その日、俺は夜間の深海棲艦殲滅を取り止めとした。
理由として、燃料と弾薬の問題が挙げられる。
少々回りくどくなってしまうが、まずはネクストの燃料についての話をする。
ネクストの運用エネルギーは基本的に水素と易燃性合成ガスによる複合型燃料電池からもたらされる。重油や石炭が燃料となる艦娘とは異なるためこれらのリソースは自ら用意しなければならない訳だが、まあこの点は問題なかった。
水素は入手が簡単だ。水を分解すればいいだけだから。その際にそれなりの電力が必要になるが、電力には余裕があった。
鎮守府には大本営からの物資支給があり、この中にはボーキサイトが含まれる。ボーキサイトから精製されるアルミニウムは空母達の艦載機を作るのに必要な材料である。アルミニウムと言えば「電気の缶詰」などと呼称される程に精製に電力が要る物質であり、その為に、各鎮守府には重油での発電設備が儲けられているのだ。この発電設備は同時に緊急時の予備電源も兼ねている。つまりは中々の大型であるため、水素精製に必要な電力をこれによって賄えるのである。
俺はこの事に気付いた時に「軽量のアルミニウムに精製してから支給した方が効率良いのでは?」と考えたが、調べてみるとそうではなかった。先に述べたように、発電装置は予備電源でもあるため何れにせよ鎮守府には必要となるので、ついでにアルミの精製もそちらでやれと言う事なのだ。更に言うと精製を大本営でまとめて行う場合、そのための発電所をボーキサイトの採掘場に併設する必要があり、その発電の為の燃料を運ぶコストの方が高く付いてしまうのだ。加えて現状では燃料の海上輸送が出来ない。大型設備にわざわざ多量の燃料を運び込んで一気にやるより各地で必要量だけ細々とやった方が、相対的に無駄が少ないという話である。故に、支給はアルミではなくボーキサイトなのだ。この他にもアルミの保存性などの理由もあるが割愛する。
易燃性合成ガスの入手には少々手間取った。上述のように艦娘の燃料は重油と石炭であり、ガスを用いない。支給物資や身近には存在しないのだ。そのためこれは自ら精製する必要があった。
と言っても、手ずから調達すべき材料は無かった。易燃性合成ガスは水素と一酸化炭素、それにメタンなどの炭化水素ガスを混合した物質だが、これらは何れも石炭から精製出来るのだ。
だが肝心の精製施設が無かった。水素の精製と違い精製のための炉を作る必要があったのである。そこで俺は、一週間かけ妖精と協力してこれを開発した。実際のところその内の殆どは設計図を書いていたのだが。自作の設計図を妖精に渡したところその殆どを修正され、かつ翌朝には炉が完成していたのを見て、彼らが居なかったらここで行き詰まっていただろう事に改めて気付かされた。文献で見たものより大幅に小型化され、更に複数種のガスを同時に生成可能なその炉はどう見てもオーバーテクノロジーであった。なおその炉は今でもネクスト用ドックにある。
そして弾薬。これは艦娘用弾薬の補給同様に妖精がどうやってか作り出したストックがあったのだが、それも変身ついでに消え去った。俺の体内に貯蔵されているのか、それとも無に帰したのか。
とまあ、暫く前に色々苦労しつつネクストの燃料問題は解決したのだが、今になって何故そんな話をしたのかというと、現状そのネクストが俺自身になってしまったせいでそれらの補給が出来ないのだ。
もふもふのケモノに補給口などある筈がなく、折角解決したその問題が再燃してしまった訳で。つまり今のまま戦闘を続けた場合、いつか燃料切れで戦えなくなるかも分からない。弾薬切れなら肉弾戦をすれば……いや、小型のもふもふ状態では音速を超えた体当りを食らわせたとしてもダメージは与えられるとは思えないので駄目か。下手すれば俺自身がぷちっとはじけそうだ。最悪アサルトアーマーなら殲滅も叶わなくないが、この世界にコジマを垂れ流すつもりはない。選択肢に上らない。結局のところは、燃料弾薬どちらが尽きてもお終いだ。
