天風のゼダ   作:アルファるふぁ/保利滝良

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第3話 その名はゼダ
Aパート


 

海の一部を埋め立てて、その上から作られたIGF日本支部基地。いくつものエリアに区分されたその基地の中で、中央部に置かれた司令部がある。轟はそこで軟禁されていた。

目の前にあるのは、鏡。轟は今、洗面台で顔を洗い、目を覚まそうとしている。

「夢じゃあないよなあ」

IGFは、敵性金属体から人類を守る国際軍事組織で、轟がいるのはその日本支部の中枢だ。

ただの一般人であるなら、近付くことすら絶対ないであろう場所。だが、轟自身は、何故自分がここにいるのかをしっかり認識していた。

尻ポケットを叩く。そこに入れておいたものは、今はない。無くて当然か。

それを使えば、轟は敵性金属体を沈める、戦う巨人に変身するのだから。

「没収されてら。そら、取り上げるよな…」

真っ白で清潔な男子トイレ。LEDの光が眩しい。男子トイレから出ると、自分を見張る役目を与えられたIGF隊員がいた。

鬼瓦を彷彿とさせる、四角くていかつい顔。確か名前は花園だったか。

「祭さん、もう終わったか?」

「まあ、うん。次はどこに行くんだ?」

「元田副司令が会いたいとおっしゃってるんで、副司令室かな。じゃあ着いて来て」

花園はフランクに接してくれた。軍事基地に連れてこられた轟に気を使っているのだろう。なかなか気の利く人間のようだ。

花園の背中を追いかけながら歩く。その間にも、轟は周囲を見回した。

白い天井、白い壁、白いフローリング。壁に窓はなく、時折ベンチがあったことを除けば、随分と殺風景な基地であった。

そんな白い廊下にあっては、自分と花園は浮いた存在のように見える。

「こっちだよ」

轟がキョロキョロしながら歩いて行くと、グレーのドアの前で花園が手招きをしていた。

扉の色は壁と塗り分けられているようだ。

失礼します、と一言告げて、花園が自動ドアの横のボタンを押した。シュッ、と小さな音を立て、二人の目の前のドアが右にスライドする。

轟の目に飛び込んできたのは、飾り気のない執務室であった。ロッカーや本棚といった備え付けの家具はあるが、必要なものが必要なだけ置いてあるといった風情で、実に殺風景だ。

そんな殺風景な部屋の中心に、大きな執務室があった。そして、そこに座っている、IGFの制服を身に纏う、彫りの深い顔立ちの男。

「君が…祭轟君」

「お、オス。その通りです。初めまして…」

轟を見やると、男は椅子から立ち上がった。

「私は元田義弘、このIGF日本支部で副司令官をしている。今…というかここ3年は司令官が出張していて、私が実質的にここの最高責任者をさせてもらっている」

「は、はぁ…お偉いさん?」

「そういうこと」

流し目で花園を見つつ、小声で聞く。花園は即答した。

鬼瓦のような顔をさらに強張らせながら、花園が敬礼を行なった。

「陸戦隊歩兵隊長花園伸介、お呼びの方をお連れしました!」

「ご苦労だった花園君。ありがとう、元の業務に戻りたまえ。萩原君によろしくな」

「了解で、あります!」

回れ右して副司令室から出ようとする花園を、轟は不安そうな目で見詰めた。俺を知らない偉いさんと二人きりにしないでくれ、と。

「良い人だから、心配しないで」

だが、花園はすれ違う一瞬に小声をかけるだけで、そそくさ部屋から出ていってしまった。

轟が止める暇もなかった。

「さて…祭轟君。面倒な話は好きかな?」

「嫌いです」

即答。当たり前の答え。元田が頷く。

「では、ここに来て早々悪いが…訓練場に行く。着いてきてほしい」

「はぁ…」

通信機と水筒をそれぞれの手に持って、元田は椅子から立ち上がった。

 

 

 

