首輪付きの提督さんなのです   作:久要平生

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帰投、そして侵入者?

 

「お疲れさん。問題ないか?」

 

 雷を入渠ドックに横たえ、脱衣所を出た所で司令官に声をかけられた。雷は先程海上で司令官のコジマ粒子なる高速修復材によって表面上は一切の傷が無くなっていたが、司令官曰く「内臓の傷も完全に修復している保証はないし、そもそもコジマ粒子だけでは何が起こるか分からない。念のため入渠させた方が良いだろう」との事だ。

 確かに、本当に高速修復材と同じ効果なのか確定していない上、副作用が無いとも言い切れない。現状だけで安易に決断を下すのは賢明ではないと言えよう。

 

「はい、大丈夫なのです」

 

 私は頷き、廊下でホバリングしている司令官の正面に立つ。何か追加の話でもあるのかと思っての行動だったが、未だもふもふ状態の司令官は私を一瞥すると、それ以上は何も言わずに飛び去っていった。速度は出していないため海でのような爆音爆風はなく、むしろ心地良い程度の微小の風邪が髪を揺らした。

 

「雷ちゃん、早く目を覚まして欲しいのです……」

 

 そう独り言ちて、その場を後にした。

 

 

 

 

 シャワーを浴びて自室へ戻り、やることもないのでぼうっとして過ごす。思い出すのは、司令官の話。耳が勝手に司令官の声を、故郷の思い出話をするかつての自分の乗員達のような寂しさと懐かしさを含んだ声を、脳内に再現した。

 

『遠いどこかの話だ』

 

 遠いどこか、とはどこの事だろう。過去か、未来か、日本か、外国か、それとももっと別の……。

 

 違う、既に判っているのだ。頭がそれを受け入れないだけで、彼の出自にはもう気付いている。いや、気付いているというよりは知り得ないと表現したほうが適切かもしれない。私の理解の範疇を超えた、そんな御伽噺。

 向こう(司令官の世界)に艦娘は、深海棲艦は居るのだろうか。居ないなら、どうして世界は破滅へと舵を切ってしまったのか。明確な脅威すら存在しないにも関わらず、それでも人間は自らを殺める程に愚かな存在だったとは思いたくない。或いは、人間にとっての脅威は……

 

  人間そのものだったのだろうか。

 

 

 

 

 悶々と思い悩み頭がパンクしそうになって、外の空気を吸おうと部屋を出る。未だ三人しか居ないこの鎮守府の廊下は、酷く無機質な匂いがした。横須賀の鎮守府はここに比べずとも人が溢れていて、どこにいても誰かの匂いがしたものだ。戦艦達の爽やかな汗の香り、空母達の付けている香水の香り、私と同年代の駆逐艦達の子供らしい太陽のような香り。

 ここが悪いとは言わない。しかし、リノリウムと加工されて時間の経っていない木材の混じった匂いの真新しい廊下に立つと、まるで私以外に誰も居ないんじゃないかと錯覚する。それは一言で言えば寂寥感。私は静かな場所が好きだが、同時に人恋しいのだ。艦であった頃にはまるで想像もしなかった。人間とはこうも面倒な生き物なのか。

 

 

 廊下を曲がってもそこには先程と同じような光景が広がっていて、永遠とそれが繰り返されるのではと感じて。しかしそれも一瞬の事。微かな物音を聞き取り、そちらに注意が向く。遠くはないがくぐもった音。階下だろうか。

 外に出る事は一旦忘れ、階段を降り音のする方向へ向かう。何かを引き摺るような摩擦音と、苛ついたような舌打ち。常人では聞き取れない音量だが、艦娘の聴覚は人並みではない。

 

「……侵入者?」

 

 頭を嫌な考えがよぎり、歩調を速める。間もなくして、音の発生源であろう部屋の前に辿り着いた。物置のようだが……。

 戸は閉まっていて、今は何の音もしない……いや、息遣いが聞こえる。息を切らしたような、あるいは緊張しているような早い呼吸音。

 

「ゴクリ」

 

