「実質戦力が増えたようなものなのです。そう考えれば、良いことじゃないですか」
あきつ丸用の部屋を設えている最中、溜息を吐いた俺に電がそう切り出した。
「本気か?」
「マジだと思うのですか?」
「……はぁ、ったく」
皮肉マシマシの電の言葉に頭痛が悪化しそうになる。
現在の俺は憂慮案件に事欠かない。
「第一の問題は司令官自身のことなのです。これがバレると良くて実験対象、悪くて駆逐対象なのです」
「逆だ、逆。……まぁ、バレたらお上に告げ口される前に失踪してもらうとか……手がない訳じゃない」
「司令官にそれが出来るのですか?」
「出来ないと言えば嘘になる……が、極力避けたい」
「つまり現状はバレないに越したことはないということなのです」
電には見透かされているのだろう。彼女の言葉は「甘ちゃんの司令官には自己の保身のために殺人なんて出来やしない」という事を言外に伝えていた。図星だ。
「……そうだな。で、第二の問題は」
「それについては今から確認に向かうのです。……悲観はいけませんが、これに関してはあくまで答え合わせ程度に考えていて欲しいのです」
「分かっている」
「では、私は暫く失礼するのです。今頃執務室で雷ちゃんとあきつ丸さんが床を直していると思うので、そちらへ向かわれると良いかと」
「あぁ」
頷いて電と別れ、執務室へ足を運ぶ。表向きは、二人の手伝いをするために。
――― ――― ――― ―――
執務室に入ると、あきつ丸が軍人らしくビシっと敬礼をした。そんな、軍に属する人間には当たり前な光景を懐かしく感じてしまう。それもそうで、俺と電と雷は半ば歳の近い家族のような関係になっていたため今までそんな形式張った行動はしておらず、敬礼なんてものは日頃する機会が無かったのである。
「敬礼は要りません。楽にして下さい」
「ですが……」
「ここは他の鎮守府とは違います。気を張らないで頂けるとこちらとしても嬉しいのですが」
「そ、そうでありますか……。では、自分からもひとつ宜しいでありますか?」
「何でしょうか」
「その、敬語を止めて頂きたいのであります」
「交換条件ということですか。……いや失敬、了解した」
「ありがたい、のであります」
あきつ丸が緊張を解いたようにふわりと笑う。真っ白な肌に堅苦しさを貼り付けたような表情が崩れ、柔らかく淑やかな顔つきになった。これが素の顔なのだろう。
いつの間にか隣に来ていた雷が、持っていた木材を置いて朗らかに笑いかける。
「やっぱり、笑顔が一番よね」
「そうだな」
「でありますな」
雰囲気がほぐれた所で、執務室の現状を尋ねる。
「雷殿が手伝って下さっていたので、進捗はまずまずであります。このまま行けば明日か明後日にでも直せるかと」
「そうか、それは良かった。それとありがとな、雷」
そう言いながら頭を撫でる。雷はあきつ丸の目の前なのが恥ずかしいのか、顔を赤らめつつも目を細めた。
「じゃあ、俺も手伝うから。今日明日で直してしまおう」
「そ、それは悪いのでありますよ!」
わたわたと手を振って慌てるあきつ丸。それもそうだろう。そもそもこういった雑事を提督自ら行うような鎮守府は他に無い。それがあきつ丸の居た横須賀なら尚更だ。
「そう言うのは分かっていたが、男の俺がただ見ている訳にもいかんしな。雷同様お節介だと思ってくれ」
「そうよ。わたし達はお人好しなの。だからどーんと頼っていいのよ!」
「……承知したであります」
その後三人で夕刻までせっせと床の修繕を行った。完全に抜けてしまっていた床は一度損傷箇所の床を剥がして床梁を新しく設える所から始め、日が暮れる頃には全行程の七割程度が完了していた。
「お疲れ様なのです。夕食が出来たので呼びに来たのです」
「おぉ、もうそんな時間か」
「既に外は真っ暗でありますな」
電気を付けていたので気付かなかった。窓を見れば、なるほど夕日の残滓もなく、夜の帳が降りている。
「じゃあご飯にしましょ? 続きは明日でね」
「明日は私も手伝うのです」
「助かるよ」
