Infinite Stratos -Paradigm shift Endeyumion- 作:リディクル
今回の話では、ある人物が改変されていることがわかると思います。
といっても、セリフだけですが。
それではどうぞ。
目を覚ました織斑一夏の目に入ってきたのは、木の葉で縁どられ、心なしか丸く見える茜色の空であり、少しずつ意識がはっきりしていく中で、背中に感じる感触から、自分の体が砂の上ではなく、普通の土の上に寝転がっているのだと理解した。
――何故、自分はこんな場所で寝転がっていたのだろうか。目を覚ましたばかりのイマイチ回らない頭でそんなことを考えながら、一夏は体を起こそうと動き出す。しかし、少し体を動かしただけで、体中の至る所から軋むような痛みを感じた。だが、その痛みは激痛というわけではなく、容易く我慢ができるものであったので、感じる痛みに顔を顰めながらも、上半身を起こすことができた。それだけで、視界が幾分と変わる。
辺りを見渡す限り、この場には木と草と花しかないことが再確認することができた。また、周りに存在する木々の様子から、今いる場所は森というよりは、林のような場所である可能性の方が高くなった。しかし、それはあくまでも一夏自身が考えた予想であるので、当たっているかどうか定かではない。ほんの少しだけ視線を下にやってみれば、座るように身を置いている自分の周りには、小さな白い花がまばらに群生しているのが確認できた。
また、仄かに香る花と土の匂いの他に、それらに混じるように鼻をくすぐる潮の香りと、耳に届く決して小さくはない波の音から、海が近いのだと予想することができた。しかし、そこまで考えることができたからこそ、一夏の脳内に、何故自分はこの場所にいるのかという疑問が、再び浮かび上がった。そもそも、このような場所で、一人で寝転がっているという事態が、正常なものではないのだ。
こうなる前に何があったか、一夏は未だによく働かない自分の頭を酷使し、今まで見ていた夢を除き、目を覚ますまでに何があったのか、そして自分がこうなる原因となりうるような事象が何であるのか、今日という日に何があったのかを思い出すと同時に、それらの記憶を整理することにした。
まず、今日は臨海学校の二日目であるということだ。本当に日にちが変わっていないかどうかを確認する術を今は持っていないため、それが真実であるかどうかは分からないが、順々に思い出していけば、自ずと答えは出るだろうと思った一夏は、今はその考えを頭の隅に追いやり、思考を再開する。
臨海学校二日目で最初にあったイベントはといえば、自身のファースト幼馴染が、
そんな彼女に、科学者はこう呼びかけた。
『確かに、専用機は渡したよ。でもね、私は箒ちゃんが今思っている理由では渡したくなかった。だけど仕方なく、本当に仕方なく上げることにしたんだ。だからね、何で専用機が必要なのか。何で自分が持たなければいけないのか。もう一度考えて欲しいの』
そう言った彼女は、とても真剣な表情をしていた。対して、そのお願いを聞いた幼馴染は、憮然とした表情で、渋々といった風に頷いた。そうした態度は、何で私がそんなことを考えなくちゃならないんだ、と言っているようなものであることが、二人の間の諍いについて部外者である一夏でもわかってしまう態度であった。
――だが、そうした彼女の態度が、後の失敗を引き起こしたのだろう。
そして、結果は一夏が撃墜され、失敗した。撃墜された彼は、目覚めたあとに聞いたのだが、全身にやけどを負ってしまい、一時生死の境をさまようという事態にまで発展したらしい。そんな中、彼は白い砂浜で白い少女と、白い騎士と出会うという不思議な夢を見た。その夢を見ていた時は、夢の外で何が起こっているか意識することがなかったが、白い少女の呼びかけと、その後の騎士が問いかけてきた言葉を聞き、ようやく今の自分に何が起こっているか、そして他の皆がどうなっているかを理解した。
そんな夢から覚めた一夏は、怪我一つない自身の身に疑問を抱きながらも、とにかく現状を把握するために、作戦司令室となっている旅館の一室を目指して歩き出した。
作戦司令室に着いた一夏を最初に出迎えたのは、他でもない織斑千冬だった。部屋の中に入ってきた一夏を見た彼女の顔は普段の仏頂面ではなく、本当に驚いていたかのように目を見開いたものだった。彼女の他にも山田先生や一夏の母もいたが、そのどちらも千冬と同じような表情を浮かべていた。
