還らざる宙の海   作:阿月

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とある未来と少年王

開けた広場。

テントやジープが並んでいる。

 

 

そこでは一人の男と一人の少女が戦っていた。

正確には戦っているのではなく、組手をしているのだ。どうやら魔術の修行だけではなく、戦闘訓練もしているらしい。

少女が倒れた。当然だった。相手の男は少女を指導している教官で、力の差が歴然であるところに手加減していたのだから。男の手を借りて少女が立ち上がる。服や髪の毛には砂が付いていたが、特に気にしたような風もなく適当に払う。

 

男は、まだまだ詰めが甘い、と言った。

少女は、それはこれから補っていくのだ、と返した。

 

並んで歩き出す。食事を摂りにいくようだ。その間も、二人には男女の関係にありがちな甘い空気はない。ただの教官と生徒、知らないどこかで命を預け合った時のような、ただ真っ直ぐな信頼を向けあった関係があるだけだった。

食事を摂る。話す。そこに金髪の女が混ざる。からかう。少女が椅子を振り上げる。男が慌てる。笑い合う。

決して平穏な世界ではない。平和な日々ではない。命を常に脅かされているのは変わらない。振り返る過去も家族もなく全てを失っていながら、それでも地に足をつけて現在から未来へと歩んでいくその少女の在り方には、燦然と輝くものがあった。

 

 

その遠くの未来で、誰かが泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。それはきっと多くを救おうとした正義の味方が、己の無力さに嘆く声だった。

 

世界/未来は変わった。

 

男が"彼"となる発端のその事故は、男が死後を売り渡し、奇跡の力を手にする事もなく終結する。唯々悲惨な事故として人類史(ムーンセル)に記録され、男には深い絶望を与える事だろう。

 

 

それでも。

 

 

"大丈夫だ。"

"未来は変えられる。"

 

彼らを見つめていれば、不思議とそう言われているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に額に冷たい感触が走った。

目を凝らせば、金色の髪がさらりと揺れる。

 

 

 

「あ、起こしてしまいましたか?すみません、こっそりやるつもりだったのですか」

 

 

 

レオの声だ。

どうやら温まった額のシートを取り替えてくれていたらしい。ありがとう──と素直に礼を言いかけて止まった。

待てよ、そういえばまだ日が高い。壁掛け時計の差す時間はちょうどお昼休みの時間だ。学校にいるはずのレオが、どうして家に帰ってきている?

 

表情で悟ったのか、制服姿のレオは口元に人差し指を立てて悪戯っぽく笑った。

 

 

 

「白野さんの看病にかこつけてサボってきちゃいました。このことは、兄さんには内緒にしておいてくださいね」

 

 

 

なんだと…!?

 

あの優等生のレオが。驚いて目を見開くが、すぐに頷く。ユリウスのお説教は怖いのだ。

それから改めて、ありがとうとおかえりを言った。

 

 

 

「はい、どういたしまして。それからただいま。…具合の方はどうです?」

 

 

 

よく寝ていたからか怠さは朝ほど酷くはない。いきなり飛び起きてしまった時の、頭がぐらぐらするような感覚もなくなっていた。そしてついでに言えばとてもお腹が空いている。

 

正直にそう伝えると、レオは満足そうに頷いた。

 

 

 

「良い傾向ですね。たしか非常食用におかゆがあったはずですから、それを食べたら薬を飲んでしまいましょう。他に欲しいものはないですか?」

 

 

 

首を横に振る。

 

 

 

「結構。ではおかゆを温めてきますので、少し待っていてくださいね」

 

 

 

部屋を出る後ろ姿を見送って目を閉じた。シートの冷たさが心地良い。

月で宝具と真名を明かしてくれた後のアーチャーからもそうだったが、未だに労るという行為を受ける時はどことなくくすぐったさを感じる。布団から手を出して頬に触る。いっそ見事なほど緩んでいた。

 

 

───幸福、だと思う。

 

 

これは束の間の幸福なのだと、頭ではなんとなく理解していた。"NPCの岸波白野"が生きていること自体がありえない出来事なのだから。が知らされていないだけで、いつか必ず終わる日がやってくるのだろう。時間の概念がないはずの月の聖杯戦争ですらそうだったように、何かが始まればいつかは終わるというのは当然の事だ。

───しかしそれでも、やはり幸福だと思う。

前だけを見ながら聖杯戦争を駆け抜けて、"NPCの岸波白野"の願いとして同じであり別人である"本体の岸波白野"に未来を託した。それは自分で未来を掴む事が叶わないと分かっていたからだ。だからこそ終わりを受け入れた。託した。だがこうしてここにいる。ただ息をして存在しているだけで、奇跡なのだ。いつか訪れる終わりの瞬間を恐怖するよりも先に、自分が"ある"というその喜びが強いのである。きっとこの最後は熾天の檻で迎えた眠りよりもずっと、満ち足りているだろうと素直に思えるぐらいに。

 

天井に向かって、細く長く息を吐く。目に見えない息の広がる形を想像して、笑う。寒い冬なら、白く濁ってよく見えることだろう。もしも季節が一回りしても消えずにいられたなら、ちゃんと自分の目で見てみたい。

そうしてしばらく遊んでいると、部屋着に着替えたレオがお盆におかゆの入った深皿を乗せて戻ってきた。お出汁のいい匂いが流れ込んでくると、小さく腹の虫が鳴る。

 

 

 

「お待たせしました、たまご粥です。…さて、どうします?今なら特別に、年頃の男女が看病しあうには欠かせないイベントと名高い、"ふーふー冷ましてあーん"をしてあげても良いですよ?」

 

 

 

…毎度思うけれど、レオのそういった知識は一体どこから仕入れてきているのだろうか。不思議だ。

にこにこととても楽しそうなレオには申し訳ないが、出汁の匂いで既に空腹度数はMAXだ。いちいち"ふーふーしてあーん"をされるのはまどろっこしくて仕方ないと言わんばかりに、お腹は虫を鳴かせている。

 

表情で分かったのか、冗談です、と笑ったレオはベッドサイドのチェストにお盆を置くと、岸波白野の身体を起こすのを手伝ってくれた。

たまご粥はよく効いたお出汁と程よい塩加減が堪らなく美味で、あっという間に食べ終わってしまった。それから薬をもらって飲むと、またベッドに横になる。…食べてすぐ横になると牛になる、というのはどこで聞いたのだったか。

 

 

 

「ふむ…これくらい食欲もあって元気なら、明日にはもう治りそうですね」

 

 

 

首に手を当てて軽く熱を測るとレオが目を細める。

するとユリウスがしたように、布団の中から手を探り当てて優しく握ってくれた。まだ少しひんやりとしているように感じる。軽く握り返しながら、改めてこの世界の二人はちゃんと兄弟になれていたのだと実感して、思わず微笑んでしまう。

 

 

 

「もしかして、兄さんもやってくれましたか?小さい頃に僕が熱を出して寂しがって以来、ずっとこうしてくれるんです」

 

 

 

だから僕も、白野さんが寂しくないように。

空いた手でベッドに頬杖をつきながら、優しい眼差しで微笑む。

 

───ありがとう、レオ。

 

 

 

「どういたしまして。眠るまで僕がちゃんとそばに居てあげますから、安心しておやすみなさい」

 

 

 

頷く。ユリウスに手を繋がれたまま眠りについて目を覚ますまでの間、長くて短い幸せな夢を見ていた気がする。眠りに落ちる瞬間まで一人ではないと思えたから、そんな夢を見たのだろう。

 

ならきっと、また。

そうしてゆっくりと目を閉じた。

 

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