時計の針はもとに戻せない、   作:椛(いろは)

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たまにはシリアスもどうぞ。
withリンク


長官の娘のはなし。

「リンク、おなかがすいたわ」

 

豪勢な装飾が施された調度品が並ぶ部屋の中、小さな机に向かう、まだ五つにもみたない少女の舌足らずな呟きに、傍に控えていた少年、リンクは冷淡に答えた。

 

「まだ三時には半刻ほどございます。それに、まだこちらの問題集が終わってないようですが?」

 

「トーブンがたりないから、しかたないの!」

 

ね、おねがい?と可愛らしく見つめられ、リンクの心は揺らいだ。どうしたものかと思案したが、三時になる頃には、この手付かずの問題集も途中であろうし、きりのいいこのタイミングで休憩をとるのも悪くないとの決断に至る。

此れ見よがしに軽くため息をついてから、おやつのケーキを取りに向かおうと踵を返したその時、後ろから低く厳格な声がかかった。同じ部屋で自身の執務をこなしていた少女の父、マルコム=C=ルベリエのものだ。

 

「あまりうちの娘を甘やかさないでもらえるかね。大事な材料が研究先で粗相をしでかしては困る」

 

それを聞いたリンクは、申し訳ございませんと謝罪をすると少女の前に問題集を広げ、それを見た少女はぷくりと頬を膨らませた。

 

「私はこれから会議に参加する。帰ってくるまでにその問題集を終わらせておきなさい」

そう言い残して、マルコムは鴉とともに部屋を出ていった。

 

「わたししってるんだから。あれはオニっていうのよ」

 

リンクはすでに閉ざされた扉を見つめながら、その言葉に否定はしなかった。少女は視線を落として足をぶらぶらと遊ばせる。

 

エクスシストになれなければ、こんなものいみないわ。

 

小さくつぶやかれた言葉に、リンクはなんとも言えない気持ちになった。憐れだと思う。彼女は生まれながらに将来を決められ、そしてその道は厳しいものだ。幼いながらに、彼女はそれを知らされていたし、何度もその目に焼き付けてきた。それでもここから逃げ出そうとしないのは、抵抗をしないのは、ルベリエ家としての責任感からか。いや、彼女は外の世界を本の中でしか知らない。逃げるという選択肢すら与えられていないのだ。

 

複雑な心境になりながらも、リンクはその気持ちを心の奥底に押し込み、先ほどの少女の言葉を訂正させる。

 

「エクスシストではなく、エクソシストです」

「エクシソスト?」

「エクソシストです」

「……………」

 

エクソシストが上手く言えず、彼女は不貞腐れたように視線をそらす。その瞳は深い闇を宿していた。彼女はたまにこういう瞳をする。年齢に似つかわしくない、すべてを悟り諦めたような目だ。

 

「わたし、アキにはおねえちゃんになるの」

 

そう、彼女の母親は数ヵ月後には何度目かの出産を控えている。

 

「キョーダイにあいたかったわ」

 

彼女には二人の姉がいた。しかしどちらも彼女が生まれる前にエクソシストを造る実験の被験者として提供され、咎落ちにより命を落とした。彼女も、弟が生まれる前には被験者として差し出される予定だ。

 

「貴方がエクソシストになれば問題ないでしょう」

「なれるかしら?」

「分かりませんが。イノセンスは精神状態も関係すると言われています。そのように弱気では適合するものもしないのでは?」

「……そうね。いきのびてやるわ」

 

おとうさまをぎゃふんといわせてやるの。彼女はそう言ってふわりと笑った。まるで何も知らない純粋な笑顔に見えるが、彼女はこの戦争の闇を知っている。そしてその渦中に、あと少しで放り込まされる。それでも彼女はそれが当然かのように受け入れて笑うのだ。

 

怖いもの知らずな強い子だった。幼さ故の無謀さもあっただろうが。

本当に神がいるのならば、この先どんな辛い現実が待ち受けていようと、彼女を生かしてやってほしい。そう密かに願うリンクだった。




長官が結婚していると聞いて。
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