「かたじけないであります」
食堂へ向かい、四人で食卓を囲んだ。
夕食を食べながら、他愛のない会話をする。内容は他愛のない事、しかし大いに盛り上がった。
あきつ丸が横須賀鎮守府での話をする。いつも場所を選ばずにかけっこをする駆逐艦の話、昼間から酒を煽る空母の話、夜戦ばかりしたがる軽巡と唐突に歌い出す軽巡の話。
それらを聞きながら、雷はとても楽しそうに笑い、時折寂しそうな表情をしていた。
電が横目で俺を見る。言いたい事は分かっている。この場がこれ程盛り上がるのも、話の内容がこの鎮守府には存在しない内容だから。……俺が新たな建造を拒んでいるから。
二人には辛い思いをさせてしまっている。そんなことは百も承知で、しかし、本当にそれが正しい選択なのか。
心が揺らいだ。
そんな事を考えている間に、会話は移ろい、あきつ丸自身への質問に変わっていた。
「あきつ丸さんって、なんかすごい艦娘なのよね?」
「陸軍特殊船の丙型、揚陸艦といって特別な艦娘なのです」
「電殿は物知りでありますな。その通り、自分は揚陸艦と言って珍しい艦娘であります」
「すごいのね! よく分からないけど!」
何かにつけて褒めちぎる雷に、あきつ丸は照れくさそうに頬を掻く。そして困ったように笑いながら
「といっても、そこまで重用されているわけではないのであります。今回ここに派遣されたのも本来来るはずだった人が先日の鎮守府襲撃に巻き込まれたので急遽自分が選ばれただけでありますし」
と言った。電が素早く目配せし、俺はそれに頷いて返す。やはりあきつ丸は予定されていた査察官ではないらしい。おおよそ持ち得ている情報も不十分なのだろう。だからこそ、こうやって俺達と平和に会話をしていられる。
「あの、元の来るはずだった人は今……いえ、無事なのですか?」
「えぇ、命に別状はない、と聞いたであります。怪我をされてしまったということで療養中かと」
「それは良かったのです!」
電は心底ほっとしたように言う。その真意は心の中。
「電殿は優しいのでありますな」
「ありがとう、なのです」
その後も談笑は続き、そろそろ卓上から全ての食物が無くなるかという頃。あきつ丸がふと思い出したかのように(少々古臭い動きで)ぽむ、と手を打った。
「あぁ、そうだ」
「どうかしたか?」
「ここに来た本来の目的を忘れていたであります。そう、自分と模擬戦をして頂くという事を」
そう言えばそうだったな、と考えつつ同時に、本来の目的は監査であって模擬戦ではなかったのでは……と思う。やはりこの子は一見すると生真面目でしっかりした様子だが、本質は天然なのだろう。床を抜いた件からも考えれば少々抜けているというか、頭がゆるいというか。
「わたしは遠慮するわ。あきつ丸さん強そうだし」
「しかし、それではこの鎮守府が戦力不十分として上に報告せねばならなくなってしまうでありますよ?」
「違うの。私じゃなくて、この鎮守府のエースと戦って欲しいのよ」
「それはつまり……」
「そういうことだ。……電、お前なら行けるだろう?」
「ふぇ!?」
外野を決め込んでいた電が急に矛先を向けられて箸を止める。滅茶苦茶嫌そうな顔をこちらに向けるが、黙殺。
「自分としては、二対一でも構わないのでありますが……」
「いや、一対一で行こう。模擬戦用の弾薬はこちらで準備するから、怪我はしない。安心してくれ」
「そういうことじゃないのですが……はぁ、分かったのです」
「頑張ってね、電!」
「他人事だと思って……」
「ああそれと、時間に余裕があったらでいいが……あきつ丸、雷とも戦ってくれないか?」
「承知したであります。そちらは親善試合として考えておきますので」
俺の意向としては練度の高い電とは戦力確認の模擬戦を、雷は後に控えているであろう対空母船戦を見越して経験を積むためにあくまで演習としての手合わせを願った訳であるが、あきつ丸はそれをしっかりと汲んでくれたようだ。
「話が早くて助かる。では明日、床修理が終わったらやることにしよう」
「……了解なのです」
