ご注文はなんですか?   作:直田幸村

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どうも。直田幸村と申します。

最近、久しぶりに「うさぎになったバリスタ」。

早見沙織さんの歌声も相まってほろりとしてしまいました。

そしてふと書いてみたくなったこの話。

どうぞよろしくお願いします


プロローグ

 突然だが、わしの孫の話をしよう。

 香風智乃。それがわしの孫の名前じゃ。

 チノは、本当にいい子じゃ。早くから母親を亡くし、男手一つで育てられたのじゃが、手伝いもよくしてくれるし物わかりも良い。特に、わしの息子つまりチノの父親が営んでいる喫茶店の手伝いもしてくれて本当に助かっておる。少々頑固なところもあるがわしの自慢の孫じゃ。

 じゃが、幼い頃から家の手伝いをさせてしまっていたせいか、人見知りになってしまったようで、特に近い年代の友達がおらんかった。

 わしが、死んでからアンゴラウサギとなってしまったのは、きっとそんなチノに罪悪感を感じていたからだろう。

 それからというもの、わしはチノの話し相手として常に一緒にいた。そのせいでさらに人見知りが悪化してしまったことは否めないが、わしには一人で寂しそうにしているチノを見ているだけではいられなかったのじゃ。

 それに、最初はチノが心配だったからという思いから始めたことじゃったが、本当ならもう二度と会うことのできなかった孫にこうして再会できたことがうれしくて、また話ができることが楽しかったのじゃ。

 しかし、いつまでも人見知りで家族以外とうまく接することができないのでは、よくない。

 喫茶店でバイトを募集し始めたのは、ちょうどそんなことを考えていた頃じゃろうか。

 中学生のチノと同学年とはいかないが、年のそれほど離れない女の子が入ってきて、最近では打ち解けてきたようじゃ。それに加えて、学校の同学年の友達を家に招く用にまでなっておった。

 これはとても喜ばしいことじゃ。いままで家族以外話す相手など居なかったチノが他人と接し、他人と楽しそうに笑っている。それを見るたびに、わしの心は満たされる。

 じゃが、同時にもう一つの感情がわいてくる。もう潮時なのではないかと。友達と遊ぶようにはなったが、そのときもわしはいつも一緒。チノはまだ、わしがそばにいなければだめなのじゃ。頼ってくれることはうれしい。しかし、このまま、依存しきった状態ではいずれ・・・・・・。とふと考えるのじゃ。

 わしは考える。もう潮時なのではないかと。離れるときがきたのではないかと。

 

「ん、・・・・・・ううん。朝ですか」

 カーテンの隙間から差し込む優しい光に照らされ、今日も目を覚まします。

 うーんと一つ背伸びをしベッドから降りると、カーテンを開けます。

「今日も、良いお天気ですね」

 太陽が放つ白い光を体いっぱいに浴びて、

「よし。今日もがんばりましょう」

 まだ、寝ていたいという欲望を振り払います。

 ふと振り返ると、底に布のしかれたかごの中に白い丸いものが目に入りました。一見、もふもふした白い毛玉のように見えます。周りに毛糸玉があったな、始めてみる人には見分けが付かないかもしれません。

 でも、これも立派な生き物。アンゴラウサギという品種のウサギなのです。そんな白い塊の前に私はしゃがむと一撫でします。

「おはようごさいます。おじいちゃん」

 私は、そういって微笑むと朝の準備の為に着替えを始めました。

 私が、このウサギをおじいちゃんと呼んでいるところを見たら、その人はきっと驚くことでしょう。人によっては、おじいちゃんという動物の名前としてはおかしな名前をつけられたのだなと結論づけるかもしれません。

