻が勝手にひくついた。
ラーメン。ラーメンの匂いだ。
腹の虫が鳴る。
「…一杯いくら?」
「五百円だよ。」
「じゃあ、一杯。」
リュックから財布を引き出し、左手の人差し指を立てる。汚れきったスーツが笑うように揺れた。
店主は禿げ頭を撫でて笑う。
「あいよ、醤油でいいね?」
「あ、はい。」
そして屋台の向こうで、丼の中に手際よく材料を入れていった。
「へい、お待ちぃ。」
轟の目の前にラーメンが差し出される。
海苔、メンマ、焼き豚が二枚ずつ飾られ、空いたスペースに茶色の煮卵半分。刻みネギがたっぷり散らされ、薄いスープの中には黄色い麺が沈んでいる。
王道的な醤油ラーメンのようだ。
「いただきます。」
割り箸をとる。細い箸は、不格好な左右非対称となった。不器用な轟は、いつも上手に割り箸を割れない。
麺を箸で掬い、つまみ、口へ運んで啜る。
「あっぢ!ふーっ、ふーっ。」
少し啜って、出来立て特有の高温に慌てた。息を吹き掛け再び啜る。
旨い。
別に滅茶苦茶美味であるわけでもない。カップラーメンはともかく、そこら辺の店舗で食べられるラーメンとそう違いはないだろう。手作り特有の「味」があるだけで、別段特別美味しいわけではない。
しかし、旨い。
瓦礫だらけの場所で悩み疲れた体に、暖かいスープはよく染みた。
「うめえ。」
「そうだろ?屋台ラーメンは最高だろ?」
轟は頷いて麺を啜り続ける。焼き豚やメンマを頬張り、丼の中身がスープだけになった頃、屋台の店主は轟に聞いた。
「ところでアンタ…何をそんなに悩んでいたんだ?ここに家でもあったのか?」
「いや、家はここじゃないんだけど…」
悩んでいたことは事実だが、その原因はそこではない。轟は少し困った。
まさか「自分が巨人に変身し、敵性金属体を倒せるようになったが、それが正しいことなのか悩んでいるんだ」などと正直に言えない。それは非常識的だ。
かといって轟に嘘をつくだけの口の上手さはなく、下手に喋ってボロが出るのは一番ダメだろう。
なんとかお茶を濁せないものか。
「んじゃあ、昔のこととか?」
ここで思わぬ勘違い。その一言に轟は飛び付く。
「んまあ…そんなところか、な。」
「そうか!それじゃオッチャンが愚痴を聞いてやろうか?」
ずいと近寄る禿頭から顔をずらしつつも、轟は了承する。自分の過去で心が疲れたこともあるからだ。
人に話せば、それも少しは紛れるかもしれない。
「じゃあおっちゃん、聞いてくれるか。俺の昔話。」
そして、丼の中のスープに目を落とし、轟は少しずつ語りだした。