そんな彼女たちに、一夏はただ一言「今どうなっているの」と聞いた。いち早く驚きから帰ってきた千冬が、事細かに現状の説明をしてくれた。
一夏が眠っている間に、他の専用機持ちが出撃したらしく、つい先ほど銀の福音と交戦状態となった。出撃した人数は、全部で七人。セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、篠ノ之箒、そして男性操縦者二名。幸いにも男性操縦者はその二名しか出撃しておらず、他は全員待機しているらしい。
そこまで説明して、千冬は一夏に対して「こんなことを聞いて、どうするつもりだ」と僅かに怒気を含ませた声色で問う。一夏の答えは、最初から決まっていた。
「追いかける」
ただ一言、彼はその場にいた全員に聞こえるように言った。その言葉を聞いた山田先生と彼の母は、目に見えて動揺をあらわにした。しかし、彼の目の前に立つ千冬だけは、何も言わず、静かに目を閉じたまま思案しているように見えた。やがて、小さくため息をつき、目を開けた。そして真剣な表情で一夏を見つめ、口を開いた。
「わかった、行ってこい」
決して大きくない言葉。だがその声色には、有無を言わせぬような迫力があった。
「意外だな、てっきり止めると思ったんだけど」
「――こういう時のお前が、私の言葉で止まった試しがないだろう」
そう言って、千冬は笑みを浮かべる。不敵で、しかし少しの優しさを垣間見せるその笑みは、やはり姉は偉大だという感情を一夏の心に抱かせるには十分なものだった。
許可はもらった。あとは行くだけだ。そう考えた一夏は、そのまま部屋を出ようとした時、母と目が合った。母の顔には、不安がありありと浮かんでいた。一度目が失敗し、決して短くない時、一夏は意識を失っていたのだ。そんな息子が、起きてそんなに時間が経っていないにも関わらず、また意識を失う原因となったものへと向かっていこうとしているのだ。不安な表情を浮かべて当然といえよう。しかし、一夏はそんな母に向かって、なるべく柔らかい笑みを向けて、言葉を紡ぐ。
「――行ってきます」
ただ一言そう言って、一夏は部屋から退室する。自分の言葉で変化する母の表情を見てしまえば、自分の中にある決意が鈍ってしまう気がしたから、すぐに彼女から目を切った。
そんな自分の背中に「いってらっしゃい」という母の言葉が、小さく届いたような気がした。
作戦司令室から退室した一夏は、誰に見られるわけでもなく、その足で旅館の前の砂浜まで歩いてきた。まだ日はまだ高い、自身が撃墜されてからまだそんなに時間が経っていない。そのような希望的観測をしてしまいそうになる。
だが、時間は有限であり、事態は刻一刻と変化していく。だから急がなければいけない。
そう考えた一夏は、ひと呼吸おいた後、自身の専用機を展開する。ただ意識する、これだけの所作だけで、彼の身は純白の装甲に覆われる。完全に展開された彼の専用機――白式には、一回目の出撃で銀の福音から大量の攻撃をもらったにも関わらず、損傷が無い。だが、その事実に対して一夏は疑問を抱くことはなかった。大方、ISの自動修復機能が正常に機能したのだろうと考え、すぐにその考えを頭の隅に追いやり、スラスターに火を灯して飛翔する。
無断で出撃した彼女らの座標は、既に千冬から送られてきていた。ホログラムに映し出された光点が目まぐるしく動いていることから、未だに交戦状態であることは一目瞭然だった。そして、無断出撃した人数と、光点の数が同じことから、誰も撃墜されていないことが分かった一夏は、小さく安堵のため息をついた。しかし、そうして気を緩めたのは一瞬であり、すぐに気を引き締め、一刻も早く彼女らの元へとたどり着くために、座標が指し示す方角を向いた瞬間にほぼ一瞬で最高速まで加速した。
そうして移動を続けて、もうすぐ交戦区域に突入するか否かという時に、突如としてホログラムの光点の動きがゆっくりになった。それが意味することを瞬時に理解した一夏は、徐々に速度を落としていく。やがて通常の航行速度に戻った時には、先に出ていた彼女たちの姿が見える所まで来ていた。彼女らの様子を見てみると、ISの装甲に傷がいくつもついているものの、誰ひとり欠けることなく滞空しているようだった。
