首輪付きの提督さんなのです   作:久要平生

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蠢き

 

「まずは遠距離戦よ! 一発くらいは当てたいわね!」

「頑張るのです!」

 

 眼下から勇ましくもどこか可愛らしいやり取りが聞こえる。

 二人に激励の言葉を掛け上空に飛翔した俺は、役職通り司令塔として二人をサポートする為に彼我の位置が容易に確認できるポイントに移動していた。

 

 今回の戦闘で、俺は手出しをするつもりはない。あくまでサポートであり、本来の司令官の仕事をこなすだけのつもりだ。まぁ、万が一の時はやぶさかでは無いが。

 理由としては二人の練度上げのためだとか、これから先俺無しでの戦闘が少なからずあるだろうからその練習だとか、幾つか挙げることが出来るが、一番は俺自身の燃料問題が解決していないと言う話。果たしてこの身体のエネルギー容量があと何時間か何分かも不明な以上、下手に動き回る訳にも行かない。

 

 

 

 とりあえず現状で解決できようもない懸念に憂慮するのを止め、目下の現状を確認する。敵は軽巡ホ級が2、駆逐イ級が1。イ級を殿(しんがり)とする鶴翼の陣(三角形)の形を取っており、やはりあのイ級がflagship(旗艦)である事は間違いないようだ。

 

「さっき言った通り、そのイ級は他の二体を優に上回る性能だ。あえてそれを先に狙う道理もない。手前のホ級から倒した方が良いだろう。戦術作戦は任せるが、極力被害の少ないようにな」

「承知したのです!」

「任せて!」

 

 返答と同時に左右に散開する電と雷。各個撃破に挑むのだろう。更にそれぞれが引き受けるホ級を引きつけるための牽制射撃。その動きは打ち合わせていたかの如く見事に揃っており、今までの地道な訓練と共同生活の成果、そして何より姉妹である事を誇示しているようであった。

 

 しかし訓練と実戦は違う。接近戦が始まってからの判断こそが彼女達に必要な物である。満足な訓練と確かな実戦経験こそが戦士を鍛えうるのだ。

 さて……俺は俺の仕事をせねば。

 

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

「アナタの相手はわたしよ!さあ付いてらっしゃい!」

 

 (わたし)は右方のホ級を引き付けるように継続的な砲撃を加えながらイ級から離れる。

 その最中もう一方のホ級と戦う電を見やると、彼女はのらりくらりと小さな動きでホ級の砲撃を避けてはいるが大きく離れようとしているようには見えなかった。それどころかまるで動きたくても動けないような、駆動系に問題があるとしか思えないぎこちなさである。

 

(まさか、既に脚部艤装に被弾したの!?)

 

 そう考え電の足に目を向けるが、被弾跡も故障の様子も確認できない。

 彼女の行動の理由に思い当たるより早く、別の懸念が思考を遮る。敵の後方から迫るイ級である。

 まずい、とは思ったがそれを事前に伝える事は叶わなかった。既に彼女の動きが鈍っていることに気付いていたのか、イ級が電とホ級との戦闘位置に辿り着いていた。

 

 それでも、と通信機に手を伸ばした所で、電と目が合った。いや、この距離では目線の判別は不可能だが、確かに電がこちらを見たように思えた。

 まるで「こちらは任せろ」とでも言うかの如く。

 

(……なるほどね)

 

 つまりあれは不可抗力ではなく、わざとそうしているという事で。その間にこちらを片付けろ、という事なのだろう。

 なら、任されよう。私の仕事を全うするのだ。視線を自分と相対しているホ級に戻し、てらてらとした深海棲艦特有の装甲を、その内側に隠れているであろう顔を見据えた。

 

 

 

 精神を集中させると、すぅ、と波の音が引いていくのを感じる。代わりに体全体が周囲の風の流れを、両の眼が敵の微細な動きを……砲撃の予備動作を、感じ取って無意識にそれを避けるように動く。

 思い出す。司令官が言っていた。「艦娘も深海棲艦も同じ、砲撃の瞬間にはその衝撃に耐えるように全身が硬直する。一見すれば分からない程度だがよく観察すれば気付けるはずだ」と。

 

 相手が撃つタイミングさえわかれば後は簡単だ。その砲弾が辿るであろう射線に居なければいいだけ。

 性質上ホ級の装備は5 inchの弾だ、しかし実際に放たれるのはその何分の一のサイズである。生身の人間では掠っただけでも衝撃波でミンチに成り兼ねないが、わたしは艦娘だから余程の至近弾でない限りは問題ない。

 

 

「そんな攻撃、当たんないわよ」

 

