司令室へ行くために、短い手足を必死に動かして駆ける。
この体は不便極まりない。ともすればペン助の方が走るのが速いかもしれない。いつになったらたどり着くのかもわからない程だ。
電はどこにいるだろうか。アラートで起きないはずはない。既に出撃ドックへ向かったか?それとも執務室か、司令室か。
いずれにせよこうして廊下をよちよち歩きしていては無線を入れることすら叶わない。
速く、もっと速く……!
司令室に着いた時点で、俺は重大なミスを犯したことに気付いた。
ドアノブに手が届かない。
ほんの1メートルの高さのそれが今は途方も無く遠い。
近くに踏み台になるものはない。万事休すか。
「司令官さん!」
天の助けか、電が丁度来た。
「よく来た!ドアを開けてくれ!」
「分かりました!」
電が勢い良く扉を開け、中へ飛び込む。
「無線だ!既に雷が出撃してる!繋いでくれ!」
「はいなのです!」
持ち上げられ、机の上に乗せられる。無線を受け取ろうとしたが大きすぎて受け取れない。目の前に置いてもらい、体全体を使って操作する。
「雷、聞こえるか」
『司令官!そっちは大丈夫なの?』
雷の声に混じって爆発音が聞こえる。既に戦闘を開始しているらしい。
「問題ない、そっちは?」
『今のところは!敵が六体もいるわ!わたし一人じゃどうにもならない!』
「六体だと!?敵の編成は何だ!」
『軽巡と駆逐と……あと、重巡が二人もいる!』
戦艦がいないだけましか……しかし、そんな相手では電が合流しても勝てる見込みはほぼ無い。とりあえず、雷を退避させるしかない。このままでは一方的に嬲り殺しにされる。
「雷、一旦退くんだ」
『でも、鎮守府が!』
「鎮守府なぞどうでもいい!雷の命のが何倍も大事だ!」
『司令官……』
「退避しろ!命令だ!」
『……分かった!』
退避、といっても敵がそう安々と逃がすわけもない。逃げる背中を撃たれる。
「電、雷の退避を援護しろ!」
「なのです!」
元からそのつもりだったのだろう。電は頷いて司令室を飛び出した。
数分。未だ雷は鎮守府に向かい逃げ続けている。電との合流にはまだかかる。
大きな被弾こそ無いが既に傷だらけのようで、無線からは荒い息遣いに混じって時折小さく呻く声が聴こえる。落とされるのも時間の問題だ。
「ネクストがあれば……この程度……!」
モニターの地図には鎮守府へ逃げる雷と鎮守府を出た電を示す緑の点と、雷を追う深海棲艦を示す六つの赤い点が動いている。
敵は全員追ってきている。雷との距離はそれなりに開いているものの、攻撃が十分に届く程度。もし足と言わず、どこかしら撃ち抜かれればその時点で彼女は死ぬ事が確定するだろう。
さらに言えば、電が合流したとしても戦力差は埋まりすらしない。勝つ見込みはない。
運良く生き延びても、鎮守府が破壊されて、それで終わりだ。彼女達の無事如何がいずれにせよ、どう転んでも俺はここに居られなくなるだろう。まあ、二人が生きてればそれで良いが……。
しかし現状、その第一目標である生存すら危うい。
俺はこんなちっぽけな生物になって、無線の前で項垂れるだけ。
情けなさに泣けてくる。
「……ん?」
背後で物音がした。振り返るとペン助が入り口に立っていた。
「ああ、お前か……」
相変わらず何を考えてるのか分からないぬぼっとした顔でこちらを見上げている。
「今、お前のご主人様が頑張ってるんだ。応援してやれ」
投げやりに、そう声をかけると、ペン助は羽をパタパタと振った。応援のつもりなのだろうか。
『司令官っ……電は、まだなの……!?』
無線の声に現実に引き戻される。
「もう少しかかる!避け続けるんだ!もうすぐだ!」
『そろそろ、限界……きゃあっ!』
「雷!?」
大きな爆発音。無線が途絶した。
「電!急げ!」
『全速力なのです!』
「くっ……!」
八方塞がりだった。
恐らく、雷は電が辿り着く前に沈む。
為す術はない。
こんな事になるなら、他の艦娘を建造すればよかった……と言いたいところだが、ちびちびと貯めた建材は先日ネクストの武装が作られた時に無くなった。その武装も今は何処。
運命なのだろうか。
また、失うのだろうか。
俺は……。
「ペン!」
「……は?」
ペン助が、鳴いた。
ペンギンの鳴き声はそれでいいのかとか、お前鳴けたのかとか、色々言いたい事はあったが。
見ると、ペン助は必死に羽ばたいていた。もちろん飛べるはずもない。だが、まるで飛べるとでも思っているかの如く、必死に羽を振っていた。
「ペン!」
もう一度、鳴いた。それは何かを訴えているようで。
「……何が言いたい」
「ペン!」
言葉など話せない。しかし、何かを言っている。
何だ?まさか俺に彼女達を助けに行けとでも言うのか?
「ペンペン!」
「無理だ、俺には何も出来ない」
「ペーン!!」
と、感極まったのか、ペン助が跳ねた。
そして……数秒浮いた。
「なんだ、それは……」
明らかに浮きようもないずんぐりした図体が、その羽ばたきで若干だが、浮いたのだ。
「俺に、飛べとでも言っているのか……?」
「ペン!」
その通り、と頷くペン助。
俺もこいつのように手をぱたぱたさせて飛べと?
「ペン!」
首を振る。違う、ということか。
「ペンッ!」
今度は、バッと大の字になる。何のジェスチャーだ。
バッと……広がる……そして、浮く……?
「……おいおい」
まさかな。浮かんだ考えを理性が否定する。
しかし現に、こいつはこの図体で浮いた。
やれば、分かる。
絵空事だと。ファンタジーだと。
しかし……
カチリと
頭の中で何かが噛みあう感覚がして
浮いた。
ここまでファンタジー
ここからもファンタジー