広い訓練場。テレビで見た陸上競技場のような場所。そこに、元田と轟がいた。

二人から少し離れた場所には白衣を着た集団がいて、何やらカメラのような機械やパソコンに似た機械を抱え、その場に留まっている。

「君が寝ている間、これを使わせてもらった」

「えぇ!?」

元田が制服のポケットから取り出したのは、懐中電灯に似た何かである。轟はそのアイテムがどういったものであるか知っている。

あの巨人への変身に必要な道具だ。これのボタンを押せば、敵性金属体を打ち倒す存在に変身できる。

「このボタンを押せばいいんだろう?だが…誰が押しても、あの巨人は現れなかった」

元田は、轟の手を取り、懐中電灯もどきを持たせた。

「ここで見せてくれ。君にしか使えないと言うのなら、今この場で変身してほしい」

ちらり、と、手のひらの物体を見る。こんなに広い場所であれば、変身しても問題はないだろう。

無闇矢鱈と動かなければ、足元のIGF職員たちに危害を加えてしまう心配もない。

「わかりました。離れていてください」

「ありがとう。向こうの彼らの方に行ってくる」

元田が踵を返し、小走りで白衣の集団に向かっていく。やはり、あれらは彼の部下であるようだ。

元田がしっかり離れたのを確認してから、轟は右手に変身アイテムを握ったまま手を振った。

向こうの白衣の一人も、それに反応するように手を振る。何かは知らないが、向こうの準備も万端のようだ。

「行きまーす!」

轟が宣言した、と同時に、ボタンが親指で押し込まれた。

周囲が光に包まれる。眩しい光が轟を塗りつぶし、天に向かって伸びて行った。

光が少しずつ、巨大な人のシルエットを形作る。輝きは少しずつ収束していき、ついに、あの巨人が姿を現した。

元田が、白衣の集団からマイクを受け取る。顔に近づけて、口を開いた。

「あーっ、あーっ。聞こえるか?」

それに反応して、巨人が元田を見下ろす。顔の中心にあるゴーグルのような目から、確かに視線を感じた。

「絶対に動かないでくれ。身じろぎひとつもダメだ」

巨人は、元田の方を向きながら首を縦に振った。

それを確認すると、元田は右隣の女に目配せする。彼女はIGF日本支部研究チーム班長、朝香玲奈。ゼダを研究し、敵性金属体を倒すヒントを探る任務を与えられた人間だ。

朝香は他のメンバーと違い、白衣を着ていなかった。代わりに、ごつくて分厚い白い防護服に身を包んでいる。放射線も超高熱も防ぐ代物だ。

防護服がのそのそ動き、スプーンとフラスコを手に持った。そしてゼダの方にたったか走って行く。

それを尻目に、元田は白衣の研究員たちの話し声に耳を傾けた。身内以外と話さない彼らは、常にボソボソとした早口で興奮気味にまくし立てる。

耳の方に意識を集中せねば、とても会話を聞き取れない。

「これはすごいすごいすごいまだ潜在エネルギー値が上昇している〜!原子力発電所3つぶんのエネルギーがあの中に」「表面から出てきてる粒子はなんだろう朝香班長が持ってきてくれるかというかこれは」「あのサイズなのに少しも肉が崩れないし超重いだろうに地面が陥没しないのはいったいどういうことな?骨格に何か秘密があるのかもしくは外骨格で構成されてるのか」

すっと、離れる。報告は後で聞くことにしよう。

だが、彼らの興奮の一部はわからなくもない。目の前の巨人の秘密は元田もよく知りたい。

研究チームは知的好奇心から、元田は期待から、あのゼダの秘密に興奮しているのだ。

そうこうするうちに、朝香が戻ってきた。おそらく、巨人の足の表面をスプーンで掬い、フラスコの中に入れたのだろう。フラスコの方にはしっかりと蓋がしており、絶対に保存しておくという強い意志を感じる。

「どう!どう?」

「流石っすね朝香班長確かに粒子がありますよ」

「おっ…密閉されたことにより粒子が増えている?!」

「いったいどのようなメカニズムだろもしかしてこれが敵性金属体を倒す手がかり?」

「戻って徹底的に調べたい!じっくり見たい!」

一通りひそひそ話を終えた研究班が、ねっとりとした目で元田を見やる。軽く後じさりしつつ、元田は言った。

「ご苦労だった、戻ってよろしい。その粒子の調査・研究を開始してくれ。責任は私が持つ」

その言葉を聞いて、研究チームはそそくさ立ち去って行った。

白衣と防護服の集団の後ろ姿を眺めてから、元田はもう一度マイクに声を吹き込んだ。

「あの方に、真っ赤な戦車の残骸があるのが見えるか?」

元田が指差した方を、巨人が見る。首を伸ばしているから、少し遠いと感じているかもしれない。

やがて確認したのか、巨人は右手の親指と人差し指で丸を作って見せてくる。

「あれに、ここから攻撃をしてくれ。軽くでいい!」

巨人は、戦車の方と元田を交互に見た。大丈夫なのかどうか不安に思っているのだろう。

「赤い戦車だ。赤い戦車なら問題ない!」

再度念押しすると、巨人はようやく標的に狙いを定めた。

手のひらを向けると、そこから一瞬光が迸る。放たれた光の弾丸は、あっという間に赤い残骸に到達。爆煙をあげて粉々にせしめる。

双眼鏡でその様子を見ていた元田は、制服の胸のワッペンを握り潰した。

「彼がいれば…」

 

 

 

 