 軽口を叩いて煽りつつ避ける。私を貫くはずだった砲弾が遥か後方で水柱を上げた。

 そこへ間髪入れずに砲撃を放つ。ホ級の左肩付近の装甲が弾けた。砲撃直後の一瞬の硬直は、戦場では致命的だ。こうやって大きな隙と成り得る。

 

 

 

 

 小さい、軽い、という事は駆逐艦のアドバンテージである。小回りが効き、制動や加速が素早く行える為に回避が容易なのだ。(ある意味で悔しいけど)被弾面積が小さいという利点もある。

 その優位性を充分に発揮し敵の砲撃をすいすいと避けながらの砲撃で一方的にダメージを与えてはいるのだが、やはり火力が心許無いのかホ級は現状中破程度。フジツボのように数多ある砲の半数以上を破壊したが、まだ継戦不能とまではいかない。

 

(早く倒さないと電が……!)

 

 焦りが表層化してきている事を感じつつ、しかしそれを止めることが出来ない。

 集中が切れてしまう前に倒さねば逆にやられる可能性も……いや、そんな事を考えてはいけない。集中しないと……

 

 

「ッ、ぐぅ……!」

 

 直撃ではなかった。

 しかし衝撃で左腕の袖が千切れて宙を舞う。舞ったのが腕じゃなくて良かった、と思うが傷はそれなりに深いようで、肘から指先へと暖かい液体が伝い落ちてゆくのを感じる。

 一瞬の()()を見逃すほど敵も馬鹿ではないという事か。

 

「これは……マズいわね……」

 

 痛みこそ鈍いものだが、これで一気に形勢はイーブンになった。

 休む暇もなく更に撃ち込まれる砲撃をすんでのところで回避し、条件反射的に撃ち返す。外れた。

 

「倒さなきゃ……わたしが……!」

 

 次々と砲弾が飛んでくる。わたしの避け方を学習したのだろう、砲撃は少しずつ避ける先を読んでいるように放たれる。ギリギリな回避が増えてくる。一方でわたしの攻撃はてんで当たらない。

 心なしか、ホ級は私を嘲笑っているようにも感じた。「ほらほら、頑張んないと死んじゃうよ?」と言っているようにすら思えた。

 それが、どうしようもなく悔しかった。悔しくて、それと同時に

 

 

 

「あったまきた……!」

 

 近距離戦を放棄して、ジグザグに避けながら一気に接近する。至近戦に持ち込むのだ。

 ホ級はわたしが痺れを切らして突貫しようとしていると考えたのか、後退するのではなく近づいてくる。

 

 あと数メートルという距離で12.7 cm連装砲を構える。左足を引いて、上半身をお辞儀させる。

 ホ級もそれと同時に射撃体勢に入って。

 

 そして、爆音とともに砲弾が()()放たれた。

 

 

 

「かかったわね!」

 

 顔は見えなくとも、ホ級の動揺が見て取れた。

 

 何故なら、わたしは撃たなかったから。

 

 

 

 相打ち覚悟の突撃に見えたのだろう。しかし撃ったのはホ級だけ。

 わたしはその瞬間に砲撃ではなく……砲撃の姿勢から更に左足を下げ、うつ伏せに水面をスライディングした。

 

 砲弾がわたしの頭上を通過し、虚しく水面に突き刺さる。

 水面を叩いて上体を跳ね上げ、腰を捻って一回転。敵の顔面まで1メートル。

 

 

 主砲が、火を吹いた。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

 後方で上がった爆発音を聞きながら、()はイ級から錨を引き抜いた。

 ねとり、とどす黒い粘液が糸を引く。

 

「この程度、なのですか」

 

 少し離れた位置に浮かぶ残骸に目を移しながらそう語りかけるが、既に鉄くずと化したソレから返答はない。

 が、答える者が居た。

 

<殺しなんてのは、そんなもんさ……一方的でしかねえんだよ、いつだってな>

 

「……」

 

 それは違う、と言おうとして、言葉に詰まった。思い出したのは先日の司令官の姿。

 一方的に深海棲艦を蹂躙する、真っ白な悪魔の姿を。

 

<受け入れろよ、死にたくなけりゃあな>

 

「……分かっているのです」

 

 踵を返して、雷の方へと向く。

 キラキラと輝く笑顔の雷が大げさに手を振り、その傍らにはふわふわした首輪付きの獣が浮いていた。

 

「戻ってきてたのですね」

 

 そう呟き、彼等の方へ足を運んだ。

 

 

 

 

――― ――― ――― ―――

 

 

「良くやったな、電も雷も」

 