若干一名どんよりとした空気であるが、気にしない。これもひとつの訓練と諦めて頂こう。
「そうだ、大浴場使おう」
食器を片しながらそう言うと、食後の紅茶を飲んでいた三人(雷は牛乳)は目を丸くした。
「今まで使ってなかったろう? 折角だしどうだ」
「えっと、それは、そのぅ……」
あきつ丸が困ったように手をぱたぱたさせる。癖なのだろうか。
「遠慮しなくていい」
「いえ、あの……」
「この鎮守府では提督殿も一緒に風呂に入られるのでありますか?」
「……んなわけあるか!」
一瞬、言っている意味が分からずツッコミが遅れる。それが良くなかった。
じとりとした視線を感じ見回すと電も雷も半目でこちらを見ている。雷電ータス、お前らもか。
「いや、今までそんな事してなかっただろ!」
「それ紛いの事は言われたことあるのです……」
電が、そして俺がここに来てすぐの頃の話を指しているのだろう。だがそれは言葉の選び方を間違えただけで勘違いだった筈だ。俺は悪くねぇ。
「あれは誤解だっただろうが!」
「司令官、あなた……」
「その目をやめろ! 俺は無実だ!」
「はい、そんな茶番はさておいて、なのです」
「大浴場を使って良いのね?」
雷電の二人は示し合わせたようにころりと表情を変え、本題に戻る。最近俺の立場が低くなっているような気がして止まない。
「お前らなぁ……はぁ、まあいい。そういうことだから、掃除する間待っててくれ」
「つまり、どういう事でありますか?」
「司令官は一人寂しく小浴場なのです」
「おい言い方」
「私は掃除を手伝うので、二人はそれまでくつろいでいて欲しいのです」
「わたしも手伝うわ」
「さっきは床修理を手伝えなかったので、私に任せて欲しいのです」
「そういうことなら……」
「お言葉に甘えさせて頂くであります」
「準備できたら呼ぶからのんびりしててくれ」
「分かったわ」
――― ――― ――― ―――
廊下にて、先を歩く電が真剣な顔を浮かべながらこちらを振り返った。
「司令官はあきつ丸さんみたいな胸の大きい人が好みなのですか?」
「……は?」
思わず呆けた声が出た。
ど直球な質問だ。ストレートであるがゆえに、答え方に気を配らねばいけない。そもそも何故そんなことを聞くんだ?
「難しく考えないで欲しいのです。単純な質問ですから」
そうは言ってもだな……。
答えに窮する俺に、電が歩み寄る。
「司令官は、あきつ丸さんが好きなのですか?」
質問が変わってるじゃないか!
「司令官は、さっきの食事中、あきつ丸さんと話している時、とても楽しそうにしていたのです。いつもと違って、気楽な風に、落ち着いた風に……」
「それは……」
真っ向から否定は出来なかった。事実そうだったから。電と雷といるとき、俺は自分が保護者であるかの如く、二人を守るべき立場であるように振る舞っていた。だからか、立場も歳も近いあきつ丸とはそんな気負いは無く、それを電は感じ取ってしまった。
「司令官!」
威圧感に後ずさる。背に壁が当たった。逃げ場はない。
「はっきり答えて欲しいのです!」
瞬間。まぶたの裏に桜が舞った。
「俺は……」
―――はっきり答えろ。お前は私の物だ、そうだろう?―――
「……俺は、誰を好きとかそんなものは無い」
嘘を吐いた。いや、嘘ではないのかもしれない。ただ、自分の中で答えが分からなくなって……俺は、逃げた。
「ッ! ……そうなのですか。すみません、取り乱しちゃって」
俯く電。かける言葉が見当たらなくて、俺は、その脇をすり抜けて浴場へ向かう。
「怖いのです……司令官が、居なくなってしまう気がして……」
その言葉は、誰にも届かない。
数分して、浴場の扉を開け電が姿を見せる。
デッキブラシを動かす手を止め声をかけようとしたが、それより先に電が口を開いた。
「先程はすみませんでした。取り乱していたのです」
何と返せばいいのか分からず、大丈夫だ、とだけ伝える。電はぺこりと一度お辞儀をして、立てかけてあったもう一本のデッキブラシを取った。