 しかし、このウサギには、ティッピーという立派な名前がすでについているのです。おじいちゃん、もしくはお父さんと呼ぶのは私と私の父だけ。

 ほかのみんなには秘密なのです。

 とはいえ、言っても信じてはもらえないでしょう。このウサギの中には紛れもなくおじいちゃんがいると言っても。

「では、おじいちゃん。お父さんの手伝いに行ってきますね」

 着替えを終えて、私は、いまだ寝ている様子のティッピー(おじいちゃん)にそういい残すと、一階にある喫茶店の方へ降りていきました。現在父は、喫茶店「Rabbit house」を経営しています。その朝の支度を手伝うことは、小さいときからの日課です。アルバイトを雇ってはいますが、皆さん学生です。平日は、ここにくるのは学校が終わった午後からになってしまいます。そのため、朝はいつも二人。お父さんと私ですべての支度をすませなければなりません。

 別に、それを苦に思ったことはありません。母が亡くなってから、男手一つで育ててくれたお父さんの助けに少しでもなれるのならうれしいのです。

 今日も、お手伝いをがんばろうという気合いで、むしろじゅうじつしているくらいです。

 そんな、いつも通り気持ちのいい朝に、私はかすかな違和感を感じていました。

「それにしても、あのおじいちゃんが寝坊なんて、珍しいですね」

 おじいちゃんはいつも早起きです。私よりも早く起きて、私のことを起こしてくれることもしばしばあります。

 そんなおじいちゃんが、私よりも起きるのが遅いどころか私に起こされるなんてことは、いままで一度もありません。

 ですが、そのとき私は、本当に珍しいこともあるんだな程度にしか考えていませんでした。

 

「おはようございます。お父さん」

 私が声をかけると、お父さんは、動かしていた手を止めてこちらを振り返りました。お父さんは一足先に支度を始めていたようです。

 服装は、すでに喫茶店の男性用の制服を身につけています。

「おはよう、チノ」

 私の挨拶に、低いですが澄んだ心地の良い声で返してきます。

 Rabbit houseは少々変わった喫茶店です。昼はふつうにゆったりとした喫茶店として営業を行っていますが、夜になると一変、大人な雰囲気漂うバーへと姿を変えます。そんな変わった喫茶店で、父は、午前中に喫茶店のマスターとしてコーヒーを入れる一方、夜にはバーへと変わる店にあわせてバーテンダーへと変身します。巷では、ダンディーでかっこいいと有名になるくらいで、わたしの自慢の父なのです。

「フロアの方を用意してくれないか? それが終わったら、朝ご飯にしよう」

「わかりました。今日はほかに仕事はないんですか? ほかに手伝うことがあったら言ってください」

「悪いなチノ。今日は早く目が覚めてな。仕事はほとんど終わらせてしまったんだ。その分明日は、チノのために仕事を残しておこう」

「もう、お父さんったら」

 そんな父とたわいのない話をしながら仕事を終わらせます。朝の仕事を終え、朝食の支度を始めようとしたとき、父は、私の頭に目を向けました。

「おや。そういえば、おやじはまだ起きてないのか?」

 お父さんも私と同じことに気づいたようです。普段は、学校以外のほとんどの時間、ティッピーは私の頭の上にいます。

 周りから見れば、変わった帽子をかぶっていると思われるだけですが、いつも私を見ている父には、そこら辺に出回っている間違い探しより寛太案だったことでしょう。

「はい。今日は珍しく私の部屋で寝ています。夜更かしでもしたのでしょうか」

 居心地がいいのか、ほとんど離れません。そんなティッピーが今は頭の上にいない。いつも感じていた慣れ親しんだ質量がなく、少し違和感を感じてしまいます。

「まったく、おやじ。またチノの部屋に潜り込んだのか・・・・・・。まあそうか、だったらいいんだ。朝食はあとで私が持って行こう」

「そうですね。お願いします」

「じゃあ、ココア君を起こしてきてくれ。朝食の支度は私がやっておこう」

「わかりました」

 私は、階段を上がってこの家のもう一人の住人の寝室へ向かいます。彼女は、高校入学を期に、私の家に下宿しにきた人です。名前は、保登心愛さん。出会った瞬間にべたべた抱きついてきたり困ったところもありますが、時々頼りになる良い人です。