 労いの言葉をかけると、雷は満面の笑みを浮かべ胸を張った。一方で電はどこか不服そうな表情をしている。

 戦果を見る限り、雷は被弾ありで軽巡を単騎撃破、電は被弾無しで軽巡と旗艦駆逐の撃破である。雷が不満そうにする事はあっても電がそうなる理由は無い筈だ。

 

「よし、じゃあ帰ろうか」

 

 しかしそれを追求はせず、一先ず帰投命令を出す。

 

 

 急いで帰る必要があった。

 

 

 

 

 

 

―――時間は遡り、戦闘開始直後。

 

 俺は二人を見守る振りをして、上空に飛んだ。実際双方を確認出来る位置ではあったが、俺の意思は別の方に向いていた。

 

 一度は格納したレーダー―――格納と表現したが装備した時にどこからともなく現れたのと同様に、解除すると虚空へ掻き消えたのでどこに仕舞われているのか不明だが―――を再展開して確認する。

 レーダーで確認できるのは僚機を意味する二つの点と敵機を意味する四つの点。僚機とは電と雷の事だ。

 そして、敵機は4()。内三つは目下の三体だが、十数キロ離れた位置に静止する点があった。

 

 空高くに移動したのは確認をするためだ。

 艦種と、その場から動かない理由を。

 

 二人共が戦い始めたのを確認し、更に上昇する。

 

「ここまで来れば見えなくなるか?」

 

 戦場を離脱するのを悟られてはいけない。そう思い視認できない位置まで上がってからレーダーの示す方向へ進路を取る。

 エネルギーの心配もあるためオーバードブーストは使わずに進むが、小型化されても速度は以前のままのようで、数分もせずに視認できる距離に到達するだろう。

 

 

「……ん?」

 

 が、最高速度に到達する間もなく、水面スレスレを動く物体を感知する。

 

「これは……艦載機?」

 

 目視で確認すると、それは偵察機であった。

 まるで電達の戦闘を観戦するかの如く、ふらふらと飛び回っている。

 

「こいつ、最初から観ていたのか……これの本体がレーダーに映っている奴だな」

 

 一旦偵察機は捨て置いて、その元凶を改める為に空を走る。

 そして、対象まで後数キロの地点で、俺は急制動をかけた。

 

「なんだ、この禍々しいオーラは……」

 

 赤と黒の入り混じった、フレアのようなオーラがその深海棲艦からは吹き出ていた。

 それは怒りと憎しみの入り混じった怨嗟の声を具現化したようにも、或いは苦痛と悲哀をどろどろに溶かし込んだ血液の奔流のようにも見えた。

 

 そして、同様に赤と黒で塗りつぶされたその姿は余りにも歪で、おぞましいものであった。

 ヒトガタの部分は表皮が剥がれ落ちたのかはたまた焼けただれたのか見るも無残な姿である。その半身から生えているようにも見える艤装部分は顔の上半分を引き千切られたような、下顎に三連装砲が合体している部位、それと二本の角のうち一方が根本からへし折られた悪鬼の顔にも昆虫の顔にも見える部位とで構成され、それぞれから伸びたチューブはいずれもその途中で切れて蛇のようにうねっている。

 

「こいつは一体……」

 

 何らかの棲姫であることは間違いなかったが、このような姿の個体は見たことも聞いたこともなかった。

 そもそもオーラを纏っている深海棲艦など存在していることすら知らない。

 

「チッ……一旦戻るか」

 

 出来ることならこの場で処理してしまいたいところではあった。が、例によって燃料問題もあったし、それ以前に……情けない話だが、俺はこいつに勝てる自信がなかった。

 見た瞬間に心臓を鷲掴みされているように感じる程のオーラを発しているこいつを前に、俺は怖気づいてしまっていた。

 

 抜き足差し足、勘付かれないようにその場を去り、二人の元へ戻ったのだった。

 

 

 

 

―――そして現在、俺は二人を連れて帰投中、常にレーダーから意識を逸らさずに居た。

 が、奴は動く気配を見せなかった、それどころか明後日の方向へ去っていった。偵察機も追いかけてきている様子はない。

 

 奴の目的は先の戦闘の見物だったのだろうか。いや、そんな筈はない。では何を考えて偵察機を飛ばすだけに終始していたのか。

 考えても答えは出ない。

 

 

 取り敢えず、戻ったら正体を調べる必要があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、近くのとある鎮守府が一隻の深海棲艦によって壊滅。

 生存者はただ一人。その時偶然そこを訪れていた憲兵であり、彼女は語る。

 

「赤と黒の深海棲艦が鎮守府を滅ぼした」

 

 と。

 

 

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