深夜0時を過ぎた頃。デスクトップパソコンのキーボードを叩く音が止まらない。

元田が、仕事を続けているのだ。

IGF日本支部副司令の仕事は山積みだ。今は司令の仕事も兼任している。作るべき書類は増える一方だし、行うべき指示だって山積している。

徹夜だって何度もしてきた。それに、今このペースを止めて小休止すれば、そのままダメになってしまうかもしれない。

一種の強迫観念すら感じさせる仕事ぶりの最中、元田のパソコンに通信が入る。誰だ、と思えば、色黒のたくましい男だった。

彼は大竹隆二。この日本支部本来の司令官だった。

「こんにちは元田くん。いや、そちらの時間ではこんばんはかな。夜分遅くにすまないね」

「ご無沙汰しております、大竹司令。お気になさらず。ところで、いかが致しましたか?」

「あぁ、まあ、後々に正式な辞表が来ると思うが、今言っておいた方が君の精神衛生上いいかと思ってね。君に朗報が二つある」

「朗報が、二つ…?」

画面の向こうの上官は、にこやかな笑みを浮かべて告げる。

「元田君、これからは君が、IGFジャパンの司令官だ」

「わっ、私がですか?!しかし、大竹司令は未だご健在で…」

「3年もそこを開けていたからな、いっそ本部直属に異動した方がいいという判断らしい。それで、俺の異動に伴って、君の役職も上にスライドするというわけだ」

目を丸くしている元田に対し、大竹は笑いながら話を続ける。

「俺のことは心配する必要はない!日本支部じゃお飾りみたいなもんだったし、実質的なトップは君だったろう。それに、やることは今とはほぼ変わらんぞ」

「そ、そうなのですか」

「あぁ。むしろ、司令官となったことで色々な補助将官がつく。今みたいに夜通しで作業する必要もなくなる」

「あっ…は、はぁ」

元田は苦笑すると同時に、希望に胸がすくような気分を抱いた。副司令という立場上秘書を持てなかったので、元田の受け持つ仕事はいつも限界ギリギリを超えていた。

それが、司令という立場に立つことで改善される。

「辛い仕事を続けさせて済まなかった。これからも、私がいないぶんも日本支部を守り続けてくれ」

「…不肖元田義弘、謹んで受け継がせていただきます」

「あまり肩肘張ると、司令になる前にぶっ倒れちまうぞ!」

「き、気をつけます」

大竹は、そういうところがダメなんだよな、と苦笑いした。その真面目さが日本支部を引っ張ってくれているとはいえ、いつも気を張り詰めていたら、無理が祟るのは目に見えている。

今言っても仕方ないか、と間を置いてから、先代司令官は再び語り出す。

「で、次の朗報は…あの巨人を、日本支部の正式な戦力として扱ってもいい、という御達しが出た。これも辞令が近日行くと思う」

「正式な戦力に…!それは、本当ですか!?」

「無論我々は…祭轟だっけ?彼本人の意思を尊重するとともに、その身の安全やプライバシーの保証に全力を尽くす。だが、敵性金属体との戦いでは、あの巨人は人類を救う最強戦力となってくれるかもしれない」

元田は口ごもった。確かに、轟が変身するあの巨人がいれば、人類の戦力は大幅に上がるだろう。元田だってそれを望んでいた。

だが、今になって彼の心に小さな痛みが走った。

「…果たして」

「ん?」

「民間人に…敵性金属体との熾烈な戦いを行わせていいのかと…。しかも、最前線で…」

その問いに、大竹は唸った。顎を撫でて眉を顰める。

「確かに、それについては本部でも揉めた。あの巨人の正体が知れた時点からずっと、戦力として取り込むかどうかを会議してて、今それが終わったところなんだ」

「お疲れ様です」

「それはお互い様だよ。まあ、それで…結局は本人の意思に任せることにした。IGFの一員として、敵性金属体に立ち向かってくれるかどうか」

「どんな答えが待っているんでしょうね…」

腕を組み、二人は不安げにため息をついた。

今ここで考えても答えは出ないが、それでも考え込んでしまう。YESと言われても不安はあるし、NOと言われても困ってしまう。

「まあ、それに関してだ。俺に、IGFジャパン司令として最後の仕事をさせて欲しい」

「さ、最後の仕事、でありますか」

「そうだ。あの巨人の名前を決める。いつまでも巨人巨人じゃ、味気ないだろ」

「はぁ…」

元田は困惑した。大竹元司令殿は、最後の仕事がそんなものでいいのだろうか。

だが、大竹の目は輝いている。名付け親になることが嬉しいのだと言わんばかりに。

「あの巨人を見たとき、本部の連中が口々に言ったんだ。コレだ!ってな。コレ、ってのは漢字で書くと是って書く。わかるか?」

「えぇ、まあ。日かんむりの…色即是空の是ですよね」

「そうだ。是だ!の読みを変えて、ゼダ!ゼダってのはどうだろう」

「いいですね、かっこいいと思いますよ」

「はっはそりゃよかった。この名前が、世界を救う名前になるぞ!」

日本からはるか離れた土地で、日本にいるその巨人の名前を決めて、大竹は笑った。

彼の頭の中では、ゼダが地球を救うのは、ほぼ確実なことになっているらしい。

「話は以上だ。諸々、よろしく頼むぞ元田君!」

「ありがとうございます大竹…司令」

「次会うときは、別の呼び方になっているだろうなぁ。ご苦労様、じゃあな!」

通信が終わり、大竹の笑顔が画面から消える。黒い液晶に映るのは、新しい日本支部の司令官だ。

「ゼダ、か…」

元田はその名を口にした。それは世界を救う名前なのか。それはもうじきわかることだろう。

 


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