或いは若しかしたら経口投与でなら燃料補給は出来るかもしれないが、そうでなかった場合に水素と一酸化炭素と可燃ガスをぐいっと吸い込んだ時どうなるかぐらいは容易に想像が付く。碌でもない死に様を晒すこと請け合いである。もちろん水に溶かして飲み込むことも出来ない。そもそも水素は水溶性ではないのだ。
食事に混ぜて、というのも却下である。艦娘達の軍艦的な意味での燃料補給は艤装のみで、本人が重油をゴクゴク飲むのではない。あくまで彼女達本体のエネルギーは一般的な人間と同様の食事によって得られる熱量であって、重油は彼女達ではなく艤装に注入するものである。彼女達がしない事を俺が死の危険を犯してまでする道理は無い。
弾薬においても然り、である。ネクスト用弾薬をマルカジリ出来るほど俺の歯は強靭に出来ていない。
よって、それら問題が解決するまでは激しい戦闘はお預けという事。致し方なしだ。
そういう理由から、俺は夜浅い時間に眠りに就いた。明日二人が出撃するなら、それに着いて行って燃料残量について確認でもしようか、等と考えながら。
――― ――― ――― ―――
朝食後、予定通り二人を哨戒任務と称して出撃するように申し出た。同時に俺自身がそれに同行する、とも。
意外にもこれに対し電が難色を示した。
「私達だけで大丈夫なのです」
少々拗ねたような口振りから察するに、恐らく彼女は俺が力不足だと心配して同伴しようと言っているのだと勘違いしているようだ。哨戒任務といったのが良くなかったのかも知れない。強敵に挑むでもないのにわざわざついて行こうとするのは、確かに彼女達の力量を軽んじているように受け止められても仕方ない。
実際のところ二人の身に万が一の事があっては大変だという気持ちが無いわけではないのだが、俺の現状をありのまま伝えても無駄に心配事を増やすだけに過ぎない。
どうやって丸め込み、もとい説得しようかと考えあぐねていると、雷が本心を知ってか知らずか助け舟を出してくれた。
「電、司令官には司令官の考えがあると思うの。ここは私達の成長を見てもらうと考えて、ね?」
「雷ちゃんがそういうのなら……」
不承不承と電が頷く。立派に姉をしている雷に目を細めると、雷が俺だけに見えるようにウインクしてきた。が、そこはまだまだ幼い彼女の事、ウインクはばっちり両目をつむっていた。それはただの瞬きである。
「もしかしたら戦艦とか空母と戦うかもしれないじゃない? そしたらわたし達だけでは手に余るわ。でも司令官がいれば安心よ」
「それはまあ、確かにその通りなのです」
ふむん、と電はひとつ息を吐き、こちらに改まり頭を下げる。漸く俺の随伴に納得してくれたようだ。
出撃準備を命じ、二人を出撃ドックに向かわせる。ペン助を執務室に残すよう言いつけてから。そして彼女達が艤装を装着している間に俺は段ボールを用意する。帰投後の為である。
これからは主要な部屋には空段ボールを常備せねばな……と考えつつ服を脱ぎ畳む。そのままでペン助に触れれば着ていた制服はその場に投げ出されてしまう。もちろん変身状態の俺ではそれを畳むこともままならないので、仕方なく。そういった理由もあって、二人を先に行かせたというのもある。
以前と同様に真っ白なケモノと化す。何故かチョーカーのみ着けっぱなしだが、それが未だに首輪を放せない俺の深層心理を代弁しているようだった。
自分の頭もかけないほどに短くなった手を広げて、
ここで今更のように気付いたが、普段ならモニターに映る機体状態が確認できなかった。
当たり前である。ネクストと異なり今は―――人間ではないものの―――生身であり、目は肉眼であって、そもそもモニターなぞどこにも存在しない。『
