それは昔、エレナは神田のことが苦手だった。
その鋭い目つきも乱暴な言葉遣いも、幼いエレナを萎縮させるには十分だった。エレナはいつもマリの後ろに隠れていた。
「うわぁぁぁぁぁああぁぁん!まりぃぃぃぃ!!!!がんだが、がんだがいじめるうううぅぅぅぅううぅ」
その日もエレナは誤って神田のお菓子を食べてしまい、彼の怒りをかってしまった。六幻を構える神田から逃げるように、エレナはべそをかきながらマリの足にしがみつく。神田は額に青筋を浮かべ、まるで鬼のようだ。いや、鬼すらも逃げ出してしまう程の形相だ。エレナにはきっと、彼が悪魔に見えているに違いない。
「おい、てめぇ。逃げてんじゃねえよ。いっつもいっつも人の菓子くいやがって。今日という今日は許さねぇ」
その可愛らしい喧嘩の原因にマリは苦笑いをこぼした。エレナはいつだって悪気なく人のお菓子を取ってしまうような子だったのだ。マリもデイシャもその標的となっていて、幼い神田とデイシャはそのことで毎度エレナに怒っていた。
「マリ、そいつ寄越せ。ぶった斬ってやる」
ぶっそうな言葉に、エレナはマリにしがみついていた手をさらにきつく握りしめた。
いやだいやだと駄々をこねるエレナに、マリはため息をつく。まったくこの子らは毎日飽きもせず、と。
「エレナ、悪いことをしたのなら謝るべきだろう?」
「ごっ、ごめっ、ごめんなじゃいいいいぃぃぃぃぃぃいいいいいい」
よもや叫ぶように謝るエレナにマリは笑みを抑えられなかった。エレナといると、こう、なんというか。小動物を手懐ける感覚に陥るのだと、以前マリは話していた。
おかげで神田とデイシャからは、彼らの師匠であるティエドール元帥やマリはエレナに甘いと反感をかうのだが。
「ほら神田、エレナも反省しているみたいだし」
「してねぇ!こいつはぜってぇ反省してねぇ。絶対やる。明日絶対またやる。こいつはそういうやつだ」
神田の言い分はもっともだった。これはもはや日課とも言える出来事だったからだ。ある時はデイシャであり、ある時は神田である。そしてマリのときはその日は平和に終わる。いや、別のことで神田やデイシャを怒らせるのだが。
そういえば、偶然かあるいは本能的な何かなのか、エレナは元帥のお菓子だけは取ったことがなかった。
結局その日は一日中マリにひっついて、翌朝、エレナはけろりとした表情で、おはよう!と清々しくあいさつを交わすのだった。
そしてまた、日々は繰り返される。
誤字訂正しました。