…いったいどうしたんだこれは。
何か物音がしたと思ってトイレから戻ると、隣の教室が酷い有様になっているなんて誰が予想出来ただろうか。
廊下に散乱しているコンクリートの破片を踏まないようにしながらドアを開けて確かめると、机という机が全て窓際に吹き飛んでいる。そのくせ窓ガラスは割れていない。壁に空いた焼け焦げた穴に触る。どんな魔術を使えばこんな事になるのだろう。
時刻はやはり放課後。
連日のガス漏れ事故や殺人事件、誘拐事件と物騒な冬木市。そんな中で学校は全部活動を休止して生徒へ下校するようにと伝えていた。恐らくそれらの事件は聖杯戦争が関わっているのだろう。そしてこの様子からして、今回の学校側の対応は正しかったらしい。
学校内で誰かがサーヴァントに襲撃された。
学校にいるマスターは衛宮しか知らない。他にも生徒の中でマスターになった者がいるのかもしれないが、そうだとしても衛宮は理由なく他人を襲うような性格ではない。ならば襲われた可能性が限りなく高いのは…そこまで考え、脳内で鳴り響く
岸波白野に出来る事は。
思案すること三秒。
自分の教室から鞄を取ってきて、昇降口へ走る。もしも衛宮が今この瞬間にも戦っているのなら、その足手まといにならないように一刻も早くこの場を立ち去る。
それしかない。
衛宮は優しい人間だ。戦闘中に知り合いを見かけたら迷わず守ろうと動くだろう。そのせいで殺されてしまってはやりきれない。そうでなくともサーヴァント戦を目撃した時点で、いつかの夜の誰かのように消される。自衛手段がない限り、無謀に振る舞ったその瞬間に殺されてしまうのだ。自分も、他人も。
───もし、アーチャーがいたなら。
ラニの自爆から凛を助けた時よろしく、助太刀してくれと頼んで無茶をさせていたのかもしれない。目を瞑りかぶりを振って、無理やり想像を打ち消す。岸波白野は一人で、NPCからただの人間になった。月の海とは違い誰に相談する事も出来ないこの状況で、今出来る最善を選択する。それだけに集中しよう。一人なので起こせる行動自体はあまり多くはないが、今までやってきた事と何も変わらない。
階段を一段抜いて駆けおりる。
ローファーの踵を履き潰して、生徒用の玄関を飛び出し校門へ向かうも、足はすぐに立ち止まった。教室棟と特別棟を繋ぐ、屋根しかない吹きさらしの渡り廊下。そこにいたのは。
「白野!?あんた、なんでまだ学校に…!!」
ぐったりした女生徒を抱えた、凛。
いっそ器用なほど、焦りと驚愕と呆然をないまぜにした声で岸波白野を貫く。
そして凛の近く地面には、隠しようのないほどの血が、───!
声も出さずにただ空気を吸って吐いて、それを繰り返す度に、喉がカラカラに乾いていく。日頃意識していない生理行動すら、緊張を伝えてくるようだ。
凛はまた、戦っている。
足元から、後ろへと視線を向ける。血は岸波白野の足元からずっと後ろの、学校裏の繁みの中まで点々と続いている。逃げたのか、はたまた追いかけたのか。どちらにせよこの先に、何かがある。
それだけ理解できれば充分だった。すぐに凛へ振り返って歩み寄り、散らばっている名前も知らない女生徒の荷物を掻き集める。
「白野…?」
───手伝う。何をすればいい?
「!…ごめん、保健室まで運んでもらえる?貧血みたいだから、職員室に行って親御さんに迎えに来てもらえるように連絡を頼んだ方がいい」
分かった、と頷いて女生徒の荷物を自分の鞄に突っ込み、女生徒を抱え上げる。
───凛は急いで帰れ。
「え?」
───用事があったんだろう。後は任せて早く帰るんだ。
返事を聞く前に保健室へ足を向ける。少し早足だったのは、凛がすぐにそこを立ち去れるようにするため。後ろから何か聞こえた気がするけれど、何も聞こえないフリをした。
きっとこれで良い。この行動で間違っていないはず。あの場所で状況を尋ねてしまうより、ごく自然だったはずだ。岸波白野とこの女生徒の事が片付けば、何かに焦っていた凛は自由に動けるようになる。
凛は、恐らくマスターだ。そうなるとあの教室で襲われていたのは凛であった可能性がある。…性格のことを考えると、それと同じくらい襲っていた可能性もあるのだが。一番想像したくないのは凛が衛宮を襲っていたという可能性だけれど、それは今考えるべき事ではない。
凛と衛宮の無事を祈りながら、保健室への道を急いだ。