考えなしに出撃して、海上で電池切れです、などとなって水没しては目も当てられない。
だが一緒に行くと言ってしまった、それも雷に御膳立てまでして貰った手前、今更になってやっぱナシ!とはいかない。
とりあえずこの問題は頭の隅に追いやり、埠頭に向かうことにした。
二人は既に海上で待っていた。俺に気付いて手を振ってくる。昨日ボロボロにされた雷の艤装は一晩で新品同様に修復されていた。
「では、出撃するぞ」
「はいなのです!」
「いっきますよー!」
軽く声を掛け合って、静かに凪いでいる海原に漕ぎ出す。
取り敢えず進路を北に取るように告げ、背部の両方に
と、ここでハッとする。レーダーマップが映るモニターが無い現状でレーダーの使用に意味はあるのか、と。
しかしこの世は変な所で都合良く出来ているようで、装備してすぐに敵を複数探知した。その感覚はどう説明したものか。見えたのとは違う、目に映ったわけではないが、そこに居ると分かったのだ。例えるならふと他人の気配を感じるような、あるいは見えなくとも居ることを確信するような、奇妙なもの。
資料で読んだのだが、艦娘もレーダーを積むらしい。同様の感覚を得ているのだろうか。いや、
兎も角、数メートル前を行く二人に声をかける。
「司令官って、すごいのね!」
手放しで褒める雷に相槌を打ち、最寄りの敵の方角、北北東に舵を切った。向こうの数は3。艦種は不明だがやってやれないことは無いはずだ。
暫くして、まだ会敵には程遠いにも関わらず目標の深海棲艦がこちらに進路を変更した。肉眼で確認できるよりずっと遠い位置である。レーダー持ちが居るようだ。
「奇襲とはいかなかったのです」
「厄介ね……」
電が悔しそうに、雷が不安そうに言う。
「だが、敵は三人だ。なんとかなるだろう?」
「まあそうね」
気付かれたからと言って、このだだっ広い大海原。隠れる場所も無い。こちらも真っ直ぐ向かうのみである。依然進路は北北東を維持だ。
それから幾許もなく、水平線にぽつぽつと黒点が映る。深海棲艦のお見えである。
艦娘同様に小型化で性能がぐっと上がったのか、オニキスのような漆黒の双眸が敵を見分けた。今だと視力いくつなのだろうか。人間の状態でも肉体改造により強化された視力は両目で10程もあったが、それが霞んでしまうほどの視力だ。彼我の距離は軽く3kmはあろう。
「敵種、軽巡が2。これはどちらもホ級だな。それと駆逐イ級だ」
「司令官、すごいのです! 電には点しか見えないのです」
今度は電が褒め称える。先と同様に軽く相槌を打ってから思索する。
敵のうち、電探を持っているのはイ級だろう。とすればあれは旗艦だ。つまりともすればあのイ級は他のホ級以上の能力を持っている可能性がある。油断すると手痛い反撃を食らうだろう。
その旨を伝えた上で、二人にこう告げた。
「でもまあ、俺が手出しする必要はないだろう」
「なのです」
当たり前だ、といった風に電が首肯する。慢心ではない。その瞳は明々と輝いていた。或いはイ級についての忠告が逆に彼女の闘争心を煽ったのか。
「違うわ。電は戦果を上げて司令官に褒められたいだけよ」
ざっくばらんな雷の指摘に、電の頬が朱に染まる。
「からかってやるな。ほら、もうそろそろだぞ」
こういう冗談は陸の上でやってもらいたい。現に電が半目で雷にじっとりとした視線を送っている。当の本人はどこ吹く風だが。
双方の砲撃圏内に入る前に、敵が牽制射撃をしてきた。電も雷もこれには動じず、最短を突っ切ってゆく。
戦闘開始だ。
説明が長くなり本当に申し訳ない
燃料についての下りは色々調べて書いたのですが恐らく殆どが現実的ではなくガバガバな内容だと思います許して
あと易燃性合成ガスは造語です 現実にもある合成ガスと炭化水素ガスの混合物的な感じです実用性は不明
あと活動報告上げました