「これで良し、っと…応急処置としてはこんなもんかしら」
士郎の怪我に、凛がハンカチを手際良く巻いていく。女生徒が襲われ、気配を元にライダーを追跡した士郎だったが、不意を突かれて鎖に捕らえられてしまった所を、凛がガンドにより救出し今に至っていた。
「遠坂、さっきの生徒はどうなったんだ?」
「なんとか持ち直したから、後は自己回復の問題ね。多分、その辺は白野が上手くやってくれてるはず」
「白野って、岸波か?…おいまさか、岸波も聖杯戦争の事を知って」
「そんなはずない」
突然遮る形で強く言葉を発した凛に、士郎は思わず肩を揺らす。
その様子を見て、凛は我に返って小さく謝罪を口にする。スカートを払いながら立ち上がり、校舎のある方を遠く見つめた。
渡り廊下で出会った白野は、数秒の沈黙の後にすぐ神妙な顔つきで手伝いを申し出た。そして凛の焦りを見抜き、早く帰るようにと促した。
聖杯戦争の存在とまでは言わない。サーヴァントとの戦闘の経緯とまでは言わない。けれど、恐らく岸波白野は遠坂凛が"何かを隠している"という事に気付いている。あの渡り廊下には学校という場所には不自然すぎるが残りすぎていた。遠坂凛の知る岸波白野とは存在の薄さこそ難点ではあるが、視野も広く直感の鋭い人物なのだ。その彼女が気付いて、そして黙して凛を見送った。ならばそれに甘えなければ、白野の気遣いは無駄になってしまう。凛はそれを分かっていた。
「白野は令呪を持ってないから、マスターじゃないわ。魔術師でもないし」
「確かめたのか?」
「ええ、体育の着替…じゃない、とにかく、あなたも、白野の前では少しでいいから気を付けて。あの子、勘は鋭いから」
「分かってるよ。俺も岸波は巻き込みたくない」
立ち上がりながら肯定を返す士郎に凛は頷いて、ちゃんと腕を治療するために遠坂邸に向かう事にした。凛による士郎への一方的な戦闘は勿論一時休戦となり、言峰教会に学校の惨状を連絡をしてから日も暮れた道を並んで歩く。
「そういえば意外だった。衛宮くんが桜以外の女子…ううん、白野のことを気にかけてるなんて」
「友人だからな。それに最近、何かあって元気がないみたいなんだ。…原因は話してくれなかったけど」
「白野が?」
「朝一緒にいたのに、気付いてなかったのか?」
「っ…どっかの誰かさんが無神経にのこのこ現れて挨拶なんてしてくるから気にしてられなかったのよ!」
「分かった!俺が悪かったから大声出すなって!」
時刻はもう六時。辺りも薄暗く、帰宅した家族を出迎えている家も多いだろう。近所迷惑この上ない。
注意された凛はつんとそっぽをむいてしまった。苦笑しつつ、少しずつ見えてきた星を見上げながら士郎は話を続ける。
「気にかけてる…か。確かにそうかもしれないな」
「衛宮くん?」
「岸波ってさ。何でも聞いてくれるだろ」
口数が大して多いわけでもない、しかしいつでも真摯に話を聞いてくれる友人を思い浮かべる。
「この聖杯戦争の事だって、もしも全部話すことになったとしても全部受け入れてくれそうな気がするんだ」
「…ええ。いつもはぼーっとしてるけど、確かにあの子はそれくらいの器はあるわね」
「だからこそ巻き込めない。自分も上手く守れない状態で巻き込んだりなんかしたら、」
(きっとあいつを
意図的に切った士郎の言葉の先を想像した凛も静かに頷く。自分の身は自分で守れる。それも裏を返してしまえば、自分以外を守ろうと思った時に手が届かないということに他ならない。白野が襲われても守れない。それが事実と現実だ。
だから彼女を守るために、例えどれだけ傷付けてしまう事になってもいざとなれば突き放す。凛は、その覚悟を決めていた。
「…なんでか、岸波には特にそう思うんだよな」
岸波白野の存在が変わった、岸波白野と友人にならなければと思ったあの日に感じた、目を離せば消えてしまうような予感。それが未だに士郎の中で表現し得ない感覚として、しこりとして残っていた。
腑に落ちないような顔で足元に視線を落とす士郎の横顔を、凛が覗き込む。
「へえ…ふうん、そうなの」
「なんだよ、その変な顔は」
「別に。何でもないわ」
「一応弁解しておくけど、岸波は本当にただの友人だからな」
「はいはい、そういう事にしといてあげる」
「……絶対誤解してるだろ、遠坂」
「何が誤解なのかしら?」
「はあ…もういいよ」
「ちょっと、何よそれ」
「何でもいいだろ」
肩すくめてため息をつく。凛は楽しそうに笑って、それから士郎の返答に小さく不貞腐れる。その様子に士郎は寒さに頬を染め、凛の見えないところでため息をついた。