「ココアさん、朝ですよ。起きてますか?」

「・・・・・・」

「はぁ。ココアさん、入りますよ」

 ノックをしてから声をかけますが、案の定返事はありません。彼女はおねえちゃんを自称していますが、朝は私がこうして起こしてあげないとなかなか起きてきません。まったく、手の掛かるおねえちゃんです。

 音を立てないように静かにドアを開けると、規則正しい寝息が聞こえてきました。どうやらまだ熟睡中のようです。

 彼女が寝ているベッドまで近づくと、幸せそうな寝顔が見えてきました。ココアさんは、だらしなく涎をならしときどきえへへと声を漏らしていました。なにか幸せな夢でも見ているのでしょうか。

 そんな幸せそうな寝顔を見ていると、ココアさんを起こすために来たにも関わらず、夢から覚まさせてしまうことが申し訳ないような気がしてしまいます。

 もともと、私たちの家族の朝食は、仕事の関係上一般家庭と比べて早くです。そのため、学校への登校時間にはそれこそ二十分に時間があります。家が何かの店である人でなければ、早く起きるならその分少しでも寝ていたいと考える人がほとんどでしょう。

 ココアさんの実家もパン屋さんを営んでいるようですが、ココアさんを見ると、朝はゆっくり寝ていたいタイプのように思えます。喫茶店の支度はさっきまででほぼ終了してしまいました。手伝ってもらう必要はなく、時間もたっぷりある。ここは、もう少し寝かせておいてあげましょう。

 私は、ココアさん起こそうとのばしていた手を引っ込め、ココアさんの部屋から出て行こうとしました。

「へへへ、チノちゃぁん・・・・・・」

「へ、・・・・・・ココアさん?」

 そんな矢先、寝ているはずのココアさんに名前を呼ばれて飛び上がってしまいました。

 ふたたびココアさんの様子を確認します。しかし、先ほどの同じように静かな寝息を立てています。どうやら、寝言だったようです。

 私の名前が出てくるということは、夢の中に私が登場しているということでしょうか

「まったく。夢にまで私を見るなんて、困ったお姉ちゃんです」

 そういいつつも、いったいどんな夢を見ているのか気になってしまいます。夢の中の私は、いったいどんなことをしているのでしょう。

「え? 一緒に、入りたい? 怖くて入れないの?」

「ん? 怖くて、入れない?」

 怖くて一人では入れないものとは何でしょう。

 もしかしたら、遊園地のお化け屋敷かもしれません。たしかに、一人で入るとなると、気が引けてしまいます。

「しょうがないなぁ。じゃあ私が、体を隅々まで・・・・・・洗ってあげるね。おねぇちゃんに、まかせなーー」

「ーー起きてください。そんな夢から早く覚めてください」

「わわわ。何事?」

 私が少々乱暴に肩を揺ると、ココアさんは火事にでもあったかのように跳ね起きました。

「どうしたのチノちゃん、顔が真っ赤だよ! 何かあったの?」

「いえ、別に。・・・・・・ココアさんには、教えません」

「ええ!? 何でどうして? お姉ちゃんが助けになるから!」

「結構です。・・・・・・原因は、ココアさんなんですから」

「ええぇ! 私のせい? 私何しちゃったの?」

 もう、ココアさんは私とお風呂に入る夢を見るなんて。本当に困った人です。

 私は、頬が暑くなるのを感じて、ココアさんから顔を背けます。すると、それをどう受け取ったのか、

「ごめんねチノちゃん。私何をしちゃったの? 謝るからお願い許して? 嫌いにならないでぇ」

 私に後ろから抱きついてきました。そのせいで、わたしの顔の熱がさらに上昇してしまうことには、ココアさんは気づきません。

 私は、するりとココアさんの手から抜け出すと、逃げるようにドアまで駆けました。

「わかりましたから。・・・・・・もう朝食の時間なので、早く降りてきてくださいね」

 私は、ドアに隠れるようにしてそれだけ言い残すと、階段を駆け下りました。その時、背後から「チノちゃん待ってぇ」とすがるような声が聞こえてきましたが、私は知りません。