そんな彼女たちに十分に近づいてから、大きく声を張り上げる。声を聞いた彼女らはこちらを振り向き、そして一人を除き破顔する。そして近づいてきて、口々に事の顛末を語っていく。彼女らの話によれば、銀の福音は自分が来る少し前に打倒したらしく、既に搭乗者を救出することに成功したようだ。その証拠に、気絶した女性をシャルロットが横抱きにしているのを確認した。
格好が悪いようだが、姉に自分のわがままを聞いてもらい、その上で自分が持てる全速力で彼女たちの元へと急いだのにも関わらず、自分が追いつく前に全てが終わっていた。そのことに少しの気恥ずかしさを覚えたが、そのような感情よりも、みんなが無事で良かったという想いの方が強かった。
そんな想いとともに、みんなで帰ろうとした時に、自分を呼び止める声が聞こえた。その声の方を見てみると、そこには皆が自身の姿を見た時に笑わなかった例外の一人が、人の良さそうな笑みを浮かべていた。その人物は、現在IS学園において自身を除く
少しだけ話がしたい。そう言った彼は、一夏以外の専用機持ちに先に戻るように頼んだ。専用機持ちの彼女らの反応は、彼のそんな様子を訝しんだり、素直に彼の言うことに従ったりと様々だった。そして当の呼び止められた一夏はというと、特に何も感慨を抱かずに、別にいいぞ、と答え、他の専用機持ちに先に旅館へ戻るように促した。そんな自分の言葉に納得がいかない人間が一名いたものの、最終的には一夏の願いを受け入れ、彼女たちは旅館へ向けて移動を開始した。
そんな彼女らの背中を見送った一夏は、改めて彼と向き合う。彼も彼女らが去ったことを確認したのか、一息ついたあとに口を開いた。
――彼の口から吐き出された言葉の数々は、一夏にとって全く身に覚えのない、世迷言と言えるようなものだった。やれ、お前は誰も守れないだとか、お前の言葉は薄っぺらいだとか、はっきり言って相手にしているだけ無駄だと思えるような暴言ばかりを言い始めたのだ。
そんな彼に対して、一夏は「何言ってんだお前」という感情を、できるだけオブラートに包んで言い返し、間髪入れずに早く旅館へ戻るために話を切り上げ、彼に背を向け、そして――
「……思い出した」
不機嫌そうに顔を顰めながら、一夏はそう呟いた。何故自分がここにいるのか、何故自分の周りに誰もいないのか、記憶を整理してようやくその理由を思い出すことができた。
背を向けた直後、自分は彼に後ろから斬られたのだ。それも思いっきり。そしてどのようなからくりを使ったのかはわからないが、白式の絶対防御が発動し、シールドエネルギーが全損。意識を失いこの場所へと落ちたというわけだ。あまり高い場所ではなかったことと、木の枝がクッションがわりになったことが幸いし、対して怪我をせずに済んだのだろう。あの後何が起こったかなど、気を失っていた自分にはわからないが、自分を斬った彼がこの場にいないことから、自分を放置して先に旅館へと戻ったことは容易に想像することができた。
そう考えると、心の内からふつふつと怒りが沸いてくる。ただその怒りは自分を斬った彼に対する怒りだけではなかった。そんな彼の凶行に反応することが出来なかったことや、こんなことならば彼女らとともに旅館へと帰還することを選択すれば良かったと考えている自分の至らなさに対する怒りもそこにはあった。
だが、既に起こってしまったことへ思考を巡らしても意味がないことは、今までの経験からわかっていることだ。今すべきことは、これからどうすべきか考えることだ。とは言っても、既にやるべきことは決まっている。
そう考えた一夏は、体に力を入れ、ゆっくりと立ち上がり、潮の香りをたどりながら歩き始めた。
一夏の予想通り、砂浜に出るまで数分も掛からなかった。砂浜まで出てきた一夏は、波の音を聞きながら海の様子を見渡してみる。荒れている様子はなく、静かに波が寄せては返している。しかし、時間帯が時間帯のためか、時折飛んでいく鳥の影以外に空を行くものはない。それが意味することは、既に自身を斬った彼に置いて行かれたということだ。
その事実に一つため息をつきながら、一夏は白式を展開しようとした。
――白式は、
一夏がそのことの異常性に気がついたのは、完全に展開しきった時だった。最初に彼の頭に浮かんだのは、なぜ展開できるのかという疑問だった。ほんの少し調べてみれば、彼によってシールドエネルギーが全損したにも関わらず、それは何事もなかったかのように満タンになっており、こうして展開できているのだ。それだけではない、些細な変化であるが、装甲の一部が見たこともないような形状になっている上に、全体的にスマート……というよりも、無駄な部分が省かれ、細くなっているように感じた。
