還らざる宙の海   作:阿月

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鍵を拾い上げる

「…なんだよ、人の顔ジロジロ見て。そんなに僕の顔が好みだって?だったら早く言えばもっと優遇してやったのにさ。岸波の顔もクラスで三番目くらいには悪くないんだし」

 

む、クラスで三番目ってなかなか高評価だと思うのだけれど。

本日も慎二節は好調に炸裂している。アイスティーをストローで吸ってひと息ついた。

 

先日の言峰教会での出来事をきっかけに、月ではマスターであった慎二の事を思い出した。慎二は令呪こそ持っていなかったが何か知っているかもしれない、一か八か話してみようと思っていた矢先に慎二本人から電話で食事の誘いを受けた。そうして新都のオシャレなカフェに連れて来られて今に至る。こういう場所にいつも取り巻きの女子と来ているんだろうと邪推をしつつ、お洒落なランチプレートに舌鼓を打っていた。

 

───ところで、いきなり食事なんてどうしたのか?何かあったのだろうか?

 

 

「…別に。大した意味なんかないね。誘いたい奴を勝手に誘ってメシに来ただけだし。ま、強いて言えば気紛れ?」

そうか。気紛れに誘ってもらえるほど慎二とはちゃんと仲良くやれていたらしい。良かった。思わず口元を緩めると、それを見つけた慎二が何笑ってんだとむくれた。何でもない、と返す。すると不意に真面目な顔付きになってこちらを見る。

「…どうかしたように見えたのかよ」

「?」

「だから!…お前から見て、今日の僕は何かあったようにでも見えたわけ?」

ふと考える。会った時からいつもと雰囲気が変だったから、何か話したい事でもあるのかと思っていたのは事実だ。話したい事があるのは、こちらも同じなのだけれど。正直にそう言えば、ため息と共に頬杖を突かれた。

「はあ…そういうとこ、初めて知り合った時から変わらないねえ、おまえ」

慎二が呆れたように言う。初めて会った時、と言われても岸波白野はその出来事に該当する記憶を持ち合わせていない。そう言われるだけ、やはり似ているのか。ここで生きていた元の岸波白野と、NPCの岸波白野は。

そうだとしたらムーンセルがそれだけ精巧に作ったという事だろう。でなければこうしてNPCに自我が生まれる事もなかったはずだ。

シンジは、月の聖杯戦争の一回戦…最初に殺した人間だった。ただ生きたいという動物的な感情しか芽生えていなかった岸波白野に、彼は殺された。それは彼の生き方の末路でもあり、謝ってはならない事でもあると知っている。まして今目の前にいる慎二に何かを感じるのもおかしい話だ。でも、

ユリウスやレオに感じたように、役割(ロール)としてではなく、この一時だけでも、本当の友人になれているというその事実がが喜ばしい。

「おまえさ、初めて僕に話しかけた時、なんて言ったか覚えてる?」

素直に首を横に振った。

「ガールフレンド達に囲まれる僕に、"大丈夫?"って言ってきたんだよ」

端からすればおまえの方が大丈夫かよって感じだったんだけどね。笑う慎二は当時を思い出しているらしく、心底楽しそうだ。

 

…確かにいきなりそう聞かれたら、その感想を抱いてもおかしくはない。

「でもおまえ、普段から口数少ないしあんまり無駄なこと言わないから、おまえには僕が大丈夫じゃないように見えてたってことなんだろ。…まあ実際ちょっと荒んでたけどさ」

ぼそぼそと言う慎二。荒んでいた、とは家のことか何かでトラブルでもあったのだろうか。それとも桜と?だが今はそれは詮索する時ではないだろう。そのまま耳を傾ける。しかしあんまり集中して聞こうとし過ぎたのか、居心地悪そうにした慎二は岸波白野の目の前で蚊でも追い払うかのような仕草をした。

 

 

「とにかく変に鋭いところは変わんないって思っただけだよ。それだけ。で、岸波の話したいことって何」

 

 

無理矢理な話題変更に一瞬思考が凍結(フリーズ)する。完全に聞き手の体勢をしていたので自分の話したかった内容に意識をシフトする。そう、聞きたかったのは慎二のこと…魔術師のことについてだ。もし慎二が何も知らなかったらそれで終わる話だが、口に出すのはどうにも緊張する。テーブルの下で重ねていた手が汗で湿っているのを感じながら、それを膝に擦りつけながら、口を開く。

 

───慎二は、魔術師を、知っているか。

 

ゆっくりと、思いがけず噛み締めるように問うたそれに、目の前の海色の双眼が見開かれた。

ビンゴ、か?