 

「本当に、本当に嫌いになったりしてないの?」

「はい、別に嫌いになんてなってません」

「よかったぁ」

 ココアさんが、さっきの調子のまま降りてきたので、朝食も騒がしくなっていました。

 私としては、朝食は静かにとりたいものですが、ココアさんが加わってからというもの騒がしいものとなってしまっています。まあ、にぎやかな朝食も嫌いではありませんが。

 私の向かいの席に座るココアさんは、ほっと胸をなで下ろすと、ぷくりと頬を膨らませます。

「もう、起きたらいきなり顔真っ赤だから、びっくりしちゃったよ」

「そ、そんなに真っ赤だったでしょうか」

「もう、ほんとに真っ赤だったんだよ? 病気なのかなって心配しちゃって・・・・・・。ほんとに大丈夫だよね?」

 と思っていると一変、身を乗り出すと、私の額に手を当ててきました。呆気にとられてすぐには動けない私の額に手を当てたまま、ココアさんは、自分の額にも手を当てます。お互いの温度を確認して、うーんと唸っている時に、ようやく私はココアさんの手を払いました。

「ななな、何するんですか」

「うーん。 熱とかは特にないみたいだけど、また赤くなってきてるよ? ・・・・・・やっぱり何か悪い病気だったりして」

「いえ、問題ありません。べたべたさわらないでください」

「ガーン。チノちゃんにさわれないなんて・・・・・・。いったい何を楽しみにして生きればいいの?」

「普通に生きればいいと思います」

「やっぱりだめだよ。生きて行くにはもふもふ成分が足りないんだよ!!」

 突如席から飛び出したココアさん。驚きの速さで私の横に移動すると、目にも留まらぬ速さで、私を抱きしめたのです。

 一瞬にして、私の頭は柔らかい二つの山に挟まれてしまいます。鼻にほのかに香るいい匂いや居心地の良い柔らかさに心地よさを覚える一方、自分の顔を覆うほどの大きなものと自分のものとを比べてしまい、その現実に絶望してしまうのです。

「は、離して、ください」

 結局、今日も絶望の方が勝り、私はココアさんを引き離そうとします。ですが、もふもふ成分とやらに相当終着があるのか、ココアさんはなかなか離してくれません。

「ふたりとも。仲が良いのはいいが、学校に遅れないようにしなさい」

「はーい」

「いや、ちょっと助け・・・・・・」

 お父さんは、ココアさんにおそわれている私をよそに、一人で食器を片づけにキッチンの方へ行ってしまいます。

 結局私は、ココアさんが満足するまで逃げ出すことはできませんでした。

 

 朝から体力を根こそぎ奪われてしまいました。眠いわけではありませんが、突っ伏したまま頭を上げることができません。この疲労は、ココアさんの言うもふもふ成分を奪われたからなのでしょうか。

「チノー、おはよー。って、朝早いのにもう疲れてんの?」

「どうしたの、チノちゃん? 夜、眠れなかったの?」

 私が突っ伏したままでいると、私の親友が話しかけに来ていました。元気いっぱいで活発なマヤさんとおっとりとして優しいメグさん。正反対の性格の二人ですが、いつも一緒にいるほど仲良しです。そんな二人が私に話しかけに来てくれたことをきっかけで仲良くなり、今では三人で遊んだりお泊まり会をしたりもします。私にとって、二人はかけがえのない友達なのです。

 そんな親友の二人が話しかけに来てくれたのです。疲れているからと言って、こんなところで突っ伏しているわけにはいきません。顔を上げると、二人の心配そうにこちらをのぞき込む顔が目に入りました。

 疲れていたとはいえ、いらぬ心配をかけてしまったようです。疲れはしましたが、ココアさんとのああ言ったやりとりも嫌いだというわけではありません。それを勘違いされたくはありませんし、何より心配を掛けさせておくわけにはいきません。

