深夜二時
草木も眠る丑三つ時の言葉通り夜闇はどこまでも深く海も陸もその静寂に呑まれる。
「俺」はコクピットに深く座り、自ら拘束でもするかのごとく足や胴体を椅子に固定してゆく。首輪をずらすと首の背部に穴。そこにプラグを差し込む。全身に電気が走り、身体が広がる感触。脳の処理速度が上がり、一秒が何秒にも引き伸ばされる。
機体のチェックを完了した俺は、地上に通ずるハッチを遠隔操作で開ける。半径10mはあろうかという二つの半円状のコンクリートの塊がスライドし真円の夜空が顔を覗かせる。エレベータが動き始め景色が上がってゆく。
耐衝撃ジェルがコクピットを満たしたのを確認し、その感触に顔を歪ませ頭の中でため息をつく。
「……」
言葉は不要だ。全て頭の中の出来事に過ぎない。
そしてエレベータが上りきって、俺は機体を操作し歩き出す。工廠の隣に勝手に建造したネクスト用ドックは居住スペースとは反対側にある。
宿舎の一室で、仲良く寝ているであろう電と雷を起こさないように大回りで海岸までたどり着くと
海に飛び込んだ。
多少の防水性はある。問題はない。
岸からしばらく離れたところで初めてブースターを点火、機体が浮く感触。海水の抵抗が消える。
そのまま、次はOBを使おうとして、逡巡する。
コジマ汚染の可能性である。
コジマ粒子という存在。その性質は放射性物質によく似る。しかしどこまでも異なる。
コジマは新たに発見された金属の一種である。安定したコジマ物質と呼ばれる状態のものに一定の電圧をかけると励起され、コジマ粒子が放出される。これが魔法の粒子で、空気抵抗や摩擦熱、運動エネルギーなどを粒子の緩衝により和らげる。即ち機体の周りに纏えば自分の動きは物理法則を無視したものとなり、と同時に打ち込まれる砲弾は限界こそあるが運動エネルギーを失い無力化される。夢のような話だ。しかし現実とは非常なもので、粒子は全ての生物に対し驚異的な毒性を持っていた。核のように、あるいは核以上に生態系を破壊してゆく。
故に陸の近くで粒子をばら撒けば海岸は数年としないうちに砂漠と化すだろう。
電を考えれば使うべきではないのかも知れない。が、その問題はなかった。
鎮守府へ来る前に勝手に調べさせてもらった。艦娘は細胞こそあるが鎖状のDNAを持たないためコジマによる被害を受けないということ。つまり彼女たちは決定的に人間ではない。
加えてコジマ粒子は海水に溶けると励起状態を保てなくなり無害化するという性質がある。
故に沖でコジマを用いる分には大した問題はない。とはいっても空へ舞い上がった粒子が陸に降り注ぐ危険性はある。
といった理由で、結局のところコジマはそう簡単に使うべきではない。
つまり、コジマを全方向に満遍なくばら撒くプライマルアーマーは無しでの戦闘である。
数分海上を進んだところで、センサーに反応があった。ヘッドパーツの高性能カメラをズームさせ、敵を視認する。
重巡リ級elite、重巡リ級、軽巡ヘ級elite、軽巡ヘ級、駆逐ニ級二体、の六体。
深海棲艦というものは何故か群れていても最大で同時に六体しかいない。理由は不明だ。
アルゼブラ社特有の昆虫のようなフォルムの機体をそちらに向けながら武装を確認する。
右手に
あの程度なら十分過ぎる装備だ。
敵がこちらを確認するより早く、
一瞬置いて敵が気づくが、もう遅い。
武装を手持ち武器に切り替え、突っ込む。
リ級とリ級eliteが二手に分かれて離れてゆく。ヘ級eliteともう一体の二級はまっすぐ向かってくる。機動力のある二体でこちらを翻弄しているうちに火力のある重巡が撃破する作戦のようだ。
しかしそんなものは小細工にすぎない。
ヘ級eliteがこちらに向き直す前にQBで急接近、掬うように蹴り上げる。鞠のように浮き上がるそいつに
センサーで左右から迫る重巡を確認。後方へQBしつつ右方のリ級に
左方のリ級eliteがリ級を救おうとするように主砲を放つ。飛来する砲弾を横目で見て、避ける。人間の動体視力では捉えることも出来ないそれは、今の俺にとってあまりにも遅すぎる。
それを見たリ級eliteが立ち止まった。攻撃も回避も止めて。その顔に浮かぶのは恐怖か、諦めか。
俺はゆっくりと狙いをつけ、撃つ。
どす黒い染みが海面に広がった。
――― ――― ――― ―――
鎮守府に帰投する。艦娘二人の部屋に明かりが灯っていない事に一安心し、ハッチに着地。
エレベーターが降下する中、今日の戦果を確認する。
戦艦3、空母2、重巡4、軽巡6、駆逐6、潜水3。
十分だろう。これで明日も訓練だけで済む。彼女たちを危険に晒さずに済む。
数日前を思い出す。昼、唐突に現れた深海棲艦。焦りはしたが、なんとか対処できた。恐らく電にも悟られていない。
この生活がいつまで続くのかはわからない。しかし、俺は彼女の……電の「中身」に気付いてしまった。かつての俺のような
ケモノに。
あれを解き放ってはいけない。そのために労力は惜しまない。
ハッチが閉まるの音を聞いて、コクピット内のジェルを排出する。
「ぐっ……」
コクピットから出ようとして、激しい目眩に襲われた。
改造され尽くしたこの体でも、長時間の戦闘は相当な負担になる。
……今夜も、頭痛で眠れないのだろう。幻の、ありもしない手足の感触に苦しめられるのだろう。
憂鬱に支配されながら、ドックを後にした。
そんな二重生活が破綻する瞬間がもう目前に迫っていることなど、知りもしないで。
鎮守府は安定期に入った。提督はそう考えていた。だが、正にこのとき、濁り水はゆっくりと流れはじめていたのだ。