そして、自身のISの変化はそれだけではなかった。装甲を展開して纏った際に、今まで感じたことのない感覚を感じたのだ。それは言葉として表すのならば、今までとは比べ物にならない一体感。もしくは、
そんな大きな違和感を覚えた一夏であったが、すぐにその感覚に対する思考を頭の隅に追いやった。はっきり言ってしまえば、今自身が望んでいることとは関係がないことだからだ。いま自身が望んでいるのは、ISが正常に起動し、旅館へと戻ることができるということだけなのだから。そう考え、少しだけ動作の確認をする。結果、何も問題は見つからなかった。
その結果が得られた直後、すぐに一夏は上空へと浮かび上がり、旅館がある方角を向く。ついでに、周囲に何かないか索敵を行いながら、軽くプログラム等の精査を行っておいた。そのどちらも、十秒程度で結果が提示され、動作確認の時と同じく異常なしという答えが出た。
その答えを見た一夏は、内心安堵しながら、移動を開始した。
◇
太陽が沈みゆく水平線を見つめている織斑夏希の頬を、潮風が撫でる。彼女が立つ砂浜に寄せては返す波の音だけが耳に届く。そんな海の要素の中にありながらも、彼女の心は不安の只中にあった。もうすぐ日が沈む。そうであるにも関わらず、いくら待てども
「……一夏」
そんな不安に駆られながら、夏希は無意識のうちに息子の名を呟く。なんという皮肉なのだろうか、無断で出撃した彼女達は何事もなかったように帰還できて、仮とはいえ許可を取った自身の息子は帰ってこない。
――行ってきます。そう言った彼の声は、今でも覚えている。もしかしたら、何かあったのかもしれない。その証拠に、彼女達から少し遅れて帰還した男性操縦者は、何かを隠しているようだった。そのことについて夏希は問い詰めようかと思っていたのだが、そうなる前に彼は千冬に連れて行かれてしまった。説教が終わってから詰問しようにも、その時にはもう手遅れになっているかもしれない。
そこまで考えて、一つため息をついた。本当は、今すぐにでも一夏のことを探しに行きたい。だが、自分は何故か
だが、未だに原因を取り除くことが出来ず、夏希はISを起動出来ていない。探しに行きたいのに探しに行くことができないのだ。
そう自覚しているからこそ、彼女は静かに目を閉じ、ただひたすら祈ることをやめなかった。それが、何もできない彼女ができる唯一のことだからだ。願うことはただ一つ、一夏の無事だけだ。ただ一人の、自分が腹を痛めて産み落とした息子。過去に一度、自分の非力から失いかけた、最愛の我が子。そんな彼を失いたくはないと思うのは、罪なことだろうか? 我が子との平穏を望み続けることは、悪いことであるのか?
その問いに答えてくれる人は、今はいない。だがそれが罪であり、悪であるのだとしても、夏希はそれを求め続けるのだ。
そう思いながら、夏希は目を開く。
そして、水平線の上に、一つの影を見つけた。
その影はどんどん大きくなってくる。目を凝らして見れば、その影は人型であり、時が経つにつれ、どんどん形状と色彩がはっきりと認識ができるようになってくる。
まず目に付いたのは、その身に纏う白。その次は、纏う白が機械的であるということ。そして、纏っている人物が男性であること。
そこまで認識した夏希は、その人物は自分がよく知る彼であると考え、徐々にその表情をほころばせていく。果たして、彼女の予想は当たっていた。ゆっくりと砂浜へ降り立ち、纏っていた白を解除してこちらへと歩いてくるその人物は、紛れもなく彼女の息子であった。
「――ただいま、母さん」
夏希の前に立ち、一夏はただ一言、言葉を告げる。
その言葉に応えるかのように、夏希は満面の笑みを浮かべ、口を開いた。
「おかえり、一夏」
クロス先のキャラが本格的に出てくるのは後二三話待っていただくことになります。
なので、楽しみにしている方々はもう少しお待ちください。
ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
よろしければ、感想を書いていただけると幸いです。
それではこれからも、どうぞよろしくお願いします。