 無意識に喉が鳴った。私に陸での実戦経験はまだなく、もしこれが泥棒か何かだった場合、戦闘は避けられない。司令官に訓練をつけてもらっているとは言え、不安は拭えない。冷や汗が背中を濡らす。

 ゆっくり、ゆっくりと足音を殺して扉に近付く。動悸が激しくなるのを感じる。

 

 

 

 と、扉の下の隙間から眩い光が漏れた。

 

「……ッ!」

 

 何だ。爆発、いやこの光量ではフラッシュバンか。違う、どちらも大きな音があるはずだ。実物を見たことはないが知識として一応知っている。それに何れにせよ侵入者が手元で発動するような代物ではない。

 

 

 数秒ほどして、光が弱まりやがてそれも無くなる。今の動揺で私の足は完全にその場に釘付けになっていた。

 現時点で分かるのは、扉一枚隔てた先に誰かがいて、そいつは私の想像の付かない何かをしているという事だけ。今から艤装を取ってこようか、と考えるが装備して戻って来るまで侵入者がこの場に留まっている確証はない。やはり生身で突入するしかないのか。

 とすれば最適なのは勢い良く倉庫内に踏み込み、相手が動揺している間に昏倒させる。しかしそれが上手くゆく確証は無い。どうする……。

 

 

 

 そうしてたたらを踏む私は、どうやら時間を掛け過ぎたようだった。

 

ガチャリ

 

 金属質な音を立て、ドアノブが回された。

 

 

 身構えたまま固まっている私の眼前で、極度の緊張で体感時間が引き伸ばされているのか、長い時間をかけて、ゆっくりと扉が開いてゆく。今からではこの何の遮蔽物も無い廊下、隠れる事も出来ない。

 

 万事休すか、と思ったが、ここにきてようやく私の足が動くようになった。背水の陣。逃げ場が無くなって、心が決まったのだろう。

 

 重心を落とし、開きかけの扉に飛びつく。足を回し、扉に蹴りを入れて無理矢理全開にする。それによってノブを掴んでいる相手は不意を突かれ、更にバランスを崩すはず。

 

 勢いのまま、体当たりさながらに組み付いた。相手は不意打ちに驚いたように後ろに倒れ込み、馬乗りの形になる。

 奇襲はなんとか成功したようだ。陸では非力だが、これなら勝てる……!

 

 

 そう確信した私は、ひとつ重大なミスを犯していた。

 相手の顔を、様相を確認する程の余裕がなかったのだ。

 

 

 

「い、電!?」

 

 聞き慣れた声に、振り上げた拳を止めた。そこでようやく視点が定まる。

 

 

 

 そう、物置から現れたのは、司令官だった。

 

 

 

 

 全裸の。

 

 

 

 鎮守府に響き渡った悲鳴で、入渠ドックに寝かされていた雷は目を覚ました。

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

「で、その変身とやらが解けた状態の司令官を見て、電が叫んだと」

 

「……あぁ」

 

 30分後、執務室には服を着た司令官と、ペン助を抱いた雷と、私が揃っていた。

 

「電はいい加減に落ち着きなさいよ」

 

 そうは言っても熱を持った頬は私の意志ではどうにもならない。未だに司令官の顔を見ることも叶わない。

 

「悪かったよ、事前に言っておけばよかった」

 

「い、いえ、こちらこそ……申し訳ありませんでした……」

 

 否が応でも思い出す。私はスカートで、司令官は裸で、馬乗りで。太腿に当たった司令官の筋肉質な下腹部の感触がまだ残っているように感じる。一番嫌になるのはその強制的な反芻によって熱を持つ私の……いや、なんでもない。兎に角平常心では居られないのだ。

 人間とは不便なものだ。正確には人間ではないが、同様の精神構造を持っている点では相違ない。この羞恥という感覚、そして異性に対する心のリアクションに辟易する。が、それと同時に鋼鉄の肉体だった頃には持ち得なかった喜びや安堵のような暖かい感情は持つに値するものであって、過去と現在どちらが良いかと聞かれると答えに窮するだろう。

 