「マヤさん、メグさん、おはようございます。心配しないでください。大丈夫ですよ」

「本当か? それならいいけどさ」

「なんかあったら言ってね」

「はい、そのときには必ず」

「で、何でそんな突っ伏してたのさ」

「ええと・・・・・・。それは、ココアさんが・・・・・・」

 私が、今朝の出来事を説明すると、

「へぇ、相変わらずココアはココアだな」

「楽しそうで安心したよ。いいお姉ちゃんだね」

「いいお姉ちゃんだなんてそんな。まあ、騒がしいですが一緒にいて楽しいですし、いつもだらしないですがときどき頼れるとこもあったりして・・・・・・」

「・・・・・・」

 いつの間にか顔を隠すようにうつむき加減になっていました。無意識に恥ずかしいことを言っていたことに気づき、それを聞いていた二人の反応をおそるおそる見てみます。

 メグさんはともかくマヤさんが静かに聞いているなと思っていると、二人は何かなま暖かい視線を送ってきていました。

「・・・・・・な、なんですか」

「いやぁ。チノの家には、いい姉ちゃんがいて良いな」

「朝から、楽しそうだね。うらやましいなぁ」

「別に・・・・・・、そんな良いものでは、ありませんよ」

 私は、またうつむき加減になってしまいます。べたべた引っ付いてくるし動きがいちいちうるさいですし。そんなに良いものではないのです。

 でも・・・・・・。

 ココアさんが、他人にほめられているのを聞くと、なぜか誇らしい気分でした。

 

 学校が終わると、放課後はすぐに寄り道せずに帰宅します。

 家で営んでいる喫茶店は、平日の午後から私がお父さんに代わってコーヒーを入れます。その間にお父さんは少し休んで、夜のバータイムに備えるのです。 

 最初は、お父さんの負担を少しでも減らせればと思い、やらせてもらっていたのですが、今では将来の夢であるバリスタを志すきっかけにもなりました。なので今では、ただの手伝いではなく、一流のバリスタになる為の精進の場なのです。

「ただいま、おとうさん」

「おかえり、チノ。今日は、学校はどうだった?」

「いつも通りですね。ココアさんのせいで、マヤさんとメグさんにいらぬ心配をさせてしまいましたが」

「チノちゃーん。私のせいで心配かけちゃったってどうして?」

 いつ入ってきたのか。背後から忍び寄っていたココアさんに気づきませんでした。気づいたときにはもう遅く、為すすべもなく抱きつかれていました。

「うう、これのせいですよ」

「おいココア。何をやっているんだ?」

「ああ、リゼちゃん聞いてよ。チノちゃんが学校で友達に心配されちゃったらしいんだけどね、それが私のせいだっていうんだよ。いつも通りしてただけなのに、おかしいよね」

 長い黒髪がまぶしいココアさん以外のもう一人のバイト、リゼさんは入ってくるなり目を丸くしていました。そんなリゼさんは、ココアさんの問いを聞き、私とココアさんを交互に見ます。そして、私のげっそりした顔を見てうなずきました。

「ああ、合点がいったよ。ココアが悪い」

「えぇ、なんで!?」

 一人理解できていないココアさんに、私は一つため息を付きました。

 

 お父さんから仕事を引き継いで、午後の営業を開始しました。午前中は、町のおばさんたちの集まりで利用してくれます。ですが、当然昼に仕事のある人や学生の姿はありません。ですが午後は、午前中とは打って過わって客層の平均年齢が一気に下がります。クールビューティーなリゼさんと、妹好きと性格に少々難があるものの、ほんわかかわいい印象のココアさんがウェイターをしていますので、学生を中心に利用してくれています。特にリゼさんがいると女子学生の来店が一気に増加します。男女問わずあこがれられるリゼさんには、私もあこがれてしまいます。