そのまま様子を窺っていれば、不意にガタンと音を立てて慎二が椅子の背もたれに全体重をかけるようにして仰け反りながら脱力していた。

 

───慎二?

 

 

「はーやだやだ!どーしてこう僕の周りにはそこそこ選ばれたヤツばっかり集まるワケ?ホントありえないんですけど!」

 

 

声を荒げながらじたばたと足踏みをする。周囲の視線を気にした様子もなくやってのけるその姿に今度は岸波白野が目を丸くする番だった。

 

勢い良く体を起こして、すっかり氷の溶けてしまったキャラメルマキアートをグラスに直接口をつけて呷ると、乱暴に口元を拭った。ぎんっ、とこちらを睨みつける目は最初とは打って変わって敵意に満ちている。

 

 

「おまえ、どのマスターだったの」

「?」

「ランサー?それともバーサーカー?まさかアサシンなんて言わないよねえ?」

 

 

ああ、慎二は大きな勘違いをしている。

冬木の聖杯戦争において、岸波白野は参加者でもなければマスターでもないのだ。それどころか、魔術師ですらないかもしれない。と、そのような旨をなんとか四苦八苦しつつ噛み砕いて話せば、理解した途端に敵意を引っ込めてニヤニヤとこちらを見てくるのだから、コロコロと表情が変わって忙しいやつだと思う。

 

飲み干してしまった分のキャラメルマキアートを頼み直した慎二は、前髪を弄りながら改めて口を開いた。

 

 

「岸波はこっち側だったわけね。いやーごめんごめん、僕としたことが取り乱しちゃって。そうだよねえ、おまえ存在感も薄いしこの僕よりもずっと平凡だもんねえ」

 

 

その通りだ、と頷けば何故か渋い顔をされたがそれは構わない。聞きたいのは、今冬木で起きている聖杯戦争のことと、戦況がどうなっているか、そして詳しいルールのことだ。そう続ければ慎二はまるで何て事もないかのように淡々と語ってくれた。

 

時々メモをしながら、聞いた話をまとめていく。

この聖杯戦争は、魔術教会が監督をする形で行われていること。ここの聖杯もサーヴァントとマスターの二つの願いを叶えるものだということ。前回は十年前に行われていて、勝者についての情報が不明なこと。現在脱落しているサーヴァントは、ライダー、バーサーカー、キャスターの三体であること。凛と衛宮はマスターで、未だ戦っていること。慎二はライダーのマスターだったが、すでに敗退していること。慎二は正規の魔術師でもマスターでもなく、偽臣の書というアイテムで代理マスターを務めていたこと。

 

そして、万が一脱落しようとも命を守る方法は存在すること。

それを聞けて少しだけ安心した。魔術師同士の戦争、というものだからサーヴァントのみならずマスター同士も殺し合わなければならない事も腹を括っていたが、杞憂だったらしい。

ほっと溜息を吐くと、慎二が訝しげな視線と共に岸波白野の鼻先へと指をさした。

 

 

「ていうかそれ、どこで聞いたか知らないけど間違ってるから」

 

 

───それ、とは?

 

 

「呼び方だよ。おまえ、さっきから魔術師のことをずっと"ウィザード"って呼んでるけど、違うから。この場合の魔術師の呼び方は"メイガス"だぞ」

 

 

そんな事も知らないのかとばかりに肩をすくめて言われた内容に、思わず呼吸が止まった。

ウィザード。月でずっと、魔術師を表す呼び名だと刷り込まれてきたその称号は、ここでは使わない。ここでは、誰も魔術師のことをウィザードとは呼ばない。その事実が、ぐるんと一周回ってすとんと落ち着いた、その時に、思い出してしまった。

 

 

 

 

『…次はないぞ。名も知らん魔術師(ウィザード)

 

 

 

 

アーチャーの言葉。

彼は、彼は間違いなくあの時、岸波白野のことをウィザードと呼んだ。ここでは皆、魔術師のことはメイガスと呼ぶはずなのに。

 

 

ドクン

 

 

まさか。いや、もしかしなくても。

 

自分の中での疑惑が、引っかかっていた何かが、ほぐれていく感覚がした。もしもそうだとするなら、岸波白野は彼に早く会いに行かなければならない。たとえ出会い頭に殺されてしまうかもしれないとしても、彼に会って確かめなければならない。

本当に彼が、"私の知らないアーチャー"であったのかどうかを。

 

 

「…おい、どうしたんだよ。急に固まって」

 

 

なんでもない。岸波白野の変化に狼狽える慎二にそう答えながら、氷の縮んだアイスティーのグラスにガムシロップを落とした。

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