 そんな事を状況は収束に向かいつつあって、今は雷と司令官が司令官の身体について話している。身体と言ってもアッチの意味ではなく……健全で潔白な内容であることを付け加えておく。

 

「つまり、司令官はペン助と一緒に段ボールに入らないと戻らないのね?」

 

「あぁ、概ねその通りだ」

 

「面倒なものね」

 

「全くだ。本当に勘弁して欲しいと思うが、そういう仕様らしいからどうにも、な。あの時は電にペン助と段ボールを持ってきて貰おうと思ったんだが、先にペン助を見つけてしまったんでね……まぁ服については失念していた。まさか倉庫の外に電が居たとは。重ね重ね、すまなかった」

 

「いえ、こちらこそ……なのです」

 

 ペコペコと頭を下げ合い、場の雰囲気がいつも通りに戻ってくる。ペン助は雷の腕の中で眠っていた。可愛らしいが何とも、少しだけ憎たらしく感じてしまう。動じない奴だ。その強心臓を分けて貰いたい。

 

 

 

 そんなこんなでお開きとなるかと思いきや、ここで司令官がぽろりと爆弾を投下した。

 

「だが、電は俺の身体見るのは二度目だぞ? そこまで衝撃受けなくてもいいだろうに」

 

 やめろ!蒸し返すんじゃない!それもよりによってそんな言い方で! そう言いたかったが後の祭り。雷が一瞬口をあんぐり開けた後、予想通りの発言をした。

 

「えっ……司令官と電ってそういう……」

 

 勿論だが、私と司令官は()()()()関係ではない。彼が言っているのは前回変身した際の事。私が細くも鍛えられた彼の肢体を見るのは二度目である。

 

「違うのです!!! いや違くはないのですけど!! 司令官もそんな誤解招く言い方しないで下さい!」

 

「お、おう。すまん」

 

 まったくもう……と疲れた表情で雷の方を見やると、にやにやと厭らしい笑み。判ってたなこの姉。

 

「そりゃ分かるわよ。電って単純だもん」

 

 

 そんな事はないのです!と言い返したかったがそうした所で墓穴を掘るだけに違いない。苦笑を零す司令官を軽く睨め付けてから、深く溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 あの後、電が執務室を出てから一通りの説明を受けた。司令官の力のことや、どこか遠い世界のこと。既に電には話したらしいが、電にそれらに対する動揺や違和感は無かった事から彼女はまるきり全て受け入れる事が出来たのか。或いはそれに対する自答を保留にしているのか。何れにせよ先の電の様子に異常は無かったと思う。顔から湯気を出していた点を除いて。

 しかし私には俄に信じられない。実際に目の前で見たはずなのに、だ。

 

 司令官は、

 

「今すぐ理解しろとは言わないが、少しずつ受け入れてくれると嬉しい」

 

と言った。それだけわたしの反応があからさまだったのだろう。自分の事だが、無理からぬ話だと思う。わたしを騙そうとしているのかとも考えたが、司令官(この人)のお人好しなところを見ているとそれはないと分かる。つまり全てが嘘偽りない、ということだ。

 

 そんな人間が、どうしてこんな辺鄙な孤島のような場所で提督をしているのだと詰問したくすらあった。もちろんしないけど。

 

 

「それで、こっちが本題なんだが……電のことでな」

 

 今までの話よりよっぽど重苦しい口ぶりで、司令官がそう切り出した。

 

「電がどうしたの?」

 

 形だけそう聞き返すが、何のことかは分かっている。彼女の抱える闇の事だ。つい先程わたし自身が単純だなどと言ったが、実際は真逆だ。わたしの方がよっぽど単純で、しかし電は違う。でも彼女の二面性、あるいはそれ以上かもしれない内面にはとうに気付いているし、それについてはわたしの中で既に折り合いが付いているつもりだ。

 それを告げると、司令官は安心したように笑った。

 

「なら良いんだ。流石は姉妹だな。……電を頼む。俺では限界があるだろうから、な」

 

「もちろん! もっと私に頼って良いのよ?」

 

「あぁ」

 

 

 そう言って笑い合う。以前より更に絆が深まった気がした。

 

 




遅くなりやした
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