「そういえばチノ」

「はい。なんでしょうか」

 リゼさんが、私に新しい注文を伝えたあと、私の頭上に視線を受けながら話を聞りだしてきました。

「今日は、ティッピーを乗せてないんだな」

「はい。今日はなぜか乗ってくれないんです」

 私は、カウンターの端っこで丸くなっているティッピーに目を向けます。

 今朝から少し違和感を感じていましたが、どうも思い過ごしではないみたいです。いつもなら、私の頭の上で大人しくしているティッピー。しかし、今日は私の頭の上に乗ってくれないと思えば、突然落ち着きなく走り出し、とてもティッピー(おじいちゃん)らしくありませんでした。今は落ち着いていますが、お客さんに迷惑をかけてしまいました。

「さっきも大変だったし、いったいどうしたんだろうな」

「はい、いままでこんなことはなかったので心配です」

 皆さんは、ティッピーを普通のウサギだと思っていますが、その招待がおじいちゃんであると知っている私は、皆さん以上にその異変を重く受け止めていました。優しいですが厳格なおじいちゃんが、誰かの迷惑にあることをするはずがありません。

 まるで、おじいちゃんがおじいちゃんでは内容に感じてしまいます。

 

 喫茶店の時間は終わって、バータイムになりました。お父さんとバトンタッチして、私たちは更衣室で着替えます。着替えが終わり、リゼさんは帰宅しました。

 私とココアさんは、自室でゆっくりしたあと交互にお風呂に入ることにしました。ココアさんは、一緒に入ろうとしてきましたが、私はティッピーをつれて一人で入りました。ココアさんには悪いですが、おじいちゃんと二人ではなしかったのです。

 ティッピーは、濡れるのがいやなようで頑なに抵抗していました。濡れるのがいやなのはいつものことでしたが、いつもより抵抗が激しかった気がしました。

 私は、桶にお湯を溜めてティッピーを入れました。ティッピーは、いやがっていましたが、観念したのかそのうち静かになりました。

「おじいちゃん。今日はどうしたんですか?」

「・・・・・・」

「今日は何か、おじいちゃんらしくないというか・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・お、おじいちゃん?」

「・・・・・・」

 話しかけたらいつもなら返してくれます。二人きりの時なら、おじいちゃんの方からも話しかけてくれます。私が話しかけているのに、無視するなんてあり得ないことなのです。

 なのに、返事がありません。

 あの、低音の優しい声が帰ってきません。

 私が話しかけるたびに、さっきの喫茶店での行動も相まって、私が感じていた違和感が深まっていきました。

 

 まるで、おじいちゃんではなくふつうのうさぎのようだ、と。

 

 私は、お風呂からあがるとティッピーを抱き抱えて洗面所をでました。ココアさんに自分がでたことを伝えると、ふらふらとココアさんの部屋をあとにします。後ろから、ココアさんの声がしたような気がしましたが、返事を返すことはできませんでした。

 

 がちゃりと音を立ててノブがまわり、ドアが開きました。

「おっと。・・・・・・チノか。どうしたんだ、こんなところで?」

 家と喫茶店を隔てるドアの前に座り込んでいた私を見て、お父さんは驚いていました。ですが、私の様子を見てすぐにただ事ではないと察してくれました。

 お父さんは、私の元に屈むと私の頭を撫でました。

 それがきっかけになったのでしょう。はらりと、頬を水滴が走りました。

「おと、うさん。・・・・・・ティッピーが。・・・・・・おじいちゃんが」

「おやじが、いったい・・・・・・」

 お父さんは、いったい何を言っているのか考えているかのような口振りでした。でも、その顔を見たとき何となく意味を理解してしまっているとわかってしまいました。

 その表情が、自分の考えが間違っていないと、私に突きつけました。間違っていてほしいと思っていた私の願いを打ち砕いたのです。

 それに一縷の願いが否定され、逃げ場を失った思いが、ついにこぼれ落ちてしまったのです。

 

「おじいちゃんが、・・・・・・いなくなってしまいました」




お読みいただきありがとうございます


頑張って書いていきますのでこれからもよろしくお願いします
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