しばらく無言の時間が続く。心地よくない静けさに床を擦る音だけが響いている。
「……顕現展開システム、というらしいのです」
ぽつりと、電が呟いた。
「あきつ丸の艤装か」
「司令官と一緒なのです。まるで同じ技術が使われているように……いえ、同じモノなのです」
思い出す。もふもふの状態で、俺はネクストの装備を虚空から呼び出し使った。あきつ丸も艤装を虚空から呼び出した。同じだ、全く同じ。
「裏は取れたのか?」
「はい、妖精さん専用の回線が全ての鎮守府に引かれていました。我々では使うことはおろか、知ることも無い代物なのです」
「大本営と繋がっていたのか……」
「既に、顕現展開システムは横須賀で実用化されています」
俺の変身はやはり妖精によって成されていたのだろう。そしてその際のデータを流されていた……。
「コジマはどうなんだ?」
「まだ使用実績はありません」
「だがそれも時間の問題か……」
「いえ、それなのですが」
「なんだ?」
「大本営に送られたデータに、コジマ粒子関連のものが一切存在しなかったのです」
手が止まった。電の方を向くと、彼女はこちらを見ずにせっせとブラシがけを続けている。
「それはつまり、コジマに関する部分のみ伝わっていないと?」
「はい。技術的に再現できなかったのか、或いはこの世界を破滅に導くと理解し隠蔽したのかは定かではありませんが」
「そうか……ならよかった。本当に良かった」
―――◆―――◆―――◆―――
私は、半分だけ嘘を吐いた。
心底嬉しそうに言う司令官を、私は見ることが出来ない。その資格はない。
何故、言わなかったのだろう。自分でも分からない。
妖精を半ば脅すようにして、その保有するデータにアクセスした。
現在のPCとは似つかないごつごつしたデザインの箱だったが、扱い方は似たようなものだった。プロテクトを妖精に解かせて、横須賀鎮守府との交信記録と送信されたデータ文書を確認した。そこには司令官の武器展開システムと推進力の生成法、弾薬補充の方法に飛行システムまで載っていた。飛行システムについては、人間のサイズで艤装型のものを作るには安定性に問題があり不可能だと記載されていた。
そして、コジマに関する記述が一切無かった。まるでその部分だけ意図的に削り取られていたように。
仮に先程司令官に伝えたように再現に技術が足りないというのであっても、恐らく実験や制作の思考記録を送るはずで。もし本当に妖精達の良心によって削除したのなら、もしそうなのであれば、或いはあえてデータを穴開きにしたのかもしれない。
ただ現状のみを見れば、推測される答えはひとつだ。
―――データが誰かによって改竄された。
それが誰なのかは不明だが、ハックしてコジマ技術の部分のみを消去した可能性が十分に考えられる。
そして消された部位はどこに行ったのか。万が一、コジマ技術を再現出来ていたのだとすれば……。
この世界は滅亡への第一歩を踏み出してしまったのかもしれない。
――― ――― ――― ―――
掃除が終わって、私はあきつ丸さんと雷を呼び共に入浴した。
その際に雷があきつ丸さんの胸の大きさを羨んだり、雷が私の胸の方が少々大きかったことに嫉妬して揉んできたり、豊胸体操を三人でしたりしたのだが、まぁそれは割愛する。
そして消灯時間になって、布団に潜り込む。平然を装っていたけれど、私の心をまち針が刺さったように、司令官に吐いた嘘がチクチクと痛めつけていた。
私はどうしてこんなにも弱いのかと、悲しくすらある。肉体的にも、精神的にも。すぐに嫉妬と劣等感に支配される事に辟易する。
そんな中、不意に雷が声をかけてきた。
「電は、重く考えすぎよ」
「えっ……」
「じゃ、おやすみなさい」
聞き返そうと思ったけれど出来ず、数分もしない内に落ち着いた寝息が聞こえてくる。
「……雷ちゃんは、流石お姉ちゃんなのです」
その気遣いが、暖かな気持ちが、私の心をほぐしていった。
司令官にまた謝らなきゃ……。そう考えている内に、いつしか眠りに落ちた。
電殿ビウム