伊織さんが長谷部くんにお花を送る話。
「留守番、有難う。問題はなかったか?」
「はい、問題ありません。主も、ご無事でよかったです」
とある日の昼下がり。主が現世での仕事から帰ってきた。審神者として俺達をまとめる傍らで別の組織をもまとめておられるらしい。流石は俺の主。…と、ふと主の手元に目が行く。赤い花が包まれた花束が目に映る。……現世で貰ったのだろうか。主は人気のある方のようだから、まあ、贈り物のひとつやふたつ持って帰ってこられることは珍しくはないのだが……そう分かっていても、少し胸の奥に何かが刺さるような気がして。しかしそんな気持ちを外に出すわけにもいかず、俺は平静を装う。
「…花瓶でもお持ちしますか?」
「ん?…ああ、これか。ほら」
ばさっ。目の前に差し出される花。鮮やかな赤が目に眩しい。…俺は唖然とした。
「?」
何も言えずにいると、目の前の主は涼しい顔をして
「…お前への土産だよ」
と言った。
「へ?…俺への、ですか」
我ながら腑抜けた声が出たものである。真逆俺への土産だったとは予想外である。主はそんな俺を見てくすくすと笑う。
「何だ今の声は……。ああ、その花だが、ええと…ゼラニウム?と言うそうだ。…ではな」
ひらりと軍服を翻して去っていくその背中を見つめながら、俺はまだぼんやりとしていた。完全に姿が見えなくなった後で、改めて手の赤を見つめる。ぜらにうむ?…俺は花はよく分からないが、とりあえず初めて聞く花であることは確かだ。以前俺が花をあげたことへのお返しなのだろうか。
「…とりあえず、聞いてみるか……」
俺は部屋を出て、廊下を進み、奥の階段を登った。
目指す先は、俺達の私室。
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「へえ、ゼラニウムじゃないか」
「綺麗なもんだな」
「やはり分かるか」
そこは長谷部と光忠、大倶利伽羅、鶴丸が過ごす私室。大倶利伽羅のみ遠征で本丸を離れていたが、他の二人はそこにいた。長谷部は光忠ならこの花のことが分かるのではと思い、ここに来たのである。果たして光忠はゼラニウムを知っていた。
「どうしたのこれ」
「貰ったんだ、主に」
「主にか、愛されてるな、君は」
まあ近侍だし古株だから当たり前か、と言いながら鶴丸がからからと笑う。
「この花に何か…意味はあるのか?」
「んー、そうだね、あるよ、確かに。鈍い伊織くんがそれを踏まえて買ってきたかは知らないけどね」
困ったように笑いながら、光忠は続ける。
「ゼラニウムは赤、白、ピンク色あたりがあるんだけど…全部に当てはまるのが『尊敬』『信頼』。で、赤いゼラニウムの花言葉は…確か………『君ありて幸福』だったかな?」
「君ありて………幸福………」
復唱するように長谷部が呟く。光忠の言うように、確かに伊織は鈍い方だ。特に人からの好意にはすこぶる鈍感で、以前長谷部が胡蝶蘭を渡した意図も、彼に伝わってないと長谷部は思っている。だが、もしこの手にある花が、今彼の言ったような意味を込めて渡されたものだとしたら。
「伊織くんは鈍いけど、適当でゼラニウムってなかなか選ばない気もするからね、彼にしては珍しくそういうのが分かって選んできたのかもね」
「いいなぁそういうの。俺も参考にするかな、驚きを与えられるような花言葉ってないのかい?」
「うーん、今度調べてみようかな」
談笑する光忠と鶴丸をよそに、少しだけ頬を緩ませる長谷部。背後にぽとりぽとりと、桜の花びらが落ちていく。
ああ、主。
俺も貴女が居てくださることが幸せですよ。
その気持ちを込めてこれをくれたのでは無かったとしても、それでも俺は幸せです。
この花を選ぶ、その間のほんの一瞬でも、貴女が俺のことを考えてくれたことは確かだから。
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「……伝わっただろうか」
静まり返った審神者用の私室には、ひとり呟く彼の主の姿があった。彼に花言葉の知識など殆どない。だが今回彼に渡したゼラニウムは、光忠が言っていたような意味を込めて渡したものである。現世にいる自分の相棒とも呼べる者に手伝ってもらって、今回の贈り物を選んだのだ。花とか、それが持つ意味とかに心得がある者がこの本丸には数人いるが、その中でも光忠や歌仙と長谷部は特に仲がいい。彼らがいれば、仮に長谷部が自分の意図を分からなくても、どうにかして伝えられるだろうと思ったのだ。
「出会えて良かったとは思っているが、流石に直接伝えるのは、な」
これは、面と向かって思いを届けられない不器用な審神者と刀のおはなし。
同じ方向を向いているからこそ、お互いの目を見つめることができていないだけで、その気持ちは、ずっとまえから、